【ニッポン未解決事件ファイル】(19) 『赤報隊事件』(1987)――犯行予告が次々と一致! どうしても忘れられない“自称”赤報隊からの電話

記者2名が殺傷された朝日新聞阪神支局襲撃事件。『赤報隊』を名乗る犯人は、1987~1990年にかけて、『朝日新聞』を主な標的としたテロ活動を起こし、反米・右翼的な思想を犯行声明文で表明した。これら『赤報隊事件』で最重要の“容疑者”とされたのが、当時、新右翼団体『一水会』の会長だった鈴木邦男氏だ。事件から29年、鈴木氏が禁断の告白をする――。 (取材・文/フリージャーナリスト 小川寛大)

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1987年5月3日に起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件。同支局に侵入した黒い目出し帽の男が、勤務中の記者たちに散弾銃を発射し、1人が死亡、1人が重傷という結果を招いたテロ事件である。事件直後、犯人は赤報隊と名乗って犯行声明を発表。それは、「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「反日分子には極刑あるのみである」という激烈な調子を伴った一文だった。警察は主に右翼グループを犯人と見定めて捜査を展開したが、2003年3月に全ての関連事件を含めて時効が成立。犯人は未だわからないままである。この事件の発生直後より、警察から“最重要の捜査ターゲット”として狙われていたのが、当時、新右翼団体『一水会』の会長を務めていた鈴木邦男氏(※現在は作家・評論家)である。鈴木氏は当時の状況を、こんな風に振り返る。「当時は未だ、右翼・左翼問わず、非合法活動をやっている政治団体は結構あったんですよ。一水会でも若手が中心になって、他団体とも協力しながら“統一戦線義勇軍”という闘争組織を作っていた。アメリカやイギリスの大使館を襲撃したり、大企業の経営者の自宅に押しかけたりと、まぁ派手にやっていました。そんな中、1981~1983年にかけて、“日本民族独立義勇軍”と名乗る組織が、反米の主張を掲げながらアメリカ領事館や在日アメリカ軍関連施設等を放火・襲撃するという事件が起きた。彼らははっきりと社会の表舞台で団体活動をしていた訳ではなく、警察も彼らの起こした事件で犯人を特定・逮捕することはできていません。つまり、どのようなメンバーによって構成されていたのかは未だ謎な組織なのですが、我々一水会は色めき立ったところがあるんですよ。だって当時、反米を掲げながら日本民族の自立・独立を訴えるような活動をしている人たちというのは、一水会を始めとするほんの少数の“新右翼”しかいなかった。日本民族独立義勇軍の活動はまさに、我々の新たな仲間たちによるものに見えた。また、日本民族独立義勇軍という団体名は、何だか統一戦線義勇軍に似ていると思いませんか? 『ひょっとしたら彼らは、一水会を真似てこういう活動をしているのかな?』と思うと、親近感を感じるところさえあったんですね。そこで、当時のレコンキスタ(※一水会の機関紙)に、『彼らはまだ見ぬわれらの同志だ!』という風な、日本民族独立義勇軍を絶賛する記事を載せていたりしたんです。一水会に送られてきた彼らの声明文を、そのまま掲載したこともある。ところが、後から考えればこれが拙かった。1987年1月、朝日新聞東京本社の窓ガラスに銃弾を撃ち込み、“日本民族独立義勇軍別動赤報隊一同”と名乗って活動を始めた組織こそが、その年の5月に朝日新聞阪神支局を襲撃し、記者たちを殺傷したグループだったからです。警察はそれまでの経緯を見て、『赤報隊と一水会は繋がっている』と感じたのでしょう。仕舞いには、『一水会の会長である鈴木が赤報隊なのではないか?』とまで疑い、事務所や自宅を執拗にガサ入れされる等、徹底マークされるようになっていくのです」。

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霊園ビジネス最大のタブー、遺体掘り起こし裏アルバイトの実態

20170525 06
ここ数年、本誌編集部によく寄せられる読者からの質問に、「遺体掘り起こしのアルバイトは、どこで募集されているでしょうか?」というものがある。一言で言えば、土葬の墓を新たな墓に移し替える際、“ホトケ様”を掘り出す仕事のことである。一説には何と5万円ほども日当が出るというこのアルバイト。しかし、そんな求人広告は見たことがない。一体、どこで募集されているのだろうか? 先ず、大手霊園・Nの広報部に社名と取材趣旨を丁寧に伝えた上で聞いたところ、「一体、そんな話をどこから聞いたんですか? そんな仕事があるとは聞いたこともありません。ウチに電話してくるなんて、勘違いされているんじゃないんですか?」。のっけから剣もほろろな対応であった。相当タブー視されているらしい。そこで筆者は、東京都台東区の某寺院に直接足を運び、訊ねてみた。住職によると、「それは石屋さんでしょうね」とのこと。早速、埼玉県の石材店をあたってみた。50絡みの店主は、「確かに、そういうアルバイトはありますよ」と話してくれた。

