南北戦争の真相は? 移民排斥の主謀者は?――共和党vs民主党、日本人が知らないアメリカ史

20170821 02
日本人は、アメリカが安全保障上極めて重要な国であることは承知している。そうでありながら、アメリカの歴史を知る者は少ない。その理由は大きく2つある。先ず、日本の歴史教育において、アメリカ史を全くと言っていいほど教えていないことである。もう1点は、日本で手に入るアメリカ史の書は、アメリカ人によって書かれた史書をべースにしていることである。そこには、アメリカ人にとっての「歴史の虹」(渡部昇一氏)が美しく鏤められている。国民に誇りを持たせることは、一般的歴史書の主たる目的である。それだけに、歴史の真の姿を反映していないことが多い。アメリカの史書は、中国にとっての『論語』のようなものだと言えばわかり易い。支那大陸には論語的世界は存在しない。論語には孔子が理想とする世界が描かれているように、アメリカの史書にもアメリカの歴史家がそうであってほしい(ほしかった)母国のありようが描かれているのである。日本史においても、明治以降の史書が徳川の世を必要以上に悪しく描いてきたことを考えれば、このことを理解することは難しいことではない。本稿では、アメリカ民主党の歴史に焦点をあてることで、上記の主張の一端を明らかにしたい。読者におかれては、これまで学んだアメリカ史を一旦心の引き出しにしまって(※ご破算にして)、本稿を読んで頂きたい。1776年、アメリカは独立を宣言した。両国の攻防は続いたが、フランスが植民地側についたことで、次第にイギリス軍は劣勢になった。北米植民地のイギリス軍の拠点であったヨークタウン(バージニア州)の戦いで独立軍が勝利すると、大勢が決した(1781年10月)。1783年9月には『パリ条約』が結ばれ、アメリカは漸くイギリスの軛から逃れたのである。

しかし、旧宗主国のイギリスは依然として世界最強の軍を持ち続けた。アメリカの北で国境を接するイギリス領カナダは、不気味な存在だった。そんなアメリカにとってチャンスが到来した。ヨーロッパ大陸でナポレオン戦争(1803~1815年)が勃発したのである。アメリカは、イギリスがナポレオンとの戦いにかかりきりになっている最中に、イギリス領カナダを狙った。1812年6月18日、アメリカはイギリスに宣戦布告した。こうして、第2次独立戦争が始まった。しかし、カナダ駐留軍は強力であった。緒戦での勝利はあったが、次第に劣勢となり、首都のワシントンが落ちた。大統領のジェームズ・マディソンが脱出し、蛻の殻となっていたホワイトハウスに火がつけられた(1814年8月14日)。同年12月には講和が成立したが(『ガン条約』)、その知らせがアメリカに届くのは遅れ、戦いは年が明けるまで続いた。北米での戦いは、痛み分けのままで終息した。ホワイトハウスの炎上は屈辱であった。アメリカの政治家にとって、イギリスは潜在敵国であり続けた。「アメリカがイギリスに伍する為には、軍事力を高めなくてはならない。その為には、州の権利を抑制してでも、連邦政府主導で工業化を強力に進めるべきだ」。そう考えたのがフェデラリスト党(連邦党)であり、同党が発展して結成された政党が共和党であった(1854年)。一方で、「合衆国はあくまで“合州国”であり、州の権限を尊重すべきだ」と考える勢力が民主党(※当時の呼称は民主共和党)であった(1824年結党)。彼らはとりわけ、各州の農業経営(プランテーション農業)を重視した。19世紀初めのアメリカは農業国であり、その主要生産物は綿花(コットン)であった。コットン生産のネックは、裁維に纏わりつく種子の分離だったが、イーライ・ホイットニーがその作業を飛躍的に向上させる綿繰り機を発明した。(1793年)。爾来、アメリカ産コットンは世界市場に君臨するまでに成長した。1860年の生産量は380万ベール(※1べール=218㎏)を超えた。これは、世界の消費量の凡そ3分の1に相当した。コットンは総輸出額の53%を占めた。アメリカにとって、コットンは輸出品の王者(King Cotton)だった。これを支えた労働力が奴隷である。黒人奴隷の数は、1800年には凡そ90万人だったものが、1850年には320万人にもなった。コットン生産地である南部諸州と、輸出先であるイギリスの関係は濃厚となった。当時のイギリスは世界の工場であり、自由貿易を国是としていた。紡績業はイギリス工業のエンジンだった。他国にも自由貿易を強制し、イギリスは世界の工場であり続けようとした(※自由貿易帝国主義)。南部諸州は、「イギリスの政策に追随すれば巨利を得る。アメリカに必要な工業製品は、イギリスから低関税で輸入すればよい」と考えた。民主党は、こうした南部プランテーションオーナーの支援を受けた。一方で、「イギリスに征する強国に変貌すべきだ」と考える共和党は、“工業立国”を目指した。その為には、高関税政策(※保護貿易)を取り、北部諸州の幼稚産業を保護しなくてはならなかった。

