【コラム】 個人の嗜好まで奪う“不寛容社会”でいいのか?

最近、“不寛容社会”なる言葉が巷間を賑わせている。例えば、テレビCMや企業イべントでちょっとでも突飛な表現があろうものなら、視聴者から「直ぐに放送を中止しろ」「謝罪・訂正しろ」とクレームが入るとか。確かに、ものによっては公開すべきか慎重に判断しなければならない場合もあるが、私が見聞きしたそれらの多くは、殆どが問題ないものばかり。近代国家になって漸く獲得した言論の自由・表現の自由を、市民自らが足を引っ張るというのは何とも悲しい話である。もっと情けないのは、子育てを巡る話だ。周知の通り、首都圏では保育園が足りず、待機児童が問題となっている。昨年は国会でも、ある母親がブログに上げた“日本死ね”というフレーズを巡って論戦に沸いたが、この問題がややこしいのは、問題の所在が行政サイドだけではないことだ。問題は寧ろ住民同士の対立で、行政は間に立ってどちらの言い分も聞かねばならず、汲々としている。乳幼児を育てる母親たちは、我が子を保育園に預けて職場復帰したいが、入れられる園が見つからない。だから、保育園の建設を求める。ところが、建設予定地周辺の住民たちは、「子供の声が煩い」「楽器や遊具の音が煩い」と反対側に立つ。悲しいかな、この反対派には何と、小学生の子供を持つ母親も入っているという。この話を聞いた時は我が耳を疑った。どうして、同じ苦労を知る母親が反対に回るのか? なんでも、建設予定地が児童公園で、子供たちが日頃遊んでいる場所なのだという。つまり、「自分たちは保育園にもう用は無く、寧ろ今ある公園を使いたいから反対だ」と。数年前まで保育園を利用し、その苦労を知る人が反対に回るなんて、世知辛いとはまさにこのことだ。確かに、遊び場は1つ減るかもしれないが、小学生と乳幼児の発達度合いを比べれば、それは問うまでもない。弱者を優先するのが人の道理だ。読売新聞が今年1月に発表した調査によれば、「保育園の子供が出す音や声が煩い」という苦情は、アンケートに回答した146自治体中、109自治体が受けていたという。更には、苦情が原因で保育施設の開園を中止・延期したケースが16件もあるそうだ。社会が豊かになった一方で、人々は心に壁も設けてしまったようだ。日本人はここまで狭量になってしまったかと、嘆かわしい限りである。

不寛容社会と言えば、50余年の愛煙家の私にとって許せないことが1つある。それが、今、検討されている受動喫煙対策だ。健康増進法改正案として愈々法案提出が見込まれているが、人の嗜好にこれ以上国家が介入していいものだろうか? 周知の通り、これまでの事業者や店舗等の努力によって、分煙は十分に達成されている。ただでさえ愛煙家は肩身を狭くしているのに、今回の改正案が通れば、罰則規定が加わり、違反すると過料が取られるという。煙草を吸うことがそんなにも罪なのか? とんでもない法案が今、審議されている。先ず言いたいのは、国が法律で規制しなくとも、事業主や国民は色々と工夫しているということだ。今、どこの公共施設や商業施設に行っても禁煙が基本で、喫煙が許されるのは喫煙ルームのみ。愛煙家は、このルールにきちんと従っているし、分煙によって嫌煙者に迷惑はかけていない筈だ。これは飲食店も同様で、お酒落なレストランや拘りの割烹等は基本的に禁煙。代わりに別室に喫煙スペースが設けられていて、私たち喫煙者もそれに従っている。一般的な居酒屋だって禁煙席と喫煙席に分かれていて、お客さんも当然、それを承知して来店し、自分の席を選択している。仮に全面喫煙可の店だとしたら、「ここは喫煙者のいる店だ」と認識して入っている訳だ。当たり前のことだが、表示があれば人はそれを見て判断するので、法律改正する必要などなく、この店は禁煙か分煙か喫煙可か、店先にわかり易い表示を出すように促せば、全ては事足りる話なのである。因みに、国や一部の地方自治体は、分煙推進の為に、中小企業事業主向けに分煙対策の助成金を出している。若し、未だ分煙対策が必要な施設や店があるとすれば、これらを活用してくれればいいだけの話だ。今回の改正案が可決されると、従来の分煙では許されないらしい。厚生労働省が設置要請しているのが“喫煙室”というもので、要するに電話ボックスのような喫煙のみを目的とした小部屋の設置だ。駅の喫煙ルームのようなものだが、公共施設や大企業ならまだしも、個人の飲食店が果たして対応できるだろうか? 分煙の為、これまでに換気設備を用意した店等は、また一からやり直し。とんでもない負担がかかる。厚生労働省がしゃかりきになって健康増進法改正案を進めようとしているのは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、禁煙レべルを世界基準にしたいから。私は内閣の要請を受けて、海外出張に出ることも多いのだが、日本と海外では抑々、喫煙環境が異なることも指摘しておきたい。

