【習近平3期目のリアル】(07) 無人機続々、中台緊張
5年に一度の中国共産党大会が明後日、北京で開幕する。習近平総書記(※国家主席)は台湾統一に強い意欲を示しており、台湾問題は重要なテーマとなる。緊張が高まる台湾海峡の最前線を取材した。

8月上旬の夜、中国南部の福建省アモイ市の沖合にある金門島。台湾が実効支配するこの島で防衛の任務に当たる台湾軍兵士の視界に、赤い閃光が走った。無人機(※ドローン)だ。夜間でも肉眼でそれとわかる程の近さを飛行していた。中国は8月2日のナンシー・ペロシ下院議長による台湾訪問に猛烈に反発し、4日から台湾を包囲するかのように大規模な軍事演習を実施。ミサイルを台湾近海に次々と落とした。金門島でも3日夜、中国軍の無人機とみられる機体が上空を通過したばかりだった。不穏な空気が漂う中で突然飛来した無人機。兵士はこう振り返る。「こんなに近くまで無人機が飛んで来たことはなかった。何が起きるかわからない状況下で、緊張感が高まった」。この時は上官の指示で赤外線を照射する等し、約5分後、無人機は去った。無人機はミサイルを搭載できる軍用も多く、現代戦で重要な戦力の一つだ。ウクライナ戦線でもウクライナ軍が無人機で戦局を好転させた。金門島上空の無人機を撃墜すれば、中国との緊張が更に高まりかねない。台湾軍は当初、撃墜許可を出さず、信号弾で警告するよう指示した。住民からは「台湾軍には対抗する方法がないのか?」と不安視する声も出た。台湾軍は金門島上空に再び飛来した無人機を実弾で撃墜した。報復が懸念されたが、その後、無人機の飛来は減少した。ただ、中国は小型無人機の世界最大手企業も擁する“ドローン大国”。大型の攻撃用を含む多種多様な軍用機種も揃える。いつか大量の無人機が金門島に襲来するのではないか――。そんな不安は尽きない。また、台湾海峡では今月に入っても中国軍機が台湾海峡の中間線を台湾側に越える事案が相次ぎ、緊張は常態化しつつある。台湾の邱国正国防部長(※国防大臣)は今月4日、強い警戒感を示した。「中国は台湾海峡でニューノーマル(※新常態)を作り出そうとしている」。
「ドローン等が境界線を越えてきたら“第一撃”と見做す」。邱氏は今月11日、立法院(※日本の国会に相当)でこう述べた。台湾では従来、敵の発砲を“第一撃”と見做し、対抗措置を取る基準としてきた。だがその定義を、軍機や無人機の“領空侵入”に変えたとみられる。台湾海峡の緊張が更に高まるリスクを負ってでも邱氏が中国を強く牽制するのは、市民の不安を払拭する為だけではない。中国軍がこれまでになく台湾に迫ってきているからだ。台湾統一を“歴史的任務”とする中国の習近平指導部は近年、米台への対抗措置等を名目に、台湾海峡での現状変更を図ってきた。2016年の台湾総統選で、対中融和路線を取る国民党から、中国が“台湾独立勢力”と見做す民進党の蔡英文政権への政権交代が起きると、2017年夏頃から中国軍機が台湾を周回するルートで頻繁に飛行し始めた。2020年8月にアメリカのアレックス・アザー厚生長官(※当時)が、1979年の米台断交後で最高位の高官として訪台すると、中国軍は台湾海峡周辺で軍事演習を実施。18機が台湾の防空識別圏(※ADIZ)に入った。ADIZ進入が日常的となり、昨年には年間で延べ900機超が進入した。そして、今年8月のペロシ下院議長訪台を機に、中台の事実上の停戦ラインと見做されてきた台湾海峡の中間線を中国の戦闘機等が台湾側へ越えることが常態化し、更には無人機が金門島周辺で領空侵入を繰り返すようになった。台湾国防部によると、中間線越えは今月上旬までの約2ヵ月で延べ計約400機。