【体技心・田中将大4年目の挑戦】(02) “捕手目線”の分析力

20170609 12
大リーグ4年目の今季、5勝を挙げてはいるものの、今月は苦しい登板が続く。14日は2回途中8失点。20日は4回途中6失点で3敗目を喫した。試合後、田中は言った。「自己分析して色々話しても、言い訳にしかとられない。原因はわかっています」――。分析力に優れた投手だ。投球フォームのバランスや有効な球種等、自分の状態を冷静に判断し、相手打者を観察しながら投球を組み立てる。「球の動き方とか打者の反応で、『こういう感じの球を狙っているのかな?』と考える」。捕手のサインにも、時には遠慮なく首を振る。「今日は冴えていないな、見えていないな」と、捕手のその日の状態がよくわかるからだ。自分や周囲の状況を客観的に見る視点を磨けたのは、何故か? 「それはやっぱり、キャッチャーやっていたからですよね。捕手の経験は、今の自分に凄く関係があると思います」。地元の兵庫県伊丹市のチームで野球を始めた小1の頃、「肩が強かったし、『捕手がいないからやってくれ』と言われて」、マスクを被った。チームメイトで当時投手だった坂本勇人(巨人)とバッテリーを組んだこともある。

「当時は投手に憧れもあったけれど、『上手くリードできたなぁ』と思う時とか、盗塁してきた走者を刺した時とか。色んな喜びを感じながらプレーしていた」。中学時代に投手も兼ねるようになり、北海道駒大苫小牧高2年の春の選抜大会直前までは投手兼捕手。選抜の1回戦で先発して完投勝利を挙げ、以後、投手に専念するようになった。プロ入り後は、往年の大捕手が成長を後押ししてくれた。楽天入りした2007年、最初に出会った監督が野村克也氏(81)。1年目から先発ローテーションの一角を任され、「“鉄は熱いうちに打て”みたいな感じで、投げ終わったら『ちょっと来い』と。捕手目線で話をしてくれた」。野村監督の下でプレーしたのは3年だけだったが、「野球が大好きで、野球や配球に関する理論を数多く持っている方。そういう監督さんが一番最初で、色々教えてもらえたのは、僕の野球人生の中でも凄く大きなこと」と感謝する。次回登板は25日(※日本時間26日未明)の『カンザスシティロイヤルズ』戦。「打たれるのには理由がある。わかっていることもあるけれど、実際に体をそういう風に(正しく)動かしていかないといけない」。高校までマスクを被った異色の経歴が齎す“元捕手目線”も力に、復調の青写真は描けている。あとは、その正しさを黙ってマウンドで証明するだけだ。投球練習を見ていると、捕手の“バン”という重いミット音の後、田中が返球を受ける少しだけ軽くて高い“パン”という音が聞こえてくる。次の1球を投げる為にグラブにボールを収めるだけなら、こんな小気味よい音はしない。「キャッチングは意識している。それも、捕手だったというのは大きいと思います」。捕るのもしっかり、丁寧に。“パン”にも田中らしさが表れている。 (ニューヨーク支局 宮崎薫)


⦿読売新聞 2017年5月25日付掲載⦿
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プロ野球って本当に日本に必要ですか?――最早観る価値ゼロな時代遅れのアナクロスポーツを斬る!

中高年のオヤジが大好きなプロ野球が、今年も開幕した。しかし、あんな間の抜けたスポーツを3時間以上もダラダラ観て、何が楽しいのだろうか? 抑々、今やプロ野球は世の中に全く必要とされていないのだ。

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プロ野球が開幕し、今年も“野球ファン”という頭の悪い連中が、ビール片手に、自分が応援するチームの成績に一喜一憂している。野球ファンの多くは40代から60代の中高年たちだ。この世代は今や、「プロ野球が日本人にとって特別なもので、国民的娯楽である」と信じ込んでいる。しかし、それは現実を理解できていない中年オヤジの単なる妄想に過ぎない。確かに、観客動員数だけを見れば、近年のプロ野球は中々の人気ぶりだ。昨年の観客動員数は、実数発表が始まった2005年以降で最高となる約2423万人(※12球団合計)を記録。嘗ては不人気だったパリーグも、2014年に年間動員数1000万人を突破し、昨年は過去最多となる約1072万人を集めた。今年の開幕戦も、『北海道日本ハムファイターズ』の本拠地である『札幌ドーム』が3試合とも満員札止めとなり、『福岡ソフトバンクホークス』の本拠地である『ヤフオクドーム』も2試合が札止め。『読売ジャイアンツ』と『広島東洋カープ』の其々の本拠地、『東京ドーム』と『マツダスタジアム』も、昨年より観客動員数が伸びている。アマチュア選手への裏金に始まり、野球賭博、清原和博の覚醒剤逮捕と、数々の不祥事を連発して“ファン離れ”を心配されながら、プロ野球は未だこれだけの客を集めている訳だ。だが、これは人気低迷と経営不振に悩まされた挙げ句、球界全体がサッカーのような地元密着型経営に舵を切った結果に過ぎない。昨年、話題を集めた“カープ女子”等はその典型だ。現在のプロ野球は、本拠地のある地元に支えてもらい、何とか生き永らえている“ローカルコンテンツ”でしかないのである。

