義理チョコ廃止で変わる? 日本の職場文化…プレミアムフライデーへの抵抗と同根

20180221 02
首相や会社社長によるキャンペーンから、労働組合や労働運動家の働きかけまで、日本の職場文化を変えようとする試みは輝かしいばかりだが、期待外れに終わってきた。今や、望みはベルギーのチョコレート会社に委ねられている。高級チョコレートの『ゴディバ』は、職場での行動原理を変えようと、広告テーマにバレンタインデーを選んだ。具体的には、昔から職場で見られる“義理チョコ”現象のことだ。文字通り、“義理で渡すチョコレート”を表す。毎年2月14日になると、女性はチョコレートを買い、(大抵は歯を食いしばっているような)同僚男性に等しく配らなくてはいけないと感じている。そして、男性は1ヵ月後にその“恩”を返さなければいけない。貰ったチョコレートの凡そ2倍の値段のチョコレートを渡すのが慣習だ。社会を円滑に回そうとする力が、このちょっとした演出を生み出しており、素晴らしくはあるが、不安でもある。義理チョコ購入を強制し、その規模を拡大させている裏には、2つの異なる義務感が存在する。つまり、“職場の暗黙のルールに従っていないのではないか”という恐怖と、全員分を購入して公平に見えるようにする必要性だ。ある友人は、同僚と「2月14日は手ぶらで出勤しよう」との厳かな協定を前日に結んだにも拘わらず、翌朝同僚の1人が約束を破った為、近くの菓子店に駆け込む羽目になったと、その時のパニックぶりを語ってくれた。義理チョコを買うことはつまらない上に負担が重く、同調しないことへの恐怖で維持されている。日本のオフィスの生産性が何十年にも亘り停滞しているのと同じ原因だ。

社会政策を形作るには完璧なタイミングかもしれない。今月1日、『ゴディバジャパン』のジェローム・シュシャン社長は、巧みなマーケティングの一環として、『日本経済新聞』(※企業幹部の読者が多い為に選ばれた)に全面広告を打ち、「精神的に苦しめられるような義理チョコを止めよう」と呼びかけた。広告では、「バレンタインデーが休日にあたる年には、日本の企業社会から安堵感が伝わってくる」と記されていた。シュシャン氏は長いメッセージの中で、「勿論、本命には(ゴディバ等の)チョコレートを渡すべきだが、義理チョコはもうこの時代にはそぐわない」と主張。「バレンタインは“社内の人間関係の調整”を迫られると感じる日ではない」とも書かれていた。メッセージの結びでは、男性読者、とりわけ其々の会社のトップに対して、「女性社員を義理チョコの義務感から正式に解放してあげてほしい」と呼びかけている。ゴディバは詳しく説明していないが、義理チョコが投じる影は、良い改善策が殆ど出てこない日本の職場文化に宿るもっと大きな闇の一部だ。日本のホワイトカラー職場では、同僚からの圧力や慣習が幅を利かせるのは珍しくない。しかし、毎年訪れる義理チョコの苦悩は、状況を変えることに抵抗する原動力として強力だということを、不快感と共に想起させる。義理チョコは暗黙の義務の領域にある。暗黙の義務によって、最悪の場合、妊婦や出産したばかりの母親への嫌がらせ(※マタニティーハラスメント)が職場で起きたり、“働き過ぎによる死”を意味するKAROSHI(※過労死)は除去できないものだと思われ続けたりする。例えば、過労文化を無くす良い考えがあったとしても、進化に抵抗するよう遺伝的にプログラムされた職場規範によって、結局潰されてしまうことがよくある。2017年に経済産業省は、月に一度、金曜日の終業時間を15時にする“プレミアムフライデー”を導入しようとした。政策が発表されるや否や、企業や経済の全セクターが導入を免除してもらう理由を説明しようと長い列を作った。しかし、心配する必要はなかったのだ。義理チョコの裏にあるのと同じ義務感と恐れが、プレミアムフライデーへの賛同を阻んだのだ。経産省は取り組みについて問われると、「2018年もきちんと一歩一歩進む」と主張するのだが、この政策によるてこ入れの対象だった人々自身が「プレミアムフライデーはもう死んだも同然だ」と宣言している。2018年のバレンタインデーが迫る中、ゴディバの姿勢はマーケティングの一環という意味で利己的ではあるが、非常に重要だ。しかし、たとえ義理チョコ禁止令が下されたとしても、命令は無視され、日本がこれからもほろ苦い伝統を守り続けていくのは間違いない。 (Leo Lewis)


⦿フィナンシャルタイムズ 2018年2月8日付掲載⦿
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【わき上がる将棋熱】(04) めざせ藤井、子供教室活況

