【劇場漫才師の流儀】(02) “一発屋”と呼ばれる芸人は何故増えた?

最近、“一発屋”と呼ばれる人が増えたけど、それは昔に比べて笑いの世界のルールが曖昧になったからやろうと思うんです。昔の漫才には一杯ルールがあって、先輩から言われたのは「企業名は出すな」「個人名は出すな」「CMも歌ネタもダメ」「歌ネタは、音曲漫才というジャンルがあるから、その領域を侵してはならない」という暗黙のルールがあった。下ネタで笑わすのも「邪道や」と言われました。偶に舞台で下ネタをやると、師匠方に「あんなんやるなよ」と怒られました。でも、今の若手は師弟関係を持つ師匠がいないこともあって、注意されることもない。それと、テレビの放送コードが緩くなったこともある。昔は、NHKでは『吉本興業』と社名を言うのもNGで。“うちの会社”と言わないとあかんかった。“ウンコ”や“チンチン”もNG。でも、そういうのがセーフになって、どんどん何でもありになっていった。そういう意味で、僕はよう言うてるんですけど、昔の漫才は“プロレス”やったと思うんです。ルールがある中で、一番大きな音が出るところを叩いて、お客さんをワーッと沸かせるというか。それが今は、マジのナックルパンチを振り回して、それが当たったら勝ち。格闘技で言えば“バーリトゥード”っていうんですか。殆どルール無しのね。未だ、力の無いほうがあのリングの中で振り回したラッキーパンチが、偶々当たって勝ってしまうことがある。

でも、それだと次のリングに上がっても、先ず勝てません。だから、一発で消えていく人が沢山おるんやろね。そう考えると、ラッキーパンチはアンラッキーかもわからんな。未だ力が無いのに“強い”と思われてしまう訳やから。例えば、『8.6秒バズーカー』も不思議な面白さがあって、一時、えらく売れたけど、今は苦労しています。今は力を付けているところやろね。彼らはまだまだこれからやと期待しています。ただ、僕らも今は、厳密な意味ではプロレスをやっている訳ではないですね。例えば下ネタ。夏休みとか冬休みとか、子供さんがおる時、笑えるところが無いと申し訳ない。で、下ネタをちょっと入れる。子供さんは、“ウンコ”“チンチン”言うたら絶対笑うからね。でも、そこは下品になり過ぎんよう、気をつけています。いくら下ネタを言っても不思議と下品に聞こえない芸人っているんですよ。僕らも「下品に聞こえないよ」って言われますが…。今年の『R-1ぐらんぷり』(関西テレビ・フジテレビ系)で、お盆で股間を隠す裸芸で優勝した『アキラ100%』もそうやね。中々の男前で、非常に腰が低いし、真面目そう。あれがエエね。「彼だから、あの下ネタも許されるのかな」という感じがする。同じ裸芸でも、うちの会社の『とにかく明るい安村』とはちょっと違うところかもしれないですね。彼ももうちょっと男前やったらね(笑)。


オール巨人(おーる・きょじん) 漫才コンビ『オール阪神・巨人』のボケ担当。1951年、大阪府生まれ。大阪商業高校卒業後、1974年7月に『吉本新喜劇』の岡八朗に弟子入り。翌1975年4月に素人演芸番組の常連だったオール阪神とコンビを結成。正統派漫才師として不動の地位を保つ。著書に『師弟 吉本新喜劇・岡八朗師匠と歩んだ31年』・『さいなら!C型肝炎 漫才師として舞台に立ちながら、治療に挑んだ500日の記録』(共にワニブックス)。


キャプチャ  2017年8月28日号掲載
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ジャンル : お笑い

【Test drive impression】(33) 『レクサス LX570』――その価格は1100万円! レクサス最強SUVの実力とは?

日本人の多くは、アメリカの文化なら大抵はわかった気になっているように思う。しかし、実際にアメリカに行ってみると、「全然違うじゃん!」って文化はメチャクチャ多い。例えば、2オンス(340g)もあるのにペロリと食えちゃうTボーンステーキや、紙バケツ入りの巨大なコーラ、そして巨大SUVだ。日本で売れるSUVといえば、『トヨタ自動車』の『C-HB』や『ホンダ』の『ヴェゼル』のようなスマート且つ無駄のない乗用車ベースの背高カーを思い浮かべるだろう。ところが、アメリカで売れるSUVの基本は、ラダーフレーム付きのトラック顔負けというタフなSUVだ。というのも、その骨格じゃなきゃボードやキャンパーを牽引できないし、耐久性も段違いだからだ。謂わば、カウボーイにとってのタフな馬代わり。しかも、それをゴテゴテ高級化した不思議な金ピカマッチョSUVまで存在する。それが『キャデラックエスカレード』や『リンカーンナビゲーター』といった、全長5mオーバーで車重2トン超の武闘派ゴージャスSUV。その和風版が2015年、日本に上陸した『レクサスLX』だ。謂わば、醤油味の走る本格Tボーンステーキだ! 久しぶりにLXに乗ってみたが、一見した時のこのクルマのバカバカしさったらない! 顔は超エラ張り系のスピンドルグリル! 自慢のX字のイバりが中央左右にドカ~ンと広がるでなく、ゴツゴツ感が半端ない。

