――NHKはインターネット配信事業を本格化させようとしています。「インターネットが私達の生活に欠かせない存在となった今、NHKもインターネットに進出するしか道はない。しかし、NHKが本当に必要だという理由付けをきちんと説明しない限りは、新事業について国民の理解を得るのは難しいだろう。NHKという組織は未だに内向きだと感じる。会長や経営委員の決め方、自民党との関係は不透明なままで、情報開示を求めたり、批判したりする人に対しては一貫して冷淡だ。視聴者の顔色は気にするけれど、政策的な話になると途端に自民党や官邸ばかりを見る。国民を説得してこなかったツケが回ってきているように思う」
――放送のスクランブルを求める声が一部で強まっていますが、何故受信料制度は理解が得られないのでしょうか?「受信料は一つひとつの番組に支払う対価ではなく、公共放送制度を維持する為のもの。そうした根本的な理解がないから、スクランブル化という議論に負けてしまう。これまで国民は受信料を惰性で払ってきた印象が強いが、受信料制度は本来、健康保険制度のようなもの。健康であっても診療や検査等が必要な時の為に、皆でお金を出して制度を支える。同じように、私達の社会には、民主主義の実現の為に、健全な情報を提供し続ける機関が必要だ。ただ、こうした公共放送制度の必要性と、NHKという組織の維持とは分けて考えるべきだろう」
――公共放送は必要だが、それを担うのがNHKでよいのか、と。「海外には、公共放送が1局ではなく、複数ある国も多い。公共放送は、本当はNHKだけでなくてもいい。しかし、日本ではNHKが巨大化し、身動きが取れない状態になってしまった。NHK、延いては公共放送が何故必要なのかという根本的な議論がないまま、話題に上るのは受信料の僅かな値下げや、組織のスリム化といった経営の話ばかり。これでは公共放送を維持しようという方向には向かわない」
――NHKだけが受信料で維持されていることに、民放や新聞社からの反発もあります。「民間は営業して広告を取っているが、NHKは自動的に受信料が入ってくる。にも拘わらず、民放と同じ手法で視聴率を上げようとする。一方で、民放や新聞社もインターネットに追い上げられて自分達の存立基盤を失いつつあり、社会全体で公共性を維持しようとは考え難い構造に陥っている。日本はNHKと民放の二元体制が戦後から続いてきた。民放は無料な為、情報にお金が必要だという意識が根付かなかった。受信料制度という案外難しい議論を、皆で共有していかなければならない。マスが弱まり、多様性の時代になった。Eテレでは障害者やLGBTQ等のマイノリティーを積極的にテーマに取り上げているが、報道番組はマイノリティーに対して冷たい。公共と名の付くメディアこそ、知られざる人を掘り起こし、踏み込んだ報道が求められている」 (聞き手/本誌 井艸恵美・野中大樹) =おわり
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“公共”という概念は掴みどころのないものです。民間でも国でもありません。この掴みどころの無さを、NHKは巧みに利用してきたような気がします。番組を見ようが見まいが受信料を払わなければならない理由について、NHKは「公共放送だから」と説明してきました。いや、それしか説明してきませんでした。敢えて曖昧さを残してきたのです。そして今、インターネットユーザーからも受信料を徴収しようと模索しています。公共は曖昧だから、インターネット空間にも入り込むことが可能なのです。若い世代から「スクランブル化しろ」という声が上がるのは道理でしょう。公共放送は何の為に、誰の為に存在するのか。立ち止まって考える時です。 (本誌編集部 野中大樹)
実家の母は『チコちゃんに叱られる!』のファンで、毎週見ています。ただ昨年、NHKが旧統一教会問題を積極的に放送しないことに腹を立て、暫く好きな番組を見ず、“チコちゃん断ち”もしたそうです。今は見ているのですが…。おかしな理屈だと思いましたが、それほど公平に情報を届けてくれる筈のメディアだと信頼する証しなのかもしれません。今回取材を受けてくれたNHKの職員からは、報道や番組作りへの熱い思いと信念を感じました。元経営委員の上村達男氏は「公共放送には独立性や人権という魂が必要だ」と言います。その魂は他のメディアにも必要なこと。自分の姿勢も問われているようでした。 (本誌編集部 井艸恵美)
郵便物を受け取る為に自宅にポストを付けたら、知らぬ間に新聞が投函されていて、「うちは新聞は取っていませんよ」と連絡したら、「ポストを設置したら新聞を取る契約をしたことになるんですよ」と告げられ、購読料を徴収された…。ありがちな高齢者詐欺の例え話と思われるでしょうが、これがNHKのビジネスモデルです。彼らは、この理屈を「受信料はサービスの対価ではなく、公共放送を支える国民負担なのだから」と正当化しますが、到底納得できるものではありません。百歩譲って、ユニバーサルサービスとして許容できるのは地上波の一部。衛星放送はどう考えてもオプションなので、スクランブル化が必須です。 (本誌編集長 風間直樹)

2023年1月28日号掲載
テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済