【急展開の改憲論議】(03) 維新「政治は貸し借りや」

20170623 05
首相の安倍晋三(62)が憲法9条に自衛隊を明記する案を示した先月3日。北京にいた自民党副総裁の高村正彦(75)は、公明党副代表の北側一雄(64)に話しかけた。「この案なら公明党も乗れますか?」。北側は「今の自衛隊の枠を超える書き方だと困りますね」と理解を示しつつ、クギを刺した。幹事長代行の斉藤鉄夫(65)が自民党議員から安倍の考えを耳打ちされたのは、前日の2日だった。「あの話、言っていなくてすみませんでした」。同22日、安倍は首相官邸を訪れた代表の山口那津男(64)に謝った。「事前の意見調整は全く無かった」と党幹部は話す。党関係者は、「安全保障の話題は鬼門」と漏らす。2015年成立の安全保障関連法の際も、支持母体である『創価学会』の説得に手間取った。先月中旬の党役員会では、理解を示す意見と慎重論が交錯。山口は最後に、「軽々には言えないね。自民党の議論を見守ろう」と収めた。専守防衛に徹する自衛隊を担保する記述が、公明党の譲れない一線になる。

慎重な公明党と対照的なのが日本維新の会だ。同19日夜、大阪市の居酒屋。「総理から9条の発信があった。これまで時期尚早と言ってきたが、僕らも見解を纏めていい頃だ」。維新代表の松井一郎(53)は、酒を酌み交わしていた党法律顧問の橋下徹(47)に語りかけた。橋下も、「それでよいと思います」と応じた。同8日夜、赤坂の料亭『小みや』に維新幹事長の馬場伸幸(52)と自民党幹事長の二階俊博(78)らが集まった。話題は、大阪府が誘致を目指す2025年の『国際博覧会(万博)』。二階は上機嫌で、「細かいことはようわからんが、君らのいいようにしたまえ」と語り、誘致を後押しする考えを伝えた。維新議員は、「安倍さんの最優先課題は改憲、僕らは万博誘致。政治は貸し借りや」と話す。維新は同11日、共謀罪の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案の修正協議で、自公両党と歩み寄った。“自公維”の協調は改憲にも繋がる。23日、国会内で馬場、維新国対委員長の遠藤敬(49)ら幹部は、「改憲で僕らが後れを取るわけにはいかない」と確認した。互いに利用し合って信頼を高める。改憲は、将来の連立政権の枠組みにも関わる。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年6月15日付掲載⦿
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【天下の暴論2017】(09) 天下りが何故悪い?

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カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは1848年、『共産党宣言』で「共産主義という名の妖怪がヨーロッパを徘徊している」と高らかに謳い上げ、共産主義革命運動の号砲を鳴らした。しかし、この“妖怪”は「人類を圧政から解放し、真に自由で民主的な社会を作る」という表看板とは真逆の害悪を齎し続けた為、1世紀強の歳月の後、暴力と圧政とプロパガンダで体制を維持している一部の国を除き、殆どの国で“退治”されてしまった。ところが今や、共産主義よりもっとタチの悪いポピュリズム(大衆迎合主義)という名の“妖怪”が、政治・社会・文化他、この世の諸事百設を覆い尽くし、世界を席巻しつつある。共産主義はまだしも、統治者が掲げた“理想”の実現の為、国民大衆に苦痛や忍耐を強いたから、必然的に反作用としての反逆・反乱を生み、それが変革のチャンスに繋がった。しかし、ポピュリズムにおいては、政治権力や社会の諸分野の指導者が、国民大衆に物心両面の快楽を与えて支持を取り付け、自らの命脈を保とうとするから、反逆反乱を生みようがない。最後にどんと社会全体にツケが回ってくるまで、変革の機運は起き難いのである。ポピュリズムでは、ポピュリズムの極致とも言うべきナチズムにおいて、アドルフ・ヒトラーやヨゼフ・ゲッベルスが宣伝戦の鉄則としたのと同様に、指導層は大衆に対して理知的で難しい話は避け、あくまでも先ず大衆の感情に訴えるべく語らなければならない。また、特定の事象に対する大衆の怒りが単に“正義の仮面を被った嫉妬”に過ぎないと喝破しても、或いは自分の不幸や不運を全て社会や他人のせいにするルサンチマン(怨恨)に基づくものだとしても、大衆の無知や思慮の無さを指摘することなく、大衆に同調してみせなくてはならない。

