【進む格差の固定化】(06) 探せばこんなにある給付型奨学金の活用術

20180709 03
今年度の入学者から本格的に導入された『日本学生支援機構』の給付型奨学金。給付額は、国公立大学の自宅生が月2万円で、自宅外生は月3万円、私立大学の場合は自宅生が月3万円、自宅外生が月4万円となっている。給付の対象になるのは、経済的に厳しい住民税非課税世帯で、1学年約2万人と限られており、各高校が設ける成績基準を満たす必要がある。受給のハードルは高い。だが、そこで諦めるのは早計だ。日本学生支援機構の他にも、給付型奨学金や条件を満たすことで返済を免除する奨学金を設けている団体が多くある。その1つが地方自治体だ。奨学金を活用して、地方が抱える課題の解決に取り組む動きが、数年前から広がり始めている。2012年度に創設した香川県等は先駆的存在と言える。月額2万~7.4万円を4年間無利子で貸与し、地元の企業や事業所に就職すれば一部の返済を免除する(※右表)。予定していた採用枠数を遥かに超える応募があったと聞く。給付や返済免除の条件は自治体によって様々だ。沖縄県は、県外の大学への進学者を対象にした給付型奨学金を設けた。文部科学省が指定するスーパーグローバル大学の入学者には、月額7万円以内の給付奨学金に加えて、30万円以内の入学支度金も支給する。日本学生支援機構のホームページには、自治体が設けている奨学金制度の情報が掲載されているので、是非目を通してほしい。最も門戸が開かれている給付型奨学金といえば、各大学が独自に設けているものだ。給付型奨学金を新設する大学が数年前から増えており、中でも入学前に奨学金の採用の可否が決まる“入学前予約型”が広がっている。

よく知られているのが、早稲田大学が2009年度に導入した、1都3県以外の地方の学生を対象とする『めざせ!都の西北奨学金』だ。立教大学や関西大学は、地方だけでなく地元圏の学生を対象にした制度を設けた。18歳人口が2018年以降は長期的な減少に向かう中、今後は学生募集の為に奨学金を充実させる大学が更に増えるとみられる。奨学金とは異なるが、低所得世帯から国公立大学に進学する場合は、授業料等の減免制度の利用を検討したい。成績と家庭の経済状況を基に審査されるが、新入生に対しては成績基準が比較的緩く、経済的側面を重視する傾向にある。国公立大学に合格したこと自体が一定の成績を修めた証しと見做されるのであろう。当然、予算の範囲内で行なわれるので採用される保証はないが、家計基準が該当するなら申請すべきだ。申請は半期(※前期・後期)毎に行なわれるが、成績不良となると次の半期の減免措置を受けられなくなることがあるので、学業に真面目に取り組む日々の姿勢が大切になる。私立大学にも、入試の成績優秀者に対して学費の全額や半額を免除する特待生制度があるので、志望する大学の制度について事前に調べておこう。自治体や大学だけでなく、民間団体が運営する奨学金も狙い目だ。日本学生支援機構の『奨学事業に関する実態調査(2013年度)』によると、公益法人や営利法人が運営する奨学金制度が828ある。しかも、公益法人の奨学金は59.7%が給付型であり、大学等学校独自(※79.7%)のものに次いで高い割合となっている。民間奨学金には年間100万円近く給付される等魅力的なものがあるが、対象大学が指定されていることが多い。大学のホームページで民間奨学金の募集の有無も調べてほしい。大学を指定しない民間奨学金の一例として、工学系の女子学生を支援する『トヨタ女性技術者育成基金』を紹介したい。同基金は単に奨学金を給付する形ではなく、年間60万円を最長6年間実質無利息で貸与し、卒業後にトヨタグループの基金参加企業に入社すれば返済が全額免除される。また、基金参加企業に不採用となり、グループ以外の製造業企業に就職しても、貸与総額の半額が免除される。女性の活躍が求められるこれからの時代に即した奨学金制度と言える。最後に視点を変えて、安く進学する方法についても考えてみたい。昼間部の半額程度の学費で学べる夜間部を持つ大学がある。国公立なら年間授業料が27万円程、私立でも文系ならば50万円程度で学べる。複数学部に夜間部を持つ東洋大学では、夜間部への出願者が急増しているという。「夜間部の受験生が増加した背景には、経済格差の問題が垣間見える」(同大入試部の加藤建二部長)。東洋大学は夜間部生を対象に『独立自活支援推薦入試』という奨学金制度を設け、注目を集めている。この制度では、授業料の半額相当の奨学金が4年間給付される上、希望者は2食付き月額6万円程の提携学生寮に入居することができる。そして最大の特徴は、卒業までの4年間、大学事務局での運営業務補助として職員と共に働く場が提供される点にある。週5日のフルタイム型の場合は年収180万円程度で、パートタイム型を選ぶこともできる。奨学金を巡る国、自治体、大学等の動きが活発になっている。様々な情報を親子で共有し、進学を実現する方法を見つけてほしい。 (奨学金アドバイザー 久米忠史)


