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【明日への考】(20) 教職不人気、小学校の危機感…質確保へ国家試験提案も

小学校教員の採用倍率が低迷し、教育関係者が危機感を募らせている。児童急増期に教職に就いたベテランの大量退職で採用数が増えたのに、多忙な職場が敬遠されて受験者は減る一方だ。35人学級への移行が始まる中、教員の数と質の両方を確保していく為に、現行制度の在り方を問い直す時期に来ているのではないか。 (編集委員 古沢由紀子)



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「教員免許を持つ知人はいませんか」――。東京都内の女性会社員は昨年、長男の通う公立小学校で校長が保護者に呼びかけるのを聞き、驚いたという。産休と病気休職で高学年の2学級で担任が不在となり、何れも校長が兼務したものの、授業は自習が続いていた。「代替教員を補充できず、管理職が担任を務める学校は近年珍しくない」と『全国連合小学校長会』の喜名朝博会長は話す。校長や教頭が業務の傍ら授業を担うのは難しく、児童への影響は大きい。育児休業等で休職者が出た場合、教育委員会に登録する教員免許所持者を“臨時的任用教員”として充てることになっている。嘗ては正規の採用試験で不合格だった教員志望者が多数登録していたが、「採用増が続いた為、翌年の試験を目指す層が払底している」と喜名会長は説明する。埼玉県教委の昨年11月の調査(※さいたま市を除く)では、育休による休職分等を小学校で77人、中学校で22人補充できていなかった。文部科学省は今年度、教員不足に関する初の全国調査を行なう。文科省によると、昨年度採用の教員試験で公立小学校の採用倍率は、過去最低の2.7倍。中学校の5倍、高校の6.1倍と比べても際立って低い。中学・高校教員の免許は幅広い学部で取得できるが、ほぼ全教科を教える小学校教員は養成する大学が限られる。最も狭き門だった20年前と比べ、小学校教員の採用者は約1万6700人と5倍近い。一方で受験者は約4万4700人で、1500人近く減っている。

教員採用に詳しい兵庫大学の山崎博敏教授は、この10年程を“戦後3回目の大量採用時代”と位置付ける。終戦後の児童生徒急増期に採用された教員の多くは1970~1980年代に退職。その補充と第二次ベビーブーム世代(※1971~1974年生まれ)を教える為に大量採用された教員が定年を迎えたのだ。教員の需要は児童生徒の増減や学級規模にも左右されつつ、35~40年周期で増減を繰り返す“構造的な問題”がある。教員の年齢構成も偏り、近年は20~30代が急増。長期的な計画が求められる。受験者減少には教員養成の状況も影響している。文科省は1980年代後半以降、少子化も踏まえて国立大教員養成課程の入学定員を半減させた。体育や音楽も教える小学校教員養成は科目の負担が重く、戦前の師範学校を前身とする国立大が主に担ってきた経緯がある。それが2005年、大量退職による採用増が見込まれる為、文科省は定員の抑制方針を撤廃。小学校教員養成課程を設ける私立大が急増し、昨年には190校に上ったが、「新規参入には地域差があり、供給が追いついていない県も多い」と山崎教授は指摘する。更に、近年は民間企業の採用が好調で、多忙な教職は不人気だ。講師等を続けながら教員試験に再挑戦する待機組も減り、小学校の採用倍率は昨年度、13県市で2倍を割った。今後数年間は採用数が高止まりする自治体も多く、人材の質を懸念する声が強まる。窮状を打開する為に、文科省は小学校教員免許の取得者を増やし、教員志望者の裾野を広げる戦略を立てる。現行の救員免許は、大学で必要な単位を修得すれば都道府県教委から授与される。文科省は小中両方の教員免許を取得する場合に必要な単位を軽減する他、小学校教員養成課程の設置要件を緩和し、私立大等での開設を更に推進する方針だ。社会人が教員免許を取得できる認定試験の受験負担も軽減している。今年度から小学校で35人学級が段階的に導入されるのに伴い、5年間で約1万3000人の教員が必要になる。都教委は、幼稚園教諭経験者が小学校の免許を通信課程で取得して採用された場合、費用を補助する制度を始めた。他方で、新規参入した私立大の一部では、“学力不問”に近い入試や教科指導が不十分な傾向も指摘されている。学校の現場では、「学力不足の若手に高学年を任せられない」「通知表の所見を適切に書けない教員が多く、管理職が添削に追われる」といった校長の嘆きが聞かれる。