メディアもまた、“上から目線”の誹りを受けることを恐れて、啓蒙の使命を放棄し、事の本質を掘り下げず、大衆の感情や劣情に訴える。「お客様は王様、読者は王様。王様のお好きなように」という訳だ。斯くして、窘め、叱責する者のいなくなった無敵の大衆は、社会が破滅や衰退への道を歩んでいても、破局の寸前まで気が付くことはないのである。破局したらしたで誰かのせいにするのだろうが。そして、ポピュリズムに慣れた指導者やメディア自身も、軈てそのポピュリズムに染まった政策や論理を、大衆と同様に正義と信じ込むようになる。即ち、「大衆の意志に従うことこそ民主主義的なのだ」と。不特定多数の、匿名の、思慮浅く、個々は責任を取らない巨大なマスとしての大衆。それが醸し出す“気分”に、責任ある者が依拠するのだ。まさに、民主主義こそポピュリズムの母である。民主主義は衆愚政治と紙一重であり、民主的社会は容易に衆愚社会に転化する。国民大衆と指導的な層の双方を愚昧にしかねない危険なシステムなのである。当面、替わるものが見当たらないとしても…。昨今、文科省官僚が早稲田の教授に転職した一件がきっかけで、天下の大罪のように論われている、所謂“天下り”批判も、筆者に言わせればポピュリズムの一典型だ。無論、官僚の民間への転職が明白且つ違法な利益供与と裏腹であったり、嘗て指弾された、関連団体の役職を渡り鳥のように渡り歩き、高額の報酬と退職金を得るようなケースを容認するつもりはない。しかし、天下り批判大合唱の基低部分に、理非曲直を問わず、法の適否を問わず、高級官僚が民間へ転職すること自体が本来的に悪だと決め付ける大衆心理への迎合が窺えて不快なのだ。天下り批判記事における識者のコメントも、いつもながら滑稽である。「(天下りは)官と民の癒着が疑われる」から宜しくないというのだ。疑われる? 誰に? 国民大衆にとでも言いたいのであろう。法治国家は、明白な違法行為が証明されて初めて処罰が行われる。にも拘わらず、“大衆に疑われる”だけで宜しくないと言っているのである。そこに識者としての矜持は無い。「官は悪」「官は特権階級で、いい思いをしているに違いない」という大衆の思い込みに媚びているのだ。抑々、高級(キャリア)官僚とは何か? 戦前は高等文官、戦後暫くは国家公務員上級職、現在は国家公務員Ⅰ種等と名前は変わってきたが、要するに国家公務員試験の最難関コースに合格し、国家行政の中核を担う人材とされている国家公務員である。門閥・血統・貧富を不問とし、試験の優劣のみで登用され、その運営に高度な知識と見識を要求される、近代国家に不可欠な存在である。

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【ビジネスとしての自衛隊】(06) 自衛隊に戦死者が出る日

20170622 12
自衛隊による南スーダンでの『国連平和維持活動(PKO)』は、現地の治安情勢が危険になる中で撤収が決まった。PKOの現場の危険度は、以前よりかなり増している。駆け付け警護の任務も付与され、自衛隊員が死傷するリスクは高まってきた。自衛隊の前身である警察予備隊以来、自衛隊の殉職者は昨年10月までで1909人に上るが、敵対勢力との戦闘による“戦死者”は未だいない。東京都新宿区市ヶ谷のにある防衛省の一角に、殉職した自衛隊員を追悼するメモリアルゾーン(※右画像)がある。大臣を始め、防衛省の幹部が離着任する時には必ず献花が行われる場所だ。設けられたのは1998年だが、現在の形に整備されたのは2003年のこと。

この年の暮れから自衛隊のイラク派遣が始まった。防衛省・自衛隊が隊員の犠牲を本当に覚悟したのは、2003年からのイラク派遣以降だろう。活動地域は“非戦闘地域”とされたが、現地の陸上自衛隊部隊は武装勢力の攻撃に幾度も曝された。最大の脅威は仕掛け爆弾で、任務に当たった陸自幹部は「『若し手足のうち2本以上が吹き飛んでいたらとどめを刺してくれ』と同僚に頼んでいた」と振り返る。それだけ緊迫した状況だったのだ。死者が出なかったのは僥倖という他ない。この間、防衛省では死者が出た場合のシミュレーションが周到に行われた。「陸自部隊が攻撃され、数人が死んだ」という想定の下で日曜に緊急呼集をかけ、秘密訓練も実施した。葬儀会場に想定した『日本武道館』の空き状況、記者会見の段取りや遺族への対応等、検討事項は多岐に亘った。現在では、政府は実務面では戦死者発生への準備を終えていると見ていいだろう。だが、その認識が国民と共有されているとは言い難い。リスクの存在と対策に目を向けず、自衛隊の任務を拡大するばかりでは、現場の隊員に矛盾を押し付けることになる。 (取材・文/本誌編集部)


