【ニッポン未解決事件ファイル】第2部(03) 新潟タクシー運転手強殺事件、担当捜査官と犯人を追う





20180718 08
荒い白黒の映像に、舗道を歩く黒っぽい上着とズボン姿の男が映し出される。年齢は20代だろうか。左手に鞄を下げており、右手に握られたビニール傘のバンドは開いたままだ。どこか飄然としていて、足取りは軽いように見受けられる。時折、右のほうを見やり、何かを探るような素振りをする。誰かと待ち合わせでもしているのか? 或いは手頃な飲食店にでも入ろうというのか? だが、実はこの男、数十分後に手にかける獲物の品定めをしていたのだ――。2009年11月2日午前1時30分頃、新潟県新潟市東区空港西1丁目の路上に停車したタクシーの運転席で、同市のタクシー会社『三洋タクシー』の運転手・阿部次男さん(63)が、運転席シートにもたれ掛かるような状態で発見された。既に息は無かった。上半身は血塗れで、左頬や首等に多数の刺し傷があった。死因は出血性ショック死。車内は血の海になっていた。致命傷は左耳の下にあり、深さ5㎝前後に達していた。犯人は明確な殺意をもって刺したとみられる。傷は全て幅3㎝以下の鋭利な刃物によるものと断定されたが、凶器は見つかっていない。車内からは、その日の売上金である2万5000円と釣り銭が入ったセカンドバッグ、財布等が持ち去られていた。これを受けて、新潟県警は即座に捜査本部を設置。強盗殺人事件として108人体制で捜査に乗り出した。捜査本部は当初、「土地勘のある者の犯行だ」とみて、現場付近の新興住宅地で徹底した聞き込みと検問を実施した。だが、犯人に直結する手がかりは得られなかった。

その一方で、阿部さんが普段、客待ちをしていたJR新潟駅南口のロータリー周辺でも、執拗な聞き込みが続けられた。捜査本部はこれと並行して、駅裏の住宅街や飲食店が集う界隈、また駅構内の防犯カメラの映像を収集。膨大な量の映像を解析した結果、駅に付帯する駐車場や構内の商業施設等に設置された複数の防犯カメラの映像から、冒頭の男が阿部さんのタクシーに乗車した“最後の客”であり、事件解決の鍵を握る容疑者として割り出された(※以下、この男を“男B”と表記)。だが、ここから捜査は難航する。身長165㎝前後、痩せ型、小顔という外見の特徴こそ特定されたが、犯行後の足取りが杳として掴めなかったのだ。悪い意味での偶然が重なった。返り血を大量に浴びていた筈の男Bは、逃走前、現場付近に被品を捨てていた。しかし、事件当日の強い風雨が災いして痕跡や臭いは洗い流され、物証は泥塗れになっていた。また、犯行時刻が23時前後で、街灯が少なく、暗闇に近かったことから、付近住民の目撃情報も皆無だった。タクシーが長く停車しているのを不審に思う住民もいたが、「まさか強盗殺人とは思わなかった」と証言している。地元紙の『新潟日報』によれば、阿部さんは温厚な性格で、トラブルを抱えた様子はなかったという。初動捜査の時点で、怨恨や顔見知りによる犯行の可能性は潰えていった。場当たり的な犯行との見方を強めた捜査本部は2010年10月、男Bのイラストを公開し、情報提供を呼びかけた。2011年7月には特別報奨金の指定事件となり、懸賞金300万円がかけられた。2015年5月にはインターネット上でも動画を公開。2017年9月末までに約530件の情報が寄せられているが、男Bの行方は不明なままだ。こうして概要をなぞるだけで、次々と疑問が湧いてくる。男Bに計画性はあったのか? 本当に場当たり的な犯行だったのか? 何故、数万円の為に凄惨な手口で殺人を犯したのか? 阿部さんの命日が迫る昨年10月30日、筆者は新潟に向かった。駅の南口に到着する。空には灰色の重たい雲がかかり、小雨がパラパラと落ちてくる。丁度、事件当日も同じような空模様だった。タクシープールでは20台程のタクシーが順番を待っている。事件について尋ねると、地元タクシー業者の間では、報道と180度異なる噂が囁かれていることがわかった。纏めると以下のようになる。「阿倍さんは同僚相手に高利貸しをしていた。事件当日は集金日で、売り上げ以外にも多額の現金を所持していた。借りのあった人間、又はその家族の犯行との説もある。警察は当初、三洋タクシー社員の携帯電話を調べ、借金していた人間から事情を聴いていた。阿倍さんがいい人なのは間違いないが、刺青が入っていたという話もある」。更に、「阿部さんの妻が経営していたスナックの客関係が怪しい」との噂も飛び交っていたという。俄かには信じ難い話ばかりだが、少なくとも場当たり的な犯行よりも筋は組み立て易い。

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6万7000戸補修は明らかに“リコール”案件なのでは? 大日本印刷とサンゲツがやらかした“不良壁紙”の自主回収騒動