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テーマ : 教育問題
ジャンル : 政治・経済

【許すな!わいせつ教員】第1部・見えない被害(下) 勇気出し、法廷で訴え

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「先生という人は尊敬できて大好きだったのに、もう信用できない。只のおっさんです」――。関西地方の裁判所で2003年1月、当時中学1年生の女子生徒は、勇気を振り絞って訴えた。女子生徒が、担任の男性教員から猥褻な行為を受けるようになったのは2002年夏。個別指導で太腿を触られるようになり、秋になると胸を触られ、手を掴まれ、担任の下半身を触らされた。当時50代の担任は、優しそうな風貌で生徒から人気があり、母親も中学時代に教わった教員だった。だが、「私が泣き寝入りしたら先生は同じようなことをする」と考え、母親と相談し、翌日、刑事告訴に踏み切った。担任はその日のうちに強制わいせつ容疑で逮捕された。校長は当初、その事実を全校生徒に伝えなかったが、女子生徒からの訴えで数日後に公表した。「先生の人生をめちゃくちゃにした」「あの親子、胸を触られたぐらいで何騒いでるの?」――。担任の逮捕が明らかになると、批判の矛先は親子に向けられ、中傷メールも出回った。寛大な処置を求める嘆願書には担任の前任校の教員ら46人が署名し、当時、勤務していた学校でも教員らが同調しようとした。女子生徒は深刻な学校不信に陥り、一時、登校できなくなった。そんな時、被害を相談していた弁護士が、被害者の権利や担任の公判で意見陳述ができることを教えてくれた。法廷で被害を克明に訴え、懲役2年6ヵ月、執行猶予3年の有罪判決へと繋げた。

担任の刑事裁判に出廷し、被害を訴えるという同じ出来事は昨年もあった。大阪府の中学2年生の女子生徒(14)は昨年3月、小学校時代の担任による強制猥褻事件で、被害者参加制度を利用して意見を述べた。被告の教員は小学6年時の担任で、授業が抜群に上手かった。卒業式では「人の気持ちに寄り添える先生のような人になりたい」と話すほど信頼していた。LINEを交換し、中学進学後も小学校に呼び出され、勉強したノートにアドバイスを貰うことが続き、数ヵ月後には告白された。暫くすると、車内等で体を触られ、キスをされるようになり、逃げると怒ったり、力ずくで体を掴まれたりした。数ヵ月後、「もう会わない」と告げると、LINEには「メッセージ消して」等の要求が届き、教育委員会への通報も口止めされた。返事をしないでいると、自宅に訪ねてきて、「自分の子供を犯罪者の子供にするわけにはいかない」「100万円払うから誰にも言わないで」「給料がいいので先生を続けさせてほしい」と懇願してきた。女子生徒は母親と相談して学校に被害を届け出て、教員は2019年11月に強制わいせつ容疑で大阪府警に逮捕された。その後、懲戒免職になり、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決を受けた。女子生徒は、「先生を人として許すことはできないけれど、私は将来、小学校の先生を目指します。素敵な先生だった頃、先生がしてくれたような面白い授業を、私が代わりに子供たちにしてあげたい」と話す。冒頭の女子生徒は昨年12月、弁護士となった。司法試験に合格するまで五度チャレンジし、時には挫けそうになった。だが、中学校時代に猥褻被害を受け、中傷され、折れそうになった心に弁護士が寄り添い、裁判制度が救ってくれたという体験が気持ちを支えてくれた。当時について、「法廷で裁判官の目を見て、自分がされたこと、苦しみを自分の言葉で話して、自分に胸を張れるようになった」と振り返る。今、自分と同じように悩む子供たちが沢山いる現状に、こんなメッセージを送る。「私は第三者の立場で寄り添い、被害に苦しむ子たちを助けてあげたい。被害に苦しんでいる子も、少しの勇気を持って行動に移してほしい」。

                    ◇

石井正博・朝来野祥子・上田詔子・波多江一郎・江原桂都が担当しました。


キャプチャ  2021年1月31日付掲載

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【許すな!わいせつ教員】第1部・見えない被害(中) “不適切”認定に2年半