キャプチャ  2017年5月13日号掲載

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【急展開の改憲論議】(02) 自民憲法族「妥協が必要」

20170622 03
先月12日、自民党憲法改正推進本部のインナー会合。首相補佐官の柴山昌彦(51)の発言に、室内は静まり返った。「憲法改正論議は、高村さんと北側さんのパイプを生かすべきだ。これは首相官邸の意向です」。視線の先には、これまで党内の改憲論議を主導してきた本部長の保岡興治(78)や、本部長代行の船田元(63)らの姿があった。柴山が名前を挙げたのは、党副総裁の高村正彦(75)、公明党副代表の北側一雄(64)。安全保障関連法の与党内の取り纏めを担い、調整力には定評がある。一方、長年憲法問題に携わり、与野党協調路線に重きを置く“憲法族”と呼ばれる保岡や船田にとっては、戦力外通告を受けたに等しい発言だった。今月6日、党本部5階。推進本部の幹部会合は、態勢を強化して再スタートを切った。メンバーには、幹事長代行の下村博文(63)ら首相の安倍晋三(62)に近い議員も数多く名を連ねる。保岡は、安倍から「今後も推進本部の指揮を執ってほしい」と言われたことを周囲に漏らす。

だが、早期改憲派が主導権を奪おうとしているのは明らかだ。この会合で、憲法9条に自衛隊を位置付けるとする安倍の提案に噛み付いたのは、前地方創生担当大臣の石破茂(60)。自民党が野党時代の2012年に纏めた改憲草案の存在を挙げ、「草案の扱いをどうするか、先ず議論しなければならない」と訴えた。石破の隣に座っていた高村は目も合わせず、「その件は何れ考えればよい」と一蹴した。ただ、改憲の実現には、石破ら反主流派の取り込み策も欠かせない。“石破対策”の1つは、党が打ち出した改憲4項目に入れた参議院の“合区”解消だ。石破は合区が実施されている鳥取県の選出で、合区に反対する。先月31日、高村は保岡と今後の進め方を巡って話し合った。高村は「合区解消が実現するかどうかは参院の努力次第だ」と語った上で、「改憲論議では彼らに配慮する必要がある。合区を議論しないと党内は纏まらない」と強調した。保岡は最近、周囲に「憲法改正には大いなる妥協が必要だ」と度々説いてみせるようになった。安倍の固い決意を受け入れ、できるだけ早く着地点を探らなければならない。自民党内の早期改憲派に配慮すれば、野党との擦り合わせは難しい作業になる。黄昏の憲法族――。これまで築き上げた協調路線は、岐路に立っている。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年6月14日付掲載⦿

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【PKO法25年】(下) 先進国、派遣に消極的

20170622 01
「国連加盟国の支払い能力は、決して無限ではない。国連予算は効率的・効果的に使われなければならない。元々は加盟国の納税者が支出したものだからだ」――。先月11日、ニューヨークの国連本部で行われた国連総会第5委員会。主に開発途上国から、割り当てられた『国連平和維持活動(PKO)』負坦金の迅速な支払いを求める声が相次ぐ中、日本の国連代表部の今田克彦参事官はクギを刺した。政府が“血税”の重要性を強調するのは、PKOの肥大化とコスト増が目に余る為だ。国連が展開しているPKOは現在16件で、昨年度の予算総額は78億7400万ドル(約8740億円)。大規模ミッションの新規設立や要員増加等で、この15年で予算規模は3倍以上に膨れ上がった。負担率9.7%の日本は7億6200万ドル(約846億円)を拠出し、アメリカ(負担率28.6%)や中国(同10.3%)に次ぐ3番目の負担国だ。PKO予算の効率化の議論は、アメリカのドナルド・トランプ政権による国連予算の削減方針で加速しそうだ。同国のニッキー・へイリー国連大使は「アメリカの納税者に不公平だ」と疑問を投げかけ、「PKOの有効性を個別検証すべきだ」と主張。今年1月に就任したアントニオ・グテレス事務総長も、アメリカの主張に足並みを揃えるように、PKOの効率化を明言した。トランプ政権の予算削減方針が、国連に自己改革を迫った。PKOでは、財政負担より兵員派遣の規模が、各国の貢献の指標として評価される傾向が強い。財政面で多大な貢献をしている日本が長らく自衛隊派遣に拘ってきたのも、この為だ。

