人は何故“陰謀論”にハマるのか?――“都市伝説”と区別が付かず何でもありの状況に

20170621 13
今年4月、アメリカ軍によるシリア空爆に続き、北朝鮮への攻撃が取り沙汰された。そんな緊迫した国際情勢の中で、奇妙なことが起きている。メディアのニュースより、“陰謀論”に耳を傾ける人が増えているのだ。実際、今年3月17日に発生した金正男暗殺事件で最も盛り上がっていた話題は“偽物”説だった。『森友学園』問題でも“CIA関与説”が飛び交った。森友“100万円発言”が炸裂したのは、今年3月半ば、アメリカのレックス・ティラーソン国務長官来日前後のこと。そこでアメリカから揺さぶりをかけられてブルった安倍晋三は、その後のシリア空爆も真っ先に容認。北朝鮮攻撃にも自衛隊の全面協力を申し出た――という説である。こうした陰謀論は表立って話題にするものではないし、事実、これまでは無視される傾向があった。それが突如、大手を振って乱れ飛ぶようになっているのだ。理由ははっきりしている。昨年の“トランプショック”だ。周知の通り、大手メディアは「ヒラリー・クリントンの大統領当選は確実」と散々垂れ流してきた。それが一転、ドナルド・トランプの劇的勝利である。世界で最も関心の高いアメリカ大統領選挙で、あれほどの醜態を見せた以上、メディアへの信用は地に堕ちる。代わって株を上げたのが陰謀論であった。実際、トランプの勝利を予想する陰謀論系の論客は多かった。副島隆彦は大統領選最中の去年6月、『トランプ大統領とアメリカの真実』(日本文芸社)で自らの予想を的中。ベンジャミン・フルフォードも去年の選挙中から自身のブログやインタビュー等で「ヒラリーの当選は0%、トランプ政権は50%の確率」と断言。単に逆張りしただけだとしても、大手メディアが一切取り上げなかったアメリカ保守層のトランプ人気を紹介し、それなりの根拠も示していた。大手メディアより遥かにマシな分析であったのだ。

驚天動地な出来事に、既存のメディアは説明する“文脈”を持っていないのだ。こうして、多くの人々はその理由を陰謀論へと求めるようになった。如何わしい・胡散臭いとされてきた陰謀論が、トランプ政権樹立を期に“市民権”を得てしまったのだ。「確かに、都市伝説は今年に入ってから空前の広がりを見せています」。そう語るのは、都市伝説のオーソリティーこと山口敏太郎氏(※左上画像)である。1990年代から都市伝説研究をしてきた山口氏をして、現在のブームは異常だという。「うちの事務所に“都市ボーイズ”という若手芸人のコンビがいるんですが、彼らが都市伝説のライブをすると若い女性が殺到してキャーキャー騒いでいる。“フリーメイソン公認”のバッグを付けた宝島社の女性ファッション誌がバカ売れするなんて、一昔前じゃ考えられませんよ。完全に市民権を得たと言っていいでしょう」。その一方で山口氏は、現在の都市伝説ブームに危惧を抱いている。「今の都市伝説ブームの中心は明らかに陰謀論です。本来、都市伝説と陰謀論は別のジャンルなんですが、それが融合した挙げ句、今や主流となってしまった。これは非常に怖いことだと思っています」。一体、どういうことなのか? 山口氏は「ちょっと下品ですが」と言いながら、1980年代に流行った有名な都市伝説をサンプルに挙げた。“柏原芳恵の大人の玩具”伝説である。当時、人気絶頂のアイドルだった柏原芳恵が、空港の手荷物検査に引っかかり、荷物を改めると“大人の玩具”が見つかったという内容で、彼女のウィキペディアにも紹介されているほど広まった都市伝説だ。「ここでポイントなのは、元々、このネタは色んなバージョンがあって、複数のアイドルや女優の名前が挙がっては消えて、最後に彼女へと集約している点なんです。不特定多数が噂話をしていくことで、最もウケのいい“面白い”バージョンが取捨選択される。これが都市伝説の正しい在り方で、実際、柏原芳恵のチョイスは、彼女の雰囲気や当時のポジションからして実に絶妙でしょ? ある意味、面白過ぎるからネタっぽくなり、簡単に嘘とわかる。このネタで、彼女のイメージダウンにはならないんです」。謂わば、本来の都市伝説は、完成度が上がるほど“毒”が抜けていくというのだ。ところが、陰謀論は違う。完成度が上がるほど“毒”が高まり、憎しみが増していく。「それは、陰謀論が“事実”をベースにしているからです」と山口氏は説明する。「例えば、宇宙人のアブダクション(誘拐)は、宇宙人が実在するかどうかは別にして、誘拐された人の証言自体は“事実”として扱います。世の中には、こうした裏付けの取れない“証言”をベースにした情報群があって、とんでもない証言内容だろうが、そう証言したのは“事実”と扱うのが陰謀論なのです。“事実は小説よりも奇なり”と言いますか、たとえ荒唐無稽な内容になろうが、実在の証言をベースにしているから、“何でもあり”で成立しちゃう訳です」。先の柏原芳恵の都市伝説なら笑えるが、これを皇族の誰かに当てはめれば洒落になるまい。だが陰謀論では、「それを見た」という実在の証言があれば成立する。とはいえ、いくら陰謀論だろうが、そんな“証言”をすれば名誉毀損で訴えられる。実際、“ユダヤの陰謀”や“フリーメイソンの陰謀”と記せば、これらの組織が実在する以上、やはり名誉毀損なり損害賠償なりの対象となる。それが、陰謀論を語る上での一定の歯止めになってきた訳だ。

