【神社&仏閣が危ない!】(11) Amazonに白旗を掲げた日本仏教界が直面する“寺院消滅元年”の明暗

衰退から消滅へ――。1400年以上続く日本仏教界は今、人口の減少、信心の希薄化、経済性の追求等で激動の波に晒されている。家を基盤とした古い慣習に固執していては、到底生き残れない。

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「反省するべき点は大いに反省し、襟を正し、愚直に信頼を回復していく」――。昨年11月、京都市の西本願寺。全国の寺院が加盟する『全日本仏教会(全日仏)』の理事会が開催された。そこで提出された『法務執行に関する協議会』における具申書には、そんな異例とも言える反省の弁が記されていた。きっかけは2013年、ITベンチャー企業『みんれび』が『Amazon.com』で始めた僧侶手配サービス『お坊さん便』への全日仏の対応だ。具申書から遡ること2年前の2015年末、全日仏はみんれびを批判し、Amazonに販売中止を求める理事長談話を発表した。当時の主張を要約すれば次の通りだ。「全日仏としては、宗教行為としてあるお布施を営利企業が定額表示することに、一貫して反対してきた。お布施はサービスの対価ではない。同様に、戒名や法名も商品ではない」。ところが、だ。消費者から向けられた目は厳しいものだった。ブーメランのように「高額なお布施を請求された」等、現在の寺や僧侶の在り方について、全日仏のほうが批判の的になったのだ。危機感を覚えた全日仏は、法務に関わる相談窓口を設置し、僧侶の資質向上・人材育成に関する取り組みを盛り込んだ冒頭の具申書を提出する羽目になった。新時代の大きなうねりに、旧体制が白旗を掲げた瞬間だ。逸早く檀家制度に疑義を唱え、檀家廃止や法事価格の明確化に取り組んできたのが、埼玉県の曹洞宗寺院『見性院』の橋本英樹住職だ。「2014年に“お寺の収支報告書”(祥伝社)という本を書いた時は“寺門衰退元年”だと言ったが、今年は“寺院消滅元年”だ」。その根拠は、目に見えて墓仕舞いが見えたことだ。「埼玉県で墓が売れるのは、人口が増えているさいたま市の一部だけ。それ以外は墓仕舞いのほうが多い」という。

橋本住職は県内の30ヵ所以上の霊園を視察し、寺院の話も聞いた。ある大寺院では墓仕舞いが1年で10基なのに対し、新たにできた墓は1基。年間ゼロのケースもあった。墓の“逆鞘”現象がそこかしこで起こっている。一方で、墓参りに行けない人に代わり、寺院や霊園が永代に亘って遺骨を管理・供養する永代供養墓のニーズは高まっている。墓に埋葬されている遺品骨を別の墓に移して供養する改葬の件数が、2010年度から2016年度にかけて全国で約2万5000件増というデータ(※厚生労働省調査)も、それを裏付ける。改葬が増えた背景の1つに「自営業者の減少も考えられる」と、宗教学者の内藤理恵子氏は話す。ある研究データによれば、戦前の日本における自営業の割合は7割近くを占めていたが、2010年になると12%程度にまで激減したという。「家業を代々受け継ぐという意識が失われると、先祖代々の墓に関しても建立するモチベーションが湧かなくなったということが考えられる」(同)。橋本住職も、「最近は墓仕舞いの相談が急速に増えてきた」と言う。「これからは、仮に菩提寺があって檀家として登録している人でも、インターネットや葬儀社への依頼等を介して、余所で葬儀や法事をすることが増えるだろう。そうなれば、お寺の仕事は激減する」。こうした檀家離れ・墓仕舞いを“宗教離れ”と一言で片付けるのは簡単だが、事はそう単純でもない。墓の場合で言えば、宗教離れと古い慣習が折衷した、新しい墓の形も一方で生まれているからだ。例えば、流行りの永代供養に樹木葬がある。少し前までは樹木の下に埋葬していたが、最近は樹木は墓標として植えられているだけで、遺骨は名前が刻まれた石碑の下に埋葬する形式が増えてきた。故人を弔うという宗教行為は縮小しながらも、同時に多様化しているのが実態なのだ。そこにビジネスチャンスを見い出した多くの企業が、現代の葬儀に合わせた商品やサービスを開発している。特に成長著しいのが、IT系の新興葬祭ビジネスだ。何故、この分野が伸びているのか? それは、地域コミュニティーの崩壊や都市部への人口流出等で、寺と檀家とのコミュニケーションが断たれていることが背景にあると考えられる。加えて、金属加工業者が仏壇に置く鈴を作る等、異業種参入も増えている。2014年、『日本創成会議』が896の自治体が消えると推計した“消滅可能性都市論”が話題となった。國學院大學の石井研士教授は、その推計結果を宗教法人に当て嵌めて、右上表のように4割弱の仏教・神道系の宗教法人が消える消滅可能性寺社数を示した。この結果は宗教関係者に衝撃を与えた。地方から大都市へ移り住んだことで、抑々、宗派がどこかわからないような家も増えてきた。そんな中、定額化された葬儀や手軽な僧侶手配サービス等が多くの人に受け入れられるのは、当然の流れだろう。その象徴的な出来事が冒頭の具申書の一件だ。次回からは、葬祭ビジネス市場の中身を解剖する。