キャプチャ  2018年4月14日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 教育問題
ジャンル : 政治・経済

警察OBの受け皿なのに…窮地の日本大学で役立たずだった“危機管理学部”

20180703 05
火に油を注いだだけに終わった日本大学アメリカンフットボール部の釈明会見。記者に喧嘩を売った司会者が『共同通信』の元論説委員長だったという“おまけ”までついて、騒動に終わりが見えない。そんな中、日大内部から「役立たず」(同大職員)と陰口を叩かれているのが、2016年に新設されたばかりの危機管理学部だ。鳴り物入りで設置されたものの、今回の騒動では機能しなかった。抑々、この学部自体が「警察OBの天下りを受け入れることを目的に作られたもの」(同)という噂が絶えない。日大が新学部設置を申請していた2015年当時、インターネット上には田中英壽理事長と『六代目山口組』司忍組長とのツーショット写真(※左画像)が出回り、国会の審議でも取り上げられた。この為、警察OBを受け入れて懐柔しようとしたという訳だ。現に同学部には、警察庁キャリアOBの金山泰介・茂田忠良両氏が教授にいる他、法務・防衛・国土交通省等幅広く霞が関官僚を受け入れている。


キャプチャ  2018年6月号掲載

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【進む格差の固定化】(05) 給付型奨学金の拡充で未婚・少子化へ歯止めを





20180702 02
『日本学生支援機構』の給付型奨学金制度が、今月から本格的に始動した。同機構の奨学金は、これまで貸与型しかなく、実質は教育ローンだった。その為、卒業後は数百万円に上る多額の返済に苦しむ利用者が少なくない。給付型の導入は、この問題を改善していく重要な一歩である。しかし、まだまだ課題は多い。対象となるのは住民税非課税世帯の進学者で、給付規模は約2万人。住民税非課税世帯からの進学者(※1学年約6万人)の3分の1に過ぎない。2016年度における貸与型利用者の総数約132万人(※無利子約48万人、有利子約84万人)と比べると、ごく少数だ。今や大学生の2人に1人が奨学金を利用しており(※右図)、多くの世帯で教育費の負担が困難になっていることを見逃してはならない。ごく一部の貧困層のみを救うという視点だけでは、奨学金問題の根本的な解決にはならない。しかも、給付額は月2万~4万円だ。私立大学の年間の平均授業料である約88万円(※2016年度)はおろか、国立大学の約54万円すら賄うことができない。学費の負担軽減や学生生活へのサポートの為に十分な水準とは言えないだろう。日本の奨学金に占める給付型の比率は1割にも満たず、『経済協力開発機構(OECD)』諸国の中で最低となっている。重要なのは、今回の導入をきっかけにして、給付型の対象人数の増加や給付額の増額を進めていくこと、そして早急に貸与型中心から給付型中心の制度へと移行することだ。貸与型がこれまで一定の役割を果たすことができたのには理由がある。新規大卒者の多くが正規労働者として就職し、入社した後も雇用の安定と年功制によって賃金が順調に上昇していく日本型雇用システムが上手く機能していた時代があったことだ。“一定レベルの大学を卒業すれば安定した仕事に就くことができる”という関係があった。

20180702 03
だからこそ、多額の奨学金を借りても、卒業後にそれを返済することができた。貸与型奨学金は、将来の可能性を切り開く一翼を担っていたのである。ところが、現在では日本型雇用システムが崩れ、大学を卒業しても無職になったり、非正規労働者になったりする人々が増えただけでなく、正規雇用とはいえボーナスが無い、年齢を重ねても賃金が上がらない“周辺的正規労働者”も増えてきた。雇用の劣化が進んだ結果、低収入に苦しむ若年層が多くなったのだ。それは奨学金の返済者の属性からも窺える。延滞者と予定通りに返済している無延滞者の2007年度・2011年度・2015年度における年収別分類(※左図)を見てみると、2007年度から2011年度にかけては延滞者の年収構成にそれほど変化が無いのに対し、無延滞者においては年収300万円未満の比率が7割弱に急上昇した。2015年度は2011年度よりも減っているが、それでも5割を超える。貸与型の利用者にとって、奨学金は卒業後の人生にも大きな影響を及ぼす巨額の借金として、重くのしかかっている。奨学金を返済している人々の間で急速に広がっているのが、“結婚できない”・“出産できない”・“子育てできない”問題である。労働市場の劣化に加えて、奨学金という名の多額の借金を抱えていれば、結婚・出産・子育ては何れも容易ではない。多額の奨学金返済は未婚化と少子化を助長し、子育てを困難にする。『労働者福祉中央協議会(中央労福協)』は2015年、奨学金制度を利用する34歳以下の男女を対象として、奨学金の返済による生活設計への影響についてアンケート調査を行なった。「奨学金の返済が結婚に影響している」と回答した人が31.6%、「出産に影響している」と回答した人が21.0%、「子育てに影響している」と回答した人が23.9%と、かなりの比率に達している。

