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【部活動が危ない!】番外編(10) 「育成、地域と共に」――吉永一明さん(アルビレックス新潟シンガポール監督)インタビュー

部活動か、クラブチームか――。サッカーでは、この2つのカテゴリーがよく比較される。Jリーグが全クラブに育成組織の保有を義務付けている為、部活動ではなく、クラブの下部組織を選択する選手も多い。一種の地域移行の先行事例とも言える。育成年代の指導に長く携わる『アルビレックス新潟シンガポール』の吉永一明監督(54)は、高校、Jクラブ下部組織の両方で監督を務めた。其々のメリットや、部活動が地域移行されることについての考えを聞いた。 (聞き手/西部本社報道部運動グループ 丹下友紀子)

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――山梨学院大学付属高校(※現在の山梨学院高校)では、保健体育科の教諭、サッカー部の顧問、寮の責任者で24時間、生徒と一緒でした。
「学校活動の一環の部活は、人間教育が謳われます。山梨学院大付高には多い時に、120人程の選手が在籍しました。人が増えれば考える量も増えます。生徒を預かる立場として、寮生活では、夜に何かがあっては嫌だという思いが消えず、熟睡した感覚がありませんでした。激務というよりはナーバスになり、眠りが浅く、ピッチの上で一瞬記憶が飛んでいるようなこともありました」
――2013年には苛め問題が起き、活動停止処分も受けました。その際には監視体制を強化するのではなく、選手の自立を促しました。
「先輩、後輩の力関係は、僕が行く前から問題でした。そういう人間関係をなくす為に監督として構えるのではなく、彼らの中に飛び込み、同じ目線で話を聞く関係を築いてきたつもりでした。しかし、問題が起きたということは、やってきたことが上手く伝えきれていなかったということです。一人の人間として接することを、より大事にしました」
――Jクラブのユースチームと部活動の違いは?
「Jクラブには皆、トップチーム昇格を目的に来ており、目標は同じです。(サッカーを)やっていく中で力の差が出て、(選手によっては)大学進学等方向性が変わります。違いがあってもいい、ということを大事にしていました。また、福岡でユースの監督をやった時は、何かあれば学校から電話がかかってきたり、学校へ行ったりと連携を深めました。学校にいるかいないかの違いで、情報共有はしていました。ユースの選手は、学校、家、クラブと3つの場所を動いています。そこにいる大人が同じ目線で選手を見守ることが重要です」
――高校、ユース、其々の良さや課題は?
「Jクラブでは少人数にエリート教育が施される為、手厚い指導が受けられます。しかし、やり方次第では選手の自立を妨げ、選手が狭い世界で育つ危険性があります。クラブ以外の世界を知る機会を与え、育てないといけません。高校は大人数で切磋琢磨する環境があり、サッカー以外のことも教えてもらえます。関わる大人の数が多く、沢山の学びを得られます。反対に、埋もれてしまう可能性もあります。システムとして、例えば今年は高校の部活でプレーするが、プロの試合に出られるレベルまで成長すれば、翌年はJクラブのユースに入り、トップチームの試合に出るというように、選手側がプレーする場所を選べる仕組みができればいいですね。そうなれば、指導者も努力するようになります。それくらいの改革が必要です」
――部活動の地域移行については、どう思いますか?
「物理的に地域へではなく、地域と共に子供達を育てるということが大事です。子供の頃にどれだけの大人と関わるかは、その子の将来に大きな影響を与えます。地域移行は指導を丸投げしてしまうイメージもありますが、子供達を一緒にサポートして大人にしていくことが目的としてあるべきです」
――地域移行では、教員と同じ教育的効果を求めることが難しくなります。
「地域の指導者は教員ではありませんので、どこまで介入できるかという問題は出てきます。学校側の人間も活動には必要です。日本にはクラブチームがどの地域にもあります。その指導者が上手く関われれば、指導者の働く場所が増えます。若い指導者も増えています。彼らの活動する場所が確保できるという可能性も秘めている。どう募集し、採用するか、どこまで任せるかは選ぶ側の責任。難しい問題が出てくるかもしれませんね」
――シンガポールの部活動の現状は?
「学校での部活動もありますが、体育の授業の一環のような雰囲気です。もっとやりたいと思う子はクラブに入ります。だが、“プロになりたい”という本気度は日本に比べると低い。シンガポールでは18歳から兵役義務があり、サッカーができない時期があります。一概に比較はできません」
――指導で大切にしてきたことは?
「サッカーを介して何を学ぶか、それをどう将来に繋げていくのかを心がけていました。人を扱うので、大変で当たり前です。人として尊重し、理解しながら、こちらのことも理解してもらわないといけません。僕のところで成功せずとも、その後に活躍したり、他の場所で輝いてくれたりする姿を見てよかったなと感じます」


キャプチャ  2022年6月15日付掲載
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テーマ : 部活
ジャンル : 学校・教育

【WEEKEND PLUS】(358) 学歴・学費不問の“超”学校…パリ発祥のエンジニア養成機関、教師不在でも世界企業注目

教師はいない。教科書もない。卒業後は『グーグル』や『Apple』といった世界に冠たる巨大IT企業へ就職――。若者が今、こんな夢のような学校の門を叩いている。ただ、この学校、入学試験の合格率が4%という狭き門。ビジネスに必要な才能をひたすら追求する、完全な実力主義なのだ。しかも学費は無料。一体、誰が開校し、どんな教育をしているのだろう。