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【大機小機】 オリンパス事件と取締役の責任

先月27日、オリンパス事件の株主代表訴訟の判決が東京地裁であった。報道等によれば、裁判所は16人の元役員の内、6人について取締役としての義務違反を認めた。6人中、刑事事件で有罪が確定した3人には、総額約590億円の賠償を命じたが、他の3人に対しては少額の賠償を命じたに過ぎないようだ。オリンパス事件は2011年に発覚した企業不祥事で、2つの不祥事の複合体だ。1つは粉飾。1990年代に生じた巨額損失を歴代社長が隠蔽し、2006年以降、M&A(合併・買収)手数料やのれん代に仮装し、処理した。もう1つは社長解任。雑誌で報じられた過去の会計処理に疑問を持ち、会長らの辞任と調査を求めた社長を、会長の意向に従って取締役会が解任した。粉飾に関与した元役員は責任を問われるのは当然で、賠償額が株主らが主張した約900億円だろうと、判決が認定した約590億円だろうと、大した違いは無い。役員賠償責任保険は粉飾等故意の違法行為には使えないから、元役員らの支払い能力は限定的で、会社側が現実に回収できる金額は僅かだろう。寧ろ、本判決で注目すべきは、粉飾に関与していない10人の元役員の責任を認めなかった点だ。実は、オリンパスの取締役会は社長解任の2週間前にも開催され、会長が持っていたCEOの地位を社長に与える決議をしている。短期間に社長のCEO昇任と解任の決議をした訳で、何とも不見識な取締役たちだ。尤も、社長解任から4週間ほどでオリンパスは粉飾の事実を認める結果になったから、社長解任が粉飾発覚を遅らせ、損害が増えたという訳ではないようだ。社長解任による信用毀損も生じたろうが、抑々、粉飾によってオリンパスの信用は大きく傷付いている。請求内容や判決理由の詳細はわからないが、裁判所は当時の取締役会の運営状況等に鑑み、「粉飾の事実を知らない取締役の法的責任を認め、損害賠償を命じるのは厳し過ぎる」と判断したのかもしれない。だが、粉飾を見逃し、不正調査を遂行しようとした社長・CEOの解任に賛成した取締役の“無罪放免”という結論に、釈然としない人も多いに違いない。本判決に関する今後の分析と評価を待ちたい。 (腹鼓)


⦿日本経済新聞 2017年5月23日付掲載⦿

テーマ : 裁判
ジャンル : 政治・経済

【Deep Insight】(18) 渋沢からサムスンへの助言

「サムスンは韓国あってこその企業だ」――。今から20年以上前、つまり、『サムスン電子』の李在鎔副会長が未だ慶応の大学院生だった頃、こう語っていたという。既に半導体で世界のトップグループに入り、韓国を代表するグローバル企業になっていた。それにも拘わらず、「母国である韓国が傾けばサムスンも危うくなる」というのは、経営修業中だった同氏なりの自戒だったのだろう。ところが、10年ほど前には考えが変わっていた。「韓国あってのサムスンとはもう言えない」。こう漏らしていたという。父の右腕であり、サムスングループの3代目が視野に入り始めた時期だ。収益源を見ると、彼の認識は正しい。2000年に50%強だった海外売上高比率は80%まで上昇し、今の90%に向かう道を突っ走っていた。同時に株の時価総額も高まり、グローバル化で企業価値を高める経営戦略を確立していた。存在感が大きいのは、韓国ではなく、顧客の大半がいる海外だった。筆者は、「こんな構図が続くうちに、韓国の国民感情がぶち切れる余地が生じた」と思っている。10年後の今年、李氏は逮捕された。容疑は朴槿恵前大統領への贈賄だが、“反財閥”の世論に押されての投獄でもある。サムスンは、韓国経済を支えている財閥の筆頭だ。サムスン電子1社だけで、売り上げが韓国の国内総生産(GDP)の12%に達する。グループで見ると、国の年間の法人税収入の1割弱を負担していると言われている。それでも反感を買うのは、貢献を実感できない人々の不満が強いからだ。韓国は年約3%の成長を続けているが、若年層の失業率は10%を超え、就職できない大学生が大勢いる。“地獄朝鮮”や“(銀ではなく)土のスプーン”といった自虐的な言葉も生まれた。成長しても国内の雇用が頭打ちになっているサムスン電子は、韓国の矛盾を映し出す。財閥と政権との癒着は昔からの問題だ。人々は成長を実感している間、そんな暗部には目を瞑っていた。だが、経済的に厳しい状況に置かれた上、『大韓航空』オーナーの長女によるナッツリターン事件に代表される財閥の常識外れの行動が続き、蓄積した不満が「自分らだけ何だ」と噴出した。人々の怒りが企業を翻弄する“国民感情資本主義”は、サムスンに極端な形で表れた。だが、世界的な傾向でもある。やはり、グローバル化への反発が根っこにある。