20180220 04
「正々堂々と戦います」――。昨年11月19日、千葉市の『幕張メッセ』に約3600人の小学生の宣誓が響き渡った。広い会場にずらりと将棋盤が置かれた机が並ぶ。対局開始の合図の太鼓で、一斉に駒を持つ手が動き始めた。17回目を迎えた『テーブルマークこども大会』の東京大会。真剣勝負が繰り広げられ、負けて泣きじゃくる子供の姿も。決勝戦は羽織袴姿で舞台の上で指された。解説役の9段・藤井猛(47)は、「子供とは思えない強さ」と目を見張った。大会は全国11ヵ所で催され、昨年は前年比4割増の約1万2000人が参加した。引率の親たちは、「これほど集中した顔を初めてみた」と驚く。4段の藤井聡太(15)も幼稚園から東海大会に出場。小学2年生で準優勝した時、負けた悔しさで壇上で号泣した逸話が残る。将来の藤井を目指そうと、将棋に取り組む子供が急増中だ。

渋谷区千駄ヶ谷の『将棋会館』2階にある道場。学校の冬休み期間中は子供たちが押し寄せ、順番待ちの行列ができた。街の将棋教室も満席が続出、空席待ちが続く。礼に始まり礼で終わる将棋は、礼儀が身に付く上、論理的な思考力を鍛えられる。「教育面でのメリットも大きく、親御さんたちの反応は良い」と、普及部門を担当する『日本将棋連盟』専務理事で9段の森内俊之(47)は言う。入門用にイラストをデザインした“どうぶつ将棋”や、駒の動きを矢印で示した“スタディ将棋”も、子供向けプレゼントの定番になっている。“I resign(負けました)”。昨年10月末、北九州市で開かれた『第7回国際将棋フォーラム』。海外でも広がる将棋熱を反映し、国際トーナメントには史上最高の42ヵ国・地域から48人が参加した。対局後には身ぶり手ぶりを交えて検討した。外国人で初めてプロになったポーランド出身で女流1級のカロリーナ・ステチェンスカ(26・左上画像右)も姿を見せ、外国人選手の質問攻めにあった。「取った駒を再び使える将棋は、終盤がダイナミック。世界にもっと広めたい」とステチェンスカは意気込む。インターネットやAIは将棋界をがらりと変えた。だが、時代を経て磨かれてきた伝統文化の魅力は失われていない。日本将棋連盟会長の佐藤康光(48)は、「多忙な現代だが、将棋で生活が豊かになったと実感してもらえるようにしたい」と力を込めた。 《敬称略》 =おわり

               ◇

山川公生が担当しました。


⦿日本経済新聞 2018年1月18日付掲載⦿

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【わき上がる将棋熱】(03) AIに学べ、プロも必死

20180220 03
「えっ、こんな手があったのか」――。新人王戦を2連覇した気鋭の5段・増田康宏(20)は、思わずノートパソコンを覗き込んだ。自分の対局で指し手に困った局面を分析すると、将棋ソフトが思わぬ手を示した。対局の無い日は東京都昭島市にあるマンションの自室に籠り、終日パソコンに向かう。2段積みのテーブルの上にパソコンを置き、腰痛予防の為に立って操作する。ソフトの能力を左右する処理速度は生命線で、高価な機種に買い替えたばかりだ。脚付きの立派な将棋盤は押し入れにしまって久しい。多くの棋士が練習対局で腕を磨く研究会は、「あまり意味が無く、殆ど参加しなくなった」と言う。20年余り前にはアマチュア有段者にも歯が立たなかったソフトが、2013年、プロ棋士を初めて破った。昨年4~5月には、最も伝統ある名人位を持つ佐藤天彦(30)に2連勝した。中学生棋士の藤井聡太(15)は、「形勢判断を評価値という数字ではっきり示すので、わかり易い」と言い切る。

棋力向上に役立つと、プロは挙ってソフトで研究し、駒の損得や配置から算出される評価値は、プロの戦型選択にも大きく影響する。例えば、昭和期には廃れた戦法とされた“雁木囲い”。「自陣の中央付近に玉を守る金銀を配置する形が攻守のバランスが取れている」とソフトが再評価し、1年ほど前からプロの間で大流行した。増田は今年度、雁木を頻繁に採用して好成績を上げてきた。しかし、「もう雁木も終わり。昨年末にはソフトの研究で、右四間飛車から分厚く中央を攻めるという有力な対策が出てきた」と渋い顔をする。ソフト重視の潮流は、第一人者で竜王の羽生善治(47)と雖も無視できない。昨年9月、雁木囲いを流行後初めて、王座戦五番勝負という大舞台で採用した。永世7冠の偉業がかかった竜王戦七番勝負でも使った。「流行の移り変わりは激しいが、最先端を取り入れながら前に進むことを常に心がけてきた」と羽生は言う。将棋界は今、7つのタイトルを6人が分け合う。群雄割拠の背景にはAIの出現がある。最新戦法が登場して廃れるまでのサイクルは一気に短くなった。事前研究が奏功すれば作戦勝ちし易く、最新型に詳しい若手が上位棋士を破る場面が増えた。「勉強しないと直ぐに沈んでしまう」。常務理事で9段の鈴木大介(43)は、危機感を露わにする。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2018年1月17日付掲載⦿