続きを読む

テーマ : 教育問題
ジャンル : 政治・経済

【進む格差の固定化】(04) 幼児教育の無償化より待機児童の解消が優先だ





20180625 03
来年4月から一部で先行実施され、翌2020年から全面的に始まるのが幼児教育・保育の無償化だ。0~2歳は世帯年収250万円未満の住民税非課税世帯に当面限られるが、3~5歳は世帯所得に関係なく、認可保育所・認定こども園・幼稚園の費用が無償化される。認可外保育所については、有識者会議を経て今夏までに結論が出る予定だ。幼児教育の無償化はイギリスやフランスで既に実施されている。イギリスでは3~4歳は無償で、5歳以上は義務教育になっている。フランスでは3~5歳児を対象とした幼稚園は99%が公立で、費用がかからない。日本政府が無償化に動いた理由の1つには、幼児教育の重要性への認識がある。ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授の研究によれば、将来の年収、学力の向上、生活保護受給率の低下等に最も投資効果が高いのが幼児教育だという。但し、日本の未就学児の状況を見ると、保育園と幼稚園を合わせた就園率は3歳で約9割、4歳以上では95%を超える(※右図)。3~5歳児の9割以上が既に何らかの幼児教育を受けており、無償化による新たな需要喚起や教育効果は期待し難い。寧ろ、幅広い層が恩恵を受けられる経済支援策という意味合いが強い。現在の子育て世帯の厳しい経済状況を見れば、無償化の恩恵は大きい。未就学児を持つ親の大半は、バブル崩壊後の就職氷河期世代である。上の世代と比べて非正規雇用者が増え、正規雇用者でも賃金カーブが低下している。

総務省の労働力調査によると、男性の25~34歳時点の雇用者に占める非正規雇用の割合は、1961~1970年生まれでは2.9%だが、1971~1980年生まれでは12.9%、1981~1990年生まれでは16.6%と大きく上昇している。また、正規雇用者の賃金カーブを見ると、ここ10年でピーク時の年収は変わらないものの、30~40代の子育て期に年収が伸び難くなっている。教育無償化は、子育て世帯全体の経済負担を軽減することで、特に低所得世帯における世代間の格差是正へ果たす役割が大きい。一方で、所得に関係なく無償化することで、世代内の経済格差、延いては教育格差を広げてしまう可能性がある。前述したように、未就学児を持つ親の大半は就職氷河期世代だ。正規雇用者と非正規雇用者で年収差があり、その差は年齢と共に拡大する。特に男性で顕著であり、非正規では年齢を重ねても年収300万円を超え難いが、正規では40代後半にもなると平均年収は600万円を超える(※厚生労働省の賃金構造基本統計調査より)。更に、共働きが増える中で、夫婦世帯間の経済格差という問題もある。夫婦の年収は比例関係にあり、低所得者同士、或いは高所得者同士で夫婦になり易い。年収700万円以上の妻では、6割以上が夫も年収700万円以上だ(※前出の総務省の労働力調査より)。 夫婦共に年収700万円を超えるパワーカップルは、2017年では全国に26万世帯ある。共働き世帯の約2%を占め、近年じわりと増加傾向にある。嘗ては経済学の“ダグラス・有沢の法則”で言われるように、夫が高収入なほど妻の就業率は下がる傾向が強かった。しかし近年は、夫が年収700万円以上の高収入世帯で、妻の就業率は上昇傾向にある。家計に占める教育費の負担割合は低所得世帯ほど大きく、世帯年収200万円以上400万円未満の世帯では、世帯年収の35.1%を学校教育費+家庭教育費が占める(※『日本政策金融公庫』の教育費負担実態調査より)。年収800万円以上の世帯では12.7%であり、低所得世帯の3分の1程度の負担感だ。加えて、文部科学省による子どもの学習費調査によると、幼稚園児のいる世帯の学校外活動費は世帯年収に比例して増加しており(※左下図)、現状でも経済格差が教育格差に繋がる状況にある。高所得世帯が無償化で浮いた費用を教育費に充てると、低所得世帯との格差は縮まらない。場合によっては更に広がる可能性もある。また現在、保育料には世帯年収に応じた減免措置がある。認可保育所や認定こども園、2015年4月に施行された子ども・子育て支援新制度に移行した幼稚園の保育料は、世帯年収に応じて決定され、生活保護世带や住民税非課税世帯は減免される。新制度へ移行していない幼稚園の利用者に対しても、世帯年収に応じて幼稚園就園奨励費が支払われる。