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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

「曲者&トラップだらけの極東情勢…ニッポンの底力で世界を圧倒せよ」――三橋貴明氏(経済評論家)インタビュー

混迷が続く極東アジアに、アメリカのドナルド・トランプ大統領は更なる混乱を呼び込むことになるのだろうか? 反日の機運に歯止めがかからない韓国に、軍事進出を隠そうともしない中国、そして北朝鮮からは金正恩の高笑いが聞こえる――。果たして、我が国に打つ手はあるのか? (聞き手/本誌編集部)

20170817 10
――激動の2016年を経て、混迷の2017年が始まってしまいましたが、今年の日本を表すキーワードはありますか?
「“グローバル化疲れ”ですね。これはフランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッドが言い出した概念で、もう既に始まっているんですが、グローバル化への反動として、民主主義で反乱するという動きが世界各国で見られます。イギリスのブレグジットもそうですが、今春のフランス大統領選挙、秋のドイツ連邦議会選挙等を通して、益々クローズアップされていくでしょう」

――トランプ大統領もバリバリ保護主義ですよね。
「保護貿易・保護主義というと悪いイメージがありますが、国内の企業を優遇することに何の問題もありません。考えてみればわかることです。国民を保護するのですからね。グローバリズム的にはNGで、1年前なら非常識とされていましたが、1年後は常識になるでしょう。以前は『保護主義が戦争を導く』と言っていましたが、そんなことが起きることはないんです」

――そうなると、日本が躍起になっていた『環太平洋パートナーシップ協定(TPP)』は?
「バカげています。明らかに真逆です。どうせ発効しないからいいんですが、完全に思考停止に陥っていますね。抑々、TPPは外圧で始まったんですから。その外圧で始まったTPPを、安倍政権は愛してしまったんですね。当のアメリカが辞めてしまったのに、安倍政権は『私を愛してくれたんじゃないの!?』と。ストックホルム症候群ですよ。犯人がお前を愛している訳がないだろうと」

――そうすると、『自由貿易協定(FTA)』そのものがいらないのでは?
「抑々、自由貿易は既に成立している話。日本は工業製品に関税を掛けていない。それに、自国の農業を保護するのは当たり前。投資の自由化や、最終的には人の自由化をするのが目的なので、モノの移動の自由化は然程重要ではありません。例えば、既に外資系保険会社“アフラック”の利益の90%は日本なんです」

――つまり、「モノやサービスの輸出入はとっくに自由化されている」と?
「『TPPがダメなら中国との“東アジア地域包括的経済連携(RCEP)”だ!』とかアホな話を言い出すんですが、そんなものはどれもやる必要がない。『じゃあ鎖国するのか?』と極論を言い出す人がいますが、常識的に考えて下さい(笑)。日本は大きな国なんですから不安になる必要はない。要は、日本の経済成長に自信が無いんでしょうね」

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テーマ : 中朝韓ニュース
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【遠い和平・印パ独立70年】(下) 憎しみの連鎖、私が断つ

20170817 07
今月初め、パキスタン東部のラホールにある雑居ビルの一室に、約30人の男女が集まった。床に座って向き合う白い壁に映し出されていたのは、インターネット電話で繋がったインド西部・スーラトの住民約10人の映像だ。会ったことも話したこともないインドとパキスタンの人たちが、インターネット電話を通じて語り合う。両国の若者グループが“アガゼ・ドスティ”(※ウルドゥー語で“友情の始まり”の意味)と名付け、共同で取り組む様々な交流事業の一環だ。ラホールの男性が、インドでも有名なパキスタンの人気バンドの歌を披露すれば、スーラトの男性は自作の詩を朗読して応じた。使うのはウルドゥー語とヒンディー語だが、話し言葉はほぼ同じで意思の疎通には困らない。友人に誘われて参加したというラホールの病院職員であるカシム・マシさん(27)は、「彼らも僕らも同じ思いだったんだ」と、インド人と初めて触れ合った交流の感想をもらした。1947年の印パ独立以来、憎しみ合ってきた両国の人々の懸け橋にと、約5年前から、両国の学校同士をインターネットで繋いだ交流授業や、インドの学校へのパキスタン人講師の派遣等を続けてきた。パキスタン側の代表を務めるラザ・カーンさん(37)は、「お互いを知れば憎しみなんて消える」と話す。70年前の独立時、祖父母はイスラム教徒に対する迫害を恐れ、ヒンズー教徒が多数派のインドから逃れてきた。双方の集団移住は、各地で衝突や暴動を引き起こし、約100万人が死亡したとされる。