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「夜中とかは? バレずに入れたりする?笑」「部屋は2階なん??」「バレたらヤバイな」「俺の○○(※名前)」「かわいいで」――。2017年夏。兵庫県宝塚市立中学校を卒業したばかりの女子生徒は、担任だった男性教員からこんなLINEのメッセージを次々と受け取った(※右画像)。深夜に送られてきたものもある。「あまりにも危険なやりとりでショックだった」。生徒の保護者がメッセージを見つけたのは、数ヵ月経った後だ。保護者は悩んだ末に、2018年1月、市の教育委員会に通報した。市教委の事情聴取に対し、教員は女子生徒との不適切なやりとりを否定した。調査が進まないことに業を煮やした保護者は2019年11月、市教委にLINEの画像を証拠として提出した。すると教員は、LINEは自分が送ったと認める一方で、「携帯電話に履歴が残っていない。具体的な発言は覚えていない」と釈明したという。最終的に市教委が教員の対応の不適切さを認定して、訓告処分を出したのは昨年6月。最初の通報から2年半程経っていた。市教委側は、「本来は教員本人の申告で事実を確認しなければならないのに、本人の記憶が曖昧で、事実解明が遅れてしまった」と保護者に謝罪した。「勇気を出して通報したのに信じてもらえず、つらかった。偶々、娘のLINEが残っていたからやりとりが認定されたが、証拠がなかったら言い逃れされて終わっていた」と保護者は憤る。そして、「訓告処分は公表されず、誰もこの教員が危険だとわからない。重大事件が起きてからでは遅い」と声を震わせた。

埼玉県内の公立小学校の男性教員は2018年、校外学習で訪れたプラネタリウムで女子児童の体を触ったとして、強制わいせつ罪で起訴された。裁判で教員は一貫して否認し、県教委の聞き取りにも「事実無根。猥褻行為はしていない」と繰り返したという。一審で懲役1年6ヵ月、執行猶予4年の判決が言い渡され、最高裁で昨年8月に上告が棄却されて、有罪が確定した。男性教員は懲戒免職処分ではなく、地方公務員法に基づいて失職した。文部科学省は、児童生徒に対する猥褻行為は原則、懲戒免職とするよう各教委に通知を出しているが、今回のケースは薄暗いプラネタリウムでの事案で、被害を訴えた女子児童以外に目撃者はいなかった。「双方から話を聞いたが、言い分が真っ向から食い違っていた。教育委員会が何が事実かを見極めることは困難で、裁判の行方を見守るしかなかった」。県教委の担当者は、対応の難しさを振り返った。密室で行なわれる猥褻行為について、捜査機関ではない教委や学校が事実を認定するのは容易ではない。ただ、最近は事務連絡の手段として、LINE等のSNSが学校現場で広く使われており、教員による猥褻目的での私的利用も後を絶たない。本紙が昨年、全都道府県・政令市の67教委に行なった調査では、2019年度までの5年間に教え子への猥褻行為等で懲戒処分を受けた公立学校教員約500人の約半数が、被害生徒らとSNS等で私的なやりとりをしていたことがわかっている。性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士は、「児童生徒は教員とのSNSのやりとりで違和感を感じたら保存し、保護者も直ぐに学校側に伝えてほしい」とした上で、「訴えがあれば、学校や教委は積極的に調査に動くべきだ。声を上げても取り合わず、問題のある教員が働き続けることは、教育現場の混乱を招く。大多数の真面目で熱心な先生が疑いの目を向けられることのないよう、教委は不適切な教員を排除する姿勢を示すことが必要だ」と指摘する。


キャプチャ  2021年1月30日付掲載

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【許すな!わいせつ教員】第1部・見えない被害(上) 生かされなかった兆候

猥褻行為で処分される教員が増えている。立場を利用し、言葉巧みに言い寄り、児童や生徒の心と体に深い傷を負わせる。学校という特殊な場所、主従のような関係の下で起こる猥褻教員問題を考える。

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関東地方のある小学校には、30代の男性教員の行動について、複数の保護者から苦情が寄せられていた。「児童と私的なメールのやり取りをしている」「中学校の運動会に無断で訪れ、写真を撮影していた」――。保護者の間では、「児童とイチャイチャしている」という情報も出回った。教え子とLINEを交換していたこともわかると、校長は教員を呼び出して止めるように注意した。それから数ヵ月後の2018年7月、事態は急展開する。児童が「先生に変なことをされた」と、友だちに具体的に話しているのを保護者が偶々目にした。直ぐに警察に相談し、8月に担任として受け持つ児童への強制性交容疑で逮捕されると、学校内の“密室”で行なわれていた余罪が次々と明らかになった。裁判所は2019年12月、教員が2013年1月~2018年7月の5年半の間に、勤務していた2つの小学校で、6~12歳の教え子7人に猥褻な行為を繰り返していたとして、懲役14年の判決を言い渡した。教員は現在、服役している。ある保護者は、「一つひとつの情報を学校が教育委員会に報告し、厳格に対応していれば、被害者を一人でも減らせた筈だった」と憤る。一連の兆候は、何故生かされることがなかったのか。学校内の“密室”で行なわれたその犯行は、大胆且つ巧妙だった。判決や関係者によると、この教員は自分が受け持たない音楽の授業中等に、忘れ物をした児童を“指導”と称して空き教室や倉庫に連れ出した。担任としての立場と信頼を悪用し、児童の年齢と性格に応じて、ある一時は目隠しをし、ある時は「傷の状態を確認する」と伝え、意のままに従わせて猥褻な行為に及んだという。公判で、教員は「欲望のコントロールができなかった。誰かに相談すればよかった」と、最早自分では止められない状態になっていたことも打ち明けた。授業中、教員が幾度も児童を連れ出しても問題視されなかったのは、教員が学年主任で“指導熱心”という別の顔を併せ持っていたことがある。事件を検証する為に自治体が実施したヒアリングで、歴代校長らは「教育熱心で信頼していた」と口を揃え、元同僚の教員も本紙の取材に、「厳しいけれど面倒見が良い先輩だった」と評価した。