続きを読む

テーマ : 教育問題
ジャンル : 政治・経済

“私学の雄”早稲田大学に迫る将来不安の影――18歳人口の減少に対する危機感、軋みつつある経営の屋台骨





20180525 15
“Waseda Endowment”――。慶應義塾大学と双璧を成す“私学の雄”早稲田大学が、今年1月に設定した資産運用の為の新型基金の名称だ。日本国債を始めとした国内公社債や預貯金等、元本保証型の商品にやや偏ったこれまでの資産ポートフォリオを見直し、積極的、且つより長期的視点に立った投資へと舵を切る。基金に振り向けるのは使途非限定の寄付金や過去に積み上げた運用益で、1150億円(※簿価ベース、2017年3月末)に上る総運用資産の約1割(※1億ドル分)相当。新興国を含むグローバル株式・債券、REIT(※不動産投資信託)、コモディティー(※商品先物取引)の他、未公開株、社会インフラ、ヘッジファンド等に投資するオルタナティブも排除しない。運用は海外の資産運用会社等に委託し、4~5年かけて段階的に拡大。リスクを取って「ミドルハイリターンを狙っていく」(大学関係者)考えだ。日本の大学の資産運用方針は、私立・国立を問わずローリスクを旨としているところが大半だ。特定非営利活動法人『21世紀大学経営協会』が実施したアンケート調査を基に、『大和証券』が2016年5月に纏めたレポート『私立大学法人の資産運用の現状』によると、回答のあった116法人中の2割超が国債等比較的安全性の高い公共債すら全く保有しておらず、預貯金のみの運用に頼り切っていたという。リスク性のある金融商品に投資して、万一、多額の損失を出すようなことになれば、「学校経営の永続性に支障をきたし、下手をすると在学生にまで奇禍が及びかねない」(関西圏私大関係者)との恐怖心からだろう。

背景には「駒澤大学事件のトラウマもある」(事情通)と言われている。駒澤大学が金利スワップや通貨スワップ等のデリバティブ取引に手を染め、リーマンショック後の2009年3月期に154億円の損失計上を迫られた事件。最終的には当時の理事長が解任されるといった事態にまで発展した。この為、「只でさえ慎重な各大学の資産運用姿勢が更に萎縮してしまった」(大手証券筋)という訳だ。だが、これではパフォーマンスなど上がる筈もない。ハーバード大学を始めとしたアメリカの有名私大が、単独で1兆円超の資産運用基金を持ち、時に年20%近い投資収益を稼ぎ出しているのとは対照的に、日本の私大は5割近くが投資収益1%以下(※一般企業の売上高に当たる“事業活動収入”に占める受取利息・配当収入の比率)。専門性の高い外部の資産運用会社に委託することもなく、中長期的な運用目標も定めないまま、殆どが「『毎期ほぼ安定的に利息・配当収入が得られればいい』といったスタンスで、半ば漫然と自主運用を続けている」(関東圏私大関係者)とされている。こうした中、早稲田は私大関係者らの間で「ある程度のミドルリスクは許容する大学」(前出の事情通)として知られてきた。実際、2017年3月末時点における運用資産のポートフォリオをみても、現預金は420億円(※2016年3月末348億円)で全体の36.5%。過去5年間を遡ってみても4割を超えたことは一度もなく、残りは大半が有価証券運用だ。残高は642億円(※同669億円)と6割近くに達している。この内、元本割れリスクの少ない国公社債等の債券は358億円(※同370億円)。有価証券全体の過半を占めてはいるが、残る154億円(※同114億円)は相対的に元本割れリスクの高い投資信託に振り向け、22億円(※同22億円)は直接、株式にまで注ぎ込んでいる。しかも大学側は、「先進国の政府系機関、公的機関、国際機関等が発行体で、信用リスクは殆ど無く、一定の為替水準であれば円貨100%で早期繰り上げ償還される商品設計の為、元本毀損リスクは極めて低い」としているものの、97億円(※同153億円)は仕組み債を中心とした複合金融商品への投資だ。「信託受益権や不動産流動化関連商品等も一部含まれている」(金融関係者)とみられている。一連の運用資産が生み出した受取利息・配当収入は、2017年3月期で23億円超(※前期約19億円)。事業活動収入1013億円の2.3%強を占め、慶應義塾の1.9%を上回った。投資信託と株式では若干の含み損を抱えているとはいえ、仕組み債の含み益が大きく膨らんだことで、有価証券全体の評価損益も同3月末で254億円のプラスを確保。前期末から22億円拡大した。そんな早稲田が何故今、更なるリスクを取って積極運用に傾斜するのか? 理由の1つは、やはり長引く超低金利等国内運用環境の急速な悪化だ。2016年2月には『日本銀行』によるマイナス金利政策も発動。定期預金金利は無論のこと、有価証券運用の中心に据えてきたとされる日本国債の10年物利回りもゼロ近辺に張り付く。