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六本木の高層ビルの一室。窓越しに東京タワーが見える教室に入ると、数百台のパソコンが目に入った(※右画像、撮影/加藤美穂子)。しかし、生徒達は必ずしも一方向を向いて着席していない。窓際のソファーに凭れてノートパソコンを開く人もいれば、友人と語り合う人もいる。そこに教師の姿はない。『42Tokyo』は2020年に開校した。パリ発祥のエンジニア養成機関『42』の分校で、元々フランスの資産家が私財を投じて2013年に作った学び舎だ。GAFAと呼ばれる大手ITや、『フォルクスワーゲン』に『テスラ』等、世界を牽引する企業へ続々と卒業生を輩出している。デジタル人材の獲得競争が各国で激化する中、その実績が評判を呼び、日本を含めて世界28ヵ国に関連校を開設している。授業や教師なしに何をどう学ぶのか。42の特徴は、生徒が互いに作ったプログラムの仕組みを見せ合ったり、問題点を改善したりする中で課題を解いていく“ピアラーニング”だ。教科書はなく、プログラミングの方法も生徒同士で教え合ったり、インターネット上で検索したりして学習。課題をクリアすると次の課題が出され、ゲームのように進めていくうちに、アルゴリズムの知識やアプリ開発の技術等が身に付いていくという。教室は24時間開いている。時間を好きに使って、自由な時間に生徒同士が教え合う。しかし、気楽なものではない。寧ろその逆だ。“Piscine”(※ピシン。フランス語でスイミングプールの意味)と呼ばれる世界共通の入学試験の合格率は約4%。詳しい内容は非公開だが、プログラミングの“プール”に潜り、4週間もの間、ほぼ一日中、課題を解いていく形式だという。

42Tokyoによると、試験はプログラムのコードを書く力を試すものではない。粘り強さ、思考力、他人と協力する能力という、点数では測れない“無形の力”がある人が選ばれ易い。たとえ入学できても、一定の課題をこなせなければ即退学となる。一般的な日本の大学とは全く異なり、完全な実力主義とも言える42Tokyo。集まったのは、これまでの日本教育の型にはまらない人材だ。2020年11月から在学する奈良昴さん(22)は、小・中学校時代に苛めに遭って不登校気味だった。興味があったプログラミングが学べる工業高校に入るも、不真面目な生徒が授業妨害するような環境で不登校に。将来について悩んでいた時、母親がインターネットで42の存在を見つけてくれた。入学試験のピシンは、あと一歩で解けそうで、解けないもどかしさがあった。どうすればいいか他の受験生と話し合ううちに、「42には学びたい、学ぶことを楽しく思える人が集まっている」と感じた。開校と同時に入学した舟生悠さん(22)は、カナダの高校からアメリカの大学に進学。アラブ首長国連邦(※UAE)にあるキャンパスで大学生活を送っていた。プログラミングは未経験だったが、試しに受けた42の入学試験でその面白さに目覚め、大学を中退して日本に戻った。カナダに留学する前は青森県に住んでいた。デジタルの力を生かし、「自分と同じように、地方の人が学ぶ為の色んな選択肢を持てるようなことができたら」と意気込む。実践的にデジタルについて学びたい東大生もいれば、新しい技術を身に付けて転職に生かそうと40代で入学した生徒もいる。経歴や年齢は様々だが、共通しているのは“本気で学びたい”という強い意志だ。パリ発祥のエンジニア養成機関が、何故日本に開校したのか。「面白い仕組みを広めるのが俺の仕事だ。珍しく、お金儲けしていないからさ」。こう話すのは、42を日本に誘致した『DMMグループ』の創業者である亀山敬司会長だ。フランス校の始まりに倣って、亀山氏は50億円超の私財を投じ、42Tokyoを開校させた。ビジネスを学びたい若者がDMMの給与を貰いながら、好きなことに挑戦できる私塾『DMMアカデミー』(※2016年、現在は終了)を作る等、元々“人への投資”を積極的にしてきた亀山氏。新たな投資候補として42のフランス本校を視察した際、生徒同士が活発に意見を出し合う姿に魅了された。

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テーマ : 専門学校
ジャンル : 学校・教育

【部活動が危ない!】番外編(09) 「改革先駆け、脱“教育”」――安田厚氏(『GXAスカイホークス』運営会社社長)インタビュー

全国で年間数千人の高校球児が中途退部している。理由は様々だが、完全燃焼してほしいと、受け皿となるクラブチーム『GXAスカイホークス』を設立したのが、運営会社の安田厚社長(46)だ。通信制高校に通いながら、地域に根差して野球を学ぶ枠組みは、今後行なわれる部活動改革の流れにも通じる。キーワードは“教育”から“競技”だ。 (聞き手/松山支局次長 松本晃)

