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【寺田農エッセイ】(02) キム・ノヴァクのサイン

20210421 05
1958年11月。高校1年生のわたしは池袋の映画館に行った。何を観たいという思いもなく、ただ学校をさぼって映画館に足をはこぶという背徳感に酔っていただけなのだ。『めまい』。アルフレッド・ヒッチコック監督作品。この時の衝撃は、まさにタイトルどおり、わたしには大きなめまいとなって襲ってきた。シネマスコープの大画面にくりひろげられるヒロインの美しさ、ブロンドの髪はもちろん、下からそっと上目づかいに輝く眼。どこを見ているのかさえ、さだかではない深くひきこまれるようなブルーの瞳。役柄とはいえ、夢遊病者のようにあてどもなく彷徨う後ろ姿。このとき、わたしは初めて官能と妖艶という言葉を知ったのだろう。キム・ノヴァク(1933-)。アメリカの女優、わたしの初恋のひと。原作の舞台はパリ。それをヒッチコックはサンフランシスコに移した。坂道を走る路面電車、金門橋。ジェームズ・スチュワート扮する元刑事が、友人の依頼で自殺願望のある彼の妻の行動を追っていく。美しい風景のなか、2人の間に芽生えてくるせつない恋心、こうして映画はとんでもないラストを迎えるのだが。作品の素晴らしさはもちろんだが、わたしにとってはなにがなんでもキム・キム・キム・ノヴァク。それからは、頭のなかを駆けめぐるのは彼女のことばかり。ありとあらゆる記事を切り抜いて集めた。…そうだっ、ファンレターを書こう…。冬休み、辞書にかじりついて拙い英語で送った。返事なんかあるはずがないという周りの冷ややかな視線をよそに、ひたすら待ちつづけた。翌年の4月、桜の花も散ったころ学校からの帰りにポストをのぞくと、見慣れぬエアメールが入っている。震えながらそっとそうっと開くと、そこには16歳の少年をじっと見つめる彼女がいた。左下のところに紫色に近いブルーのボールペンでKimと…。遠い遠い昔のおはなし。わたしは、この世界に入ってから頼まれたサインを断ったことはない。


キャプチャ  2021年4月13日付夕刊掲載
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テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

【寺田農エッセイ】(01) 父に出した絵はがき

20210421 04
「お父さん はがきをありがとう こちらはうちのばらが、ビーロドのように赤くてきれいです 早くかえってきてください でわグウバーイ」――。これはわたしが小学3年生の頃の絵はがきです。わたしの父、寺田政明(1912-1989)は洋画家で、北九州から16歳の時に上京、後に『池袋モンパルナス』と呼ばれる地で一時期を過ごし、わたしはそこで生まれた。一昨年、父の没後30年の記念展が開かれ、その折に出てきたものである。いゃあ驚きましたね、いったいどこにこんなものがまぎれていたのか。だいたい、わたしはなにかモノをきちんとファイル保存しておくなんてことができない。ですから、何度か賞を頂いた作品の台本すら一冊も手元にない。別に意識的に捨てたわけでもなく、ただいつのまにかどこかへいっちゃう。今思えばかなりお宝モノだってあった。18歳、初舞台の時に作者の三島由紀夫先生に揮毫して頂いた“寺田農君 祝初舞台 よかったよ”なんて色紙もすぐになくなっちゃったもんね。まぁ簡単にいうとイイ加減でだらしないんですね。なかには昔からの台本、ビデオなんぞもすべてきちんと整理保存しているひともいらっしゃる。こういうひとはやはり真面目です。何に対してもきちんと向き合い、一生懸命に努力する。エラいねぇ、でも間違ってもわたしの傍には居てほしくない。わたしはこういうことが根っからダメ、苦手。物事に真剣に立ち向かうなんてことができない。なんだか恥ずかしいし、テレちゃうのね。わたしはもちろん真剣に取り組んでいるつもりなんですがね。ところで突然ですが、わたしのキライな言葉は努力、忍耐、我慢。しつこいわりには、アキっぽい。さそり座の午年のB型。すべてはこれにつきる。世の中は、なるようにしかならん。この絵はがきを見ると自分の性格がはっきりわかります。赤いバラがきれいだと言いながら、バラは難しいから手近のティーカップでごまかす。かと思えば、他人と違えばウケるということを知っていたイヤなガキでありました。ただ、“ウケねらい”は後の役者人生にとっては…ねぇ。でも、しょせんは“グウバーイ”だからなぁ。