続きを読む

テーマ : 教育問題
ジャンル : ニュース

【右派×左派で読み解く日本経済】(15) 左翼大学今昔物語…公安警察が今も注視する極左拠点5大学

20180409 02
「早稲田・法政で行なわれてきたことが、10年遅れでいよいよ京大に来た」――。一部の京都大生の間でそう噂されている現象が、大学当局による極左暴力集団(※過激派)所属学生への圧力強化である。早稲田大学では革マル派学生、法政大学では中核派学生への大学当局による圧力が、1990年代後半から2000年代半ばにかけて一気に強まった。革マル派の資金源になっていた学園祭の中止、相次ぐ退学処分等だ。京大において、過激派とは主に中核派を指す。京大OBらによると、1980年代半ばから、学生寮の1つである熊野寮の一室に中核派のスペースが公然と存在し、京都府警等が毎年のように家宅捜索に踏み込んでいる。中核派は寮生約400人のごく一部とみられるが、「中核派ではなかったが、社会人になって公安に『君、熊野寮にいたよね?』と言われた」(元寮生)とのエピソードもあり、京都府警は徹底マークしている模様だ。その中核派に対し、大学当局の風当たりが厳しい。今年7月、無期停学処分中に大学敷地内に立ち入った等として、中核派学生ら4人を退学処分に。10月には、これら退学者を含む中核派メンバーら12人を名指しして、「敷地内立ち入り禁止。入った場合は即警察に通報」と掲示板で通告した。「大学自治等、政治活動全般に圧力が強まっており、割を食いつつある」と語るのは、過激派に属さないが政治活動に関心があるノンセクト層の京大生だ。「中核派は逮捕上等の“炎上商法”だから、寧ろ喜んでいる節がある。結局、生き残るのは組織力がある中核派だけではないか」。1960~1970年代、過激派に一般学生が多数加わった全共闘という形で、全国の大学で紛争が起こった。安田講堂を封鎖した東大紛争、時計台を封鎖した京大紛争、学生会館を占拠した早大紛争、機動隊員が殉職した日大紛争等が特に有名だ。警察庁発表によると、1969年7月時点で紛争中の大学は全国112校にも上った。

だが、キャンパスに機動隊が相次いで入って制圧。更に、連合赤軍等で発覚した相次ぐ内ゲバ(※内部抗争)に対し、一般学生の足は学生運動から遠退き、過激派への支持も萎んでいく。そして近年、学生運動は最早風前の灯だ。全国のキャンパスから政治的な立て看板は消え、ビラの掲示やビラ撒きも殆ど見掛けなくなった。授業の前にヘルメットを被った活動家学生が教室に乱入し、学生に向かってアジる(※演説する)光景は、21世紀には先ず存在せず、残った過激派メンバーも高齢化している。それでも、極左勢力が一定の活動を維持し、公安当局が注視している大学は未だ存在する。東北・福島・早稲田・國學院・京都の5大学がそれだ。ある大学の関係者は、「非常に対応に苦慮している。これから受験シーズンなので、名前出しは勘弁してほしい」と本誌記者に懇願してきた。5大学以外でも、少なくとも法政・富山・広島・沖縄の4大学は、中核派が「組織的に活動している拠点大学である」と表明しており、公安当局も関心を寄せている模様だ。“絶滅危惧種”となった学生運動と新左翼運動。その衰退要因の1つに挙げられるのが内ゲバだ。仲間内、或いは党派間の殺傷事件にまで発展してしまい、掲げる左翼思想には共鳴する人も、過激派に対して“引いてしまった”というのが実情だ。1972年の連合赤軍による『あさま山荘事件』後に発覚した同志2人死亡の内ゲバ(※山岳ベース事件)、1960~1990年代に続いた中核派と革マル派間の血で血を洗う内ゲバが特に有名だ。電車内等公共空間での事件、一般人を巻き添えにした“誤爆”も少なくなく、その時代を生きた人々に今でも強烈なインパクトを残している。過激派自身は、内ゲバをどのように捉えているのか? 本誌の取材に応じた『全日本学生自治会総連合(中核派全学連)』委員長の斎藤郁真氏(29)は、「内ゲバというのは権力(側)が作った言葉で、私たちにとってはあくまで革マル派との“戦争”です。大人しく殺されればよかったんですか?」との見解を示す。学生自身の変化を衰退の要因とみる声もある。「1960年代は不満の捌け口としての闘争。今の学生は不満があまり無い」「授業料が上がり、カリキュラムもきつくなり、余裕が無くなった」。いずれも現役学生自身の推察だ。学生自身が何と闘えばいいのかわからなくなった――。そんな根本的な迷走も、大学紛争が下火になった要因なのかもしれない。


