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【雇用シン時代】(下) 学び直し、切りひらく女性

リスキリングに代表される学び直しは、働く人にとってステップアップを図るチャンスになるとされる。特に、男性より昇進の機会が少なかったり、結婚や出産、子育てでキャリアの中断を余儀なくされたりすることが多い女性には、新たなキャリアを切りひらく手段となっているケースもある。「職種が変わって、お客さんに会う機会が増え、視野が広がった」。札幌市で計量機器販売会社のシステムエンジニア(※SE)として働く今井秀美さん(35)は、2020年に社内で事務職から職種転換した。機器は食品会社の生産ライン等で使われており、設置の際のプログラムの設定や保守管理の他、不具合があった場合に現場に駆け付けるのが今井さんの仕事だ。「『ありがとう、助かった』と面と向かって感謝されると達成感が湧きます」。そう話す今井さんは、新卒で入社後約10年間は電話の受け付けや伝票処理等社内事務を担当していた。転機になったのは、「AI技術の進歩で多くの仕事が機械に奪われる」といったニュースを目にする機会が増えたことだった。「自分の仕事内容を振り返ると、同じことの繰り返し。将来生き残れる側の事務員ではないな」。次第に危機感が募っていったという。転職を考え、2019年夏から資格取得を目指してパソコン教室に通った。平日夜や土日に1回1時間半の授業を月12回受講。約1年かけてプログラミング等を学んだ。授業料やテキスト代等で約200万円かかったという。技能を身につけ自信がついた頃、会社に退社の意向を伝えると「社内でSEとして働いてみないか?」と打診され、結局、職種転換して働き続けることにした。今井さんは、「外勤になり、お客さんに会ったり、他部署の人と仕事をしたりする機会が増え視野が広がった。自分のキャリアにも『何とかなる』という気持ちの余裕ができた」と話す。その後もパソコン教室で画像編集ソフトの使い方を学んだり、オンライン学習サービスを利用して議論の内容をイラストで纏めるグラフィックレコーディングを学んだりと、新たな技能の習得に余念がない。今後も画像編集の勉強を続け、顧客資料の整理等仕事に活用したいという。『世界経済フォーラム』は2020年に出した報告書で、2025年までにデジタル化で一般事務職等約8500万人分の雇用が失われると試算。一方で、経済・社会のデジタルシフトでデータ分析の専門家等約9700万人分の新たな雇用が生まれるとも指摘し、成長分野へ人材の移動を促す為、学び直しの重要性を強調した。岸田文雄政権も看板政策の一つとして学び直しの支援を打ち出しており、6月までに具体策を纏める方針だ。政府や経済界が旗を振る学び直し。個人による自発的な学び直しは“リカレント教育”と呼ばれることもあるが、結婚や出産、子育て等でキャリアの中断を余儀なくされることが多い女性にとって、新たなキャリアを得る一つの手段となる可能性がある。子連れで行き易い遊び場等を地図上で簡単に見つけられるスマートフォン向けのアプリを提供する『iiba』代表の逢澤奈菜さん(28、左下画像)は、学び直しで新たな仕事を見つけた一人だ。大学卒業後、ブライダル会社に営業職として入社した。ほぼ同時に結婚したが、連日深夜までの激務で家庭との両立に不安を感じ、証券系の事務処理会社に転職。長男を出産後は保育所が決まらず、長女の出産後は保育所は決まったが、2人が別々の保育所になり、1時間かけて送り迎えする等、仕事と育児の両立が想像以上に大変だということを痛感した。

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「女性の社会進出を促す動きは進んでいるが、子育てと仕事を両立させる女性に優しい社会ではない」。そう感じた逢澤さんは、時間や場所を選ばずにパソコン一つでできるIT関連の仕事に興味を持ち、子育ての傍らパソコン教室に通い、ウェブサイトの制作等基本的な技術を学んだ。そして、子連れで出かけられる遊び場や習い事教室等を地図上で検索できるアプリサービスを思いつき、起業を決めた。アプリの開発では、現役のITエンジニアらの指導を受けることができるウェブサービス等を利用。東京都が主催する起業家育成プログラムに参加する等し、昨年5月に起業した。「大変なこともあるが、ワークライフバランスを取りながら仕事ができるようになったので、学び直して起業し本当に良かった」。逢澤さんはそう話す。こうした女性の学び直しを後押ししているのが、自宅で手軽に始められるオンラインの学習サービスの拡大だ。動画学習サービスを提供する『Schoo』によると、2020年に55万人だった利用者数は昨年、80万人に増加。利用者の約半数が女性といい、広報担当者は「コロナ禍で『仕事がなくなるかもしれない』という危機感が高まったこと等も背景にあるのではないか」と話す。『リクルートワークス研究所』の大嶋寧子主任研究員は、リスキリング等女性の学び直しを巡る環境について、「日本では女性は昇進の機会が少なく、自発的な学習の機会を持ち難い。出産や子育てで職場を離れると仕事に関する情報から離れてしまう為、学び直しによるキャリアアップのハードルも高くなる」と指摘する。育休中のリスキリングを巡っては、1月に岸田首相が国会で支援を表明したところ、「育児の大変さがわかっていない」等と批判を浴びた。大嶋さんは、「リスキリングは国、社会、企業が責任を持って担うべきだ。それには、学びの環境だけでなく、男性の育休取得やリモートワーク等、労働環境そのものの改善を進めることも重要だ」と話している。 (取材・文・撮影/経済部 松山文音)