キャプチャ  2021年4月12日付夕刊掲載

テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

【東畑開人の週刊臨床心理学】(46) 未来を手繰り寄せる



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今、これを書いているのは卒業式のシーズン。学生たちが其々の未来へと巣立っていくおめでたい時期。しかし、明暗がある。第一志望の企業に就職を決めて、期待に胸を膨らませている学生もいれば、不本意な就職を余儀なくされて、悔しい思いをしている学生もいるし、抑々きちんとした就職先が見つからず、春からどうすればいいか途方にくれている学生だっている。同じ大学に4年間通っていても、未来は様々だ。当然ではあるのだけど、やはり社会は残酷だと思ってしまう。一体、何が違いを生んだのか。尋ねてみると、納得いく就職をした学生たちは一様に「早め早めにやっていました」と答えた。2年生の頃から情報を集め始め、職種や業界について理解を深める。説明会や短期インターンに参加し、行きたい会社を絞る。3年生になれば、その会社の長期インターンに参加し、顔を覚えてもらう。すると、本格的に就活が始まった時には、直ぐに内定が出る。これに対して、上手くいかなかった学生は対策が後手後手に回り、気付けば就活が終わっていたという。結局、未来を見据えて、準備し、努力しようという陳腐な話だ。大学の就職セミナーで口酸っぱく言われているし、下手したら小学生の頃から言われ続けてきた話だ。大昔に偉い学者が見抜いたように、資本主義とは未来の為に生きている人を厚遇する社会なのだ。そんなことはわかっている。だけど、どうしても未来に向かって動くことができない。殺到する現在を処理するだけで精一杯になってしまう。そういう学生たちの話を聴いていると、未来は誰もが持っている当たり前のものではないと思う。未来が存在する為には、不可欠な前提がある。

40代前半の彼は、内科の専門医から紹介されて、カウンセリングにやって来た。糖尿病のコントロールを上手くできないというのが理由だった。インシュリン注射はさぼリがちになっていて、食の管理も難しかった。それから、もう一つ問題があった。今の仕事の任期が終わろうとしていたから、新しい仕事を探さなくてはいけなかった。だけど、本当の問題は、彼がその何れに対しても絶望していたことにあった。糖尿病にせよ、転職にせよ、取り組んだところで意味があるのか。「どうでもいいと思ってしまう」。彼は無力感と抑鬱の中にいた。様々な事情があったが、そのひとつに大学卒業が就職氷河期と重なった不運があった。正規雇用からあぶれた彼は、長く契約社員や派遣社員として働いてきた。そのことを、彼は自分の能力や努力の足りなさだと責めていた。実際には彼は真面目で、コミュニケーション能力に長けた人だったから、それはフェアな判断ではないと私には思えた。だから、社会が彼を冷遇したせいじゃないかと伝えたこともあったが、あまり響かなかった。面接は一進一退だった。現実に取り組もうとする彼もいたが、「どうでもいい」と絶望している彼もいた。履歴書を書こうとするのだが、自己の長所欄まで来ると筆が進まなくなった。炭水化物を控えた次の日に、結局、暴食してしまった。自分を大切にしようとして、大切にできない。そういう彼について、私たちは話し合い続けた。それでも時は流れる。心は同じところを巡っていても、現実は向こうからやって来る。仕事の任期が迫っていた。だけど、追い詰められる彼に思わぬことが起きた。何人かの知り合いが仕事を紹介してくれたのだ。彼の仕事ぶりと人柄をきちんと見ていた人がいた。彼は驚き、喜び、しかし困惑した。どの仕事を選ベばいいかわからなかったからだ。人生は“どうでもいいもの”だったから、これまで流されるようにして生きてきた。だけど今、彼の前には複数の未来が並んでいて、選ばなくてはいけなかった。悩んだ挙げ句、彼が始めたのはエクセルだった。月々の食費や住居費等の出費を数え、これから要るものや欲しいもの、そして必要な貯金の額を計算し、エクセルで纏めた。生まれて初めて、彼は自分のファイナンスを把握しようとしたのだ。すると、自ずと選ぶ仕事が見えてくる。それだけじゃない。雇用主と粘り強く待遇の交渉をすることまでできた。近未来を想像し、それを手繰り寄せようとする彼がいたのだ。3ヵ月後、転職を機にカウンセリングは終わることになった。

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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