「改葬の際の私らの仕事は、墓石をクレーンで移設先の墓地に運んで固定すること。土葬の墓で遺骨が残っているような場合は、人に頼みます。勿論、求人誌には“軽労働・日当幾ら・委細は面談”という程度しか書きません。若し人手が必要なら、後は彼らの伝手で自然に集まってくる」。しかし、埋葬の仕方によっては、何十年経っても遺体が白骨化しない場合もあると言われ、相当凄惨な光景を目にしてしまうケースも少なくないようで、作業する人間は精神的な強さが必要とされるようだ。日当も、聞くところによると、最近は2万円程度という話もあり、ダンピングが進行しているとか。「美味しい話はそうそう転がっていない」と言えるだろう。東京都内で解体業を営むA氏(45)は、これまで現場で幾度も遺体を見付けたという。「2年前に始まった自治体主導の古民家の撤去現場ではしょっちゅうだね」とA氏は話す。「ある時、畜産農家の解体に行ったら、大量の牛の死体の中に人間の白骨死体が混じっていた。吐きそうになったよ」。更にA氏は、こうも話す。「俺らの業界、不良上がりが多いだろ? 管理会社や家主の依頼でも兎に角、現場に突っ込んでブッ壊すって感じだから。後から死体が出てきちゃうことも多い」。序でながら、A氏が“昔聞いた同業者の話”として話したことも記しておこう。「骨が出てきたけど、現場が詰まっていたんで、警察とかが来て面倒臭いことになる前に、資材と一緒に山に運んで埋めちゃったってさ」。 (取材・文/フリーライター やまだおうむ)


キャプチャ  2017年5月号掲載

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女性人権団体とAV業界攻防の行方は…AV出演強要疑惑の社会問題化でAV業界が消滅する日

2016年に社会問題化したAV出演強要問題から始まったAV業界への弾圧。公然わいせつのみならず、労働者派遣法違反等の名目で、関係者らの摘発が相次いだ。そして遂に先日、政府は緊急対策会議を開き、取り締まりの強化を宣言。隆盛を極めたAV業界も遂に消滅か――。 (取材・文/編集プロダクション『清談社』 常盤泰人)

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AV業界が重大な危機に瀕している。2017年3月、政府は関係省庁の局長級を集めた対策会議を開き、AV業界への“締め付け”を強化する方針を打ち出した。会議では菅義偉官房長官が、「本人の意に反してアダルトビデオへの出演を強要するのは、重大な人権侵害だ」「新たな被害者を生まない為の必要な広報・啓発・取締りの強化、そして万が一被害にあった方を支援する為の相談体制の充実を、直ちに行う必要がある」と発言。5月中旬を目途に、具体的な緊急対策を纏めることを明らかにした。「このままいけば、AV業界にとってかなり厳しい法律ができるでしょうね。勿論、AVへの出演強要はあってはならないことだし、それ自体は改善されるべきです。ただ、今の流れのままでは、『AV制作は性暴力である』として必要以上に規制がかかってしまい、業界に大打撃となる可能性は極めて高い」(AV業界関係者)。政府の緊急対策には、女子高生に性的な接客をさせる“JKビジネス”等も含まれているのだが、メインの標的は明らかにAV業界である。一体、AVの世界では何が起きているのか? 事態が動き出したのは2016年3月。引き金となったのは、国際人権NGO『ヒューマンライツナウ(HRN)』が発表した『ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、女性・少女に対する人権侵害調査報告書』という1通の報告書だった。HRNは、人身売買問題やポルノ・性暴力の被害者を支援する民間団体『ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)』の婦人団体と連携して、以前から女性の“性”に纏わる人権問題を扱ってきた団体だ。そしてこの報告書には、「若い女性たちがAVに出演するという意識がないままプロダクションと契約を締結した途端、『契約だから仕事を拒絶できない』『仕事を断れば違約金』『親にばらす』等と脅され、AV出演を余儀なくされる事例が後を絶たないことが判明した」という内容が記されていた。