3連LEDヘッドランプに派手なL字LEDフォグランプ付きで、今時調和の取れたレクサスデザインが多い中、“顔のデカさ”で勝負する珍しい和風プレミアムに仕上がっている。インパネもコージャスの一言。昔は『ランクル』の真面目さを引きずってたが、現行はシックでツヤツヤした本木目ウッドパネル。シートは日本車ならではの上質な鞣しが加えられたソフトで配やかなセミアニリンレザー。色もブラック、アイボリー、ブラウン、ホワイト、ガーネットから選べて、国際的な高級テイストである。ハイテクもふんだんで、センタ ーの12.3インチのモニターは、横幅が凄くてサイドミラーも巨大。勿論、最新の安全システムも標準で装備。歩行者検知機能付きのプリクラッシュセーフティー、レーンディパーチャーアラート、対向車の眩惑を防止するアダプティブハイビームシステム、全車速追従能付きレーダークルーズコントロール等だ。乗ってもゴージャス感は独特で、ランクル譲りのラダーフレームのおかげで床はバカ高! 子供や老人の乗り降りにはちと苦労するが、見晴らし感は上々。今時のSUVには無い「俺はてっペんにいるぜ!」という高揚感に包まれる。シートは北米基準の3列配置の8人乗り。3列目は流石に床が高くて、大人は体育座りを強いられるが、横幅はあるし、1列目・2列目はゆったり広々。

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テーマ : 新車・ニューモデル
ジャンル : 車・バイク

【Deep Insight】(36) 米欧の亀裂、明日は我が身

今日、世界の目がヨーロッパに注がれる。米欧やアジアの指導者が集まり、ドイツで20ヵ国・地域(G20)首脳会議が始まるからだ。国際政治が激動する時、ヨーロッパは良くも悪くもその発端となってきた。2つの世界大戦の口火を切った他、米ソ冷戦に幕を引いたのもベルリンの壁の崩壊だった。ヨーロッパの出来事は他人事ではなく、形を変えてアジアにも押し寄せるとみるべきだ。その意味で今、注目に値する変化がヨーロッパで起きている。「アメリカにおんぶにだっこでは、自分たちの平和を守れない」――。こんな不安が強まり、自前の安全保障を探らざるを得なくなっているのだ。先月、会議で訪れたヨーロッパで、そんな張りつめた空気をひしひしと感じた。印象的だったのが、バルト海に面し、ロシアの軍事挑発に曝されるスウェーデンだ。来年1月、遂に徴兵制を復活させるという。中立を守る為、同国は1901年から100年以上、徴兵制を続けてきたが、2010年に一旦廃止した。再び導入する理由について、現地のヨーロッパ外交筋はこう明かした。「万が一、ロシアから侵略されても、アメリカが介入するかどうかわからない。スウェーデンはそう感じ、徴兵を再開するのだ」。スウェーデンは、米欧の軍事同盟『北大西洋条約機構(NATO)』に入っていない。だが、NATOに加入し、アメリカの“安保の傘”に守られている筈の国々も、真剣に自衛強化策を議論している。例えばドイツだ。ベルリンでは戦後、ずっとタブー視されてきた核兵器保有論が俄かに飛び出し、物議を醸していた。ドイツの高級紙『フランクフルターアルゲマイネ』の編集者が最近、核保有を唱えるコラムを書き、安保専門家も似たような意見を発表した。「賛同者はごく少数だが、核保有が公然と議論されるだけでも、以前なら考えられない」(ドイツ政府ブレーン)。変化の直接のきっかけは、言うまでもなく、同盟を軽んじるアメリカのドナルド・トランプ大統領の言動にある。極め付きは5月25日、トランプ大統領を初めて迎えたNATO首脳会議だった。彼の機嫌を損ねないよう、ヨーロッパ側は1人あたりの発言を数分内に制限し、結束を取りつけようとした。ところが、トランプ大統領は演説で、「ヨーロッパへの防衛義務を履行する」とは確約しなかった。内情を知るヨーロッパ外交筋によると、トランプ大統領は「夕食会等では更に非礼な態度を取り、アメリカは信用できない印象を植え付けた」という。先月9日、『ヨーロッパ委員会』のジャン=クロード・ユンケル委員長は、「ヨーロッパの防衛はもう、外国任せにできない」と演説した。アメリカとの同盟は堅持するものの、対米依存度を少し下げる為、EUは独自の安全保障協力を深めていく方向という。