【異邦人のグルメ】(101) ジュディ・オング×『華都飯店』(東京都)

https://www.dailyshincho.jp/article/2021/04180555/?all=1


キャプチャ  2021年4月15日号掲載

テーマ : こんな店に行ってきました
ジャンル : グルメ

【東畑開人の週刊臨床心理学】(45) 心は劇場



20210409 10
「ねぇ、バジー」「何だい、マチルダ」「いつかキューバに行ってみたいわ」「本当かい、泡盛ってタイ米からできているらしいぜ」「あら、私、泡盛は苦手よ。酷い二日酔いになるもの」「ああ、今年のシカゴブルズは期待が持てそうだな」。女はバーカウンターにグラスをそっと置く。「バジー、貴男、私の話を全然聴いていないわよね?」。険のある言い方だった。男は平静を装う。ウィスキーを一口舐める。「聞いているよ、マチルダ。俺の全身が耳だ」。女は溜め息を吐き、席を立つ。「私はメアリ。二度と話しかけないで」――。バジー東畑。カンザス州トピーカのオーセンティックなバーで、馬耳東風を決め込むハードボイルドな日系人。そんなバジーさんが縦横無尽に芸能ニュースを切っていく。そういう連載をしたかった。嘗て、キリスト教作家の遠藤周作は“狐狸庵先生”を名乗り、臨床心理学者の河合隼雄は“日本ウソツキクラブ会長”を自称して、エッセイを書いていた。普段、堅い仕事をしている人がお気楽なエッセイを書く為には、第二の人格が必要だ。それだけじゃない。第二人格は心を豊かにしてくれる。普段、生きていない側面に光が当たり、周りも「あの人だったらしょうがないよね」と優しくしてくれる。彼らはそう語っていた。だからこそ、バジーさん。これまで八方美人をする為に汲々と生きてきたので、これからは馬耳東風でいこうと決めて、この連載を始めた。それなのに、悲しいかな。名物キャラクターになった狐狸庵先生と比べて、バジーさんのキャラは薄いままだった。いまいちキャラが立っていないのだ。だから結局、読者にも認知されず、身の回りでも誰も私をバジー扱いしてくれなかった。それで今でも汲々としながら八方美人を続けている。ああ、俺の全身が無念だ。

不思議な話を聴いた。彼女には不登校の娘がいて、その相談でカウンセリングに来ていた。だけど、ある日、全然関係のない話をし始めた。未だ結婚する前、システムエンジニアとして働いていた頃、彼女は不幸だった。大学で情報科学を学び、キャリアを積み重ねようとしていたが、職場には“ガラスの天井”があって、上司や同僚から冷たい目で見られていた。交際していた男性と別れたのも同じ時期だった。彼も彼の家族も、そして彼女の家族も、家庭に入ることを求めていたけど、彼女が拒否したからだった。何もかも上手くいかない。今思えば鬱状態になっていた。よく眠れず、いつも不安だった。だけど、彼女が助けを求めたのは医療ではなく、神社だった。仕事の帰り道、小さい頃からよく遊びに行っていた地元の神社に立ち寄るようになったのだ。別に神を信じているわけではなかった。だけど、何故か祈るようになった。「神様、助けて下さい」。残業が長引いて遅くなったある夜のこと、いつものように賽銭箱の前で手を合わせていると、彼女は名を呼ばれた。「○▲×!」。恐ろしい声だった。彼女は戦慄した。声は続いた。「◇×●!」。声の主は自分を“神”だと名乗った。彼女にはその頃の記憶が殆どない。だけど、世界は劇場になった。神の声が指令を出し、彼女は言われるがままに従った。職場では上司を叱りつけ、大立ち回りを演じた。家族には「死ぬことになった」と厳かに告げた。皆、慌てふためいた。彼女は方々の霊能者のところに連れていかれ、先祖の墓を拝んで回った。仕事は辞めることになり、多めの退職金を貰った。そして、最終的に精神病院に入院することになった。3ヵ月経って退院する頃には、声は全く聞こえなくなっていた。神は去ったのだ。人生はすっかり更地になっていた。30歳だった彼女は無職で、家族は最早、平穏さ以外の何も求めなくなっていた。暫く休養した後、彼女は非常勤としてエンジニアの仕事を再開し、その後、常勤として採用された。縁があってある男性と結婚し、子を儲けた。仕事を続けながら子育てをしてきた。そして、娘が不登校になった。「あれが何だったのか、今でもわかりません」。彼女は首を傾げた。私にもわからなかった。何故今、その話をしたのかもわからなかった。「不思議な話です」と彼女は強引に纏めてから、娘が深夜までスマホをいじっている話に戻った。

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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

【異邦人のグルメ】(100) ダイアン吉日×『アブサンソラー』(大阪府)

https://www.dailyshincho.jp/article/2021/04110555/?all=1


キャプチャ  2021年4月8日号掲載

テーマ : こんな店に行ってきました
ジャンル : グルメ

【防災ニッポン】第11部・津波&生活再建(下) 心の傷、語り集って克服へ

https://www.bosai-nippon.com/feature/1956


キャプチャ  2021年2月19日付掲載

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【防災ニッポン】第11部・津波&生活再建(中) 住宅修繕、自ら一歩踏み出す

https://www.bosai-nippon.com/feature/1953


キャプチャ  2021年2月18日付掲載

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【防災ニッポン】第11部・津波&生活再建(上) 資金面の備え、情報収集を

https://www.bosai-nippon.com/feature/1950


キャプチャ  2021年2月17日付掲載

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【東畑開人の週刊臨床心理学】(44) 非公認心理師は囁く



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数年前、公認心理師という国家資格ができたことをご存知だろうか? 長年、民間資格しか存在せず、法律的には曖昧な位置付けだった心理の仕事が、遂に国家に公認された。業界的には大変喜ばしい出来事だったのだけど、個人的には不満がある。兎に角、名前が気に入らない。格好悪いと思わないか? 若しかしたら、市役所の食堂におしゃれさを要求するような思考だと思われるかもしれない。でも、公認会計士は結構、格好良い名前ではないか。それは多分、会計が公認であるべきものだからだ。世の中に非公認の会計ばかりが溢れていたら、資本主義は壊れてしまう。だから、“公認”と“会計”を組み合わせた名称には清潔な響きがあって良い。しかし、だ。心は公認されるようなものではないんじゃないか。…と、国家反逆的なことを考えつつも、悲しいことに根は小市民。国家資格が欲しくてたまらない。だけど、受験するまでが大変だった。現任者講習と呼ばれる過酷な研修を受けなくてはならなかったのだ。朝から晩まで1週間、巨大な会議室に軟禁されて、ひたすら教科書の朗読を聞かされ続ける。その間、スマホを弄ることも許されない。幼い頃に悪い山伏に呪いをかけられたせいで、座って授業を聴くことが出来ない体質になってしまった私にとって、この上ない苦行であった。終わって解放された時、私は完全に洗脳されていた。会う人会う人に、「何やってんすか? 公認心理師ならそんなことしませんよ」と説教して回るようになっていたのだ。国家恐るべし。決まった型が定められ、そこに心と体をすっぽりと収める。公認されるとはそういうことなのだ。「だけど」と私の中の非公認心理師が囁く。「それって、本当に心なのかい?」。

未だ大学院生だった頃、小学校でアルバイトをしていた。2年生の教室に入って、授業についていけない子供の補助をする仕事だった。これがつらかった。山伏の呪いのせいで、先生の話を聴いていると直ぐに空想の世界に入ってしまうし、抑々、体がもぞもぞするから椅子に座っていられない。私が一番授業についていけてなかった。いや、もう一人、不適応の少年がいた。彼は“ダンボ”と呼ばれていた。教室の一番後ろに、彼専用の段ボールが設置されていたからだ。多分、天狗の呪いがかかっていたのだと思う。ダンボは授業中にふらふら立ち歩き、誰かれ構わず話しかけた。注意されると、混乱して収拾がつかなくなった。そういう時、彼は段ボールの中にひきこもった。私が段ボールの中へと追いかけると、彼は「アカン、もう嫌や」と呟きながら、内壁にマジックで落書きをしていた。家や車が沢山描かれている。聞けば、そこは王国で、ダンボが王様なのだという。「おお、いいなぁ」と私が言うと、彼は私の家も描いてくれた。だから、そこは授業についていけない人が亡命する小さな国家になった。私はそこに入り浸るようになった。大人と子供が段ボールの中でもぞもぞしている。奇妙な光景だったと思う。だけど、ある日の昼休み、ふざけていた男子たちが、うっかり段ボールを踏み潰してしまった。ダンボは、ぺしゃんこになった王国を見て言葉を失った。先生は新しいものを用意すると約束したのだが、手に入るのは翌日以降になりそうだった。だから、午後一番の授業、ダンボはいつも以上に教室をうろうろしたが、逃げ込む先がなかった。すると、教室を飛び出すしかなかった。「追いかけて!」と先生に言われたので、私も走りだす。勿論、直ぐに追いつくのだけど、敢えて減速する。「待てー」と言いながらも、ゆっくり走る。教室に戻りたくなかったからだ。ダンボは廊下を飛ぶように走る。校舎を出て、体育館の横を走り抜ける。裏庭の小さな池にまで辿り着くと、ダンボはしゃがみ込んだ。「おるな、オタマジャクシや」。見れば、濁った池一面にオタマジャクシがうじゃうじゃと泳いでいる。春なのだ。「足生えてるやつ、探そうや」。そう言って、ダンボはオタマジャクシを次々と指でつまむ。教室では見せたことのない集中力だった。「凄いじゃん」と私が言うと、ダンボはニカッと笑った。チャイムが鳴るまで未だ時間があったけど、私たちは狩りを続けることにした。

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テーマ : スピリチュアル
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George Clooney

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