その証拠に、嘗てはテレビ各局のドル箱だった巨人戦のナイター中継の平均視聴率は、1994年の23.1%をピークに下がり続け、2000年代半ばには遂に10%を割り込む等、過去最低を記録した。最近は地上波中継からも姿を消しつつある。プロ野球が日本人にとって不可欠なものなら、何故CSやインターネット配信ではなく、地上波で中継しないのか? 最早プロ野球など、多くの国民にとってどうでもいい存在に過ぎないのだ。抑々、プロ野球というのは最初から理解不能のおかしなスポーツだった。小さなボールを18m以上も先の狭いゾーンに投げ、その球を細い木の棒で遠くに打ち返す…。先ず、このルールが意味不明の上、何故か座ってだらだら休んでいる選手が沢山いる。しかも、試合時間は平均3時間以上とバカみたいに長い。下手をすれば4時間かかったりするのである。だから、サッカーやバスケットボールの競技人口が全世界で其々数億人いるのに対し、野球はたかだか3000万人程度しかいないのだ。いくら娯楽が少なかったとはいえ、こんなものが昭和の一時期に大きな人気を集めた理由は1つしかない。それは、長嶋茂雄というスターが登場し、天覧試合でサヨナラホームランを放つ等の大活躍をしたからである。それ以上でも以下でもない。清原和博と桑田真澄の“KKコンビ”やイチロー・松井秀喜等、その後のスター選手は長嶋という存在による単なる副産物なのだ。プロ野球が本物の国民的娯楽と言えたのは、長嶋が巨人に入団した1958年から引退した1974年までの16年間。或いは、王貞治が756本塁打を達成してハンク・アーロンの記録を抜いた1977年から、江夏の21球、阪神の21年ぶりの優勝等のドラマが生まれた1980年代までの間だろう。実際、1993年にサッカーの『Jリーグ』がスタートして、スポーツ観戦の選択肢が増えると、途端にプロ野球のオワコン化が始まり、2001年のイチロー、2003年の松井秀喜の『メジャーリーグ』移籍によって止めを刺される。天然芝の美しい球場、拍手と歓声だけの応援、更にパワーとスピードがぶつかり合う迫力ある試合内容――。こういうメジャーの野球を毎朝観ていれば、日本のプロ野球になど興味が無くなるのは当たり前だ。事実、この頃から巨人戦の視聴率が急下降していき、プロ野球からどんどんファンが離れていった。つまり、昭和の終わりと共にプロ野球は終わっていたのである。

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【天下の暴論2017】(04) そろそろ止めたらどうかパラリンピック

20170512 12
パラリンピック、そろそろ止めたらどうか? 障害者を見世物にするのは、やはりよくないと思う。不健全だし、不道徳だし、下種だし、卑劣だし、つまらないし、アホ臭い。何かあれば「障害者差別だ!」と騒ぎ立てる世の中である。小人プロレスも、テント小屋でフリークスを見世物にするのもNGになってきたのに、何故パラリンピックは野放しになっているのか? 恐らく、次のような反論が戻ってくるのだろう。「障害者を見世物にしているのではない。頑張っている人を応援しているだけだ」「障害を乗り越えてスポーツに励むことの何が悪いのか? あまりに心の貧しい見方ではないか?」「彼らは立派なアスリートだ。“障害者”と一括りにするのは失礼だ」。一度、頭を冷やしたほうがいい。「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になり易い」と言ったのは、オリンピックを国威発揚の場として利用したナチスのアドルフ・ヒトラーだ。筆者はオリンピックに興味はないが、その存在意義は理解できる。泳ぐのが得意な人たちが集まって、プールで競争する。そこで世界新記録が生れるかもしれない。サッカーやバレーボールが得意な人たちが集まって、華麗なプレーを見せる。それを見て人々は感動する。莫大な利権が絡んでいるので、招致活動に熱心になる人たちの気持ちもわかる。でも、パラリンピックは、スポーツをするのに支障がある人たちが集まる訳でしょう? 義足の人が走ったり、車椅子に乗ってフェンシングをしたり。聴覚障害の人が伝言リレーをやるのは変でしょう? 嗅覚障害の人がソムリエコンクールに出るのは変でしょう? 算数が苦手な人が数学オリンピックに出るのは変でしょう?

障害者をバカにしているのではない。逆だ。「障害者をバカにするな」という話です。障害があるのに、敢えて苦手なところを使って勝負させる必要はない。身体が悪いなら頭を使い、頭が悪いなら身体を使えばいいだけだ。スティーヴン・ホーキングに求められているのは、理論物理学の研究であり、カヌーを遭ぐ技術ではない。抑々、パラリンピックは“パラプレジア(麻痺)”とオリンピックを掛け合わせた言葉だ。第1回は1960年のローマ大会。当時は『ストーク・マンデビル競技大会』と呼ばれていたが、1988年の第8回ソウル大会より正式名称が『パラリンピック』となった。1998年の長野パラリンピックでは、クロスカントリースキー種目において初めて知的障害者の参加が認められる。しかし、2000年のシドニー大会において、男子バスケットボール知的障害クラスで金メダルを取ったスペインチームに、障害者を装った健常者がいたことが発覚し、2002年のソルトレイク大会では知的障害者の参加を認めないことになった。尚、2012年のロンドン大会では、陸上・水泳・卓球の3種目に知的障害者が参加している。ここまでくると、殆ど意味がわからない。知的障害だけで身体障害が無いならオリンピックに出ればいいのに。結局、頭の中がこんがらがっているのだ。義足の技術の進化により、健常者の世界記録を抜く可能性もある。義足なら疲れないし、体に機械を組み込めば、あらゆる種目で記録は更新されるだろう。実際、ドイツのマルクス・レームは、カーボン繊維でできた義足を使い、2015年の障害者陸上男子走り幅跳びで8m40の記録を出している。これは、2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピックの優勝記録を上回っている。そのうち、100mを3秒で走り、パワーリフティングで3トンを持ち上げる障害者も出てくるかもしれない。しかし、それを“記録”と呼べるのか? “パラリンピックの父”と呼ばれるルートヴィヒ・グットマンは、「障害者競技は“記録”だけが目的ではない」と言う。第2次世界大戦後、傷痕軍人の治療に当たったグットマンの時代には、こうした物言いも通用したのだろう。しかし、今の時代に「記録は目的ではない」と言う人の“目的”とは何か? ここで、連中の正体は暴露される。結局、こういうことだ。パラリンピックを消費するのは、社会の大多数を占める健常者である。その中でも特に下劣な連中は、障害者が飛んだり跳ねたりする姿を見て感動する“優しい自分”が好きなのだ。「障害にもめげずに努力を重ねる姿を見て、明日を生きる勇気を貰った」という訳である。「同情は特有の厚顔無恥ぶりを伴う」と言ったのは、ドイツの哲学者であるフリードリヒ・ヴィルへルム・ニーチェだが、“麻痺”しているのは、こうした連中の感覚だ。“障害”はカネになる。『五体不満足』(講談社)の乙武洋匡、全盲のピアニストである辻井伸行、聴力を失ったフジ子・へミング、“筆談ホステス”の斉藤里恵…。彼らの仕事について“良い”・“悪い”と言っているのではない。メディアや企業が障害をビジネスに利用している事実を指摘しているだけだ。