20180717 01
今年1月、関東近郊に住む田中正美(※仮名)さんの自宅に、ハウスメーカーから突然、電話があった。「おたくの壁紙の不具合が明らかになったので、交換させて頂きます」――。突然のことに驚いたのは言うまでもない。説明では、『大日本印刷』が製造した壁クロス『サンゲツEBクロス』に不具合が見つかり、「売り主の責任として同レベルの代品に張り替えたい」ということだった。しかし、その連絡を受けた田中さんには、思い当たる節があった。「5年程前に家を新築して入居しましたが、夫が突然、蕁麻疹を発症し、通院を始めました。荷物を整理している時に、私も喘息状態になりました。原因はわからなかったのですが、若しやと…」。入居以前は何ともなかったのに、夫婦揃って体調を崩した原因は、この壁クロスの可能性があるのではないかと考えたという。田中邸の室内に使用されたEBクロスは、ぼろぼろと剥がれ落ちていた。粉末状になった素材が空気中に舞うことも考えられる。勿論、この壁クロスが原因かは詳しく調査しないとわからないが、田中さんに治療関係の書類を見せてもらうと、夫妻の治療費・薬代・交通費は総計100万円近くになっていた。サンゲツEBクロスとは、大日本印刷が2011年2月から発売を開始した、電子線照射技術(EB)を使った壁紙である。「環境にやさしく、シックハウスの原因とされる物質も使わない次世代型商品」(※『中部経済新聞』2011年3月8日付)だという。難燃剤の付加も必要なく、厚生労働省が指定する13種類のシックハウス原因物質も不使用の環境に優しい商品だと、脚光を浴びた壁紙だった。

インテリア商社大手の『サンゲツ』を通して、全国のハウスメーカーやホームセンター等に出荷され、この壁紙を使用した家屋は10万戸程度に上るという。次世代型商品と期待されていたEBクロスだが、2011年2月~2014年2月に製造されたものの一部に不具合が見つかり、顧客に連絡して代替クロスに張り替える補修作業が現在も続いているのだ。サンゲツと大日本印刷は、「製品の一部で、施行後の紫外線やその他の環境要因が複合的に影響し、施行から2年程度で樹脂層が劣化し、人や物の接触で容易に剥落してしまう現象が起きている」と説明する。今年3月末日までに約6万7000戸の補修作業を完了しているというが、それにしてもデータを見ていくと、その影響の大きさには驚かされる。大日本印刷は、壁クロスの張り替え事業で連続して特別損失を計上しているのだ。2016年3月期に76億円、2017年3月期に377億円、2018年3月期に535億円、計988億円――。EBクロスの補償期間は10年間なので、最長で2024年初頭まで補償作業が続く可能性がある。この問題が如何に大きいかを示す材料として、自動車部品メーカー『タカタ』のエアバックリコール問題が挙げられる。タカタ製エアバッグは、部品に不具合が発生し、エアバッグ作動時に飛散した金属片による負傷事故や、海外では死亡事故が起きた。これにより、2015年3月期にタカタが計上した特別損失は556億円と、今回の大日本印刷の535億円の特別損失とほぼ同じ金額である。なお、アメリカの国家道路交通安全局は、「タカタが適切なリコールや情報開示をしなかった為に我が国内で被害を拡大させた」とし、日本円で約240億円の制裁金を科すと発表した(※2015年11月)。エアバッグの場合は死亡事故も起きており、壁クロスの不具合とは深刻度が異なるとはいえ、製品の不良によって企業が特別損失を計上して対処している点では同じである。しかし、これほど大きな社会問題になっているにも拘わらず、 EBクロスはリコールの対象になっていない。その為、末端の消費者に正確な情報が行き届かず、一部に混乱が生じているようだ。確かに、『特別損失の計上に関するお知らせ』を配布する等して、補修作業の為に特別損失を計上していると、株主総会でも一応の報告はされている。しかし、社会一般や直接的な影響を受ける最終消費者に対しては個別対応に留まっていることに、違和感を持たざるを得ない。冒頭で紹介した田中さんは、業者から不具合の連絡を受けた後、インターネットで検索。そこで初めて、全国各地にEBクロスに関する問題を抱えている人がいることを知った。

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『山健組』のトップ交代で『任侠山口組』に激震! 宙に浮いた織田絆誠離反の大義名分

長らく『山健組』のトップを張ってきた井上邦雄が、次代にバトンタッチの意向を固めつつある。『神戸山口組』を軽視し、山健組に執着する井上を見限り、織田絆誠が任侠陣営を立ち上げたのが、丁度1年前のこと。織田は、旧主の心変わりに何を思うのか――。 (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)