キャプチャ  2023年5月16日付掲載
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【雇用シン時代】(中) 学び直し、企業が主導



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働く人々が新たな技能を身につけるリスキリング(※学び直し)。デジタル技術の発展で企業を取り巻く環境が大きく変化していることを背景に、近年、世界的に注目されている。岸田文雄政権もその拡大を打ち出しているが、実情はどうなのか。学校の教室程の広さの部屋で、10人程の技術者らが見守る中、コンピューターの基板や配線が剥き出しになった全長凡そ70㎝の模型の車が、部屋の床に設置された黒いコースの上を走り出す。途中に置かれた壁の前で自動的に停車すると、技術者らから「おー」と歓声が上がった。これは、『日産自動車』の社内研修施設であるソフトウェアトレーニングセンター(※神奈川県厚木市)で実施されているプログラミング研修だ。参加者は自動運転に関する技術を学び、実際にソフトウェアをプログラムして模型の車を走らせる(※右画像、撮影/福富智)。「これまでソフトウェアを使いこなせていなかった人達に、新たなスキルを身につけてもらうのが狙い」。センターの設立に関わった同社の豊増俊一フェローは、そう話す。センターは2017年に開設。研修の期間は4ヵ月で、参加者はその間、通常の業務を離れて、プログラミングの基礎から自動運転への応用までみっちりと学ぶ。主な対象は入社10年目前後の若手・中堅社員だが、関連会社を含め、希望する社員は部門や年齢を問わず誰でも参加できる。最高齢の参加者は55歳で、これまで約480人が受講した。自動車業界は、自動運転や電気自動車(※EV)への転換等で、“100年に一度”と言われる変革期にある。技術開発の主戦場は、これまでのエンジンや変速機から自動運転やEV関連、ハイブリッド車(※HV)関連に移っており、そうした分野の技術者の確保が急務だ。

日産にとって、このセンターは新分野の技術者を確保する為の要の一つで、従来分野の技術者に新たな分野の技能を身につけさせる役割を担う。エンジンのシリンダーブロックの設計に関わってきた中堅の男性技術者は、HV関連の部署に異動したのを機に受講。「ソフトウェアに関する基礎知識が学べたので、新しい部署で生かしたい」と意気込む。リスキリングは、企業が新たに必要とする技能を社員に学ばせることを指すケースが多い。社内に仕事がなくなれば解雇となるジョブ型雇用の欧州等では、行政もリスキリングの受け皿となっており、企業や職業訓練機関等で新たな技能を身につけた人々は、社内で職種転換したり、より条件の良い業界に転職したりしていく。一方、終身雇用が中心の日本では、社内の人材活用の観点から取り組む企業が多い。人材サービス大手の『アデコグループ』(※本社はスイス)の日本法人では、デジタルデータを分析し、業務に生かせる人材を育成する社内プログラムを2021年から始めた。データ分析の基礎から学び、これまで若手から60代まで100人以上が受講した。契約社員の平木真さん(69)もその一人だ。2002年に他社から転職した平木さんは、総務や監査部門等を歩んできた。2019年からはデータの管理業務をしていたものの、データの分析には関わっておらず、「AIを使うノウハウ等を総合的に学んで自分の業務をレベルアップしたい」と考えて応募した。ウェブで140時間以上、講座を受講して社内の資格を取得。現在は、AIを使い企業の求人と求職者を効率的に引き合わせるシステムを作る仕事に変わった。「今回得た技能は、社内の他の事業の新規開発等にも生かせる」と話す。同社の矢部章一最高デジタル責任者(※CDO)は、社内プログラムについて「社員のデジタル関連の技能向上だけでなく、データに基づいて考える社内風土の醸成が狙い」と言い切る。営業戦略等の立案ではどうしても経験や感覚に頼りがちになるが、ITの技能を身につけた人材を社内に増やすことで、そんな風土の転換を図るという。2025年までに、全社員の2割に当たる約370人のデジタル人材を育成するのが目標だ。リスキリングを社員自らがキャリア形成を考える機会と位置付け、様々なプログラムを提供する企業もある。『サントリーホールディングス』は、45歳以上の希望する社員が原則2年間、地方自治体に出向できる制度を2021年から始めた。矢田映人さん(48)は制度に参加し、昨年4月から鹿児島県日置市に出向している。「ずっと営業職をやってきて、他にできることはあるのか不安があった。このままずっと会社にいて営業をやることを考えた時、他にできることはないか探してみたいと思った」。矢田さんは、応募の理由をそう話す。出向1年目は、市農林水産課の幹部として生産が盛んなオリーブの売り込み等を担当。農家や販売店等を足繁く回った。

