【未来の食卓】(07) 食を通じた縁、紡ぐアプリ

「絵本に出てくる蕪だよ」「皆の分を抜こうね」――。東京都千代田区のビル屋上にあるシェア農園『ザ・エディブルパーク・大手町』で昨年12月、会社員の玉村章祐さん(40)と長女の千代希ちゃん(2)が、男女10人程と蕪や白菜を収穫していた。同年5月に開設された同パークでは、プランターで約20種類の野菜を栽培。ビルで働く人やその家族、飲食店、地元住民ら会員60組が、手の空いた時に水やり等を行ない、育てる野菜は話し合って決める。参加者を結ぶのが、畑にあるセンサーと連動したスマホアプリだ。センサーは気象データを記録し、AIが必要な農作業をアドバイス。カメラで成長も確認できる。誰がいつ何の作業をしたかは随時、配信される。この日は近くの料理店に野菜を持ち込み、野菜炒めやサラダ等として皆で味わった。玉村さんは、「農作業を通じて知り合いが増えた。子供も可愛がってもらえ、来るのが楽しみ」と笑った。こうした農園は現在、全国に500ヵ所以上あり、総面積は2㏊超に。アプリを開発した『プランティオ』の芹沢孝悦代表は、「農作業と食を楽しむ新たなコミュニティーを広げたい」と話す。“同じ釜の飯を食う”――。苦楽を共にした親しい間柄をこう言い表すように、食には人と人を結び付ける機能がある。今、最新技術が新たな縁を紡ぎ始めている。
埼玉県桶川市の会社員、森山美和さん(54)の元に今月6日、職場近くのパン店から商品が余りそうだという“レスキュー”メッセージが届いた。発信したのは、東京都内の『リトルマーメイド』王子店。駆けつけた森山さんは、1000円相当のパンセットを680円で入手し、笑顔を見せた(※左上画像)。「美味しいパンを割安で購入できて満足です」。店の担当者も「買ってもらえてありがたい」と喜んだ。店と消費者を仲介するのは、スマホアプリ『TABETE』だ。食品を廃棄せざるを得ない小売店が、余りそうな商品を割り引いてアプリで呼びかけ。応じた利用者がアプリで決済し、店に取りに行く。物価高騰が家計を圧迫する中、アプリの利用は好調だ。運営会社『コークッキング』によると、利用者は全国に約65万人、参加店舗は約2500店に。2018年のサービス開始以来、約250トンのフードロスを削減した。同社の伊作太一さんは、「直接会う為、会話が生まれ易く、人の輪が広がっている。助け合いも実感できる」と話す。最新型の台所をコミュニケーションの拠点とする試みもある。武蔵野美術大学の山崎和彦教授は、民間企業や自治体と“ソーシャルキッチン”の実用化を目指す。深刻化する個食化、孤食化を食い止めるのが狙いで、「人の繋がりをキッチンから取り戻したい」と意気込む。開発した長机ほどの台所は、移動可能で、独立した給排水システムを備える。高さも調節できる為、子供や車椅子利用者も使い易い。山崎さんは、「餃子の材料を用意し、自由に作ってもらう実験では、初対面でも協力し、仲良くなれることがわかった」という。コンポストと野菜栽培装置を組み込んだ、持続可能なキッチン等を今後、作っていきたいという。食を通じた緩やかな繋がり“縁食”を提唱する京都大学の藤原辰史准教授(農業史)は、「フードテックは持続可能な食生活や利便性向上等が重視されがち。漸く、人と人を結び付けようとする視点が出てきたが、未だ乏しい」と指摘する。利便性の追求により自然環境の破壊が進む等、我々が失ってきたものは大きいことを例にし、藤原さんは「フードテックは単なる道具に過ぎない。大事なのは、食が果たしてきた役割を歴史的に振り返りつつ、どんな食卓、どんな生活を我々は目指していきたいのかを考えることではないか」と話す。 =おわり
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斉藤保・加藤亮・梶彩夏が担当しました。

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