続きを読む

スポンサーサイト

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

自称19歳“神待ちカート女”の日常――夜の繁華街にたむろする“若年ホームレス”の実態

繁華街でカートを引いている女たちがいる。勿論、旅行の行き帰りが殆どだが、実は居場所が無くてホームレスになっている為にカートを引いているケースもある。所謂“神待ち少女”も“カート女”と化しているのだ――。 (取材・文/フリーライター 栗原正和)

20170621 08
東京都内でカートを引いている女性はよくいる。また、大型のリュックサックをしまったり、カートより更に大きい旅行用キャリーケースを引いている人もいる。だが、彼女たちの全員が旅行自的という訳ではない。其々、抱える事情で“ホームレス化”した結果、カートを引いていることもあるのだ。カートの中には着替えが詰まっている。筆者は嘗て、こうした“家出カート女”と知り合い、自宅マンションに泊めていたことがある。きっかけは、インターネットの地味な掲示板の投稿だった。「家の事情で家出しました。助けてくれる人募集します」(※一部抜粋、原文ママ)という書き込みで、19歳だという。筆者は当時、今はなき月刊誌『宝島』に『ネット世界のヤバい人々』という連載を書いていた為、「何かネタになりそうだ」と思ってメッセージを送った。直ぐに返信が来て、待ち合わせの時間と場所を決めた。そこに立っていたのは、中肉中背、長い黒髪をしたオタク系の女性だった。19歳にしては幼いような印象もあったが、最近は30歳過ぎでもオタク系はこんな感じの子が結構いる。また、メールのやり取りからも、言語コミュニケーション能力は成熟している印象があった。知能も高そうで、意思疎通し易い。「ミオちゃん?」。声をかけると、彼女はこちらを見上げ、笑顔を浮かべた。「うん、背高いね」。適当に店を選んで入り、食事をしながら大雑把に話を聞いた。メールでも聞いてはいたが、親との折り合いの悪さを繰り返し訴えた。そして、「家には戻りたくない」という。「ちょっとウチに来る?」「うん、シャワー浴びたい」。自然な流れで筆者は自宅マンションに連れて行ったが、19歳だと未成年者誘拐罪に問われる可能性がある。勿論、リスクは承知の上だった。

筆者宅では、ゲームやボーカロイド、或いはアニメの話等を聞いた。筆者としては断片的な知識しかないジャンルの話なので、色々と参考になった。『リヴリーアイランド』というオンラインゲームを好み、またアニメのイチオシについてはこう言っていた。「まどマギ。面白いよ」。このアニメは未だに見ていないが、暗く残酷な物語であることを後で知った。すっかり打ち解けた彼女は、筆者が貸したスエットの裾や袖を器用に折り込んだ。そこには、安心して過ごす彼女の姿があった。そして、こんなことを言い出したりもした。「ねぇ、何て呼べばいい? お兄ちゃん?」。年齢差としてはお兄ちゃんではなくお父さんな訳で、筆者はこう答えた。「パパってのもキモいし、おっさんでいいよ」「それは流石に…呼び難いな(笑)」。ところが数日後、驚くべき事実を知ることになる。彼女は15歳だったのだ。筆者宅のPCでゲームをしていた時のアカウントIDが生年月日っぽかったので聞いてみたら、実年齢を白状したのである。筆者はかなり疑り深いほうだが、それでも騙されていた。恐らく、誰もが被女の言うことを信じたに違いない。彼女は名門中学校の受験に失敗し、普通の公立中学校へ進む。その後、1つ下の妹が嘗て自分の受けた名門中学校に含格する。そのあたりから家出を繰り返すようになったらしい。また、母は障害を抱え、父からは暴力があったという。筆者は年齢を知って焦った。そして、「将来があるんだから家に戻ろうよ」と粘り強く説得した。しかし、「家に帰るのは絶対に無理」と言う。そして、次の選択肢として提示したのが、施設への入所だ。彼女はそこで漸く納得する。筆者は、家庭に問題を抱えた児童のフォローをしている社会福祉法人『カリヨン子どもセンター』に連絡した。彼女を連れて行くと、カリヨンの担当者、及び若い男性弁護士と中年の女性弁護士が待っていた。本人を交じえ、5人で相談した結果、カリヨンへ入所することになる。そして、暫くカリヨンで過ごした後、児童相談所送りとなった。この件は結局、宝島の連載記事のネタにはしなかった。カートを引いている女性を見かけたら、注意深く観察してみるといいかもしれない。居場所に困っている女性なら、挙動に違和感がある。但し、声をかける場合はくれぐれも慎重にすべきだ。未成年、及び18歳未満の場合は、誘拐や児童買春等の犯罪と見做される可能性が高いからである。


キャプチャ  第25号掲載

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【新米住職ワーキングプア】(01) 「俺たちの布施で寺は食えているんだ」と檀家に言われたら…