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【雇用シン時代】(上) 新卒2年目に課長級

長期低迷が続く日本経済。その要因の一つとされているのが、年功序列や終身雇用を中心とする日本型の雇用体系だ。高度成長を支えたとされるが、グローバル競争やデジタル化が進む現代では、そのデメリットが指摘されている。代わって注目されているのが、ジョブ型と呼ばれる人事制度やリスキリング(※学び直し)だ。この新たな仕組みで企業はどう変わるのか。現場を取材した。



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昨年11月、大手ソフトウェア企業が東京都内で開いたデザインをテーマにしたイベント。IT大手等のベテランエンジニアらが居並ぶ中、『富士通』のデザインセンターに所属する横田奈々さん(24、左画像)がステージに立った。「様々な社会課題の解決にデザインが使われるようになってきたが、日常生活がそれで良くなったという実感を持ち難い。何故でしょう?」。ステージいっぱいに映し出されたスライドをバックに、身ぶり手ぶりを交えて約25分間に亘り講演。オンラインを含む約700人の聴衆から拍手を浴びた。入社2年目(※当時)の横田さんが同社を代表して講演したのは、昨年9月に課長級の役職であるデザインアドボケートに就任したからだ。ソフトウェア等のデザインを担当する同センターの情報発信を一手に担う役職だ。横田さんは、SNSでの情報発信に伴うリスク管理等の権限を一任されている。部下はいないが、「権限があることで社外等からの問い合わせにも直接対応でき、スピード感を持って仕事を進められるようになった」と話す。何故、横田さんは課長級の役職に就くことができたのか。それは、富士通が、それまで管理職に限っていたジョブ型の人事制度を、昨年4月から一般社員約4万5000人に拡大したからだ。ジョブ型とは、予め職務の内容や必要な技能、責任の範囲等を明確にした職務記述書(※ジョブディスクリプション)を作成し、それに基づいて雇用する仕組みだ。欧米等では一般的な雇用制度だが、日本では高い技能を持つ人材の獲得や職務のミスマッチ防止等を目的に、人事制度として導入が始まっている。

ジョブ型の人事制度では、その職務で求められる能力等を満たしていれば、年齢や職歴は無関係だ。その利点を生かし、富士通では空席の職務等に希望者を募るポスティング制度を拡大。横田さんはデザイナーとして働いていたが、SNS等での情報発信の経験を生かしたいと応募した。選考の結果、学生時代、スタートアップ企業でのインターンシップで情報発信していた経験等が評価され、起用が決まった。「より熱意を傾けられる仕事に、より長く人生を使える。そんな人事制度があるのはありがたい」。横田さんはそう話す。日本では、企業が仕事内容等を限定せずに採用し、社員に仕事を割り振るメンバーシップ型雇用が主流だ。終身雇用や新卒一括採用、年功序列の給与、昇任体系と共に日本型雇用を形作った。それは従業員の忠誠心を高め、日本企業の強みとなった他、雇用の安定を齎し、高度成長を支えたとされる。だが、バブル崩壊後は経済の長期低迷の一因とされるようになった。企業が余剰の人員を抱え込むことで生産性の低下を招いた他、IT等新たな成長産業への人材移動を阻んでいるとされ、「現状のままでは意欲があり優秀な若年層や高度人材、海外人材に企業の魅力を十分示すことができず、人材獲得が難しくなるばかりか、海外への人材流出リスクが非常に高まる」(※『日本経団連』2020年版経営労働政策特別委員会報告より)と指摘されている。そんな状況の打開策の一つとして注目されているのが、ジョブ型だ。社員は自分の強みが生かせる職場を選んでキャリアアップを図れる他、企業にとっては社内外から専門人材を集め易くなるとされる。実は富士通は、人事制度の見直しで苦い経験がある。他の大企業に先駆けて1993年に成果主義を導入し、評価や給与を成果と連動させた。だが、実際には年功序列を残したままだった為、評価を巡り社員から不満が噴出して士気が低下。大幅な見直しに追い込まれ、“成果主義導入の失敗例”と言われた。同社はその後も試行錯誤を続け、辿り着いたのが今回のジョブ型だ。一般社員でも職務と給与を完全に連動させ、給与を増やすには職責が重い職務への昇格が必須とした。その一方で、不満等を掬い取る為、管理職には最低でも月1回30分の部下との面談を義務付けた他、社員のキャリア形成に必要なリスキリング支援や相談等サポート体制を充実させた。同社CHRO(※最高人事責任者)室の森川学室長(※右下画像)は、「社員一人ひとりの意識改革、組織変革を実現できないと制度が形骸化してしまう。導入したら終わりでなく、今も社員との対話を継続している」と話す。富士通だけでなく、グローバル競争に晒されている電機大手を中心に、優秀な外国人材等を確保する為、人事制度をジョブ型にする動きが目立つ。