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ある保護者は、「熱意があり、とても良い先生だった。うちの子供も大好きで、逮捕されたと聞いた時は、誰かにはめられたと思った」と振り返る。こうした評判が、学校に寄せられた幾つもの“兆候”を無きものにしてしまった。被害を受けた児童たちには、心にも大きな傷が残された。「被害を誰にも話せなかった。逮捕のニュースを見て『ざまぁみろ』『やっと捕まった』と思った。一生、刑務所の中で生活して」。公判で意見陳述に立った被害児童は、心の奥底にしまい込んでいたであろう憎悪の念をぶちまけた。被害児童の保護者も、「眼鏡の男性を怖がるようになった。心に、体に、どんな影響が出るのだろうか」と不安を打ち明けた。近年、各地の小学校では児童が減り、空き教室が増えている。事件が起きた小学校にも、5つの空き教室があった。保護者から寄せられた声は生かされず、空き教室等の学び舎の“死角”で卑劣な犯行が繰り返された。当時、捜査に携わった関係者は「教員が撮影していた動画には、名前のわからない児童も映っていた」と漏らし、教員が勤務していた小学校で管理職だった教員は、声を震わせて悔恨の思いを語る。「まさか校内の死角で、あのような犯行が行なわれるとは。気が付けず、悔しい。守ってあげられなかった子供たちには本当に申し訳ない」。本紙は教員の代理人だった弁護士に取材を申し込んだが、「対応できない」と回答した。文部科学省によると、2019年度に猥褻行為等で処分を受けた公立小中高校等の教員は273人で、2018年度に次いで過去2番目の多さだった。この内、自校の児童生徒らへの行為で処分されたのは、半数近くの126人に上った。教員が勤務時間内に猥褻行為等を行なうことも多く、放課後が23人、授業中が20人、休み時間が16人、部活動が10人、学校行事中が6人等。場所については、教室が29人、保健室や生徒指導室が28人、運動場、体育館、プール等が17人等だった。被害者の支援を行なう公認心理師の斎藤梓さんは、「学校内には他人の目が届き難い死角が生まれ易く、保護者にとって学校は安全な場所だという認識の心理的な死角も生まれる。また、教員が口止めするケースもあるが、信頼している教員との関係性の中で子供も言い出し難く、行為が発覚し難い構造にある。大人が子供の様子をよく観察し、子供の話にきちんと耳を傾けることが重要だ」と指摘する。


キャプチャ  2021年1月29日付掲載

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【地方大学のリアル】(15) 旭川医科大学(北海道)――世間の耳目を集める“パワハラ学長”の実像



20210402 06
「絶対的権力は絶対的に腐敗する」――。イギリスの歴史家、ジョン・アクトン卿の格言として知られる。日本最北に位置する医大が今、絶対的権力者によって揺らいでいる。昨年来、学長のパワハラ発言に端を発した問題が噴出している旭川医科大学。国立大学法人としては異例の長期政権の歪みで、組織が悲鳴を上げている。新型コロナウイルス感染が収まらない中で学内の勢力争いに勤しむ様子に、旭川市民だけでなく、全国から冷たい視線が送られている。旭川医大固有の問題がある一方で、他の地方医大や国立大医学部が抱えているものと似た病巣もある。2007年に学長選に勝って以来、14年に亘ってトップに君臨し続ける吉田晃敏氏(※右画像)について、就任前後に取材をしたジャーナリストは「“やり手”であると同時に“自信家”だ」と語る。これだけなら決してマイナスではないが、自信はあっさりと傲慢に変容しかねない。旭川医大病院の中堅医師も、こう批判する。「自分と意見がぶつかった相手をやり込める性格」。ある診療部門の医師と吉田氏が運営方針を巡って意見が割れた際に、その場で罵倒し続けた。発端となったのは昨年11月、旭川市内の基幹病院のひとつ、慶友会吉田病院で新型コロナウイルスのクラスターが発生した際の対応だった。旭川医大病院の古川博之院長(※当時)は、吉田病院からの軽症患者受け入れを計画した。しかし、これに吉田学長が反対し、その過程で院長に対して「(受け入れるなら)お前が辞めろ」と発言していたのだ。地域の中核病院である旭川医大が新型コロナウイルス患者を拒絶した上、トップによるパワハラが発覚したのだから、報道は過熱する。