キャプチャ  2018年3月24日号掲載
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【ニッポン新階級社会】(07) 階級時代の証人①…下流老人(2015年)

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我々のNPOでは年間約1000件の生活相談を受けていますが、最近は中身に変化が起きています。以前ならば、相談に訪れる若者はその日暮らしの日雇い労働者といった非正規雇用者が中心で、「本人に計画性が無い」と批判されてしまえば否定し難い人も多かった。ところが最近は、正社員が相談に来るのです。一生懸命働いた結果、長時間労働で鬱病を発症し、働けなくなってしまって貧困に陥るケースも目立ちます。正社員なのに企業が使い捨てを前提としていて、教育研修も無く、扱いは非正規とほぼ同じ。だけど、本人は「非正規に落ちたくない」と頑張ってしまう。こうした“名ばかり正社員”が増えていて、食えない非正規か、必死に働いて苦しむ名ばかり正社員か――という二者択一になっています。また高齢者では、窃盗等犯罪に関係する相談が毎年20件程度あります。昔は酒やギャンブルの依存症が動機でしたが、最近は生活苦による犯罪が激増していて、2000年代前半と比べて感覚的には約10倍になっています。この体験が、2015年に『下流老人』(朝日新書)を執筆したきっかけです。今の40代が高齢者になった時に、状況はもっと深刻になるのではないかと危惧しています。 (NPO法人『ほっとプラス』代表理事 藤田孝典)


キャプチャ  2018年4月7日号掲載

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【100年人生に備える大人の勉強ガイド】(14) 活躍の場は地方企業にあり

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何を学び直し、どうライフシフトに繋げるか? その方法は人其々で、正解は無い。ただ、時代のトレンドを見渡すと、転身先として可能性が広がる分野がある。1つは、インターネットやAI等デジタル関連の分野。優秀なエンジニアへのニーズは、どの業界でも顕著だ。そして、「もう1つの大きな需要が、地方で後継者不足に悩む中小企業だ」と、経済産業省産業人材政策室の伊藤敏則室長は指摘する。「今後5年間で、地方の中小企業を継いだ若手経営者が続々と誕生する。そこで高まるのが右腕人材のニーズ。都心で学び直しを経たミドル人材が活躍できる可能性は大きい。彼らは起業するのもいいが、地方に既にある資源を生かすことで、企業の成長に繋げることができるだろう」(同)。地方の中小企業にとって、後継者不足は深刻だ。2025年には70歳以上の中小企業の経営者が、70歳未満の同経営者の2倍弱の約245万人に達すると言われ、うち半数程が後継者未定とされる。「後継者が決まっている中小企業も、その殆どは親族か社内の人材。社外人材を登用する例は1%に過ぎない。そこをどう伸ばすかが、中小企業の事業承継の大きな課題」(中小企業庁事業環境部の菊川人吾氏)。中小企業の事業承継には、若手人材による大胆な事業転換を指す“ベンチャー型事業承継”があるが、そうしたケースは未だ少数。一方で、中小企業のオーナー経営者には、「経営戦略を相談できる相手がいない」との悩みも尽きない。そこで期待が集まるのが、都心で働く大企業のミドル人材による経営サポート役の仕事だ。

