【気候変動のリアル】(14) 「“損失と被害”への資金支援が焦点」――田村堅太郎氏(『地球環境戦略研究機関』上席研究員)インタビュー
気候危機への対応を議論する国連の会議が今月6日、エジプトで開幕した。地球温暖化の影響が指摘される気象災害が頻発する中、対策強化は進むのか。気候変動の国際交渉に詳しい『地球環境戦略研究機関』の田村堅太郎上席研究員に、会議の注目点等について聞いた。 (聞き手/くらし科学環境部 大場あい・岡田英)

――今年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、エネルギーの脱ロシア化を進める中で化石燃料回帰の動きがあります。世界の温暖化対策への影響をどう見ていますか?
「ドイツが二酸化炭素(※CO2)排出量の多い石炭火力発電の稼働を増やすことを決める等、これまで世界の対策を牽引してきた欧州の動きを受けて、脱炭素の道筋は破綻した等と指摘する声もあります。だが、欧州各国の対応は、あくまでこの冬の電力不足に対する短期的な措置で、中長期的に大きな影響があるとは考えていません。ドイツのオラフ・ショルツ政権は石炭火力の全廃時期を従来の2038年から2030年へ前倒しし、ウクライナ危機後もその方針は変えていません。イギリスも“2024年全廃”の計画のままです。寧ろ再生可能エネルギーを拡大する等して脱炭素化を加速することで、ロシアへの化石燃料の依存を減らしていこうとしています。新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済活動の停滞で、2020年の世界全体のCO2排出量は2019年より減りましたが、2021年は増加に転じて過去最高になりました。世界最大の排出国である中国や3位のインドで石炭火力が増えたのが主な要因ですが、両国は今、再生エネを物凄い勢いで導入しています。中国は2030年より前に排出量を頭打ちさせる目標を掲げていますが、欧米のシンクタンクはもっと早く、2025年過ぎには減少に転じると分析しています。一時的であっても排出増加は懸念すべきことですが、世界の脱炭素化の流れは覆ってはいません」
――エジプトのシャルムエルシェイクで『国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)』が開催されています。何が焦点ですか?
「昨年、イギリスのグラスゴーで開催されたCOP26では、産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えることを事実上の世界共通目標にし、石炭火力の段階的削減で合意しました。COP27では“1.5℃”実現に向けて、実際に温室効果ガス排出削減を加速させる作業計画策定を目指します。もう一つの大きなテーマが、温暖化が影響している気象災害等によって既に生じている“損失と被害”に対する資金支援です。国連の会議ではここ数年注目されてきましたが、今回は温暖化の影響を受け易い国が多いアフリカでの開催でもあり、議長国のエジプトも力を入れています。“損失と被害”が焦点になるのは、今夏のパキスタンの大洪水、東アフリカの干魃等、大変な被害が顕在化してきているからでしょう。国際交渉の議題になるのは当然だと思います。但し、このテーマは政治的に非常に難しい問題です。途上国、特に海面上昇等の影響を受けている島国にとっては、何らかの資金支援を受ける仕組みに合意することが悲願ですが、先進国はずっと反対してきました。温室効果ガスを排出してきた“責任”と、その被害に対する“補償”という文脈の中で議論されることが多かったからです。過去の責任や補償と結び付けて議論すれば、先進国、特にアメリカは受け入れられません。“過去”の問題ではなく、“将来の被害を減らす為に頑張っていこう”という方向で妥協点を探っていくことになるのではないでしょうか」
――今年8月のG20環境・気候相会合では、ウクライナ侵攻に対する表現を巡って意見が纏まらず、共同声明の採択が見送られました。COP27でも、COP26の合意から後退する等、影響があるでしょうか?
「COP26での合意より後退することは、島国等には絶対に受け入れられません。大きく前進するのは難しいかもしれませんが、全会一致で採択した内容を覆すことは考えられません。G20は排出量の多い国の集まりですが、国連の会議には排出量が少ないのに悪影響を受け易い後発の途上国等が参加し、その声も影響力を持つ。そこが国連の会議とG20等との大きな違いです」
――世界全体での脱炭素化に向けて、日本がすべきことは?
「岸田文雄首相はCOP26で、アジアを中心にクリーンエネルギーへの移行を推進し、脱炭素社会をつくり上げるとし、化石燃料による火力発電をアンモニア、水素等のゼロエミッション火力に転換すると表明しました。一つの方法ではあるのかもしれませんが、水素やアンモニアは未だコストも高く、特に発電部門での脱炭素化に貢献するかは疑問を呈する意見があります。脱炭素実現に向け、再生エネ導入や電気自動車(※EV)への移行が進み、海外の知人から『何故日本が再生エネ技術等をリードしないのか?』と不思議がられることが多いです。残念ながら、今の標準的な再生エネ技術では中国等に価格競争で負けてしまうが、日本が強みを持つ技術はまだまだあります。ヒートポンプ等の省エネ技術は欧州等で需要が増しています。また、世界で開発競争が激化している次世代太陽電池“ペロブスカイト太陽電池”は日本発の技術です。ペロブスカイト太陽電池で世界の市場を席巻しようとするならば、今が勝負時です。これまでの再生エネ技術と同じようなことにならないよう、政府がしっかりサポートし、企業が大規模な投資を安心してできるような環境作りをしていく必要があります」
2022年11月8日付掲載