しかし、PKOは停戦監視を主要な任務とした過去からは変質し、近年は南スーダンのように治安維持が困難な地域での“文民保護”の比重が増している。PKO側が一定の武力行使を辞さない傾向を強めた結果、犠牲者が増え、日本を含む先進国は部隊派遣に消極的になっている。実際、現在のPKOは16件の内、9件が治安の不安定なアフリカに集中しており、防衛省幹部は「これらの地域で日本がPKO参加5原則を満たす任務を見い出すのは簡単ではない」と打ち明ける。政府は、治安が比較的安定しているキプロスやレバノンへの部隊派遣の可能性を探っているが、国連は両国への追加派遣は求めていないのが現状だ。一方、途上国にとってPKOの人件費は重要な外貨獲得手段だ。国連はPKOの人件費として、派遣兵員1人あたり1300~1400ドル程度を支給しているとされる。この為、途上国はリスク承知で多くの兵員を派遣している。PKO協力法が成立した1992年は、1位フランス、2位イギリスだったが、今年2月末時点では、8321人のエチオピアをトップに、インド、パキスタンと続く。日本は272人で54位だが、先月27日に南スーダンの部隊撤収を終えたことで、自衛隊の派遣は司令部要員4人だけとなった。近年、問題視されているのが、途上国の部隊の“質”だ。派遣先で犯罪等問題行動が多い他、専門教育を受けていない為、施設部隊の能力も先進国より劣っているとされる。先進国の中でも、陸自施設部隊は道路補修や用地造成等優れた能力を持っていると定評がある。陸自は、先月29日からケニアの首都・ナイロビで、タンザニア軍の施設要員に重機操作を教える訓練を始めた。同様の取り組みは、2015~2016年にもケニア軍等を対象に行われた。安倍首相が2014年9月の国連会合で、アフリカでのPKOの為に「重機等の装備品供写と各国要員への操作教育をパッケージで行っていく」と表明したことを実現したものだ。自衛隊の部隊派遣が途切れた今、“積極的平和主義”を掲げる安倍政権は、どのようにPKOに関わっていくのか。国連の別所浩郎大使は、こう語る。「新たな部隊派遣もあり得るが、PKOの質的向上を図ることでも日本は貢献できる」。

               ◇

政治部 石田浩之・岡部雄二郎/社会部 大野潤三/ニューヨーク支局 橋本潤也が担当しました。


⦿読売新聞 2017年6月19日付掲載⦿

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【PKO法25年】(中) 駆けつけ警護、新たな一歩

20170621 03
「ラッセラー、ラッセラー」――。今年1月28日、陸上自衛隊施設部隊が『国連平和維持活動(PKO)』を行う南スーダンの首都・ジュバで開かれた第2回全国スポーツ大会。南スーダン各地の様々な部族の選手が参加する中、笛や太鼓の響きに合わせて青森ねぶたのかけ声がこだました。声の主は、青森市の陸自第9師団を主体とする第11次隊の隊員。高さ約1.5mのねぶたも登場し、大会に花を添えた。大会が行われたグラウンドは昨年、陸自部隊等が整地し、第1回大会の開催にこぎ着けた。部族対立に苦悩する南スーダンにとって、国家の“結束”を象徴する大会であり、陸自部隊はこれに貢献した。南スーダンでの活動は、施設部隊のPKOでは過去最長の5年4ヵ月に及んだ。計約260㎞の道路を補修し、用地造成は約50万㎡に達した。こうした実績に加え、昨年3月に施行された安全保障関連法で可能となった“駆けつけ警護”と“宿営地の共同防護”の新任務を初めて担ったことで、「歴史的な意義」(安倍首相)を持つ派遣となった。「町の地図を頭に入れて、色んな場面を想定しながら訓練していた」。昨年11月に派遣された第11次隊の田中仁朗隊長は、現地での駆けつけ警護の訓練についてこう語った。田中隊長は着任後、国連部隊幹部に新任務付与を説明した。しかし、その回答は「(駆けつけ警護を)施設部隊の日本に頼むことはない」。それでも、新任務実施の可能性は低くとも、不測の事態に備え、実弾を使った訓練を宿営地内で毎週繰り返した。今年1月には、宿営地の共同防護について、陸自部隊が参加できるよう計画を見直す会議にも参加した。田中隊長は、「どういう仕組みで宿営地の共同防護をするのかを理解できた。収穫だった」と振り返った。

20170621 04
新任務付与は、昨年7月、ジュバの情勢が緊迫した為、すんなりとはいかなかった。日本政府は「治安は比較的落ち着いている」と訴えたが、野党は国会で「駆けつけ警護を付与したら自衛隊のリスクが高まる」と攻め立てた。政府は昨年11月、漸く新任務付与を決めたが、同時に、駆けつけ警護は“極めて限定的な場面”で実施することや、安全が確保できない場面の部隊撤収を明確化した。だが2月になると、部隊の日報等から、昨年7月に陸自部隊が極めて厳しい状況に置かれていたことが判明した。「直射火器の弾着を確認」「宿営地5・6時方向で激しい銃撃戦」――。自衛隊幹部によると、最も緊迫した際には「宿営地の上空を銃弾が飛び交った」。同じ宿営地のルワンダ隊が攻撃を受け、隣のバングラデシュ隊が応戦する場面もあった。陸自部隊は、へルメットと防弾チョッキを着用して屋内に退避した。今年3月、野党が日報問題を国会で激しく追及する中、政府は活動に“一区切り”がついたとして撤収を発表した。新任務付与から僅か4ヵ月後の決定だった。新任務を実施しないまま、先月27日、部隊は撤収を完了した。駆けつけ警護が可能となったが、課題も残る。安保関連法では、駆けつけ警護を妨害する者への任務遂行型の武器使用が認められたが、自衛隊関係者は「現実的には警告射撃が新たに可能となっただけ」と口を揃える。警告無しで相手に危害を加える射撃ができる他国軍との差は、依然として大きい。最近のPKOは、停戦監視や国造り支援よりも文民保護が主体となり、リスクが増しているのも現場の自衛隊員にとっては懸念材料だ。自衛隊幹部は、こう語る。「文民保護中心のPKOへの派遣なら、武器使用基準の更なる緩和が望ましい。だが、世論を考えると容易ではなく、そこが壁になる」。