神戸山口組で衝撃の“再分裂”が発生し、『任侠山口組』が結成されてから、今年4月30日で1年が経過した。結成当初、海外での邦人警護や、国内での不良外国人排斥等の治安維持活動に注力するといった、従来のヤクザ組織と一線を画す任侠側の方針は注目を集めた。『六代目山口組』と神戸側の傘下組織だけでなく、独立団体からも加入者が相次いだほどだ。取り締まりの強化や高齢化で閉塞感が漂うヤクザ社会にあって、大きな期待を背負う任侠側は、次の1年を迎えるに当たり、思い切った組織改革を断行した。「指定暴力団に認定された翌日の3月23日には、池田幸治本部長(※『四代目真鍋組』組長)が新たに設けられた若頭に就任。空いた本部長ポストには山﨑博司本部長補佐(※『二代目古川組』組長)を昇格させる等、執行部体制は結成後で最大レベルの増強が図られた」(業界の動向に詳しいジャーナリスト)。斯くして新しい年を勇壮に走り始めた任侠側だが、一方、彼らの古巣である神戸側でも、近い将来に大きな動きがありそうだ。神戸側の中核組織である『四代目山健組』での跡目継承である。司忍六代目体制がスタートした2005年に井上組長が継承して以来、13年に亘って守り続けてきたトップの座を、山健組ナンバー2の中田浩司若頭(※『五代目健竜会』会長)に譲るとの噂が、最近になって現実味を帯びてきているのだ。「若し代目継承が行なわれれば、組織の結束には間違いなくプラスになるから、神戸側にとってはめでたいことだ。抑々、神戸側という1次団体の当代になった以上、2次団体のトップを兼任したままというのは、ヤクザ業界では異例中の異例。これまでにも井上組長は何度か跡目を譲るタイミングを逃し、その度に組織内の不和を招いてきたのが実情だ。どうせ譲るのであれば、神戸側の発足時にさっさと済ませておくべきだった。そうすれば、2人の間で無駄な争いは起きなかった筈だ」(関西で活動する他組織幹部)。この幹部が言う“2人の不和”とは、嘗て山健組で副組長だった任侠側の織田代表と、同じく若頭代行を務めていた中田若頭の争いを指す。山健組が六代目側に属していた頃から器量や才覚が傑出していた両者は、火花を散らす間柄だったという。中田若頭は、五代目山口組の渡辺芳則組長が興した初代健竜会で頭角を現し、渡辺組長の運転手を務めたこともある、山健組の生え抜き親分だ。武闘派の一面も持ち、抗争に参戦して長期服役も経験している。「中田若頭は徳島刑務所に収監されたが、そこで同じく抗争事件に関与して長期服役中だった井上組長と出会ったそうだ。時期は違うが、一説には織田代表も同じ徳島刑務所で井上組長と面識を持ったとの話だ。井上組長は、後に最側近となる2人と、塀の中で運命的な出会いをしていたことになる」(四国に本拠を構える他組織組員)。徳島刑務所に収監されていた当時、織田代表は他の山口組系組織に属していた。しかし、井上組長に心酔し、出所後には山健組傘下で井上組長が率いていた四代目健竜会に移籍。その後、真摯に修行を重ね、健竜会や山健組で着実にステップアップを遂げた。

20180713 08
山健組で四代目体制が発足した2005年の時点においては、席次で中田若頭が織田代表をリードしていた。だが、織田代表は猛烈に追い上げ、六代目側から離脱する直前の2015年8月には逆転。結成直後の神戸側で若頭補佐を任され、間もなくして若頭代行に昇格し、山健組では副組長を拝命するに至ったのである。同じ頃、中田若頭は山健組の若頭代行に昇格し、織田代表と同じく執行部に名を連ねてはいたが、神戸側の直参ではなく、注目度では大きく水を開けられていた。当時を知る山健組系傘下組織の元組員は語る。「当時、織田代表は山健組で実質的なナンバー2と見られ、それに相応しい働きをしていた。近い将来に跡目を継承すると見ていた神戸側・山健組の関係者も多かったし、織田代表自身もそうだったんじゃないか。しかし、井上組長や中田若頭は違う。山健組では渡辺二代目・桑田兼吉三代目・井上組長の全員が健竜会のトップを経験している。この不文律は密かに堅守されているから、井上組長から2005年に健竜会を受け継いだ時に、中田若頭の将来は約束されていたことになる。そうした伝統に納得できない織田代表と井上組長の間では、跡目を巡って口論があったようだ」。井上組長への不信を募らせた織田代表は、昨年4月28日の時点で神戸山口組・山健組からの離脱が決定的となっていた。翌29日の山健組の直系組長会には、織田代表を始め、全体の凡そ3分の1にあたる直参30人が無断欠席。織田代表には絶縁処分が下され、山健組トップへの道が完全に閉ざされた。明けて30日に織田代表は、同志らと任侠側を旗揚げしたのだ。

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【ニッポン未解決事件ファイル】第2部(02) 大阪府熊取町小4女児誘拐事件、担当捜査官と現場を歩く





20180711 10
“24707”――。子供(※13歳未満)が被害者となった刑法犯の2014年の認知件数だ(※警察白書)。最も多い罪種は強制わいせつで1095件。次いで暴行が858件、傷害が539件。殺人は83件。逮捕・監禁と略取・誘拐を合わせると、実に121件に達する。統計上の数字を引用したが、現実にはこれら1件1件に被害者がおり、その家族がおり、友人・知人がいる。況してや、子供に対する暴力は、直接・間接を問わず、癒し難い心的外傷となり、その後の人生に不可逆的な影響を及ぼす。だからこそ、絶対に犯人を許すことはできない――。そんな思いに駆り立てられ、発生から15年が経とうとしている未成年者略取・誘拐事件を追い続ける刑事たちがいる。取材をすべく、大阪府南西部の泉佐野市に向かった。古くは泉州と呼ばれたこの地域は、明治時代に泉北と泉南に区分された。泉南に属する同市は、漁業と農業、また綿製品の生産で盛えたが、1994年に『関西国際空港』が開港すると、交通の利便性が格段に向上。関空や大阪市内で働く人のベッドタウンとして発展してきた経緯がある。現在の人口は約10万6000人だ。目的の泉佐野署に到着する。捜査本部の扉を開く。右手の壁一面にびっしりと並ぶ膨大な捜査資料に目を奪われる。それを背にして居並ぶ強面の刑事たち。大阪府警捜査1課・長期未解決事件捜査班の面々だ。同班を指揮する福山直樹警視に話を聞いた。「我々が11人体制で専従捜査しているのは、泉南郡熊取町小4女児誘拐事件”。物証や痕跡が全く残っておらず、1課の刑事が丸14年調べても犯人像すら不明なまま。地元では“神隠し”と呼ぶ人もいるほどです」。