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【体技心・田中将大4年目の挑戦】(01) いつだって“挑戦者”

選手が心・技・体をバランス良く磨くことの大切さを表す“心技体”。大リーグ『ニューヨークヤンキース』のエース・田中将大(28)は、「先ずは体と技術を整えて、最後は気持ちをしっかりと試合に持っていく」との意味を込め、“体技心”という言葉を好んで使う。3年連続で開幕投手を務め、名門のエースの地位を確立した右腕の奮闘を追う。 (本紙ニューヨーク支局 宮崎薫)

20170511 10
ファウルラインを左足で飛び越え、マウンドに上がると、プレートの横の土を「今日も宜しく」と右手で触る。今月14日の『セントルイスカージナルス』戦、今季3度目の先発で初めて本拠地の『ヤンキースタジアム』に登場し、いつも通りに初回を迎えた。初披露となった大ファンのアイドルグループ『ももいろクローバーZ』が自分の為に歌う今季の登場曲には、“逆風”や“マイナスやゼロから始められる”といった歌詞が並ぶ。「ここまでスタートが悪かったことはない」と振り返った苦境と、図らずも重なった。今季はキャンプ初日から、開幕投手としての調整を任された。信頼を意気に感じて臨んだ同2日の開幕戦は、3回途中7失点KO。『タンパベイレイズ』の打線に、得意球のスプリットを狙い打たれた。残像は2戦目、同8日の『ボルチモアオリオールズ』戦でも消えず、勝負球として投げ切れない。ピンチでは最速156㎞の直球で押し、5回3失点で凌いだが、「どうしようもないから力任せに投げただけ」と納得はできなかった。

答えが見つかったのは同14日の3戦目。「勇気を持って自分の形で投げないと」。過去2戦で出せなかったストライクゾーンに積極的にスプリットを投げる本来の投球が、7回途中3失点での初勝利に繋がった。打たれた事実からは逃げず、技術的な解決策をとことん探る。その一方で、心の持ちようについては「僕、いい加減なところはいい加減ですよ」と笑う。渡米直前の3年は防御率1点台で、2013年は24勝無敗。大リーグで同じ基準を求めたら「しんどい」。「“6回3失点でも良し”とされるくらい厳しいリーグにいる訳じゃないですか。悪かった時には、自分の中でハードルを落としてあげる。良かった部分を見つけて、『まぁ、良しとしよう』と切り替える」。例えば、開幕戦後の記者会見。アメリカのメディアから、「右肘は大丈夫か?」と古傷についての質問が飛んだ。「大丈夫です」と答えた声は少し怒気を孕んだが、直ぐに前向きに消化した。「『打たれたのは体のどこかがおかしかったからだ』と。つまり、能力自体は信じてもらえているってことでしょ?」。登場曲のタイトル『何時だって挑戦者』は、自らアイデアを出した。駒大苫小牧高時代のこと。「よく(香田誉士史)監督に言われたんです。明らかに力に差がある相手でも、『挑戦者の気持ちをしっかり持て。そういう野球をしないと、いつか足を掬われるぞ』と。その言葉はずっと忘れないで投げているつもりです」。どんな相手にも真摯に立ち向かう。若き日から変わらぬ姿勢に、厳しい世界で生き抜く為の“良い加減”が、隠し味として加わった。メジャー4年目、“挑戦者”田中の姿だ。取材を始めて3年目になるが、田中将大という選手は自分の言葉に誠実だと思う。投げかけた質問に的確に答えようと「うーん…」と考え込み、「何て言うんだろう」と頭を捻りながら、適切な表現を探す。時には質問者にも厳しい。「そういう意味じゃなくて」と否定し、考えが違えば曖昧に同意はしない。「こちらも記者として、“体技心”を整えて臨まないと」と心している。


⦿読売新聞 2017年4月28日付掲載⦿

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奔放な性格が災いして“覚醒剤で逮捕”との怪情報も…浅田真央の不振はやっぱり姉・浅田舞が原因だった!