――今年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、エネルギーの脱ロシア化を進める中で化石燃料回帰の動きがあります。世界の温暖化対策への影響をどう見ていますか?
「ドイツが二酸化炭素(※CO2)排出量の多い石炭火力発電の稼働を増やすことを決める等、これまで世界の対策を牽引してきた欧州の動きを受けて、脱炭素の道筋は破綻した等と指摘する声もあります。だが、欧州各国の対応は、あくまでこの冬の電力不足に対する短期的な措置で、中長期的に大きな影響があるとは考えていません。ドイツのオラフ・ショルツ政権は石炭火力の全廃時期を従来の2038年から2030年へ前倒しし、ウクライナ危機後もその方針は変えていません。イギリスも“2024年全廃”の計画のままです。寧ろ再生可能エネルギーを拡大する等して脱炭素化を加速することで、ロシアへの化石燃料の依存を減らしていこうとしています。新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済活動の停滞で、2020年の世界全体のCO2排出量は2019年より減りましたが、2021年は増加に転じて過去最高になりました。世界最大の排出国である中国や3位のインドで石炭火力が増えたのが主な要因ですが、両国は今、再生エネを物凄い勢いで導入しています。中国は2030年より前に排出量を頭打ちさせる目標を掲げていますが、欧米のシンクタンクはもっと早く、2025年過ぎには減少に転じると分析しています。一時的であっても排出増加は懸念すべきことですが、世界の脱炭素化の流れは覆ってはいません」
――エジプトのシャルムエルシェイクで『国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)』が開催されています。何が焦点ですか?
「昨年、イギリスのグラスゴーで開催されたCOP26では、産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えることを事実上の世界共通目標にし、石炭火力の段階的削減で合意しました。COP27では“1.5℃”実現に向けて、実際に温室効果ガス排出削減を加速させる作業計画策定を目指します。もう一つの大きなテーマが、温暖化が影響している気象災害等によって既に生じている“損失と被害”に対する資金支援です。国連の会議ではここ数年注目されてきましたが、今回は温暖化の影響を受け易い国が多いアフリカでの開催でもあり、議長国のエジプトも力を入れています。“損失と被害”が焦点になるのは、今夏のパキスタンの大洪水、東アフリカの干魃等、大変な被害が顕在化してきているからでしょう。国際交渉の議題になるのは当然だと思います。但し、このテーマは政治的に非常に難しい問題です。途上国、特に海面上昇等の影響を受けている島国にとっては、何らかの資金支援を受ける仕組みに合意することが悲願ですが、先進国はずっと反対してきました。温室効果ガスを排出してきた“責任”と、その被害に対する“補償”という文脈の中で議論されることが多かったからです。過去の責任や補償と結び付けて議論すれば、先進国、特にアメリカは受け入れられません。“過去”の問題ではなく、“将来の被害を減らす為に頑張っていこう”という方向で妥協点を探っていくことになるのではないでしょうか」
――今年8月のG20環境・気候相会合では、ウクライナ侵攻に対する表現を巡って意見が纏まらず、共同声明の採択が見送られました。COP27でも、COP26の合意から後退する等、影響があるでしょうか?
「COP26での合意より後退することは、島国等には絶対に受け入れられません。大きく前進するのは難しいかもしれませんが、全会一致で採択した内容を覆すことは考えられません。G20は排出量の多い国の集まりですが、国連の会議には排出量が少ないのに悪影響を受け易い後発の途上国等が参加し、その声も影響力を持つ。そこが国連の会議とG20等との大きな違いです」
――世界全体での脱炭素化に向けて、日本がすべきことは?
「岸田文雄首相はCOP26で、アジアを中心にクリーンエネルギーへの移行を推進し、脱炭素社会をつくり上げるとし、化石燃料による火力発電をアンモニア、水素等のゼロエミッション火力に転換すると表明しました。一つの方法ではあるのかもしれませんが、水素やアンモニアは未だコストも高く、特に発電部門での脱炭素化に貢献するかは疑問を呈する意見があります。脱炭素実現に向け、再生エネ導入や電気自動車(※EV)への移行が進み、海外の知人から『何故日本が再生エネ技術等をリードしないのか?』と不思議がられることが多いです。残念ながら、今の標準的な再生エネ技術では中国等に価格競争で負けてしまうが、日本が強みを持つ技術はまだまだあります。ヒートポンプ等の省エネ技術は欧州等で需要が増しています。また、世界で開発競争が激化している次世代太陽電池“ペロブスカイト太陽電池”は日本発の技術です。ペロブスカイト太陽電池で世界の市場を席巻しようとするならば、今が勝負時です。これまでの再生エネ技術と同じようなことにならないよう、政府がしっかりサポートし、企業が大規模な投資を安心してできるような環境作りをしていく必要があります」

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テーマ : 環境・資源・エネルギー
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