【崩壊する教育現場】(16) “職員室崩壊”を防ぐ為に…教員の多忙はこう解決せよ

20180219 14
多くの小学校、中学校、高校の教員たちは、過労死ラインを超えるほどの長時間労働を余儀なくされている。小中学校の場合は、休憩時間すら殆ど取れないノンストップ労働だ。長時間労働が常態化している背景には、授業時間数が増えていることが挙げられる。ただ、理由はそれだけではない。例えば、貧困家庭の増加、子供や親の発達障害の増加が、学校教育に大きな影響を与えている。従来は家庭が担っていた役割を果たす為に、教職員は多くの時間を使わざるを得ないのが実態だ。「平日の朝や長期休暇中にも給食を出したほうがいい」と話題になっている地域がある他、親からの相談の電話に夜遅くまで対応するのも珍しくない。「学校は教育機関というより“福祉機関”になりつつある」。生涯学習論を専門にする東京大学大学院の牧野篤教授は、そう述べている。学力の向上や不祥事の防止等、様々なことに対して教育行政や学校は説明責任を求められるようになった。教員は、子供たちが校内にいる間は目を離すことができない。そして、児童生徒の下校した後には書類の処理や翌日の授業準備が待っている。「学校現場にこれ以上期待されても無理」「会議の見直し等、できることは既にやっている。国が教員数を増やす等してくれないとどうにもならない」。現場の教員たちからは、こうした声が数多く上がる。改善が必要とわかってはいても、職員室が“諦めモード”になっていることも少なくない。しかし、少し立ち止まって考えてみると、できることが多いのもまた事実だ。学校の今をきちんと診断すると、学校、国、教育委員会、保護者、地域がやるべきことは見えてくる。

多忙を改善する為のネックになっている要因は多くあるが、ここでは2点に絞って分析する(※それ以外の要因については拙著『“先生が忙しすぎる”をあきらめない 半径3mからの本気の学校改善』参照)。1点目は、“子供の為に”との思いから、教員自身が仕事の量も種類も増やしているということだ。よく言えば教員たちのボランタリー精神や善意が日本の教育を支えてきたということであり、悪く言えば学校運営は教員の献身性におんぶに抱っこだった。例えば、部活動を土日も潰して毎日やる、子供たちのノートや宿題に丁寧なコメントを書いて返すといった教員の日常は、児童・生徒を思ってのことだ。一生懸命頑張れば、その分だけ子供たちに喜んでもらえるし、同僚や保護者からも熱心な先生として認めてもらえる。授業準備や部活動の進め方等に正解は無いことから、よりよいものにしようと積極的に時間を費やすようになり、歯止めをかけられなくなる。結局、教員自身が仕事を増やし、長くやってしまうことも少なくない。2点目は、人を育て活かす経営ができていない点だ。教職員間の業務量調整や人材の育成を担う副校長・教頭は、学校内外の対応に忙殺されている。学校経営の実務に当たる中堅教員が少なく、一方で若手教員が多いという年齢構成もあり、若手育成の役割を担う中堅教員の手が回らない学校も多い。その結果、仕事ができる教員には業務が集中する。できない教員は比較的軽めの業務となるが、十分に育成されていない教員の中には、学級運営や生徒指導を上手くできない人が出てくる。一度トラブルが起これば、管理職や周りの教職員が問題対応に追われる。益々忙しくなり、「もう続けられない」と辞めたり、病気で休んだりする教員も出てくる。そうすると残った教員の負担が増し、最後には職員室が崩壊してしまうという悪循環だ(※左上図)。文部科学省は多忙化対策として“業務改善”を推奨している。筆者が学校でよく耳にするのは、「休養日を設ける等、部活動の実施方法を見直した」「ICT(※情報通信技術)を使って情報共有や会議の進行を効率化した」といった類の話だ。こうした狭い意味での業務改善、つまり仕事のやり方を見直したり効率化したりする方法改善は必要であり、やれば一定の効果は出る。だが、それだけを実行しても、過労死する人が出るほどの長時間労働を解決するのは到底不可能だ。抜本的に変えていく為には、方法改善に留めず、必要性の低いものは思い切って止めたり、減らしたり、或いは関連するものは統合したりする“仕分けと精選”が必要だ。例えば、部活動数の削減を図る、必要性の薄い会議や行事は止めたり別のものと整理・統合したりするといった判断が求められる(※右下表)。

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【崩壊する教育現場】(15) 事前対策が当たり前に…迷走続く全国学力テスト