20170502 10
2016年12月に行われた『女子フィギュアスケート全日本選手権』で、自己ワーストの12位という、全盛期からすれば信じ難い成績で終わった浅田真央(※左画像)。年明け早々に、関係者から今季の“充電”が示唆されることとなった。現在は彼女に対し、大手メディアの多くが所謂“限界説”を唱え、2018年平昌オリンピック出場どころか、即引退まで噂する始末となっている。だが、そんな彼女が陥ってしまった“極度の不振”の原因について、業界関係者の間では、俄かには信じ難い噂が飛び交っている。その噂とは、「姉・浅田舞のせいなんじゃないか?」というものなのだ。浅田真央を不振のどん底に叩き落とした“意外な元凶”について、大手スポーツメーカーの幹部・Y氏(58)はこう語る。「浅田の不振は、巷でしばしば語られる“身体能力の衰え”ではなく、『姉の“ご乱行”が原因だ』と業界内では囁かれています。あの姉妹は、お姉さんは派手好きの遊び人気質で、妹は黙々と努力するタイプと好対照。だからこそ、姉はタレント化してブレイクしかけたんですが、少し売れるようになってからは、封印していた遊び癖が再発したようで…。半グレ系のチンピラみたいな連中と遊び歩いているそうです」。

浅田舞といえば、タレントに転向する形で自身の活動を芸能界へシフトさせると、赤裸々過ぎる爆弾発言も相俟って、一躍大ブレイク。更には、その巨乳ぶりまでもが注目を集め、写真集まで発売されるほどの成功を収めた。しかし、現在はその人気も収束し、姿を見かけることも少なくなりつつある。Y氏の話が事実だとすれば、彼女が姿を消したのは“干された”訳ではなく、単に“遊びで忙しいだけ”と見ることができそうだ。「地元でも、『夜な夜な繁華街に足を踏み入れては男漁りをしていた』っていう話は有名です。タレントとしてブレイクすると、『六本木や麻布界隈でよく見かける』っていう話を聞きます。そんな彼女のやんちゃぶりに妹が心を痛め、競技に集中できず、メンタル面でおかしくなったようなんです」(Y氏)。単なる男遊びならばいざ知らず、その交友関係が“やんちゃな面々”となれば実に厄介だ。事実、こうした遊びぶりが災いしてか、今年は年明け早々からインターネットニュースを中心に、一応は“伏せ字扱い”ではあるものの、明らかにそれとわかる形で、“次に覚醒剤で逮捕される女性タレント”として名前が挙がったほど。姉がそのような状況では、妹として競技どころではなかっただろう。「このままだと、平昌オリンピック云々以前に“姉が危ない”といった情勢もあるんです。少なくとも我々の業界では、そう見ている人間も多い。せめて平昌までは、お姉さんに自粛して頂きたいところですね」(同)。2018年2月に開催予定の平昌オリンピックまで、残すところあと1年ほど。その出場に当たっては、オリンピック前の大活躍が必要不可欠とされる浅田真央。関係者間で噂される話を聞き流し、競技生活に集中できるだろうか――。 (取材・文/フリーライター 片岡龍夫)


キャプチャ  第24号掲載

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サボり・八百長は当たり前! 歴代横綱は英雄どころか品格ゼロのデブ揃いで最早“日本の恥”

19年ぶりに日本人の横綱・稀勢の里が誕生しました。横綱と言えば相撲の象徴であり、国民的英雄扱いされることも珍しくありません。ですが、彼らってそんなに立派な存在ですか? 歴代横綱の行いを振り返ると、サイテーな人物ばかりなのですが…。

20170426 10
久々の日本人横綱誕生に沸く日本。テレビは新横綱・稀勢の里の話題でもちきりで、四半世紀ぶりに優勝した『広島東洋カープ』の人気に肖る為だけに存在している“カープ女子”宜しく、“相撲女子”と言われるファンまで登場する始末。でも、少し考えれば、ブヨブヨの体を恥ずかしげもなく揺らし、来る日も来る日もちゃんこばっか食べているヤツらを世紀のヒーローかのように持ち上げるなんて、おかしな話だと気付く筈。横綱になる為にどんな努力が必要だか興味も無いが、あんなデブが一般社会にいたら鼻摘みもの確定だろう。そんな社会から食み出した存在しかいない角界は、ダメ人間の集合体のようなものであり、そのような環境に長年身を置いている横綱は、言わずもがな最上級のダメ人間なのだ。横綱という響きに騙されて、何となく「お相撲さんすご~い!」と思っている人たちの目を覚ます為、横綱が如何に最低なヤツばかりかを検証していこう。横綱、即ち野蛮な存在だと世間に知らしめた最初の事件は、昭和にまで遡る。けんかっ早さと博打好きで知られ、“けんか玉”という愛称まで付いていた大関・玉錦(※後に第32代横綱)。そんな下品なあだ名を付けられて喜んでいたバカは、些細なことで喧嘩になった宝川関の下に、後に『山口組』3代目組長となる田岡一雄を派遣。暴力団は周知の通り、人の指を詰めるのが大好きな人種なので、田岡もご多分に漏れず、逃げ回る宝川関の指を2本も切断。宝川関は即引退に追い込まれた。一方、暴力団を使ってライバルを蹴落とした玉錦は、その半年後に横綱に昇進。裏社会にどっぷりの真っ黒な横綱が誕生することに。