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【わき上がる将棋熱】(02) “観る将”を楽しませろ

20180220 02
「AbemaTVで週6日、対局を生放送できたらいいよね」――。昨秋、港区西麻布のレストランで、インターネットテレビを提供する『サイバーエージェント』社長の藤田晋(44)は、『日本将棋連盟』会長の佐藤康光(48)に切り出した。『AbemaTV』の将棋チャンネルが始まったのは昨年2月。記念企画の対局では、デビュー直後の藤井聡太(15)が、非公式戦ながら第一人者の羽生善治(47)を破り、地上波のテレビでも繰り返し放映された。1周年を前に平均視聴数は当初の3~4倍に拡大。現在、週1~3本の生中継を大幅に増やしたいという。20超あるチャンネルの中でも、将棋は目玉コンテンツの1つに育った。背景には、テレビやインターネットの中継を見て楽しむファン“観る将”の増加がある。「今日の勝負飯はカレーだ!」。観る将が関心を示すのが、対局者の仕草や、食事・おやつのメニュー等。「伸びをしたり扇子を鳴らしたり。思った以上に動きがあって面白い」。藤井フィーバーで将棋に興味を持った女性会社員(25)は言う。

AbemaTVは、対局中継の合間に棋士のプライベートな話題も織り交ぜる。「将棋の対局には人間ドラマがある」と、プロデューサーの塚本泰隆(30)は言う。7年前から将棋の対局を中継するのが、『ドワンゴ』がインターネットで提供する『ニコニコ生放送(ニコ生)』だ。タイトル戦をAbemaTVとニコ生が同時中継することもあり、解説上手な男性プロや人気女流棋士は奪い合いだ。ドワンゴは今年度、主催のプロ公式戦『叡王戦』をタイトル戦に格上げした。本戦の対局は15時開始で、19~22時のゴールデン帯に佳境を迎える。週末や祝日の対局も多く、観る将の取り込みに余念がない。「プレゼントにご応募下さい」。昨年12月、将棋連盟の棋士会と女流棋士会が催したクリスマスフェスタで、サンタクロースの仮装をした棋士がニコ生のカメラに話しかけた。出演棋士がアイデアを持ち寄り、名人の佐藤天彦(30)と王座の中村太地(29)が公開で対局し、来場者とのゲーム大会も催した。定員200人のチケットは直ぐに売り切れ、ニコ生の視聴数は約4万に上った。足を運べば憧れの棋士を間近で見られる催しは、将棋熱を押し上げる。普及の為の若手集団『東竜門』中心メンバーの中村は言う。「棋士自ら積極的に動くいい流れが出ている」。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2018年1月16日付掲載⦿

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【わき上がる将棋熱】(01) 冷めぬ藤井フィーバー

藤井4段の連勝記録樹立、羽生竜王の永世7冠達成と国民栄誉賞決定――。世間の耳目を集める話題が続き、空前のブームに沸く将棋界の今を追う。

20180220 01
今月5日午前11時、渋谷区千駄ヶ谷の鳩森八幡神社に、スーツ姿の男性棋士や晴れ着の女流棋士が集まった。境内にある将棋堂での新春恒例の祈願祭。永世7冠を達成し、この日、国民栄誉賞の授与が決まった竜王の羽生善治(47)も、タイトル保持者として参拝した。『日本将棋連盟』会長の佐藤康光(48)らも並ぶ列の周りには、憧れの棋士を一目見ようと足を運んだファンで人垣ができた。「こんなに沢山の人が見に来るなんて」。準備に当たった将棋連盟職員は驚いた。その後、向かいの将棋会館で催された指し初め式に参加した羽生(※右画像)は、小学生らとの記念撮影に気軽に応じた。「多くの人に将棋を楽しんでもらえる環境を作りたい」。同日午後の記者会見で羽生が発した言葉は建前ではない。対局の合間を縫い、取材を受けたり講演したりするのも、「将棋の魅力を伝えたい」との思いからだ。その姿勢は、史上5人目の中学生棋士・藤井聡太(15)にも受け継がれる。昨年12月、名古屋市で開かれたトークショー。幼い頃の藤井の写真が大型スクリーンに映し出された。「5歳でルールを覚え、直ぐに祖母に勝って楽しくなりました。祖母には感謝です」。はにかみながら話し、約450人が詰めかけた会場は笑いに包まれた。史上最年少でプロ入りした藤井は、同6月に29連勝の新記録を樹立した。その人気に肖ろうと、将棋連盟は品薄が続く扇子の他、Tシャツ等を次々と商品化。グッズの売り上げは前の年の3割増が続くという。