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【水曜スペシャル】(681) ラピダスの製造設備調達で疑義…業者の“縁故選定”を指摘する声

20231129 05
先端半導体プロジェクトとして、北海道千歳市で工場整備が始まった『ラピダス』。2025年春の試作ラインの稼働予定に向けて、工場内部に設置する製造設備の選定も急ピッチで進められている。しかし、そのサプライヤー選定を巡っては、関係者から「公平性に欠ける」と不満が噴出している。サプライヤーはラピダスが行なう説明会にエントリーし、参加者から選定されるのが建前。ところが、「実際には東哲郎会長ら経営幹部と親しい関係にある会社が選ばれている」(エントリーした関係者)という。東会長を始め、ラピダスの幹部は半導体業界のキャリアが長く、業界内には多数の知人がいる。その知人の口利きにより、優先的にサプライヤーが選ばれているのが実態だという。プロジェクトには北海道や千歳市等行政も関わるが、「半導体に詳しくない行政関係者は工場の内部にまで口出しできず、ラピダスに任されている」(地元関係者)。「ラピダスは国や自治体が強くバックアップしており、事実上の国家プロジェクト。一部の関係者の身内で進められているのは如何なものか」と苦言が聞かれる。


キャプチャ  2023年11月号掲載

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【水曜スペシャル】(680) 戸田建設の洋上風力建設に暗雲…エース人材を五洋建設に奪われる失態

20231129 04
『戸田建設』が建設中の長崎県五島市沖の洋上風力発電所に不具合が発生、運転開始を2026年1月へ2年延期したことで波紋が広がっている。同事業は国の再エネ海域利用法に基づく落札第一号。戸田建設を軸に、『ENEOS』や『大阪ガス』、『関西電力』等6社連合が進める、我が国初の商用浮体式洋上風力発電所だ。5月に製作中の風車2基で不具合が発覚。浮体式の技術的な困難さが浮き彫りになった。この失態について、戸田建設周辺では「“ミスター洋上風力”が抜けた穴が大きい」と囁かれる。実は昨年秋、浮体式技術のエキスパートである事業本部副本部長の佐藤郁氏(※右画像)が『五洋建設』に引き抜かれたのだ。佐藤氏は同社の洋上風力担当執行役員に就いており、上司は『東京電力』の燃料部長を務めた関浩一氏(※土木担当常務)。両氏は旧知の間柄であり、戸田建設はスカウト人事でマリコン事業を強化する五洋建設に出し抜かれた格好だ。戸田建設は稼働延期に伴い、前期決算に95億円の減損損失を計上済みだが、連合を組むエネルギー各社からは「脇が甘い」と怨嗟の声が上がっている。


キャプチャ  2023年11月号掲載

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【水曜スペシャル】(679) 三井物産のロシアLNG事業がアメリカの制裁対象になる可能性浮上

20231129 01
アメリカ政府が9月、ロシアが北極海で進める液化天然ガス(※LNG)開発事業『アークティック2』に関わるロシア企業等への制裁に着手したことで、同プロジェクトに出資する『三井物産』に激震が走っている。今後、第二、第三弾の制裁措置で三井物産も制裁対象になる可能性が出てきたからだ。ロシアのガス大手『ノバテク』が進めるLNG計画に対し、三井物産は2019年、独立行政法人『エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)』と共に、10%に当たる約3000億円を出資。安倍晋三元首相の懐刀だった今井尚哉元首相補佐官が北方領土問題を動かそうと強引に進め、“今井案件”と呼ばれる。『三菱商事』は土壇場で撤退したが、三井物産はウラジーミル・プーチン大統領と面識のある親露派の目黒祐志元モスクワ社長兼専務執行役員が今井氏と連携して主導。目黒氏はウクライナ侵攻後にも事業継続を主張したが、役員らの総スカンを食らった。今は顧問に退き、ロシア人の夫人とモスクワで暮らす。制裁対象になればアメリカでの企業活動に支障が生じるだけに、社内では撤退論も出ているという。