キャプチャ  2017年11月18日号掲載

テーマ : 右翼・左翼
ジャンル : 政治・経済

【右派×左派で読み解く日本経済】(14) 国士舘に宿る右派人脈の秘密

今月、創立100周年を迎えた国士舘大学。1世紀前、日本の“国士”を育てるべく学校を創立した20代の右翼青年がいた。その人物から今に続く日本の右派人脈の系譜を読み解きたい。

20180402 02
「学園紛争が恰も流行のように全国に蔓延した時、国士舘大学が毅然として学業に励むことができましたことは、偏に先生の不断の教育の成果であったと高く評価申し上げておりました」(岸信介)、「先生は憂国の志士という言葉に誠に相応しい最後の明治の志士でありました」(福田赳夫)――。1973年、世田谷の国士舘大学で盛大な大学葬が執り行なわれ、岸や福田ら歴代首相の弔辞が読み上げられた。時の権力者に高く評価され、“先生”・“憂国の志士”と言わしめた男こそ、その年の1月に没した国士舘創立者の柴田徳次郎だ。柴田は福岡県に生まれ、10代で上京。牛乳配達等で生計を立てながら早稲田大学専門部政経科に通ったが、そこで出会ったのが同郷の右翼の巨魁、頭山満だった。当時の日本は西洋文明を積極的に受け入れ、急速に近代化を進めていた。頭山は西欧列強に対抗するアジア主義を唱え、軍部や政財界に大きな影響力を持つ人物として知られていた。そんな頭山に感化されたのか、柴田も近代化によって伝統的な文化や価値観が壊されることに憂いを抱いていたようだ。卒業後、日本の“革新”を図ろうと、“社会改良”と“青年指導”を目的とした政治結社『青年大民団』を結成する。顧問には頭山が就いた。その私塾として1917年に創設されたのが『国士舘』だ。国士舘の創立を踏まえ、青年大民団の機関紙に掲載された宣言文には、当時の日本文化のありようを「猿真似の文化である」と痛烈に批判し、「國家の柱石たるべき国士の養成を目指す」としている。

柴田のような20代の若者が私立大学の創立者となる例は、極めて珍しい。校舎の建設や教員の確保に多額の資金を要するからだ。柴田がそれを実現できたのは、頭山を始めとする各界の強力なバックアップがあったからに他ならない。国士舘を支援する為に1921年に発足した『国士舘維持委員会』には、超が付く政財界の大物たちが集まった。その筆頭が、『第一国立銀行』等数多くの企業創設に関わった渋沢栄一だ。その渋沢邸で撮影された写真には、野田卯太郎や徳富猪一郎らの姿もある。いずれも国士舘を草創期から支えた長老たちだ。彼ら支援者の顔触れから浮かぶ事実が2つある。1つは福岡県出身者の多さだ。そこに歴史の因果がある。同じ九州の薩摩藩(※鹿児島県)や肥前藩(※佐賀県)等明治維新の立役者となった雄藩の出身者が明治政府の要職に就く中、佐幕派と勤王派の対立に揺れた福岡藩は完全に明治維新の“バス”に乗り遅れていた。旧福岡藩士は政府打倒を掲げて西南戦争で挙兵する等したが、挫折。福岡発の反政府的な自由民権運動は軈て国家主義運動へと発展し、右傾化を強めていく。その中心にいたのが頭山であり、旧藩校である修猷館出身の中野正剛や緒方竹虎らだった。一方で、もう1つの事実もある。首相・安倍晋三の祖父である岸、財務大臣・麻生太郎の曽祖父である太吉ら、今の政権の中枢にいる人物の先祖たちが名を連ねていることだ。安倍も麻生も『日本会議国会議員懇談会』の特別顧問を務める。自民党の重鎮だった石井光次郎の長男は、『日本会議』顧問の公一郎だ。そこから窺えるのは、柴田や頭山を中心に形成された右派人脈が世代を超えて継承され、今も日本の保守勢力を牽引する姿だ。右派の人脈を繋ぐハブとしての役割を果たした、国士舘の知られざる歴史が見えてくる。その国士舘は今月4日、創立100周年を迎えた。世田谷の大学キャンパスで開かれた100年祭には、軽食の出店が並び、学生や地域住民らで賑わっていた。その光景はよくある学園祭と何ら変わらない。「嘗ては学ラン姿の応援団が闊歩し、右翼学生も多かった。校舎も全て建て替えられ、今、その面影は無い」。あるOBは語る。一方、100年祭のイベントでは東京裁判を検証するシンポジウムが開かれ、保守派の著名な論客が自虐史観の見直しや自主憲法制定の必要性を訴えていた。また国士舘には、『皇國史観研究會敷島倶楽部』なる大学公認の部活動もある。現在は部員6人が在籍し、靖国参拝や皇居での清掃活動等を続けているという。今の国士舘から、少なくとも表面上は“右”の影を感じることはない。だが、柴田の精神は、右派人脈の奥底に今も脈々と流れているのだろう。 《敬称略》