都心の経営幹部人材を地方企業に紹介している『日本人材機構』の小城武彦社長は、「地方企業のオーナーは孤軍奮闘しており、相談できる参謀が少ない。だからこそ、幹部人材の潜在的なニーズは山ほどある」と話す。都心で働くビジネスパーソンにとって、環境が全く異なる地方の中小企業への転身のハードルは高いだろう。仮に幹部クラスで迎えられ、収入が現職と同水準でも、大企業に慣れた人ほど転身を躊躇しがちである。そうしたハードルを下げる工夫も生まれている。その1つが“兼業”だ。栃木県足利市の精密部品メーカー『菊地歯車』が2015年に設立した航空機部品子会社『エアロエッジ』。従業員80人弱の中小企業だが、フランスの航空機エンジン大手『サフラン』と航空機部品の長期供給契約を結び、量産化を進める。グローバル企業と直接取引するには、材料調達・工程管理・量産計画・顧客対応等、一連のブロジェクト管理が不可欠。地方の中小企業である同社にそれが可能なのは、外部人材の登用に秘密がある。副社長は『IHI』のエンジニア出身の元コンサルタント。技術統括は、嘗て『トヨタ自動車』で燃料電池車『MIRAI』の設計を手掛けたエンジニア。生産現場は『キヤノン』で海外の工場長等を勤めたベテランが仕切る等、錚々たる顔ぶれ。何れも他の仕事との兼業で経営に参画する。「兼業人材の登用は、専門能力の活用や人件費抑制、何より思わぬイノベーションを生む効果がある」と、同社経営企画統括の永井希依彦執行役員は語る。永井氏自身、帝京大学でファイナンスを教えるという教員の顔も持つ。「キャリアの志向は人其々。如何にその志向に寄り添うかが幹部人材を集めるカギ」(同)。勿論、華やかな経歴の人材が必ず地方の中小企業で活躍できる訳ではない。永井氏は、「都心から中小企業に移る際、大事なことはその先の明確なキャリア像を持つこと。そして、雑務も楽しむこと。また、従来の経験を横滑りさせようとせず、ゼロベースで仕事に取り組む姿勢も不可欠だ」と話す。日本人材機構も、こうした都心の兼業人材を地方企業に紹介する。岩手県の水産加工会社『ひろの屋』に2016年7月から月5日間勤務する神山治泰氏。2016年春に東京の水産加工会社代表を退任し、転職先を探していたところ、日本人材機構に同社を紹介された。「東京の大企業に転職すると、結局は歯車の1つとなる。もう少し広い視野で商品開発全体に取り組みたかった」。そう語る神山氏は現在、月2回東京と岩手を往復する。「地方に行けば東京では見えない課題がわかる。その課題を、消費地の東京からどう解決するかを考えたい」という。神山氏は今後、ひろの屋以外にも兼業先を広げる予定だ。「複数の会社に並行して勤めることで、各企業の得意分野を横で繋ぎ、シナジーを生み出せる。そして水産業全体を底上げしたい」(同)。都心ミドル層の地方転身は始まったばかり。新たなライフシフトとして根付く可能性はある。 (取材・文/本誌 許斐健太)


キャプチャ  2018年2月24日号掲載

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【ニッポン新階級社会】(06) 都会にも身近にある貧困…首都圏最貧地域ランキング

都市と地方という視点でも格差は語られてきた。“貧困は地方の問題”という印象も強いが、都市部でも貧困化は進んでいる。データを基に、首都圏の貧困エリアを視覚化した。

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子供は仕事を求めて都会に出ていき、「魅力が無い」と実家に戻る気がない。商業施設や交通機関といった生活インフラが次々と消え、増えるのはボロボロの空き家ばかり。残された高齢者は途方に暮れている――。貧困といえば、こんなイメージを抱く読者も多いだろう。就業形態や年齢だけでなく、地域格差も重要なテーマである。そして、東京への一極集中が進んだことで、地域間の格差や貧困の問題は、大都市と地方の対立構造という視点で語られることが主だった。都心近郊にマイホームを構え、中間層の多くを構成するビジネスパーソンにとって、実家のある田舎の貧困を意識することはあっても、日々の生活圏である都市部の貧困は中々想像し難いに違いない。だが、実際には都市部でも貧困は進行しており、都市部の中でも格差が広がっている。そこで本誌は、その実情を明らかにする為、早稲田大学の橋本健二教授の協力を得て、首都圏の貧困と格差の実態を可視化した。具体的には、都心から半径60㎞圏内を約1㎞四方の7700ヵ所程のエリア(※地域メッシュ)で区切り、エリア内の平均世帯年収を色で分けて地図上に示した。メッシュ人口が100人未満は除外し、色を塗っていない。こうしてできたのが、左に示した地図である。左側の地図が2000年、右側の地図が2010年のデータだ。2つの地図を比較して一目瞭然なのは、全体的な収入の落ち込みである。2000年は年収500万円台のエリアが首都圏全体に広がっていたが、2010年になると400万円台以下が急拡大している。600万円以上の比較的裕福なエリアは、2000年は主要鉄道沿線を中心に埼玉県、多摩地方、千葉県の湾岸部まで広がっていたが、10年後は軒並み消滅した。