では、この動きをアジアはどうみたらよいのか? 2つの正反対の仮説が考えられる。1つは、「ヨーロッパとアジアでは事情が大きく違う為、似たような問題は日米や米韓同盟には起きない」というものだ。日本の政治家や官僚と話すと、こちらの楽観論のほうが多い気がする。実際、トランプ大統領は日米や米韓同盟への露骨な批判は控えている。アジアでは北朝鮮が核・ミサイル開発で暴走し、中国が影響力を増す。国内総生産(GDP)でロシアの5倍超の中国と渡り合う上でも、アジアの同盟国は大事にせざるを得ないという訳だ。だがもう1つ、全く逆な仮説も成り立つ。「米欧同盟の軋みはアジアの“先行指標”であり、程度の差こそあれ、日米や米韓にも波及する」という予測だ。筆者はどちらかと言えば、こちらの見方のほうが正しいように思う。米欧同盟の軋轢は構造的なものであり、2003年、当時のジョージ・W・ブッシュ政権がイラク戦争を強行した時から始まっていたからだ。その後、「ヨーロッパがアメリカに防衛をただ乗りしている」と怒り、応分の負担を迫ったのはバラク・オバマ政権だ。彼はNATOの全加盟国に、2024年までに国防費をGDPの2%まで引き上げるよう約束させた。長年、外交に携わったヨーロッパの元高官は、こう語る。「アメリカとの不協和音はブッシュ時代から始まっていた。ただ、ブッシュ元大統領やオバマ前大統領は、人間としては信頼できた。トランプ大統領の問題は、人間としても信頼できないことだ」。つまり、トランプ大統領は米欧不仲の元凶ではなく、だめ押しに過ぎない。主因は寧ろ、中東等での10年以上の戦争に疲れ、世界の警察役を果たす気力と体力をアメリカが奪われていることにある。だとすれば、アジアにも当てはまる問題だ。トランプ大統領がいずれ日韓にも防衛ただ乗り批判の矛先を向けても不思議ではない。現に、トランプ大統領は先月30日の米韓首脳会談で、在韓米軍の駐留経費をもっと払うよう密かに迫ったとされる。それでも、韓国の国防費はGDPの2.6%と、主要な同盟国の中で一番高い。日本は最下位(0.9%)だ。「南シナ海問題? それは日本が何とかするだろう」。トランプ大統領は大統領就任前、周囲にこう語っていたという。この認識が改まった保証はない。仮にアメリカとの同盟に空洞が生まれても、ドイツやフランスには助け合える友好国が周りにいる。だが、核兵器を持った北朝鮮や中露に囲まれ、韓国とも不仲が続く日本には、そうした選択肢が乏しい。ならば、ヨーロッパの苦悩は日本にとってこそ、より切実だ。 (本社コメンテーター 秋田浩之)


⦿日本経済新聞 2017年7月7日付掲載⦿

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【中外時評】 望まぬ転勤、減らす工夫を

日本の会社員の働き方を特徴付けてきたのは、“いつでも”・“どこでも”というキーワードだ。会社から命じられれば残業も休日出勤も厭わず“いつでも”働き、転勤命令があれば“どこでも”赴任する。社員は会社にとって、時間と場所を問わずに働く便利な存在だった。この内、“いつでも”の要素は、残業削減や休暇の積極的な取得が進み始めたことから減っていくだろう。では、“どこでも”は? 政府の働き方改革は3月末に実行計画が纏まったが、転勤の在り方については議論されてこなかった。今後、論議を呼びそうなテーマだ。転勤は歓迎されていない。『労働政策研究・研修機構』の2016年の正社員調査をみると、「転勤で困難に感じること」として、様々な点を多くの人が挙げている。「介護がし難い」とした人は75%。親等家族の介護をしている人にとって、転勤は厄介だ。「持ち家を所有し難い」「進学期の子供の教育が難しい」という困難を挙げた人も、其々7割近かった。夫の転勤で妻のキャリア形成が阻まれる問題もある。「できれば転勤したくない」という人は40%を占めた。「抑々、転勤には何か意義があるのか?」と疑問を呈する声もある。『リクルートワークス研究所』の大久保幸夫所長によれば、企業は社員を転勤させる目的として、①拠点間での人材の需給調整②人材育成③マンネリ防止――の3つを挙げてきた。しかし、「いずれも意味を失っていたり、的外れだったりする」と指摘する。「人員の需給調整については先ず、実態を直視すべきだ」という。「採用の現場では転勤が敬遠され、学生が集まり難くなっている」。つまり、「転勤があることで人を確保し難くなれば、需給調整をする以前の問題では?」という訳だ。人材育成を巡っては、「地域を跨いで人を移すことの効果が検証されていない」。マンネリ防止は、社員を同じ業務に長く配置しないことで不正の芽を摘む狙いがあるが、「それは企業統治の強化で対処すべき問題」という。