先ずアメリカ。ドナルド・トランプ大統領は、アメリカ企業の海外進出で雇用停滞が続く“ラストベルト(錆び付いた工業地帯)”の人々の不満を背景に当選した。トランプ大統領は、『フォードモーター』が計画したメキシコ工場の新設を撤回させた。そしてイギリス。人々がグローバル化に背を向けた結果であるブレグジットは、世界の金融機関を振り回している。『ゴールドマンサックス』は、『ヨーロッパ連合(EU)』から離れるイギリスに経営資源が集中することを恐れ、ヨーロッパ大陸の拠点を増強し始めた。同社は、本社をニューヨークからロンドンに移そうと考えたことがある。ニューヨークは成長するアジアと昼夜が逆で不便だが、ロンドンは午前がアジアの午後、午後がアメリカの午前と重なり、日中に世界中とやり取りができる。そんな戦略はもう描けまい。国民感情資本主義の原点は、2008年のリーマンショックだ。ウォール街の暴走は社会を傷付けた。人々の怒りは、2011年の大規模デモ『ウォール街を占拠せよ』で爆発。共感は世界に広がった。だが、危機からもう9年目になる。人々が企業の暴走を牽制する仕組みは欠かせないが、このまま人々が怒り続け、グローバル化を前提とする企業の成長が阻まれると、それもまた危うい。両者はそろそろ長期的な視点を持ち、和解の道を探してはどうか? ボールは企業にある。筆者は、「明治期に株式会社制度を導入、500以上の会社設立に携わり、“日本の資本主義の父”と呼ばれた渋沢栄一(1840-1931)に学ぶべきだ」と考えている。渋沢はグローバル主義者だった。アメリカで日本からの移民に対する排斥機運が強まっていた1920年、米紙との会見で、日米の企業の合併やトップの交流を訴えた。「企業こそが、共に成長を目指すことで反グローバル化と戦うべきだ」という主張だった。だが、成長に取り残される人々への配慮も忘れなかった。東京を頭脳、地方を全身に例え、「全身に血が通わなければ、日本は“文明の出来損ない”になる」と警告し、地方の振興を訴えた。新潟県長岡市では、渋沢の影響を受けて岸宇吉(1839-1910)が呼応した。銀行・電力・鉄道等、社会基盤を担う企業を続々と興して、戊辰戦争で荒廃した長岡を復興し、“長岡の渋沢”と尊敬を集めた。サムスンが助言を求めたら、渋沢はグローバル化を遠慮なく進めるよう説くだろう。同時に、韓国に生まれ育った企業として、苦しんでいる国民を救う事業を提案した筈だ。「経営者が大富豪になっても、社会の多数が貧困に陥るようでは正常な事業とは言えない」とは、格差の危うさを知る渋沢が残した名文句である。渋沢の没後、韓国の財界人が渋沢を追慕する碑をソウルに建てている。サムスングループである『新羅ホテル』に当たる場所に、その碑はあったという。 (本社コメンテーター 梶原誠)


⦿日本経済新聞 2017年5月5日付掲載⦿

テーマ : 韓国について
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【Deep Insight】(17) ミレニアル世代が創る世界

来年、生誕90年を迎える漫画家の手塚治虫氏(※故人)。代表作の『鉄腕アトム』は「50年後を想像して描いた」と、作品を管理する『手塚プロダクション』の松谷孝征社長は話す。ただ、登場する人間は未来的には描かなかった。ケンちゃん・四部垣・タマちゃん…。アトムの同級生は、2000年代という時代設定とは対照的に、いがぐり頭や丸眼鏡の小学生が多い。手塚氏は敢えて、昭和の雰囲気を織り交ぜ、読者との距離を工夫していた。では今、その同級生たちが実在していたらどうだろうか? 頭の中は昭和ではない筈だ。今風に言えば、友達は皆“ミレニアル(千年紀)世代”に属するからだ。1980~2000年に生まれ、今年17~37歳になるミレニアル世代。世界でベビーブーマーより多いとされるこの層が、存在感を強める。ドナルド・トランプ大統領の長女で大統領顧問を務めるイバンカさんと、夫のジャレッド・クシュナー同上級顧問、アメリカ情報機関の個人情報収集を暴露したエドワード・スノーデン氏、『Facebook』のマーク・ザッカーバーグCEO、人気歌手のレディー・ガガさん。日本ではテニスの錦織圭選手、大リーグ『テキサスレンジャーズ』のダルビッシュ有投手、小泉進次郎議員らが代表的だ。パソコンやスマートフォン、或いは交流サイト(SNS)を幼少期から日常的に使いこなし、“デジタルネイティブ”・“スーパーコネクテッド”とも言われる。『デロイトトーマツコンサルティング』の土田昭夫執行役員によれば、「ダイバーシティー(多様性)や移民に寛容で、既成の秩序に物足りなさを感じている。政治家や経営者については、名声より未来の可能性で評価する」そうだ。そんな特徴の一端が表れたのが、投資家としての彼ら・彼女らだろう。電気自動車を生産する『テスラ』が先月、自動車大手の『ゼネラルモーターズ(GM)』や『フォードモーター』を、株式時価総額で追い抜いた。原動力はミレニアル世代の投資家だったとされている。投資のセオリーで言えば、年間の販売が8万台弱のテスラには考え難い株価だ。『QUICKファクトセット』によれば、テスラの2018年業績予想に基づく株価収益率(※PER=株価が1株利益の何倍まで買われているかを示す)は、今月1日終値で300倍を超す。年間1000万台を売るGMは6倍、アメリカ企業の平均は16倍で、極端に“買われ過ぎ”の状態だ。だが、「ミレニアル世代は、バリュエーション指標より経営者(=イーロン・マスクCEO)の世界観をみている」と、『アクセンチュア』マネジングディレクターの川原英司氏は指摘する。