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また、地図ではわかり難いが、都心への富裕層の集中は加速している。10㎞毎の円で区切った広域エリアの平均世帯年収は、都心10㎞圏内では2000年の561万円から、2010年は573万円と唯一アップ。一方、2000年に572万円と最も高かった20~30㎞圏は508万円まで落ち込み、近郊エリアの凋落が見えてくる。ただ、収入格差が拡大している為、平均年収で見た場合には、富裕層が多いと貧困層の存在が埋もれてしまう。そこで、メッシュ内での年収200万円未満の貧困世帯の比率を、先程と同様に地図化したのが右図である。地図を見ると意外なことに、郊外だけでなく、都心に近くても貧困層の比率が高いエリアが点在していることがわかる。この地図とメッシュ人口を基に貧困者数(※貧困人口)を推定し、地域を特定して人数順に並べてみると、池袋や新宿といった主要駅近くの1㎞四方の土地に、実に5000人を超す貧困者が住んでいることがわかる。とはいえ、ここに登場する地域はメッシュ人口そのものが多いことも影響している。そこで今度は、メッシュ人口が4000人以上の2885エリアに絞り、貧困層の比率(※貧困率)の順に並べてみた。大学の学生寮がある等、特殊な事例も含まれるが、目立つのは公営住宅や団地の多さだ。その一方で、横浜の長者町や新宿の歌舞伎町付近等といった繁華街の近くにも、貧困率が高いエリアが存在していることがわかる。こうした都心の貧困エリア形成について橋本教授は、「嘗て都市の中心近くに工場があり、労働者の住宅密集地ができた。都市の成長と共に開発される筈だったが、バブル崩壊で消えずに残った。環境が悪く、貧困層が集まり易くなっている」と説明する。身近な都市部にも、貴方の知らない貧困は確実に存在するのだ。


キャプチャ  2018年4月7日号掲載

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【100年人生に備える大人の勉強ガイド】(13) 会社を辞めずに異職種体験





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タフなリーダーに育てるには社外で揉まれるのが一番――。そうした考えから、今の会社に在籍しながら一定期間、異業種や異職種で働く経験ができる研修サービスが増えている。目立つのは、大人の学び直しの重要性を認識した企業が活用する事例だ。では、どんな効果があるのか? 『ネッツトヨタ栃木』宇都宮台新田店店長の川岸賢氏(47)は、昨年1月末から1ヵ月間、焼き肉チェーン店を運営する『物語コーポレーション』で就業体験をした。会社からの派遣で、利用したのは『日本生産性本部』サービス産業生産性協議会が運営する『大人の武者修行』という研修サービスだ。大人の武者修行では、優れたサービスで受賞した実績を持つ企業で、3日間から数ヵ月に亘り働く体験ができる。受け入れ先はホテル・飲食店・工務店等約100社。各々の受賞理由を見て、そこで何を学ぶかを判断する。参加者は、主にサービス産業を手掛ける中小企業の社員。志願書の提出や面接等を経て、受け入れ先が決まる。研修費用は10日以内で5万円(※経済産業省の補助金を受けた場合。2018年度は未定)。2014年にスタートし、現在までに約150人が参加。毎年研修に利用している企業も複数ある。体験内容は企業によって異なるが、「見学だけではなく、1人の戦力として働くケースが多い」(日本生産性本部の柿岡明氏)。川岸氏も1ヵ月のうち2週間は本社等で見学やヒアリングをしたが、残りの2週間は大阪の焼き肉店で厨房スタッフとして働いた。