転勤の人材育成効果は、中央大学大学院戦略経営研究科の調査もある。転勤経験の有無が業務遂行やマネジメントの能力に影響するか企業に聞いたところ、「特に違いはない」との回答が3割近くあった。事業のグローバル化で海外経験が重視される中では、国内の転勤経験については能力開発の効果が相対的に弱まっていることがありそうだ。家族の負担が大きく、人材育成効果等も高いとは言い切れないなら、転勤の制度は見直しの時期に来ていると言えるのではないか。拠点の立ち上げやテコ入れで「あの人以外にいない」という場合や、戦略的に海外法人の人員を増やすといったケースを除き、転勤は原則として本人の同意を前提とすることが1つの手だ。海外企業は一般に、本人同意を取り付けて社員を転勤させている。欠員が出ると、赴任者を社内公募する例もみられる。企業は人員のやり繰りが難しくなるが、転勤には家族を介護する社員が打診を受けて退職するといった例が増えるリスクもある。構造的な人手不足時代に入ったことを考えれば、本人の望まない転勤はなるべくしなくて済むようにする工夫が求められるだろう。企業にとって、転勤制度を見直すメリットが無い訳ではない。これまで、日本企業は社員に“いつでも”・“どこでも”を受け入れてもらう代わりに、不況でも大幅な賃下げは避ける等、雇用や処遇の安定に配慮してきた。残業の見直しと併せ、そうした“持ちつ持たれつ”の構造が本格的に崩れていけば、成果・実力主義を徹底し易くなる。社員を柔軟に転勤させる権限のよりどころになってきたのは、1986年の東亜ペイント訴訟の最高裁判決だ。単身赴任になる会社の転勤命令について、家庭生活への影響は「通常甘受すべき程度のもの」と見做し、「権利乱用には当たらない」とした。しかし、企業を取り巻く環境も働き手の意識も、当時から変化している。これまでの枠組みに囚われないことが、経営者に求められる。 (上級論説委員 水野裕司)


⦿日本経済新聞 2017年8月17日付掲載⦿

テーマ : 働き方
ジャンル : 就職・お仕事

【コラム】 『やすらぎの郷』を担ぐ“意識高い系”

“倉本聰先生”が手掛ける『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)が、一部のメディア関係者に何かと持ち上げられている。嘗てテレビで活躍した俳優・女優たちが入居する老人ホームを舞台とした群像劇ということで、石坂浩二・八千草薫・浅丘ルリ子・五月みどり等のべテラン勢が揃って出演。月曜日~金曜日に毎日20分の枠を確保。更に、“テレビを駄目にしたテレビ局の社員は入れないホーム”という設定等が、「これは現在のテレビに対する痛列な一撃」「若者向けの軽薄な番組重視への警鐘」等と、“意識高い系のオトナ”がテレビ局を批判する為の格好のアイテムにしているのである。そして筆者は、このやすらぎの郷を持ち上げる“風潮”に違和感を覚えるのである。倉本先生の「年配者が見たい番組が無いので自分が書いた」という思いは大変立派だとは思うが、ご本人が言っている通り、地上波のゴールデンタイムでは実現しない企画だろう。ただ、この「現在のテレビに対して批判的な内容が、“意識高い系のオトナ”の心を擽る、そして持ち上げる」という図式が、如何にもテレ朝というか、その背後の朝日新聞風で、「なんだかなぁ」という印象である。やすらぎの郷を賞賛する人たちは、実際にどれだけOAを見ているのだろうか? 意識高い系の方々はお仕事もお忙しい筈で、平日の12時過ぎにテレビをじっくり見ている暇など無い筈だ。「倉本聰がテレビへの批判を込めたドラマを書いた」という部分に敏感に反応して、賞賛し、返す刀でお決まりのテレビ批判のアイテムにしているといったところだろう。これも朝日新聞と親和性の高そうな反応である。4月のスタート当初には「高視聴率で発進!」という記事も出ていたが、現在は5~6%であって、特段低くはないが高い訳でもない。やすらぎの郷を見ている視聴者は圧倒的に高齢者であり、スポンサーを見れば個人法律事務所や、女性社長が自ら出演する美白クリーム等が名を連ねていて、資金潤沢なイメージは薄い。元々、テレ朝の昼時間帯は『徹子の部屋』とか『ワイド!スクランブル』といった高齢者に支えられている番組が続いていた訳で、やすらぎの郷はその一環ということになるだろう。この12時台の高齢者向けドラマ、秋からは黒柳徹子さんの半生を描く、これまた高齢者向けドラマをやるという。“意識高い系のオトナ”は、どのような反応をみせてくれるのだろうか? 多分、反応しない気がするのだが。


村上和彦(むらかみ・かずひこ) フリーディレクター。1965年、神奈川県生まれ。筑波大学第2学群比較文化学類卒業後、1988年に『日本テレビ』に入社。スポーツ局・制作局・編成局等を経て、2011年1月より同制作局専門部長兼演出家。2014年7月31日を以て同局を退社し、フリーに。主な担当番組に『モーニングチャージ!』(テレビ東京系)・『違うdeSHOW』(AbemaTV)等。