事件が発生したのは2003年5月20日夕方のこと。同町七山3丁目に住む中学教諭の吉川永明さん(42)の長女で、町立北小学校4年の友梨さん(9)が下校途中、忽然と姿を消したのだ。友梨さんは、両親と祖父母、中学1年の兄(12)の6人暮らし。家族の証言では、現金は全く所持しておらず、家出する理由も見当たらなかった。同日夜には捜索が開始されたが、足取りは掴めない。府警は21日、写真等を公開して情報提供を呼びかけた。しかし、有力な情報は出てこない。22日、府警は「事件に巻き込まれた可能性が高い」とみて、捜査本部を設置した。「事件・事故等あらゆる可能性を検討し、徹底した聞き込みと通行車両の検問を実施しました。無論、現場一帯の山林は隅々まで調べ、貯水池も全て空けています。しかし、何も出てこなかった」。捜査本部は前歴者を隈なく洗い、営利目的の誘拐も想定して吉川さん宅に録音機を持ち込んだ。吉川家に怨恨を持つ可能性がある関係者も調べ尽くした。だが、その何れもが空振りに終わった。一方、事件発生直後から現場付近では複数の車が目撃されており、車による連れ去りの可能性も指摘されていた。しかし、遺留品や物証は皆無であり、現場一帯には防犯カメラが殆ど無かった為、捜査の手がかりすら掴めなかった。「現場付近は旧家が建ち並ぶ集落ですが、犯行の目撃者はおろか、悲鳴や叫び声を耳にした人さえいない。スリップ痕も無ければ血痕も無い。友梨ちゃんは9歳で、大人しくて賢い子だと評判で、ご家族が『家出の理由はない』と証言していなければ、事件にさえなっていなかったかもしれません」。府警は昨春までに延ベ7万9000人の捜査員を投入したが、現在まで解決には至っていない。捜査本部は、友梨さんが20歳を迎えた2014年、成人後を想定した似顔絵を公開。また、特別報奨金の指定事件として懸賞金300万円をかけ、情報を募っている。こうして寄せられた情報を捜査本部で受けて、捜査資料と突き合わせて調べる。必要に応じて現地に足を運び、情報の裏を取る。これが長期未解決事件捜査班の主な業務だ。そんな長期未解決事件班が現在、執拗に追っているのが、現場付近で目撃された白いクラウンだ。モデルは130系(※1987~1990年製造)の可能性が高く、ひとつ古い120系(※1983~1987年製造)も視野に入れて、情報収集に努めている。「ここ、南大阪とお隣の和歌山市を主な捜査範囲として、約2300台の該当車両をピックアップし、うち1400台ほどにあたりました。事件当時、『誰が乗っていたのか?』『誰かに貸さなかったか?』『盗まれたことはないか?』等と聞いています。これまで不審なものはありませんでしたが、残り900台も確認していきます」。ここで疑問が湧く。事件当時、現場付近では赤いスポーツカー、黒っぽいセダン、白のバン等、複数の車が目撃されていた。車種と年式、また捜査範囲はどのようにして絞り込んだのか? 「部屋の中で話すよりも、現場を歩いたほうがわかり易い。一緒に行きましょう」。福山警視に促され、先ずは熊取町の北小学校に向かった。

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2000トンの天井工事で“手抜き”…羽田空港国際線ターミナル、天井施工で重大な欠陥工事が発覚!





20180705 07
大手ゼネコン各社には“得意分野”や、代々守られてきた“シマ”(※縄張り)がある。例えば、首都の玄関口であるJR東京駅に係る工事といえば、『大林組』の独擅場だった。だからこそ、最近の同駅丸の内駅舎保存・復原工事を『鹿島』が受注した時には、業界が騒然としたものだ。今や国内線のみならず、多くの国際線の航空機が離発着する『羽田空港(東京国際空港)』の工事といえば、『大成建設』がほぼ独占受注してきた。その為、2005年に新国際線旅客ターミナルビル計画が浮上した際に、大成は是が非でも受注すべく準備を進めた。そして、この“準備”が1つの原因となって、完成した国際線ターミナルには重大な欠陥疑惑が生じている。疑惑はターミナルビルの広大な天井の耐震・強度に関するもので、ある裁判の過程で施工業者が“手抜き”を自供するという、何とも奇妙な展開を見せている。日本の玄関とも言うべき空港ビルで、利用者の頭上に“危険な天井”がぶら下がっているのだ。問題の天井については後半で詳述するが、先ずは何故、このような事態になったかという原因を詳らかにしよう。件の国際線ターミナルビル建設は、民間の資金とノウハウを活用するPFI方式で実施されることになり、大成建設は思い入れも空しく敗れ、鹿島が受注した。前述したように、大成建設では受注を前提に、設計は『梓設計』、空調関係等設備工事は『高砂熱学工業』と決めて、打ち合わせを繰り返していた。最重点課題は、“どのようにして利益を生み出すか”の算段だった。昨今は監視の目が厳しい為、旧来の簡単な水増し等では裏金作りができなくなった。その為、利益を生み出す手立てを設計の段階で綿密に埋め込む手法が主流となっている。