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――通信制高校と組み合わせた野球のクラブチームを2014年に設立したきっかけを教えて下さい。
「野球教室を東京と大阪、神奈川で、野球留学もアメリカ、カナダを対象に扱っている会社を経営していますが、会社を作った時に、高校野球を途中で辞めてしまう子が全国で年間1万人近くいると知りました。数にびっくりして、『これを何とかしないとな』と思いました。その中で、通信制高校とクラブチームを合わせた仕組みにすればいいと感じました」
――どんな選手が所属していますか?
「監督と上手くコミュニケーションを図れなかった子が一番多いです。グラウンドに平気で唾を吐いたり、指示されたことができなかったり、礼儀を守れない子達が中心です。他にも、引っ込み思案で輪の中に入っていけず、辞めてしまった子もいます。こうした高校世代が全体の5割。他にも、強豪校への入部を断られる等した大学生が3割。野球を諦められず、次の場を求める社会人が2割程います」
――実際、チームをどう運営していますか?
「平日は大和スタジアム(※神奈川県大和市)で、グラウンドが空いている午前中に練習をします。午後は、学生なら勉強や自主練習の時間に充て、社会人ならホテル等の飲食店で配膳の仕事に就きます。週末は、大学リーグの2部や3部に所属する1~2年生を中心にしたチームと練習試合等を行ないます。高校野球では高い規律性が求められますが、僕らはそれより低く設定します。『最低限、挨拶はしよう』というレベルです。それをクリアすることで成長を本人も実感でき、社会人や大学生から『社会や大学はこうだぞ』とアドバイスも貰えます。社会奉仕活動の一環で、街の清掃もしています」
――チームの目指す姿を教えて下さい。
「野球は、監督からサインが出て、練習メニューの指示が出てと、どうしても受け身になってしまうケースが多い。僕自身も社会に出た時、中々自発的にアクションを起こすことが難しかった経験をしました。自分達で考え、自分達で動けるように、自分達で練習メニューを考える時間を設けています。野球を学ぶ“アカデミー”の要素が強く、野球の技術を高めていきます。そこから大学野球や独立リーグ等、もう一回真剣勝負できるところに行ってもらうのが目標です。中途半端に終わった子達は未練たらたらで、いつまでも夢を追いかけてしまいます。野球を燃え尽きるまでやってほしいと思っています。ヤクルト等でプレーした元プロ野球選手の副島孔太さんが監督を務め、目標の大会というものはないですが、良い指導者の下で、しっかり野球ができている満足度は高いです」
――学校の部活動は来年度以降、段階的に地域のスポーツクラブ等に移行されます。これまでの経験から伝えられることはありますか?
「“教育”という概念を外したほうがよいと思います。教育を掲げるが故に厳しくなり、締め付けが強くなってしまいます。理想かもしれませんが、スポーツは楽しむものです。高校生はまだまだ伸び盛りで、管理しながらスポーツをさせるのは違うと感じています。部活動をクラブ化することで、もう少しスポーツを楽しめたらよいかなと思います。アメリカとの比較でわかり易い例があります。日本の場合はキャッチボールから始めますが、アメリカの場合はバッティングからスタートします。勝利に向かって皆で頑張るのは大事なことですが、練習が長過ぎるという弊害もあります。そこも変わっていくといいですね」


キャプチャ  2022年6月10日付掲載

テーマ : 部活
ジャンル : 学校・教育

【水曜スペシャル】(589) アメリカの大学で“人種優遇”に暗雲…「これは世界中のアジア人の為の戦いだ」、背景に最高裁の保守化

アメリカの大学が入学者選抜で黒人やヒスパニックを優遇するアファーマティブアクション(※積極的差別是正措置)を巡る2件の訴訟が注目されている。一貫して是正措置を容認してきた連邦最高裁の保守化傾向が強まり、判例を覆す可能性が浮上している為だ。アメリカの人種差別の歴史と密接に結びつく制度の行方は、アメリカ社会の在り方も左右しかねない。 (取材・文・撮影/ロサンゼルス支局 渡辺晋)



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「大学の多様性を肌の色で確保するのは間違っている。これは、アメリカの大学を目指す世界中のアジア人の為の戦いだ」――。カリフォルニア大学バークレー校2年のカルビン・ヤンさん(21、右画像)は語気を強める。カナダ出身で、韓国系の父と中国系の母を持つ。幼い頃からハーバード大学を目指し、学業だけでなく、気候変動対策を求めるデモを組織する等、課外活動にも積極的に取り組んできた。ニューヨークの高校を経て、2021年に同大を志望したが、不合格となった。アメリカの大学は入試ではなく、主に書類審査で合否が決まる。高校の成績や大学進学適性試験(※SAT)等の点数以外に、ボランティア等の課外活動や人物評価が大きく影響する。更に、多くの大学は“多様性の確保”を目的に、人種的少数派を優遇する是正措置を導入する。アジア系は対象でなく、ヤンさんは「多様性は重要だが、人種ではなく家庭の収入を対象とし、貧しい環境にあっても、能力のある人が優遇されるべきだ」と訴える。2件の訴訟は、NPO『公平な入学者選抜を求める学生達(SFFA)』が2014年11月、ハーバード大学とノースカロライナ大学チャペルヒル校を相手に起こした。「是正措置は、人種差別を禁じた公民権法に違反する」と主張し、ハーバード大学に対しては「アジア系差別を前面に打ち出し、合格者数が抑えられている」と訴えたことが特徴だ。アメリカでアジア系は相対的に学力が高いとされる。同大に対する訴訟では、成績のみに基づく選考だと、入学者の4割以上がアジア系になるとの試算が学内で行なわれていたことが判明した。