20180212 17
「都道府県対抗、市町村対抗、そして学校対抗の競争に終始している。学力テストの為の勉強に授業時間を割くのは本末転倒だ」――。秋田県のある教員は、そう不満を口にする。文部科学省は先月28日、今年度の『全国学力・学習状況調査』(※以下“学力テスト”)の結果を公表した(※右表)。学力テストの対象は全国の国公立校、及び参加を希望した私立校に通う小学6年生と中学3年生だ。秋田県は毎年全国トップクラスの成績を収めており、成績を上げたい他県から“秋田詣で”が相次ぐ。成績が良かったある学校には、年間60回の視察があったという。ところが、その実力が本物なのか判然としない。『秋田県教職員組合』が実施したアンケートによれば、今年度は県内の小学校の92.2%、中学校の74.2%が対策を実施していた。普段の学習で身に付いた力が発揮されて好成績に繋がっているのか、或いはテスト対策によって嵩上げされたものなのか、不透明なのだ。「そろそろ止めたらよい。学力テストに関する労力は大きい。多忙化に繋がる」。アンケートからは教員たちの本音が浮かび上がる。実際、対策にかかる負担は小さくない。主に授業時間内に行なわれる為、通常授業が遅れる。学校によっては、それを回避する為に、総合的な学習の時間を削って手当てしている。対策の中心は過去問だが、出題傾向も毎年変わっていく。その為、授業だけではなく、宿題という形で児童生徒に問題を解かせているケースもある。そのチェックや指導等をするのは教員だ。テストの採点業務も負担の増加に繋がる。採点やデータの作成は国が行なっており、その結果が届くのは8~9月だ。ところが秋田県では、国に提出する前に答案のコピーを取って学校で先に採点し、分析を行なっている。学力テストが行なわれるのは毎年4月。新しい学年や学級になったばかりで、只でさえ忙しい時期に、こうした事務作業が上乗せされることに、教員たちは苦痛を感じているのだ。学力テストの結果が県の宣伝材料になっている面があり、「知事や教育長等が点数や順位に拘り過ぎているように思える」との声も上がる。低い点数だと指導を受けるといったことも少なからずあるようだ。

学力テストは基本的に国語と算数(※中学生は数学)の2教科だが、来年度は3年ぶりに理科が実施される他、2019年度からは英語が導入される(※理科・英語とも3年に1回実施)為、更に負担が重くなるとみられる。秋田県以外にも学力テスト対策を行なっているところはある。だが、「全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」というのが学力テストの本来の趣旨だ。小学校の出題は1~5年生の履修範囲を対象としている。直前にテスト対策を行なうのではなく、それまでの授業の中で様々な問題に対応できるような学力を身に付け、学力テストで確認するのが理想的な使い方だ。ところが現状は、対策をして高得点を取ることが目的化している面が否めない。学力テストで競争が激化するのは今に始まったことではない。学力テストには前身がある。1956~1966年に実施された『全国学力調査』だ。この調査は、地域間・学校間での競争が激化し、1966年に旭川地方裁判所が国による学力調査は違法と認定(※最終審では「違法性は無い」と認定)したこともあって、中止された。ところが、2007年度に復活している。『経済協力開発機構(OECD)』が3年に1回行う『学習到達度調査(PISA)』において、2回連続で順位を落としたことがきっかけだ。文科省は過度な競争やテスト対策を問題視している。専門家会議によって示された今後の改善の方策についても、「数値の上昇のみを目的とした行き過ぎた取り扱いは、趣旨・目的を損なうものである」と厳しく批判している。文科省学力調査室の担当者は、「学力テストの目的に沿って、小6・中3だけではなく、他学年も含めた学校全体で取り組みが行なわれれば、対策は必要ない」と話す。出題される問題には、「“こういう力を付けてほしい”というメッセージも込められている」(同)という。学力テストは、この10年で様々な試行錯誤が行なわれてきた。2010~2013年度には、競争の緩和を狙って、テストを行なう学校を抽出して調査する方式を導入。ところが、1人ひとりの躓きを解消する為として、2014年度に全学校を対象にする方式に戻した。結果の開示方法に関しても、過度な競争を促さないように、正答率は小数点以下の開示を止め、整数表示にする等している。また、学校側に結果を提供する時期の変更等も含め、様々な検討を進めているという。10年間で浸透した競争や対策への現場の意識を変えるのは、そう簡単ではない。児童生徒の学力向上の為に、最善の形式はどれなのか? 文科省の模索が続く。 (取材・文/本誌 藤原宏成)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(14) 「水掛け論は止めてデータを基に議論せよ」――中室牧子氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)インタビュー

