「今後10~20年以内に47%の仕事が機械に奪われかねない」――。2013年に発表された1本の論文が、世界に衝撃を与えた。タイトルは『雇用の未来』。AIの急速な発展が世界を変えると予測した意欲作だ。あれから10年。見通しは正しかったのか。共著者のオックスフォード大学、マイケル・A・オズボーン教授に聞いた。 (聞き手/経済部 辻本知大)
――『雇用の未来』の予測は当たりましたか?「一部は正しかったが、一部は間違っていたというのが現時点での評価でしょう。Eコマースの発展は予想通りでした。AIが事務仕事を自動化するとの指摘も、コールセンター等で一部実現しています。予想を完全に上回った分野もあります。その代表が(膨大な言語を学習し、文章作成等ができる)大規模言語モデルです。AIの言語能力がここまで発展するとは、当時は思っていませんでした。論文に対しては当時、数多くの懐疑的な声が寄せられました。例えば、ファッションモデルが将来、自動化されるだろうという指摘です。でも、現状を見て下さい。AIを活用したデジタルモデルが台頭し、様々な髪形や服装、そして背景まで自由に入れ替えることが可能になりました。予測は正しかったと言っていいでしょう。一方で、予想よりも伸び悩んでいるのが自動運転の実用化です。当時は2023年には実現されると見ていましたが、そこまで急速に技術は伸びませんでした。最新の研究では、完全に実用化するには、あと10年はかかると見ています」
――AIが社会に浸透する一方で、高度なAIの登場を恐れる人も少なくありません。「驚きはありません。反対運動も確実に増えてくるでしょう。それは新しい技術が導入される際、よく起きる現象です。インターネットの検索エンジンが登場した際にも、大きな反響がありました。それだけAIのインパクトが大きいということでしょう。変化に対して合理性のない反対意見もありますが、生活に大きな影響を及ぼすという意味では恐怖を覚えるのはある意味、仕方がないことです。2019年、ロサンゼルス港で『自動運転車両が導入されれば、港湾労働者の仕事が奪われる』と労働者が抗議運動を起こしました。抗議運動のプラカードには“47%”という、私達の論文で示した数字が使われていました。これらは、とても興味深い現象ですね」
――AIによるイラスト自動生成等、芸術分野にも影響を及ぼし始めています。これも前向きな動きの一つでしょうか?「写真技術が生まれた時のことを考えてみて下さい。写真が現れた時、当時の画家の多くは危機感を覚えたし、写実性の高い絵を得意としていた画家の中には仕事を失った人もいました。ただ、その一方で、自分の表現方法の一つとして積極的に写真技術を取り入れ、新たな作品を生み出すアーティストも生まれてきました。AIでもそういうことが起きると思います。実際、AI技術に理解のあるアーティストらに話を聞くと、『AIを使うことで、より効率的な作業ができるし、今までできなかった表現ができるようになる』と評価しています。AIによるイラスト生成では、どのような言葉で指示を出すかが重要になります。AIの思考を助ける言葉の組み合わせを考えるプロンプトエンジニア等、新しい職種も生まれています」
――ただ、アメリカのアーティストが「AIに無断で自分が描いたイラストを学習された」と裁判を起こした事例もありました。「アーティストがAIの登場を心配するのはわかりますが、“AIがアートを盗んだ”という主張は間違いです。AIはインターネット上にある何十億という画像を学習し、様々なイメージに活用しています。人間のアーティストだって色々なテーマを学び、それを作品に生かしているでしょう? そういった意味で、人間もAIも仕組みは何ら変わりません。訴訟に意味があるとは思えません」
――世界では今、アメリカの新興企業『オープンAI』が開発したAI自動応答ソフト『ChatGPT』が話題を集めています。「チャットGPTは、人間と比べても遜色ないレベルの文章を生成できます。今後、様々な分野で使われていくでしょう。社会に大きな影響を及ぼしていく筈です。既にソフトウェア分野では、コードを書く有力なツールとなっています。コピーライターとしての機能も優れている為、あらゆる地域の消費者に合わせた文書を作成できるマーケティングツールにもなります。世界中で1億人以上のユーザーがいると言われるのも当然ですね。何せ人間に比べ、同じ仕事量でもコストは断然、AIのほうが低いですから」
――最後にもう一つ。ハリウッド映画のように、AIが人間を滅ぼす未来はありませんか?「安心して下さい。AIは、宇宙人が突然地球にやってきて、人間に強制したものではありません。人間が作り出したものであり、人間の為にあるべきツールです。悪影響がないとは言いません。それを回避する努力をするのは当然ですが、AIによる恩恵が数多くあることを知ってほしい。今後の人類の繁栄の為にも、AIを適切に使いこなすことが、企業にも個人にとっても重要になっていくでしょう」

2023年2月16日付掲載
テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
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