キャプチャ  2017年7月号掲載

テーマ : テレビドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ

【中外時評】 “ツキジデスのわな”防ぐには

1990年代初め、『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』という本が出たのを覚えている人は、どれくらいいるだろうか? アメリカの学者が「歴史は繰り返される」として、「日米は再び戦争に突入する」と予想した本だ。当時会った著者の1人は、「第2次太平洋戦争は不可避だ」と大真面目に語っていた。東西冷戦が終わり、アメリカへの脅威として日本の経済パワーが注目されていた頃だ。勿論、日米はその後、戦争どころか強固な同盟関係を保っており、今振り返れば奇書の類いと言えるかもしれない。当時も、「アメリカと戦争なんて荒唐無稽だ」と感じる日本人は多かった筈だ。時は移り、今、アメリカの学者らが議論している問題に、「猛烈な勢いで台頭してきた中国との衝突は避けられるか?」というテーマがある。アメリカの政治学者であるグレアム・アリソン氏が唱える“ツキジデスの罠”は、その代表的な議論の1つだ。古代ギリシャの歴史家・ツキジデスは、アテネとスパルタによるペロポネソス戦争を詳述した『歴史』で知られる。「アテネの台頭と、それに対するスパルタ人の恐怖が戦争を不可避にした」とするこの書の分析に着目したのが“罠”論だ。新旧の大国同士が、互いに戦争などしたくなかったのに、恐怖心等から過剰に反応し、遂には衝突に至ってしまう――。そういう行動パターンが現代にも当て嵌まるかという問題意識である。アリソン氏によると、事例は古代ギリシャに留まらない。「過去500年間にみられた世界の主要な覇権争い16事例の内、実に12事例が戦争に発展した。米中も、この罠に嵌まりかねない」と本紙のインタビューで語っている(※7月21日付朝刊)。『防衛研究所』国際紛争史研究室の石津朋之室長は、「欧米では、第1次世界大戦勃発100年にあたる2014年を機に、大戦を総括しようという機運が生まれた」と指摘する。

その中で、第1次世界大戦で衝突したドイツとイギリスは、新たに台頭してきた国と覇権国の関係であり、「今の中国とアメリカにあたるのではないか?」という議論が出てきたという。罠論には異論も少なくない。「米中と嘗ての英独やアテネ・スパルタとは異なる」との指摘がある。それでも議論が止まないのは、中国との関係をどう築くべきかが見えず、アメリカが不安心理を抱いている現実があるからだろう。自国が築いた覇権の行方や安全保障という観点からの関心が強いアメリカに対し、ヨーロッパの中国を見る目は少々異なる。歴史の経緯もあり、地理的に遠い中国よりも、安全保障上の関心は専らロシアや中東に向いてきた。昨年夏、中国の南シナ海での主権の主張を退ける仲裁裁判所の判決が出た後、『ヨーロッパ連合(EU)』は声明の取り纏めに手間取った。中国マネーの取り込みに熱心なギリシャやハンガリーが、厳しい批判に反対した為だ。28ヵ国を抱えるEUは一枚岩になり難い。中国のヨーロッパ接近戦略の柱の1つが、海と陸の現代版シルクロードと呼ばれる『一帯一路』構想だ。陸路は中国からヨーロッパまで鉄道で繋ぐ。ただ、中国が足元に勢力圏を広げることに、ヨーロッパは今後、不安を感じるようになる可能性がある。東京外国語大学の渡辺啓貴教授は、「ヨーロッパは、中国の人権問題に対する手綱を緩め、経済優先でやってきた。しかし、ユーラシア大陸のヨーロッパの影響圏に経済や外交面での攻勢が及んでくるにつれ、警戒感を強めつつある」とみる。中国とどう向き合うかは、国際秩序を巡る最大の課題であり続けるだろう。「衝突は避けなければならないし、避けることは可能だ」とアリソン氏も指摘している。2015年秋に訪米した習近平国家主席は、シアトルでの演説で、「世界にツキジデスの罠など存在しない。だが、主要国が戦略的な計算違いをすれば、自ら罠を作り出すことになるだろう」と述べた。罠論の当否は兎も角として、相手に対する正しい認識と的確な意思疎通を欠いた時、拙速な判断で国の針路を誤った事例に事欠かないことは、歴史が示している。 (上級論説委員 刀祢館久雄)


⦿日本経済新聞 2017年8月10日付掲載⦿

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【誰の味方でもありません】(14) ペンライトを振りながら

応援上映が話題だ。応援上映とは、映画館で登場人物を応援しながら映画を観ること。観客たちはペンライトを振りながら、「頑張って!」「その調子でいこう!」といった具合に、作中の人物に大声で声援を送るのだ。コスプレをした観客も多く、雰囲気は宛らライブ会場である。マスコミが応援上映に注目し始めたのは、2016年に公開されたアニメ映画『KING OF PRISM』のヒットから。別アニメのスピンオフ作品で、僅か14館で公開が始まった映画にも拘わらず、最終的に興行収入は8億円を超えた。キンプリが設けた応援上映会は、新しい映画の鑑賞スタイルとして“画”になり易いこともあり、テレビでも特集が組まれていた。何を隠そう、僕もNHKの番組に“応援上映の専門家”として呼ばれたことがある。いやぁ、“専門家”って名乗った者勝ちなんですね(※本当は何百回も応援上映に通い詰めている猛者のほうが“専門家”だけど)。但し、応援上映は全く新しい発明という訳ではない。例えば、1975年公開のホラー映画『ロッキーホラーショー』では、観客が歌い踊ったり、紙吹雪を投げたり、参加型形式で上映されることがあった。現代的な応援上映の発祥は、定義によるのだが、有力なのは2007年に公開されたアニメ映画『Yes!プリキュア5』(東映)のミラクルライトという説だ。