例えば、マスクCEOの事業は家庭用蓄電池・太陽光発電・宇宙ロケットにも広がる。世界で網の目のように設置するという充電ステーションと車・家庭・発電所を繋ぎ、再生可能エネルギーとビッグデータの“プラットフォーマー”の座を狙う。その一方、環境保護で“地球と人類を救う”等の壮大な理念も掲げる。目指すのは二酸化炭素を出さない社会だそうだ。ディーラー網や在庫は持たず、インターネットで受注生産する。太陽光や風力で発電し、充電費用はゼロという、俄かには信じ難い仕組みも模索する。テスラには、『Apple』等からの転職者が増えている。夏から生産する普及型の新型車には、日本車等からの乗り換えで約40万件の予約も入った。転職者や購入者の多くはミレニアル世代だ。自身もミレニアル世代だという『浜銀総合研究所』主任研究員の深尾三四郎氏は、「この世代のキーワードは“exponential(指数関数的)”だ」と話す。3の2乗は9、3乗は27という、乗数に似た加速度的成長軌道を表す。テスラで言えば、「従来の車・エネルギー・宇宙企業ができなかったことを短期間で実現し、指数関数的な速度で追い抜いていく可能性を感じる」(同)そうだ。従来の自動車産業は、世界での売上高の平均成長率が年間2~3%であり、新興プラットフォーマーがある時点であっという間に抜き去ってしまうという。exponentialな企業は他にもある。アメリカでは、写真・動画共有アプリ『スナップチャット』を運営し、今年3月に株式上場した『スナップ』や、未上場ながら1000億円規模の企業価値があるベンチャー企業群『ユニコーン』の経営者は、ほぼミレニアル世代に属する。人工知能(AI)の進歩を追い風に指数関数的成長を語り、注目を集める。日本のミレニアル世代はどうか? 突出した起業家は未だ少ない。大企業でも就職氷河期の入社組が多く、人数は少なめとされている。だが、半導体材料等を生産する『JSR』の小柴満信社長は、「この世代の呑み込みの速さや創造性を見込んで、今から最先端のIT教育を受けさせたい」と、10年かけて理系社員100人をアメリカに送り込むという。コンピューター技術の進歩により、「研究開発の現場は、今後5~10年で手法もスピードも様変わりする。新事業は全部、この世代に任せるくらいの割り切りが必要」とも話す。『国立社会保障・人口問題研究所』によれば、日本の人口は2053年に1億人を割る。この年、ミレニアル世代は53~73歳を迎え、生産年齢人口の大半を、彼らと次の“ポストミレニアル世代”が占めるようになる。人口オーナス(※人口減という成長の重荷)の時代を任される世代であり、それを跳ね返すような技術革新や産業構造の変革を期待したい。この世代を支援する価値は十分にある。教育や活躍の場を与えることこそが、上の世代の役割だろう。 (本社コメンテーター 中山淳史)


⦿日本経済新聞 2017年5月3日付掲載⦿

テーマ : 経済
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【変見自在】 白い韓国人

アメリカ人は7000万人のインディアンを殺した。イギリスからの移民の子であるハーマン・メルヴィルは、その言い訳に「我々は現代のイスラエルびとだ」と言った。カナンの地に入ったユダヤ人は、神の命ずるまま、そこに住む異教徒のペリシテびとらを皆殺しにして、ユダヤの国を建てた。「我々も同じ。新天地に入ってそこに住む異教徒のインディアンを殺し、新しい白人の国を建てた。いや、そういうイギリス流の言い回しでは今一つ説得力が足りない」と、ドイツから渡ってきたフレデリック・ホフマンは言った。ここは科学的に、ダーウィンの適者生存論で語ろう。「優れたもの、即ち白人が劣った有色人種を淘汰していくのは、進化の当然の過程なのだ」と。この主張は大受けして、以降、公然とインディアン掃討が続けられ、最後の虐殺は1917年、アリゾナのヤキ族殲滅戦だった。ここまで尤もらしく人種淘汰を語れるのは、アドルフ・ヒトラーを生んだドイツ人だからこそだろう。実際、彼らの人種意識は強い。最初の人種抗争となる義和団の乱の発端は、ドイツ人宣教師の専横だった。立ち上がった義和団は、ドイツ人がやったように、宣教師たちを殺して歩いた。ドイツ公使のフォン・ケテラーは憤慨し、報復として傍らにいた支那人ボーイを撃ち殺した。義和団は北京に入るとケテラーを捕らえ、耳鼻を削ぎ、目玉を抉り、心臓を取り出して生で食った。救出に駆け付けたドイツ軍司令官のアルフレート・フォン・ワルデルゼーは、劣等民族の蛮行を罰する名目で、部下に3日間、北京市街での略奪と殺戮を認めた。柴五郎ら日本軍が守る街区に北京市民が避難してきたのは、そういう白人の振舞いがあったからだ。そんな人種偏見の塊みたいなドイツ人と日本軍が、その14年後、青島攻略戦で初めて干戈を交えた。