暴力団と仲良しこよしの横綱もいれば、新興宗教にハマる横綱も。昭和22(1947)年、人々の不安を煽り、統制物資である米を大量に隠し持っていた為、警察から出頭命令が出ていた新興宗教『璽宇』。その教祖を守る為、第35代横綱・双葉山が警察相手に大暴れして逮捕された。この大捕物は『璽光尊事件』と言われ、双葉山のアホ丸出しの行動に多くの国民が失望したそう。双葉山は後に、「自分は悲しいかな、学問が無かった」と後悔していたというが、横綱はほんの少しの脳細胞も持ち合わせていない脂肪の塊であるという伝統を作った、ある意味偉大なる人物とも言えるかもしれない。「横綱って何だかバカばっかり。やっぱ、アイツら太っているだけだね」というムードが流れる中、昭和25(1950)年に羽黒山・照国・東富士の3人もの横綱が相次いで休場。世間の批判に焦った『日本相撲協会』は、横綱の権威を守る為に『横綱審議委員会』を発足させることに。因みに、この3人の横綱の内、特に権威もへったくれもないのが東富士。新興宗教にどっぷりハマっていた双葉山に大層可愛がられていた問題児で、引退後は協会から追われ、冴えないプロレスラーになった後、サラ金の社長に。絵に描いたような転落人生! “巨人・大鴨・卵焼き”で知られる第48代横綱・大鵬と、“大洋・柏戸・水割り”という大鵬の二番煎じ感強めのキャッチコピーを付けられていた第47代横綱・柏戸の2人も、拳銃所持の疑いで警察の捜査を受けている。廃業した元力士が拳銃を所持し、更には暴力団に売り渡していた疑いで逮捕されたことをきっかけに、この2人の悪事が白日の下に曝されることになったのである。後に国民栄誉賞まで貰った大鵬には、クリーンな英雄のイメージがあるが、それは大いなる勘違い。拳銃を持って歩く只のチンピラである。過度な肥満が原因で脳梗塞に倒れてからは、目も当てられないような無様な人生を謳歌。弟子は全員ボンクラ、娘婿の元関脇・貴闘力は野球賭博で解雇され、更に夫人は若手力士やレスラーを相手に不倫三昧…。晩年の大鵬は妻の行動を監視し、ストーカー宛らの行動を取っていたという噂も。現役時代から連日、節操なくスキャンダルを振りまいていたのは、第52代横綱・北の富士。暴力団関係者から多額の祝儀を貰って謹慎処分を受けたにも拘わらず、懲りずに引退後は弟子・千代の富士の結婚式に暴力団を招待する等、兎に角ヤクザが大好き。不眠症を理由に休場したかと思ったら、ハワイでサーフィン。前妻を捨てて元ホステスと電撃再婚、更には稽古そっちのけでキャバレーの経営に勤しむ等、取り組みよりも自身の話題作りに精を出していた単なる目立ちたがり屋。因みに、北の富士の弟子でタレント・秋元梢の父である第58代横綱・千代の富士も、黒いカネをがっぷり溜め込み、追徴課税を受けている。その額、何と1億3000万円! 兎に角ケチで、部屋中の電気を消して回っていたという、筋肉の塊のような体からは想像できない器が小さ過ぎるエピソードも存在する。

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年末興行でも警察沙汰、大震災を悪用した窃盗も…ボクシング・格闘技界に蔓延る“悪の連鎖”を暴く!

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ボクシングや格闘技のトレーニングジムが、“青少年の育成”や“不良少年の更生の場”等非行防止を売り文句に宣伝しているのをよく見かけるが、残念ながら実態はその真逆で、場所によっては寧ろ不良たちの連帯感を深め、犯罪の温床となっていることすらある。昨年はプロボクシングの世界タイトルマッチ興行が4つも重なって盛況だったが、実はその1つで警察沙汰の事態が起きていた。世界チャンピオンも所属するジム会長が、他のジム関係者とトラブルになり、チャンピオンクラスの所属選手に命じて相手を羽交い絞めさせる暴力行為をやらかしたのである。被害者が警察を呼んだ為、観客の目前で大騒ぎとなったが、後に関係者が選手や業界に配慮して、被害届を取り下げた。現地担当のスポーツ紙記者・ボクシング専門誌のライター・中継に訪れたテレビ局のスタッフらは、騒動を見ていても一様に“無かったこと”として一切、言及していない。それどころか、興行に関わっていた業界人も見て見ぬ振りをしているのだ。「加害者側が世界チャンピオンを持つ有力ジムなので、敵にすると興行の協力をしてもらえなくなるから仕方ない」(大阪の某ジム経営者)。要するに、善悪よりも自己の利害を優先した訳だ。日頃、青少年の育成等と言いながら、 やっていることは身勝手そのもので、こんな現実が若者の良い手本になる訳がない。プロボクシングでは、10年ほど言から“暴力団排除”を大々的に標榜しているが、実のところ「関係しない」と誓約書を書かせるようになったのは最近のこと。しかし、実際に暴力団関係者が試合会場等から締め出された例は皆無だ。昨年行われた関西での世界タイトルマッチでは、暴力団との関係が深いことで知られる元世界チャンピオンの渡辺二郎氏が堂々と観載。同氏は4年ほど前、暴力団関係者であることを隠してゴルフ場を利用したとして、指定暴力団『山口組』幹部と共に逮捕された。事件自体は嫌疑不十分で不起訴になったが、ヤクザとゴルフをしていたことは表沙汰になっているのに、場内では試合関係者が渡辺氏と笑って立ち話をする有様だった。