HRNが報告書を出す大きなきっかけとなったのは、あるAVプロダクションが女子大生に対して2460万円の損害賠償を求めて提訴したという裁判だ。プライバシー保護の観点から、当事者の詳細は明らかにされていないが、訴えられた女子大生のKさんは、未だ高校生だった時にプロダクションにスカウトされ、直ぐに“営業委託契約”なる契約書にサインさせられている。契約の3ヵ月後には、着エロ系と思われるビデオ撮影が行われた。Kさんはここで「仕事を辞めさせてほしい」と申し入れたが、プロダクション側は契約を楯に受け入れず、その後もずるずると同様の撮影を強要。ビデオは発売されたものの、Kさんにギャラは支払われなかった。更に、Kさんが20歳になると、プロダクションはAVへの出演を強要。断ったものの、又もや「ここで辞めれば違約金は100万円」と脅され、泣く泣く1本に出演したが、限界となったKさんは再度、契約解除を申し入れる。すると今度は、「違約金は1000万円」「あと9本AVの撮影をしたら、違約金は発生しない」と拒絶。更に、メールによる脅しや、最寄り駅周辺や自宅にまで押しかけてきたという。それでも尚、拒絶を続けたところ、Kさんに対してプロダクション側が損害賠償請求の訴訟を起こしてきたのだ。「AVプロダクションとKさんの契約では、10本の作品へ出演することになっていたそうです。2460万円という金額のおおまかな内訳は、撮影済みの1本分が発売できなくなった損害等に加え、残りの9本分の違約金が1本200万円ということでした」(週刊誌記者)。但し、この裁判は2015年、「AV出演の契約は無効」という判決が下っている。この間、Kさんを支援してきた民間団体の1つがHRNで、同団体の事務局長でもある伊藤和子弁護士が、この裁判をインターネット等で紹介したこともあって、“AV出演強要問題”は広く知られ、社会問題化していったのだ。尤も、この種のトラブル自体は、AV業界では過去に幾度となく起きていたものである。その為、当初のAV業界の現場の反応は驚くほど鈍かった。「殆どの関係者は、『またフェミニスト団体が騒いでいるな』という感覚でバカにしていましたね。『無視していればそのうち消えるだろう』と。プロダクションが態々訴訟まで起こしたのはやり過ぎにしても、根本的に何が悪いのかを理解できていなかった」(前出のAV業界関係者)。確かに、これまでならそれでよかったのだろう。過去にも、AV女優や素人女性に対する強姦致傷事件で逮捕された2006年のバッキー事件のような事件が起きる度に批判は噴出したが、あくまで“一部の悪質な会社が起こしたこと”として、業界の構造に影響が及ぶことはなかった。だが、裁判で「契約過程に問題があったAV出演契約は無効」という判例が出た意味は、業界の想像よりも遥かに重いものだった。報告書をきっかけに、ほしのあすか・くるみんアロマといった同様の被害を告発するAV女優が続出。香西咲は『週刊文春』で、脅迫・洗脳・囲い込みの実態を告発した。同時に、HRNらの団体は国会議員や政党に対するロビー活動を活発化。公明党の協力を取り付ける等、着実にAV業界を追い詰めていった。こうした動きを受けて、現実にも大きなうねりが巻き起こっていく。

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6代目山口組vs神戸山口組、現役組長直撃で見えてきた最終決着のシナリオ

20170519 12
3月6日、山口組のある直参にインタビューする為、関西に入った。山口組はこの日の定例会で、3名の幹部を若頭補佐に昇格させている。4代目倉本組の津田力組長、2代目竹中組の安藤美樹組長、3代目一会の野村孝会長の3名を加えた若頭補佐7名が揃った。山口組と神戸山口組分裂の先々を展望する時、この動きは組織体制の拡充ぶりを示す1つの判断基準になる。その意味で、若頭補佐という最重要ポストを拡充させた山口組執行部の覇気は強い。筆者はこの日のインタビューで、今後の山口組の方向や当面の課題等を伺う予定ではあったが、ヤクザジャーナリズムの第一人者である溝口敦氏が最近書いた記事について、彼是と語り合う結果となった。溝口敦氏とは、彼是15年ほど前だったと思うが、その頃もヤクザ問題を夕刊紙に連載していた。その時は、十数億円の保釈金のことを書いていた。溝口氏は、「その巨額の保釈金には、ある銀行の帯封が付いていた」と書いていた。ところが、この記事を読んだ、しかも山のように積まれたその保釈金を集めて数えていた組関係者の口から、「帯封されたカネなどは一束も無かった」と筆者は聞く。早速溝口氏に、その真偽を確かめようと東京都内のホテルで会ったのが、最初の出会いだった。以後、大先輩として教えを賜ったりしてきたが、山口組の分裂を境に溝口氏と筆者の執筆スタンスが大きく異なってきた為、次第に距離を置くようになった。6日、前述の関西方面の直参幹部と話題になったのも、溝口氏が2月28日付の『日刊ゲンダイ』の連載『斬り込み時評』で書いた『カネが飛び交う医者と暴力団の関係』という一文。その記事を抜粋してみると『当時、弘道会会長だった髙山清司山口組若頭には可愛がられていると自任していた。同じ高山姓だが、姻戚関係はなく、在日同士の連帯感ぐらいはあったかもしれない」とある。