⦿読売新聞 2017年6月15日付掲載⦿

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【急展開の改憲論議】(01) 首相「一発勝負でやる」

安倍首相が、2020年までの新憲法施行の目標を打ち出し、改憲論議は新たな局面を迎えた。改憲を巡る与野党の動きを追う。

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今年4月7日夜、首相の安倍晋三(62)は首相公邸に、旧知の国会議員を秘密裏に呼んだ。「これ、余っているから食べてよ」と差し出した寿司を摘みながら、話題は憲法改正に及んだ。「9条に1項と2項を残したまま、自衛隊を書けばいいんだよ」。安倍はワインを傾け、改憲の具体論に言及した。同じ頃、ある保守系議員が安倍の目指す改憲項目について、「9条3項ですか?」と探りを入れると、安倍は頷いた上で強調した。「『安倍は憲法改正をやらない』と言われているだろうけど、やる。一発勝負だ。国民のハートに訴えるものじゃなきゃダメだ」。与野党の協調を優先し、“急がば回れ”の姿勢を取っていた安倍。論議の遅れに苛立ち、攻勢に出る腹を固めた。先月3日の憲法記念日。施行から70年を迎えた節目の日に、安倍は『日本会議』系の保守派団体が共催する集会にビデオメッセージを寄せた。「少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、『自衛隊が違憲かもしれない』等の議論が生まれる余地を無くすべきだ」。9条改正の“本丸”に取り組み、2020年の施行を目指す考えも示した。安倍は例年、大型連休中に長期の海外出張に出る。今年もロシアとイギリスを訪問するのに合わせ、外務省が北欧4ヵ国を訪れる日程を調整したが、北欧は見合わせ、憲法記念日に国内に留まる選択をした。ビデオ収録は同1日の午後。首相公邸にカメラをセットし、自身が完成させた原稿が流れるプロンプター画面を見据え、9分間、淀みなく語った。「ずっと前からこのタイミングを計っていた。5月3日しかなかった」。安倍は後日、親しい友人に話した。

自衛隊を明記する案の着想は、集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法の論争に遡る。国会論戦が激しさを増した2015年夏、安倍は愕然とした。「どうしてこうなるのかな?」。自衛隊を違憲とする憲法学者が多い調査結果を見た。自衛隊を違憲とする記述を教科書で見つけた自衛隊員の子供が、親に理由を尋ねた話も聞いた。2016年夏の参院選に勝利し、衆参で改憲勢力で発議に必要な3分の2以上の議席を確保。環境は整った。連立政権を組む公明党をどう巻き込むか。支持母体の『創価学会』は、9条改正に慎重論が強い。橋渡し役を務めたのは、公明党前代表の太田昭宏(71)だ。第1次安倍政権で与党党首としてタッグを組み、波長が合う。安倍と定期的に会う中で、「自衛隊を加憲の対象とするのが党の考え方だ」と伝えた。「自衛隊を位置付ける条項を加えるだけなら公明党も呑める」と、安倍は受け止めた。反対する可能性があるのは保守派だった。抑々、“戦力の不保持”を定めた9条2項の削除を筋とする。「自民党で一番の保守強硬派の私が言うのだから、『それなら仕方がない』となる」。安倍は先月中旬、知人との会合で打ち明けた。安倍には保守派の論客から賛意が届いている。安倍が改憲を打ち出したのは、自民党総裁の3選と、2021年秋までの首相続投を睨んだ政権浮揚の意味もある。「くだらないことで時間を無駄にしたくない」。今年4月、国会で『森友学園』問題を巡る野党の追及が続く中、安倍は公邸で側近議員に弱音を吐いた。側近は、「ポスト安倍が改憲してくれるとは限らない。佐藤がどうだったか、思い返すべきだ」と発破をかけた。安倍の祖父・岸信介は首相当時、改憲を目指した。実弟の佐藤栄作は、首相に就いても改憲には取り組まず、実兄の期待に応えなかった。側近は、「衆参で改憲勢力で3分の2以上の議席があるのに、改憲を狙わない選択肢は無い」と代弁する。先月12日、安倍は自民党本部で党憲法改正推進本部長の保岡興治(78)と向き合った。「国民にわかり易い具体案で、できるだけ早く纏めて下さい」と、党の改憲原案を年内に取り纏めるよう指示した。今月6日の同本部の会合では、憲法への自衛隊の明記等4項目を軸に、原案作りを進める方針を決めた。だが、どのテーマも衆参両院の3分の2を確実に得られるとは言い切れない。「2012年の党改憲草案はどうなりましたか?」。“ポスト安倍”を狙う石破茂(60)は同日の会合で、安倍主導の議論を牽制した。来年の自民党総裁選や衆院解散・総選挙の時期も絡み、安倍の改憲戦略が奏功するか見通せない。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年6月13日付掲載⦿