ミラクルライトは、子供を飽きさせない為に考案された来場者プレゼント。上映中、ライトを使ってプリキュアを応援する。ミラクルライトは純粋に子供向けのものだったが、次第に応援上映は“大きなお友だち”にも広がっていく。大きなお友だちとは、本来は子供向けだったアニメや漫画等に夢中になる大人のことだ(※今回のエッセイ、無駄に情報量多いですけど大丈夫ですか?)。何故、応援上映はここまでブームになったのだろうか? よく言われるのは一体感。スマホでいくらでも映像作品を観られる時代だが、応援上映を体験したければ映画館に行くしかない。それに加えて、禁忌を破る気持ち良さもあるのかもしれない。本来は静粛であることが求められる映画館内で大声を出すのは楽しい。無邪気に誰かを応援するのは、童心に返ることでもある。興味深かったのは、作中に悪の組織が登場した時の観客たちの反応だ。彼らは一斉に敬礼のような動作をした。「そっちまで応援するのか」と驚いた。しかし、敬礼は世界中の軍隊や政治イベントで採用されてきたくらい、人間が好きな動作だ。有名なのはナチス式敬礼だが、敬礼は彼らの専売特許ではない。ナチスに対抗したドイツ社会民主党も、躍進のきっかけはカリスマ創設者による挙手の宣誓や、身体儀式を組み合わせた祝祭型の演説だった。集団で何かに陶酔するのは気持ちいい。だが、現代人はその怖さも知っている。このバランスの上に成立しているのが応援上映なのではないか――と、“専門家”っぽく真面目に解説してみた。


古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。近著に『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)。


キャプチャ  2017年8月10日号掲載

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

【ヘンな食べ物】(49) 極上のトムヤム!

タイのメコン川沿いの町・ナコンパノムへ、“世界最重量の淡水魚”と言われるメコンオオナマズを食べに行った時の話の続き。中々入荷しないと聞いていた大ナマズだが、偶然にも私がレストランを訪れた時、漁師から届いたところだった。店のおばさんは、「今じゃこんなちっちゃいヤツしか捕れないんだよね」と残念そうな顔をするが、いやいや、これだって相当でかい。体長1.2m、体重30㎏なのだから。これを7500バーツ(※当時のレートで約2万2500円)で買ったとのこと。店のシェフが鉈のような中国包丁で背中にツーッと切れ目を入れると、意外や意外、赤身の肉が現れた。普通のナマズは白身肉だ。根本的に種類が違うのかもしれない。しかも、表皮と肉の間には黄色い脂身がびっしり。「こりゃ美味そうだ」と思わず涎が垂れてくる。「どんな料理が食べたい?」と訊かれて、私は“トムヤム”と“プラーペッ”を希望した。現地の事情通・レックさんが、「その2つの料理が最高だ」と言っていたからだ。“トムヤム”は色々な具材を入れた辛いスープのことで、日本では専らトムヤムクン(※“クン”は“エビ”の意味)で知られているが、他にもトムヤムガイ(※ガイは鶏肉)とかトムヤムプー(※プーはカニ)とか色々ある。私が注文したものを敢えて名付ければ、トムヤムプラーブック(※大ナマズのトムヤム)となろうか。それから、プラーペッは“辛い魚”の意味で、ピーマンや赤タマネギ等の野菜とトウガラシを一緒に炒めた料理。使われた肉は当然のことながらごく一部だが、それでも調理されてテーブルの上に出てくると、結構な量だ。

正直言って、味にはあまり期待をしていなかった。大きい魚は概して大味であるし、このナマズ、タイ国内でも特に有名という訳ではない。「でかいから話題性があるだけなんだろう」と思っていた。或いはゲテモノか珍味なのかもしれない。勿論、ゲテモノ好きの私はそれで十分に満足なのであるが。ところが一口、プラーペッの肉を食べてびっくり。ゲテモノでも珍味でもない。というより、むちゃくちゃ美味い。薄切りにした赤身の、引き締まりつつも柔らかいという肉は、普通の魚より動物の肉に近い食感だった。これまで私が食べた肉の中で、“魚と動物の肉の中間みたいな味”というのは幾つかある。ワニ、ピラルク、チョウザメ等がそうだが、何れも白身。赤身の中間系は初めてだった。因みに、この20年後(※つい最近)に食べたミンククジラ肉は、“魚と肉の中間で赤身”だったが、脂分が少なかった。でも、大ナマズはとても脂がのっていた。やはり、どれにも似ていない。美味いのは肉だけではない。それにひっ付いている皮とゼラチン質の皮下脂肪がコリコリしてたまらない。旨味がジュウッと滲み出る。トムヤムは、スープ自体がこれまで食べたどんなトムヤムよりも美味かった。旨味と脂身が質量共にたっぷりな大ナマズ肉のほうが、小さなエビやカニより余程いいダシが出るようだ。しかも、具にもしっかり旨味は残っている。大ナマズは、肉の美味さもダシとしてもジャイアントであった。扨て、あれからざっと20年。今、大ナマズはどうなっているのだろう? 更に大物は珍しくなり、数も減っているのかもしれない。メコン川の“ピー(精霊)”への敬意を失わず、大切に少しずつ食べていってほしいと思う。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年8月10日号掲載