人気だけではない。今月14日、全棋士が参加する『朝日杯オープン戦』で名人の佐藤天彦(29)と対戦。難しい力戦を制し、ベスト4進出を決めた。来月の準決勝・決勝に、中学生での棋戦優勝という史上初の快挙がかかる。現在の実力はプロの中で十指に迫ると言われる。タイトル戦に格上げされたばかりの叡王戦では、16人で争う本戦トーナメント入り。1回戦で惜しくも敗れ、中学生の内にタイトル戦の晴れ舞台に登場する目は無くなったが、18歳6ヵ月というタイトル獲得の最年少記録更新も夢ではない。「脳理論では、最も成長するのは10代後半で、将棋に専心したい。勉強は30代になってもやり直せる」。昨夏、藤井は周囲にこう打ち明けていた。中学3年生の藤井にとって大きな決断となったのが、卒業後の進路だ。愛知県瀬戸市在住の藤井が、東京や大阪で深夜に及ぶこともある公式戦の対局を週1~2回熟しながら高校に通うのは容易ではない。一方で、将棋界では実績ある棋士が日本将棋連盟という組織の舵取りを担う。気の早い話だが、藤井も将来そうした立場になると期待される。人間形成に繋がる進学を強く勧める声もあり、心は揺れた。昨秋、高校進学を発表した藤井は、「羽生先生ら中学生棋士の先輩も高校には通った」と話すに留める。「周りの空気を読んだ末の結論では?」との声も上がる。藤井の一挙手一投足は今も注目される。棋士がここまで話題を集めるのは、1996年、羽生が史上初の7冠独占を達成した時以来だ。ただ、「当時の将棋界には慢心があった」と、普及に熱心な6段の勝又清和(48)は振り返る。将棋道場の多くは煙草の煙が充満し、子供や女性は入り難かった。初心者が気軽に学べる場も少なく、ファンの裾野は広がらなかった。『日本生産性本部』が出版する『レジャー白書』によると、2009年に1270万人あった将棋人口は、2016年には530万人に減少した。国民的な娯楽の代表格だった将棋も、趣味の多様化を受け、今ではルールさえ知らない世代が増えている。昨年8月、将棋連盟では会長の佐藤が自ら動いて、近くのレンタルスペースを借り、母親や若い女性らを対象に1回500円の初心者講座を開いた。ブームを一過性で終わらせない取り組みは、今後も拡充する。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2018年1月15日付掲載⦿

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【新米住職ワーキングプア】(09) まだまだ拙いとはいえ先がおそろしいペッパー導師の登場

20180209 17
昨年の盆の頃でした。『東京ビッグサイト』で開かれた『エンディング産業展2017』で、『ソフトバンクグループ』の人型ロボット『ペッパー』が読経する“ペッパー導師”が展示され、話題になっていました。人手不足の寺院や、葬儀を行なわない“直葬”での利用を念頭に置いた葬儀社から問い合わせが相次いだそう(※『週刊エコノミスト』2017年9月27日号)。読経の様子はテレビでも度々取り上げられていたから、ご覧の向きも多いのでは。確かに、その姿は実に愛らしく、拙い動きは何とも言えないほど。ですが、少し経つと今度は憎さがふつふつと…。「まだまだお前さんのようなひよっこにショバは渡さないぞ」なんて具合に、心中穏やかでなくなったものだから、これも職業柄というものでしょうか。多少の焦りもあり(※「ロボットに仕事を奪われるかも…」との)、画面を食い入るように見つめて渋い顔の私。窄めた口からは、先輩僧侶としての矜持からか、ブツブツと批判的な一言が飛び出るのです。しかし、そのうちに荒ぶる気持ちも収まってまいりました。「これなら負けないぞ」。そう思えてきて。何故なら、ペッパーの読経には、どこにも人生の悲哀が感じられませんもの。読経とはただ経を称えるのではなく、その意味や文脈を想像しながら、そこに個々の住職の人生観や時々の感情を擬えていく“救いの実践”でもある筈です。それは、その時の体調や気分に加えて、天気、気候、仕事の進捗、人間関係の綾といった諸々の全てが複雑に絡みあいながら展開される、再現不可能な“行”にも思えることです。