最終的に、こうした裏算段は無駄にはならず、鹿島が元請けとなっても活用され、実際に梓設計と高砂熱学はターミナルビル建設に加わっている。しかし、鹿島は大成よりもシビアなコストカットを要求する。着工前の2008年1月に開催された鹿島での“キックオフ会議”でも、同社担当役員から予算が厳しい状況であることが再三説明された。要するに、高砂熱学等下請けは、更なる切り詰めをしなくてはならなくなった。これが、ターミナルビル建設工事における手抜きの動機になった可能性が極めて高い。今回の疑惑が明るみに出るきっかけとなった民事裁判とは、どのようなものだろう? “訴訟受理番号(ワ)第15924号損害賠償請求等”――。東京地方裁判所でこの裁判が始まったのは、既にターミナルビルが開業した後の2013年6月だった。原告は前出の設備工事大手、高砂熱学。被告は同社元社員の北浦光弘氏だ。北浦氏が、関西の大学を卒業後、指導教授の勧めで高砂熱学に入社したのは、1984年だった。その後はエンジニアとして、空調設備や施工管理を担当し、『新宿パークタワー』・JALビル(※『日本航空』本社ビル)・『日本郵船』本社ビル等、多くの巨大建築物に携わってきた。設備工事業者とは、エアコンや空調の為のダクトや吊り天井等を施工する会社だ。柱や壁が建物の骨格や筋肉だとすれば、設備業者は建物の“内臓”を作るのである。その北浦氏が突如として会社を解雇された上、損害賠償請求されたのである。きっかけは、2013年に行なわれた国税当局による高砂熱学への税務調査だった。国税側は「高砂熱学で組織的な裏金作りが行なわれていた」と認定し、重加算税を課したのである。これに対して高砂熱学は、会社ぐるみであることを否定する為か、「現場の社員が勝手にやったこと」と主張して、13人の社員を懲戒解雇した。北浦氏は、この13人の内の1人だった。殆どの元社員が不満を持っただろうが、解雇された上に訴訟を起こされたことで屈服してしまい、賠償金を分割で支払っている人もいる。だが、北浦氏は「身に覚えはない」として、弁護士を雇い潔白を証明する為に、古巣と戦っているのだ。高砂熱学は「裁判を受けて立つ元社員などいないだろう」と高を括っていたのか、訴訟準備が大雑把だった。このことは裁判所からも指摘を受けている事実であり、そのせいで提訴から5年が経過する今もなお、裁判は準備書面のやり取りが終わっていない。証人尋問は漸く、この秋頃から始まる見込みになっている。甚だ不謹慎ではあるが、準備書面のやり取りだけみてもこの裁判は極めて面白い。というのも、高砂熱学は“北浦氏が裏金を作って会社に損害を与えた”ことを立証する為に、次々と裏金作りスキームを裏付ける証拠を提出している。つまり、国税の担当者がみれば泣いて喜ぶような“裏金作り見本市”の様相を呈しているのだが、それについては後ほど少し触れたい。

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【ニッポン未解決事件ファイル】第2部(01) 適用から10年…“捜査特別報奨金制度”とは何か?

捜査特別報奨金制度が施行される以前、被害者遺族は私的懸賞金をかけることで、広く情報提供を求めていた。しかし、犯罪検挙率を向上させる為、2007年4月1日から警察庁が捜査特別報奨金制度を導入。これにより、容疑者確保に直結する有力な情報を提供した者に、公的懸賞金が支払われることとなった。一般市民からの情報が捜査解決への手がかりとなる可能性を秘めた捜査特別報奨金制度の実態とは――。 (ノンフィクションライター 本田信一郎)

20180704 08
犯人逮捕の為の有効な手段である懸賞金が、現在の特別報奨金制度となるまでの経緯を振り返ってみよう。それまで、懸賞金には2つのタイプがあった。1つは、犯人が特定できていない場合に被害者遺族等が資金を提示するケースで、第1号は1989年に起きた『坂本弁護士一家殺害事件』だった。1990年12月に同僚弁護士らが総額2000万円を提示した。もう1つは、逃亡犯の具体的な情報を求めるもので、この第1号が1982年に起きた『松山ホステス殺害事件』の福田和子だ。事件から14年後の1996年、警察は迫る時効を前にして焦っていた。そこで、愛媛県警刑事部の白石興三部長(※当時)が発案し、『愛媛県警察協会』に200万円の資金提供を要請した。そして、福田和子は常連だった居酒屋の通報により逮捕された。時効20日前の劇的な展開だった。警察が、その成功に狂喜したのは言うまでもない。一方で、「捜査機関としてのプライドを捨てた」「捜査の公平性が保てない」「注目されると捜査がやり難い」という声も根強かった。

事実、その後に『オウム真理教特別手配犯』や『警察庁長官狙撃事件』等に懸賞金が提示されたが、資金提供をしたのは警察本体ではない。しかし、その警察の姿勢に大きな変化を齎した事件が発生する。2001年4月、古賀彰浩さん(26)は、福岡から結納の為に訪れていた大阪市の路上で、男2人組に因縁を付けられ、一方的な暴行を受けて亡くなった。古賀さんの父親は、息子の結婚資金300万円を懸賞金として提示した。すると、有力情報が寄せられ、犯人の2人組は10ヵ月後に逮捕された。父親が懸賞金を提示したきっかけは、「福田和子の成功例が浮かんだから」だったという。また、この古賀さんの事件解決の3ヵ月前に、姫路のレストランの駐車場で婚約者のバッグを盗んだ男が、車で逃走するのを止めようとして伊藤裕一さん(26)が轢き殺された。この事件の遺族が古賀さんの成功例を知り、200万円を提示したことで、2003年6月に男は逮捕された。この2つの事件解決によって、被害者同士が協力して懸賞金を提示するケースが増え、それは次第に警察へのプレッシャーにもなっていった。そして、公的報奨金が正式に議論される決定打となったのは、2002年8月の『マブチモーター社長宅母娘強盗殺人放火事件』だった。遺族が提示した懸賞金は1000万円で、加害者の刑務所仲間からの情報提供で事件は解決した。現在の捜査特別報奨金制度が確立されたのは、このような被害者の戦いがあったからだった。とはいえ、全ての未解決事件に適用されるものではなく、その対象事件は絞られてしまう。だからこそ今、被害者遺族からは、全ての未解決事件を対象とする制度改正の検討を求める叫びが上がっている。