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【PKO法25年】(上) 制度上の不備、埋め続け

明日15日で、国連平和維持活動(PKO)協力法成立から25年を迎える。自衛隊は世界各地で活動し、国際的な評価を高めてきた。昨年3月に施行された安全保障関連法により、“駆けつけ警護”等の新任務が可能となり、活動の幅も広がった。これまでの歩みや、今後の課題を報告する。

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1992年6月15日夜、PKO協力法は193時間16分に及ぶ審議と野党の徹底抗戦の末に成立した。「国会の周辺には連日連夜、自衛隊の海外派兵に反対する声がこだましている。軍国主義復活に対する懸念と不安は、急速に高まっている」。成立2日前の13日、後に首相として“自衛隊合憲”に転じた社会党国会対策委員長の村山富市氏は、徹夜明けの衆議院本会議で声を張り上げていた。衆院議長不信任決議案等の連発や牛歩戦術を通じ、成立まで連日繰り広げられた与野党攻防の一幕だ。1991年の湾岸戦争で日本は多額の財政支援を行ったが、自衛隊を派遣しなかった為、国際社会から「カネは出すが汗はかかない」との批判を浴びた。自衛隊の国際貢献を可能とする為、政府が目指したのがPKO協力法の成立だった。賛同した野党の公明・民社両党の協力を得る為、武器使用の制限を含む厳格なPKO参加5原則の導入や後方支援業務への限定等、法律の内容は大幅に抑制された。それでも国論は二分され、成立直後の読売新聞の世論調査では、「評価する」が44%、「評価しない」は47%だった。成立から3ヵ月後の1992年9月、道路整備等を担う陸自施設大隊約600人が、初のPKOに派遣された。内戦終結後のカンボジアで停戦監視や総選挙にあたった『国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)』だ。「ポル・ポト派が潜伏しているかもしれない」。大隊長・渡辺隆氏の元には、武装勢力の動向に関する報告が度々入り、現地では強盗事件も多発していた。当時の法律では、自衛官は自らの命を守る為にしか武器を使えず、国連スタッフらが襲撃された場合に助ける“駆けつけ警護”は許されていなかった。渡辺氏は、「『いざとなったら腹を切るつもりでやるしかない』と思っていた」と当時の緊張感を振り返る。

懸念された事態は、翌年の1993年に現実のものとなる。4月に国連ボランティアの日本人男性が、5月には日本の文民警察官が、其々凶弾に倒れた。「これ以上犠牲者が出たら撤退せざるを得ない」。警察官襲撃の一報を受けた河野洋平官房長官が苦渋の表情で呟いたのを、官房副長官だった石原信雄氏は鮮明に覚えている。それでも当時の政権が踏み止まったのは、カンボジアの将来を左右する総選挙開始を直後に控える中での「日本の責任」(石原氏)があったからだ。難題は、選挙時に投票所に配置される日本の選挙監視員の安全確保だった。自衛隊に警護の権限が無い中、政府が編み出したのが“情報取集目的の巡回”。「道路補修をする上で必要な治安情報を集める名目で、隊員が投票所を回り、万一襲撃があれば自らの命を守る目的で武器を使って反撃する」というものだ。宮沢喜一首相が自ら国会答弁で「非常に緊迫した状況下で、『憲法・法律の許す範囲でベストを尽くせ』と指示している」と述べたように、ヤマ場を乗り切ったのは法律すれすれの窮余の策だった。その後も法律の制約で、ギリギリの判断を迫られる場面はあった。2002年12月には、東ティモールで活動中の陸自部隊が現地の暴動に巻き込まれた日本人を保護したが、「人道的見地による緊急避難」という苦しい説明を強いられた。時の政府も対策を講じてきた。2001年には武器使用基準を緩和して防護対象を広げる改正PKO協力法、2006年にはPKOを“本来任務”に位置付ける改正自衛隊法、2015年には駆けつけ警護や宿営地の共同防護を認める安全保障関連法が成立した。PKO25年の歩みは、制度上の不備を一歩一歩埋める作業でもあった。PKO協力法に基づく自衛隊の派遣は、これまでにPKO9件、人道救援活動5件。延べ約1万2000人の隊員が参加し、国際社会から高い評価を得てきた。この間、隊員は1発の銃弾も撃たなかったが、治安悪化で“PKO参加5原則”の実効性が問われる場面もあった。物資輸送等を担ったゴラン高原での活動は計17年に及んだが、シリア内戦の激化に伴い2013年に撤収。政府は「5原則に抵触する武力紛争ではない」としつつ、隊員の安全確保が困難になったことを理由に挙げた。先月、司令部要員を残して部隊の撤収が完了した南スーダンでも、自衛隊の宿営地周辺で激しい銃撃戦が起きる等、緊迫した状況が度々生じた。 (※肩書きは当時)