同大の学生新聞『ハーバードクリムゾン』によると、アジア系新入生の割合は今年、過去最高を記録したが、それでも29.9%だった。「アジア系は人物評価が低い」というのは、志望者の間で“定説”とされる。訴訟では、同大側が是正措置に基づき、黒人やヒスパニックに加点し、是正措置がなければ、ヒスパニックの3分の1、黒人の半数が不合格だった可能性が高いことも明らかになった。また、同大は多様性の確保を掲げながら、大口の寄付者や“レガシー”と呼ばれる卒業生の子女を優遇している。その恩恵は、主に裕福な家庭に生まれ育った白人が受ける。ヤンさんは、「アジア系はアメリカで日々、差別に直面している。多くのアジア系アメリカ人が自分の子供を名門大学に行かせたいと思うのも、それがアジア系の地位向上に繋がるからだ」と吐露する。是正措置の歴史は古い。「政府と取引する請負企業は、人種や信条、肌の色、出身国に関係なく、応募者や雇用者を確実に取り扱うよう積極的な行動を取らなければならない」。1961年3月、当時のジョン・F・ケネディー大統領が署名した“大統領令10925号”が、人種的平等を求める是正措置の始まりとされる。続いて1965年6月、リンドン・ジョンソン大統領が“黒人のハーバード”と言われるハワード大学の入学式でこう訴えた。「我々は権利や理論としての平等だけでなく、事実としての平等、結果としての平等を求める」。背景には、アメリカで長く続いた奴隷制度と黒人差別の歴史がある。1964年7月に公民権法が制定されたが、法的に差別を禁止しただけで、根深い人種差別を是正するのは難しい。ジョンソン氏が“結果の平等”を求めたのは、アメリカの“負の歴史”を直視した為だった。ジョンソン氏は1965年9月、“大統領令11246号”で是正措置を具体的且つ広範に規定。その頃から多くの大学で人種を考慮した選考が始まった。是正措置を巡っては、保守派の白人を中心に「逆差別だ」との批判は根強い。過去にも訴訟が繰り返されてきたが、連邦最高裁は一貫して合憲とする立場を崩さなかった。最高裁は1978年6月、カリフォルニア大学デービス校の医学部に不合格となった白人男性が起こした訴訟で、是正措置による人種毎の入学枠の割り当ては違法とする一方、人種を考慮すること自体は容認する判決を言い渡した。その後の訴訟でも合憲判断が維持され、今回も下級審はSFFA側の訴えを退けたが、連邦最高裁が昨年1月に上告を受理した。

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テーマ : 教育問題
ジャンル : ニュース

【WEEKEND PLUS】(338) やり抜く拳を生徒に伝える…元プロボクサーの高山勝成さん、高校教師になる



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教室のホワイトボードの前に立つと、一気にペンを走らせた。“題「GRIT」 やり抜く力を身につけよう!!”。そう板書すると、振り向いて語り掛けた。「GRITとは困難でもやり抜く力のこと。才能、IQ、学歴ではなく、個人のやり抜く力が社会で成功を収める大きな要素です」。名古屋産業大学(※愛知県尾張旭市)の教室で1月19日に行なった模擬授業。アメリカの心理学者の提唱した“GRIT”という理論を説明する身長158㎝の小柄な男性は、プロボクシングの元世界王者・高山勝成さん(39)だ。この日は、担当の伊藤利明教授(※現代ビジネス学部、71)と学生10人を前に、10分余り論じた(※右画像、撮影/兵藤公治)。高校の公民科教師になる為に入学した同大を2021年3月に卒業したが、未履修及び再履修の必要な教職課程がある為、昨年4月から科目等履修生として大阪の自宅から週1~2回通学していた。講義後、記者(※私)がGRITをテーマにした理由を尋ねると、高山さんは「自分のやってきたことが全て当てはまる(理論)と思った」と答えた。確かに、彼の競技人生は“不屈”そのものだ。主に最軽量のミニマム級(※47.6㎏以下)で戦い、『世界ボクシング協会(WBA)』・『世界ボクシング評議会(WBC)』・『国際ボクシング連盟(IBF)』・『世界ボクシング機構(WBO)』の世界主要4団体の王座を日本選手で初めて全て獲得する等、リング内外で数々の困難を乗り越えてきた。高山さんを2017年4月の大学入学から指導してきた伊藤さんは感心する。「あれだけ事前準備をする学生はいないし、集中力も違う。他の学生は見習ってほしい」。提出リポートの審査等を経て、2月15日に教職課程修了が決まった。3月9日には大阪府教委から高校教諭1種免許(※公民)を受け取り、早ければ2024年度から教壇に立つ。

プロボクサーとしては2021年5月にWBOライトフライ級王座挑戦で9回TKOで負けた後、現在所属する『石田ジム』(※大阪府寝屋川市)等で断続的に練習はしている。しかし、“教職課程に専念する為”に試合には出場していない。高校教師との両立も視野に現役続行するのか、それとも引退か――。進退について熟慮中で「結論は出ていない」という状態だ。それにしても何故、高校教師になるのか。「世界チャンピオンが教師になってもいいじゃないですか。いや、寧ろなるべきだと思っている。減量のつらさ、殴られる痛さ、戦いの修羅場をくぐってきた経験を教育現場で伝えられる」。熱い口調で、そう力説した。大阪市生野区で生まれ育った。中学2年の時、友人に誘われて同市内にあった『エディタウンゼントジム』でボクシングを始め、世界王者を志した。「楽しい高校生活の誘惑に負け、練習が疎かになる」と考え、親や周囲の反対を押し切って高校には進まず、2000年10月に17歳でプロデビューを果たした。21歳でWBCミニマム級王者になり、取材される機会が増えると「自分の思いを上手く伝えられない。言葉を知らず、表現力がない」と痛感した。「いつか高校で学びたい」。IBF同級王者だった30歳の時に菊華高校(※愛知県名古屋市)に入学した際には、大きな話題になった。高校生活を送る中で、15歳下の級友達が「しんどい」「面倒臭い」「止めた」等の後ろ向きな発言をよくすることに気付いた。部活動でも「次の試合は相手が強いからだめだ」と直ぐ弱気になる。次第に「僕の体験を通じ、諦めずにやり抜くことの大切さを子供達に伝えたい」と思うようになり、高校教師を目指して系列の同大に進学した。高山さん自身、人との出会いで運命が開けた経験がある。その一人が、14歳から指導を受ける中出博啓トレーナー(63)。関西大学ボクシング部で1戦1敗のアマ戦績しかなく、知り合った当時は指導実績もなかったが、研究熱心で情熱的だった。高山さんが信頼するようになるのに時間はかからなかった。だが、2003年4月にあった高山さんの日本王座初挑戦を境に、2人の運命が変わった。同ジムの村田英次郎会長(66)は、良かれと思ってプロ選手経験のある別のトレーナーに担当を代えたのだ。試合は9回TKO負けで、11戦目で初黒星。その数日後、「私がいると後任のトレーナーも高山もやり難いだろう」と案じた中出さんが退職することを知ると、高山さんは「僕も辞めます」とジムを飛び出した。2人は紆余曲折を経て『グリーンツダジム』(※大阪府大阪市)に移籍した。当時19歳の高山さんに対する中出さんの指導法は独特で、ボクシング担当だった私は驚いた。試合でラウンド間のインターバルは1分間だが、多くのジムは練習では選手に負荷を掛ける為、30秒程度に縮めている。その間に選手は呼吸を整えるのだが、高山さんはインターバル中もスクワットをしたり、ジャンプをしたりと動き続けていたのだ。筋力やスタミナをひたすら鍛える為かと思ったが、中出さんは「体がしんどい状態の時、次のラウンド中にどうやって上手く休むか、どこで手を出すかを常に考えさせる為」と説明。こんなハードな練習方法をとる選手は、後にも先にも見たことがない。前後左右に小刻みに動き続けながら鋭い連打を繰り出し、接近戦と、距離を保つアウトボクシングを融合した独特のファイトスタイルで頭角を現し、21歳で初めて世界王者に。しかし、これが苦悩の始まりだった。