キャプチャ  2017年11月18日号掲載

テーマ : 右翼・左翼
ジャンル : 政治・経済

【右派×左派で読み解く日本経済】(13) 大解剖! 出自から読み解く東京“右派”6大学

20180326 02
「右派大学の双璧」――。大学関係者への取材を進めると、必ず名前が挙がる2つの私立大学がある。拓殖大学と国士舘大学だ。拓殖大学の創立者は、明治から大正時代にかけて3度総理大臣を務めた桂太郎。その桂が、『台湾協会』会頭として創立した台湾協会学校が拓殖大学の前身だ。その拓殖大学が右派色が強いとされる所以は、かなりあくの強い歴代総長や教員らの顔触れにある。嘗て、総長には元首相の中曽根康弘や『日本会議』副会長の小田村四郎らが就き、現在は元防衛大臣の森本敏。教授には下條正男や呉善花ら、タカ派の論客が目立つ。一方、国家の柱石たるべき“国士”養成を建学の精神に掲げる国士舘大学。創立者の柴田徳次郎がトップだった1970年代までは、日章旗を掲げた軍隊式の行進等が行なわれたそうだが、その後に暴力事件が多発。以降は大学改革が進められ、女子学生も3割弱まで増えた。柔道や剣道等スポーツが盛んで、日本大学に次いで警察就職者が多いのが特徴だ。この2大学の体育会系は、「1970年代までは特に右翼色が強く、学生運動で左翼学生と激しく対立した」(大学関係者)とされる。その他では亜細亜大学。太平洋戦争開戦直前に設立された興亜専門学校が前身だ。その目的は、大東亜共栄圏建設に尽くす人材の育成。戦時中は在校生がアジア各地に動員され、大学構内には戦没同窓生を祭った神社もある。現在はアジアからの留学生を数多く受け入れ、“亜細亜融合に新機軸を打ち出す人材の育成”との理念を掲げる。一芸一能推薦入試を逸早く取り入れ、女優やタレントが入学したことで、華やかなイメージへの転換に成功した。大東文化大学のルーツは、漢学を中心とする東洋文化の振興を図る目的で、帝国議会の決議で創設された『大東文化協会』にある。謂わば“官製”大学としてスタートした出自もあってか、未だに“地味”なイメージが付き纏う。國學院大学は、皇典研究と神職養成を目的に設置された『皇典講究所』が母体。学習院大学は、幕末の京都御所に公家の教育機関として設置された学問所を起源とする。 《敬称略》


キャプチャ  2017年11月18日号掲載

テーマ : 右翼・左翼
ジャンル : 政治・経済

【震災7年・福島は問いかける】(06) 伝える為に学んでいく――和合亮一氏(高校教諭・詩人)

東日本大震災と『東京電力』福島第1原発事故を経験した福島の教育について、福島県立本宮高校の国語教論で詩人の和合亮一さん(49)に聞いた。

20180321 06
私が審査委員長を務める福島県教委の『ふくしまを十七字で奏でよう絆ふれあい支援事業』の応募作に、いわき市の姉弟の作品があった。「海の音 聞こえる心に 変化あり」「海開き えがおがもどる うれしいな」。先ず、中学2年生の姉が詠み、小学4年生の弟が応じた句だ。東日本大震災後の福島では、海や波を言葉にし難い状況が続いた。それが段々変わり、波の音が聞こえるようになったと、姉は表現した。震災から時間が経過し、自分たちの心の変化に気付いている。弟は、普段暗い顔をしている人たちが、海開きでは笑顔になって嬉しいと詠んだ。子供たちは心の奥深くで震災を捉えていて、自分たちの置かれた状況もよくわかっている。そんな子供たちの気持ちに寄り添い、被災地であったことをしっかり授業で教えるのが、震災後の教育の原点ではないだろうか?