キャプチャ  2023年11月号掲載

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【中小企業のリアル】(65) 太新(東京都港区)――水産業界に新流通革命起こす



20231127 17
水産物の新しい流通の確立を目指す『太新』の創業者で現会長の田端陽子氏は、岡山県倉敷市に生まれ育った。国際性豊かな両親が、いつも世界各国からの留学生をホームステイさせていたので、自然とペンシルベニア州の高校に留学し、そのままアメリカの大学に進学した。ところが、大学を卒業する時に父から「アメリカ人になってはいけない。帰ってこい」との指令。止むなく帰国し、薬品会社に入社したが、運命の悪戯か、海外事業部に配属され、ロサンゼルスに赴任することに。そこで夫となる新也氏と出会った。その後、ニューヨーク転任の内示が出たが、実家で不幸があり、急遽岡山に帰らざるを得なくなった。不幸の整理がついたところで上京し、“自分は何に長けているのか”を模索しながら、外資系金融機関やゲームソフトの立ち上げ等、職場を転々とした。「この間、起業に必要な様々な経験とスキルを身につけたと思う」と話す。高校時代には経済の本を読み始め、大学で経営学を専攻し、いつか起業したいと思っていた。父が「女とか男とか関係なく、世の中に貢献しなくてはならない」と言っていたことも大きかった。そして1996年、夫と共に起業した。当時は“健康食ブーム”で、蛋白質源を肉から魚や大豆にする動きが生まれていた。「食に対する需要は決してなくならない」という確信があったので、魚を取り扱うことに決めた。水産業は未経験だったが、「商慣習を知らなかったからこそ、思い切ったことができた」という。水産物の流通は複雑で近代化されていないところがあり、IT化も進んでいなかった。だからこそチャンスがあると考えた。

輸入冷凍品を主力商品として扱う大手商社との差別化を図る為、取り扱う分野は国産チルド品に重点を置いた。冷凍品の管理には多額の設備投資が必要だったこともある。販売先として狙いを定めたのは、地方のスーパーマーケットや回転寿司チェーンだ。魚を通常のルートで取引すると“生産者(※漁師)→漁協→県漁連→大卸→仲卸→小売り”となるが、太新は産地直送で24時間以内の納品をモットーにした。最初は生産者との縁(※コネ)など全くない。先ずは産地に足繁く通い、話を聞いてもらえる信頼関係づくりに努めつつ、ネットワークを一つひとつ構築していった。最初の年は漁師が獲ってきた水産物を流通させるだけだったが、それでは利益が残らない。そこで、ブリとカンパチで独自の商品となるプライベートブランド(※PB)を開発した。成功している水産工場を見学する等徹底的に勉強し、大手が手掛けていない独自の餌や衛生環境等で差別化を図った。PB商品は大手系列スーパーとの差別化が図れると、地方のスーパーに喜ばれた。創業3年目から手掛けたのが、沖縄の海人(※漁師)に珍重されていた『琉球すぎ』の養殖だ。きっかけはブリの養殖生簀に偶々スギが紛れ込んでいたことだが、スギは舌触りもよく、競合魚種のブリやカンパチと比較して成長が早く、老化抑制効果がある栄養素を豊富に含んでいる。北海道の『夕張メロン』のようにブランド化し、沖縄経済の発展にも貢献しようと考えた。餌はアジを主とした天然素材に限定して身質を改良し、新しい寿司ネタ・刺身商材としてマーケットを開拓した。これは海人達に非常に喜ばれたし、新しい琉球名産品と評価された。その後、糸満市にHACCP対応加工工場を建て、そのまま店頭に並べられるところまで加工・パッケージ化して、付加価値を高めることに成功した。“育てる漁業”とでも言うべき、養殖魚ならではの一貫した生産加工・販売システムを他社に先駆けて構築したと自負している。沖縄でしか水揚げされないソデイカ(※1匹15㎏にもなる大型のイカ)の商品開発も行なった。200隻以上のソデイカ漁師と年間買い取り契約を結んだので、漁師は安定収入の見通しが立ち、高額な漁船にも投資できるようになった。ソデイカもスライス状態でスーパーの店頭にそのまま並べられるように加工され、今や太新の出荷量の中でもトップを占める。本社を東京都港区に構えているのは、最新の消費者ニーズを把握し、そのライフスタイルにあった商品を企画開発する為だ。一方、糸満港近くで生産加工を担ってきた沖縄事業所は昨年分社化し、太新の子会社となった。2017年には全国を営業で飛び回っていた新也氏が社長に、マーケティング・財務を得意とする陽子氏が会長になった。起業した時に陽子氏が社長を務めたのは理由があった。「業界の既存の商慣習や取引関係に囚われずに自社独自のビジネスモデルを構築しようというわけだから、漁連や魚市場関係者にはちょっと目障りかもしれない。女性社長なら、アウトコースギリギリでも『まぁいいか』と許されるというメリットがあった」(陽子氏)。