一見同じに映るかもしれませんが、細部には個別性が漲っている。つまり、唯一無二のただ一度きりの行――。それこそが読経というものの本質なのではないでしょうか? ペッパーにおけるそれは未だ、同じ再生を繰り返すテープレコーダーのようでもあり、また、仕草においても単純にお坊さんの真似をしているというようなレベルでありましょう。それは、例えば音源がもっと多様になり、音質が上がれば、或いは仕草がリアルになれば、かの読経がぐっと良くなるかといえば、そういう問題でもないでしょう。読経には、生きることそのものに苦悩を抱える人間にしか放てない滋味というべきものが滲んでおりましょう。それは、私たち生身の人間でしか未だ出せない、微妙な綾で織りなした秘めた味のように思うことです。年の瀬に何となくペッパー対決を制したようで、ちょっとだけ嬉しくなるのです。扨て、その師走。1年の収支を否応なく振り返らざるを得ない時期でもありましょう。会計帳簿を見て、思わず溜息してしまいます。まぁ、こういう悲哀を感じることもペッパーには無理な筈…等と、ついまた勝ち誇ってしまいます。本音は、お金のことなど無頓着に生きられる彼の立場を羨んでいたりする訳です。自嘲気味の笑みが浮かびます。しかし、言うまでもないことですが、だからといって苦悩を感じない“モノ”になりたい訳では決してないのです。触れるもの全てを焦がすような紅蓮の炎(※煩悩)。それは命が抱える業そのものであり、その近くにこそ、私たちの魂は正しく位置しているのですから。ただ、そうは言っても、やはり苦痛の無い世界があれば…と一方で願うことは自然の理でもありましょう。生きることの実相は、実に苦そのものなのであります。だとすれば、「苦悩が無い世界とは、極論すれば死の静寂漂うものの中にこそあるのか?」等とも考えてしまうのです。こればかりは極楽へ往生してみねばわかりませんね。誰も帰ってきた人もいない訳で。それはそうと、ペッパー君。彼を指して命ある生き物とは未だ言い難い訳ですが、かといって苦悩など未だ身の上のどこにもないだろう彼を(※無機的物質なのだから)、「命なきもの――死者?」とも認識できません。人工知能が進化した数年先にこそ、彼の“いのち”は語るに値する対象として、人間たちから熱視線を浴び始めるように思うことです。“苦”を識る者――存在となった彼は、命の眩いばかりの輝きを放ち始めるかもしれません。或いは、そのことに絶望してぐったりしてしまうやもしれませんが。苦悩とは命と表裏一体であると知ると、これがまさに五蘊盛苦なのだと、改めてロボットを通して教えられることでございます。ペッパーの近未来を想像する時、少しだけ哀れな気もしてくることです。美しい命を手にしておめでとう。そして、ようこそ苦海へ、ペッパー君!

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【新米住職ワーキングプア】(08) マイナス14㎏という業の深さにおののかされる半年でした

20180126 13
大人の事情というやつで、糖質制限ダイエットなるものに恐る恐るトライしてみました。その効果たるや絶大でありました。67㎏あった体重が、最初の3ヵ月でまさかの57㎏へ。現在は更に減少して53㎏。約5ヵ月でマイナス14㎏。あり得ない数値が叩き出されたのです。まさかここまでとは。今や世間に浸透した感のある糖質制限ですが、これほどの効果を齎すとなれば、有無を言わさない説得力があります。これまでも小生、カロリー制限や運動等をしたことは、あるにはありました。でも、思ったほどに体重の減少がみられなかった。そこは秘めたる苦い経験なのであります。ところが、今回は殆ど努力がいらなかった。やったことは、毎食からご飯粒・パン・麺類を遠慮しただけ。嘗て相当な気合いで臨んだ挙げ句、見事に空振りしたあれは一体何だったのか…。それにしても、見事なまでに体から無駄な脂肪が断捨離されたのです。扨て、ここに至るまでにはちょっとしたきっかけがある訳です。皆様におかれましては、当然のことながら正座の多い毎日でありましょうが、体調は如何でしょうか? 私の場合、ここのところ膝痛や腰痛で長く座ることが非常にしんどかった。整形外科でアドバイスを求めると、「兎に角、体重を落としなさい」とのこと。しかし、それこそが一番の難題ではありませんか? 「参ったな」。頭を抱えながら鈍い痛みと格闘していたのでありますが、ある朝、起きると異変が。何故かそんな痛みが今度は脇腹のほうへと移動している…。「体を捻ったのだろうか?」くらいに最初は思ったのですが、一抹の不安が拭えません。ここは念の為に病院の門を叩くことに。

「ここ数年は健康診断に行く暇も中々取れませんでしたから、よい機会かも」。そんな風に自分を宥めつつ、しぶしぶ一通りの検査を行なったその翌日、先生から沙汰がありました。ドクターを前にすると自然に背筋が伸びます。神妙にしていると、「尿酸値が高いですね。肝臓は、まぁ…フォアグラ。あら、血糖のほうも」。のっけから強烈なストレートパンチを打ち込まれます。「ところで、お酒は飲まれます?」と先生。「そうですね。毎日ではないですが、ぼちぼち」と恐る恐る私。「どんなものが好きですか?」「ビールとか日本酒とか」「つまみと一緒ですか?」「ええ、魚のワタなんかをよく。卵料理等も。あと、飲んだ後にラーメンとか。甘いものもいけます」。あれっ? 今、先生の顔色が若しかしてちょっと変わった?――思う間もなく、「貴男の場合、このままいくとですね、そういうのは難しくなりますよ」。かなり厳しい一言を賜ったのでした。ぎょっとしたのは言うまでもありません。前回の検診では何の問題も無かった筈。なのに何故…。最早、そんな歳なのかと、その時は気分が大きく沈んだことが思い返されます。結局、外科での時と同様、ここにおいても食事への注意と減量のお達しが厳しくなされたのでした。それが一番難しいのですが、小生も心を入れ替えるつもりで受け止めました。「たとえやりたくなくとも受け入れねばならないご縁というものもあるではないか。これはそういった類のものなのだろう」と。丁度、進行中の仕事の打ち合わせもあって、この話を知り合いの編集者に話したところ、同じ年代ということもあったのでしょう、大層親身になって下さり、「だったら、うちで刊行したものでいいものがありますよ。若し参考になれば」と、数冊の本を態々送ってくれたのです。それこそが、この度の信じ難い(体重)減少を齎した奇跡の種となったのですから、これぞ仏縁の妙。ありがたや。今から思えば、この編集者が菩薩さまに思えてきます。そんな私が手に取ったミラクル本とは、夏井睦著『炭水化物が人類を滅ぼす』(光文社新書)。既に広く知られているように、“糖質制限”ブームの火付け役となった1冊です。タイトルにある“人類を滅ぼす”という文言が実に衝撃的です。著者曰く、私たちを減はす首謀者は炭水化物だと。「相手は植物でっせ、先生」と、俄かには信じ難いものがあったのですが、読み進めていくうちにその真の意図が伝わってくるのです。恐らく、著者には広く伝えたいことがある。それは次のような問題提起と受け取りました。「甘さは強烈な味覚で強力な習慣性を生む→これにより人類は食べる快楽を知った→働く為に食べる(※エネルギーを摂取する)というサイクルから食べる(※という快楽を得る)為に働くようになる→これって植物による支配構造の中に組み入れられているのでは?」。最早、植物由来の甘みというものに取りつかれた私たちは、主体的に生きる“考える葦”ではなく、知らず知らずに甘さを欲して行動する危ういジャンキーとなっているのではないか? それでいいのか? もっと人間らしく自立心を持った生き方をすべきではないのか? その為には、炭水化物摂取をできるだけ制限することだ――。そんな夏井先生の魂の叫びが、私には聞こえてまいります。