文部科学省が事実関係の調査に乗り出す中で、1月下旬には当該院長が解任されたことにより、事態は新たな局面に入った。前出の中堅医師が語る。「外部からの風当たりは強いが、学内には吉田氏を支持する勢力が強固にある」。現に、解任騒動前後には学内関係者と思われる人物が、前院長による新型コロナウイルス患者受け入れの杜撰さを批判する内部情報をインターネット上で公表する等、泥仕合の様相を呈した。自らを中立派と語る同医大関係者が解説する。「吉田氏を支持するのは、権力者にありがちな取り巻きだけでなく、その政治力を評価している医師も多い」。その力は吉田氏のこれまでの歩みの中で拡大してきた。吉田氏は2007年の学長選で、現職だった前学長に勝利している。1973年に設置された旭川医大は、当初から北海道大学医学部の“植民地”で、5代目の学長までは北大出身者だった。旭川医大1期生である吉田氏は、2003年の学長選に51歳の若さで出馬したが、大阪大学医学部出身の教授に敗れてしまう。2007年はリベンジを賭けた再出馬だった。「学内には吉田氏を支持する生え抜きが多い」(前出の中堅医師)。吉田氏は多くの診療科の中でも傍流とも言うべき眼科の出身だが、寧ろそれがプラスに働いた。同氏は大学卒業後直ぐにハーバード大学に留学して、遠隔診療について学んだ。北海道、中でも広大な道北、道東の医療を担う旭川医大にとっては、離島や過疎地等に向けた遠隔医療のニーズが高い。そして、眼科は他科と比較して触診やエックス線等に依存せず、画像を通じた遠隔診療に適している。吉田氏が教授になった1990年代には通信・画像伝送技術が飛躍的に進歩したこともあり、旭川医大の遠隔診療は国も注目する“売り”になっていく。結果、予算もつき、1999年には眼科だけでなく全科に拡大した遠隔診療センターを立ち上げて、吉田氏がトップに就任。2009年には国の遠隔医療モデル事業の認定を受けた他、吉田氏は総務省の専門家会議の委員等も務めてきた。前出の同医大関係者は「政治家との関係も披瀝していた」と語る。「安倍晋三(前首相)や橋本聖子等との関係が自慢の種で、それを後ろ盾に使っていた節がある」。

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【火曜特集】(289) 朝鮮総聯で進む“組織退潮”…会員数の減少で学校運営が苦境に

20210330 01
『在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)』の閉塞感が強まっている。昨年9月、許宗萬議長に次ぐナンバー2の第一副議長に朴久好氏が昇格し、実質的な後継者となった。以前まで後継者とみられていた人物から交代した格好だが、単純な“抜擢”とも異なる。朴氏はそれまで組織局長という肩書きをもっており、これは文字通り、組織を維持することを担うポストだ。しかし、2016年に公安調査庁が公表した7万人という会員数が更に減り、「5万人を切る見込み」(全国紙記者)。責任を問われるべき朴氏の今回の昇格は、「他になり手がいなかった」(同)という消極的な人事だった可能性が高い。会員減少で組織活動にも支障が出ている。深刻なのは各地の学校運営だ。各都道府県に設置された学校法人にぶら下がる形で、小中高校にあたる学校が全国に60校近くあるが、「賃金の問題等で教師が不足してベテランがおらず、少数の若い女性で授業をする学校が増加している」(同)。新型コロナウイルスの影響により、本国との往来もままならず、ナンバー2のお目見えもできないまま、組織の退潮が止まらない。


キャプチャ  2021年3月号掲載

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【地方大学のリアル】(14) 創価大学(東京都)――創価学会“戦略機関”の正体