ドイツ軍は約4000人、日本軍は約3万。ただ、彼らは“劣等民族が持たない”飛行機1機を持っていた。これが上空から日本側の陣容を伝え、正確な砲撃で攻撃を抑え込んだ。しかし、日本軍は並の劣等民族ではなかった。直ぐに4機の飛行機を調達して戦場に送り込み、相手機と空中戦をやり、世界初の空爆もかました。ドイツ軍はたまらず1週間で手を上げた。誇り高いアーリアンは、彼らが見下す劣等民族の捕虜にされ、徳島の板東俘虜収容所で使役もさせられた。ただ、日本人は支那人と違って捕虜を殺さなかった。李承晩ラインで捕まえた日本人を、6畳ほどの監房に20人も詰め込んだ韓国人のような残忍さも持たなかった。逆に収容所に送る時、私物の楽器や料理道具の携行を許した。収容所内も規律を守れば後は自由で、演奏や製パンも許された。ベートーベンの第9がここから発信されたのは、よく知られている。ドイツ人たちは、「慈悲と寛容は白人キリスト教徒だけのもの」と信じていた。尤も、“ノブレスオブリージュ”という言葉もある。「白人キリスト教徒でも、教養と高い見識を持つ者だけが慈悲と寛容を持つ」という意味だ。それが、非白人で非キリスト教徒の日本人は、極普通の庶民に至るまで思いやりと微笑を持っていた。ここでは白人もキリスト教徒も、何の意味も持たなかった。逆を言えば、「日本人さえいなければそんな思いをしないで済んだのに」という苛立ちにもなる。「憎たらしい日本人め」と。ワールドカップ開催の折、板東収容所の縁もある徳島県が、ドイツチームにキャンプ地提供を申し出た。しかし、返事も無かった。『南ドイツ新聞』のゲプハルト・ヒルシャーは、浅田真央16歳の会見で、「アメリカで日本は悪い国と言われなかったか?」「安倍は不正直と言われただろう」と執拗に質した。72歳爺さんの質問とも思えない。それでも真央は、「アメリカ人は皆、フレンドリーでした」と素直に答えた。そのドイツに、ヨーロッパでは初めて慰安婦像が建った。この国民が持つ狭量さと韓国人のそれは、色違いながらとてもよく似ている。


高山正之(たかやま・まさゆき) ジャーナリスト・コラムニスト・元産経新聞記者・元帝京大学教授。1942年、東京都生まれ。東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に入社。警視庁クラブ・羽田クラブ詰・夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会部次長(デスク)。1985~1987年までテヘラン支局長。1992~1996年までロサンゼルス支局長。産経新聞社を定年退職後、2001~2007年3月まで帝京大学教授を務める。『高山正之が米国・支那・韓国・朝日を斬る 日本人をますます元気にする本』(テーミス)・『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった!』(ワック)等著書多数。


キャプチャ  2017年5月25日号掲載

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【誰の味方でもありません】(03) 村人・旅人・観光客

ふと、自分の野心の無さに気が付いた。僕が『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)という本を出版したのは、26歳の時だ。その頃から“若者”として注目を浴び、マスメディアや政治家、官僚を含めて、一気に社交の輪が広がった。しかし、そのネットワークをいまいち活かせている気がしない。若し僕が野心の塊であったら、マスコミに働きかけて自分の影響力を強めつつ、政界への進出でも目指していただろう。“若者”キャラを最大限に活かして、既に立候補くらいしていたかもしれない。実際の僕はといえば、この数年は人狼ばかりしていた。議論をしながら嘘吐きを探すというパーティーゲームだ。人狼を通じて仲良くなった友人は多いが、それが特に仕事に結び付いた訳ではない。この話を友人にしたら、「それは古市くんが“観光客”だからだよ」と言われた。観光客? 友人曰く、僕は無類の観光好きらしい。ある時はテレビ局に行って芸能界を観光し、ある時は自民党で政治の世界を観光する。確かに僕にとって、あらゆる仕事は観光気分だ。『ワイドナショー』(フジテレビ系)という番組に出るのは、『ダウンタウン』の松本人志さんを初め、様々な才能を観察できるから。『とくダネ!』(同)で一番楽しいのは、放送では流せない打ち合わせ中の話。

観光客だけあって、僕はあまり他人に“お願い”もしない。政治家の友人もいるが、「国有地を格安で払い下げしてほしい」なんて陳情したことは一度もない。お願いといえば精々、「SNSに載せたいんで一緒に写真撮りましょう」くらい。まさに観光客だ。自分で言うのも何だが、21世紀の観光客としては中々優秀な部類に入ると思う。マスコミ・政界・音楽業界・ピースボート・世界の戦争博物館と、様々な場所を観光してきた。だから、僕の書く文章は、旅行口コミサイトの『トリップアドバイザー』に近いのだろう。これまで書いてきた本も、観光地のレビューのようなものだ。思想家の東浩紀さんが書いた『弱いつながり』(幻冬舎)で、1つのコミュニティーに埋没する“村人”でもなく、寄る辺なく生きる“旅人”でもなく、本拠地を確保しながら好奇心の赴くまま旅をする“観光客”という生き方が勧められていたことを思い出す。因みに、同書の思想には大いに共感するのだが、何故か僕は東さんに嫌われている。そして多分、誤解されている。彼は僕のことを“道鏡”に譬えていたらしいが、そんな権力欲があるなら、もうとっくに動き出している。まぁ、僕は只の観光客なので、旅先で出会った人から嫌われるのも仕方ない(※観光客には優しくしておいたほうが人気観光地にはなれるだろうけど)。幸いなことに、訪れるべき観光地は未だ数多い。予算超過が確実となった東京オリンピック、深刻な少子高齢化。この社会には、観光客として愉しむべき見所が沢山ある。


古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。


キャプチャ  2017年5月25日号掲載

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【ヘンな食べ物】(38) ヒエ酒は“ア”で飲め!