20180205 11
教員の人数はどのくらいが適正なのか? 通常、こういった問題を考える時は、社会実験やエビデンス(※根拠)を基に政策的な議論をして、予算配分を決める。だが、日本にはエビデンスが無い。だから文部科学省は教員を増やそうとするし、財務省は教育予算で人件費の割合が大きいので減らそうとする。根拠に基づく議論がされず、水掛け論になっている。教員の適正な人数を考える際に、解決を難しくする日本特有の事情が2つある。1つ目は教員が多くの仕事を抱えている点。日本は、授業も苛め問題への対応も何もかも教員がやっているから、「人数を増やせ」となり、議論が複雑になる。海外では先ず、仕事を分ける議論をした上で、教員だけではなく、支援員を入れる選択肢も考える。2つ目は格差問題だ。私が受託研究している埼玉県では、就学援助率が一番高い学校で51%、低い学校で0.3%だ。貧困の割合が高い学校では苛めや不登校が多いので、教員の負担も増す。教員の供給配分を変えれば負担軽減に繋がるかもしれない。いずれにしても、子供の数が減るのに何故仕事が増えるのか、コスト高の教員を増やすのが合理的なのかは検証できるので、やるべきだ。 (聞き手・構成/本誌 富田頌子)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(13) 日本の教育投資は世界最低レベル?

20180129 18
教育は国の発展の礎であり、国際競争力を高める為にも非常に重要だ。日本はどの程度、投資をしているのか? 『経済協力開発機構(OECD)』の2013年の調査では、国内総生産(GDP)に占める初等教育(=小学校)から高等教育(=大学)までの公財政支出の割合は3.5%(※左図)。OECDの各国平均4.8%を下回っており、ハンガリーとチェコに次ぐワースト3位だ。これを以て、「日本の公教育投資は先進国で最低クラスだ」と言われる。だが、初等教育と前期中等教育(=中学校)に絞ると、違った姿が浮かび上がる。初等教育への公財政支出の割合は1.3%、前期中等教育は0.7%。OECD平均は其々1,4%、0.9%であり、見劣りはしていない。そして、初等・中等教育段階における教育到達度を測定する『生徒の学習到達度調査(PISA)』2015年版を見ると、“科学的リテラシー”“読解力”“数学的リテラシー”の3項目は参加65ヵ国・地域の中で上位(※下表)だ。学力という基準だけで見れば、投資効果は高いと言えそうだ。一方、教員の負担は国際的に見ても大きい。長時間労働に加え、仕事の範囲が広く、給与も高い訳ではない。改善の余地があるのは間違いない。ただ、教員の給与や教員1人当たりの生徒数等は、どの水準が適正なのか判断が難しい。教育経済学者で慶應義塾大学准教授の中室牧子氏は、「エビデンスが無いから財務省と文部科学省の水掛け論になる」と嘆く。解決の為には、政策に活用できるデータを整備することが不可欠だ。 (取材・文/本誌 富田頌子)

20180129 19


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(12) 国立付属校の入試は抽選に? 教員養成大学のもう1つの議論

20180122 11
文部科学省の講堂に集まった『国立教員要請大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議』の委員たちは、ほっと胸を撫で下ろしていた。1年間で計11回の議論を重ね、8月29日、『教員需要の減少期における教員養成・研修機能の強化に向けて』という最終報告書を纏められたからだ。この有識者会議は、文科省の中央教育審議会が、2015年12月に“教員の資質能力向上”“チームとしての学校”“地域との連携”に関する3つの答申を纏めたことがきっかけとなって発足し、教員を養成する学校側がどのような取り組みを行なっていけばよいのかを議論してきた。報告書では、教員養成機能の強化策として、教職大学院の教育内容の充実や、現職教員の為の教育・研修機能の強化を求める一方、教員需要の推移に合わせた入学定員の見直し等が求められている。これを受けて、国立大学は次の中期目標期間(※2022~2027年度)に向けて、大学や教育学部をどのように改革していくかを具体的に策定していくことになる。