20170602 14
今号から連載を始めるにあたり、ご挨拶申し上げます。『新米住職のワーキングプア記』という欄を任されるようです。昨年12月に『お寺さん崩壊』(新潮新書)を刊行したこと、また嘗て上梓した『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)が当時話題になった際、本誌からインタビューを受けたことがご縁となっていると思います。その高学歴ワーキングプアですが、当時は著者がお坊さんだということで、仏教界からも多少は興味を持たれたようです。「変わったヤツがいるな」くらいでしょうが。そして今回。「アカデミア(学究的世界)に巣くう貧困の闇――高学歴ワーキングプアを世に照らし出したヤツが、今度は地方のお寺さんを取り巻く状況に触れよった」という訳での依頼みたいです。それにしても、一般にお寺も研究者の世界も生活苦という印象は全くない訳ですが、実態は違う。世間から多分に誤解されている。そうした点で、ここには共通の問題が横たわってもいます。先ずは今回、お寺さん崩壊という本をこの時期に書こうと思った理由を有り体に語りたいと思います。理由は2つあります。1つには、自分自身が地方寺院の住職になってしまったこと。もう1つには、過去へのリベンジ、いやケジメと言ったらよいでしょうか。その出来事は、約10年前に遡ります。2007年、先述した高学歴ワーキングプアを上梓して、世間からちょっと熱い眼差しを注がれていた頃のこと。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌と、インタビューも結構あった訳です。最早、今や昔ですが…。

光陰矢の如し。まさに無常を感じる訳ですが、それはさておき、そんなちやほやされていた時期に、とある(思い返すも苦々しい)質問が向けられたのです。「先生は、お名前から察するにお寺の生まれですか?」「勿論、そうですよ」と答える他、選択肢はありません。すると、質問の主は嘲笑気味に、「じゃ、研究者として今は貧乏でも、実家に帰れば先は安泰じゃないですか?」と。すかさず私は、「いや、お寺も大変なんですよ」と切り返しましたが、最早その方はどこ吹く風。「何を戯言を。坊主丸儲けでしょうが」とでも言いたげなご様子。一気に脱力したことは言うまでもありません。10年前というのは、お寺に対して未だこうした世間からの誤解がとても大きかった時代でした。ですので、この時も「最早、何を言っても耳には入るまい」とだんまりを決め込むしかなかった。「必ずや時期到来したならば、世間の思い込みを払拭してやる」。そんな秘めた思いを胸にしまい込みつつ。ここから、月日は本当にあっという間に過ぎ去ります。数年前から、新聞紙上等では「過疎化・少子高齢化でお寺が潰れている」というニュースが、遂に散見されるようになりました。今こそリベンジの刻! 10年来、熾火のように燻っていた煩悩の炎が、めらめらと燃えさかり始めました。「やってやる」。気合いを漲らせていると、何と『寺院消滅』(鵜飼秀徳・日経BP社)なる本が全国書店の店頭に並び、忽ち評判に。「まさか…同じことを考えていた人間がいたとは…」。一瞬驚愕しましたが、直ぐに考え直しました。「いや、これは天の刻が来ているのだ」と。幸いにも鵜飼さんの本は、寺院衰退の概要を人口統計や社会・文化的な慣習の変化等の大きな視点から捉えることが中心でした。そこで私は、潰れゆく当の寺院では、実際にどのようなことが起こり、そして何が解決不可能な問題として残り、また厳しい現場にあって人々はどのような議論を経て苦渋の決断を下さざるを得なかったのか…といった人間模様や、そこでしか見られない唯一無二のドラマを提示してみようと考えました。やはり流れ、いや仏さまのお導きがあったのでしょう。偶々、私の培ってきた学問的な調査分析方法等ともマッチングがよかったことも幸いでした。斯くして、お寺さん崩壊は独自のテーマで世に問いかけを行うに至りました。前記の拙著に“坊主丸もうけなんて大ウソ!”というセンセーショナルな帯が付いたこともあり、書店では多くの方の手に取られているようで、発売後直ぐに重版がかかりました。その中にはうちのお寺の門徒さんもいたりして、嬉しいやら恥ずかしいやら。幾つか想定外のことも起こり、びっくりしています。1つには、お布施(の中身)がじわじわと上がり始めたことです。まさに思いもよらぬ嬉しい出来事でした。「我が寺が潰れちゃ困る」。そんな有り難い危機意識を頂戴した思いで、こちらも気が引き締まります。

続きを読む

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

山寺に『プラモデル同好会』誕生! 長野県碩水寺のユニーク布教

20170529 13
堂内に漂うのは接着剤と塗料の匂い。机にはニッパーやヤスリが並ぶ。談笑しながらも手元に集中する面々がコツコツと組み上げていくのは、何とも精巧なミニチュアのオートバイ。長野県東筑摩郡筑北村の山間にある曹洞宗碩水寺に設立された『プラモデル同好会』だ。同寺の竹原昭雄住職(45)が不定期で月2回、庫裡を週末の2時間ほど模型愛好家の為に開放し始めたのは、今年2月5日のこと。お寺でプラモデル作りとは、突飛にも思える取り合わせだ。竹原住職は駒澤大学卒業後、大本山總持寺で修行。碩水寺住職に就任したのは平成10(1998)年のこと。檀信徒に限らず、地域の人々に気軽に足を運んでもらえるお寺の在り方を模索する中で、「『自分が楽しいと思える活動を足がかりに』と考えました。そこで思い立ったのが、小学3年生の頃から趣味で続けてきたプラモデルだったんです」。先ずは、地域の子供たちに向けて参加を呼びかけた。が、いざ活動を始めると、「近頃のお子さんたちはプラモデルをよく知らないようで、寧ろ40代前後の方に楽しんで頂いています」。意外や、少年の頃を懐かしむ大人が、各人好みのプラモデルを持参して集まってきたのだ。「5月には工作体験のワークショップを予定しています。細かい手作業で忍耐力も身に付きますし、少しずつ子供たちにも据野を広げていきたい。お寺を皆で遊べる場所にすることが目標です」と竹原住職。将来は展示室の設置や協同でのジオラマ製作等、プランも膨らんでいる。“遊び”をきっかけにした仏教を伝える場が、静かな山寺で新たに生まれつつあるようだ。