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【水曜スペシャル】(580) 長野大学の不正を追及した教授が懲戒処分に…あまりに理不尽な大学と市の対応

公立大学の中には、設置者である自治体が大学を私物化するケースがある。長野県上田市にある長野大学は、幹部の不正を追及した教授を懲戒処分。教授は「納得できない」と提訴した。 (取材・文/フリージャーナリスト 田中圭太郎)



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「私は学部長として当時の副学長の会計不正等を調査し、追及していました。ところが、不正を調査する危機管理委員会の設置を要請したこと等を理由に、懲戒処分を受けました。不正について調査を求めることは社会的に正当な行為です。そのことを不当だとして懲戒処分すること自体、異常な状況ではないでしょうか」――。こう憤るのは長野大学の田中法博教授(※左画像)。自身が2022年10月26日に大学から受けた、3ヵ月間に亘る給料月額10%減給の懲戒処分は「不当で合理性に欠ける」等として、法人に対し処分の無効と減給分も含めた損害賠償を求める訴訟を起こした。12月9日に長野地方裁判所上田支部に訴状を提出し、同日、長野県弁護士会館で記者会見した。長野大学は、1966年に公設民営で開学した本州大学を起源としている。1974年に名称を長野大学に変更。2017年に上田市を設置者とする公立大学法人に生まれ変わった。それまでの学校法人は解散し、大学を運営する理事会は上田市の関係者や市が選んだ理事らで構成されている。田中氏が懲戒処分を受けたのは、「企業情報学部の学部長時代に実施した副学長に対する調査が不適切だった」等という理由だ。当時の副学長に文部科学省や長野県等からの助成金を含む研究費の不正使用の疑いが強まり、大学では2019~2020年にかけて中村英三学長の指示で危機管理委員会を設置して調査した。委員会は不適切な活動を確認し、副学長と学外関係者らが共同使用していた部屋の使用停止を決定している。ところが、大学はこの調査結果に対して副学長の処分はせず、逆に今回、部屋の使用禁止は危機管理委員会の権限を越えた措置だとして、田中氏ら4人を懲戒処分とした。大学によると、4人の中には学長の中村氏も入っているという。

更に田中氏に対しては、危機管理委員会の設置を中村氏に強く働きかけたことも懲戒の理由にしている。田中氏は次のように反論する。「委員会の開催を決めるのは学長で、私には何の権限もありません。何故、懲戒なのかわかりません」。田中氏の懲戒には別の理由もある。調査の過程で、学内の誰もがアクセスできるサーバーに不適切な写真が公開されていたのを見つけた為、拡散を防ぐ為にサーバを停止させ、学長に報告した。田中氏の行動は当たり前の対応だと思われるが、そのことも大学は問題視しているのだ。しかし、そこに公開されていた写真こそが問題だと、田中氏の代理人弁護士である山下潤氏は指摘する。「在籍していた未成年の女子学生が長野大学や上田市の関係者と飲酒している写真で、学生が肩を抱かれている写真もありました。長野大学は、田中教授がこの写真を閲覧できないようにしたことが重大な違反だと言っているのです」。また、減給10%・3ヵ月という重い処分が、労働契約法第91条に定められている減給額を超えているとして、懲戒処分は無効と田中氏は主張している。一方、問題の副学長は田中氏らが追及した件とは関係なく、自己都合退職している。それにしても、大学は何故2年前の不正調査を持ち出して、今頃になって懲戒処分を出したのか。実は、学外には殆ど公表されていないが、大学によると10月26日以降の約1ヵ月間で、4人以外にも別件で2人が懲戒処分され、1人が口頭注意の処分を受けている。田中氏によると、この7人の多くが副学長ら大学幹部の不正の調査に取り組んでいたという。つまり、不正を追及したことに対する報復が疑われるのだ。大学が抱えている問題はそれだけではない。今年度に入って、コンプライアンス違反が疑われる事案が多数発生している。ひとつは労働基準法に違反したとして、労働基準監督署から度重なる是正勧告を受けたこと。タイムカードと実際の勤務時間が異なることや、36協定に違反して長時間働かせた等として、2021~2022年9月までに合計5件もの是正勧告を受けている。二つ目は、情報システムの導入を巡る混乱だ。本来は競争入札すべきところを、市から出向している幹部が主導して、幹部と懇意にしていると見られる業者と随意契約した。その結果、システムが正常に機能せず、1年生が履修登録できないトラブルが起きたのだ。学生によるクレームは500件に及び、トラブルは地元メディアでも大きく報じられた。