年が明けて1月17日には、現役のボクシングチャンピオンが振り込め詐欺のメンバーとして逮捕されるという事件があった。長野県警に逮捕されたのは、INNOVATIONスーパーフェザー級王者のRYOTA(本名・寺田亮太)。難道によると、RYOTA容疑者は昨年7月、詐欺グループのメンバーとして同県在住の70代女性に息子を名乗って電話をかけ、「トラブルでお金が必要」と嘘を言い、別のメンバー(逮捕)に現金1000万円を受け取らせた疑い。こちらは業界が直接関わっている事件ではないが、「詐欺グループの一部メンバーが応援団だった」という話が聞かれた。「RYOTAには不良っぽいヤンキー系の応援団がいて、彼が試合に出ると150人ぐらいは彼の試合だけを目当てに集まっていた。その中に(準暴力団指定の)“半グレ”メンバーがいたという噂もあって、相手選手を応援していた人たちが怖がっていたこともあった」(キックボクシング関係者)。この応援団というのが曲者で、たとえ不良集団だろうと“神様”扱いされるのがこの業界である。抑々、スポーツ興行というのは、野球でもサッカーでも突き詰めればカネ儲けであり、チケットを売る集客こそが第一に優先される。プロ野球では長年、私設応援団が暴力団と関係していたことがタブーとされてきた。私設応援団は、元は熱心なボランティアが作ったファンの連絡会的な組織だった。しかし、その過程で生まれたのが観戦チケットの一括大量購入であり、主催者側がこれに配慮して、優先的に良い席を提供。それが一種の利権となって、場内で横暴な振る舞いをしていても咎められなくなり、ヤクザやチンピラ同然のグループがのさばるようになってしまったのである。応援団の存在は、試合の主催者のみならず、球場の経営にも影響を及ぼした。そのカラクリは、球場側が場内に掲示した広告収入に関係する。広告料は年間入場者数の規模によって上下する為、それこそ空席だらけの“ガラガラ”では済まされない。経営側には、タダでもいいからチケットをバラ撤いて入場者数を増やさなければならない事情があり、集団の結束力を持っている応援団に依存してきた。読売新聞が購読者に観戦チケットをバラ撤いているのも同じ事情だが、確実に球場に足を運ぶ応援団は、規模が大きいほど球界で幅を利かせていたのである。これに比べれば格闘技の世界なんて規模は小さいが、それでも仕組みは似たようなもの。ボクシングや格闘技の興行には、よくガラの悪い応援団が出入りしていることがあるが、満員でも1700人ほどしか入らない『後楽園ホール』のような小会場でさえ、追い出されるようなことは先ずない。筆者は過去、同会場のボクシング興行で、リングにものを投げ、他の客に暴力を振るっていた客を取り押さえたことがあったが、それは警備員が見て見ぬ振りをしていたからだ。事態に気付いた警備員が主催者に「暴れている客がいる」と伝えたにも拘わらず、主催者は「あの人たちは例外」と何もしなかった。暴れていた男は、出場選手を通じてチケットを200枚も捌いた後援者の息子という“お得意様”だったのである。

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祝・“インチキ横綱”稀勢の里誕生! 相撲は中卒デブ同士がぶつかり合う最低最悪の見世物だ!

19年ぶりの“日本人横綱”の誕生によって、大相撲人気が空前の盛り上がりを見せている。マスコミは大相撲の話題を連日取り上げ、3月に始まる春場所の前売り券も即日完売。とはいえ、ブクブク太ったデブ同士がぶつかり合う見世物の何が面白いのか? 最低最悪な大相撲の正体を検証してみた。

20170324 11
大相撲の人気が凄いことになっている。年に6回行われる本場所は常に連日、満員御礼を記録し、“スージョ(相撲女子)”と呼ばれる熱狂的な女性相撲ファンまで登場。お目当ての若手力士の入場待ちをする等、まるでアイドルのコンサートのようにキャーキャー大騒ぎするありさまだ。更に、そこへ輪をかけたのが、初場所で優勝して19年ぶりの日本人横綱となった稀勢の里の存在である。実際、3月12日に始まる大相撲春場所は、“稀勢の里効果”によって前売り券が僅か2時間余りで即日完売となるほどの人気ぶり。恐らく、春場所にも大量のスージョが押し寄せて黄色い声援を送り、通ぶった相撲ファンは稀勢の里の土俵入りや所作を見て、「うんうん」と訳知り顔で頷くに違いない。しかし、日本人の横綱が久しぶりに誕生したからといって、それが一体どうしたというのだろうか? ワイドショーや相撲ファンは「久しぶりの日本人横綱の誕生だ」と燥いでいるが、実は、稀勢の里というのは、『日本相撲協会』のゴリ押しによって昇進した“作られた横綱”に過ぎない。相撲協会の内規では本来、「橫綱昇進は2場所連続優勝か、それに準じる成績をあげた場合」とされている。ところが、稀勢の里は2011年に大関になって以降、5回も綱取りのチャンスがありながら、いつも肝心なところで星を取りこぼしてきた。そこで相撲協会が、綱取りのハードルを大きく下げ、“優勝すれば横綱”というユルユルの条件に変えたのだが、それでも優勝できなかったのが稀勢の里というダメ力士なのだ。初場所にしても、日本人横綱を熱望する相撲協会の無言の圧力を受けたライバル力士が、空気を読んでか前半にバタバタと態とらしく負け、2横綱1大関も稀勢の里との対戦前に休場してしまったことで、漸く優勝できたものだった。謂わば、“19年ぶりの日本人横綱”によって一儲けしたい相撲協会がでっち上げたのが、稀勢の里というインチキ横綱なのである。

抑々、一体相撲のどこが面白いのか? 大相撲は一応、力士たちが勝敗を争うスポーツ(格闘技)という建前になっている。また、五穀豊穣を祈って四股を踏んだ古代の奉納相撲を源流に持つことから、スポーツであると同時に神事ともされている。更に、相撲のことを「日本の国技」「日本の伝統文化」と主張するバカも多い。だが、相撲はスポーツでなければ神事でもなく、勿論国技でもない。相撲の本質とは、単なる“芸能”であり、“見世物”だ。相撲に現在のような土俵・番付・横綱の土俵入り・力水・清めの塩といった演出が導入されたのは、江戸時代前期のこと。当時の庶民にとって、大男がぶつかり合う相撲は、木戸銭を払ってでも見物したかった最大の娯楽。そこで、より楽しめる演出を取り入れたのである。力士たちも当然、あぶれ者等といった曰く付きのルーツを持つ者ばかりだ。極度に貧しい家に生まれたり、様々な事情を抱える体の大きな子供が、身売り同然に勧進元に預けられ、相撲という名の見世物にされていたのだ。現在の角界を見ても、学生相撲出身者や外国人を除けば、自分の意思で力士になった人間など先ずいない。多くが不登校や引きこもり等の問題を抱え、進学もできない為、中学卒業と同時に親がツテを頼って相撲部屋に入門させるのだという。無気力でお頭の弱い肥満児が、更正施設代わりに相撲部屋に連れてこられて、力士になる訳だ。そんな中卒のデブが、ちょんまげやふんどしという奇妙な姿になって体をぶつけ合い、その様子を見て大喜びで拍手しているのが相撲ファンなのである。そう考えれば、大相撲に度々“八百長”が指摘されるのも理解できる筈だ。実は、八百長という言葉自体、幕末から明治初期にかけ、相撲好きの“八百屋の長兵衛”が、伊勢ノ海五太夫という相撲部屋の年寄りに取り入る為に、囲碁で態と負けるように仕組んだことに由来する。見世物である以上、毎日興行しなければならない。真剣勝負をすれば、デブだけに直ぐケガをし、休場する力士が続出する。そうなったら客が減る…。デブのぶつかり合いという見世物である以上、力士の星の貸し借りは当然であり、八百長ですらないのだ。ところが、明治期に相撲専用の施設を作り、その施設を『国技館』と名付けたことから、「相撲はスポーツであり、日本の国技である」というインチキが生まれた。しかも、日清戦争が勃発すると、明治政府が「相撲は武士道の精神を体現した国技である」と称揚。この相撲の政治利用によって、“サムライ文化や武士道の延長にある伝統競技”とい嘘のイメージが益々広まってしまったのである。挙げ句の果てに、見世物小屋のデブが天皇賜杯を抱き、そのデブのぶつかり合いを事実上の国営放送である“皆さまのNHK”が、場所毎に中継する。それを見てバカな相撲好きが大騒ぎしているのが、現在の相撲ブームなのだ。