キャプチャ  2017年4月号掲載

テーマ : 地域のニュース
ジャンル : ニュース

【風俗嬢のリアル】(05) シズカの場合――2回目の群馬“人妻デリヘル”

20170526 08
古びたローカル電車に揺られ、群馬のとある主要都市へと向かう。手動式ドアを手で押し開け、ホームに降りると、そこは恐ろしいほどひと気の無い駅だった。14時にも拘わらず、駅前の店は殆どが閉まっており、その先はただの民家である。コンビニに入ると、土産向けに群馬のゆるキャラ『ぐんまちゃん』グッズが置いてある土産物コーナーがあり、僅かに主要駅であることを感じさせた。実家を後にしたシズカは、1週間の予定で、ここ群馬にある人妻デリへルで働いていた。滞在中は、店が寮代わりに用意したビジネスホテルに泊まっており、そこは駅から歩いて50分ほどの場所に位置する。閑散とした駅前に比べ、ホテル周辺は寧ろ栄えており、完全な車社会であることが窺えた。とはいえ、近くにコンビニも無く、歓楽街も当然無く、デリへルの影も見えない健全な田舎街なのであった。その日、シズカは朝10時に出動し、3人の客を取って、17時きっかりに終えてホテルに戻ってきた。群馬に来て4日目。カーテンを締め切った部屋には、服や靴下が干してあり、洗面台には化粧品が並べられ、すっかり生活感が現れている。シズカの服装は相変わらず、いつもと同じグレーのトレーナーだったが、下だけは夏用の紺のズボンに変わっていた。「今回は下着も新しく買い換えたんですよ。毛玉だらけって書かれちゃったからね」。どうやら、私が原稿に書いたことを気にしたらしい。何年も使って汚れていた仕事用の下着は、2着とも新品に変わっていた。といっても、ストッキングは4日連続で洗濯しないまま穿いているらしく、必要最低限での暮らしぶりは全く変わっていなかった。

「群馬は、身体慣らしを兼ねて来た感じですね。先月は観光と実家で終わったら、丸々働いていないんですよ」。2週間ほど関東の実家に戻っていたシズカは、東京でも観光をしており、吉原のソープ街をフラフラと歩いたり、『オリエント工業』のショールームでシリコーン製の高級ダッチワイフ『ラブドール』を触ってきたという。「オリエント工業は、予約すると30分貸切で触れるんですよ。私は川端康成の“眠れる美女”を再現したくて、ファーストコンタクトはドールと徐々に距離を詰めていくというのを楽しみたかったんですけど、30分って言われたら焦っちゃって、がっついちゃったのが悔やまれますね。太ももから、くびれ、オッパイと揉んできましたよ。夢ちゃんという目を閉じている子が可愛かった」。シズカは、珍しく興奮した様子で語った。話を群馬に戻そう。実は、シズカが群馬に来るのは2回日である。1年半前にも同じ店で働いており、その為、今回は観光も少なくていいのだという。「群馬は、赤城山から吹き降ろす空っ風が本当に寒いんですよ」等と、こなれた台詞を言っている。因みに、この春で日本一周が終わり、2周目になると思っていたが、シズカはそれを訂正した。「取り敢えず、端から端までは行ったんで、1周はしたんですけど、未だ行っていない県もあるし、働いてない県もあるので、よくよく考えたら未だ1周は終わっていないですね。ちゃんと1周を終えてから、2周目に入ります」と拘りを見せていた。扨て今回、シズカが在籍する人妻デリへルは、平均年齢30歳で、90分2万円弱の店である。ホームページを開くと、エロティックなポーズで美脚を見せ付けるシズカの写真が大々的に掲載されていた。他の女の子たちも皆華やかで、如何にも美人風ばかりである。「ここの店も、穏やかな清楚系の子が多いですね。多分、リアル人妻ばっかりだと思う。昼に出勤する子が多いし、集客も昼がメインなんですよ。『日曜は子供が休みだったりするから、出勤する子がいなくて困る』って、店の人も言っていましたね。多分、皆、群馬の子で、遠くから出稼ぎに来てるような子は殆どいないと思いますよ」。店のスタッフも、働く女の子も、客も皆、群馬県民で、地元の人ばかりだという。「群馬の人は地元が好きみたいですね」とシズカは言った。私は、群馬に到着してからホテル近くにあるファミレスで時間を潰していたのだが、店内にいるヤンキー率の多さに驚かされた。それも、金髪にピアスにジャージというスタンダードなヤンキーファッションである。ところが、ヤンキーグループと思われた男女は、よく見ると中学生の子供と若いお母さんだったりして、余計に驚いた。また、ホテルの受付のお姉さんも茶髪に細眉で、どことなく元ヤン風の雰囲気を醸し出している。

続きを読む

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【天下の暴論2017】(03) “セクハラ”で社会はおかしくなった