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【水曜スペシャル】(575) 儲かっているのに教員を切る必要性は? 東海大学、“メール1通で雇い止め”の異常事態

近年、全国の大学で大量の“雇い止め”による労働争議が後を絶たない。東海大学もそのひとつである。財政難でもないのに、使用者の思いのままに人を切る行為が、現代で許される筈がない――。 (取材・文/フリージャーナリスト 田中圭太郎)



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「私は非常勤講師として東海大学と契約期間を1年とする有期労働契約を結び、2004年以降18年に亘って毎年、契約更新を繰り返してきました。それが、2022年4月に『来年の契約は厳しい』と言われました。非常にショックを受けて、他の講師と連絡をとると、他の多くの講師も『来年の契約はない』と言われていることを知りました。私は面談を受けることもないまま、8月に『来年度の契約はない』と通告されました。私だけでなく、長く勤務した多くの講師を、『これまでありがとうございます。もう結構です』というメール1通だけで雇い止めしているのです」――。こう話すのは、同大静岡キャンパス清水校舎で語学を担当していた非常勤講師だ。東海大学は東京、神奈川、静岡、熊本、北海道と全国にキャンパスがある。各キャンパスで長年勤務してきた非常勤講師が、2023年3月末での雇い止めを通告される事態が相次いでいるという。雇い止めの全貌はわかっていないが、かなりの人数に上ると見られている。このうち、神奈川、静岡、北海道のキャンパスに勤務する非常勤講師8人が東海大学を相手取り、無期労働契約の地位確認を求めて、2022年11月17日付で東京地裁に提訴した。更に、別の非常勤講師も提訴を検討していて、今後、集団提訴が拡大する見込みだ。提訴に踏み切った8人の主張は、「期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する」というシンプルなものだ。2013年に改正された労働契約法では、5年以上勤務している有期労働契約の労働者が、無期雇用に転換できる権利を得られるようになった。これは、非正規で働く労働者の雇用を安定させる目的で改正されたものだ。

改正法では2013年4月が起点となる為、2018年4月以降に5年を超えて働いている人は無期転換権を得られる。今回提訴した講師の多くは15年以上勤務しており、中には25年も勤務している講師もいる。にも拘わらず、東海大学は全員に来年度は労働契約を結ばないことを通告してきた。前出の非常勤講師が語るように、2022年4月以降、同大の全国のキャンパスで非常勤講師が次々と雇い止めされていることが明らかになった。同大には労働組合がなかったが、非常勤講師や再任講師らが集まって、2022年5月に東海大学教職員組合を結成。結成集会では全国から不安の声が寄せられた。「『カリキュラムの変更により2023年以降の仕事はありません』という説明があり、契約更新をしないと書かれた書面が送られてきました」「雇い止めされる理由が説明されていない人もいます。どのくらいの人達に雇い止めが通告されているのかもわからない状態です」。教職員組合では、5年以上勤務している組合員について、無期労働契約への転換を東海大学に申し入れた。しかし、大学側はこの申し入れに応じず、組合員の雇い止めを強行する構えだ。大学に非常勤で勤務する講師や職員の大量雇い止めは、労働契約法が改正されて5年が経過する2018年3月末を迎える前にも問題になった。無期転換を阻止する為に雇い止めをしようとした大学が相次いだのだ。しかし、早稲田大学や東京大学で労働争議となった結果、無期転換が認められたことから、多くの大学が雇い止めをしなくなった。その一方で、東北大学のように雇い止めを強行した大学がある他、無期転換権が5年ではなく10年で生じるとして、5年の無期転換を認めない大学も現れた。東海大学もそのひとつだ。改正労働契約法が施行された2013年末の国会では、10年で無期転換権を認めるという特例と言える法律が成立した。それが、現在の『科学技術イノベーション創出の活性化に関する法律(科技イノベ法)』と『大学教員等の任期に関する法律(任期法)』だ。東海大学は、この2つの併用できない法律を根拠として、「無期雇用への転換には10年が必要」と主張しているのだ。科技イノベ法は、科学技術に関する研究者や技術者を対象にしている。科技イノベ法の対象者であることを説明して契約することが求められているが、東海大学ではそのような説明を受けたとする講師はいない。抑もこの法律は、授業のみを担当する非常勤講師は対象にならないと考えられている上、今回の8人の原告は科技イノベ法成立前に入職している。裁判も既に起きている。専修大学が科技イノベ法を理由に非常勤講師の5年で無期転換を認めなかったことから、非常勤講師が大学を提訴し、東京地裁と東京高裁で非常勤講師が勝訴した。現在、大学側が上告中だ。

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【横浜創英校長インタビュー】(下) “最上位目標は何か”に立ち返る