20210226 10
新春を彩る国民的スポーツイベントとなった『箱根駅伝』。年毎に大学がブランド向上に鎬を削る舞台へと変質しているが、今年、その場を最大限に活用してみせたのが、往路優勝且つ総合2位と大躍進した創価大学である。『創価学会』が大学まで持っていたのかと驚いた人も少なくなかった程の知名度の大学だが、信者の減少等陰りが濃くなる学会の中で、生き残りを担う戦略機関と言える。その意味で、箱根駅伝の往路優勝は大学以上に学会にとって大きな意味を持っていた。「やっぱり先生は強い星を持っていらっしゃる」。5区の三上雄太選手が芦ノ湖のゴールにトップで飛び込むと、東京都八王子市にある創価大学キャンパスでは、期せずしてこんな言葉が上がったという。往路の開催された1月2日は池田大作名誉会長の93歳の誕生日だったからだ。創価大学が翌日の総合優勝ではなく、往路に全力を上げた隠れた理由である。池田名誉会長は、学会では牧口常三郎初代会長と戸田城聖第二代会長に続く第三代会長だが、創価大学は1971年に自ら創立した「先生の子供のような存在」(学会関係者)。駅伝往路優勝を伝える『聖教新聞』の1面には、池田会長が歓喜の言葉と共に「ありがとう」とメッセージを寄せた。多くの人にとって、創価大学は謎に満ちた学校だ。最も大きな疑問は、「創価学会員でなければ入学できないのか?」という点だ。当たり前の話だが、文部科学省が設置認可を出した以上、特定宗教を入学の条件にはできない。誰でも自由に入学はできるが、現実は推定で90%が学会員の子弟である。

最近は一般の高校からの入学者も増えているが、創価高校や関西創価高校の係属2校からの入学者が多数を占める。今年の駅伝の10人の走者で学会員は3人のみで、残りは駅伝有力校や鳥取県立米子東高校等地方の名門進学校出身。実は、創価大学は学生多様化の時代を迎えているのであり、駅伝の躍進はその象徴といえる。創価大学のもうひとつの謎は、教育の実態が殆ど外に紹介されていない点だ。法学部、経済学部、経営学部等の文科系だけでなく、理工学部、看護学部等理・医薬系学部もあり、通信教育部を含めれば9学部という総合大学。ただ、学生数(※大学院含む)は約7400人と中堅規模で、87万㎡という広大なキャンパスから考えればアメリカの大学のような雰囲気を持つ。創価大学で知名度が最も高いのは法学部と法科大学院だろう。2019年の司法試験(※2020年は延期)でも法科大学院から16人が合格、東北大学、九州大学等旧帝大にほぼ並ぶ合格者数だった。創立からの累積合格者数は375人に上り、法曹界で一定の存在感を持ち始めている。この法曹界への人材輩出こそ、創価大学創立の目的の一端を示している。即ち、戦前には特高警察等からの弾圧も経験した学会が法律を武器に自らを守る為であり、更に学会員の法律家を公明党の政治家の母集団にしようという戦略である。創価大学出身の弁護士である佐々木さやか、安江伸夫両参議院議員はその典型である。公明党はこれまで、元検事の神崎武法元代表や弁護士の山口那津男現代表ら年配幹部が東京大学法学部卒だったが、これから創価大学卒の法律家が党の要職を占める時代に変わっていく。もうひとつ、創価大学出身が増えつつあるのはメディアだ。『朝日新聞』・『日本経済新聞』・『毎日新聞』等全国紙や『西日本新聞』等有力地方紙の記者には、創価大学出身者がじわじわと増えている。メディアに人材を送り込むことで、報道への影響力を強めようという狙いだ。その原動力となっているのが、『聖教新聞』や『公明新聞』の印刷委託。部数減、広告減で経営が悪化する全国紙や地方紙にとって、印刷所の稼働率を高められる聖教新聞等の“賃刷り”は抵抗できない甘い蜜。学会は見返りに、創価大学卒業生の採用を各新聞に強く働きかけているという構図だ。

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【地方大学のリアル】(13) 京都大学(京都府)――文部科学省“服従路線”で死ぬ学風



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余りにも寂しい最後だった。昨年9月30日、京都大学総長だった山極壽一氏(※右画像)が、6年間の任期を終えて退任した。新型コロナウイルス感染防止を理由として記者会見は行なわなかったが、新総長の湊長博氏は就任会見を実施しており、整合性が取れない。山極氏は大学のホームページに所感を掲載しただけで、ひっそりとトップの座を降りたのだ。振り返れば2014年、山極氏は多くの期待を集めて総長に就任した。ゴリラ研究の第一人者として有名だった山極氏を総長に祀り上げたのは、学内の“世論”だった。そして今、京都市左京区に位置するキャンパスには失望感だけが漂っている。“京大らしさ”とは何か。昔から学生らの間で使われる“イカキョウ”という言葉がある。“如何にも京大生”の略語で、見た目も含めてステレオタイプなガリ勉タイプの学生を揶揄する際に使われる。そして、一部の学生は“京大生らしい”と思われたくないと、高校時代には無縁だった最新ファッションに身を包むようになる。毎年3月の卒業式では、一部の卒業生が奇抜な仮装をして式場の最前列に陣取る。関西の民放ニュース等でこれが放送されるのだが、これを見て京都人は皮肉も込め「京大らしい」と評する。嘗て吉田キャンパス周辺に犇めくようにあったタテカン(※立て看板)は、京大の自由の象徴か。はたまた、退寮期限が過ぎても学生が居座り、今もなお抵抗を続けている築107年の吉田寮は京大の学問の拠点なのだろうか。これら個別の事象は、京大という有機体を構成する要素に過ぎない。敢えて言えば、これらを内包し、許容する空気が京大らしさなのだろう。一言で表現すると“自由”という簡素な単語になるが、それが今、脅かされている。