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【新米住職ワーキングプア】(07) 信じられるものが見つけにくい人々に僧侶は何が説けるか

20180126 11
昨今、テレビ等で不倫が断罪される様子をしばしば目にします。この原稿を書いている9月時点では、大物女優のYSさんがターゲットとされていました。過去にも同様の報道があった彼女。今回は以前にも増してバッシングが強い模様。はらはらしながら推移を見守っていましたが、意外にもご本人が飄々としており、ちょっとした救いを感じたことです。それにしても、何故・いつから・どうして、これほどに不倫は叩かれるようになったのでしょうか? 芸能人だけでなく、政治家・一流スポーツ選手・著名人・文化人等、彼ら彼女らの名前が挙がる度に少しばかり心が痛むのです。一方で、誰もがその名を知っているTKさんなんかは、愛人がいることを公言して憚らないこともあってか、全く批判の的となっておらず。それはそれでまた興味深いのですが。同じことをしていても、これほどに扱いが変わるのは何とも不思議です。1つには、「“対象”への過度の期待感や感情移入の問題では?」と思ってみたり。「政治家には品行方正を求める」「あの俳優は夫婦睦まじい筈なのに」「あの女優は過去の過ちをきっと反省しているだろう」等々。ですが、現実は必ずしもそうではない。その果てに「裏切られた」と感じた時、私たちは怒り心頭に発するようです。但し、TKさんのように端からわかっている場合にはそれが当て嵌まらない。その意味で、彼は尊崇と失望とを表裏一体に有する“対象”とはならないのでしょう。ともあれ、お坊さんも気をつけておかねば危ういような…。女性にモテるあの人やこの人の顔が浮かんでしまい、他人事ながらちょっと気にかかってしまいます。

私たちは、気になる関心対象へ深く感情移入してしまうきらいがあります。渥美清さんや高倉健さんは、そうしたことに付随するある種の危険性を熟知されていたのでしょう。一歩間違うと失望感を与えかねないからです。それもあってのことでしょう。自身の私生活を一切明かさずに、スクリーンの中で輝いている人物像が崩れないように、最善の努力をされていました。しかし、生身でこれを演じきるのは、かなりしんどいことではないでしょうか。一度でも「裏切られた」と受け止める人が現れれば、それまでのスターであっても忽ち批判の対象へと転落しかねない。更に、失望感に囚われた人は危うい行動を取りかねません。生身の人間に寄りかかるということは、たとえ相手が仮面を上手に被ることに長けたアイドル等であっても、いつの日か破綻するかもしれません。私たちだって、そのことをどこかでわかっています。だからでしょうか。私たちはしばしば、人間以外の対象に深い関心を寄せたりします。身近なところでは犬や猫に対して。生き物以外に目を移せば、例えば車やバイクへも深い愛着を示すことが珍しくありません。ロボットはどうでしょうか? 2次元アニメのキャラクターにさえ“萌える”私たちですから、それも当然ありですね。それらの延長線上に、コンピューターグラフィックスで動くバーチャルアイドルも誕生しました。バーチャルシンガー“初音ミク”。音楽作成ソフトとして誕生した彼女は、瞬く間にインターネットユーザーたちのハートを鷲掴みにしてしまいました。クリエイターたちが彼女を歌姫とすべく、果敢な作曲にトライする中、いつしか彼女は電脳世界でのプログラミングされた無機的な存在でなく、本物の命を宿し始めます。開発者の伊藤博之氏は、そのことを文化的価値の側面から上手く捉えていますから要約しておきます。「命なきものに魂を吹き込む文化的な習慣が日本人にはある。CGで映し出される“彼女”のライブ会場においては、観客が“人”として“彼女”を見つめている。そこに命が吹き込まれるのだ」と。実際、観客がいないリハーサルにおいては、「存在として何かが圧倒的に足りない」と伊藤氏は述懐しています(※ORICON NEWS-初音ミク10周年、“生みの親”語る『命なきものに魂を吹き込む』文化)。彼女を“命”として信ずる仲間たちの存在が、無機質なものに“魂”を生じせしめるエネルギー源となっている。そして、こんな事象に現代人は最早、特に驚きません。考えてみると、遥か昔から、実はご先祖たちだって似たようなことをされてきています。目にも見えず、音も色も匂いも無く、触ることもできない対象に、お爺さんやお婆さんは深く頭を垂れて敬っていたではありませんか。或いは時に熱狂していた筈です。そう、“仏様”に対してです。幼き頃から、折に触れてそうした年長者の姿を見て育った私たちにとって、無機なる存在に命を見出すことは、そう難しくないことなのかもしれません。