2月14日、病気を理由に刑の執行が停止されていた淡海一家の高山義友希総長が収監された。溝口氏は、「高山義友希総長の診断書を偽造したのではないか?」との疑いをかけられた病院との関係の疑惑を書いているのはいいにしても、その中で、高山義友希総長、髙山清司若頭の2人の高山は『在日同士の連帯感があったかもしれない』と書いた。この指摘が正しければ、髙山清司若頭は在日朝鮮人ということになる。この表記に驚いたのは筆者だけではない。実は、この記事については、愛知県警のデカからは「またデタラメ書いていますよ」と態々連絡が入っていた。2019年10月18日に出所すると言われている6代目山口組の髙山清司若頭の出自に“在日出身”という事実は無いにも拘わらず、それを溝口氏は、髙山清司若頭が北朝鮮系在日という流言飛語を兵庫県警や山健系幹部辺りから聞いていたのか、それとも鵜呑みにしていたのかは定かではない。但し、今から10年ほど前に出回った『井上・髙山の確執』と題するA4サイズ7枚程の怪文書の中で、髙山清司若頭が在日出身と匂わせた情報があったことは事実。右上のチャート図をご覧頂きたい。“弘道会 髙山清司会長(北朝鮮系)”と書かれている。この怪文書が出回った頃、やはり関西のヤクザ通の会社関係者からも、「朝鮮人という話でもちきりですよ」と連絡が来ていたことを思い出す。確かに、筆者もこの怪文書が出回った当時、愛知県警の暴力担当に繰り返しその真偽を確かめてみたが、「戸籍上、在日という事実は無い」と言明していたし、本当に在日なのであれば日本人学校には入れず、殆どは朝鮮人学校に入るし、その事実も全く無かった。髙山若頭の出生地・愛知県津島市で聞けば簡単に判明することなのに、何故か髙山若頭の在日説は、暫くの間、都市伝説の如く流布していたのだった。そんな嘘情報を、何故、溝口氏ともあろう第一人者が、在日系のヤクザと日本人ヤクザを混在させるのだろうか? その真意がわからない。“在日”という身分の表現を間違えれば、一種の差別と侮蔑に繋がることぐらいはご存知だろうに。溝口氏が“在日”という言葉を使っていることに対して、関西地区の山口組直参の1人は、その記事を見ながら次のように語った。「3代目は在日も日本人の区別もしなかった。皆、同じ釜の飯を食べたし、朝鮮人だからといって差別も苛めもしなかった。一旦、盃を交わせば、ヤクザ同士で在日だと日本人だのが問題になることもない。ヤクザの中で人種を云々するなんてあり得ない話だ。だから山口組は続いているんだよ…。溝口という人物ですか、色々ありますね…」とピシャリと語った。この原稿は、締め切りを過ぎた3月13日に書いている。私事で申し訳ないが、実を言うと今年に入ってから筆者の身体は変調をきたしていた。2月に入って煙草を吸った途端、胸に激痛が走り、同20日、ドクターに狭心症と診断されていた。関西地区でのインタビューの2日後、心臓治療の専門機関である『名古屋ハートセンター』に行くと、そのままカテーテル治療の為、ほぼ強制的に入院の身となった。入院があと2~3日遅れていたら、動脈が破れ、筆者の胸は大きく開かれていたし、命も危なかったことをドクターから言われた。間一髪で救われたということだろう。従って本号では、書かなければならないことを十分に書いてはいない。読者の皆様には申し訳なく思う。

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【ニッポン未解決事件ファイル】(18) 『功明ちゃん誘拐殺人事件』(1987)――用済みの子供は即殺害、誘拐犯の“残忍性”

翌日が祝日とも知らずに、多額の身代金を要求した誘拐犯。事件の捜査に慣れていない警察が犯した凡ミス。事件は最悪の結果を迎えることになる。そして、犯人は身代金を受け取らないまま消え去った――。 (取材・文/フリーライター 鈴木光司)

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1987年9月14日、群馬県高崎市筑縄町で、消防署員・荻原光則さん(当時43)の長男・功明ちゃん(5)が、自宅前から突然、姿を消した。焦燥となった家族の元に同日夜かかってきた電話は、功明ちゃんの身代金を要求する誘拐犯の男からであった。電話は3回。1回目は、「現金2000万円を用意しなければ功明ちゃんを殺害する」というもの。その凡そ1時間後の19時47分頃と20時過ぎにも電話があり、この日最後の電話口には功明ちゃん自らが出て、「元気、これから帰るよ。おまわりさんと一緒」と話した。1回目の電話の後、家族は警察に通報。その後の電話は逆探知で臨んだが、通話時間が足りず、犯人の居場所を特定するには至らなかった。この翌15日に警察は逆探知を引き上げたのだが、そのことが痛恨事となった。妙な話だが、当時は回線の都合等で長期間の逆探知は難しかったともいう。犯人は声の感じから中年以上の男性と思われたが、それにしてはあまりにも場当たり的と言える犯行形態でもあった。その最たるものが、9月14日の夜に身代金を要求したこと。その頃、敬老の日の祝日は15日に固定されており、金融機関からの引き下ろしができないことは誰にでもわかっていた筈なのだ。その為か、犯人からの4回目の電話――最後の電話は、祝日明けの16日朝8時前。中1日置くという、あまりにもお粗末なものであった。その時には要求が1000万円に下げられていたが、結論から言えばその日午後、功明ちゃんの遺体が5㎞離れた寺沢川から発見されるという最悪のケースを迎える。“if”は禁句だが、最後の電話は逆探知が十分できる長さであり、前述のように捜査陣の手法には“?”も付く。司法解剖の結果、死亡推定時刻は14日夜から15日午前10時頃と判断された。つまり、犯人は功明ちゃんを電話に出すと、それで用済みとばかりに殺害したのである。それも、生きたまま川に投げ込むという残忍な方法だった。2002年に控訴時効が成立。群馬県警にとっては、戦後唯一の未解決誘拐殺人事件という不名誉だけが残った。この事件をモデルとしているのが、群馬県の地元紙である『上毛新聞』出身の作家・横山秀夫氏の小説『64』(文藝春秋)である。