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

【寝言は寝て言え!】(14) 提供したのは笑いだけ…蓮舫代表の10ヵ月

説明が二転三転し、この1年間すっきりしないままだった民進党・蓮舫氏の二重国籍問題。これまで国籍選択の宣言日が記載された戸籍騰本の一部開示を頑なに拒否していましたから、余計に疑われていま した。都議選敗北からの責任追及で、民進党内からも「明らかにするように」という声もあり、漸く公開。今更感が半端ないですが、証拠の提示によって、これまでの説明を裏付けようとした形です。しかし、国籍法では重国籍の場合、22歳までにどちらかの国籍の選択をするよう定めています。蓮舫氏が国籍選択の宣言をしたのは昨年の10月7日ですから、25年以上もこの義務を怠っていたことになります。蓮舫氏は7月18日の会見でも、「昨年指摘を頂くまで、台湾籍を持っているとは考えたことも思ったこともなかった」と語りましたが、「嘘ではないか?」との指摘もあります。「私は二重国籍」「私の国籍は台湾なんですが」等と過去のインタビューで語っているあたり、「二重国籍を知らなかった」との言い訳は無理筋です。二転三転する説明で何が真実なのか見えないからこそ、「じゃあ証拠をどうぞ」となっただけなのに、「差別を助長する」といった。的外れも甚だしい指摘もありました。そう言っている人は、自身の二重国籍問題を早期収束させた自民党の小野川紀美参議院議員が戸籍騰本の一部を公開した時に同じ指摘をしたのでしょうか? 当初は野田幹事長ら執行部を刷新しつつ、蓮舫氏は代表続投の意思を見せていましたが、7月27日に代表辞任を発表しました。

この日は週刊新潮の発売日で、自民党・今井絵理子議員の不倫スキャンダルが掲載されていましたが、蓮舫氏が話題をかっさらっていく有様です。更に、夜には今井絵理子にかぶせた蓮舫にかぶせて、稲田朋美防衛大臣も辞任を発表。何て日だ! 会見で蓮舫氏は、二重国籍問題は代表辞任の判断材料に入っておらず、「別次元」と表現しましたが、そんなことはないでしょう。代表就任から辞任まで約10ヵ月。二重国籍問題が指摘され続け、笑いは提供しましたが、党の実績としては何らアピールできませんでした。しかし、蓮舫氏は未だ若いですし、再起を図るということでしょう。ただ、何をやるにしてもタイミングを逃している点は心配です。二重国籍問題は無駄に引っ張った挙げ句の戸籍騰本公開ですし、今回も一度続投の意思を示してからの代表辞任で迷走感があります。この決断力と実行力の無さは、後に響くでしょう。民進党はこれから新代表を決め、新執行部を作っていく訳ですが、むむむ…人物が見当たりません。民進党は三国志末期の蜀並に人材がいないのです。蓮舫氏は、自身を多様性の象徴と仰っていました。多様性といえばポジティブに捉えられることが多いでしょう。しかし、政党にそのまま持ち込むのはどうでしょう? 多様性で皆がバラバラの方向を向いて走れば、党内が纏まりませんし、何か政策を立案するのも難しくなります。結局、やるのは政権批判だけ。これが今の民進党の姿です。多様性はいいですが、根本理念が必要です。これを明確にした上で、党を導くことのできるリーダーが求められています。いや、そんな人物がいないから、こうなっているのか…。


KAZUYA YouTuber。1988年、北海道生まれ。2012年、『YouTube』に『KAZUYA Channel』を開設。著書に『日本一わかりやすい保守の本』(青林堂)・『バカの国 国民がバカだと国家もバカになる』(アイバス出版)等。近著に『日本人が知っておくべき“日本国憲法”の話』(ベストセラーズ)。