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【解を探しに】第4部・古式新しき未来(01) スマホを置いて島へ

価値観が大きく揺らぐ時代をどう生きるか? 一旦立ち止まり、私たちが捨ててきた従来の生活や考え方を振り返ることで、未来へのヒントが見つかるのではないか?

20180117 08
先月の週末、兵庫県の瀬戸内海に浮かぶ無人島に5人の中学生の男子が上陸した。重要なミッションを抱いて――。彼らが参加した『オフラインキャンプ』は、夏から秋までの計3回の合宿生活で、インターネットやスマートフォン漬けの生活から脱却することを目指す。到着時にスマホを預け、1~4泊の期間中、昼は釣りやカヌーで汗を流し、夜は焚き火を囲み語らう。「アナログの楽しさを経験してもらう」(プログラム作り等に関わる兵庫県立大学の竹内和雄准教授)のが狙いだ。スマホの無い生活なんて一昔前の若者なら当たり前の日常なのだが、生まれた時からインターネットやパソコンに囲まれていたデジタルネイティブ世代には意外にきついらしい。親に参加させられた子供が殆どで、当初は「何故参加しなければならないのか?」との声も漏れた。大阪府内の私立中3年生・長瀬紳之助さん(15)は、1日10時間以上スマホのゲームにはまっていたが、「リアルな遊びも楽しいと思うようになった」。今は「スマホを手にするのは1日1時間」と決めている。13~69歳の1500人を対象にした総務省の調査では、平日のインターネットの平均利用時間は2013年に77.9分だったのが、2015年には90.4分に、休日は86.1分から113.7分に其々増えた。

生活の中で不可欠な存在になる一方、過度にインターネットの世界に没入する弊害が問題に。依存からの脱却を目指す“デジタルデトックス”という言葉も知られるようになってきた。“脱デジタル”への挑戦は、ビジネスの現場でもみられる。生活用品製造の『アイリスオーヤマ』(宮城県仙台市)は2008年、社員個人の机からパソコンを一掃した。書類だけが並ぶ机の上は、社員1人ひとりがパソコンを持つようになった2000年代以前の風景のようだ。パソコンやインターネットを使う時は専用スペースに出向く。時間も1回45分に制限される。新製品販売が振るわなくなり、「社員同士のコミュニケーションが不足しているのでは?」と経営幹部が考えたのがきっかけだった。効果は覿面。メールによる連絡が減った代わりに、「社員同士の会話が増えてアイデアが出し易くなった」(広報室)。パソコンが制限されたことの弊害は「殆ど無い」。尤も、同社のような取り組みは限定的だ。企業で働く多くの人は、ITと距離を置くことの難しさを実感している。兵庫県の合宿でも、「夏の合宿後、再びスマホの利用時間が増えた子供もいた」(竹内准教授)という。社会学が専門の関西大学・永井良和教授(56)は、必要性がない為、携帯電話を持たない。論文は手書きで執筆し、推敲を終えてからパソコンで清書する。以前は最初からパソコンで打っていたが、「自分で書いた文章と実感できない」と思い、手書きに戻したという。「文章を“書かされている”感覚は無くなった」と笑う。ただ、デジタル全否定ではない。自宅や研究室ではインターネットも使う。「デジタル化社会に抵抗はしないが、自分を見失わないようにしたい。現代人は、デジタル機器のいいところ・悪いところを見極めようとしている最中だ」。こう考えている。


⦿日本経済新聞 2016年12月6日付掲載⦿

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病名という免罪符があればワガママ三昧! 鬱病とか“大人の発達障害”に世の中甘過ぎやしませんか?