最も感銘を受けたのは、店舗を率いる店長の姿勢だったという。「スタッフがミスしても頭ごなしに注意せず、“どうすればいいか”を本人に考えさせる。何げなく観察し、できたら褒める。いずれも自分に無い姿勢だった。人を育てられず悩んでいたが、答えが見つかった」(川岸氏)。元の職場に復帰してからは、スタッフがミスしても頭ごなしに叱らず、失敗の原因を考えさせるようにした。焼き肉店のやり方に倣い、販売店のミーティングを少人数にする等の変更も加えた。「その結果、スタッフが活発に発言するようになった。人材が育ち、今ではミーティングも私無しで成り立っている」(川岸氏)。同様に、期間限定でベンチャー企業に“レンタル移籍”できるマッチングサービスを手掛けるのが『ローンディール』。その特徴は、移籍期間が6ヵ月~1年間と長いことだ。受け入れ先のベンチャー企業は社員数名という会社も珍しくなく、移籍期間中には貴重な戦力として扱われる。ローンディールの原田未来社長は、「レンタル移籍ではタフな環境でないと成長しない」と言い切る。「その為、移籍先では何らかのプロジェクトリーダーを任せてほしいと依頼している。ベンチャーにも新規プロジェクトを立ち上げられるメリットがある」(同)。同社のサービスを使い、昨年11月からシニア向け動画配信のIoTデバイス『まごチャンネル』を手掛けるベンチャー企業『チカク』で働いているのが田村博和氏(30)。普段は『関西電力』で経営企画の仕事に携わり、チカクの事業開発マネージャーとして販路拡大を託された。田村氏が面食らったのはベンチャーのスピード感だ。「資料作成には1週間程度を見込んでいたが、 翌日、『もうできた?』『殴り書きでもいいから1回出して』と言われた。関電では社内資料でも未完成のものは提出し難かったので、ギャップに驚いた」(同)。当事者意識の重要性も再認識させられた。田村氏は「1週間後までに介護施設の入居者モニターを探してほしい」と頼まれたが、期間内に見つけられなかった。すると、「SNS等あらゆる手段を用いて探したか?」と問われたという。「自分のリソースをフルに使って仕事をしないと、ベンチャーは潰れる。そういう危機感が欠けていたと痛感した」(同)。ローンディールのレンタル移籍の受け入れ先は約150社。派遣元と受け入れ先の双方が手数料(※月10万円~)を支払い、給料は派遣元が負担する仕組みだ。2015年のサービス開始後、『NTT西日本』等が導入し、2018年度も既に10件が決まっている。国内ではなく、海外に数ヵ月間の“仕事留学”に行く人もいる。『電通国際情報サービス』の金融ソリューション事業部で働く真鍋元晴氏(42)は、2014年1月から3ヵ月間、インドのバンガロールに派遣され、貧困層女性向けのマイクロファイナンスを手掛ける団体で唯一の日本人として働いた。利用したのは、NPO法人『クロスフィールズ』の留職プログラム。インドやインドネシア等新興国のNGOや企業に数ヵ月間派遣され、各団体が抱える社会課題の解決に取り組む。

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【沖縄戦を語り継ぐ】(下) おばあの記憶、私が

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「母ちゃんが目の前で死んだのに涙も出なかったのよ。1時間後には自分も死ぬと思っていたから」――。慰霊の日を前にした今月15日。沖縄県与那原町の具志堅貞子さん(87)は、平成生まれの孫・池田映海さん(26)に語りかけた。73年前のこの日。14歳だった具志堅さんは、母のマサさん(※当時53)と大分県出身の男性陸軍兵の3人で、沖縄本島南端の糸満市摩文仁の岩陰に身を隠していた。突然、目の前でマサさんの体が砲弾に貫かれ、ドサッと倒れ込んだ。「娘の面倒を見てほしい」。陸軍兵にそう言い残し、息絶えた。遺体は畑に埋めた。それが、具志堅さんにできる精一杯のことだった。数日後。近くの壕に隠れていた具志堅さんらに、アメリカ兵が投降を迫った。「民間人には何もしない。君たちは出て行きなさい」。陸軍兵に促されると、アメリカ兵は陸軍兵が残る壕に火炎放射器で火を放った。戦後は結婚し、6人の子供に恵まれた。孫や曾孫を合わせると30人を超え、穏やかな毎日を送る。「母の言葉通り、最後まで面倒みてくれた。彼のおかげで助かった命なの」。目を潤ませながら振り返った。