私は被災者へのインタビューを続け、様々な思いを抱えた人たちを記録してきた。それを授業で教えたいと思った。被災者から生まれた詩や俳句を国語の授業で使ったり、合唱曲にして歌ったりしてもいい。社会科なら被災した町を取り上げてもいい。教員がチームになってやれば、震災を学ぶ“教科書”ができる。子供たちが自分で考え、動くアクティブラーニングにも繋がり、そんな授業を子供たちも望んでいるのではないか? 子供たちには、福島の人間として誇りを持ち、「福島で頑張っている人たちの中に自分もいる」という思いでいてほしい。震災後、私が先のことを思い悩んでいた時に、福島の子供が書いた作文に出会った。「自分の今抱えている問題はあまりにも大きすぎる。自分が大人になっても、自分の子どもでも解決できないと思う。だったら、孫やひ孫にそれを伝えたい。そのために自分は今、一生懸命勉強したい」と綴ってあった。それを読んで、「やっぱり伝えることが大切なんだ」と教えられた。伝えるには、その分、勉強しないといけない。感覚も研ぎ澄まさないといけない。その過程で自分が学ぶこともいっぱいある。だから、伝えることができる子供たちに育っていってほしい。 =おわり

               ◇

伊藤史彦・小田倉陽平・五十嵐英樹が担当しました。


⦿読売新聞 2018年3月17日付掲載⦿

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

【震災7年・福島は問いかける】(05) 若手教員、古里に戻る

20180321 05
事故を起こした『東京電力』福島第1原発が立地し、町民全員が避難を続ける福島県双葉町。町の小学生ら26人は、同県いわき市にある町立双葉南・北小学校の仮設校舎に通う。そこに昨年4月、東京で5年の教員経験を積み、故郷の福島県に戻ってきた佐々木裕太教論(30)が赴任した。佐々木教諭は5年生の担任だが、受け持つのは渡部勇君(10)だけ。授業はマンツーマンが多い。「冬のイメージを書き出してみよう」。先月下旬、清少納言の枕草子を題材にした国語の授業で、佐々木教諭が渡部君に問いかけた。悩んだ末、渡部君は「雪」「寒さ」と答えた。佐々木教諭は想像のヒントにしてもらおうと、「凍った水たまりを踏むのも冬らしい」「東京に比べて福島は星が綺麗に見える」と、自分の体験を次々と語りかけた。双葉南・北小学校は少人数の為、他の児童の多様な意見に接する機会が限られる。佐々木教諭は、「自分が先生や友人等何役にもなって、子供に寄り添っていかないといけない」と話す。

原発事故後、福島県は多くの子供が県外に避難し、2012年度の公立小・中学校等の教員採用が見送られた。これを受け、東京都教委は復興支援の一環で、5年後に福島県に戻れる“福島枠”を設け、46人を教員に採用した。うち26人が昨年春、福島に戻った。佐々木教諭は郡山市出身。震災前、市内の小学校の非正規の講師だったが、「いつか福島の子供の為に働きたい」と受験し、江東区の小学校に勤めていた。今春、双葉南・北小学校は8人の新入生を迎える予定だ。佐々木教諭は、「子供の成長が目に見えてわかるので、やり甲斐がある」と手応えを感じている。福島に戻った教員の中には、児童に震災の記憶を伝えようとする教員もいる。福島市立御山小学校で5年生を担任する青山繁雄教諭(35)は、震災時、非正規の講師として南相馬市の小学校に勤務していた。今も大切にしているのは、震災後に給食が再開した時、南相馬市の児童が使った数十本の割り箸。2年生と一緒に食べたおにぎりと沢庵の味は忘れられない。割り箸は今の学校で、席替えの籤引き等に使い、折を見て当時の様子を話す。「今の小学生は震災当時は幼く、記憶が薄い子が多い。今後は震災を直接体験しない子供が入学してくる。だからこそ自分の体験を伝えていきたい」。青山教諭はそう思っている。


⦿読売新聞 2018年3月16日付掲載⦿

テーマ : 社会ニュース
ジャンル : ニュース

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

产品搜索
广告
搜索
RSS链接
链接