キャプチャ  2018年1月24日増刊号掲載

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狂った桜、美人巡査とヤクザの恋――ニッポン警察史に残る“汚点”はこうしてできた

警視庁にまた“爆弾”が落ちた。発覚したのは、排除の対象として締め付けを強化する暴力団組員と現役女性刑事の禁断の関係。何故こんな不祥事が起きたのか? そこには、警察組織の異様な実態が見え隠れする――。 (取材・文/フリージャーナリスト 安藤海南男)





20180629 13
その女はカメラレンズに向かってピースサインを送り、無邪気な笑顔を見せていた。肩まで伸びた黒髪に大きな瞳、口元から覗く印象的な八重歯――。その容姿は、人気女優の新垣結衣を彷佛とさせる。無防備なその表情は、ありふれた日常を生きる平凡な女のそれだ。この1枚の写真から女の生業を推し量るには、かなりの洞察力が必要になるだろう。何故なら女は、“限られた人間しか経験し得ない非日常”を生きているからだ。そして、その姿をファインダーに焼き付けたまさにその時、女は更なる修羅の道に足を踏み入れようとしていた。「こんな写真、撮られちゃったらアウトでしょう」。呆れたような笑みを浮かべながら、男はこう言った。年の頃は30代半ば。差し出した名刺には、彼が代表取締役を務めるという会社の名前が記されている。だが、それは表の顔。本当の稼業は言わないし、筆者も聞かない。互いに暗黙のルールを守りつつ、男は写真の背後にあるストーリーを語り始めた。「これは、関東のある組織の人間から流れてきたものです。ヤクザの新年会の時に撮られたもので、ここに写っているのが例の女刑事ですよ」。事の発端は3月19日、テレビや新聞で一斉に報じられた、あるニュースだった。明らかになったのは、警視庁新宿署の女性巡査(23)による、交際相手だった暴力団組員への捜査情報の漏洩。地方公務員法(守秘義務)違反の容疑に問われた女性巡査は、報道があったこの日、停職6ヵ月の懲戒処分を受け、同法違反の疑いで書類送検された。

その後、この不祥事は“ヤクザと女刑事の道ならぬ恋”という側面がフレームアップされ、格好の週刊誌ネタとなった。交際していたのは、指定暴力団『住吉会』の3次団体の30代組員。昨年10月、暴力団同士の傷害事件の捜査で、取り調べ担当と被疑者という立場で知り合ったのが出会いのきっかけだったという。其々の名字のイニシャルから、女刑事をM、相手の組員をSとしよう。複数の警察関係者の話を総合すると、Mは昨年7月、新宿署の留置管理課から、暴力団事件等を扱う組織犯罪対策課の応援部隊に参加したばかりだった。現場では見習い扱いで、先輩署員と共に事件を担当。Sと知り合ったのは、新米刑事には荷が重い捜査の最前線に放り込まれた矢先だった。Sを知るあるヤクザは、こう振り返る。「アプローチしたのはSのほうだったようだ。報道では“EXILEメンバーのようなイケメン”とされていたが、実物も男前だった。組に入る前は渋谷を根城にしていて、不良界隈でも名前が通っていた」。2人は11月下旬頃から交際を始めた。12月にSが自身に関わる捜査情報を要求するようになり、軈て金銭の無心までするようになった。MからSに渡ったカネは、計100万円に上ったという。2人は携帯電話でやり取りしていたが、これがMにとっては命取りになったようだ。冒頭の情報提供者によれば、「Mは捜査員に支給される公用の携帯電話で連絡を取っていた。いつ、どこで、誰と連絡を取っていたか一発でわかる。新宿署内で噂が広がり、交際の事実が発覚するまでに時間はかからなかった」という。態々証拠を残すようなヘマをしたのは何故なのか? 筆者にはそれが疑問だった。Mにすれば、当初は“捜査の一環”という感覚だったのかもしれない。それが徐々に深みに嵌まり、職業倫理よりも女としての本能が上回った時点で分別をつける余地は残されていなかったと見ることもできるが、教育された警察官が何故こうまで自制心を失ったのだろうか? 事件発覚後のある週末、筆者は新宿の安酒場にいた。酔客の嬌声が響く猥雑な店内。向かい合っていたのは、狭い椅子に窮屈そうに身体を押し込めてビールを呷る大男。背広の内ポケットからは警察手帳が覗いている。筆者は酒の勢いに任せて、現役刑事である男に件の疑問をぶつけた。「何でMは公用の携帯電話なんて使ったんですかね? 直ぐバレるってわかるようなもんですけど」。すると男は、怒気を孕んだ声でこう吐き捨てた。「うちらの“会社”は記者と話をするだけでも地公法(※地方公務員法)に引っかかり、処罰対象になるんだ。課内で情報漏洩が発覚すりゃあ、私用の携帯電話まで提出させられることもある。だから、捲れたら拙い人間と接触する時は公用電話なんか絶対に使わない。そんな基本的なこともわからないなんて、きちんと警察学校に行ったのかどうかすら怪しいくらいだ。不祥事云々より、そんな人間にマル暴の真似事をさせること自体がおかしい。組織が腐ってきている証拠だ。このままじゃ、また同じことが起きかねない」。

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ジャンル : ニュース

最側近の組長を敵陣営に走らせた元凶とは…井上邦雄を縛る『山健組』への異常な執着

2015年8月に『神戸山口組』を旗揚げし、総帥に就いた井上邦雄。だが、その傘下団体に過ぎない『山健組』の組長の座を誰にも譲らないまま、もう3年が経とうとしている。マイナス面ばかりが見えてきたトップ兼任体制に、内部からも疑問の声が上がり始めた――。 (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)