「5年後の話になるが、準備期間を考えれば、今から道筋を示さないと間に合わない」(文科省高等教育局大字振興課教員養成企画室)。また報告書では、定員を縮小したとしても教員の供給力を維持できるように、教員就職率を引き上げることが求められた。現在、国立大学の教育学部の学生の内、6割程度しか教職の道に進んでいないからだ。この会議の場では、国立大学の付属学校も俎上に載った。それなりの運営費がかかる一方、「実験的で先導的役割を果たす付属学校が、教員養成の為の機関として貢献しておらず、地域のモデル校になっていない」との意見が出ていたからだ。結局、報告書には「付属学校の存在意義や特色、役割を明確にするように」と記載された。同時に、エリート校も含めて、その特色、役割、教育成果を出す為に、「入学者の選考についても多様な方法で実施するべき」と報告書に盛り込まれている。ところが、一例に挙げた「学力テストを課さず、抽選と保護者の事前同意の組み合わせで選考する方法」という文言が、「抽選で脱エリート校化を促したいのでは?」と波紋を広げた。文科省の担当者は、「入学者の選考と、教育・研究、成果の還元という3つが繋がっていることを明確化させるのが目的」と言う。付属学校の位置付けを決めるのは其々の国立大学だ。大学改革と合わせて、どう変わるのか? 受験を考えている子供や保護者にとっては、目が離せない。 (取材・文/本誌 宇都宮徹)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(11) 再編の波が押し寄せる教員養成大学…量より質が問われる時代

20180115 18
「教育学部の教員志望者の内、現役で正規採用されるのは凡そ半分だ」――。私立大学で教員として就職する学生が最も多い文教大学越谷校舎のキャリア支援担当者は、現在の採用環境についてそう話す。教育学部を持つ他の大学でも同じような状況だ。現役で正式採用されなくても、殆どが“臨時採用教員”という形で先ずは採用される。そして、多くが2~3年後に正式採用される。教員の採用環境は少し前に比べて好転している。2000年前後は教員の定員枠が一杯で空きが無い状況だった。だが、団塊ジュニア世代の入学に合わせて大量採用された教員たちが定年を迎え、採用の間口が広がっている。公立学校の教員採用試験の倍率は、2000年には12~17倍と高かったが、直近では中学・高校で7倍、小学校に至っては4倍を切る水準まで低下している(※右図)。地方と都市部でも温度差がある。地方では人口減少が進んでいる為、採用枠は小さくなっている。地方の学生の中には、地元での教員としての就職の道を諦め、教員不足が続いている都市部に出てくる人も少なくない。ただ、都市部での募集は臨時採用が中心だ。採用では1次試験の結果や適性、場面指導の結果等が評価されるが、このところニーズが高いのは免許を複数持つ教員だ。中学校では教科毎に取得する免許が異なるが、生徒数が少ない地方の学校等では免許毎に教員を置く余裕がない。そこで、国語と英語、理科と数学といったような複数の教員免許を持つ人が求められている。小・中学校の2つの教員免許を持つ人の需要も高い。千葉大学教育学部副学部長の藤川大祐氏は、「学生には、取得が義務付けられている免許以外にも、複数の免許を取るように指導している」と言う。この他、新学習指導要領で小学校でも英語が教科化されること等から、英語の免許を持つ学生や、学校のICT化に対応できるスキルを持つ人材が求められている。

20180115 17
更に、「保護者や地域の幅広い世代の人々と関わる職業の為、人間関係能力やストレス耐性も求められている」(前出の文教大学担当者)という。教員を目指す学生にとって、採用環境は良いが、少子化の影響で今後は厳しくなっていく。需要予測を見ても、2019年度に減少に転じる見込みだ(※左図)。「来年・再来年から採用枠を減らす予定の自治体が、少しずつ増えている印象」(同)。財務省は予算編成の時期になると、毎年のように文部科学省に公立小・中学校の教職員定数の削減を迫っているが、教員養成大学に対しても定員削減や再編を求める動きがある。1998年から2000年にかけて、国立大学の教員養成課程の定員を約5000人削減。2013年には、島根大学と鳥取大学の間で教員養成系学部の再編が行われた。更に2015年には、国立大学改革の中で文科省が教員養成系学部の廃止を打ち出し、社会的ニーズの高い分野への積極的な転換を行なうように求めた。これは、所謂“ゼロ免課程”(※教育学部の中でも教員免許の取得を卒業要件としない課程・学部)を統廃合し、その定員や教員の枠を活用した新しい学部の創設を促すものだった。教育学部の縮小圧力が強まっている状況だが、その一方で学校改革が進み、教員養成の役割も変わってきている。ICT等への対応だけでなく、“主体的・対話的で深い学び”を実現させる為、アクティブラーニングを運営できる教員を養成する必要もある。また、地域との関わりや、小中学校の現場でもティーチングアンスタント(TA)の導入が進むと言われており、スタッフや関係者を纏めるマネジメント能力も必要だ。教員1人ひとりの質を高めることで、教職員定数減少下においても教育レベル全体の維持や底上げを図れるようにしたいと、文科省は目論んでいる。その中心的な役割を担うとして期待されているのが教職大学院だ。教職大学院は、専門的で実践的な職業人養成機関として、2008年度から大学に設置されるようになった(※右下図)。座学や研究が中心の修士課程とは異なり、先進的な授業方法をフィールドワークで学ぶ。

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【2018年の日本を読み解く】(08) 教育の大改革、新時代に必要なスペックとは?