中国南部からヒマラヤにかけての山岳部には、雑穀の稗で作ったユニークな酒がある。私はネパール、ブータン、そしてミャンマーで出会ったことがある。先ず、作り方が独特。炊いた小さな稗の粒を大きな壺にぎっしり詰め、麹を加えて1週間ほど発酵させる。すると、稗粒がアルコールの塊になるのだ。そして、飲む時に壺に湯を注げば、自動的に酒になるという仕組み。味はやや乳酸発酵しており、うっすらと甘酸っぱい。若干発泡している気がする時もある。韓国のマッコリを薄めたような、或いはカルピスサワーの甘みを抑えたような酒と言えば想像がつくだろうか。アルコール度数は低く、3%程度だろう。民族や地域によって飲み方が違い、それがまた面白い。ネパール東部では『トゥンバ』というアルミの容器に発酵した稗粒を入れ、そこに水を注いでストローで吸う。居酒屋では、いい年をしたオヤジたちがわいわい喋りながら、赤ちゃんのように両手でトゥンバを持ち、ストローでちゅうちゅう酒を吸っているのには笑った。ミャンマー奥地の少数民族・ワ族の村に住んでいた時は、冠婚葬祭の折に毎回、大量に飲んでいた。ワ族は高さ1mもある巨大な壺で稗粒を発酵させ、それに直接、水を注ぐ。それを柄杓や竹筒で汲み出して飲むのだが、その飲み方が尋常でない。必ず“2人1組”で飲まねばならないのだ。手順は決まっている。先ず、2人が向かい合ってしゃがむ(※ワ族の家は土間なので、低い腰掛けに座るかしゃがむ)。2人で酒の入った竹の杯(※400ミリリットルくらい)を同時に両手で掴み、「ア」と言う。

“ア”とはワ語で“私たち2人”という意味で、この時は“乾杯”を表す。先ず、片方(※Aさんとしよう)が杯を取り、ほんのちょっと口に付けて相手(※Bさん)に返す。恐らく、「毒が入っていませんよ」という意味だと思う。Bさんは杯を受け取ると、中国の乾杯宜しく一気に飲み干す。終わると、また相手と杯を両手で握り合う。続いて、AさんとBさんが立場を入れ替えて、同じ動作を繰り返す。初めて見ると、いい大人がウンコ座りをしたまま、手と手を取り合い(※そういう風に見える)、口をぽかんと開けて「ア」と言うのは笑える。実際にやってみると、かなり楽しい。私はワ族の土地に長期滞在した初めての外国人だったので、誰もが興味津々。一緒に“ア”とやると、厳ついおじさんたちも顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。私も彼らの節くれ立って、酒の滴に濡れた(※何故か大抵酒がこぼれて濡れている)手を竹の杯ごとガシッと握ると、「あぁ、受け入れられてるなぁ」と嬉しくなる。ワ族は女性も酒を飲むので、お婆さんや若い女の子とも“ア”ができる。それも楽しい。といっても、喜んでいたのは最初だけだった。どの宴会でも、次から次へと村人が私の前にやってきては、「ア」と杯を差し出す。「あの珍しいガイジンとアがやりたい」と皆が思っているのだ。アルコール度数が3%くらいとはいえ、何しろ400ミリリットルくらい一気飲みだ。3回連続で“ア”をやると、腹はたぷたぷ、酔いも相当回る。で、見ると、目の前にワ族の老若男女の行列ができていたりしてゾッとする。逃げようとすると、腕をぐいっと掴まれ、“ア”。あまりに大量に飲むので、仕舞いには自分の体が稗酒の壺になったような気がしたほどだ。「あぁ、もうアはいいよ…」と嘆いたものだった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年5月25日号掲載

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【寝言は寝て言え!】(03) むしろやるのが遅すぎるくらい

5月3日はゴミの日…いえ、憲法記念日でした。今年で、日本国憲法は施行から70年という節目を迎えました。70歳、人間で言えば節々にガタがきても不思議ではない年齢。ところが、日本国憲法は一字一句変えられることなく、現在まで運用されています。じゃあ、「日本国憲法は全く手を加えるところがない完壁な憲法なのかな?」と考えてみると、そんなことはないでしよう。憲法自体を中々変えられないので、解釈で誤魔化しているのが実態です。その典型が9条です。普通に9条の条文を読めば、「あれっ? 自衛隊は違憲じゃないの?」との疑問が出てくるのは当然のことです。しかし、これを正当化する“解釈”で乗り切ってきました。自衛隊は何とも不安定な立場に置かれてきたのです。しかし、東アジアの安全保障環境がこれだけ悪化し、自衛隊の重要性が増しているのが昨今の情勢です。このままの不安定な状態ではいけないからこそ、「憲法に自衛隊の明記を」と以前から言われていました。安倍総理は、3日に行われた改憲派の集会にビデオメッセージを寄せました。そこで「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」とビジョンを語り、9条についても「1項・2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方、これは国民的な議論に値するのだろう」と方針を示しています。自衛隊を明文化するというのは大賛成ですし、「寧ろやるのが遅過ぎるくらいだ」と感じます。

日本の平和を守っているのは憲法9条などではなく、自衛隊と在日アメリカ軍です。その存在を明らかにするのは重要なことでしょう。しかし、1・2項をそのまま残した上での自衛隊明記というのは、また解釈が複雑化しそうな感もあります。例えば、2項で戦力の不保持を謳っている訳ですから、どう整合性を取るのか? 残すのであれば、2項を条件付きで打ち消すような3項にしなければいけないでしょう。9条だけでも問題だらけの日本国憲法ですが、朝日新聞は同日の社説で「現憲法のどこに具体的で差し迫った不具合があるのか。改憲を語るなら、そこから地道に積み上げるのが本筋だ」と書いています。いやいや、ちょっと待てと。抑々、具体的で差し迫った状況まで放置してはいけないでしょう。有事への対応の検討は勿論のこと、その他の矛盾についても平時にやっておくべきです。日本国憲法の問題は、何も9条だけではないのです。例えば、89条もよく問題になります。これは「公の支配に属していない慈善・教育・博愛の事業に公金を使ってはいけませんよ」というものなのですが、厳密に読むと私学助成金も違憲の疑いがあります。こちらも9条同様、かなりゆる~く解釈してきたので、矛盾のあるまま残っていますが、現実に即した形に正すのが筋でしょう。個人的な願望を言うと、日本国憲法自体、GHQの影響が色濃く出ている訳ですから、日本的に全て作り直すのが本道だろうと思います。前文にしたって日本らしさは無く、何とも他力本願な話です。今の憲法はハンバーグ(具)無しのハンバーガーみたいなもので、日本的な核がありません。