カーンさんは、祖父母や両親から「悲劇を繰り返してはいけない」と何度も聞かされて育ち、「インドは敵だ」と毛嫌いする友人たちが理解できなかった。8年前、各国の若者が集う祭典に参加する為、初めて訪問したインドで若者らと出会い、交流の大切さを実感した。同じ志を持つ人々と活動を始めるきっかけになった。今月下旬には、和平実現への願いを込めて、印パ両国の小学生たちに書いてもらった手紙の展示会も開く。「1人ずつでも考えが変わっていけば、軈て大きな力になる」と信じている。印パ関係の改善を目指す草の根の取り組みは、インターネット空間でも広がる。「私はインド人。パキスタンを憎んでいない」。『Facebook』で印パ友好の言葉と自撮り写真を公開しよう――。ムンバイ在住の映像作家であるラム・スブラマニアンさん(38)の発案で、2年前に始まったキャンペーンには、両国を中心に200万人以上が参加した。2歳の時に軍人の父を印パ間の戦乱で亡くしたインド人女性のグルメハール・コールさん(20)の協力を得て、昨年、メッセージビデオを作成し、インターネットの動画投稿サイトに公開した。1ヵ月で視聴者は500万人に達し、大きな反響を呼んだ。4分間の動画は、コールさんが自分の思いを認めた紙を無言でめくっていくものだ。父を殺したパキスタンが「憎かった」が、母の教えで「父を殺したのは戦争だ」と思い直した。コールさんのメッセージの1枚1枚が、見る人の心に突き刺さる。印パ両国では、相手の国を「嫌い」「危険」と思う人が大半だ。査証(ビザ)の発給には厳しい要件が課され、往来するのも簡単ではない。それでも、スブラマニアンさんは「語り合おうとする人たちが増えている」と手応えを感じている。70年に亘る憎悪の歴史を乗り越えるには、同じぐらい、或いはもっと長い時間がかかるかもしれない。その一歩として、互いに手を取り合い、理解を深めようとする交流の輪は、未だ僅かだが、着実に広がっている。

               ◇

ニューデリー支局 田尾茂樹が担当しました。


⦿読売新聞 2017年8月14日付掲載⦿

テーマ : 国際ニュース
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【遠い和平・印パ独立70年】(中) 核兵器、果てなき競争

20170817 05
インドは昨年12月26日、同国東部オリッサ州から1発のミサイルを打ち上げた。射程5500~5800㎞とされる長距離弾道ミサイル『アグニ5』。複数の核弾頭を搭載して、異なる目標を攻撃できる“各個誘導多核弾頭”の技術を備える。実戦配備を間近に控え、4回目の試射成功とされた。その僅か2週間後。今度はパキスタンが、核弾頭を搭載可能な潜水艦発射巡航ミサイル『バーブル3』の発射実験に初めて成功したと発表した。インドは既に、潜水艦発射のミサイルを開発している。更にその15日後、パキスタンは多核弾頭の技術を採用した中距離弾道ミサイル『アバビール』(※射程2200㎞)の試射にも初めて成功したと明らかにした。同等、若しくは類似の技術を誇示し、敵対するインドを牽制する狙いは明白だった。2つのミサイル実験を「隣国の核戦略への対応」とし、声明で対抗意識を剥き出しにしたパキスタン軍は、「報復能力の獲得に成功した」と強調した。パキスタンの元陸軍幹部は、「我々はインドが(軍事的に)行うことへの対応を常に迫られてきた。インドの核実験が無ければ、我々も行うことはなかった」と打ち明ける。インドは1998年5月、計5回の地下核実験を西部のポカランで実施した。これに対し、パキスタンが南西部のチャガイ丘陵で計6回の地下核実験に踏み切ったのも、同じ月の月末だった。1947年のイギリス領からの分離独立後、インドとの3度の戦争で多大な犠牲を払い、今も核以外の戦力で大きく見劣りするパキスタンの人々の心には、インドへの極度の恐怖心と共に、強烈な対抗心がある。アメリカの『原子力科学者会報』の推計(※2017年)によると、保有核弾頭数はインドが130発、パキスミンは140発とされる。両国の核保有数は1998年以降、右肩上がりを続けてきた。

20170817 06
アメリカの民間研究機関『科学国際安全保障研究所』が昨年公表した報告は、「パキスタンが小型の核爆弾製造に適したプルトニウムの生産体制を大幅に拡充させている」と指摘した。北部のクシャブでは4基のプルトニウム生産用原子炉が建設され、3基は稼働済みだ。インドに狙いを定めた射程の短い戦術核を増強するとみられている。『パキスタン国際戦略研究所』のナイーム・サリク上級研究員は、「我々の核保有の自的は、インドに対する抑止力だけだ」と指摘する。一方、インドの核兵器保有には、対パキスタン戦略に加え、中国への備えがあるとされる。インドの民間調査研究機関『政策研究所』のバラト・カルナド教授は、「インドの懸念はパキスタンより中国だ。中国の脅威がある限り、核は減らせない」と言い切る。軍備拡張を続け、インド洋進出も加速させる中国との関係は近年、悪化の一途だ。カシミール地方で中印国境が未画定な上、今年6月以降、隣国のブータンと中国の係争地を巡り、中印両軍が国境地帯で対峙する事態になっている。アグニ5は、中国のほぼ全土を射程に収める。こうした中、インドが1999年に表明した核兵器先制不使用政策について、昨年11月に同国のパリカル国防大臣(※当時)が「縛られるべきでない」と発言し、物議を醸した。パキスタンでは、「『先に核を使う』と宣言したようなもの」(地元紙記者)と反発の声が上がった。印パ両国は、2001~2002年の対立激化で、核戦争の瀬戸際にあったとされる。この危機は回避されたものの、直近では中国も巻き込んで、其々が不信感を増幅させる悪循環が続く。『核拡散防止条約(NPT)』に加盟せず、『核実験全面禁止条約(CTBT)』にも署名していない印パ。2つの核保有国の際限無き軍拡競争に歯止めをかける道筋は、未だ描けていない。