20180101 17
2020年というと東京オリンピック・パラリンピックのことばかりが話題になるが、日本の社会と国家の将来について考えると、もっと重要な出来事がある。文部科学省による小中高校における教育の基準になる学習指導要領の改訂だ。小学校は2020年度、中学校は2021年度、高校は2022年度と段階的に導入される。過去に何度も学習指導要領は改訂されたが、大きな変化が無かった為、2020年に起きる変化を、「前から文科省が言っているアクティブラーニング(※教わる側が積極的に参加する形の授業)と実用英語の重視くらいだろう。かけ声だけで大したことはない」と楽観視しているようだ。しかし、それは間違いだ。日本の教育は、大学入試制度が変わる時に大きく変化する。2020年には大学センター試験が廃止され、大学入学共通テストが始まる。新しい試験には、マークシート式の問題に記述式が加わり、更に英語では“読む・聞く”に“話す・書く”を加えた4つの技能が試験される。英語では、英検・TOEIC・TOEFL等の民間試験が導入される。数学でも記述式問題が出題され、国語でも小論文を書く力が求められる。現在の大学入試は、1979年に共通1次試験(※センター試験の前身)の導入によって作られた形である。その結果、マークシート式の試験が普及した。この方式だと、受験者が正確な知識を持っているか否かについては判断できるが、思考の過程を検証することができない。また、記述能力が低下する。これでは、思考力や表現力を児童・生徒が主体的に育むことができないので、グローバリゼーションが急速に進み、変化が激しい社会状況に対応できなくなる。その為、今回の大学入試改革と学習指導要領改訂が行なわれるのだ。この方向性は正しい。例えで言うならば、現在の教育は1979年製のプロペラ機のようなものだ。

1940年7月に運用が開始され、1945年の敗戦まで使用された旧海軍の零式艦上戦闘機(※ゼロ戦)は、11型・21型・22型・32型・52型・53型・53型・54型とマイナーチェンジを繰り返して、アメリカ軍戦闘機の能力向上に対応しようとしたが、太平洋戦争の後半は劣勢に追い込まれた。現在の日本の教育もこれに似ている。自己推薦入試や大学が特別の基準でユニークな人材を確保するAO入試等も行なわれているが、“多様な学生を確保することで学生の能力を多面的に発展させる”という目的は達成されていない。附属高校からの内部進学・推薦入学・AO入試で合格した学生の学力が、ごく一部の例外を除けば、一般入試で合格した者よりも低く、大学教育の混乱要因になっている。また、一部の中高一貫進学校では、中学1・2年次に数学の成績が不振だと、早稲田や慶応等の難関私大文科系の入試に目標を定め、英語・国語・社会の3科目に特化させ、数学・理科については習得できていなくても単位を与える。その結果、中学数学の怪しい難関私立大の学生が大量に存在するようになった。特に、数学が全くわからない経済学部生・商学部生という国際基準では考えられない奇妙な現象が生じている。理科系に関しても、歴史や公民(※現代社会・倫理・政治・経済)の知識が欠如し、国語の表現力が弱い為に、教養の欠如した専門家が生み出されている。イノベーションの為には幅広い教養が必要な為に、理科系出身者も壁に突き当たっている。また、文科系・理科系の大学生は共に、実用英語力の欠如に悩まされている。2022年の高校の学習指導要領改訂で、英語力が質的に改善される。また、文理融合が進み、高校卒業レベルの欠損のある文科系学生や、歴史や政治や思想が全くわからない理科系学生もいなくなる。また、文科系・理科系共に、自分の考えを文章にして発表する力、論理的な討論(※ディベート)をする力が磨かれる。尤も、飛行機が安定的に飛行できるようになるまでは、運用して初めて明らかになる様々な故障を修理する必要に迫られるように、2020年の学習指導要領改訂による新しい教育も、最初の10年くらいは様々な欠陥が見つかり、試行錯誤を繰り返すであろう。しかし、その後はジェット機を操縦することができる新しい世代が生まれる。今から20年後には、新しいスペックを備えた人材が社会に輩出されてくる。その結果、旧世代の教育を受けた者は競争に敗れる。匠の技でプロべラ機を操縦できる人であっても、ジェット機には絶対に敵わないのと同じだ。筆者は現在57歳、20年後は77歳となり、隠居生活に入っているので、この競争から逃げることができる。しかし、現在20代・30代のプロペラ機の操縦しかできない人は、20年後を視野に入れた対策を立てておく必要がある。文科系・理科系いずれの出身者も、英検・TOEIC・TOEFL等の実用英語の試験を受けて、英語力を向上させることだ。現在、高校の地理歴史では世界史が必修科目だが、2022年の学習指導要領改訂では、日本と世界との関わりを近現代史を中心に学ぶ歴史総合という新科目、グローバルな視点で課題を解決する力を育てる為の地理総合という新科目が必修になる。この知識を社会人も身に付けておく必要がある。更に、プログラム言語の知識も必要になる。しかし、最も重要なのは、日本語で正確に文章を読み、他人の話を正しく把握し、自分の考えを正確且つ説得力を持つ形で書き、話す力だ。これからは社会人教育が嘗てなく重要になる。新時代に適用できる勉強をしない者は、20年後に確実に落伍してしまうからだ。 (作家 佐藤優)