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【ニッポン未解決事件ファイル】(17) 『グリコ森永事件』(1984)――日本の警察を嘲笑った謎の“犯罪グループ”の黒幕

1984~1985年にかけて起こった連続企業恐喝事件。“かい人21面相”を名乗る男が、『江崎グリコ』や『森永製菓』等の大企業の製品に毒物を入れる手法で金銭を要求。幾つもの犯人像が推理されたが、時効・迷宮入りに――。 (取材・文/フリージャーナリスト 李策)

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1984年3月18日、3人組の男が江崎グリコの江崎勝久社長宅に侵入。入浴中の江崎氏を誘拐した。戦後最大の未解決事件として犯罪史に記録される『グリコ森永事件』が、ここに幕を開けた。企業への脅迫状とは別に、報道機関や週刊誌等に挑戦状を送り付け、毒入り菓子をばらまいて社会一般を騒ぎに巻き込み、“劇場型犯罪”とも騒がれたあの事件である。「人質はあづかった 現金10億円 と 金100㎏ を 用意しろ」。江崎社長の誘拐後、グリコに突き付けられた脅迫状の文面である。しかし、誘拐から3日後、江崎社長は閉じ込められていた淀川沿いの水防倉庫から自力で脱出。身代金奪取のならなかった犯人たちは、「社屋等への放火や、製品に青酸ソーダを混入する」との脅しで、グリコからカネを奪い取ろうとする。その後も、犯人らは悉く現金奪取に失敗するが、その一方で警察も手痛いミスを重ねた。同年11月22日付、“かい人21面相”を名乗る犯人は、マスコミ宛ての“挑戦状”で、現金受け渡し現場で警察の失態について、こう明かしている。「6月2日の 3億円の とき わしら ポリ公と あいさつ しとんねん【中略】警察の車5だいか6だい はしっとったで タクシーにのった あほも おった【中略】会社の車に のって 1人で くるよう ゆったのに ちがう車で 2人も すわって まっとった きいとるだけで あほらしいやろ」。犯人らはその後、『丸大食品』・『日本ハム』・森永等にターゲットを変更。10月7日から13日までの間に、大阪・兵庫・京都・愛知のスーパーマーケット等から青酸入り菓子等13個が発見され、その後も断続的に脅迫と青酸入り菓子の置き去りが続く。だが、事件は予想外の結末を迎える。11月14日、脅迫を受けた『ハウス食品』の現金運搬車を囮に、警察が犯人グループの一斉検挙を目指した作戦を展開中、そのことを知らされていなかった滋賀県警のパトカーが、犯人である疑いの強い不審者を取り逃がした。そして翌年8月7日、滋賀県警の山本昌二本部長は、定年退職したその日に本部長公舎で壮絶な焼身自殺を遂げる。遺書は残されていなかったが、ハウス事件での犯人取り逃がしの責任を取ったと解釈された。その5日後、かい人21面相は茨木警察署下穂積派出所に放置した挑戦状で、終息宣言を行う。「山もと 男らしうに 死によった さかいに わしら こおでん やることに した くいもんの 会社 いびるの もお やめや このあと きょおはく するもん にせもんや【中略】わしら 悪や くいもんの 会社 いびるの やめても まだ なんぼでも やること ある 悪党人生 おもろいで かい人21面相」。

これを機に、犯人グループは活動を停止。混迷を続けていた捜査は、7年後に大きく動く。1992年3月13日、捜査本部は、ハウス食品事件での捕り物の際、犯人らが乗り捨てた盗難車から特殊な金属の微量物を採取。同種の金属片等を扱う産業廃棄物処理業者の中から、事件関与の疑われる人物を洗い出した。また、かい人21面相の高度な組織力の裏には“黒幕”が存在すると見られていたが、件の産廃業者のライン上に山口組系の元大物組長・Kが浮上。捜査本部は、K及び関係者らに対する強制捜査を決断する。その背景には、犯人らの“緻密過ぎる動き”があった。当時、事件を取材した新聞記者は、担当捜査員からこんな話を聞かされている。「犯行計画というか、犯行のタイムテーブルが緻密を極めてるんや。行動を10秒単位で計算してる。これには驚いた。現金の受け渡し場所を次々に移動させるのが決まった手口やが、ワシらが互いに無線で連絡を取り合っていて少しでも指定時間に遅れると、全く以て姿を見せんのや」。こうした巧妙な連係プレーの背後に、警察がある種の“組織力”を疑ったのは当然と言えるだろう。しかし、「知らぬ存ぜぬ」で押し通すKから何ら証言を取ることができぬまま、捜査陣は引き下がることになる。実は、この失敗は予想されたことだった。最初に捜査線上に上った産廃業者とK元組長を結び付けた最重要の手がかりが、事情聴取を前にして瓦解していたのだ。その証拠とは、“53年テープ”と呼ばれる1本のカセットテープ。事件発生の6年前となる昭和53年8月17日、江崎グリコ役員宅に郵送されたテープには、年配の男性の声で、事件を予告するかのような話が吹き込まれていた。「私は30年ほど、部落解放同盟の会長をしている者でございます。1ヵ月くらい前から過激派の連中と付き合うようになりまして、実は、然る過激派の連中が『どうしても資金がいる。そこで、グリコさんにカンパしてもらいたい。若し蹴られたり、警察に言ったりなさると、それなりに報復を計画している』ということを知ったのです」「過激派の連中は、グリコ製品に毒物を入れて12都道府県にばら撤く準備をし、連中はグリコに3億円を要求するつもりだったのですが、私が交渉して1億7500万円まで引き下げさせた」「若しグリコさんに応じて頂けるのであれば、朝日・毎日新聞の尋ね人欄に“ヨシザワ話ついた すぐ帰れ フジサワ”と掲載して頂きたい」。警察は、産廃業者に連なる人脈の中から、“53年テープ”とよく似た声の持ち主である富山市在住の元北朝鮮工作員の男(当時50代)を発見。その男を介して、産廃業者とK元組長が繋がったのだ。また、京都に在住していた元工作員の娘が、江崎グリコに対する脅迫電話で流された“女性の声のテープ”と目された。しかし、強制捜査の着手前、元工作員と“53年テープ”、娘と“女性テープ”の声紋鑑定を行った『科学警察研究所』は、「両者とも一致せず」との結論を出していたのだ。この時点で、産廃業者と元工作員、K元組長を“一味”と見る捜査方針は大きく揺らぐ。Kと同時に任意同行を求められた関係者らは、事件への関与を一様に強く否定。グリコ森永事件の捜査は、この時点で事実上の敗北を喫したのである。そして2000年2月13日午前0時。この時までに、誘拐や殺人未遂等、グリコ森永事件に含まれる28件の事件全てが時効を迎えた。