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テーマ : 大相撲
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正月早々に大学生が苦しむ顔を見て喜ぶ理解不能なスポ根大会…『箱根駅伝』という残酷ショーを楽しめるって正気ですか?

今年1月2日と3日は何をしていました? えっ、箱根駅伝を見ていたんですか? 選手・監督・外国人・スタッフ・山の神・観客・警察官等、バカばっかの残酷ショーを見ていたなんて正気ですか? 暇なんですか? (フリーライター ダテクニヒコ)

20170307 17
『東京箱根間往復大学駅伝競走』。通称、箱根駅伝。第93回大会も例年通り、1月2日と3日の2日間に亘って開催され、青山学院大学が2位の東洋大学に6分以上の大差を付けて優勝した。青山学院大学は3年連続で往路優勝と復路優勝の“完全優勝”を果たしている。尚、昨年の出雲全日本大学選抜駅伝競走(出雲駅伝)と秩父宮賜杯全日本大学駅伝対校選手権大会(全日本大学駅伝)にも優勝している為、所謂“大学三大駅伝”の3冠に輝いたのである。これは1990年度の大東文化大学、2000年度の順天堂大学、2010年度の早稲田大学に次ぐ4校目の達成となるのだが、大東文化大学は復路優勝を、順天堂大学と早稲田大学は往路優勝を逃している為、箱根駅伝を完全優勝しての3冠に輝いたのは青山学院大学が初めてのこととなる。おめでとう! 青山学院大学!…ん? いやいや、ちょっと待てよ。出雲駅伝と全日本大学駅伝は全国の大学が出場できるけど、箱根駅伝は関東の大学しか出場できない。それなのに、前の2大会と同列にして“大学三大駅伝”と称するのはおかしくないか? 箱根駅伝とは、『関東学生陸上競技連盟』(以下“関東学連”)に加盟する大学の内、前年大会でシード権を獲得した10校と、予選会を通過した10校、及び関東学生連合チームを加えた合計21チームが出場する大会。上位10校は出雲駅伝の関東代表に選ばれることもあり、即ち地区大会に過ぎない。それなのに、大学三大駅伝大会と並び称されるのは何故なのか? 最たる理由は、日本テレビ系列で生放送されるようになったことだろう。

1987年より生中継が始まった(※全区間での完全生中継は1989年から)『新春スポーツスペシャル 箱根駅伝』。この毎年25%以上の視聴率を上げる人気番組によって、関東以外の地区でも知名度と注目度が格段に上がった。これにより、学生ランナーの多くは箱根駅伝に出場するのが夢となり(※一度は実業団に入った後に「箱根駅伝に出たいから」と大学に入り直した者もいるほど)、強い選手が関東の大学に集中するようになった。結果、“関東の強豪校=全国の強豪校”ということになり、それらの大学が集まる箱根駅伝は、全国大会と同レベルの大会と見られるようになったと言えるだろう。もう1つは伝統。“マラソンの父”として名高い金栗四三は、日本が初参加した1912年のストックホルムオリンピックにマラソン代表として出場したが、途中棄権に終わってしまった。そこで、「世界に通用するランナーを育成したい」との思いを込めて、1917年に日本で初めての駅伝となる『東京奠都五十年奉祝・東海道駅伝競走』(以下“東海道駅伝”)を開催した。京都から東京までの516㎞を23区間に分け、3日間昼夜兼行で走り継ぐ東西対抗レースは大成功を収めたのだが、これが箱根駅伝の原型となる。東海道駅伝の成功を受けて、金栗らは大学・師範学校・専門学校に箱根駅伝創設の意義を説き、参加を呼びかけたところ、早稲田大学・慶應義塾大学・明治大学・東京高等師範字校(現在の筑波大学)の4校が応じて、1920年に第1回大会が開催された(※『四大校駅伝競走』という名称)。80年以上の歴史を持つ大会。元となった東海道駅伝が“駅伝”と形式で行われた最初の大会ともなれば、大学三大大会の1つに数えられるのも当然なのかもしれないが、金栗四三が唱えた「世界に通用するランナーを育成したい」という願いは叶っているだろうか? 瀬古利彦等のオリンピックマラソン選手を輩出している過去もあるが、最近は主立った選手がいない。箱根駅伝で名を上げた選手――例えば早稲田大学の渡辺康幸や東洋大学の柏原竜二等、マラソン選手としての将来を嘱望されながら結果を出せない選手のほうが多く感じられる。順天堂大学の今井正人は最近、漸く結果が出てきたが、もう30歳だ。彼らが結果を出せない理由の1つとして、箱根駅伝での酷使が囁かれている。柏原竜二や、昨年、卒業して実業団に入った青山学院大学の神野大地等は怪我に泣かされているのだが、彼らが走ったのは山上りの5区でチームの主力。立場上、休めない彼らの身体は、大学時代にかなり酷使されていたのである。それもこれも、箱根駅伝に出場して好成績を残す為。