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【天下の暴論2017】第2部(05) 日本人よ、苛め対策はロシア人に学べ

20171222 01
小中高で年間22万5000件起こっていて、未成年が自殺する最大の理由と言われる苛め。大昔から問題視されているが、一向に状況は改善しない。“武闘派プーチン”の国であるロシアでは、如何に苛めと戦っているのだろうか? 「今度、私の子を苛めたら殺すわよ」――。東京在住のロシア人女性・ユリやさん(※仮名)は、長男を苛めた少年を見つけ、耳元でこう囁いたという。ユリヤさんはモスクワでマスコミ勤務の日本人男性と知りあい、結婚した。夫が駐在期間を終え、帰国することになったので、彼女も日本に引っ越した。以後、現在に至るまで東京で暮らしている。子供は2人、両方男の子である。彼女の長男は、小学校に上がると苛めに遭った。理由について、ユリヤさんは「ハーフだから」と考えていた。ユリヤさんと子供の関係は良好で、長男は苛めに遭っていることを正直に彼女に報告した。ユリヤさんは当初、「苛めっ子のトップをぶん殴りなさい!」と説得していた(※日本人の家庭ではあまり見られない光景だろう)。ところが、“不甲斐ない”長男は「僕は人を殴れない。殴りたくない」と拒否し続け、時は流れていった。しかし、苛めは続く。強い危機感を持ったユリヤさんは、長男から苛めっ子のボスの名前を聞き、帰宅時に待ち伏せし、捕まえた。「貴男が○○(※子供の名前)を苛めているのね?」「今度、私の子を苛めたら殺すわよ」。結果はどうだったのだろう? なんと、翌日から苛めはぴたりと止まったのだ。この話を彼女から聞いたのは6年前。筆者の娘は未だ生まれて半年で、“自分に関係のある話”として認識することができなかった。「流石、ロシア人女性はパワフルだ」等と、“他人事”の反応をしていたのだ。

時は流れ、娘は6歳になった。9月から小学生になる(※ロシアの新学期は9月である)。日本人学校は往復に時間がかかる為、近所の普通の学校に入学させることにした。そうなると、気になるのは苛めである。筆者は、モスクワの苛めの実態について知りたいと思った。機会は意外なところからやってきた。今夏、日本に一時帰国した際、飛行機の隣の席に日露カップルが座ったのだ。夫はロシア人ジャーナリスト、妻は日本人で日本語教師。子供は2人。上が男の子で11歳、下は女の子で7歳。筆者は「これはまさに参考になるケースだ」と思い、根掘り葉掘り話を聞くことにした。先ず、「ハーフの子に対する苛めはありますか?」と聞くと、「ありますね」と答えた。「でも、女の子に対する苛めは殆ど無いです」と付け加えた。夫のドミトリーさん(※仮名)は、「何やかんやいっても、ロシアは“騎士道”の国ですから」と言って微笑んだ。筆者は、その言葉が冗談なのか本気なのかわからず、取り敢えず微笑み返した。理由は兎も角、「女の子に対する苛めは殆ど無い」と聞いて安心した。しかし、私には2歳の息子がいる。男の子はどうだろうか? 「ハーフの男の子への苛めはありますね」。2人は断言した。筆者は6年前に聞いた“ユリヤメソッド”を急に思い出し、話してみた。「きっと笑ってくれるだろう」と思いながら。ところが、2人は真面目な顔をして「それ、絶対にやったほうがいいですよ。やるべきですよ」と言うのだ。そして、追い討ちをかけるように、「苛められっ子の親は皆、やっていますよ」。筆者は、彼らの11歳の男の子を見ながら、「○○君は苛められましたか?」と聞いた。すると、「苛められました。でも、解決しました」と言う。彼らの長男は、小学校に入学してから間もなく苛められ始めた。理由は「ハーフだから」と、2人は考えている。ある時、苛めっ子が長男の耳にチョコレートを突っ込んだ。耐えかねた長男は、苛めっ子の顔を思い切り殴った。苛めっ子は倒れ、泣き叫び、以後、苛めは止まった。筆者は話を聞きながら、「ユリヤさんも長男に苛めっ子を殴ることを勧めていたな」と思い出した。話し終わって、2人は言った。「男の子には必ず武道をやらせるべきですよ。強ければ苛められませんから。筆者の脳裏に、“やられたらやり返せ”の“武闘派大統領”ウラジーミル・プーチンの顔が浮かんだ。