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【ニッポン未解決事件ファイル】(16) 『歌舞伎町ディスコ強盗殺人事件』(1982)――若者を魅了する繁華街に潜む甘い言葉と危険な毒牙

暴対法や警視庁による浄化作戦等、一連の取り締まりで、近年は嘗てほどの怪しさが無くなってしまった歌舞伎町。一歩足を踏み入れるのさえ恐いという人もいたほど、危険な雰囲気に溢れた街だった。そこで起きた事件とは――。 (取材・文/フリーライター 鈴木光司)

20170502 27
1982年6月6日の早朝から午前中にかけて、千葉県千葉市横戸町(※現在の千葉市花見川区検見川町)の国道16号線近くで、茨城県出身の中学3年生の女子(※共に当時14歳)2人が若い男に襲われ、1人が死亡、1人が軽傷を負った。被害者の2人は、ディスコで知り合った女友だちの家に数日前から泊まり込んでおり、また事件当日も、歌舞伎町の『コマ劇場』(※現在の『TOHOシネマ』)近くにあったディスコ『ワンプラスワン』やゲームセンター等で遊んでいたところを、20代前半と思われる男に“ナンパ”され、その後ドライブに連れ出されて、被害に遭ったのである。殺害されたNさんの死因は、右の首筋を鋭利な刃物で切り裂かれたことによる失血死。解剖の結果、アキレス腱も切られていることが判明した。車中で寝ていたもう1人の中学生・Aさんが、Nさんのいないこ とに気付いたところ、「散歩にいかないか?」と男に車外に誘い出され、頭等を殴打されて失神する。軈て目覚めたAさんは、近くでNさんの遺体を発見。大きな悲鳴を上げる彼女に通行人が気付き、事件は発覚した。犯人と思われる男は、既に車で逃走した後だった。事件現場が千葉の屋外であるのにも拘わらず、“ディスコ殺傷事件”等と呼ばれるのには理由がある。Aさんの証言で、男は自称大学生、品川ナンバーの小豆色のスポーツカーに乗っていた等、犯人像は絞られていき、一時は有名大学生等の名前も挙がったが、何故か警察は犯人を特定できなかった。また、世間の論調も、翌6月7日の読売新聞朝刊が『ヤングの遊び場 非行の温床にも』等と見出しを付けたことが象徴的であったように、猟奇的とも言える凶悪犯よりも、14歳の中学生が深夜まで屯しているという若者行動と、それを受け入れる繁華街に、非難の矛先が移ってしまっていた。この為、「犯人の背景には強力な有力者がいるのでは?」という噂も囁かれたが、それは所詮、確証になり得る話ではない。結果的に犯人は逮捕されないまま、控訴時効を迎えている。


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ブルマで顔面騎乗、ビキニで電マプレイ…女子高生商法の風俗化が止まらない!