⦿読売新聞 2017年8月13日付掲載⦿

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【遠い和平・印パ独立70年】(上) 「横暴インド、出て行け」

パキスタンとインドがイギリス領から分離独立して、14・15日に其々70年を迎える。過去に3回の戦争を経験し、今も移兵器を保有して睨み合う2つの地域大国は、南アジアに平和を齎すことができるのか? 課題と展望を探る。

20170817 04
中国との国境沿いで印パが領有権を争うカシミール地方。インド支配地域にある中心都市のスリナガルでは、先月8日、殆どの商店のシャッターが閉められ、異様な静けさに包まれていた。1年前のこの日、地元の武装勢力リーダーだったブルハン・ワニ司令官(当時22)が、インド治安部隊に殺害された。静寂は、各地で連帯した抗議のストライキが理由だった。あちこちの店のシャッターには、「インドは出て行け」「我々に自由を」等とスプレーで書かれた文字が目についた。一部地域では、警戒にあたる治安部隊と街頭に繰り出した住民との間で衝突も起きた。この1年余り、インドからの分離独立を求めるデモが止むことは無かった。これまでの治安部隊との衝突で死亡した住民は120人以上。デモ鎮圧に使われる殺傷力の弱いペレット弾で、1000人以上が失明したとされる。ワニ司令官の死後、デモに参加し始めた大学生のアーカシュ・ナイクさん(24)は、「彼の死が僕らの目を覚ましてくれた。自由を手にする日まで戦う」と話す。カシミールでは1990年代以降、独立運動の支援を掲げ、パキスタンやアフガニスタンから流入したイスラム過激派が猛威を振るった。ところが今、インド政府を悩ませるデモの主体は普通の住民たちだ。女性や10代の年少者も加わる。「あの子だってテロリストじゃない」。ワニ司令官の父であるムザファル・ワニさん(55)は訴える。クリケットが好きで勉強熱心だった。16歳の時、3歳上の兄が理由も無くインド兵に暴行されるのを目の当たりにし、「許せない」と呟いて姿を消した。その後、地元の武装勢力に加わり、インターネットを通じて“蜂起”を呼びかけ始めた。素顔を曝し、訥々と語りかけた。“自由の為に戦う若者”は、直ぐに人々の共感を集めた。「住民を反抗に駆り立てるのは、やりたい放題の軍に対する積年の怒りだ」とムザファルさん。

カシミールの治安部隊は、特別法によって、“公共の秩序維持”の為の発砲や、訴追せずに2年も容疑者を拘束する権限が認められている。「どの家庭でも当たり前のように誰かが殺されたり、暴行を受けたりしている」。ワニ司令官の兄も、2年前に治安部隊に殺害された。住民デモが続く中、印パの溝は深まるばかりだ。インド政府は、「パキスタンがデモを扇動して、カシミールの混乱を煽っている」と批判する。一方、パキスタン政府は「インド軍が人権無視の残虐行為を続けている」とし、インドによる“カシミール領有の不当性”を訴える。事実上の国境となっている実効支配線を挟み、両軍による砲撃戦も繰り返されてきた。先月上旬、カシミールの分離独立派団体指導者の1人であるシャビル・シャー氏(64)は、自宅軟禁下での取材に「カシミールの住民を交えた両国の対話こそが、問題解決への第一歩」と強調した。その約3週間後、インド当局にテロ支援容疑で逮捕された。北東部等他の地域でも独立運動を抱えるインドは、不穏な動きと見做せば徹底して抑え込む姿勢を崩さない。カシミールの領有権を巡り、一歩も譲らない印パ。多くが独立を望む地域住民――。相容れない三つ巴の主張が、70年に及ぶ対立の根深さを物語る。和平に向けた両国の対話も、2012年9月を最後に中断したままだ。カシミール地方は、印パ独立以来、宗教対立を背景に、戦乱の火種となってきた。1947年8月の両国独立時、カシミールを実質的に統治していたヒンズー教徒の藩王であるハリ・シンが、帰属についての態度を明確にせず、人口の約8割を占めていたイスラム教徒による暴動が各地で頻発した。同年10月、パキスタンが「イスラム教徒の同胞を支援する」として軍事攻勢をかけると、藩王はヒンズー教が多数派のインドへの帰属を表明。インドも軍を派遣して、第1次印パ戦争に発展した。国連は、1948年と1949年にカシミールの帰属を住民投票で決定する提案をしたが、実施されず、1965年に第2次、1971年に第3次の戦争が起きた。1972年の和平協定(『シムラ協定』)で、カシミールの3分の2をインド、残りをパキスタンの支配下に置く実効支配線が定められ、事実上分割された。パキスタンは、解決に向けた住民投票の実施を求めている。一方、インドはカシミール全体を“インド不可分の領土”と主張しているが、中国との国境も画定していない。