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【2017年の日本はこうなる】(09) 錦織圭が4大大会を制する日

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2016年8月末から行われた『全米オープン』で、錦織圭選手は2年ぶりに準決勝に進出しました。4大大会での成績も、ここ2年は8強止まりで、“べスト4の壁”というような見られ方をしていましたが、リオデジャネイロオリンピックでの銅メダル獲得を含め、2016年の夏は錦織選手の著しい成長を目の当たりにできました。この成長を支えているものは何か。私は、「フィジカルを徹底的に強化したことだ」と考えます。フィジカルの部分での成長というのは、一朝一夕で可能なものではなく、本当に地道な努力が必要になっていきます。その成果が出てきたのが、2016年シーズンなのでしょう。冒頭で触れた全米オープン後、錦織選手はこれからのフィジカル面での強化については、「ドーピングをしない限り難しい(笑)」というジョークを言っていたようですが、「このコメントは、そこまで自分を追い込んでトレーニングしてきたことに対する、彼の自信の表れなのだ」と受け止めることができます。フィジカルを強化したことは、錦織選手に、メンタルへの好影響も含めた大きな安定感を齎しました。何故なら、抑々、錦織選手のプレースタイルは、精密機械のようなものであるからです。クイックネス――つまり、シャープなプレーが彼の持ち味であり、相手から対応する時間を奪うようなタイミングの早いショットも大きな武器になっています。自らが得意とするプレースタイルを、試合の中で如何に持続させていくのか。この課題を克服する為に強化したのがフィジカルであり、それが錦織選手の自信に繋がっています。以前だったら、悪い意味での強弱と言いますか、「このポイントは落としてもいいか…」というテンションの上下が見られたのですが、今では緊張感のある試合運びを継続して行うことができるようになっているのです。そして、プレースタイルをキープする能力は、1試合の中だけの問題ではなく、トーナメントを勝ち上がるプロセスにおいても必要とされるものです。これは、テニス界における錦織選手の立ち位置の変化に大きく関係しています。以前は“追う”立場でいればよかったのが、今では次世代の選手たちに“追われる”立場にもなっているのです。トーナメントの前半では、その選手たちに対応しつつ、後半に入ったら今度は、トップ選手たちに挑む為にギアを入れ替える必要がある。戦い方自体を変える必要があるのです。

この2シーズンほどは、同等か格下の選手に対してテンションを上手く保てない場面が散見されたのですが、2016年はギアチェンジを上手く行えるようになりました。こうした不断の微調整を行いながら、錦織選手は、シャープでスピーディーなテニスという自分の良さを消さないようにしなければいけない。持ち味を決勝まで保つ為、目の前の試合を全力でプレーしつつも、特に大会前半はサクッとセット連取して勝っていくのが理想です。とはいえ、そう簡単に勝たせてもらえないのも現実ですし、そうした状況にも対応できるようにする為のフィジカルトレーニングなのです。トレーナーであるロビー大橋さんと共に、パワー型の選手にも打ち負けない体幹の強さも鍛えていますし、左右に振られてもブレない体を手に入れることが、疲れ難さにも繋がってきています。結果として今回、全米オープンで“べスト4の壁”を突破できた訳です。だとしたら、「準決勝で当たったスタン・ワウリンカに対して、大きく崩れて負けてしまったのは何故なのか?」という疑問もあるかもしれません。これに関しては当日、湿度がとても高く、まさに精密機械であるところの彼にとってはハードなコンディションだったのが悔やまれるところです。天候に関しては最早、“運”としか言えない領域ですし、そうした如何ともし難い要素を抜きにすれば、錦織選手はほぼ万全のトレーニングを積んできていると考えられるのです。若し再考する余地があるとしたら、スケジューリングかもしれません。錦織選手は、基本的にタイトな試合日程を組んでいます。2016年の夏も、7月末にトロントで『ロジャーズカップ』、次にリオデジャネイロオリンピックに出場して銅メダル獲得。直ぐにシンシナティで『ウェスタン&サザンオープン』に出て、そのまま『全米オープン』に突入していきました。リオデジャネイロオリンピックで優勝し、シンシナティでも決勝に進出していたマリー選手が、全米の準々決勝・錦織戦で思うようにプレーができず、あれだけイライラしていたのを見ると、勢いのある選手でも連戦は相当にタフであることがわかります。ただ、『男子プロテニス協会(ATP)』のランキングが10位以上の選手になれば、「トップ選手として試合に出続けるべきだ」というそれ相応の“責任”が生じますし、欠場すれば罰金が発生する大会もあり、何よりも先ず自身がランキングを保たなければいけないので、おいそれと試合を休めないのも事実です。そういった厳しい状況下においても、自分がべストなパフォーマンスを出せる試合数を、周囲のスタッフとも相談しながら、じっくり見定める必要はあるかもしれません。勿論、こうした環境の変化、そこから生じる悩み自体が、錦織選手がトップ選手として君臨するようになった何よりの証拠でもあるのです。「2017年、試合を巡る条件がカチッと噛み合った瞬間、精密機械としての錦織選手のテニスが世界の頂点に立つ」と、私は確信しています。 (テニス解説者 杉山愛)


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