沖縄は今、外国人観光客が激増し、ホテルの建設ラッシュが進む。平成を生きる映海さんにとって、おばあが体験した沖縄戦は「リアルに想像ができない」という。ただ、幼い頃、アメリカ兵に追われる悪夢に魘され、「助けて!」と叫ぶ祖母の姿を目の当たりにした。心に深い傷を負っていることを知った。「戦争を経験した人たちは、いつかいなくなる。祖母の話をこの子たちに伝えていくのが、私たちの役目だね」。昨年生まれたばかりの長女・柚月ちゃん(8ヵ月)を見つめた。「先ずは“知りたい”という気持ちが大事」。こう話すのは、沖縄県八重瀬町教育委員会の嘱託職員である平仲愛里さん(27)。琉球大学2年生だった2011年から、小学校等で語り部活動を始めた。原体験となったのは、中学生の時に見つけた祖父・正治さん(※昨年、88歳で死去)のスケッチブックだ。16歳で沖縄戦を経験した祖父が描いた故郷の風景には、散乱した遺体が点在していた。「何が起きていたのか?」と驚き、体験を聞き取るようになった。艦砲射撃を受けた親戚一家6人の肉片を素手で集めて樽に入れ、近くに埋葬したこと。母親がアメリカ軍の捕虜収容所でマラリアにかかり、亡くなったこと――。「自分は何も知らなかった」。記憶を受け継いでいこうと心に決めた。平和学習等で祖父の体験を語る他、町教委では郷土史の戦争編の作成を担当。町内の沖縄戦経験者の話に耳を傾けている。「おじいたちの世代が辛い沖縄戦を生き延びてくれたから、私たちがいる」。平仲さんの真っすぐな視線は、次代を向いていた。

               ◇

栗山紘尚・高橋宏平が担当しました。


※本文由李的博多居民提供。谢谢。


キャプチャ  西部本社版2018年6月22日付掲載

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【沖縄戦を語り継ぐ】(上) 妹、家族の待つ“礎”に

沖縄戦終結から73年。沖縄は今月23日、平成最後の“慰霊の日”を迎える。平成7(1995)年に建てられ、戦没者の名前を刻む『平和の礎』には、今年も58人が追加刻銘された。今なお残る惨劇の傷痕や、戦火を経験した人々の記憶はどう受け継がれているのか? 平成の“継承”を追った。

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「妹の京子の存在を知っているのは私だけ。妹が生きた証しを刻みたかった」――。沖縄戦最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁。平和の礎を前に、読谷村の国吉園さん(83)は呟いた。1945年4月1日、アメリカ軍が沖縄本島に上陸した。国吉さんは、母のナルさんと生まれて間もない京子さんらと一緒に、沖縄本島北部の国頭村に疎開中だった。山中に身を隠し、ナルさんが夜中に探し出した食料で食い繋ぐ生活を続けた。5月、ナルさんがアメリカ軍に銃撃を受けた。1日中苦しんだ末、国吉さんらが待つ山中へ担架で運ばれる途中に亡くなった。「家族をお願い」が最後の言葉になったという。母乳が飲めない京子さんは、国吉さんの背中で日に日に痩せ細っていった。数ヵ月後、栄養失調で息を引き取った。戦後は同郷の夫(83)と結婚し、一時、ブラジルに移り住んだ。7人の子に恵まれた。沖縄戦の体験は思い出すのも辛く、語ることはなかった。

1990年代に帰郷後、慰霊の日には、戦死した父や母らの名が刻まれた礎に足を運んだ。ただ、そこに京子さんの名前は無い。自分の記憶の中だけで生きた妹。「戸籍も無いのに刻銘できるのか?」と時間だけが過ぎた。80歳を超え、「私が生きている間に、名前だけでも家族一緒の所に」との思いが募った。昨年12月、自身の証言や位牌等を基に県庁に申請。京子さんの名前は、慰霊の日を前にした6月18日、追加刻銘された。「京子の存在を残すことが、私にできる継承。胸の痞えが下りました」。国吉さんは遠くを見つめた。「建設から23年を経ても追加刻銘が絶えない。そのこと自体が、沖縄戦の悲惨さを物語っています」。元知事公室長で、設置にあたり責任者を務めた高山朝光さん(83)は、こう振り返った。礎は、元知事の大田昌秀さん(※昨年、92歳で死去)が戦後50年の節目となる年に完成させた。高さ1.5mで118基。沖縄県民だけでなく、アメリカの兵士や朝鮮半島出身者の名前も刻まれた。沖縄では戦火で戸籍が消失しており、名前のわからない人は“○○の子”や“○○の長男”等とされた。その数は今年、計24万1525人に上った。戦時中、鉄血勤皇隊として学徒動員され、多くの学友が命を落とすのを目の当たりにした大田さん。「敵・味方の区別なく、1人ひとりの生きた証しを」という強い思いが反映されたものとなった。礎には未だ、名前が刻まれる空白のスペースが残されている。「平成を終えて次代になっても、刻銘は続く。この礎を残していくことが、大田さんだけでなく、沖縄県民の思いを繋ぐことになる」。高山さんは、そう信じている。


