【幸音ちゃん心臓移植へ】(下) 娘をぎゅっと抱きしめたい

2歳になったばかりの女の子、幸音ちゃんは生後間もなく重度の心臓病と診断された。心臓移植以外に次女の生きる道がないことを知った父で埼玉県在住の教員、聡志さん(33)と公務員の妻(33)は、移植まで待機する決断を下す。幸音ちゃんは一昨年3月1日に大規模な病院へ転院し、移植まで命を繋ぐ小児用補助人工心臓『エクスコア』を装着した。術後、集中治療室(※ICU)で眠る娘の姿に、聡志さんは息を呑んだ。太く透明なチューブ(※約2m)が2本、お腹から伸び、血液が循環していた。「生後2ヵ月なのに、こんな痛々しい姿になって…。でも、これで移植を待てる」。退路を断たれた思いがした。「エクスコア装着直後は容体が安定しない」という主治医の言葉通り、2日連続で大手術を受けた。同24日にICUから一般病棟へと移ると、夫婦の付き添いが始まった。交互に2週間ずつ病室に泊まり込み、長女がいる自宅との“二重生活”になった。妻は産休と育休を取り、聡志さんも2ヵ月ほど育休を取得した。夫婦とも“育休は出産から3年間”で、手当が出るのは出産から2年間までだ。聡志さんは家計を維持する為に今月仕事に復帰し、妻が主に付き添うようになったが、移植待機はいつまで続くかわからない。エクスコアは血栓と感染症の恐れがあり、昨年11月15日に約6時間の手術を受ける等、気を抜けない日々が続く。
心労も重なった。幸音ちゃんが発症した心筋緻密化障害は遺伝による家族性の可能性があると考え、エコー検査を家族で受けた。妻は“異常なし”。一方の長女は「心筋緻密化障害と似た特徴がある」。そして、聡志さんは「心筋緻密化障害、及び拡張型心筋症の発症が、軽度だが認められる」。背筋が凍り付くような気がした。「娘の病気は自分のせいなのか…」。そして、長女の再検査の結果が医師から告げられた。「心筋緻密化障害の定義を満たしてはいないが、家族に心筋症発症者がいるので…。念の為、年1回は検査をしましょう」。家族性の判断が下されたわけではないが、自責の念が募る。「無自覚なまま、子供に病気を背負わせてしまったのだろうか」。その後の投薬治療で、聡志さんの左心室拡張は1年前よりやや治まり、長女も医師から「やや気になるものの、現時点では問題がない」と言われている。幸音ちゃんは年を越して“その日”を待ち、命を繋いでいる。「生まれた時からずっと痛みや苦しさに耐えて頑張ってくれている。感情豊かで強い子」。聡志さんは誇りに思う。成長著しく、よく喋り、「パパ」「ママ」「ねーね(※姉)」と家族全員を呼べるようになった。共に過ごす時間が愛おしい。しかし、夜泣きをしても体から太いパイプが伸びている為、娘を抱きしめられない。ドナーの死を前提にした心臓移植への葛藤が続いた。「我が子を失う中で提供を決断なさった時の心境は、想像を絶する」。妻と苦悩を重ね、聡志さんは決断する。幸音ちゃんに不測の事態が起きた際、“待機する側”から“提供する側”に回る覚悟を固めた。すると、ドナー家族への敬意や感謝の念が一層深まった。「若しドナーとそのご家族が許して下されば、その善意を受けたい。娘の命を繋いでいただけるのなら…」。ただ、娘の小さな体はいつまで持つかわからない。「アメリカのように移植医療が“普通の医療”だったなら…」。移植医療が進んだ海外での移植も考え、経験者から話を聞いたこともあった。しかし、リスクの大きさや医師の助言から断念した。聡志さんには夢がある。「若し移植を受けられ、元気になったら…。幸音をぎゅっと抱きしめたい。エクスコアを付けている今はできないから…」。夫婦、長女、幸音ちゃんの家族4人が揃い、小さな幸せを感じられる。そんな“普通の一日”が来る日を、聡志さんは願い続けている。
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(くらし科学環境部医療プレミア編集グループ)倉岡一樹が担当しました。

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