【水曜スペシャル】(589) アメリカの大学で“人種優遇”に暗雲…「これは世界中のアジア人の為の戦いだ」、背景に最高裁の保守化
アメリカの大学が入学者選抜で黒人やヒスパニックを優遇するアファーマティブアクション(※積極的差別是正措置)を巡る2件の訴訟が注目されている。一貫して是正措置を容認してきた連邦最高裁の保守化傾向が強まり、判例を覆す可能性が浮上している為だ。アメリカの人種差別の歴史と密接に結びつく制度の行方は、アメリカ社会の在り方も左右しかねない。 (取材・文・撮影/ロサンゼルス支局 渡辺晋)

「大学の多様性を肌の色で確保するのは間違っている。これは、アメリカの大学を目指す世界中のアジア人の為の戦いだ」――。カリフォルニア大学バークレー校2年のカルビン・ヤンさん(21、右画像)は語気を強める。カナダ出身で、韓国系の父と中国系の母を持つ。幼い頃からハーバード大学を目指し、学業だけでなく、気候変動対策を求めるデモを組織する等、課外活動にも積極的に取り組んできた。ニューヨークの高校を経て、2021年に同大を志望したが、不合格となった。アメリカの大学は入試ではなく、主に書類審査で合否が決まる。高校の成績や大学進学適性試験(※SAT)等の点数以外に、ボランティア等の課外活動や人物評価が大きく影響する。更に、多くの大学は“多様性の確保”を目的に、人種的少数派を優遇する是正措置を導入する。アジア系は対象でなく、ヤンさんは「多様性は重要だが、人種ではなく家庭の収入を対象とし、貧しい環境にあっても、能力のある人が優遇されるべきだ」と訴える。2件の訴訟は、NPO『公平な入学者選抜を求める学生達(SFFA)』が2014年11月、ハーバード大学とノースカロライナ大学チャペルヒル校を相手に起こした。「是正措置は、人種差別を禁じた公民権法に違反する」と主張し、ハーバード大学に対しては「アジア系差別を前面に打ち出し、合格者数が抑えられている」と訴えたことが特徴だ。アメリカでアジア系は相対的に学力が高いとされる。同大に対する訴訟では、成績のみに基づく選考だと、入学者の4割以上がアジア系になるとの試算が学内で行なわれていたことが判明した。
同大の学生新聞『ハーバードクリムゾン』によると、アジア系新入生の割合は今年、過去最高を記録したが、それでも29.9%だった。「アジア系は人物評価が低い」というのは、志望者の間で“定説”とされる。訴訟では、同大側が是正措置に基づき、黒人やヒスパニックに加点し、是正措置がなければ、ヒスパニックの3分の1、黒人の半数が不合格だった可能性が高いことも明らかになった。また、同大は多様性の確保を掲げながら、大口の寄付者や“レガシー”と呼ばれる卒業生の子女を優遇している。その恩恵は、主に裕福な家庭に生まれ育った白人が受ける。ヤンさんは、「アジア系はアメリカで日々、差別に直面している。多くのアジア系アメリカ人が自分の子供を名門大学に行かせたいと思うのも、それがアジア系の地位向上に繋がるからだ」と吐露する。是正措置の歴史は古い。「政府と取引する請負企業は、人種や信条、肌の色、出身国に関係なく、応募者や雇用者を確実に取り扱うよう積極的な行動を取らなければならない」。1961年3月、当時のジョン・F・ケネディー大統領が署名した“大統領令10925号”が、人種的平等を求める是正措置の始まりとされる。続いて1965年6月、リンドン・ジョンソン大統領が“黒人のハーバード”と言われるハワード大学の入学式でこう訴えた。「我々は権利や理論としての平等だけでなく、事実としての平等、結果としての平等を求める」。背景には、アメリカで長く続いた奴隷制度と黒人差別の歴史がある。1964年7月に公民権法が制定されたが、法的に差別を禁止しただけで、根深い人種差別を是正するのは難しい。ジョンソン氏が“結果の平等”を求めたのは、アメリカの“負の歴史”を直視した為だった。ジョンソン氏は1965年9月、“大統領令11246号”で是正措置を具体的且つ広範に規定。その頃から多くの大学で人種を考慮した選考が始まった。是正措置を巡っては、保守派の白人を中心に「逆差別だ」との批判は根強い。過去にも訴訟が繰り返されてきたが、連邦最高裁は一貫して合憲とする立場を崩さなかった。最高裁は1978年6月、カリフォルニア大学デービス校の医学部に不合格となった白人男性が起こした訴訟で、是正措置による人種毎の入学枠の割り当ては違法とする一方、人種を考慮すること自体は容認する判決を言い渡した。その後の訴訟でも合憲判断が維持され、今回も下級審はSFFA側の訴えを退けたが、連邦最高裁が昨年1月に上告を受理した。

