日本国憲法は今日、1947年の施行から76年を迎えた。憲法改正に前向きな自民、公明、維新、国民民主の“改憲四党”が衆参両院で3分の2議席を占める中、国会で改憲に向けた議論が徐々に進んでいる。だが、政治日程を見定めながら改憲発議、国民投票まで進めることは容易ではない。首相就任から1年半、“リベラル色”が強いと言われる岸田文雄首相が、改憲に踏み込むか否かが今後の焦点となる。 (取材・文/政治部 加藤明子・木下訓明)
先月25日の夕方、東京都内のホテルの宴会場で、自民党憲法改正実現本部の会合が開かれた。岸田首相が到着すると、古屋圭司本部長はマイクを握り、昨年の首相の発言を紹介した。「1年前の会合で、『私はリベラルと言われているが、誰もなし得なかった憲法改正を自分の世代でしっかり実現したい』とはっきり言われた。改めて激励の言葉をいただきたい」。古屋氏からマイクを受け取った首相は「私の語ることはもうなくなってしまった」と苦笑したが、「(2021年の)総裁選で、任期中に憲法改正を実現したいと言って支持を頂いた。2回の国政選挙で公約の柱に掲げて勝った。憲法改正に対する思いは些かも変化していない」と、約70人の議員を前に強調した。岸田首相は、7年8ヵ月に亘って首相を務めた安倍晋三氏を強く意識してきた。安倍氏亡き後も、同氏の支持基盤だった保守層や最大派閥の安倍派の取り込みに腐心している。安倍氏が目指した、防衛費の大幅増や相手国のミサイル発射拠点等を叩く反撃能力(※敵基地攻撃能力)保有も決断した。ロシアのウクライナ侵攻が後押しした影響は大きいが、国民の間で反対論は広がらなかった。安倍氏や菅義偉前首相ほど政権運営が強引に見えないのは、リベラル色もいくらか寄与しているようだ。この点について、政権幹部が首相に「リベラルっていいですよね」と冗談めかして話しかけたが、首相は何も言葉を返さなかったという。首相が改憲に意欲を示すのも保守層を引き込む戦略の一環だが、その本音は見えない。首相周辺は「安倍氏ができなかったことをやろうとしているのではないか。憲法改正に道筋をつけることもあり得る」と話すが、党幹部は「首相は外交への関心は強いが、憲法は話題に上らない」と漏らし、改憲への思い入れは強くはないようだ。
だが、自民は着々と準備を進めている。岸田首相は、安倍氏が9条改正や改憲スケジュールを突然打ち出し、野党の猛反発を受けたことを教訓にしている。2021年の首相就任直後、党憲法改正実現本部の幹部に「野党が審議拒否しない環境づくりをしてほしい」と指示し、憲法審査会では野党と協調して国会運営にあたるよう求めていた。自民は、9条への自衛隊明記や緊急事態条項創設等、改憲4項目を纏めている。野党第一党である立憲民主党の賛同を得たい考えだが、同党が応じる気配はない。自民は新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、緊急事態時の国会議員の任期延長を認める改憲論議を主導し、昨年12月に衆議院憲法審(※右上画像、中央は森英介会長、撮影/竹内幹)で各党の論点整理が纏まった。しかし、今年4月以降は「究極の緊急事態は安全保障だ」等として、9条への自衛隊明記の議論に重心を移している。公明党は自民の動きについて、衆議院憲法審で「突然、9条が議論の中心となったことに唐突感を覚えた」と苦言を呈した。“平和の党”を掲げ、支持母体の『創価学会』は9条改正に否定的だ。山口那津男代表は「9条に手をつける必要はない」と明言している。公明は立憲民主を含む合意形成が“国民の理解”の目安と考えており、事実上、発議の前提条件としている。自民が立憲民主を切り捨てて発議へと突き進めば、公明が反対に回る可能性もある。野党は第一党、第二党で憲法改正に対する立場は分かれている。第一党の立憲民主は憲法改正に関して、立憲主義に基づき、国民の権利拡大に資する議論を積極的に行なう“論憲”のスタンスだ。先月28日に党本部で泉健太代表も出席した憲法対話集会。参加した支持者からは、「衆議院の憲法審査会は各党が主張を言いっ放しで、全然、論憲になっていない」「憲法審の議論で立憲民主の戦う姿勢が見られない」と厳しい意見が出された。立憲民主は2021年衆院選で議席を減らした為、枝野幸男氏が党代表を退いた。新代表となった泉氏は、憲法審での積極的な議論を掲げ、“枝野路線”との差別化を図った。その結果、昨年は通常国会、臨時国会共に衆議院憲法審の開催回数が過去最多となり、緊急事態時の国会議員の任期延長の議論が進んだ。立憲民主を巡っては、源流である旧民主党の時代から、憲法改正に対する意見が纏まらず、明確な見解を示すことはできなかった。立憲民主が論憲を掲げるのも、党として賛否を決めきれないことが背景にある。護憲派は、憲法審で議論が進展している現状に危機感を募らせている。参議院憲法審野党筆頭幹事の小西洋之議員は3月、毎週開催が定着した衆議院憲法審について、「毎週開催はサルのやることだ」等と発言して更迭された。立憲民主と維新は昨年秋から国会で“共闘”を始めたが、この発言で両党関係は急速に悪化した。立憲民主の憲法審メンバーは、「改憲への賛否をどちらかに決めれば、反対派が党を割りかねない」と指摘する。立憲民主の見解が曖昧なことが、憲法審で議論が深まらない一因にもなっている。党中堅は泉氏に、「次の衆院選では党の立ち位置をはっきり決めて下さい」と直談判したという。
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