女子高生がカラダを使ってカネを儲けるJKビジネス。怪しさ満点のこの業界に対し、警視庁が本格的に取り締まりを始めた。しかし、少女愛好家からせしめるカネに味をしめた“経営者”たちは、更なる未成年を使ったサービスを作る――。 (取材・文/フリーライター 高木瑞穂)

20170502 12
昨年11月、警視庁は18歳未満の少年少女をJKビジネスで働かせることを禁止する内容の条例案を纏め、パブリックコメントを募集した。その条例案は今春にも可決され、夏頃には施行される見込みだ。これまでグレーゾーンとされてきたJKビジネスは、当局とのイタチごっこの歴史と言っても過言ではない。ハシリとなったのは、制服を着た少女が屯しているのをマジックミラー越しに見る“JK見学クラブ”。摘発が始まると業態を徐々に変え、リフレ・コミュ・散歩といったジャンルが登場。表向きの年齢は隠されていたが、多くの店はアンダーを抱えているのが実情だった。しかし、現状はほんの一握りの店舗にしかアンダー少女(※18歳未満)たちは生息していない。多くは現役JKを装いつつ、“オーバー”と呼ばれる18歳以上の女の子しか雇っていないにも拘わらず、そうした店も含めて“JKビジネス店”と称されている。そんな状況下で起こっているのは、JKビジネスの“地下化”と“過激化”だ。アンダー少女たちは、散歩店を隠れ蓑に地下へ潜り続ける。店側が提供するサービスは、表向きは少女による“観光案内”だが、そこでは公然とフェラチオや本番等の売春が行われている。その是非は別として、アンダーたちは自分たちを雇ってくれない真面な風俗店を尻目に、売春する器を与えてくれる散歩店らを“ありがたい存在”だという。

対して、多くのオーバーたちは派遣型リフレ店に身を寄せている。風俗店の届出済みの店舗も多く、実態は合法であるデリヘルだが、風俗嬢ではなく“プロ素人”として売春に勤しみ、また、多くの好事家たちがそんな若きプロ素人を求め、集まっている。繁盛する派遣型リフレに倣い、既存のデリへル店から鞍替えするケースも少なくない。予めフェラチオや素股等の性行為がプレイ内容に含まれたデリヘルと違い、派遣型リフレは表向き、性行為が無いことになっている。客は“裏オプション”として追加料金を払わないと性行為にありつけない訳で、つまり、店も嬢も儲かるシステムになっているからだ。共通して求めるのは勿論カネだ。少女はその対価としてカラダを差し出す行為に抵抗はないというし、店は巧妙に摘発対策を講じている。果たして、JKビジネス条例はそんな欲望に“待った”をかけられるだろうか? 「フーゾクで働けないから、JKビジネス店でエンコーするしかない」――。こうした歪んだ感覚を持った現役JK世代たちは、“アンダー店”と言われる18歳未満を雇ってくれるJKビジネス店に集まっている。形態は散歩。観光案内を建前に、30分5000円程度~で少女らとのデートの時間を買う業態だ。来るJKビジネス条例では、この“散歩”についても名指しして規制をかけようとしている。散歩が売春の温床なことは、当局も把握しているのだ。しかし、店側も様々な摘発対策を講じる等、タダでは転びそうにない。A店は“アイドル商法”を逆手に取る。某国民的アイドルグループを模倣し、“会いに行けるアイドル”を謳う。5000円~の料金を払えば、サイン色紙の購入を隠れ蓑に、少女と路上で待ち合わせ→30分~のデートが楽しめる趣向だ。また、B店は“学習塾”を装う。30分5000円~の料金を払えば、機械に疎いオヤジ世代を対象に、現役JKがスマホの操作方法を教えてくれるという。“レンタル彼女”を装う店もある。一時期ブームになった“疑似デート”を提供する業態だ。しかし、何れも実態は“散歩”だ。そして、そこでは公然と売春が行われている。そんな言い訳が通用しないのは、摘発の歴史が証明済みだろう。過去には、現役JKが折り鶴やアクセサリーを作る“JK作業所”が早々と摘発された。アンダー少女を雇う術でしかないアイデアなど、ひとたまりもないのだ。しかし、アンダー少女を取り巻くJKビジネス業界の現状は、それが見えないほど欲望に毒されている。

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4ヵ月から半年で月給200万円に…元オレオレ詐欺業者が手掛ける“物上げ”ビジネスの闇

20170502 08
今、裏社会で実しやかに囁かれている話がある。それは、「オレオレ(詐欺)の時代は済んだ(終わった)。本気で稼ぎたいなら“物上げ”だ」というものだ。実際に去年、関東では物上げを行う会社が続々と姿を現し、オレオレ詐欺のかけ子をしていた者たちは、挙って物揚げ専属のテレアポヘと変貌を遂げた。「大体、物上げならリスク少なく月に200は稼ぐことができる。オレオレのかけ子では、もうそんなに稼げない」。これが現場の声だという。抑々、物上げとは今に始まったビジネスではない。これを利用したアコギな不動産屋は、以前から確かに存在していた。だが、これほどシノギとして大々的に始まったのは、去年からではないだろうか。関東でシノギとして成功を果たして物上げは、去年の段階でテレアポの研修生を他府県のアンダーグラウンドから募っており、今年は関西に上陸し、舞台を移すことになったという。この流れはアンダーグラウンドビジネスの常套手段であり、グレービジネスは全て関東を発祥とし、そこで成功を収めれば関西へと渡っていくのだ。では抑々、物上げとは何なのか? ここでその手法を簡単に説明しよう。先ず、物件の売り手と買い手を探し出すところから始まる。闇雲に歩いて探し出すのではない。そんなやり方をしていては、テレアポが月に200も稼げやしない。