KAZUYA YouTuber。1988年、北海道生まれ。2012年、『YouTube』に『KAZUYA Channel』を開設。著書に『日本一わかりやすい保守の本』(青林堂)・『バカの国 国民がバカだと国家もバカになる』(アイバス出版)等。近著に『日本人が知っておくべき“日本国憲法”の話』(ベストセラーズ)。


キャプチャ  2017年5月25日号掲載

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

【Deep Insight】(16) 巨熊ロシア、暴れさせぬ策

前半生の大半をロシア(ソビエト連邦)のスパイ機関で過ごしたウラジーミル・プーチン大統領。相手に警戒を解かず、本心を明かさない人物として知られる。彼にとって、安倍晋三首相は主要国の首脳の中でも、数少ない友人の1人だ。そんなプーチン大統領は昨日、通算17回目となる会談の為、モスクワに安倍首相を迎えた。「両者は互いの考えを知り尽くし、本音で語り合える仲だ」(首相周辺)。ところが、舞台裏に光を当てると、プーチン政権の態度は寧ろ、日本に対して刺々しくなっている。原因は日本自身というより、強まるアメリカへの警戒心にある。先月下旬に来日したセルゲイ・ラブロフ外務大臣とセルゲイ・ショイグ国防大臣は、日本がアメリカと進めているミサイル防衛協力に、こう不満をぶつけたという。「アメリカ主導のミサイル防衛網によって、ロシアは包囲されている。西はポーランドとルーマニア、東側は日本と韓国だ。このままでは、我が国の核抑止力が傷付いてしまうではないか」。日本のミサイル防衛網は北朝鮮を睨んだものであって、ロシアを狙っている訳ではない。ロシアはそれでも、「自分たちの封じ込めに利用される」と疑っている。日露関係筋によると、プーチン大統領の懐刀であるロシア安全保障会議のニコライ・パトルシェフ書記は、昨年11月に訪露した国家安全保障局の谷内正太郎局長に、こうも迫った。「在日アメリカ軍のミサイル防衛システムのレーダーは、ロシアにも向けることができる。『そうじゃない』と日本は言うが、アメリカ軍のシステムを制御できるのか? できない筈だ」。米露が対立を深めたのは、ロシアによる2014年のクリミア併合がきっかけだ。親露的なドナルド・トランプ大統領の就任で雪解けするかにみえたが、アメリカ軍のシリア空爆にロシアが猛反発し、「過去最低の状態」(トランプ大統領)に冷えた。ロシアは、アメリカと同盟を結ぶヨーロッパ諸国にも軍事挑発を強める。日米のミサイル防衛協力を敵視するのも同じ流れだ。ロシアは世界最大の国土を持ち、強大な核戦力も抱える。本気で暴れたら、世界は混乱してしまう。彼らと、どうつき合ったらよいのか? その手掛かりは、何故そこまで彼らがアメリカに疑心暗鬼を募らせるのかを考えることにある。日米欧の専門家らによると、ロシアはアメリカに限らず、「いつも敵対国に包囲されている」との強迫観念を抱き続けているという。それは、歴史に根差したトラウマだ。ロシアは13世紀から約240年間、モンゴル人の支配を受けた。19世紀にはナポレオン軍、第2次世界大戦ではナチスドイツに攻め込まれた。米ソ冷戦では西側諸国に封じ込められ、1991年に旧ソ連は崩壊した。そして今、『北大西洋条約機構(NATO)』と日米同盟を足場にして、アメリカが再びロシアを包囲しようとしている――。プーチン大統領はそう考え、激しく押し返そうとしているという訳だ。

ロシアは時に熊に譬えられる。体が大きく、警戒心が強い。普段は大人しいが、縄張りを侵されると牙を剥き、凶暴になる。そんなロシアに対応する選択肢は3つに分かれる。

【路線①封じ込める】外交や軍事圧力を使い、東欧等に挑発を強めたり、縄張りを広げたりできないよう、厳しく対抗する。アメリカの議会保守派や国防総省で聞かれる戦略だ。
【路線②融和策で友人になる】首脳間の交流や経済交流を深め、友好的パートナーになろうとする。安倍路線はこれに通じる。
【路線③信用せず、つき合う】「友好的パートナーになる」との期待は抱かず、強い警戒心を絶やさない。但し、追い詰めることもせず、必要な協力は保つ。「今のドイツがこれに近い」(ヨーロッパ外交筋)。