「京都大学では“自由の学風”の下で“研究を通して教育する”ことがモットーとされてきました」。昨年10月3日に行なわれた京大大学院の秋季入学式で、就任したばかりの湊総長が語った言葉だ。しかし、同総長こそ“らしさ”を台無しにする張本人だと京大関係者は批判する。「6年前の総長選で山極氏に敗れた湊氏が選ばれること自体が欺瞞だ。山極氏が期待に何ら応えなかった証し」。2014年の総長選では、前任者である工学部出身の松本紘氏への批判が噴出した。松本氏は安倍晋三政権の方針に従い、ガバナンス改革という名目で、総長の権限強化と教授会の弱体化を進めたのである。挙句の果てに松本氏が掟破りの再任を画策しているという噂や、総長選挙が廃止されるという報道が流れて反発が広がった。最終的に総長選は従来通りに実施されたが、その際に松本氏らの方針を継続する体制派とみられたのが湊氏だった。京大の総長選は、予備投票(※有権者数約5000人)で候補者を6人に絞り、その後、意向調査と呼ばれる投票(※有権者数約2000人)を経て決まる。予備投票の段階で1位は湊氏で、山極氏は200票程度離され2位だったが、意向調査では山極氏が41%得票し、湊氏は26%にとどまった。しかし、山極氏にはすんなり決まらず、「必要と認めるときは【中略】意向の再調査を行う」という規定に基づいて、両名による決選投票が実施された。「松本氏や選考会議メンバーは湊氏を総長に据えたかった」(同)ようだが、決選投票で結果は覆らず、山極氏が圧勝したのである。今回、昨年7月の総長選では、リベンジに燃える湊氏の意向調査での得票率は40%だった。前回の例を考えると決選投票が行なわれてもいいようにも見えるが、選考会議はあっさりと湊氏を次期総長に選任してしまった。「山極氏は総長になった後、文部科学省に目立った抵抗をする様子もなく、批判を浴びた松本路線の延長線上を走った」。こう話すのは、6年前に山極氏を推した理学研究科の教授だ。その象徴は、総長就任後の人事に現れている。山極氏は、決選投票で争った湊氏をあっさりと副学長に据えたのだ。学内融和を図ったといえば聞こえはいいが、“文科省寄り”とみられて決選投票で敗れた湊氏を副学長につけることを不安視する声はあった。

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【火曜特集】(258) 良い意味でも悪い意味でも“最後の秘境”…東京藝術大学で蔓延する“法律完全無視”の雇用実態

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「非常勤講師をしている芸大に無期雇用を申し入れたら、『雇用契約を結んでいないので受理できない』と言われた。他大学では認められているのに」――。こう嘆くのは、『東京藝術大学』音楽学部で長年非常勤講師をしている50代の男性。無期雇用を申し入れたが、2020年6月に拒否された。問題は芸大の杜撰な雇用体制だ。300人の非常勤講師と雇用契約を結ばず、業務委託の形を取り続けている。大学の具体的な指示で講師は指導しているので、偽装請負の疑いもある。更に、2013年の労働契約法改正で、5年以上勤務する非正規労働者は無期雇用権が得られたが、法律を無視して無期雇用を拒否している。国立大の非常勤講師は国から任用されていたが、2004年の国立大学法人化で各大学は雇用契約を結んだ。ところが、一部の大学は業務委託の状態で放置。違法性を指摘された『東京大学』や『東京工業大学』は、2018年度に雇用契約を結んでいる。芸大では2017年にも問題が表面化した。雇い止めされた非常勤講師が東京都労働委員会に救済を申し立てて和解が成立。その際に芸大は業務委託の違法性の指摘に反論しなかった。にも拘わらず改善しないことから、首都圏大学非常勤講師組合は2020年10月、冒頭の講師ら3人の救済を神奈川県労働委員会に申し立てた。一方の芸大は同月、2021年度から「雇用契約か業務委託かを選べる」と講師たちに通知。これも不当な対応だ。しかも、長年勤務する講師の授業を2020年度中に削減し、雇い止めする可能性すらある。非常勤講師組合の志田昇委員長は憤りを隠さない。「芸大は大学の“最後の秘境”等と持ち上げられることもありますが、人権を無視するという意味では、確かに“秘境”なのかもしれないですね」。