売り手を探し出す方法、それは登記を上げまくることだ。1件上げるのに数百円かかる手数料が、合計して200万~300万円になるまで上げてしまう。そして買い手は、富裕層リストの名簿を手に入れてくる。このビジネスでは“名簿が命”と言われるほど、この名簿が重要になってくるという。ここからがテレアポの仕事だ。先ず、登記簿から物件のオーナーに電話をかけ、市場価格より高い金額を提示し、オーナーを売る気にさせてしまう。逆に買い手となる富裕層には、相場より随分と安い値を伝え、「この物件を買わないか?」と誘い込む。この辺りがテレアポのアゴ(※腕)の見せ所となってくるのだが、どちらも合意したところで、今度は売る気になった買い手には彼是と難癖を付けて、売値を下げさせる。最終的に大幅に減額させ、買い手には言葉巧みに買値を上げていくのである。そして、程よいところで売買を一気に成立させ、中間省略してしまうのだ。通常、仲介手数料ならば、売り手・買い手共に3%ずつの計6%の抜きしろしか落ちてこないが、中間省略して登記することで、売値と買値の利幅が丸々、不動産屋に入ってくることになる。その為、1件成功させるだけでもかなりの利益が出ることになってしまうのだ。テレアポの研修期間は4ヵ月から半年と言われ、その期間に全ての喋りをマスターしてしまい、月に200万の月給へと辿り着いてしまう。そこには、これっぽっちの罪悪感も存在していない。あるのはカネへの執着だけだ。勿論、バカではテレアポになれない。ある程度の機転は必要とされるのだが、他のシノギでは機転が利くくらいでそんなに稼ぐヤツは先ずいない。現在、関西には、関東で研修を終了させたテレアポたちが続々と上陸しているという。 (取材・文/作家 沖田臥竜)


キャプチャ  第24号掲載

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「グリコ森永事件の真犯人と思える人はいるけど、本人からは絶対に言わないだろうね」――宮崎学氏(作家)インタビュー

「けいさつの あほどもえ」で始まる“かい人21面相”による関西弁の不敵な犯行声明が強烈なインパクトを残す『グリコ森永事件』。発生から30年を経ても尚、様々な憶測を呼ぶ食品メーカー恐喝事件である。1984年3月に発生した当時の『江崎グリコ』社長・江崎勝久氏の誘拐事件を端緒に、グリコや『森永製菓』を含む食品メーカー等が次々と多額の現金を強要されるという前代未聞の大事件であったが、犯人は今もわからない。全国の警察から延べ130万1000人の捜査員が動員され、35通の脅迫状と63通の警察への挑戦通告、そして600点の遺留品という膨大な証拠を残していたにも拘わらず、警察は犯人に振り回され続けたのである。当時、「現場に現れた“キツネ目の男”に似ている」と言われ、出身地も現場に近いことから、“重要参考人”と目されていた作家の宮崎学氏に、改めて事件について聞いた。 (聞き手/フリーライター 上野蓮)

20170501 19

――グリコ森永事件は、かい人21面相による「けいさつの おまえらうそついたら あかんで うそはドロボーのはじまりや」等のちょっと面白いというか、大胆不敵な関西弁の犯行声明に日本中の警察官が振り回された挙げ句、犯人を捕まえられなかったという、今考えても凄い事件です。死者は出ておらず、とてもミステリアスですね。事件発覚当初は、どのように事件を見てましたか?
「私が疑われたのはモンタージュ画像公開の後ですから、最初は『関西弁の犯行声明が面白い』とか、そういう感想はありましたね。“誘拐する”を“さらう”と表現するとか、主に大阪の不良が使う言葉も興味深かったです。でも、そう思ったのは私だけではないでしょう。当時は警察官や元警察官による銀行強盗・殺人・多額の収賄等が多発して、国会でも問題になっていた時代です。そうした警察への不信感は、国民にもあったのだと思います」

――そのような時代背景もあったんですね。その後に現場に現れた“キツネ目の男”として宮崎さんは注目されることになりますが、どのような状況だったんですか?
「拙著“突破者 戦後史の陰を駆け抜けた50年”(南風社)に詳しく書いていますが、当時の女友だちの部屋に行ったら、『何をしたの? テレビに出てたわよ』って言われたのが始まりでした。本当に全く心当たりはなく、『テレビ? そんなもん知らねぇよ』という感じでしたね。警察は後に私に直接、アリバイを確認しに来ることになりますが、それだけではなく、友人や知人、住んでいたマンションの管理人、更には入院中の母にまで聞き込み捜査をしていました。これは愉快ではありませんよね。痛くもないハラを探られるのは嫌なものでした」

――モンタージュ画像に似ていただけではなく、犯罪の舞台の1つであった京都市伏見区の出身であったこと、普段から警察を揶揄うようなことをしていたこと等も、“疑惑”を生んだようですね。
「確かに、私は伏見で生まれ育って土地勘はあるし、ヤクザの息子ですから、ずっと警察に対してはいい感情を持っていません。なので、昔から地元の京都府警の捜査員をよく揶揄ったりはしていました。また、京都の不良仲間たちが冗談で、捜査員たちに『犯人はマナブに間違いない』等と言っていたこともあると思います」

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