20180629 10
2018年4月5日、『六代目山口組』の総本部で定例会が開催された。午前中に、一部代理を含めて出席可能な直系組長らが全員集結。その後、司忍組長が広間から退出した午後1時頃から会合が開かれた。この時、総本部前に集まったマスコミ各社の高揚感は、いつにも増して大きなものだった。「何しろ、前回の定例会の直後には、神戸山口組の井上邦雄組長(※『四代目山健組』組長兼任)や、入江禎副組長(※『二代目宅見組』組長)を含めた最高幹部4人と、任侠山口組の織田絆誠代表らに復帰を認めないとする“永久追放令”の通達が出されていますからね。六代目側が初めて織田代表への決別を露わにしたとして、大いに注目を浴びました」(全国紙社会部記者)。このように六代目側が動きを活発化させていたことから、「今回の定例会でも何か驚きの発表があるのではないか?」と、記者やカメラマンたちは総本部の動向に熱視線を注いでいたのだ。しかし、会合が始まってから僅か数分、午後1時10分過ぎにはガレージのシャッターが開き、直系組長らを乗せた車が一斉に退出。その為、「何の動きも無かったのか?」とマスコミ陣は肩透かしの思いだったが、その後、漏れ伝わったところによれば、やはり重大発表が行なわれていた。若中の『六代目豪友会』加藤徹次会長が、執行部への登竜門といわれる幹部に昇格していたのである。「加藤幹部が率いる豪友会は、竹中正久四代目組長を支え、1985年1月に竹中四代目射殺事件で一緒に散った中山勝正若頭が興した強豪として知られる。当時、20代だった加藤幹部は敵討ちに燃え、一和会系元幹部を射殺。代償として長期服役を余儀なくされたが、出所後に実績を重ね、2014年2月には跡目を継承し、直参昇格。2016年3月には新設の四国地区長に任命される等、若手有望株の1人として期待を寄せられていた」(実話誌系週刊誌のヤクザ記事担当記者)。

中山若頭と言えば、“土佐の豪快”と称えられた伝説のヤクザ。その血統を継ぐ加藤幹部が執行部候補生に名を連ねたことは、六代目側における組織の充実ぶりを象徴している。また、4月5日の人事発表に先駆けて、3月下旬には関西ブロックの分割という大改革が断行されていた。この意味を理解するには、先ず、関西ブロックの成り立ちについて説明が必要だろう。「分裂騒動が勃発してから凡そ半年後の2016年2月から3月にかけ、六代目側では大規模なブロック再編が行なわれました。その時に“大阪北”・“大阪南”の両ブロックが統合されて“関西ブロック”が誕生。当時、関西地区での六代目側の勢力は1500人足らずまで落ち込み、神戸側とほぼ同じ規模でした。神戸側との対抗上、組織の結束を強める為に、ブロック統合が必要だったのです」(業界に詳しいジャーナリスト)。その関西ブロックが、この度、“関西北”と“関西南”に分割され、関西北ブロック長には江口健治若頭補佐(※『2代目健心会』会長)、関西南ブロック長には津田力若頭補佐(※『四代目倉本組』組長)が就任。両ブロックには其々8組織ずつが加盟している。ブロックの統合から2年程で元の2ブロック制に戻った理由を、関西で活動する六代目側傘下組織の幹部はこう説明する。「六代目側は分裂直後から神戸側に対して活発な切り崩しを行ない、2017年4月の再分裂以降は任侠側に対しても同様の工作を繰り返してきました。その努力が最近、漸く実を結び始めたんです。特に、2018年2月に強力な軍団が神戸側から戻ってきたのは大きい」。この幹部が語る“強力な軍団”とは、神戸側の中核である山健組において、ナンバー3の統括委員長を務めていた植野雄仁会長が率いる『二代目兼一会』。山健組を離脱し、同じ山健組出身の橋本弘文統括委員長が牽引する『極心連合会』の傘下に入ったのだ。大阪随一の賑わいを誇るミナミの地に強力な地盤を持つ兼一会が六代目側に復帰したことで、大阪のヤクザ社会のパワーバランスは大きく変動した。関西圏に活動拠点を構える他組織幹部は、そのことを肌で感じている1人である。「地道なスカウト活動によって、大阪での六代目側の勢いは確実に盛り返している。それに加えて、兼一会の復帰が六代目側に強い追い風となったようだ。関西ブロックが元の2分割に戻されたタイミングが、兼一会の復帰直後だったのは偶然ではない。兼一会が抑えるミナミの地盤があってこそのブロック再編だった。それほど大きな影響力を持つ組織だから、時にはそのパワーがマイナスへ作用する場合もあるだろう。だが、それでも有り余るほどの経済的プラスを上部組織に与えてくれる以上、目を瞑るのがトップの度量。山健組が兼一会を手離してしまったことは未だに理解できない」。

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テーマ : 暴力団
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最大のタブーは社長の愛人&隠し子問題…『文藝春秋』の俗悪過ぎるお家騒動に菊池寛が泣いている