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【崩壊する教育現場】(10) 夏休みを10日程度に…静岡県吉田町の挑戦

20171211 12
「来年から子供の夏休みが10日間程度に短縮される」――。そんな言葉が独り歩きをし、全国的に賛否を巻き起こしたのが、静岡県吉田町の教育プランだ。春・夏・冬、合わせて2016年度61日あった長期休業日を、2018年度から40日程度に短縮し、年間授業日数を2016年度の206日から2018年度220日以上へ増やす方針だ。具体的に季節毎の休みを何日減らすのかは、これから決定する。これは、次期学習指導要領への対応策を先取りして盛り込んだもの。小学校では外国語の授業が新設され、授業時数が3~6年生の各学年で年35コマ(※1コマ45分)増えることになる(※中学校は増減無し)為、今年2月に町長が発案した。メリットはある。多忙な教員の負担を軽減できるのだ。吉田町の教員勤務時間は8時から16時30分だが、6時間授業の場合は下校指導が終わるのが16時。そこから30分で次の日の授業準備や校務を行うことは難しく、超過勤務を余儀なくされている。プランが導入されれば、年間授業日数が増える。

一方で、6時間授業の日を無くしたり、平日に2日は4時間授業の日を作る等して、1日の勤務時間を軽減できる。土曜日に授業を行ったり、1週間当たりの授業時間数を増やすという選択肢も考えられたが、それでは教員の負担が更に重くなる懸念があった。「生み出された時間を次の日の授業準備に充てられるので、授業の質が高まる」(吉田町教育委員会事務局学校教育課の栗林芳樹課長)効果も期待できる。夏休みに授業を行う為には、環境整備が必要になる。全小中学校にはエアコンを完備し、快適に授業できるようにする(※左上表)。また、保護者の教育ニーズに応じる為、学校給食の実施日を拡張し、たとえ4時間授業の日でも授業がある日は原則として給食を出す。プランの実施によって平日の下校時刻が早くなった場合は、下校時間に合わせて放課後児童クラブを始める。他にも、現在月2回程度の放課後子ども教室や放課後補充学習の拡充、公設学習塾の実施等が検討されている。放課後の子供の居場所作りを進めることで、共働きの家庭や働きに出たい親が安心できる体制を整える。では、当の子供たちはどう思っているのか? 「夏休みが短くなるかもと聞いて、最初はショックだった。でも、友だちは『宿題が少なくなるなら短くてもいい』と言ってい る」と、小学5年生の男児は話す。夏休みが短くなることによるデメリットもある。保護者からは、「クラブチームに入っている子供は遠征に行けなくなる」「ボーイスカウトや国際交流に参加できなくなる」という不満の声もある。吉田町では、こうした町民の意見を踏まえた上で、来年3月までに最終的なプランを確定する予定だ。 (取材・文/本誌 中原美絵子)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(09) 「現場の教員たちに謝らないといけない」――前川喜平氏(前文部科学事務次官)インタビュー