20230308 04
子供達に民主主義を教えるには、教員が民主主義を理解することから始めなければいけません。今までやってきたことって、民主主義じゃなかった。この矛盾に気がつくことからです。例えば、多数決。教員は全員やっているのではないでしょうか? 文化祭で、A案とB案が“8対2”で分かれた時、ほぼ間違いなく多数決でA案が採用される。それで、教員は「皆で決めたんだから、守ろうね」と平気で言っています。でもそれって、マイノリティー(※少数派)を切り捨てろと教えているのと同じです。では、多数決を使わずに、どうやって合意するか。例えば、文化祭の出し物を決める時、ダンス派8割、劇派2割と分かれたとします。少数派を切り捨ててはいけないと普段から教えていれば、誰の不利益にもならない方法を見つけるまで対話します。「ミュージカル風の劇ってどうだろう?」というアイデアが出れば、皆がやりたいことができて楽しめますよね。子供が対話する時、大人のフォローは大切です。好き勝手に意見を言ったり、感情的になったりしないようにするコツがあるのです。それは、“誰一人置き去りにしないこと”を明確にした最上位目標を決めること。麴町中学校(※東京都千代田区)の文化祭であれば、“生徒全員で観客全員を楽しませる”でした。

対話をしている時に様々な意見が出ますが、「これって何の為にやるんだっけ?」と最上位目標に立ち返って、答えを見つけようとする経験を繰り返すことが大事です。学校運営や行事、校則等のルール作りの権限を子供達に委ねていけば、自然とそうした経験ができます。自分達の学校をどう改善するか、その仕組みをどうするか。より直接的に、自分事として課題に取り組めます。全国で校則を変える動きがありますが、多数決に走ってしまっては意味がありません。生徒総会で多数決を取り、「8割が賛成なので、来年から黒靴下も許されました」となったと言われても、そこには反対者が2割いるわけです。結局、先生達と同じことを生徒達がやっている。民主的な考え方じゃありません。恐らく10年かからず、日本の学校は必ず変わると思います。今のままの教育を続けていたら、日本はもっと酷くなります。物を考えず、文句ばかり言う社会が続けば、教育が変わらなきゃいけないことが誰でもわかる時代が来ます。私は麴町中学校の校長をやっていた時から、1校だけじゃなく、本気で多くの学校を変えようと思っていました。横浜創英でも、全国に広められるモデルを作ろうとしています。一言で言えば、本当に子供主体の学校に変えていく。子供がカリキュラムを選べ、クラスも学年も超えて学び合える。学校運営も委譲し、生徒へのサービス提供をどうすればいいかを自分達で考える。そうなると、高校生なら学校の中に会社を起こすかもしれない。目指しているのは、日本の画一的な教育制度をぶっ壊すこと。それには前例がいるんです。それを今、現場でやっているのです。でも、基本的に僕がやるというよりは、教員の意識が変わって、子供達と一緒にやっていく。与えられたものじゃだめなんですよ。ゆっくり、時間がかかっても、自分達が当事者となって、少しずつ変えていく。それをやらなきゃいけないのです。 (撮影/前田梨里子)

          ◇

(デジタル報道センター)大沢瑞季が担当しました。


キャプチャ  2022年12月10日付掲載

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【横浜創英校長インタビュー】(中) 皆が自由で幸せになるには

20230308 03
学校現場では、成績が良くて、スポーツもできたほうがいいと、矢鱈手をかけるようになり、物事を考えさせない教育を続けています。与えられるのに慣れた子供は、嬢巣くいかないことがあると、直ぐに人のせいにします。「教え方が悪い」「もっといい手のかけ方をして」と文句を言う。それは、当事者であることを忘れさせる教育をしているからです。これまで私は著書の中で、学校は“社会の中でよりよく生きていけるようにするため”にある、その為には“自律する力”を身につけさせる必要があると書いてきました。でも実は、もう一つ並んで“学校を民主主義の土台にする”という究極の目標があります。これまでの学校改革は全て、学校を民主主義を学ぶ場所に変えることに繋がっています。日本は制度だけみれば民主主義国家ですが、選挙の投票率の低さをみても、自分達で社会をつくるんだという当事者意識があるとは言えません。『日本財団』による18歳の意識調査で、「自分は大人だと思うか?」「自分の行動で国や社会を変えられると思うか?」について尋ねた質問がありました。「はい」とした回答は、日本の高校生だけが3割に満たず、アメリカやイギリス、中国、韓国、インドと比べて大きく差が開いています。日本は、あまりにも未成熟な国になりました。

自分で物事を決定しない人達は、国や政治家の批判をし、人のせいにする。自分達では変えられないので、カリスマ的なリーダーを求める。嘗てのドイツがアドルフ・ヒトラーを選んだように、国民が成熟していなければ、制度だけあっても、間違った方向に進む可能性もあります。日本では“民主主義”という言葉から、多数決を思い浮かべる人もいれば、議会制民主主義や人権擁護を思い浮かべる人もいます。民主主義の概念が定着していないからです。ですが、国連がSDGs(※持続可能な開発目標)で使った“誰一人置き去りにしない”という言葉を知った時、「これが民主主義だ。やっと日本でも受け入れられる言葉が出てきた」と思いました。麴町中学校(※東京都千代田区)での具体的な事例も揃った今、やっと自分の言葉で語れるようになりました。民主主義を学ぶ意味は、“誰一人置き去りにしない、持続可能な社会を実現する”為です。つまり、自分が自由であると同時に、他人の自由も尊重することです。皆が自由であれば、価値観は多様なので、対立は当然起こります。そんな時、多数決で物事を決めるのではなく、“誰一人置き去りにしない”という最終ゴールに向けて対話を重ね、解決への道筋を探る。皆が自由で幸せになる為には、どうしたらいいか。少し痛みがあっても、頑張ろうという結論を出せるかどうか。それも、教員等から押しつけられるのではなく、全員が当事者として対話に加わる。それが私の考える民主主義教育です。「社会は皆でつくっていくものなんだよ」「他人のせいにしないで、自分で考え、行動しようね」「対立は必ず起こるから、それをどう解決するかを学ぼうね」。こうしたことを子供の時から教えなかったら、成長し続ける社会は絶対に実現しません。そうした対話を経験した子供が社会に出ていくことが、日本を民主的に成熟した国に成長させる。そう信じています。 (撮影/前田梨里子)