⦿読売新聞 2017年8月12日付掲載⦿

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軍事攻撃にも物申す! “世界最強の爆弾娘”イヴァンカ・トランプの行動原理

20170817 09
シリアに対する軍事攻撃を実施したことで、世界に大きなメッセージを示したアメリカのドナルド・トランプ大統領。だが、そのシリア攻撃に関し、「決定打となったのは娘・イヴァンカの一言」という報道が反響を呼んでいる。イヴァンカの弟であるエリック・トランプ氏は、イギリスの新聞『デイリーテレグラフ』に次のように語っている。「(姉の)イヴァンカは3人の子供を持つ母親で、大きな影響力を持っている。彼女はきっと、『聞いて、こんなの酷過ぎる』という具合に言ったと思う。父(トランプ)は、そういう時には動く人だ」「父は、2年前にはシリアとは一切関係したがらなかった。だが、アサド政権が自国の女性や子供を毒ガスで襲撃し、ある時点で、アメリカは世界のリーダーとして行動を取る必要があった。そうしたのは素晴らしいことだと思う」。何とトランプ大統領は、娘の一言で“攻撃”を最終決定したというのである。実際、攻撃後にイヴァンカは、自身の『ツイッター』で次のような呟きを投稿している。「非人道的な恐ろしい行為を見過ごさなかった父を誇りに思う」

こうして見ると、トランプ政権におけるイヴァンカの影響力は、ある部分において極めて重要視しなければならないことになる。「イヴァンカは、無報酬ながら大統領顧問の肩書きを持ち、ホワイトハウスに執務室もあります。只の娘ではありません。また、そのイヴァンカに影響力を持っているのが、夫のジャレッド・クシュナー。彼はユダヤ人で、トランプ大統領が最も信頼を寄せるブレーンの1人でもあります。イヴァンカは、クシュナーと結婚後にユダヤ教徒となっており、トランプ政権のイスラエル重視政策と無関係ではないと見られています。トランプ政権におけるイヴァンカ夫妻の影響力は、以前から指摘されていたことではありますが、実際にそれでシリア攻撃が決定されたとなれば、更にその影響力を重視しなければいけないでしょう」(大手紙記者)。女性ならではの“感性”が、場合によっては大統領を突き動かす決定打になるという構図には驚かされるが、現在、アメリカは朝鮮半島近海に向けて航空母艦を派遣している。「北朝鮮とアメリカの関係は嘗てないほどに緊張感を高めていますが、イヴァンカ夫婦が北朝鮮やアジアに対してどのようなイメージを抱いているかが、極めて重要なイシューになりつつあります」(同)。アメリカの長い歴史において、大統領の政治判断に、ここまで強大且つ重大な影響力を及ぼす“家族”は、恐らくいなかったであろう。世界を動かすアメリカの大統領と、その大統領を一言で動かす娘――。ダイナミック過ぎる“トランプ家の爆弾娘”から目が離せない。 (取材・文/本誌編集部)


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【移民社会アメリカ・聖域都市】(05) “寛容”リスト掲載に焦り

20170816 10
「未だ残っている」――。先月下旬、カリフォルニア州テハマ郡レッドブラフの郡議会庁舎で、議員のボブ・ウィリアムス(59)はパソコンの画面に向かって吐き捨てるように言った。テハマ郡は、不法移民に寬容な“聖域都市”を宣言したことはない。だが、保守系団体が作成した聖域都市リストに郡名が載せられていた。削除を求めているが、変化が無い。「連邦政府に目を付けられなければいいが…」。ウィリアムスが心配するのは、連邦政府からの補助金カットだ。大統領のドナルド・トランプは、1月末に出した大統領令で、聖域都市への補助金停止を打ち出した。同郡は、2250万ドル(※約24億円・2015会計年度)の補助金を橋の建設等に活用している。大統領令は4月以降、効力が差し止められているが、司法省は今月3日、同州サンバーナディーノ等4都市に対し、補助金の一部停止を予告した。「補助金無しでは、うちのような小さな自治体はやっていけない」。人口約6万人のテハマ郡は、果樹園が多い長閑な地域だ。ウィリアムスは、トランプ政権発足直前、リストの存在を他郡の議員から聞いた。関係ないと思って覗いたインターネット上のサイトで郡の名前を見つけ、衝撃を受けた。議会で議題にした。「無視すればいい」という意見も出たが、リストに出身郡が掲載されていることを理由に、ホワイトハウスの職員に採用されなかった事例も聞いていた。「連邦政府は見ている。看過できない」。

