【雇用シン時代】(下) 学び直し、切りひらく女性
リスキリングに代表される学び直しは、働く人にとってステップアップを図るチャンスになるとされる。特に、男性より昇進の機会が少なかったり、結婚や出産、子育てでキャリアの中断を余儀なくされたりすることが多い女性には、新たなキャリアを切りひらく手段となっているケースもある。「職種が変わって、お客さんに会う機会が増え、視野が広がった」。札幌市で計量機器販売会社のシステムエンジニア(※SE)として働く今井秀美さん(35)は、2020年に社内で事務職から職種転換した。機器は食品会社の生産ライン等で使われており、設置の際のプログラムの設定や保守管理の他、不具合があった場合に現場に駆け付けるのが今井さんの仕事だ。「『ありがとう、助かった』と面と向かって感謝されると達成感が湧きます」。そう話す今井さんは、新卒で入社後約10年間は電話の受け付けや伝票処理等社内事務を担当していた。転機になったのは、「AI技術の進歩で多くの仕事が機械に奪われる」といったニュースを目にする機会が増えたことだった。「自分の仕事内容を振り返ると、同じことの繰り返し。将来生き残れる側の事務員ではないな」。次第に危機感が募っていったという。転職を考え、2019年夏から資格取得を目指してパソコン教室に通った。平日夜や土日に1回1時間半の授業を月12回受講。約1年かけてプログラミング等を学んだ。授業料やテキスト代等で約200万円かかったという。技能を身につけ自信がついた頃、会社に退社の意向を伝えると「社内でSEとして働いてみないか?」と打診され、結局、職種転換して働き続けることにした。今井さんは、「外勤になり、お客さんに会ったり、他部署の人と仕事をしたりする機会が増え視野が広がった。自分のキャリアにも『何とかなる』という気持ちの余裕ができた」と話す。その後もパソコン教室で画像編集ソフトの使い方を学んだり、オンライン学習サービスを利用して議論の内容をイラストで纏めるグラフィックレコーディングを学んだりと、新たな技能の習得に余念がない。今後も画像編集の勉強を続け、顧客資料の整理等仕事に活用したいという。『世界経済フォーラム』は2020年に出した報告書で、2025年までにデジタル化で一般事務職等約8500万人分の雇用が失われると試算。一方で、経済・社会のデジタルシフトでデータ分析の専門家等約9700万人分の新たな雇用が生まれるとも指摘し、成長分野へ人材の移動を促す為、学び直しの重要性を強調した。岸田文雄政権も看板政策の一つとして学び直しの支援を打ち出しており、6月までに具体策を纏める方針だ。政府や経済界が旗を振る学び直し。個人による自発的な学び直しは“リカレント教育”と呼ばれることもあるが、結婚や出産、子育て等でキャリアの中断を余儀なくされることが多い女性にとって、新たなキャリアを得る一つの手段となる可能性がある。子連れで行き易い遊び場等を地図上で簡単に見つけられるスマートフォン向けのアプリを提供する『iiba』代表の逢澤奈菜さん(28、左下画像)は、学び直しで新たな仕事を見つけた一人だ。大学卒業後、ブライダル会社に営業職として入社した。ほぼ同時に結婚したが、連日深夜までの激務で家庭との両立に不安を感じ、証券系の事務処理会社に転職。長男を出産後は保育所が決まらず、長女の出産後は保育所は決まったが、2人が別々の保育所になり、1時間かけて送り迎えする等、仕事と育児の両立が想像以上に大変だということを痛感した。

「女性の社会進出を促す動きは進んでいるが、子育てと仕事を両立させる女性に優しい社会ではない」。そう感じた逢澤さんは、時間や場所を選ばずにパソコン一つでできるIT関連の仕事に興味を持ち、子育ての傍らパソコン教室に通い、ウェブサイトの制作等基本的な技術を学んだ。そして、子連れで出かけられる遊び場や習い事教室等を地図上で検索できるアプリサービスを思いつき、起業を決めた。アプリの開発では、現役のITエンジニアらの指導を受けることができるウェブサービス等を利用。東京都が主催する起業家育成プログラムに参加する等し、昨年5月に起業した。「大変なこともあるが、ワークライフバランスを取りながら仕事ができるようになったので、学び直して起業し本当に良かった」。逢澤さんはそう話す。こうした女性の学び直しを後押ししているのが、自宅で手軽に始められるオンラインの学習サービスの拡大だ。動画学習サービスを提供する『Schoo』によると、2020年に55万人だった利用者数は昨年、80万人に増加。利用者の約半数が女性といい、広報担当者は「コロナ禍で『仕事がなくなるかもしれない』という危機感が高まったこと等も背景にあるのではないか」と話す。『リクルートワークス研究所』の大嶋寧子主任研究員は、リスキリング等女性の学び直しを巡る環境について、「日本では女性は昇進の機会が少なく、自発的な学習の機会を持ち難い。出産や子育てで職場を離れると仕事に関する情報から離れてしまう為、学び直しによるキャリアアップのハードルも高くなる」と指摘する。育休中のリスキリングを巡っては、1月に岸田首相が国会で支援を表明したところ、「育児の大変さがわかっていない」等と批判を浴びた。大嶋さんは、「リスキリングは国、社会、企業が責任を持って担うべきだ。それには、学びの環境だけでなく、男性の育休取得やリモートワーク等、労働環境そのものの改善を進めることも重要だ」と話している。 (取材・文・撮影/経済部 松山文音)
2023年5月16日付掲載

「女性の社会進出を促す動きは進んでいるが、子育てと仕事を両立させる女性に優しい社会ではない」。そう感じた逢澤さんは、時間や場所を選ばずにパソコン一つでできるIT関連の仕事に興味を持ち、子育ての傍らパソコン教室に通い、ウェブサイトの制作等基本的な技術を学んだ。そして、子連れで出かけられる遊び場や習い事教室等を地図上で検索できるアプリサービスを思いつき、起業を決めた。アプリの開発では、現役のITエンジニアらの指導を受けることができるウェブサービス等を利用。東京都が主催する起業家育成プログラムに参加する等し、昨年5月に起業した。「大変なこともあるが、ワークライフバランスを取りながら仕事ができるようになったので、学び直して起業し本当に良かった」。逢澤さんはそう話す。こうした女性の学び直しを後押ししているのが、自宅で手軽に始められるオンラインの学習サービスの拡大だ。動画学習サービスを提供する『Schoo』によると、2020年に55万人だった利用者数は昨年、80万人に増加。利用者の約半数が女性といい、広報担当者は「コロナ禍で『仕事がなくなるかもしれない』という危機感が高まったこと等も背景にあるのではないか」と話す。『リクルートワークス研究所』の大嶋寧子主任研究員は、リスキリング等女性の学び直しを巡る環境について、「日本では女性は昇進の機会が少なく、自発的な学習の機会を持ち難い。出産や子育てで職場を離れると仕事に関する情報から離れてしまう為、学び直しによるキャリアアップのハードルも高くなる」と指摘する。育休中のリスキリングを巡っては、1月に岸田首相が国会で支援を表明したところ、「育児の大変さがわかっていない」等と批判を浴びた。大嶋さんは、「リスキリングは国、社会、企業が責任を持って担うべきだ。それには、学びの環境だけでなく、男性の育休取得やリモートワーク等、労働環境そのものの改善を進めることも重要だ」と話している。 (取材・文・撮影/経済部 松山文音)

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