全ての活動に対する意欲が著しく低下し、何にも興味が持てず、焦燥感に苛まれ、食欲は無くなり、日々不眠に悩まされる鬱病。こんな厄介な精神疾患が世に溢れ過ぎていると思いませんか? そして、あまりにも優遇され過ぎだと感じませんか? (フリーライター ダテクニヒコ)

今を遡ること6年前、『クローズアップ現代』(NHK総合テレビ)にて“現代型鬱”の特集が放送された。その中で取り上げられたのは、こんな実例だ。東京都内のIT企業で働く入社2年目の社員が、電車に鞄を置き忘れてしまったという。そのことに対して上司が注意したところ、体調不良を理由に鬱病の診断書を提出し、休職した。正直、「そんなことが許されるの? その会社はバカなの?」との感想を持った方も少なからずいるだろう。因みに、その社員は休職中に同僚と何度も酒を飲みに出かけていたことが判明。更に、別の4人の社員が同じような理由で会社を休む事態が起きたという。「いやいや、いい加減にしろよ! 飲みに行けるヤツのどこが鬱病なんだよ!」と憤りたくもなるが、彼のように「仕事のときだけ鬱状態になり、帰宅後や休日等は通常通り活動できる」といった症状なのが、現代型鬱・新型鬱・非定型鬱と呼ばれるものなのだという。「へぇ~、そうなんですね」としか言いようがない話だが、この番組の構成からして「若い社員の甘えじゃないか?」という意図が見え隠れし、「NHKは理解不足だ!」という理由にて、インターネット上では炎上していた。所謂現代型鬱を認める層が、6年前の段階でかなりいたことになる。それから3年後の2014年、人気アイドルグループ『AKB48』の大家志津香が、自身の『ツイッター』にテレビの報道番組の画面をキャプチャーした画像を3枚投稿した。1枚目には新型鬱について、「都合の悪いことに対面すると気分が沈んだ状態が続く…(一方で)楽しいことがあるとウソのように元気に」と記載。2枚目は、40~60代の従来型鬱と20~30代の新型鬱を比べたもので、後者の特徴として「趣味は楽しむ」「『自分はうつ病だ』という」と書かれた表になっており、3枚目には「新型うつになりやすい性格」として「自己中心的で責任を相手に押し付ける」「“理不尽”への耐性が低い」と書いてあった。そこに添えられた彼女のコメントはというと…「ただのゆとり」。それこそ、40~60代の中には「その通り!」と膝をポンと叩いた者もいただろうが、「実際に苦しんでいる人が1人でもいるならネタにすべきじゃない」「怠けているように見えても実際大変な病気だったりするから、こういうことは軽々しく言わないほうがいいよね」等といった批判が相次ぎ、ツイートの削除を余儀なくされたのだ。同年には、会社勤めだとみられる一般の女性がツイッターにて、「部署内で先月中旬からうつで来なくなった40代社員に対し、同じような業務してる同僚が吠えてしまった。『俺だってうつ病言って家でぬくぬくしたいわっ』。部署内一同無言の拍手」という投稿をし、更に「うつ病言って会社来なくなる人ほんと勘弁。速やかに退職お願いします。つらいのはあなただけではなく皆耐えてますから」と付け加えた。それに対して、「鬱は甘えとか言っているヤツが未だに存在するんだ」等の激しい批判が噴出。勤務先や実名まで探られたその女性は、ツイッターのアカウントを削除している。

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何故、そこまで鬱病を擁護するのだろうか? 甘やかせるのだろうか? 鬱病だけではない。発達障害に関しても擁護し、職場や社会で保護する風潮が出来上がっている。前述したクローズアップ現代では2013年、“大人の発達障害 個性を生かせる職場とは?”という特集を放送している。新型鬱の回とは打って変わって肯定的な内容で、「コミュニケーションが上手く取れないといった発達障害を持つ者は少なからず存在していて、彼らを叱咤したり切り捨てることなく、その“個性”が生かされる職場に就かせてやるべきだ」としている。その放送から4年、今では注意欠陥多動性障害(ADHD)やアスペルガー症候群の人が身の回りに点在するようになった。抑々、10年以上前には聞き馴染みのないそのような病気が、何故増殖したのか? 発達障害とは生まれつきの障害であり、大人になってから発症するものではなく、子供の頃からある障害。それなのに、ADHDやアスペルガー等は大人になってから気付くという人が多い。何故なのか? 先ずひとつに、自閉症や学習障害等のように知的な遅れがあれば子供の頃に気付くが、それを伴わない場合が多いADHDやアスペルガーは気付き難い。もうひとつは、子供の頃は親や学校の先生から保護されて、人との付き合いや生活全般をサポートしてもらえていたが、大人になって独りで複雑な人間関係の中に飛び込み、何でも自分でやらなくてはならなくなって初めて、「自分はちゃんとできてない」ことに気付くからだとされている。勿論、子供の頃、例えば学校生活の中でも発達障害の特徴的な行動はしていたのであろうが、利害関係の無い教室では「ちょっと変わっているなぁ…」という程度で、顕著なものではなかったということ。実際にどのような行動や言動がそれらに当たるのだろうか? 学校によくある風景から見ていこう。

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