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【Global Economy】(332) 中国、自動車輸出で“日本超え”へ…EV化と部品不足で攻守逆転

中国の自動車輸出台数は今年、日本を追い抜いて世界一になる見通しだ。手頃な価格と先進機能を武器に、電気自動車(※EV)からエンジン車まで競争力を高めており、海外現地生産の拡大にも動く。長く先進国がリードしてきた世界の自動車産業は、重大な転換点を迎えたのか。 (編集委員 小川直樹)



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「日本における電気自動車の新たな未来を、ここから始めます」――。中国EV大手『BYD』の日本法人トップ、劉学亮社長は先月25日、初めて出展した『ジャパンモビリティショー』のメディア向け発表会で声を張り上げた。BYDは1月に日本の乗用車市場に参入した。『日本自動車輸入組合』によると、先月までの累計販売台数は1020台だが、注目度の高さは大手と遜色ない。最高級のSUV『U8』が、その場で360度ターンする“動く展示”は話題を集め、来場者がブースを何重にも取り巻く様子が連日のように見られた。日本の消費者に鮮烈な印象を与えたことは想像に難くない。日本向けに輸出を始めたばかりのBYDだが、世界のEV・プラグインハイブリッド車(※PHV)市場ではトップランナーだ。BYDの7~9月のEVの世界販売台数は43万1603台で、世界首位の『テスラ』(※43万5059台)に肉薄した。1~10月のEVとPHVを合わせた販売台数は238万台に上り、通年では300万台も視野に入る。『中国自動車工業協会』によると、中国の輸出台数は2012年に初めて100万台を超えた後は伸び悩み、世界の自動車市場にインパクトを与えてこなかった。潮目の変化は2021年だった。この年に前年比で倍増となる201万台を記録すると、昨年には311万台に急増した。今年は9ヵ月間で昨年通年を上回る338万台に達し、2位の日本に20万台の差をつけてトップを走る(※①)。先月は48万台超を輸出し、通年では500万台に迫る勢いだ。輸出急増の要因は何か。強みを持つEV・PHVは全体の4分の1に過ぎず、エンジン車も競争力を高めていることがわかる。地域別ではロシア向けが突出し、EV・PHVでは欧州最大の自動車荷揚げ港があるベルギーや、イギリス、タイが上位に入る(※②)。

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『みずほ銀行』の湯進主任研究員は、「電動化シフトとガソリン車の品質向上に加え、コロナ禍による部品不足等で各国の輸出が鈍った隙間に入った」と指摘する。更に、輸出される中国EVの上位に、上海製のテスラや、現在は中国資本の『MG』等米欧ブランドが目立つことも特徴だ(※③)。海外の消費者に中国のEVと意識させず、静かに浸透している様子が窺える。スイス金融大手『UBS』は最近のリポートで、中国メーカーの世界シェアは2030年には33%に急伸し、中国以外の従来メーカーは20ポイント以上シェアを失うと予測する(※④)。躍進する中国車だが、死角もある。第一に、貿易摩擦の激化が予想されることだ。EUは先月、中国EVに不当な補助金が支給されていないか調査を始めた。アメリカは中国からの輸入車に高い関税を課し、昨年成立のインフレ抑制法では中国EVは税制優遇の対象外とした。車載電池の生産条件まで課す等、中国外しが鮮明だ。トルコは中国EVへの追加関税率を40%に引き上げた。第二に、経済安全保障が意識されるケースだ。『日本貿易振興機構(JETRO)』によると、BYDや『上海汽車』等7社を超える中国メーカーは、昨年から今年にかけてタイやインドネシア、ブラジル等新興国を中心に、EV工場の建設計画を相次いで発表した。現地生産の拡大は、貿易摩擦の激化を回避する有力な解決策で、今後も続くことが予想される。だが、『ロイター通信』は7月、BYDがインドでのEV生産に向けた投資計画を棚上げしたと報じた。インド政府から安全保障上の懸念を示された為という。21日には、『フォードモーター』が中国車載電池大手の『寧徳時代新能源科技(CATL)』の技術を利用する電池工場の規模縮小を発表した。現地生産の拡大が計画通り進むか、成功するかどうかは、台頭する中国自動車産業の行方を左右する。