⦿読売新聞 2017年6月14日付掲載⦿

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【徹底解剖!東京都庁】(04) 課長でも“行き場無し”続出! 意外に甘くなかった都庁の天下り事情

出世した幹部職員にだけ約束された都庁の“天下り”。数多くある外郭団体への再就職の実態と、言われているほど甘くない職員たちの“本音”をお届けする。 (取材・文/本誌編集部)

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世間でいつも問題視される公務員の“天下り”。システム化された幹部の再就職を天下りと呼ぶのであれば、都庁にも厳然と天下りが存在する。ただ、初めに断っておけば、そのレベルは国家公務員と比べて規模が小さい。中央省庁の国家公務員キャリア組の場合、定年近くまで勤めれば、先ずほぼ全員が何らかの形で天下り先を世話してもらえる。それも、次官級であれば年収2000万~3000万円のポストを数年間宛がわれ、更に退職金も数千万円。それが2~3セット続くのだから、まさに天国だった。謂わば、入省した時から天下りが約束されているキャリア組。そして、ノンキャリでも課長までいけば、何らかの小さなポストは確保できる。これが国家公務員の“役得”である。都庁の場合、確実に天下りできるのは部長級以上となる。部長以上に出世するのは全職員の3%未満だから、これは相当大変である。殆どの職員は天下りとは縁が無いのである。また、現職時代より給与の高いポストは先ず無い。“再就職先の待遇は概ね現役時代の7割程度”という暗黙のガイドラインがあり、課長級なら年収700万~800万円を2年間。部長・局長なら年収1200万~1500万円を2年、2回というのが相場とされている。東京都は2005年度より、局長以上の幹部の再就職状況を公表してきたが、2011年より課長級以上に公表対象を広げ、ホームページに氏名を掲載している。直近(※平成27年8月1日~平成28年7月31日に退職した課長級以上224人)の退職者を見ると、部長で4割、課長で5割以上が“再任用”か“未就職”となっていることがわかる。

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「平成28年は例年に比べ退職者がかなり多く、再就職のポストに空きが無くなっている。その結果、課長でも遅くに昇進した人等は、再任用という形で押さえ込まれ、天下りはできなくなった。石原知事時代、或いはそれ以前にはもっと派手に天下りが横行していましたが、批判が高まって相当縮小されたのです」(都政担当記者)。都は2010年に“都庁版人材バンク”の設置を表明。民間からの求人と、適材と思われるOBのマッチングをスタートさせると同時に、退職した職員が現役職員に働きかけること(※退職前5年間の職務に関するもの)を一定期間禁じる等の規制を打ち出した。再任用の場合、給与は定年退職時の7割とも言われるが、「それは上限であって、実際の給付水準は6割以下のことが多く、天下りできたほうが基本的に待遇はいい」(都庁職員)というから、中々大変である。左上表は、NPO法人『万年野党』が、東京都の過去5年間(※2011~2016年)における都庁課長級以上の職員の天下りを纏めたものである。同じような名前の団体がずらりと並ぶが、これらは皆、長年に亘って都が開拓・キープしてきた天下りの受け皿で、基本的に課長級以上の職員が定年退職後に再就職する法人・企業である。再就職先には“管理団体”・“報告団体”・“公益団体”・“民間企業”等があるが、簡単に言うと、都との結び付きの強さでその分類が変わってくる。管理団体とは、都が25%以上出資している団体や、継続的な財政支出・人的支援を行っている団体の内、全庁的に指導監督を行う必要がある団体を指す。報告団体は、同じく都が出資していて、運営状況の報告のみを受けている団体。公益団体には、公益財団法人・一般財団法人・社会福祉法人等が含まれる。都庁の職員が登り詰める最高到達点は、都のナンバー2である“副知事”だが、このポジションはやはり別格で、『東京信用保証協会』理事長や『東京メトロ(東京地下鉄株式会社)』副社長、或いは『東京臨海ホールディングス』社長といった年収1500万~1800万円クラスの天下りポストが用意される。昨年、副知事で退職した前田信弘氏は東京臨海ホールディングス社長に納まったが、これは『ゆりかもめ』や『東京ビッグサイト』等を統括する持株会社だ。大株主は東京都知事(約85%)という、まさに東京都の直営会社である。副知事ともなれば、退職後10年は何らかの形で関連ポストが用意されるというから、これは中央省庁の次官とそう変わらない待遇と言っていいだろう。「基本的に、天下りポストは生活保障の装置ですから、仕事は誰がやろうが変わりませんし、判子を押していれば後は何もしなくていい。副知事クラスの天下り先はそこそこ規模も大きいので、何かと忙しかったりするが、報告団体や地味な公益法人等ではこれといった仕事も無く、まさに余生を過ごすのは最高の舞台です」(前出の都政担当記者)。