リストに載った経緯を調べた結果、連邦政府当局が拘束した不法移民を郡の拘置所に勾留せず、釈放したことが、“政府への非協力”と見做されたと判明した。「拘置所は重犯罪者で満杯。仕方がなかった」。だが、言い訳よりも態度で示すしかない。ウィリアムスは、連邦政府への協力を誓う“非聖域都市”の宣言を提案し、2月に議会で採択された。それでもリストから郡の名が消えない。3月には、不法移民を取り締まる連邦政府の『移民・関税執行局(ICE)』が郡内で一斉摘発を行い、40人以上を拘束した。「圧力を感じた。悪いことをした訳でもないし、誰にも逆らっていないのに、上から睨まれているようだ」。「3月の摘発は後で知った。協力はしていない」。同郡の郡保安官を務めるデーブ・へンクラット(56)は、事務所で取材に応じた。連邦政府との捜査協力は、「要請があって、必要だと判断すれば協力する。基準は、郡の治安に関わる事案か否かだ」と強調する。今回は要請が無かったという。捜査機関での勤務経験が約30年のべテランで、薬物犯罪の撲滅に力を入れてきた。嘗ては自宅で大麻を栽培するヒッピーの白人の摘発で成果を上げた。今は中南米からの大量密輸や、マフィア主導の大規模栽培に手古摺る。「連邦政府との協力で悪質な犯罪を摘発できるなら、やるべきだ」とも言う。ただ、ウィリアムスとは旧知の間柄だが、非聖域都市宣言には「賛成でも反対でもない」。“住民の安全を守る”という最優先の課題が置き去りにされていると感じるからだ。3月に摘発された不法移民の中には、不法滞在以外は問題の無い農民らも含まれていたとされる。「そういう人たちを態々逮捕したり、逮補に協力したりするのは、治安の改善に直結しない」と言い切った。一方のウィリアムスは、拘束された不法移民の妻から「夫は無免許運転で数回捕まっただけなのに」と抗議を受け、「そんな人間と同じ道路を運転するのはごめんだ」と思った。非聖域都市宣言は、それなりに意味があると感じている。郡のことを第一に考えながら、対応に違いも生じる2人が一致したのは、「トランプに振り回されたくない」という点だった。へンクラットは言った。「聖域都市なんて存在する必要がないのが理想だ」。 《敬称略》 =おわり

               ◇

ロサンゼルス支局 田原徳容が担当しました。


⦿読売新聞 2017年8月9日付掲載⦿

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【移民社会アメリカ・聖域都市】(04) 隣人都市、新たな宣言

20170816 09
「調子はどうだい?」。6月中旬、アイダホ州ツインフォールズの酪農場で、経営者のマイク・ロス(67)が、乳牛の世話をするエリトリアからの難民であるゴイトア(40)に声を掛けた。「家族を呼び寄せる手続きを始めた。大丈夫かな?」。不安そうなゴイトアに、ロスは言った。「心配するな。ツインフォールズは“良き隣人の町”なんだ。難民も移民も大歓迎さ」。ジャガイモの産地として有名な同州の南部に位置する人口約5万人の小都市・ツインフォールズは、今年5月に“隣人都市(neighborly community)”を宣言した。酪農が盛んで、労働力確保の為、移民の他、約40年前から連邦政府のプログラムを活用し、中東やアフリカからの難民を積極的に受け入れている。「難民や移民に寛容だが、“聖域都市”は名乗らない。そんな我々には、この新しい宣言を声高に主張する必要があった」。市長のショーン・バリガー(45)が強調した。きっかけは、昨年6月に起きた難民の子供による性犯罪事件だった。イラクとエリトリアから来た7~14歳の少年が、5歳の女児に悪戯したとして逮捕された。時は大統領選の真っ只中。ドナルド・トランプが、治安維持を目的に、不法移民の一掃や難民の受け入れ制限を訴えていた。トランプを支持する『ブライトバートニュース』等右派メディアが、事件に目を付けた。ツインフォールズに拠点を設け、反難民・反移民キャンペーンを展開した。