20180622 10
“人生は一局の将棋なり、指し直す能わず”――。将棋をこよなく愛した作家の菊池寛が好んだ言葉だ。その菊池が興した出版社『文藝春秋』で、まさに“待ったなし”の騒動が勃発している。文春社内が次期社長人事を巡ってざわつき出したのは、4月に入ってからだった。その後、一気に社内に広がり、5月には中堅幹部が連名で、人事の白紙撤回や、松井清人社長の排除を訴えたメールを社内に発信し、その後、要望書を経営陣に提出するまでにエスカレートしている。実名を連ねた者の中には、同社の看板雑誌『文藝春秋』の大松芳男編集長の名前もあった。5月30日の役員会には松井社長の人事案が諮られ、今月29日には株主総会が控えているが、お家騒動はそこまでもつれ込みそうな雲行きなのだ。今年に入ってから、出版業界である噂が流れ始めた。「松井さんが文春の会長になるらしい。木俣(※正剛、常務取締役)さんが社長になれないそうだ…」。詳細は後述するが、松井の強権ぶりは、今はなき雑誌『噂の眞相』が“スターリン”と揶揄したほどで、社内では有名だった。だが、自らの地位に恬淡としていた筈の松井社長が会長に固執したことも驚きならば、それ以上に、木俣氏が社長になれないというのも、社内や業界内では驚きをもって受け止められた。しかし、この時点では所詮は噂。文春内でも、「とは言っても最後は木俣氏になる」と誰もがみていた。ところが、4月頃から松井社長は役員を次々に呼び出し、新たな体制での処遇を伝えた。社長、中部嘉人常務、副社長、取締役の石井潤一郎氏。そして、自ら会長職に就くことを表明した。木俣氏には「監査役になってほしい」と伝えた。

その場は持ち帰ったものの、木俣氏は後日、会社を辞める決意を伝えると共に、松井社長の会長就任に反対の意を示した。副社長の西川清史氏や取締役の濱宏行氏も、松井社長の会長就任に異を唱えた。「考え直して下さい」「今まで経費削減等を社員に強いてきた経緯を考えても、ここで敢えて会長として残るのは社員に説明がつきません」。院政批判を恐れた松井社長は、「代表権は返上してもいい」とまで譲歩して、会長の地位に執着を見せたという。月刊文藝春秋が“国民的雑誌”になって以来、同誌編集長、更に『週刊文春』編集長の両ポストの経験者が社長に就任することが、同社の“王道”とされてきた。松井社長もまた、この道を辿って社長に上り詰めた。翻って、松井氏が社長を内示した中部常務はどうか? 同志社大学出身の中部常務は、営業部門の中途採用者として文春に入った。経理畑が長く、月刊文藝春秋どころか編集経験さえない。文藝春秋の社長は、そのまま公益財団法人『日本文学振興会』の理事長を兼ねる。いわずとしれた芥川賞・直木賞の実施主体だ。即ち、同社の社長とは日本の文芸業界の顔なのだ。直木賞・芥川賞の選考会に陪席することは勿論、あらゆる業界の集まり、作家との付き合い等をこなさねばならず、これは編集者として長年培った人脈があればこそ務まる職務である。中部常務も同振興会の評議員に名前を連ねているが、名ばかりに過ぎない。この人事に反発が起きるのは自然の流れだろう。しかし松井社長は、後任社長の人事について、こう説明したという。「業界の付き合い等対外的なことは、(会長に就く)自分がやって中部を支える」。ただ、木俣氏ら3人の反対意見は変わらなかった。松井社長を支持する中部常務、石井取締役、古田維常務の3人と数的には同数。勢い、6人の視線はもう1人の取締役である飯窪成幸氏に集まった。飯窪氏は松井社長の後を引き継ぎ、月刊文藝春秋編集長を務めた編集者。その飯窪氏は松井案の支持に回った。それでも木俣氏は、松井社長にこう食い下がったという。「私は身を引きます。ですから、貴男も会長を諦めてほしい」。木俣氏らの説得が功を奏したのか、ゴールデンウィーク最中の先月2日、松井社長はあれほど執着していた会長への就任を諦める。誰もが、「木俣氏の“諫死”によって松井社長が心を改めたのだ」と思った。しかし、ここから更に事態が混迷する。“業界に疎い中部常務を支える為に自らが会長に就任する”という前提が崩れたにも拘わらず、人事案はそのまま保持されたのだ。松井社長は、編集経験の無い中部常務の社長就任に固執した。誰もが、「社外からでも院政を敷く」という意思表示と捉えた。何故、松井社長は木俣氏をそれほどまでに疎んじたのだろうか? 嘗て、文春社内には“マツキマ”という言葉があった。松井氏と木俣氏とを一体化させた造語だ。こんな言葉が生まれるほど、2人はまるで“シャム双生児”のような密接不可分の関係だった。

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テーマ : テレビ・マスコミ・報道の問題
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研究不正の東京大学教授が学会理事に…今も多額の製薬マネーを受け取る異常

20180622 07
京都市で先月開かれた『日本内科学会』の総会で、『ノバルティスファーマ』の臨床研究不正でいわく付きとなった東京大学医学部附属病院循環器内科の小室一成教授(※左画像)が、異論を封じて理事の1人に選出され、癒着に塗れた同学会の体質を改めて露呈した。小室氏は、2012年に発覚したノバルティスファーマの臨床研究不正で、千葉大学の責任者だった。不正が発覚した京都府立医科大学や東京慈恵会医科大学等では、責任者が引責辞任。だが、小室氏は東大教授へ栄転し、2016年度には製薬企業主催の講演会で50回壇上に立ち、920万円を受け取った。引責した京都府立医大の教授が2016年度に製薬企業から受け取った金は3万円で、慈恵医大の責任者に至ってはゼロ。小室氏だけが生き残った。日本内科学会の幹部は19人の理事と3人の監事で構成され、2016年度に製薬企業から受領した金額の平均は1人当たり559万円。門脇孝理事長に至っては、67回講演して1153万円を受け取っていた。癒着は一切改善されていない。


キャプチャ  2018年5月号掲載

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