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【世界で稼ぎまくるアニメ】(11) 企画・制作から配信まで超一流! ソニーが築いた“アニメ帝国”の凄み

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日本のアニメ業界における“台風の目”はどの企業か――。そう問われれば、多くの業界関係者が『ソニーグループ』と答えるだろう。ソニーが手がけた代表的なアニメ作品が『鬼滅の刃』だ。放送後、忽ち社会現象を巻き起こし、2020年に公開された劇場版の興行収入が国内だけで400億円を突破したのは記憶に新しい。ソニーのアニメビジネスは、2本の“宝刀”と言える強力なグループ企業を源泉としている。先ずは子会社の『アニプレックス』。アニメの企画・製作会社として、業界最有力のヒットメーカーだ。『鬼滅の刃』に加え、『鋼の錬金術師』や『ソードアート・オンライン』等数多くの人気アニメに携わってきた。2005年にアメリカ法人を立ち上げる等、海外進出も早く、近年は『Fate/Grand Order』を筆頭にゲーム事業も展開する。同社に関し、業界内から聞かれるのは畏怖の声ばかりだ。「ヒットに対する欲望のスケールが他社のスタッフと違う」(アニメプロデュース会社『EGG FIRM』の大澤信博代表)、「製作委員会参加企業は、アニプレックスかそれ以外に二分される。収益最大化への気概、企画・営業の実力共に申し分ない」(漫画出版社の版権担当者)。アニプレックスはグループ内に『A-1 Pictures』等有力な制作スタジオを抱えると同時に、社外の有名制作スタジオとの繋がりも深い。『鬼滅の刃』は高品質なアニメ作りに定評のある制作会社『ユーフォーテーブル』に委託したが、同社は創業期から、現社長の岩上敦宏氏を筆頭にアニプレックスと信頼関係が深い。「うちのプロデューサーがユーフォーテーブルに企画を持っていっても断られるが、アニプレックスは違う」(パッケージメーカー関係者)。

ソニーのアニメ部門の枠に収まらない独立心も大きな特徴だ。1995年に前身組織が発足。前社名の『SME・ビジュアルワークス』からSME(※ソニーミュージックエンタテインメント)の看板を外し、独立独歩のアニメ総合企業を目指して、2003年にアニプレックスとした元社長の竹内成和氏。『プレイステーション』を擁するゲーム部門との縦割りに縛られず、ゲーム事業進出を決断した同じく元社長の植田益朗氏。「グループと協調しつつも甘えない」という歴代トップの思想が根付き、コンサルタントの思考速度とエンタメへの熱意を兼ね備えた気風だという。一方で、ソニーグループでのシナジー創出も図られる。2017年に海外戦略で連携する音楽レーベル『サクラミュージック』が発足。『鬼滅の刃』の主題歌で大ブレイクしたLiSAもその一員だ。アニメが世界でヒットすれば、主題歌も売れる。アーティストが一般層まで支持を広げれば、アニメ作品へのタッチポイントも増える、という狙いだ。もう1本の宝刀が、日本アニメの配信で世界最大級の『クランチロール』だ。ソニーは2017年に日本アニメを配給・配信する『ファニメーション』を約165億円で買収すると、2021年には1300億円超でクランチロールの買収も断行。両ブランドの統合を経て、今年3月末の有料会員数は1070万人に上る。尤も、自社作品をクランチロールに囲い込むかと思いきや、その気配はない。この背景について、『ゴールドマンサックス証券』アナリストの宗像陽氏は「“10億人とつながる”という目標を掲げているように、現在のソニー経営陣は事業へのリーチ人口を重視している。アニメ関連のビジネスも、その拡散力に期待して、敢えてバリューチェーンを閉ざさないでいるのではないか」と分析する。何れにせよ、ソニーはアニメの企画から制作、配信までのバリューチェーンを超一流の企業群でカバーする。グループの強力な音楽事業等が、作品の伝播を後押しできる。質とスケールを併せ持つ総合力、それがソニーを業界の盟主たらしめている。だが、強過ぎるその存在感には、警戒する声が上がるのも事実。特に懸念されているのは、人気原作の提供元として長年“蜜月”関係を築いてきた『集英社』との関係だ。「ソニーは強過ぎる。1社独占は怖い」と、ある集英社の関係者は語る。気になる動きも出てきた。2021年に設立された海外へのアニメ配給事業会社『REMOW』には、集英社が40%台後半を出資し、役員には複数の集英社幹部が就く。そして、少額出資者には有力なエンタメ企業がずらりと並ぶが、そこにソニーグループの姿は見当たらない。REMOW側は「クランチロールと敵対する意図はない」と言うが、同社は“日本アニメの非独占的な配信流通”を目指す。結果的にはソニーを牽制する構図となっている。手ぐすね引くのが同業他社だ。「集英社は、ソニーに頼まないとアニメをヒットさせられないような状況は絶対避けたい筈。原作提供先の新たな選択肢として、集英社の懐に入り込むチャンス」(エンタメビジネスの関係者)。“帝国”を維持しつつ、“漫画王”との蜜月も保てるか。強くなればなるほど、悩みは一層深まりそうだ。 (取材・文/本誌 森田宗一郎)