「イスラム移民は如何に地域を破壊したか」――。扇情的な見出しと共に、「シリア難民のイスラム教徒が子供をレイプした」等と、事実と異なる内容が次々と流された。市には抗議のメールが殺到し、バリガーと妻は殺害の脅迫を受けた。市議会にも州内外から抗議者が押し寄せ、難民拒否の署名運動が始まった。「この市は難民らに洗脳されている」との流言も飛んだ。バリガーは頭を抱えた。事件は許されず、少年らは罪を償わなくてはならない。ただ、難民や移民の排除に繋がるものではない。彼らは産業を支える大切な労働力だ。一方で、ゴイトアら難民は怯えて自宅に閉じこもりがちになり、「不法移民が別の町に移動している」という噂も出た。「危機を救ったのは、ボーイスカウトの少年たちだ」。市議のグレッグ・ランディング(65)が振り返る。少年たちは市庁舎を訪ね、「今こそ難民の人たちを歓迎する町にしましょう」と提案した。難民センターでボランティアを経験し、異国に馴染もうと努力する外国人らを応援してきたという。ランディングの祖父母も、約100年前にオランダから移住してきた。英語が話せず、苦労しながら必死に酪農に取り組み、この地に根付いた。今また、多くの難民・移民が新たな生活を始め、アメリカ人になろうと頑張っている。「誰もがゼロから始めた時代があったんだ。子供たちに気付かされ、目が覚める思いだった」。バリガーはランディングらと相談し、「この難局を機に、改めて難民・移民に優しい町をアピールしよう」と決めた。ボーイスカウトは、全ての人が歓迎されていると感じられるまちづくりを目指す“歓迎都市(Welcome City)”として、多くの聖域都市も名を連ねる団体への加盟を提案した。だがランディングは、「聖域都市の代わりとして、トランプに目を付けられかねない」と感じた。出した答えが“隣人都市”だった。市民の多くが賛同し、重苦しい雰囲気は消えた。右派メディアも去った。ロスの酪農場でも、従業員200人の4分の1以上を占める難民たちに笑顔が戻った。ゴイトアは、6~14歳の4人の子供がツインフォールズに到着する日を楽しみにしている。故郷のエリトリアは、2000年代後半から隣国のエチオピアと緊張状態にある。難民申請を認められてアメリカ入りし、酪農場で働き始めたのは3年前。英語が出来ず苦労したが、「ボスも仕事仲間も町の人も優しいから頑張れる。できるだけ長く住みたい。我々難民にとって“聖域”だから」。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年8月8日付掲載⦿

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【移民社会アメリカ・聖域都市】(03) 強制送還、解決にならない

20170816 08
「守り続けるしかない」――。6月中旬、テキサス州オースティンにある教会で、牧師のバブズ・ミラー(74)は深く溜め息を吐いた。グアテマラから来て不法滞在を続けるヒルダ・ラミレス(29)と長男(11)を匿って、1年以上になる。親子はバラク・オバマ前政権下で滞在の延長措置を受けてきたが、昨春、「更新される可能性は殆ど無い」と考え、教会に駆け込んだ。教会は、当局が介入を控える“聖域”だからだ。その後、ドナルド・トランプ政権が発足し、不法移民対策が進む中、同州で不法移民に寛容な措置を改める聖域都市禁止法が成立。9月施行が決まった。親子がアメリカに滞在できる可能性は、更に厳しくなった。オースティンは、“聖域都市”と公言こそしていないが、不法移民の強制送還を行う連邦政府の『移民・関税執行局(ICE)』への協力を控えている。ただ、ICE単独の捜査は妨げられない。そこで、ミラーのいる教会や非営利団体等、計25の組織で構成する『聖域ネットワーク』が、300人以上のボランティアと共に、ICEの“非人道的な行為の阻止”に取り組んでいる。「ICEはメディアや市民への露出を嫌う。騒ぎ立て、仕事をやり難くするのが戦術です」とミラー。ICEの出没情報を共有するホットラインを整備。摘発現場に急行して不法移民を保護し、捜査員に裁判所発行の正式な捜索令状の提示を求める。「幹部がサインしただけの書類で強引に踏み込むのが常套手段。そこを突く」。

2月、ICEの大規模な捜索で、50人以上の不法移民が拘束された。ネットワークも対抗策を強化し、ICEの動向に目を光らせる。ミラーは、第2次世界大戦中、ホノルルで生まれたポルトガル移民3世だ。旧日本軍の真珠湾攻撃に起因する白人の日系人に対する差別意識は、「同じ移民として複雑な思いだった」と振り返る。教会の仕事で移り住んだテキサスも、「元来の居住者だった先住民やメキシコ人と、この地を奪った白人との間に深い溝を感じる」と話す。違う人間に対する寛容さは、人として大切ではないか――。ミラーがアメリカの牧師として、常に考えてきたことだ。「不法に入国・滞在することを奨励している訳ではない。貧困や暴力等から逃れる為にそうせざるを得ない人たちを、世界の大国であるアメリカが杓子定規に送還するだけでは、問題は解決しない」。ミラーらの頼みの綱は、オースティン、ヒューストン、サンアントニオ等、聖域都市政策を掲げる自治体による抵抗だ。オースティン等は5月、禁止法の施行差し止めを求め、提訴した。オースティン市長のスティーブ・アドラー(61)は、「市の治安維持と移民対策は市の仕事。治安を悪化させる最大の要因は、連邦・州両政府の介入で、地元当局と不法移民との間で築かれた信頼関係が崩れることだ」と主張する。逆に、州から法に従うよう訴えられたが、「不法移民との間に壁を築くのではなく、橋をかけたい。それが私の信条だ」と戦う覚悟を示した。「勢い付くICEは、教会もお構いなしに襲ってくるかもしれない」。ミラーはそう考え、自衛策を講じ始めた。誰でも参加できるようドアを開放していた日曜ミサは、鍵を閉めて行うことにした。ラミレス親子が暮らす部屋への通路に、新たなドアも取り付けた。親子は教会にほぼ缶詰め状態だが、ボランティアによる“警護”を付け、ヒルダの長男を学校に通わせている。「私たち親子は、暴力が蔓延るグアテマラには居場所が無い。アメリカしかないんです」。ヒルダの訴えに、ミラーは自分にも言い聞かせるように、「大丈夫」とだけ言葉をかけた。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年8月7日付掲載⦿