※本文由李的博多居民提供。谢谢。


キャプチャ  西部本社版2018年6月21日付掲載

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【100年人生に備える大人の勉強ガイド】(12) 副業こそ最大の学び直しだ

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副業がジワリと広がっている。政府は先月末に副業や兼業を事実上解禁。大企業の中にも公に認めるところが増えてきた。『ソフトバンク』もその1社だ。2017年11月に就業規則を改定し、副業を容認。人事本部の石田恵一氏は、「クリエイティブ、イノベーティブな風土の醸成を目指す働き方改革の一環」と説明する。副業で“社内の既存知”と“社外の既存知”とを掛け合わせ、新しい発想を生み出す狙いがある。昨年末までの2ヵ月間で既に127件を承認。その内の1人が鶴長鎮一氏(47)だ。エンジニアとして通信インフラの企画・設計や社内ベンチャーの支援に携わる傍ら、副業としてライターの顔も持つ。実は鶴長氏、会社が公に副業を解禁する前から、会社側に申請した上でライター業を手掛けてきた。「最初の本を書き始めたのは30歳の頃。もう17年前になりますね」と笑う。きっかけは、外部の勉強会に参加した時に書籍の編集者と繋がりができたこと。以来、本業での知識や経験も生かし、既に技術系や理工系の書籍を10冊ほど出してきた。技術系の専門雑誌で長年、連載も持っている。書くのは主に平日の終業後の午後7時以降か週末。多少の印税は入るが、「時給換算すればファストフード店のアルバイトくらい」(同)。それでもライターを続ける理由について、「コネクションができるのが大きい。書くことで、社内では得られない交流が広がる」(同)という。社外での繋がりが、本業でも刺激になっているという。

「ソフトバンクでは、オープンソースを使うにしても、以前は(直ぐ使うのに)抵抗があった。でも外では、昨日出たばかりのものを直ぐ使っている。そのサイクルは凄く参考になった」。外の風が鶴長氏の新たな考え方に結び付いている。副業の効果は人脈作りだけではない。知らない世界に触れ、目の前の仕事を見直す契機になる。ミドル層向けのセカンドキャリア研修を手掛ける『ヒキダシ』の岡田慶子氏は、「特にミドル層は会社に過剰に最適化されており、学び直しといっても、1日研修を受けるだけでは意識までは変わり難い。そういう点で、異文化を体験する副業は学び直しに相応しい」と語る。厚生労働省はこれまで、『モデル就業規則』(※就業規則の手本)に原則として副業を禁じる項目を盛り込んできた。だが、ワークライフが多様化する中、政府が副業・兼業を推進する方向に転換。厚労省も先月末に同規則を改めた。政府による事実上の解禁は、普及の追い風になりそうだ。ただ今後、急速に広がるかといえば簡単な話ではない。大半の企業が二の足を踏んでいるのも現実。「本業に専念してほしい」と考えるのは当然で、且つ長時間労働への懸念もある。2017年1月の『リクルートキャリア』の調査では、当時、兼業・副業を容認・推進した企業は23%。8割弱は禁止で、最多の理由は「長時間労働・過重労働の助長」(※56%)だった。過労死が社会問題となり、社員の健康管理に敏感な企業が増える中、副業による過労への懸念は、今後も各企業の解禁に向けたハードルになりそうだ。一方で、容認・推進する理由で多かったのが、「特に禁止する理由が無い」(※69%)、「社員の収入増に繋がる」(27%)等。「人材育成・本人のスキル向上」(※5%)や「社外の人脈形成」(※2%)といった“本業への還元”を期待する回答は少数派だった。社員と企業の双方が、社外で働くことで得たものを本業でも生かすといった学びの意識を持てるか――。それが副業普及のポイントになるかもしれない。 (取材・文/本誌 奥田貫)


キャプチャ  2018年2月24日号掲載

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【100年人生に備える大人の勉強ガイド】(11) 「ユニクロ社長は反対、でも行ってよかった」――石川康晴氏(『ストライプインターナショナル』社長)インタビュー

『アースミュージック&エコロジー』を始め、女性に人気のブランドを全国に1200店超展開する『ストライプインターナショナル』。創業者の石川康晴社長は、経営者でありながら京都大学大学院に通う学生でもある。業界の風雲児は何故学び続けるのか? (聞き手/本誌 秦卓弥)