何れも短所がある。封じ込め路線を突き進めば米露冷戦が再燃し、ロシアは更に凶暴になるだろう。ヨーロッパでのロシア軍による挑発の現状は、「冷戦後、最大の規模」(イギリスの軍事専門家)。シリアや北朝鮮問題での協力も難しくなる。かといって、融和路線も限界がある。安倍政権は経済協力を提示しているが、ロシアは北方領土での軍拡を止めようとしない。抑々、強権国が自由や“法の支配”という民主主義の価値を共有するパートナーになれるのか、疑問だ。だとすれば、一番現実的なのが③の中間路線だ。実は、ロシアの危なさを最もよく知り、この政策を忠実に実行しているのが中国である。「ロシアとは長い国境を接している。両国は今は友好国だが、いつまで続くのかわからない」。中国当局者は、こう打ち明ける。1960年代末に中露は戦火も交えた。両国は蜜月を強調しながらも、胸の内では決して警戒を解かず、付き合っている。そんな中国とロシアが強かに連携し、既存の国際秩序を崩しにかかるような展開は阻まなければならない。中露に楔を打つには、日米欧が足並みを揃え、中国よりも巧みに、融和策でも封じ込めでもない、現実的な対露戦略を再構築する必要がある。人気スパイ映画の『007シリーズ』で、主人公の所属機関として描かれる『イギリス秘密情報部』(通称“MI6”)。2年半前までそのトップを務めたジョン・サワーズ前長官も、そんな外交を提唱する。「ロシアは危ないと思えば、寧ろ危険な行動に出かねない。とはいえ、(融和策が)行き過ぎるのも危険だ」。彼は長官当時、ロシアによるクリミア併合危機に対処した。そんな経験に裏打ちされた現実論だけに、重みがある。 (本社コメンテーター 秋田浩之)


⦿日本経済新聞 2017年4月28日付掲載⦿

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【霞が関2017春】(12) 内閣府が映す官邸の“怒り”…次の矛先は文科省か?

「宇宙からアル中(※アルコール依存症)まで」――。政府が抱える諸々の業務が集まる内閣府について、府内で自虐的に語られる言葉だ。安倍晋三政権は、各省庁の取り組みに不満があるテーマは、“お膝元”の内閣府や内閣官房に担わせている。内閣府の業務は増えるばかり。宇宙からアル中まで見渡す官僚の守備範囲も広がる一方だ。しかし、目を凝らしてみると、そのフィールドに官邸の“怒り”が見えてくるから面白い。内閣府が前に出てくる施策は、官邸が各省の取り組みに不満を募らせているテーマに他ならない。最近、目立ってきたのが“教育”だ。「教育の問題については、今日がキックオフである」。首相官邸4階の大会議室。人材投資がテーマとなった先月の『経済財政諮問会議』の終盤、報道陣の入室が許される前に議論を締めたのは、内閣府特命の経済財政再生担当大臣・石原伸晃氏だ。ある経済官庁の官僚は、「教育とか人材投資をテーマに会議をする流れができた」と受け止めた。官邸が教育に着目するのは何故か? 背景には人手不足がある。「少子化で働き手が少なくなる中で、1人ひとりの技能や生産性を高める教育の役割は重要だ。今の大学教育は、この課題に十分応えていない」というのが官邸の見方だ。教育行政を担当するのは文部科学省。本来、安倍首相が文科大臣に優先して取り組むよう指示すればいい話だろう。だが文科省は、事務方トップの文部科学次官まで関与した大学への天下りが問題となった。今の文科省が大学改革を進めるとしても、それに冷ややかな視線が注がれることは間違いない。教育が専門の仕事である文科省からそれを取り上げるとすれば、それだけ官邸の怒りが強いということだろう。

少し前まで内閣府で増えていたのが、厚生労働省が預かる分野の業務だ。内閣府の官僚は、「アルコール依存症の話もそうだが、『厚労省には任せてはおけない』という意識が発端だった」と解説する。『日本医師会』や労働組合等の外圧に曝されて身動きが取れず、“融通の利かない役所”という印象を持たれてきた厚労省。政府の目の届く範囲で政策を進める為に、内閣府へと業務が召し上げられていった。内閣府の所掌する施策を見渡すと、子供・子育て支援や高齢社会対策等、厚労省の領域が多い。政府の肝煎りで内閣官房に設置する会議も、『1億総活躍国民会議』や『働き方改革実現会議』と続き、厚生労働省が槍玉に挙がることが多かった。だが最近は、「塩崎恭久大臣の下で大きく変わった」という評価が増えている。「厚労省が医療や保険の情報を集約するビッグデータの活用を話し合うことなど、一昔前は誰も想像していなかった」と、厚労官僚も変化を認める。官邸からのトップダウンで話が進む為、業界団体との折衝に明け暮れていた頃と比べると表情も明るい。先月には、アルコール依存対策も厚労省に移管された。首相官邸の目の前に鎮座する合同庁舎8号館。2014年に竣工した新しい建物には内閣府と内閣官房が入り、首相官邸の指示を受けて、政策の企画立案と総合調整にあたっている。政府の重要なテーマは、府省庁の縦割りでは解消できず、調整役の出番が多くなるのは自然な流れ。案内図を見れば、宛ら仕事のデパート。内閣府の特命担当大臣は9人もいる。ただ、仕事が集まるのは、“調整役”だからという理由だけには留まらない。会議は「働き方改革等の旬のテーマを首相直轄で進める」という意図は勿論あるが、長年、中々解決策を見い出せてこなかった課題に対して、一気に螺子を巻く効果もある。長年に亘って同じ分野を所管する各省庁は、色々な柵の中で身動きが取り難いこともある。官邸の“怒り”が難しい政策課題の解決に繋がるのならば、内閣府官僚には守備範囲を更に広げてもらいたい。 (平本信敬)


⦿日本経済新聞電子版 2017年5月23日付掲載⦿

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