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【移民社会アメリカ・聖域都市】(02) ならず者、なぜ守られるの?

20170816 07
6月中旬の午後。テキサス州ヒューストン近郊の公園墓地で、ローラ・ウィルカーソン(54)は、我が子の笑顔が彫られた大理石の墓碑の前にしゃがんで語りかけた。「ジョシュ、報告があるわ。お前を殺したような人間は、これからどんどんいなくなるのよ」。小柄で気の優しい三男のジョシュは、2010年11月、ベリーズ出身で不法滞在だった同級生に殺害され、18年の短い生涯を閉じた。“報告”とは、同州で不法移民に寛容な措置を取らないことを定めた聖域都市禁止法が成立したことだ。州知事のグレッグ・アボット(59)が5月7日、法案に署名した。同法には、不法移民の強制送還を行う連邦政府に警察が協力すること等が盛り込まれた。「当然のことがこれまで出来ていなかった。ジョシュのような悲劇はもう無くなる筈」。7年前のその日、学校を出てから戻らない息子を家族で捜した。深夜、ジョシュの車と捨てられた靴等を見つけた。警察の捜査で、ジョシュが殺害され、容疑者が同級生である可能性が浮上したとわかった。「どんな子? 親は?」。詰め寄る母親に、警察官は言った。「聞けないね」。聞けない? 意味がわからなかった。ヒューストンは所謂“聖域都市”で、警察官は原則、逮捕前の捜査対象者に人種や滞在資格を尋ねないことになっていた。聖域都市が何かも知らなかった。そして、殺されたジョシュより、容疑者が守られているように感じた。3年後の裁判。同級生は、ジョシュの所持金2ドルを奪って焼き殺した理由について、「俺の犬を蹴ったから」と言った。判決は禁錮99年。「何故、こんな人間がここにいて守られるの?」。疑問が消えなかった。悲惨な体験を語りながら、聖域都市の是非を問う講演活動を始めた。

2015年、ウィルカーソンの思いを代弁する人物が大統領候補として現れた。ドナルド・トランプだ。アメリカ人の安全と雇用を最優先し、不法移民の一掃と聖域都市の撲滅を訴えていた。「この人はアメリカ人を第一に考えてくれる」。ウィルカーソンが会いに行くと、「貴女の息子の死を無駄にしない」と誓ってくれた。トランプに報いようと、選挙広告に出演。集会を企画し、応援演説も行った。熱烈なトランプへの支持で、反トランプ側から攻撃された。同じく聖域都市のサンフランシスコが選挙区である民主党下院の重鎮議員のナンシー・ペロシには、テレビ討論の場で「貴女には同情しますが、聖域都市の不法移民は法を守る人たちです」と言われた。悔しくはなかった。寧ろ、持論の正しさに自信を深めた。「“不法移民”と言う時点で法を守っていないじゃない」。トランプの当選に「ジョシュが浮かばれる」と喜び、聖域都市への補助金停止を打ち出した大統領令を「有言実行だ」と称賛した。「テキサス州は共和党の牙城。大統領の政策を後押しするのは当然だ」。ヒューストンの共和党事務所で、副代表を務めるジュリオ・トレス(40)は声を強めた。メキシコ出身。合法的に入国し、数年かけてアメリカ国籍を取得した。「自力で頑張った。出来ないことではない」と言い切る。メキシコと国境を接する同州は、移民の人口が470万人で全米第2位。うち147万人が不法移民とされるが、「裏を返せば、300万人以上が“合法移民”。法を守って滞在することは可能だ」。禁止法の草案を作った州上院議員のチャールズ・ペリー(55)は、「公共の安全を最優先した内容だ。連邦政府・州・自治体が連携し、不法行為に対処するという当たり前の行為を確認したものだ」と説明する。禁止法は9月1日に施行される。ウィルカーソンは最近、講演でこんな話をした。「ジョシュの死は、私に起きた9.11(※同時多発テロ)。突然、外国から来たならず者に家族を奪われた。誰にでも起こり得る。侵入者を甘く見てはダメ」。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年8月6日付掲載⦿

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