『台湾国防安全研究院中共政軍・作戦概念研究所』の舒孝煌副研究員は、「中国は(中台の)中間線や、台湾の領海、領空を崩そうとしている」と指摘する。ただ、中国側の強硬姿勢には焦燥感も滲む。中国は武力行使による統一の選択肢を排除していないものの、基本路線は平和的な統一だ。台湾企業への各種の支援や、台湾の若者が中国で進学・就職をする際の優遇措置等、様々な懐柔策を進めてきた。だが、台湾人の統一への抵抗感は強いまま。中国は、台湾に一定の自治を認める一国二制度での統一を呼びかけているが、8月に台湾で実施された世論調査では、これに85%が「反対」と答えた。中国共産党の習総書記が今回の党大会を経て異例の3期目に入ると、2024年前半には台湾総統選がある。総統は連続2期8年までとの規定がある為、2期目の蔡氏は出馬できない。民進党の後継候補は、行政院長(※日本の首相に相当)時代に「台湾独立の為に働く」と公言した頼清徳副総統(63)が有力視される。中国にとっては国民党候補の勝利が望ましいが、台湾への軍事圧力を続ければ台湾人の心が更に中国から離れ、総統選で民進党を利するジレンマを抱える。台湾側は警戒を強めており、対中政策を主管する大陸委員会の邱垂正副主任委員は12日、海外メディアとの記者会見で「党大会後の習氏の台湾政策はより強硬になるだろう」と述べた。また、習氏への権力集中に言及し、「絶大な権限を持つワンマン体制下では判断ミスを招くことがあり、その結果のリスクも大きい」と指摘した。台湾が中国に対抗する上でアメリカ軍の後ろ盾は極めて重要だが、アメリカがロシアの侵攻を受けるウクライナを支援する為の派兵を控えたことで、台湾では一部で「中国が台湾に侵攻してもアメリカは派兵しないのでは?」との疑念が生まれた。蔡氏は10日の演説で、「我々は自らを防衛する責任を担っており、座して運命を待つことはしない。一人ひとりが台湾の守護者だ」と台湾人を鼓舞した。 (取材・文/台北支局 岡村崇/外信部 金寿英)

8月上旬の夜、中国南部の福建省アモイ市の沖合にある金門島。台湾が実効支配するこの島で防衛の任務に当たる台湾軍兵士の視界に、赤い閃光が走った。無人機(※ドローン)だ。夜間でも肉眼でそれとわかる程の近さを飛行していた。中国は8月2日のナンシー・ペロシ下院議長による台湾訪問に猛烈に反発し、4日から台湾を包囲するかのように大規模な軍事演習を実施。ミサイルを台湾近海に次々と落とした。金門島でも3日夜、中国軍の無人機とみられる機体が上空を通過したばかりだった。不穏な空気が漂う中で突然飛来した無人機。兵士はこう振り返る。「こんなに近くまで無人機が飛んで来たことはなかった。何が起きるかわからない状況下で、緊張感が高まった」。この時は上官の指示で赤外線を照射する等し、約5分後、無人機は去った。無人機はミサイルを搭載できる軍用も多く、現代戦で重要な戦力の一つだ。ウクライナ戦線でもウクライナ軍が無人機で戦局を好転させた。金門島上空の無人機を撃墜すれば、中国との緊張が更に高まりかねない。台湾軍は当初、撃墜許可を出さず、信号弾で警告するよう指示した。住民からは「台湾軍には対抗する方法がないのか?」と不安視する声も出た。台湾軍は金門島上空に再び飛来した無人機を実弾で撃墜した。報復が懸念されたが、その後、無人機の飛来は減少した。ただ、中国は小型無人機の世界最大手企業も擁する“ドローン大国”。大型の攻撃用を含む多種多様な軍用機種も揃える。いつか大量の無人機が金門島に襲来するのではないか――。そんな不安は尽きない。また、台湾海峡では今月に入っても中国軍機が台湾海峡の中間線を台湾側に越える事案が相次ぎ、緊張は常態化しつつある。台湾の邱国正国防部長(※国防大臣)は今月4日、強い警戒感を示した。「中国は台湾海峡でニューノーマル(※新常態)を作り出そうとしている」。