キャプチャ  2021年1月号掲載

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【大学を牛耳る悪党たち】(07) 大学は企業の下請けじゃない! 研究者を搾取する“産学連携”のリアル

大学で生み出された研究成果を活用する方法として、大学と民間企業が共同研究・開発を行なう“産学連携”。しかし、その関係の実態は決して“ウィンウィン”とは言い難い――。 (成城大学教授・弁護士 山田剛志)



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今年3月、『搾取される研究者たち 産学共同研究の失敗学』(光文社新書)を上梓した。本書は、旧知の研究者から依頼を受け、実際に解決した3つの事件を具体的に取り上げ、産学共同研究を巡る大学の現場での問題点を指摘したものである。本稿では、本書の概略を紹介しながら、産学共同研究の問題点を説明するが、その根拠は実際に著者が体験した事件である。勿論、私は全ての事例を経験したわけではないが、本書の事例は、概ね典型的な、又はそれに近いケースであると思われる。以下、本書で取り上げた産学共同研究の失敗学を見ていこう。最初に紹介する事例は、特許を巡る研究者と共同研究先の企業間のトラブルである。本件は、私の旧知の研究者から受けた相談だが、大学の研究者のみならず、多くのサラリーマンも恐怖を感じる案件だった。相談者は、若手研究者であるA専任講師、相手方は中小企業の代表者であるCだ。C代表はあちこちの大学と共同研究を行なっていたが、あまり有望な成果はなかった。しかし、本件でA講師が発明した材料は画期的なもので、大きな成果を産み、共同で特許出願もした。ところが、製品化まであと少しと思われた矢先、C代表は権利の売却を計画した。資金繰りに困っていたからである。そこでC代表は、A講師に特許出願を取り下げるように圧力を掛けた。しかしA講師は、その技術は未だ未完成であり、追加実験が必要な為、その申し出を拒否した。権利独占ができなくなることを恐れたのだ。そこでC代表は、A講師の勤務する大学等に「Aは発明者でもないのに特許を盗もうとしている」等と虚偽の怪文書を数回送りつける等し、A講師の立場を著しく毀損した。恐ろしい話である。

そこで、A講師は止むなく裁判所に“処分停止の仮処分”を提起して、怪文書の送付を止めさせようとした。C代表は、それまでの経験から、大学の研究者は無償で民間企業に役立つことをするのが“社会貢献”であると思い込んでおり、権利放棄をしないA講師は社会貢献を理解しない悪者であると決めつけ、怪文書を何回も送りつけたのだ。産学共同研究を推進する為、大学研究者は無償か、またそれに近い形で協力させられているのが実態である。だから、本書のようなトラブルが起きるのだ。果たしてA講師と弁護士が、どのように、この難局を乗り切ったかについては本著で詳述している。本書の第2章で取り上げた事例は、地方公立大が舞台の共同研究であり、形式も、契約も、典型的な事例だ。共同研究先の企業から、共同研究の一環として試作品の作成を指示され、その期限に間に合わなくなった甲教授と、その研究室間との話である。相手方は乙会社、担当者は丙である。乙会社は、大学との間で研究費2年間200万円の契約を締結した。契約書には、当事者として大学学長と乙会社代表取締役であり、研究担当者として甲教授の名前がある。ここで問題となるのは、契約書の中に具体的に債権債務が記載されていないことだ。つまり、甲教授とその研究室の大学院生らは、どのような義務を負うか、会社からの連絡がないとわからない。逆に言えば、一方的に連絡が来た事項を請け負わないと、契約を解除されてしまうということだ。乙会社が大学に支払ったのは2年で200万円だが、その内の20%を大学から事務経費で吸い上げられ、製作に必要な部品等は乙会社から購入しなければならない。結局、自由に使えるのは2割程度ということになる。そしてこれも、院生らの交通費に消える。本書では、乙会社の担当者である丙から、「来週までに甲研究室の技術を使った試作品を製作してくれ」という急な依頼が入ったことを紹介したが、当然、実例である。作業に当たる院生らは無給であり、更に彼らは授業料を支払っている。毎晩の徹夜でフラフラであり、自分の研究さえ手につかない。そのような状況にも拘わらず、納期に遅れている為、乙会社の担当者である丙が研究室に来て、直接院生らに指示を出すのだ。曰く、「○○さん、そんなに仕事が遅いようでは社会では通用しませんよ」。

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