「大学の多様性を肌の色で確保するのは間違っている。これは、アメリカの大学を目指す世界中のアジア人の為の戦いだ」――。カリフォルニア大学バークレー校2年のカルビン・ヤンさん(21、右画像)は語気を強める。カナダ出身で、韓国系の父と中国系の母を持つ。幼い頃からハーバード大学を目指し、学業だけでなく、気候変動対策を求めるデモを組織する等、課外活動にも積極的に取り組んできた。ニューヨークの高校を経て、2021年に同大を志望したが、不合格となった。アメリカの大学は入試ではなく、主に書類審査で合否が決まる。高校の成績や大学進学適性試験(※SAT)等の点数以外に、ボランティア等の課外活動や人物評価が大きく影響する。更に、多くの大学は“多様性の確保”を目的に、人種的少数派を優遇する是正措置を導入する。アジア系は対象でなく、ヤンさんは「多様性は重要だが、人種ではなく家庭の収入を対象とし、貧しい環境にあっても、能力のある人が優遇されるべきだ」と訴える。2件の訴訟は、NPO『公平な入学者選抜を求める学生達(SFFA)』が2014年11月、ハーバード大学とノースカロライナ大学チャペルヒル校を相手に起こした。「是正措置は、人種差別を禁じた公民権法に違反する」と主張し、ハーバード大学に対しては「アジア系差別を前面に打ち出し、合格者数が抑えられている」と訴えたことが特徴だ。アメリカでアジア系は相対的に学力が高いとされる。同大に対する訴訟では、成績のみに基づく選考だと、入学者の4割以上がアジア系になるとの試算が学内で行なわれていたことが判明した。
同大の学生新聞『ハーバードクリムゾン』によると、アジア系新入生の割合は今年、過去最高を記録したが、それでも29.9%だった。「アジア系は人物評価が低い」というのは、志望者の間で“定説”とされる。訴訟では、同大側が是正措置に基づき、黒人やヒスパニックに加点し、是正措置がなければ、ヒスパニックの3分の1、黒人の半数が不合格だった可能性が高いことも明らかになった。また、同大は多様性の確保を掲げながら、大口の寄付者や“レガシー”と呼ばれる卒業生の子女を優遇している。その恩恵は、主に裕福な家庭に生まれ育った白人が受ける。ヤンさんは、「アジア系はアメリカで日々、差別に直面している。多くのアジア系アメリカ人が自分の子供を名門大学に行かせたいと思うのも、それがアジア系の地位向上に繋がるからだ」と吐露する。是正措置の歴史は古い。「政府と取引する請負企業は、人種や信条、肌の色、出身国に関係なく、応募者や雇用者を確実に取り扱うよう積極的な行動を取らなければならない」。1961年3月、当時のジョン・F・ケネディー大統領が署名した“大統領令10925号”が、人種的平等を求める是正措置の始まりとされる。続いて1965年6月、リンドン・ジョンソン大統領が“黒人のハーバード”と言われるハワード大学の入学式でこう訴えた。「我々は権利や理論としての平等だけでなく、事実としての平等、結果としての平等を求める」。背景には、アメリカで長く続いた奴隷制度と黒人差別の歴史がある。1964年7月に公民権法が制定されたが、法的に差別を禁止しただけで、根深い人種差別を是正するのは難しい。ジョンソン氏が“結果の平等”を求めたのは、アメリカの“負の歴史”を直視した為だった。ジョンソン氏は1965年9月、“大統領令11246号”で是正措置を具体的且つ広範に規定。その頃から多くの大学で人種を考慮した選考が始まった。是正措置を巡っては、保守派の白人を中心に「逆差別だ」との批判は根強い。過去にも訴訟が繰り返されてきたが、連邦最高裁は一貫して合憲とする立場を崩さなかった。最高裁は1978年6月、カリフォルニア大学デービス校の医学部に不合格となった白人男性が起こした訴訟で、是正措置による人種毎の入学枠の割り当ては違法とする一方、人種を考慮すること自体は容認する判決を言い渡した。その後の訴訟でも合憲判断が維持され、今回も下級審はSFFA側の訴えを退けたが、連邦最高裁が昨年1月に上告を受理した。