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安倍首相と慶應義塾大学医学部との“ズブズブな関係”――“カネと要職”超優遇で歪む医療研究、母校に利益誘導する厚労官僚も

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学校法人『森友学園』(大阪市)に国有地を破格の価格で売却、岡山市の学校法人『加計学園』が愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画への政治的な関与――。安倍晋三首相は学校や教育を巡る問題で追及されたが、その陰で、日本の私立医学教育の雄である慶應義塾大学医学部と首相の濃密な間柄は殆ど知られていない。結節の象徴は、安倍政権が医学研究の司令塔として、2015年4月に鳴り物入りで創設した『日本医療研究開発機構(AMED)』のトップ人事である。初代理事長は、慶大医学部長を務めた末松誠氏。AMEDは、日本の医療分野の研究開発を一元管理して、基礎研究から実用化までを切れ目なく支援するのが目的。これまで、文部科学省・厚生労働省・経済産業省各省に計上されてきた医療分野の研究開発予算を集約し、オールジャパンで医薬品創出や医療機器開発を差配する総元締めである。その理事長に末松氏が登用された際、医療ジャーナリストの間では「首相サイドの恣意的な人事だ」との声が渦巻いたが、慶大ブランドも手伝ってか、この抜擢は一般にあまり批判されなかった。政府がAMEDに配分した今年度の事業予算は1265億円にも上り、国家プロジェクトとして位置付けられる。それだけに、AMEDのトップの権限と発言力は絶大である。末松氏がAMEDの初代理事長に内定した際、この人事を背後で取り仕切ったのは、2014年9月の内閣改造で内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)に留任した慶大OBの甘利明氏だった。末松氏を推した背景には、首相と末松氏が率いる慶大医学部グループとの深い結び付きがあり、「甘利氏は首相の意向を“忖度”したに違いない」と内閣府関係者は推察する。

首相と慶大医学部の関係の始まりは、首相が未だ10代の時に潰瘍性大腸炎を発症したことだ。それ以来、30年以上も慶大病院で治療を受けている。長年に亘り首相の主治医を務めたのは、慶大の日比紀文名誉教授。1973年に慶大医学部を卒業して慶大病院に勤務してきた日比氏は、2013年に慶大を定年となり、北里大学へ移った。その際、日比氏は『北里研究所病院』への転院を打診したが、首相は慶大病院を選択する。日比氏の後任は、炎症性腸疾患を専門とする当時の金井隆典准教授(※現在は教授)と衆目が一致していた。だが、ここで色気を見せたのが医学部長だった末松氏で、自ら日比氏の後継の主治医に名乗りを上げたのだ。末松氏は活性酸素や赤血球の代謝を専門とする基礎医学者で、臨床医ではない。流石に教授会でも反論が続出し、末松氏の野望は叶わなかった。現在、首相主治医は前出の金井教授と高石官均准教授。首相の外遊には、日比氏を加えた3人の何れかが随行している。それでも、末松氏の医学部での権限は強大だ。自身がAMEDに転出後の医学部長の後任には、慶大医学部の同期である岡野栄之教授が就任した。10年も先輩だった日比氏と違い、後輩の金井氏は御し易い。今や「末松のコントロール下にある」(慶大医学部教授)。間接的ではあるものの、末松氏は医学部を牛耳ることで、“首相の主治医”に勝るとも劣らぬ存在となり、AMED理事長の椅子に座るに至った。政府は2013年3月、慶大産婦人科学の吉村泰典教授を内閣官房参与(少子化対策・子育て支援担当)に任命したが、この人事でも首相と慶大医学部の繋がりを指摘する向きが多い。今年夏、厚労省は保健医療政策担当の司令塔として、事務次官級の医系技官ポスト“医務総監”を創設する。本命は同省保険局の鈴木康裕局長だ。鈴木氏は慶大医学部卒で、末松氏の1年後輩。厚労省の医系技官は、「塩崎恭久大臣が鈴木氏を強く推している」と明かす。塩崎氏は、第1次安倍政権で官房長官を務めた元祖“お友だち”。「首相の意向が反映されている」(前出の技官)と、厚労省では受け止められている。権力チェックの役割を果たさなければならないメディアも同類だ。筆頭は『読売新聞』。先月15日現在、読売新聞がAMEDを紙面化したのは170回にも達する。次は『日本経済新聞』の88回であり、読売の突出ぶりは明らか。『ゲノム医療研究21億円予算配分 医療研究開発機構』や『遺伝情報で治療法検索 患者10万人分DB化へ 医療研機構』…。記事内容も広報と見紛うばかり。AMEDが入居するのは、大手町の読売新聞ビル。最早、AMEDと読売新聞は一心同体と言っていい。他方、安倍政権で慶大医学部は飛躍的に地位を向上させていった。AMED理事長・医務総監・内閣府参与等を独占し、研究不正のダメージから立ち直れない東大医学部を大きく引き離す。

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