キャプチャ  2017年8月10日号掲載

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ジャンル : 政治・経済

【Deep Insight】(35) 暴走ウーバー、革新どこへ

嘗てないメガベンチャーを生み出した起業家は、どんな存在として産業史に名を残すのか? ライドシェア(相乗り)サービス最大手『ウーバーテクノロジーズ』の創業者であるトラビス・カラニック氏(40)が、CEOを辞任した。社員のセクハラ被害、技術盗用疑惑、自身の暴言――。問題が次々と噴出し、主要株主の投資会社に退任を迫られた。「兎に角、進め」と叫ぶ前のめりの経営姿勢が、荒れた社風の元凶とされた。同社は、スマートフォン時代を象徴する成功物語とみられてきた。企業価値は推定680億ドル(約7兆7000億円)と、未上場ベンチャーで断トツ。電気自動車メーカー『テスラ』の時価総額を上回る。確かに、世界に与えた衝撃は大きい。移動したい人と運転で稼ぎたい人を瞬時に繋ぐ交通手段は斬新で、シェア経済の潮流を決定付けた。隙間時間を生かす“ギグ”と呼ぶ働き方の可能性も示した。直接競合するタクシー業界だけでなく、自動車メーカーにも無視できない存在になった。「もう車を所有しなくていいのでは?」との消費者意識の高まりが背景だ。ロサンゼルス出身のカラニック氏は、攻撃的な起業家と言える。1990年代末に設立したファイル共有サービス会社は、著作権侵害で訴えられて頓挫。雪辱を期し立ち上げた別の会社は、2007年、2000万ドル近くで大企業に売却した。2009年創業のウーバーでは、規制当局と衝突し、待遇を巡って運転手と対立する場面もある。ウーバーはそれでも世界で利用され、乗車回数は5月に累計50億回に達した。交通渋滞が無く、通勤コストが低い都市づくりや環境保護といった同氏のビジョンには、共感できる部分が多い。CEO辞任が決まると、復帰を求める署名運動が始まり、1100人以上のウーバー社員が賛同した。それだけに、カラニック氏が足場固めを怠り、荒っぽいハンドル捌きで自滅したのは悔やまれる。「万能なスーパー経営者であるべきだった」と言いたいのではない。革新的な起業家たちは、常識外れ・型破りの異端児が珍しくない。「経営には興味がない」と言い切る技術オタクさえいる。にも拘わらず、経営が回り、社会と向き合えるのは、チームプレーの知恵を働かせているからだ。日々の事業運営を支える人材を幹部に受け入れ、自らの経験不足や苦手分野を補う。例えば、『Google』の創業者2人は、IT業界のベテランに長らくCEOを任せた。『Facebook』でも、創業CEOがGoogleから最高執行責任者(COO)を迎え、教えを請うた。

「耳の痛いことを言ってくれる人を近くに置き、話を聞く。起業家にとって、それが非常に重要だ」。ゲーム分野等で起業を経験し、起業支援会社『Mistletoe』(東京都港区)の社長を務める孫泰蔵氏は、そう実感している。カラニック氏が漸く問題を自覚し、動いたのは先月半ば。「ウーバー2.0の為には、トラビス2.0に取り組み、相応しいリーダーにならなければならない」。一旦休職し、自ら経営チームを築きたいと表明した。しかし、投資家たちは納得せず、完全に退くよう引導を渡した。その投資家たちにも責任はある筈だ。ベンチャーの専門家として有効な助言や対策をもっと早く打ち出せなかったか? 孫氏は、「カラニック氏が全部悪い訳ではない。投資家や従業員を含め、皆に反省すべき点がある」とみる。スマホ等のITが浸透し、相当な速さで事業をグローバル化できるようになった。野心的なアイデアを持つ起業家が、思う存分腕を振るえる時代だ。だからこそ、慎重に体制を作らないと暴走する。ウーバーとカラニック氏はどこに向かうのか? 『Apple』と前CEOのスティーブ・ジョブズ氏の歩みが、考えるヒントになる。「勝手な振る舞いで会社を混乱させた」と他の経営陣に糾弾され、ジョブズ氏がAppleを追われたのは1985年。同社はプロ経営者らを次々トップに据えるが、競争力を失い続け、破綻寸前に陥った。救ったのはジョブズ氏だ。1997年にCEOとして復帰し、ヒット商品を連発。病で世を去る2011年には、時価総額で世界首位に上り詰めた。Appleからの教訓は2つある。先ず、申し分のない経歴の経営者が革新を担えるとは限らないこと。ウーバーは新規株式公開(IPO)が取り沙汰され、後任のCEOには“安全運転”のできる経験豊かな人物が選ばれる可能性が大きい。ただ、いい意味でのアグレッシブさまで削がれれば、凡庸な会社になってしまいかねない。もう1つは、自分が興した会社を追放されるような問題児も進化できると示したことだ。独自の美意識や完璧主義のジョブズ流は不変でも、優れた仲間の意見に耳を傾ける姿勢が“スティーブ2.0”にはあった。現CEOのティム・クック氏らとの連携無しに、アップル躍進は語れない。「(追放は)苦い薬だが必要だった」。ジョブズ氏は後に振り返っている。カラニック氏はどうか? 一先ず、ウーバーの取締役には残るという。CEOに返り咲く日が来るか、別の会社を興すのかはわからないが、起業家としての真価を問われるのは、表舞台から一歩引くこれからだ。「難問の解決にワクワクするタイプ」と嘗て自己分析している。スマホ時代の徒花か、偉大な変革者なのかは、逆境下での今後の振る舞いが決める。 (本社コメンテーター 村山恵一)


⦿日本経済新聞 2017年7月5日付掲載⦿

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