教員たちに重くのしかかる負担を、どうすれば改善できるのか? 「教員数を増やす必要がある」と話すのは、前文部科学事務次官の前川喜平氏だ。『加計学園』問題で注目を集めた前川氏だが、教育行政はまさに本業。嘗ては、義務教育を維持する為に国が公立小中学校の教職員給与の一部を負担する義務教育費国庫負担金が、小泉純一郎政権の進める三位一体改革で削減対象になったことに反発。現役官僚のブログでの批判は物議を醸した。そんな舌鋒鋭い文科省の前事務方トップは、学校教育の現状をどう見ているのか? (聞き手/本誌 西村豪太・中島順一郎)

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――教員の多忙を解消するには、どうすればいいのでしょうか?
「これだけ勤務時間が長いということは、やはり人数を増やす必要があるということだ。10年前に比べて授業時数は増えている訳だから、少なくともその分は教員を増やさないといけなかった。民主党政権時代に教職員定数(※子供の数等を基準に定められる教職員の配置数)の改善が進んだが、これは少人数学級の為であって、授業時数の増加に対応したものではない。2016年度と2006年度を比べると、学校行事や生徒指導は減っている。増えているのは教科の指導に関わる部分と部活動だ。授業・授業準備・学習指導・成績処理の合計を見ると、平日1日当たり小学校で42分、中学校で47分、土日も小学校で21分、中学校で22分増えている。つまり、学習指導要領で授業時数が増えた分を、1人当たりの勤務時間の増加でカバーしてもらっている。これは問題だと思う。文科省には、『学校の体制を整えないまま授業時数だけ増やすな』と言いたい。僕が言ってどうするんだとは思うが、文科省はきちんとしてこなかった。これについては現場に謝らなければいけない」

――給特法(※時間外勤務手当や休日給は支給しない代わりに、給料月額4%分の教職調整額を支給)の問題もあります。
「そう、それが学校をブラック化させている。僕は制度を廃止して、時間外勤務手当にすべきだとずっと思っている。そうしないと際限ないサービス残業は無くならないし、教育委員会も管理職も本気になって勤務時間の管理をしない。時間外勤務手当にすればメリハリをつけることができると思う。全体として支出が増えるから、財務省は嫌がるでしょうけどね」

――2004年に義務教育費国庫負担金における国の割合が2分の1から3分の1に減り、都道府県の負担が大きくなったこと(※総額裁量制)についてはどう考えていますか?
「あの頃は、前門に総務省、後門には財務省がいた。義務教育費は国と地方を合わせて毎年10兆円ぐらいかかる。2003年頃まで国の負担は3兆円程度だった。財務省から見ると非常に厄介で、しかも全部人件費だ。一方で、総務省はとんでもないことを考えていた。国税の一定割合が地方交付税になるが、税収が限られる中で交付していて、“隠れ借金”がどんどん膨らんでいた。そして、財務省はそれを整理するように求めていた。で、考えたのが三位一体改革です。国から地方に出ている補助金や負担金を減らす。負担金に見合った財源を地方税の形で回し、国税は減らす。地方の歳入は減らずに、自主財源が増え、自由度が高まるので、地方分権に適う話だとなる訳です。そして地方税が増えるのだから、地方交付税は減らしていい筈だ、と。何となく辻褄は合っている(笑)。ところが、財務省と総務省は早々に『公共事業関係の補助金は対象にしない』と決めた。『公共事業に関わる財源は税金ではなく建設国債。つまり、国が借金して賄っているから税源移譲できない。するなら借金も肩代わりしろ』と言う。つまり、財務省が総務省を脅した。そうすると残るのは、投資的な経費ではなく、人件費のような継続的な経費だ。継続的な経費に関する補助金や負担金を持っているのは厚生労働省と文科省だった。厚労省や文科省が持つのは、ナショナルミニマム(※国民的最低限保障)の為に必要な負担金だ。にも拘わらず、金額が大きいものが狙われた。地方は社会保障のような分野の税源移譲を敬遠した。財源を貰っても、需要が伸びて直ぐに足りなくなるのが目に見えているから。逆に、これから需要が縮小する分野は、財源を今貰えばそのうち余る。そこで狙われたのが児童手当と義務教育費国庫負担金だ。ただ、『地方の自由度を高める』と言うが、結局、これは義務教育の水準を下げる自由を与えるだけ。だからずっと抵抗していた。文科省は国庫負担金をテコにして、地方に余計な口出しをするけしからん役所で、『省益の為に負担金を手放さない』と滅茶苦茶悪口を言われて頭にきたんですけどね。結局、国の負担率は下がっても、義務教育の水準を下げる訳にはいかない。だから、地方の一般財源で賄う部分が増えた。それなのに地方交付税が削減された。三位一体改革の正体はそういうもの。僕はずっと“抵抗勢力”だった」

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