20170511 06
3年ほど前の話ですが、東京都議会での女性議員に対する男性議員の“セクハラやじ”の問題が、メディアで大きく取り上げられました。「自分が早く結婚したらいいじゃないか」「産めないのか」というヤジを受け、女性議員が涙ぐんだという問題です。私は当時、コメントを求められ、「女性が仕事の場で簡単に泣いてはいけない。『だから女性は使えない』『扱い難い』と言われる。他の女性に迷惑がかかる」と思ったことを言いました。こういった覚悟の無い女性が増えてきている背景に、まさしく“セクハラ問題”があります。私は以前より、「“セクハラ”が日本に入ってきてから社会がおかしくなった」と講演会等で話をしています。セクハラという概念が入ってくる前、犯罪はとてもわかり易かった。法律や判例に照らして、客観的に“罪に対する罰”が決められているのみでした。「万引きをしたら罰金○○円」「殺人を犯したら懲役○○年」といった感じです。が、セクハラのおかげで、そこに不透明な領域ができました。セクシャルハラスメント、略してセクハラは、1970年代初めにアメリカで作り出された造語です。日本では1980年代半ば以降に輸入され、1989年の『新語・流行語大賞』の新語部門・金賞を“セクシャルハラスメント”が受賞してから、一気に広がりました。セクハラの判断基準は、あくまで“主観”です。「君、色っぽいね」と言われて、好きな異性からだと「わっ、嬉しい!」となりますが、嫌いな相手だと「気持ち悪い! セクハラ!」となる訳です。「毎日、性的な発言をされて苦痛でした」と訴えることができるのです。あくまで主観的判断なので、本人以外はわかりません。「昨日は良かったけど今日は嫌」なんてことも考えられます。「セクハラだ」と訴えられて初めて気付く男性も多く、「それで体調を崩したから補償して」と言われても反論のしようがないのです。客観的に判断できない非常に不透明で困難な概念が定着してしまった訳です。セクハラが定着する以前から、嫌なことを言われたら“侮辱”で、触られたら“痴漢”で、襲われたら“強姦”として対処していました。しかし、“セクハラ”という不透明な概念が誕生したことにより、社会がぎくしゃくし始めました。

昔の中年男性は、コミュニケーションの一環として「スタイルがいいね」とか、「べっぴんさんだね」と女性に言うことができ、女性もそれを上手くいなしていました。しかし、近年は許されません。それどころか、「その服、新しく買ったの? いいね」「その髪型、似合っているね」というような褒め言葉さえ、言われた女性が不快に思えば「セクハラを受けた」と裁判を起こすことができます。これでは、男性や上司は委縮して、女性に対して何も言えなくなります。職場の人間関係はどんどんギスギスしていくのです。会社はその対策の為、セクハラの講習等に時間とお金を割きます。また、「セクハラだ」と言われれば、どんな優秀な社員でも退社を余儀なくされるケースが後を絶ちません。チームワークが悪いと効率が下がります。が、セクハラが“主観”であり、客観的にはわからない限り、上司・部下・同僚に対して疑心暗鬼にならざるを得ません。セクハラがどれだけ日本の会社社会において国益を損なってきたかと思うとぞっとします。最近、“1人でも加入できる労働組合”として注目を集めているユニオン(合同労組)が注目を集めています。いい意味ではありません。会社を取り囲んで拡声器を使ってデモをしたり、経営者の自宅に押しかけて、周辺に“不当労働を強いる会社”等と書かれた顔写真や実名入りのビラを撤いたりする暴力的な活動が明るみに出てきたのです。多額の賠償金を要求されると経営が立ち行かなくなる会社も多く、“中小企業の敵”と言っても過言ではありません。このユニオン、未払い請求や不当解雇だけではなく、当然、セクハラについても裁判のやり方等を指南しています。例えば、「説得力のある証拠を残しましょう」として、「セクハラ相手からのメールの記録、セクハラ相手からの手紙やプレゼントを残しておきましょう」とあります。プレゼントもセクハラの証拠になるとは、何とも悲しい世の中です。また、「セクハラによって夜眠れない等の症状がでたら、わずかな体調の変化でも、お医者さまに事情を説明して、必要な治療を受けておきましょう」とあります。これがまた曲者です。鬱や不眠症は、深刻な症状を抱える方がいる一方で、本人の症状説明だけでいくらでもでっち上げが可能です。ユニオンは会社の指定する医療機関ではなく、自分たちが紹介する病院で診察を受けさせ、診断書を作成するところまで親切に指導してくれるようです。実際に、鬱病の診断を受け、私療休暇(※社会保険料は会社が支払う)を取得している社員が、ユニオンのデモや集会には参加。間い詰めると、「ハラスメントをする人がいるので、(頭痛等の)症状が出て会社には行けない。が、その他の活動(組合活動)はできる」というふざけた答えが返ってくるという事例まであります。こういった団体が“セクハラ”を捏造しています。最近急増するセクハラ冤罪を見ても、それがよくわかります。市長選挙を前に不倫のデマをばらまかれた若手市長を糾弾する市民メディアのページに、信じられないことが書いてありました。「市長ともなると県外へ出張することも多い。市長の東京出張では、たびたび、女性秘書が随行している。公費海外出張にも2回ほど随行していた。女性職員を随行させることは、市長権力を使ったセクハラではないだろうか」。秘書が随行することがセクハラ? こうなると、もう男性と女性が一緒に働くこともままならない社会になってしまいます。この概念が日本に定着するのに一役買っているのが国連です。日本政府は、女子差別撤廃委員会から「職場でのセクハラを禁止し、防ぐ為の法整備をするように」との勧告を、毎回受けています。それに加えて、昨年3月のこの委員会の最終見解には、“マタハラ”も登場しました。妊娠・出産に関わるハラスメントを含む雇用差別ということですが、「赤ちゃん、未だ?」なんて会話ができなくなるだけです。女性の上司が言っても駄目です。