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MBA(※経営学修士)に通うきっかけは2つありました。1つは、企業は社長の身の丈以上に成長しないと気がついたこと。社長の能力が低いと経営戦略を立てられないし、部下が素晴らしい提案をしても、良いか悪いか見抜けずに撥ね返してしまう。それでは会社が伸びません。売上高が1000億円前後になった時に、「もう1回勉強しないと、自分の能力のせいで会社の成長が止まってしまうな」と危機感を覚えました。そんな頃に、銀行に勤めているテニス仲間の女性から、会社に内緒でこっそりMBAに通っている話を聞きました。はっと気付いたのが、「会社に隠してでも勉強したい人がいるんだ」ということ。そして、僕みたいに比較的自由がある立場なら、「行けない理由はない」と受験を決めたのです。ところが、『ユニクロ』の柳井正社長に相談に行ったら反対されました(笑)。「MBAは(経営者が)取るものではなくて、(取得者を)雇うものだ」と。僕がカチンときて言い返すと、「そんな暇な時間があったら仕事しろ」と諭された。それでも我々のようなベンチャーは、学習意欲のある人を応援できる体質にしなければいけない。先ずは、トップである僕が第一歩を踏み出しました。

4年間通って感じていることは、一言で「行ってよかった」。今は最終学年なので、週1回か隔週で京都に行って授業を2コマ取っていますが、1年生の時は週に3回、12コマ入れていました。何がいいかというと、先ず会社から抜け出す時間があること。会社にいると30分刻みで会議・商談・取材。『LINE』やメールも用を足している30秒で1本返すほど意思決定やアウトプットの連続で、考える時間が無くなります。新幹線で東京から京都に行く2時間半は一見無駄ですが、頭を整理するのに最高。名古屋辺りでいい経営のアイデアが浮かび、最後の40~50分で纏める。社員には「いつも会社にいない」と怒られますが、逃げるきっかけがないといいアイデアは生まれません。大学院で学ぶ人を見ていると2種類います。学歴やMBAのタイトルがただ欲しいという人はダメで、如何に使うかが大事。ゼミでは、有名コンサルティング会社出身の教授がマンツーマンで指導について、僕の事業へのアドバイスをくれます。寝る暇が無いほど刺激の連続で、それが殆ど全部、翌日の仕事に生かされます。今は丁度最終試験の最中で、修士論文のテーマはシェアリングエコノミー。会社のリアルデータを突き合わせて論文に纏めました。服を定額で借り放題にする『メチャカリ』というサービスも、大学院で生まれたんです。未だ47歳なのでわかりませんが、60歳までは勉強したい。今は経営を勉強して、如何に会社を伸ばすかにしか興味がありません。でも、60歳からは若しかしたらNPOやファンドを作り、社会の為に何を生かしたいか、学びたいかという視点に変わっているかもしれません。


キャプチャ  2018年2月24日号掲載

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【100年人生に備える大人の勉強ガイド】(10) ゼロから学べるリカレント学校⑥…50歳以上限定の学び直し

20180611 06
定年後も末永く活躍したい――。そんなシニアのニーズに応えようと大学が動いている。立教大学がシニアの学び直しや再チャレンジ支援を主眼に2008年に設立したのが、立教セカンドステージ大学だ。人気科目はジャーナリズム、終活、食と健康等。リベラルアーツを重視する立教らしく、「再就職だけを目的とせず、幅広い教養を身に付ける場」(副学長の加藤睦氏)だという。期間は1年間で、年齢は50歳以上限定。全受講生がゼミに所属し、合宿や委員会活動等を通して人と繋がり、共に活動する。更に学びたい場合は、もう1年間通える専攻科があり、修了者の半数が専攻科に進む。「退職後に社会貢献活動をしたいという人が多い」(同)ことを受け、講義の中では実際の社会貢献活動の事例を紹介。参加に向けたグループを設ける等の後押しもしている。大学生と同じ池袋キャンパスで学び、学部の全学共通科目も受講可能だ。「異世代との共学は、大学生にとっても刺激になる」(同)。立教セカンドステージ大学の他にも、さいたま市のシニアユニバーシティや通信制の八洲学園大学生涯学習学部等、シニア向けの学びの場は広がっている。定年退職後も学び続けたい人や、第二の人生で新たな発見を得たい人に、リカレントの門戸は開かれている。 (取材・文/本誌 中山一貴・中原美絵子)


キャプチャ  2018年2月24日号掲載

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