【WEEKEND PLUS】(435) 4歳、待ち続けた心臓…福井県の玉井芳和ちゃん、水分制限で我慢の限界

僅か4歳2ヵ月で旅立ってしまった。身長は80㎝に届かず、体重も8㎏に満たない小さな体――。昨年4月29日。心臓移植が叶わず、命を落とした玉井芳和ちゃんの頭を撫でながら、母の敬子さん(37)は何度も「ごめんね、ごめんね」と繰り返した。「国内での移植を選んでいなければ」「渡航移植を目指していれば」「親として何をしてあげられただろう」。無念や後悔に襲われ、只々自身を責めた。「移植待機を私達が勝手に決めたせいで、芳和には苦しいことばかり。人生を謳歌させてあげられなかった」。この世に生まれてきた日、こんな残酷な結末を予期し得なかった――。芳和ちゃんは2018年2月、福井県内で3人きょうだいの末っ子として生まれた。体重は約3400gあり、ミルクをよく飲んだ。敬子さんは順調な成長を信じて疑わなかった。夏に入るとミルクを残し始め、近所の小児科で“夏バテ”と診断された。点滴を受けて一時は持ち直したが、暫くすると状態が悪化。10月には離乳食を全く口にしなくなり、近隣の医療センターに入院した。見立ては急転した。強張った表情の医師が告げたエコー検査の結果は、夫婦の想像を遥かに超えた。「心臓が大きくなっていて、殆ど動いていません」。転院を繰り返し、11月に敬子さんの実家がある京都府内の病院へ。検査を重ねた末、診断名が確定した。『拡張型心筋症』。心臓を収縮させる心筋細胞の働きが悪くなり、心室が広がる病気で、悪化すると心臓移植や補助人工心臓(※VAD)が必要となる。「もう心臓移植しか(手段が)ないと思います」。医師の告知は衝撃的だった。「何故ちゃんと産んであげられなかったのだろう」と自身を責める敬子さんに、医師は問うた。「移植まで命を繋ぐ小児用の体外型VAD“エクスコア”ですが、東京の病院に1台だけ空きがあります。移植を受けるか否か、直ぐに決めて下さい」。
心臓移植を目指すか、生きることを諦めるか――。突如として我が子が人生の岐路に立たされた。敬子さんは「芳和の命を諦めたくない」と思う一方で、「他の子供の命を貰っていいのか」と一瞬ひるんだ。同席していた夫の芳英さん(40)は「助かるなら」と即座に決断した。その後も大きな判断を迫られる。国内で移植を待つか、渡航移植かという2択だった。子供の移植を巡る国内事情は極めて厳しい。15歳未満の子供の臓器提供も家族の同意があれば可能とした改正臓器移植法が2010年に施行されたが、『日本臓器移植ネットワーク』によると、6歳未満の脳死者からの臓器提供は2018年10月末までで計9例にとどまる。敬子さんは一抹の不安を覚えたが、国内待機を選んだ。幼い子供2人を連れて渡航するのは現実的ではないと考えた。一つだけ“幸運”に恵まれた。東京の病院にしか空きがなかったエクスコアが、大阪府吹田市にある『国立循環器病研究センター(国循)』で装着できることとなった。状態が改善した子供がいたので、空きが生じたのだ。ドイツの医療機器メーカー『ベルリンハート』製で、新生児や乳幼児に使える世界唯一のVADだ。冷蔵庫程の大きさの駆動装置(※ポンプ)と体をチューブで繋ぎ、心臓が血液を全身に送る働きを助ける。1台約4000万円と高額で、心臓移植の絶対数も少ないこと等から、国内稼働は約30台。夫婦は救われた思いで京都へ転居した。12月27日、芳和ちゃんは移植まで命を繋ぐエクスコアの導入手術を受けた。夫妻に示された移植までの待機年数は“凡そ3年”。しかし、病魔は容赦がなかった。更に検査を進めると、実は拡張型心筋症ではなく、国の指定難病『ミトコンドリア病』の心合併症である『ミトコンドリア心筋症』とわかった。ミトコンドリア病は、細胞内の器官であるミトコンドリアの働きが落ちて、臓器の障害や筋力低下、発育の遅れといった症状が表れる病で、治療法は確立していない。しかも、芳和ちゃんは術後の状態が芳しくなく、短期間で四度の開胸手術を受けた。「あと3年も頑張れるだろうか」。夫婦に不安が芽生えた。国循は患者家族の泊まり込みが許されていない。一家で大阪へ転居し、敬子さんが週に6日、芳英さんは日曜日に病院へ通った。付き添い時、エクスコアを装着して長さ約2mの管が届く範囲でしか動けない芳和ちゃんを、敬子さんはずっと抱っこした。懸命に生きる我が子と離れたくなかった。芳和ちゃんは体が強くなく、移植待機開始後も「ずっと低空飛行」(敬子さん)。容体が急変して集中治療室(※ICU)に入ることもあった。腸の働きの悪化による消化不良で食事も徐々に取れなくなり、発達も極めて緩やか。何れもミトコンドリア病の影響が暗い影を落としていた。それでも、芳和ちゃんからは生きる意志が感じられた。体は小さいままだが、顔つきがしっかりとして、言葉も徐々に増えた。「移植まで何とか持ってくれるのでは」。我が子の生を信じる夫婦の希望に繋がった。
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