続きを読む

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

【風俗嬢のリアル】(04) シズカの場合――生まれ育った街で

20170502 23
都心から電車で2時間ほどの郊外は、驚くほど無機質だった。緑の植わった歩道に、均一に並ぶマンションと団地。駅前の巨大なショッピングモール。街全体が新しく、ゴミひとつ落ちていなければ落書きも無い。地図を見ながら暫く歩くと、一軒家の密集する住宅街に、一際目立つピンク色の家が見えた。手入れの行き届いた庭に、木製のテーブルセットとチューリップの花壇。テラスにはバーベキュースペースがあり、薔薇のアーチと小人の人形が置いてある。まるで絵に描いたような幸せなマイホームがそこにあった。香川のデリへルを終えて、和歌山と北海道を観光して回ったシズカは、半年ぶりに実家に帰って来ていた。外から電話をかけると、「直ぐ行きます」という声と共に、メルへンな家からシズカが出てきた。家に帰ったというのに、グレーのトレーナーにベージュのパンツといういつもの格好だ。家の裏には森が茂っており、その先には畑が見える。シズカの生まれ育った街を案内してもらうことにした。「子供の頃は、姉や近所の子たちと、この辺を駆け回って遊んでいましたね」。慣れた足取りで畦道を歩く。途中に、野良猫の姿が何匹も見えた。「遊んでいた子たちとは、今も交流あるの?」「全く無い。母伝いに情報が入ってくるけど、会いたくもないし」。素っ気無い応えが返ってきた。「隣の家のお兄さんは20年くらい引きこもりみたいですね。これも母情報」。小高い丘に上がると、その奥は鬱蒼とした雑木林で、郊外と呼ばれる街との境目がそこに見えた。

「この辺りの家は、私が小さい時に一斉にできたんですよ」。街を見下ろしながらシズカが言う。再び駅前に戻り、周辺を歩くと、とある商業施設の前でシズカは驚いて声を上げた。「ここ! 昔は大型スーパーだったんですよ。ショッピングモールが出来たせいで閉店したんですけど、最終日に店長さんが皆に挨拶してシャッターが閉まる時、街の人皆で拍手して泣いたんですよね。私も泣きましたよー」。シズカは、ビルに入ると懐かしそうに燥いだ。綺麗な街並みと、自然に囲まれた長閑な環境。この健全さの中で育ちながら、何故シズカはデリへルで働きながら日本一周をするようになったのか。場所を変えて、話を聞くことにした。「私がいなければ、この家は普通の一般家庭で終わっていたと思うんですよ」。シズカは言った。サラリーマンの父と、専業主婦の母、5歳上の姉は結婚して家を出ている。シズカは、携帯電話の番号もメアドも家族に教えていない。シズカから連絡することは一切無く、各県から名産品を送ることで安否を伝えているだけだ。実家に帰る時は、突然前触れもなく帰ってくる。「今回もそうですね。23時くらいに帰ったら、父はもう寝ていて、母はドラマを見てました」。私が「驚かれた?」と聞くと、シズカは首を傾げた。「いつも、このパターンなんで。『あっ来たの?』みたいな」。あまりにもあっさりしている。「向こうも私に対して遠慮しているから、何も聞かれないですね。何だろう、『もうこれ以上、問題を起こしてほしくない』っていうのが基盤にあるので、腫れ物扱いみたいな。軟らかい壁みたいなものがありますね」。家族は現在、シズカがデリへルで働いていることを知らないという。「風俗をしているとは言っていない。『日本一周 しながらスナックで働いている』とか、『ゲストハウスでボランティアをしながらアルバイトをしている』とか。『よくお金続くわね』とは言われますけど。ははは!」。シズカが急に帰ってきても、当たらず障らず。それは父親も同じだという。「父親は元々、喋らないんですよ。偶にボソボソッと、『眼鏡どこいった?』って1人で呟いていて、私がスッと渡すとか。コミュニケーションはあるけど、会話は無い。私も父親のことは未だに謎です」。では、姉はどうなのか。「姉は普通の人ですよ。子供が2人いて、しょっちゅう実家に帰って来る。先週会いましたけど、会話は父親と同じレベルしかしないので」。姉妹は仲が悪いという。「もう、父母姉は本当に普通なんですよ。この3人だったら会話もするし、絵に描いたような一般家庭。3人だと自然だし、纏まりがある。一家として成り立つよねって感じ。感覚的に私は、この家の中で、屋台で掬ってきた金魚が今も生きてますみたいな存在なんですよ。水槽の掃除もしていないし、餌もあげていないけど、何で生きてんだろうみたいな」。

続きを読む

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

新刊『騎士団長殺し』バカ売れも大嘘! 村上春樹という幻想で商売するクズな輩たち

村上春樹の4年ぶりの長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)に日本中がお祭り騒ぎとなり、累計部数は早くも30万部以上が確定。全国のハルキストたちが狂喜している。しかし、こんなものを買って喜ぶのは、モテないキモオタと頭の悪いバカだけ。村上春樹とその作品の“薄っペらい正体”を検証してみた。