「ドローン等が境界線を越えてきたら“第一撃”と見做す」。邱氏は今月11日、立法院(※日本の国会に相当)でこう述べた。台湾では従来、敵の発砲を“第一撃”と見做し、対抗措置を取る基準としてきた。だがその定義を、軍機や無人機の“領空侵入”に変えたとみられる。台湾海峡の緊張が更に高まるリスクを負ってでも邱氏が中国を強く牽制するのは、市民の不安を払拭する為だけではない。中国軍がこれまでになく台湾に迫ってきているからだ。台湾統一を“歴史的任務”とする中国の習近平指導部は近年、米台への対抗措置等を名目に、台湾海峡での現状変更を図ってきた。2016年の台湾総統選で、対中融和路線を取る国民党から、中国が“台湾独立勢力”と見做す民進党の蔡英文政権への政権交代が起きると、2017年夏頃から中国軍機が台湾を周回するルートで頻繁に飛行し始めた。2020年8月にアメリカのアレックス・アザー厚生長官(※当時)が、1979年の米台断交後で最高位の高官として訪台すると、中国軍は台湾海峡周辺で軍事演習を実施。18機が台湾の防空識別圏(※ADIZ)に入った。ADIZ進入が日常的となり、昨年には年間で延べ900機超が進入した。そして、今年8月のペロシ下院議長訪台を機に、中台の事実上の停戦ラインと見做されてきた台湾海峡の中間線を中国の戦闘機等が台湾側へ越えることが常態化し、更には無人機が金門島周辺で領空侵入を繰り返すようになった。台湾国防部によると、中間線越えは今月上旬までの約2ヵ月で延べ計約400機。『台湾国防安全研究院中共政軍・作戦概念研究所』の舒孝煌副研究員は、「中国は(中台の)中間線や、台湾の領海、領空を崩そうとしている」と指摘する。ただ、中国側の強硬姿勢には焦燥感も滲む。中国は武力行使による統一の選択肢を排除していないものの、基本路線は平和的な統一だ。台湾企業への各種の支援や、台湾の若者が中国で進学・就職をする際の優遇措置等、様々な懐柔策を進めてきた。だが、台湾人の統一への抵抗感は強いまま。中国は、台湾に一定の自治を認める一国二制度での統一を呼びかけているが、8月に台湾で実施された世論調査では、これに85%が「反対」と答えた。中国共産党の習総書記が今回の党大会を経て異例の3期目に入ると、2024年前半には台湾総統選がある。総統は連続2期8年までとの規定がある為、2期目の蔡氏は出馬できない。民進党の後継候補は、行政院長(※日本の首相に相当)時代に「台湾独立の為に働く」と公言した頼清徳副総統(63)が有力視される。中国にとっては国民党候補の勝利が望ましいが、台湾への軍事圧力を続ければ台湾人の心が更に中国から離れ、総統選で民進党を利するジレンマを抱える。台湾側は警戒を強めており、対中政策を主管する大陸委員会の邱垂正副主任委員は12日、海外メディアとの記者会見で「党大会後の習氏の台湾政策はより強硬になるだろう」と述べた。また、習氏への権力集中に言及し、「絶大な権限を持つワンマン体制下では判断ミスを招くことがあり、その結果のリスクも大きい」と指摘した。台湾が中国に対抗する上でアメリカ軍の後ろ盾は極めて重要だが、アメリカがロシアの侵攻を受けるウクライナを支援する為の派兵を控えたことで、台湾では一部で「中国が台湾に侵攻してもアメリカは派兵しないのでは?」との疑念が生まれた。蔡氏は10日の演説で、「我々は自らを防衛する責任を担っており、座して運命を待つことはしない。一人ひとりが台湾の守護者だ」と台湾人を鼓舞した。 (取材・文/台北支局 岡村崇/外信部 金寿英)
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