キャプチャ  2022年12月9日付掲載

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【横浜創英校長インタビュー】(上) 教育のゴールは“自律”

学校改革の旗手として知られる工藤勇一さん(※横浜創英中学・高校校長、右下画像、撮影/前田梨里子)に“今、子供達が身につけるべき力とは何か”をテーマにインタビューし、3回に亘って掲載します。初回は、東京都千代田区立麴町中学校で校長当時に宿題や定期テストを廃止し、運動会を変革した狙いを中心にお伝えします。

20230308 02
勉強は“わからないものをわかるようにすること”が目的であって、“量をこなすこと”が目的ではありません。宿題を出すと、できる子は全部やるんです。でも、できない子はわからないところを飛ばします。それでは成績は上がりません。宿題を出せば出すほど、子供は提出することが目的になる。特に中3になると、内申書に影響するので、本当は理科を勉強したくても、国語の宿題が出ると、それをやってからじゃないと手がつけられない。総じて勉強時間は増えていきます。今、日本の労働生産性の低さが問題になっています。大人になって仕事をしているとわかると思うんですが、やるべき仕事がないのに残業はしませんよね。やるべき時にやることが大事な筈です。でも、学校では「何もやることがなくても、勉強する習慣が大事だ」と教えます。そうすると、言われたことをやり、時間だけ奪われて、学力は何も変わらない子が育ちます。社会に出れば、自分で勉強を続けないといけません。自分にあった学習方法を学校にいる間に身につけてもらうことは大事です。そうした意味からも、一律に課せられる宿題は、寧ろ子供の為になりません。物事を変える時には、必ず批判が出ます。宿題を廃止した時、中3だけは喜びました。受験勉強ができるからです。でも、中1の親は「勉強しなくなりませんか?」と不安がりました。私は、「宿題はわからないところをやるもの。わかるものとわからないものを切り分けて、わからないところを勉強する子は成績が伸びる。それを自分で学ぶことが大切なのです」と説明しました。同時に中間・期末テストを廃止し、単元テストに変えました。単元テストは再チャレンジできるようにしました。但し、2回目を受けたら、1回目の点数は取り消されます。

そうすると、子供達は絶対に2回目の点数を上げたいと思うので、1回目のテストで間違えたところを勉強します。わからなかったところをわかるようにする為、友達に聞いたり、先生に質問したりするようになりました。皆、成績が上がったんです。多くの学校では、運動会の目標に“団結”を掲げます。ですが、特性がある子も含めて、全ての子供達に強制すべきものなのか? 私はずっと疑問に思ってきました。クラス対抗で勝ち負けを競う為、ミスをすれば責められたり、負けたクラスは無力感に覆われたりします。でも、民主的に考えれば、競争したい人は競争すればいいし、競争したくない人は競争しなくていい筈です。それを全員に強制するのはおかしい。先ず、名称を体育祭に変えました。「“祭り”だからね、君達に全部あげる」。そう伝えて、種目や運営等は生徒に全てを委ねました。但し、“生徒全員を楽しませる”という目標だけ与えました。練習が嫌になって明日から来たくないという子を無くしてほしかったのです。生徒たちは、種目をちょっとずつ変えていきました。4年目でクラス対抗をなくした時は、全校生徒にアンケートをとっていました。運動が好きか嫌いかを聞き、其々が半数ずつになるよう2つのチームに分けて、東西対抗にしました。競争したい生徒には練習ができるような種目を作り、その日だけ楽しみたい生徒には笑えるような種目を作って、其々にエントリーできる方法にしました。よくやったなと思いました。それでも生徒達は、『東西対抗の全員リレーをやりたい』と言いました。それもアンケートをとり、結果は『全員リレーをやりたい』が8割、『反対』が1割、『どちらでもいい』が1割でした。普通なら多数決で決めるのでしょうが、少数派の意見を取り入れながら、上位目標である“生徒全員を楽しませること”を達成する為、どうしたらいいか、話し合いを続けました。その結果、『全員が楽しむことが目標だから、反対が1割いるなら全員リレーはできない』と、希望者のみが出場するリレーを代替案として出しました。教育は、自律した子供を育てることがゴールです。でも、いつの間にかそれを忘れて、自律していなくても、成績が良くて、スポーツもできたほうがいいと、矢鱈手をかけるようになった。“豊かな人間性を身につける為に”と、色々な体験活動もさせる。子供がやらされる時間が長くなっています。人口が増え続けていた時代は、物がどんどん売れますから、誰かが成功したビジネスモデルを真似すればよかった。一度会社に入れば定年まで雇ってもらえましたから、上が決めたことに従うだけの従順な人間でも豊かになれた。でも、今は人口が減少に転じ、作っても作っても物が売れない時代です。誰かが成功した仕事を真似すれば、安売り競争になり、賃金は上がらず、労働環境も悪化する。そんな時代には、誰もやらない仕事に目を付ける人間が必要です。新たな価値を生み出していく人がいないと、世の中が回りません。


キャプチャ  2022年12月6日付掲載

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