キャプチャ  2023年5月27日号掲載

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【儲かる農業2023】(20) 止まらぬ農協職員の集団離職…JA人材流出深刻度ランキング

農協の経営リスクは収益性の悪化だけではない。実は、職員の離職が止まらなくなっているのだ。本誌編集部は初めて、各農協の人材流出の深刻度でランキングを作成した。

20231127 09
手っ取り早く稼げる共済(※保険)事業にばかり力を入れ、農業振興を疎かにしてきた農協を憂えているのは農家ばかりではない。近年、職員が農協を見限って大量に離職していることが問題視されている。そこで、本誌編集部は初めて“JA人材流出深刻度ランキング”を作成した。都道府県別で職員の減少率が最も高かったのは奈良県だった。県唯一の農協である『JAならけん』は、職員に過大な営業ノルマを課してきた(※JA共済“自爆営業”農協ランキング5位)。その上、中出篤伸会長が『JA全農』の役員の地位を乱用してインサイダー取引を行なっていたことが発覚し、会長を辞任。職員に無理な営業を強いてきた経営トップが違法行為に手を染めていたのだから、優秀な人材から見限られても仕方がない。2番目に職員減少率が高かったのは山口県だった。県全域を管内に持つ『JA山口県』も自爆営業が多い。しかも、事業規模は縮小の一途を辿っている。職員の減少率上位の県や農協は、支店の閉鎖等で職員数を意図的に減らしているところが多い。だが、リストラ以外に利益を捻出する手段がないことと、優秀な人材から離職する傾向があることを踏まえれば、事態は深刻だと言わざるを得ない。

農協の組合員は急激に高齢化している。『JA全中』の推計では、65歳以上の組合員の比率は2020年の65%から、2030年には75%に上がる。ある農協職員は、「組合員の遺産を相続した子の貯金はメガバンクや地銀に流れる。若者の保険離れもある。農協は次世代対策ができていない」と内情を語る。農協別のJA人材流出深刻度ランキング1位は徳島県の『JA美馬』、2位は北海道の『JAきたひやま』だった。共に他の農協と合併する為、職員の採用を控えていたとみられる。深刻なのは、3位に入った埼玉県の『JA越谷市』のように、合併の予定がない農協だ。都市農協の例に漏れず、農業関連事業を縮小し、職員に共済等の過大なノルマを課すことで経営を成り立たせてきた。一時、『JAさいかつ』と合併を協議し、決議までしたが、組合員や職員への十分な説明もなく、合併は取り止めになった。同農協関係者は、「職員は、ノルマが少ないJAさいかつとの統合を望んでいた。合併が白紙になり、失望が広がった。役員のポストが減るのを経営陣が嫌ったのではないか」と語る。JA越谷市のように金融以外に収益基盤がない農協が、藁にも縋る思いで注力しているのが債券投資と融資だ。農協は、集めた貯金の運用を『農林中央金庫(農中)』に委託して収益を上げてきた。だが、『日本銀行』のマイナス金利政策の影響等から、農中が運用益の還元を減らしたことで、独自に運用せざるを得なくなっているのだ。JA越谷市が保有する有価証券は、2018年3月末時点の3倍に相当する106億円に膨らんでおり、2022年9月期に有価証券の評価損益はプラスからマイナスに転じた。農中の有価証券の含み損は昨年12月末、約1兆6523億円に膨らんでいる。アメリカの金利上昇で米国債の価格が下落した為だ。今後の金利動向によっては、農協でも含み損が膨らみかねない。JA越谷市の貸出金は2018年3月末時点の1.6倍に増えている。急増した貸し出しには、新型コロナウイルスの感染拡大で資金繰りが悪化した事業者を支援する融資が含まれるとみられ、こうした融資の不良債権化が懸念される。4位の『JA対馬』は、被害額が18億円に上る共済の不祥事によって経営危機に陥っている農協だ。問題の本質は、JAグループに賃上げができる要素が見当たらないことにある。製造業が国内回帰等で採用を増やす中で手を拱いていれば、職員の減少が農協の経営危機に繋がりかねない。


キャプチャ  2023年4月8日号掲載

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