20170426 08
本誌が発売される頃には、俄かハルキストたちやワイドショー等のテレビ番組が、村上春樹の4年ぶりの長編小説『騎士団長殺し』を手に大騒ぎを繰り広げ、春樹フィーバーが巻き起こっているに違いない。若しかすると、本誌読者の中にもこのビッグウェーブに乗り、『騎士団長殺し』を買ってしまった間抜けな人がいるかもしれない。最初にはっきり言っておくが、村上春樹を読んで喜んでいるのは、単なるミーハーか、モテないオヤジか、キモオタか、お頭と股がユルユルのメンヘラ文系女子のどれかだ。確かに、村上春樹の新作というのは、とりわけ長編小説の場 合、発売そのものが一大イベントとなる。実際、2009年に発売された『1Q84』(新潮社)や、2013年の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)では、各地の書店でカウントダウンイベントが行われ、当日の午前0時から販売が開始される等、まさにお祭り騒ぎとなった。そして、この俄かファンが大騒ぎする様子を、ワイドショー等のテレビが大々的に取り上げるというのがいつものパターンなのだ。勿論、今回の新作でも全く同じ構図が繰り広げられている。騎士団長殺しは、発売前から計30万部の重版が決まり、既に累計120万部。街中のカフェでは逸早く村上春樹の新作を入手した俄かファンがドヤ顔で本を広げ、各職場も村上春樹の話題一色になっている筈だ。しかし、この空気に負けて騎士団長殺しを読むのは、ウンコを食べるのが流行っているからといって自分もウンコを食べてみるようなもの。4年ぶりの長編小説だろうが何だろうが、そんなのは頭の悪い俄かハルキストに任せておけばいいのである。

抑々、現在の村上春樹人気は、大手の出版社が仕掛けて作り出したインチキなブームにすぎない。実は、2000年代までの村上春樹は、サブカル好きに人気が高いだけの“普通の売れている作家”だった。日本文学というのは基本的に、家族の葛藤や貧乏話をベースにした辛気臭いものが多い。それに比べれ春樹作品は、アメリカの現代文学をオマージュした比喩を多用し、文脈にはジャズ、ロック、アートが鏤められる等、非常にお洒落。しかも、謎解きやエロ要素もある。その為、従来の純文学を読まない人たちにもウケた訳だ。とはいえ、その程度のことだけで今時、小説が100万部も売れる訳がない。実際、2002年発売の『海辺のカフカ』(新潮社)や、2004年の『アフターダーク』(講談社)も多少話題になったが、社会現象には程遠く、発売日もお祭り騒ぎにならなかった。それなら何故、村上春樹の新作発売が現在のような一大イベントになったのか? その理由は、2009年に新潮社から発売された12作目の長編『1Q84』にある。この時、新潮社は先ず、“村上春樹の最新長編小説 初夏刊行”とだけ告知し、その後に開示したのもタイトルと価格、2巻同時発売という情報のみ。発売日まで作品の内容を一切明らかにしなかったのだ。新潮社の社内でも、最初の情報の段階では営業にも何も知らせず、発売前に原稿を読んだのは編集幹部と担当編集の数人だけだったと言われる。書店にも詳細を知らせないほど情報統制が徹底していたという。これは、ハリウッド映画や『Apple』が新製品を発売する際によくやる“ティーザー広告”という手法だ。断片的な情報のみを小出しにして消費者を焦らしまくり、商品への期待値を上げようという何とも必死でセコ過ぎるプロモーションのテクニックである。一説には、村上春樹自身がこの手法を新潮社に持ちかけたとも言われている。ところが、この宣伝戦略にまんまとマスコミが飛びつき、大々的に取り上げたことで、話題が沸騰。本は爆発的に売れまくり、同時発売された『1Q84 BOOK1』・『1Q84 BOOK2』は2ヵ月後に100万部に到達。翌年に発売された『1Q84 BOOK3』に至っては、僅か2日間でミリオンを達成している。そして、この時に誕生したのが、タイトルと発売日がアナウンスされると春樹ファンがインターネット上で「SFじゃないか?」「いや恋愛小説だ」と勝手に内容を予測して盛り上がる風潮である。発売日のカウントダウンイベントの開催や、その様子をワイドショーが大きく取り上げ始めたのも、全て『1Q84』が発端だ。実際、2013年に発売された多崎つくるでも、文藝春秋が全く同じ宣伝戦略を採用し、その結果、この作品は『1Q84 BOOK3』を5日上回るスピードでミリオンを達成している。勿論、今回の騎士団長殺しも同様だ。版元の新潮社は当初、書き下ろしの長編小説で全2巻という情報しか出さず、その後も発売日までタイトル・副題・背表紙のイメージ以外の情報を一切出さなかった。それにより、マスコミとファンがバカ騒ぎを繰り広げたのだ。つまり、村上春樹の小説というのは“作られたミリオンセラー”なのである。

続きを読む

テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

【熊本地震1年・教訓と課題】(下) 問われる自治体“愛援力”

20170425 07
熊本地震で熊本県内に派遣された全国の自治体職員は、延べ10万人を超える。被災地に駆けつけた応援職員の力を如何に生かすか。被災自治体の“受援力”が問われた災害だった。『九州地方知事会』は2011年10月、被災した県からの支援要望を別の県が集約して応援態勢を決める“カウンターパート方式”を導入。初めて運用された今回は、大分県が窓口となり、全国の応援職員を被災自治体に振り分けた。ただ、受け入れ側の熊本県内の自治体は混乱していた。応援職員に的確な業務指示を出せず、災害対応に詳しい職員が、避難所での配食やトイレ掃除等で派遣期間を終えるケースもあった。東北のある自治体は「応援職員が増え過ぎると混乱に拍車をかける」として、熊本への派遣を途中で取り止めた。蒲島郁夫知事は、「物凄い勢いで支援の申し込みがあった。だが、我々が円滑に受け入れることができなかった」と、受援態勢の不十分さを反省点に挙げる。昨年4月16日の本震で震度7を観測した西原村。村の行政職員約60人に対し、避難所に身を寄せた被災者は最大時で約1800人に上った。職員の殆どは、6ヵ所の避難所で被災者対応に追われた。

本震1週間後に村に入った宮城県東松島市職員の小野弘行さん(64)は、「現場対応に忙殺され、対策本部に必要な情報が集まっていない」と感じた。東日本大震災で市災害対策本部の運営責任者を務めた経験を基に、職員配置の見直しを村に提案した。村はこれを受け、道路・水道復旧や支援物資の管理等、業務毎に職員を10班に振り分けた。経験が必要な家屋被害判定は、東日本大震災で被災した宮城県内の自治体職員が村職員とチームを組んだ。住民に避難所運営の一部を委ね、瓦礫の集積にも臨時雇用した。同村震災復興推進室の吉井誠さん(47)は、「何が起きたのか、何をすればよいのか、職員全員が手探りだった。東松島市は、暗闇の中で進むべき道を照らしてくれた」と振り返る。先月28日、約11ヵ月ぶりに村を訪れた小野さんは、仮設団地等を巡り、「順調に復興に向かいつつある」と何度も頷いた。政府の中央防災会議の作業部会は昨年12月、熊本地震を踏まえ、「受援を想定した体制整備の検討を進めるべきだ」と提言。内閣府は先月、受援計画を策定する為の指針を公表した。指針では、自治体がどの業務にどれだけの人員等が必要なのかを事前に整理するよう求め、災害時には支援・受援双方の自治体が窓口を一本化して連絡調整する。甚大な被害で行政機能が停止した場合には、災害対応の指揮を支援側に委ねる手法も紹介した。読売新聞の調べでは、受援計画を策定している都道府県は、先月末時点で23道府県に留まる。熊本県は策定中だ。受援に関する共著がある元関西学院大学非常勤講師の桜井誠一氏(災害情報・元神戸市生活再建本部次長)は訴える。「受援計画は自治体の防災力を高める。時間をかけて完璧な計画にしようとせず、先ずは作ってみて、必要に応じて修正していけばよい」。 (古野誠)

続きを読む

テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

【熊本地震1年・教訓と課題】(中) 車中泊“見えない被災者”

20170425 06
強い揺れが何度も襲ってきた。熊本地震は、昨年4月14日の前震から1週間で震度5以上を21回観測する等、余震の回数が際立った。傷んだ家屋に戻ることを恐れ、多くの被災清が車中泊を選んだ。『肺塞栓症(エコノミークラス症候群)』や持病の悪化を招き、直接死50人の3倍を超える震災関連死を生む一因となった。最大時で約11万人が避難所に身を寄せた熊本市。屋内を避けた人たちは、各地の駐車場や道路脇に車を止めて夜を過ごした。大西一史市長は、「どれだけ車中泊をする人がいるのか、把握しようがなかった。行政の限界を感じた」と率直に語る。納屋や車庫に家財道具を運び込み、自宅敷地内で軒先避難する人たちも少なくなかった。熊本県益城町で水道工事業を営む西村和幸さん(48)夫婦の自宅は、同16日の本震で全壊。車中泊で1週間ほど過ごし、自宅に戻った。「家に仕事の資材があるので、長期間は離れられず、避難所には行かなかった」。ブルーシートで囲った車庫での生活が今も続く。広さは車4台分ほど。床には木材を敷き、カーペット等を何枚も重ねる。隙間風を避ける為、内部にテントを張って寝室にした。台所や風呂は別の小屋に設けた。

「いつまでもこんな暮らしは続けられんけど…」。今月5日、西村さんはそう言って、水道管の復旧工事現場に向かった。車中泊や軒先避難の人が食料等を求めて避難所に詰めかけ、物資が不足する事態も起きた。初動対応を指揮した県幹部は、「避難所外の“見えない被災者”への対応が難しかった」と振り返る。車中泊は、2004年の新潟県中越地震で問題化した。同県では余震が相次いだ上、雪の重みで家屋が倒壊する懸念もあり、被災者は車に逃げ込んだ。犠牲者68人の内、関連死が52人を占めた。同県は地域防災計画で、車中泊する人たちが自治体や警察に避難状況を連絡し、食料等の物資提供や、保健師らによる健康相談を受けられるようにした。内閣府防災担当によると、首都直下地震で430万人、南海トラフ地震では620万人の“避難所外の避難者”が想定されるという。読売新聞が先月下旬に実施した全国47都道府県へのアンケート調査では、24府県が地域防災計画に「車中泊対策を盛り込んでいる」と回答。熊本県や大分県等の19道県でも、対策の検討を始めている。関連死を含めて37人の犠牲者が出た益城町では、複数の車中泊用の駐車場を確保する方針。避難所と同様に食事を配給する考えで、エコノミークラス症候群の予防策を盛り込んだ“車中泊マニュアル”の策定も進める。行政以外でも、見えない被災者の“見える化”を模案する動きがある。インターネット大手『ヤフー』と東京大学は昨年4月、防災アプリの位置情報を活用し、避難者が集まる場所を把握するシステムを開発した。活用例は未だ無いが、災害時にデータを自治体に提供する予定だ。『京都大学防災研究所』の畑山満則教授(防災情報)は、「被災者の把握が遅れると、物資や医療の支援だけでなく、復旧・復興に関する情報も届き難くなる。“見える化”は被災者の命を守り、生活再建の近道にもなる」と強調している。 (小山田昌人)

続きを読む

テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR