【迫り来る北朝鮮と中国の脅威】(04) 「“ポスト習近平”がカギを握る」――ウィル・ハットン氏(オックスフォード大学ハートフォードカレッジ学長)インタビュー

20161031 10

今年初め、中国の景気減速を受けて、世界の金融市場が混乱に巻き込まれました。こういった動きは、9年前に拙著『The Writing On The Wall(不吉な予告)』で予測していたことでした。当時、中国の経済成長には著しいものがありましたが、考えれば考えるほど「こんな経済がいつまでも続く筈がない」と確信しました。株価下落によって、まさにそれが露呈したのです。今、中国では過剰投資・過剰生産が問題にされています。未だ嘗て、中国のようにGDPの40%以上も投資を続けていた国などありません。そんな投資を続けていても利益が追いつく筈がないから、企業は莫大な負債を抱えて二進も三進も行かなくなる。そのことは目に見えています。ある意味、中国は、日本が1990年代初期に直面したのと同じ問題に直面しています。中国の成長は『プラザ合意』の後、1986年から1993年の間に日本で起きた経済ブームと似ているのです。当時の日本は企業の負債の割合が非常に高かったのですが、同じことが今、中国で起きています。この負債の多くが不良債権化しており、今後、回収に手間取ることになるでしょう。「中国経済の回復には相当の時間がかかる」とみて間違いありません。

ウィル・ハットン氏は、『英国放送協会(BBC)』の経済記者や『オブザーバー』紙の編集長等を経て、学界に転じた政治経済学者である。コラムニスト・作家としても知られ、1990年代のイギリスの政治経済を論じた『The State We're in』は、イギリス国内でベストセラーになった。2006年に刊行された『不吉な予告』では、中国の経済成長は世界経済の崩壊リスクを孕んでいることを論じた。

ここまで中国経済が悪化したのは、中国共産党がこの数十年間に亘って、国有銀行をまるで自分の財布のように利用して、経済を動かしてきたからです。企業が回収の当ての無い設備投資を続けることができたのも、国有企業や準国有企業に対して薄外で貸付けを行ってきたからでした。愈々、そのツケが回ってきたのです。中国では、民間企業でも雇用を創出する義務が課されています。その為、中国共産党は銀行に対して「企業を支援せよ」と命じてきました。そんな状況は、私が本を書いた時から今に至るまで全く変っていません。中国経済の問題は、株式市場を見ているだけではわかりません。全貌は明らかではありませんが、安易に借り込んできた企業の負債は大きく膨らみ、金融システムは脆弱です。過剰な設備投資を続けてきた為に、成長モデルは基本的に壊れています。ですから、株式市場に一体、どれくらいの本当の価値があるのかもわかりません。党中央の指導者たちは、中国が危機にあることをとっくに認識していると思います。

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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

【Jazzyの裁判傍聴ライフ】(14) もう苦しまない! ストーカー対策と罰則

2000年に施行された『ストーカー行為等の規制等に関する法律』(通称『ストーカー規制法』)が定める“つきまとい等”とは、特定の者に対する恋愛感情や、それが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、対象の相手や親族等の近しい者に対して、付き纏い・待ち伏せ・住居等への押しかけ・面会・交際等、義務の無いことを要求したり、拒まれたにも関わらず連続して電話をかけたり、メール等を送信して相手に不安を覚えさせる行為を指します。「拒否したのに交際を迫られ脅された」「しつこいメールや電話にうんざり」…等々。ストーカー被害から通報、更に裁判から判決までは、どのような流れで進んでいくのでしょうか。先ず、とても重要なポイントが、“ストーカーに理解できるように明確な拒絶をする”ということ。曖昧に、やんわりではなく、どんな“おバカさん”でも理解できるように、「もう連絡しないでくれ」「貴方とは交際できない」等とはっきり告げることです。これを怠ると、上記の“つきまとい”の定義である“拒まれたにもかかわらず”に該当せず、「被害に遭った」と主張できない可能性があるのです。そして、拒絶の証拠を残しておくことも大事。相手からの着信履歴・メール・手紙等の“付き纏いの証拠”は、しっかりと保存しましょう。「止めてほしい」と伝えて、相手の要求にも一切応じていないのに、中々諦めてくれない場合は、近くの警察署へ行きましょう。保存しておいた証拠を提示して、被害内容を話します。

付き纏い行為だと認められると、警察は加害者に“警告”を発令! 私が裁判で聞いた限りでは、1回目の警告は“口頭”で行われ、それでも被害が続いた時は更に警告。2回目は大概“書面”なのですが、警告ではなく、公安委員会からの“禁止命令”だったケースもありました。2度の戒めに従わなかった場合に逮捕&勾留というパターンが多いです。ストーカーが逮捕されると、被害者も警察署に出向き、調書を取られます。調書作成には大体5時間くらいはかかりますので、覚悟が必要です(怪我や物損等、被害が大きい場合はもっとかかります!)。扨て、逮捕されたストーカーの行く末ですが、罪を認め、金銭的問題をクリアすれば、保釈が認められる可能性が高いです。単純な付き纏い行為(メールや電話等)だけだと、逮捕から2~3ヵ月で裁判が始まることが多いようです。そして、気になる量刑ですが、前科が無く、被害者の体を傷付けたり金品を奪ったりしていない場合は、殆どが執行猶予付きの有罪。ですので、判決言い渡し当日にストーカーは社会に戻ってくることに。裁判官は最後に「もうやらないで下さいね!」「『謝りたい』という理由で連絡するのも絶対に駄目ですからね!」と、かなり念を押すことが多いです。付き纏い行為は立派な犯罪です。被害に遭ったら、我慢せずに警察に相談して下さい。犯罪行為だとわからせることは、相手の為でもあるのです。次回は、軽い気持ちで連絡を続けたら逮捕の可能性も! ストーカーにならない為の対処法と判例をお届けします。


キャプチャ  2016年11月7日号掲載

テーマ : 刑事事件・裁判関連ニュース
ジャンル : ニュース

【ホワイトハッカーなんでも相談室】(19) 最新のハイテク捜査について教えて下さい!

古い刑事ドラマを見ていると、「現代の捜査方法と比べて、“足で稼ぐ”捜査が多いな」という印象があります。『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)や『西部警察』(テレビ朝日系)の時代には、未だインターネットもありませんし、ハイテク犯罪も存在しませんでした。誘拐事件が起こると、刑事が被害者宅にテープレコーダーを設置し、電話を逆探知をする為に「会話を伸ばしてくれ」とジェスチャーをするのがお約束でした。しかし実は、1990年代後半から電話会社にデジタル交換機が導入され、発信元は電話会社に一瞬で表示されるようになっていたのです。それでもドラマでそんな場面があり続けたのは、犯罪者に「逆探知は時間がかかる」と思い込ませる為でした。実際は、電話がかかれば発信元は瞬時にわかり、捜査員が犯人の元へ駆けつけることができた訳です。現在は、犯罪に携帯電話が多く使われています。その場合は、基地局からの受信電波を三角測量して発信元を割り出す方法や、電話会社の位置情報サービスを応用してGPSから位置を特定します。GPSの位置情報を許可するほどの間抜けな犯罪者はいないでしょうが、端末の位置情報をどうするかは電話会社の交換機が決めていますので、GPSを“不許可”にしていても位置がわかるのです。しかし、『iPhone』は交換機に依存する方法に準拠していない為、この方法が通用しません。iPhoneで110番通報した経験がある人はわかると思いますが、iPhoneではGPSによる位置情報を許可していても、警察には情報が届かないのです。扨て、最新のハイテク捜査ですが、アメリカの人気ドラマ『CSI:科学捜査班』(CBSテレビ系)で登場するような捜査方法が日本でも採用されています。弾道検査はレーザーポインターで入射角も正確に出ますし、発射残渣からは拳銃を撃った人間が特定できます。紙からも指紋は検出可能で、筆跡や音声での本人確認も精度が高いので、物的証拠があれば、昭和の時代よりもかなり早く犯人に辿り着けます。また監視カメラも、街頭カメラや公的交通機関に設置されているカメラだけではなく、タクシーに搭載されたドライブレコーダーもあります。現在のタクシーはアナログ式の走行管理(タコグラフ)ではなく、ドライブレコーダーと連動した走行管理システムを使っていますので、犯罪の発生時間に現場付近を走行していたタクシーからの情報提供が容易になりました。この先、通信網がより高速化して、情報を保存していくストレージがより大容量化していけば、日本中が録画され、犯罪が行われた時間に遡って映像を確認できる時代が訪れるかもしれませんね。


石川英治(いしかわ・ひではる) 『東日本インターネット事業協同組合』理事。1969年、埼玉県生まれ。『西武鉄道』退社後、弁護士秘書・外車販売・訪問販売等の職を経て起業。1998年までハッカーグループ『UGTOP』の主催者として活動。1998年に実業家として、日本初のインターネットセキュリティー専門会社『アルテミス』を起業。2000年から2011年まで携帯電話公式コンテンツを運営する『サイバーエデン』を起業。著書に『まるわかりカジノ読本』(廣済堂ベストムック)・『子どもたちが危ない!スマホの現実』(ロングセラーズ)等。


キャプチャ  2016年11月7日号掲載

テーマ : ITニュース
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【Global Economy】(09) 中国、基軸通貨へ着々布石…ドルに挑む人民元の野望

中国政府が、アジアを中心に人民元の経済圏を作ろうと布石を打っている。「世界経済の中で、人民元をドルに代わる存在に高めよう」という野望だ。中国共産党1党独裁の下での通貨戦略は、国際社会に負の影響を及ぼしかねない。 (本紙広州支局長 幸内康)

20161031 08
中国の人民元が今月1日、『国際通貨基金(IMF)』の特別引き出し権(SDR)を構成する通貨に加わった。ドル・ユーロ・円・ポンドの4通貨と並び、国際通貨として最高度の信用を得たことになる。貿易や国境を越えた投資に伴う資金決済は現在、圧倒的にドルが使われ、決済総額に占めるシェア(占有率)は、今年8月時点で42.5%に上る。人民元は1.86%で、日本円の3.37%に次ぐ5位だ。SDR構成通貨になったことで、決済のシェアは高まるだろう。主要国は外貨準備に人民元を蓄え、人民元建ての金融商品が世界の市場により出回るようになる。つまり、世界で広く人民元が使われるようになることが予想される。経済覇権を狙う中国にとって、SDR入りは1つのステップに過ぎない。目指す究極の“夢”は、ドルに代わって基軸通貨の地位を得ることだ。夢の始まりは、2008年のリーマンショックに遡る。“基軸通貨国”アメリカ発の金融恐慌は、瞬く間に世界を何周も巡り、“需要の蒸発”とまで呼ばれた。凄まじい経済減速に、世界の産業は地獄の苦しみを味わった。この時、4兆元(当時の為替レートで約60兆円)の財政支出で世界経済を下支えしたのが中国だった。世界から称賛される高揚感の中、2009年4月の『主要20ヵ国・地域首脳会議(G20)』に出席した胡錦濤国家主席(当時)は、「国際通貨システムの多元化と合理化を促す」とぶち上げた。ドル一極体制への強烈なパンチを号砲に、通賞覇権への野望が動き出す。習近平体制下で、その動きは加速する。習主席は、“中華民族の偉大な復興”を“中国夢”とするスローガンを掲げ、「中華人民共和国建国から100年の2049年に、大国の復活となる“社会主義現代化国家”を実現する」としている。

習政権の通貨戦略を探る上で、各国の金融関係者が参考にする1冊の本がある。『人民元読本』。著者は中国人民大学の陳雨露学長で、今は中央銀行である『中国人民銀行』の副総裁を務める。2010年に出版され、英語・韓国語・ロシア語・日本語等でも出版された。そこでは、人民元の国際化を、10年ずつ3段階で進める構想が描かれている。先ずは2020年頃までに、人民元が中国の周辺国との貿易に使われるようにする。2030年頃までには使用範囲をアジアに広め、最終段階の2040年頃には、人民元を全世界で使われる最重要の通貨にするとしている。その為の具体策が、陸海のシルクロード『一帯一路』構想であり、中国主導で今年1月に開業した『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』に象徴される国際金融への進出だ。中国からヨーロッパに至る広大な地域で、道路・鉄道・エネルギー施設等インフラ建設を進める。資金を支えるのが、AIIBと、中国単独の『シルクロード基金』だ。中国がブラジル等新興国と共に上海に設立した『新開発銀行』も今後、関与を強めるとみられる。「インフラを築く過程も、完成したインフラを行き来する人やモノも、人民元の流通を促す原動力になる」というのが中国の狙いだ。一方で、深刻な事態も考えられる。アメリカ財務省が先月、遼寧省丹東市の貿易会社と幹部4人を、資産凍結等の制裁対象に指定した。核爆弾の原料となるウランの濃縮に必要な物資を、北朝鮮に密輸した疑いがあるという。中国当局も8月に、この貿易会社の幹部らを拘束し、捜査しているという。「アメリカから証拠を突きつけられ、止む無く重い腰を上げた」との見方が専らだ。アメリカの金融制裁が効くのは、『国際銀行間通信協会(SWIFT)』等国際的な資金決済ネットワークを通じて、ドル資金の流れを追跡できることが大きい。ドルの決済シェアが圧倒的であるからこそ、密輸や資金洗浄の際にドルに接触する割合が高く、闇の資金ルートを追う上での起点が生まれ易いのだ。中国はSDR入りを睨んで昨年10月、人民元の国際決済ネットワーク『クロスボーダー人民元決済システム(CIPS)』の運用を始めた。仮に北朝鮮がCIPSに逃げ込み、手助けをする企業も人民元だけで決済できるようになれば、核開発は更にベールの向こうに隠れ、中国抜きの金融制裁は難しくなる。

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【電通の正体】(11) 起業家の光永、テレビ獲った吉田、スポーツビジネス開拓した成田…知られざる電通史

初代社長の光永星郎、4代目社長の吉田秀雄、9代目社長の成田豊。この3人の時代に、『電通』は大きく成長した。同社を作ったと言われる3人の社長の実績と共に、同社の正史を辿る。 (メディア評論家 阿賀野太郎)

20161031 07
電通の前身である『日本広告』は1901年に、『大阪朝日新聞』発行の政治紙『大阪公論』の記者であった光永星郎(左画像)が創業した。日清戦争時に『福岡日日新聞』等の従軍記者として、旅順総攻撃等の記事を書き送ったこともある光永は、「ジャーナリズム活動には、記事を配信する通信社と、広告を配信する広告会社の機能を一体化した会社が必要だ」と考えた。記事と広告は経営を支える2本の柱であり、現代でいうエコシステムである。光永は起業家精神に富んでいた。日本広告を設立した光永は、その4ヵ月後、通信社機能を持つ『電報通信社』を日本広告社内に併設した。1906年には電報通信社を改組し、『日本電報通信社』とする。電通は翌1907年に日本広告を合併。ここに、通信と広告の併営が完成する。電通の通信部門は、新聞社や他の通信社と伍して、特ダネ競争で異彩を放った。満州国の設立に繋がる満州事変(1931年)勃発のニュースは、電通による歴史的な特ダネだ。しかし、第2次世界大戦が勃発すると、政党や政府の資金に頼らずジャーナリズムを追求する光永に、戦時下の情報統制の圧力がかかってくる。つまり、日本の利害を内外に統一して発信する“ナショナルニュースエージェンシー(国営報道機関)”を創設する構想である。政府はメディアの統合を企てた。標的となったのが、2大通信社の電通と『新聞聯合社』だった。国営になれば、大本営発表を流すだけの機関になる為、光永は激しく抵抗した。結局、1936年に電通と聯合は其々、通信と広告部門を分離。再統合された通信部門は『同盟通信社』となり、広告部門は電通に集約された。電通は広告専業となって、終戦を迎えることになる。一方、通信部門は『共同通信社』と『時事通信社』に分かれた。2社は、1948年に電通が増資の為に発行した新株を引き受けて以来、電通の大株主になっている。

電通が世界的な広告会社にのし上がったのは、第4代社長で、“中興の祖”と呼ばれる吉田秀雄の時代だ。吉田が入社したのは1928年、戦前の日本電報通信社の時代だ。この年、電通は初めて大卒社員の定期採用を実施。東京帝国大学経済学部を卒業した吉田は元々、記者志望だったが、新聞社の入社試験に悉く落ちた。当時は就職氷河期。既に妻がいた吉田は、「兎に角、就職しなければ…」と電通を受験。面接では、記者職より人気が低かった営業職を志望して採用された。吉田が配属されたのは、地方紙向けの広告を取り扱う“地方部”である。地方紙の首脳と知己になれるこの部署は、実は先代の社長を輩出したエリートコース。ビジネスの才覚に恵まれた吉田は出世街道を直走り、終戦直後の1947年に、僅か43歳という若さで社長に就任した。社長就任の年、『連合国軍総司令部(GHQ)』は“私営(民間企業による)放送会社の助長”という指針を出し、日本の商業放送の振興に舵を切った。吉田は戦前の満州において、国営の『満州電信電話会社』による民間放送が、聴取料と広告収入による2本立ての経営で行っていたことを知っており、「広告収入による無料放送が可能である」と気付いていた。更に、世界に先駆けて民間ラジオ放送を開始していたアメリカで、ラジオ局が広告収入による無料モデルで成功を収めていることを知っていた。来たるべき民間放送時代は広告が巨大な富を生むことを見抜いていた吉田は、放送局との関係強化に注力する。1950年、民間企業にラジオ放送の門戸が開かれると、全国の新聞社や企業が競って放送免許の獲得に乗り出した。ところが、あまりにも申請が殺到した為、放送事業を監督する国は、免許を与える企業の選定に苦心する。そこで、地方新聞社と強い関係を築いていた吉田は、免許の取得に当たり、各社の調整役を買って出た。吉田は「報道機関であり、地域の名門企業でもある有力地方紙が免許を取得すべきだ」と、免許申請した各社を説得して回り、地域毎に申請会社を一本化させた。ラジオ黎明期に開局した民間企業に地方紙の系列会社が多いのは、吉田の働きかけによるところが大きい。また電通は、日本初の民間ラジオ局である『中部日本放送(CBC)』を始め、独立系の局にも出資した。それに留まらず、当時、番組制作のノウハウが不足していた地方ラジオ局に、電通の優秀な社員を制作スタッフとして送り込むといったこともしていた。こうして電通は、ラジオ局とも強い関係を築いていく。1953年に民間テレビ放送の時代が幕を開けると、有力地方紙等がテレビ局を傘下に持つ過程で、電通はテレビ局にも食い込んでいった。広告会社として逸早くテレビを開拓した電通は、業績を急速に伸ばした。また、吉田は戦後直ぐ、満州から帰国した人材を数多く採用した。その中には、『南満州鉄道』の元社員等もいた。彼らの持つ幅広い人脈に吉田は注目し、その力を利用した。吉田は、「広告がメディアの経営を支え、且つメディアを育てる」と信じていた。これは、創業者である光永の精神を受け継いだものだ。吉田が電通社員向けに作った社訓である有名な“電通鬼十則”は、光永が欧米を視察旅行した際、経営陣に書き残した25ヵ条の社訓が原典だ。吉田が没してから10年後の1973年、電通は広告取扱高で世界一になった。

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テーマ : テレビ・マスコミ・報道の問題
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【警察の実力2016】(15) 絶大な警察権力の源泉…絶対的階級で29万人を統制

終戦直後、早期の治安維持を図る目的で、検察から捜査権と逮捕権を勝ち取った警察。それから70年余り、警察は絶大な権力を誇り続けている。その背景にあるものは、組織と情報だった。

「本部長のお帰りです」――。ここは、ある県の警察本部長室があるフロア。居合わせた総務部や警務部の職員たちは、その声が聞こえるや否や仕事を中断し、直立不動の姿勢を取って、姿が見えなくなるまで見送っていた。警察職員は全国に29万人。その内、都道府県警のトップである本部長には、警視監か警視長という階級でなければ就くことができず、その数は全国に僅か79人しかいない。つまり、超エリートな訳で、現場で働く警察官からすれば、まさしく“殿上人”。まるで、時代劇のように仰々しく見える様子も頷けよう。東京都を管轄する警視庁や道府県の警察本部、そしてその下に位置する警察署は其々、警視総監に本部長、そして署長を頂点とし、階級によって役職が決まるピラミッド型の組織体制が敷かれ、一糸乱れぬ統制を取っている。そうした組織に属する警察官は、組織の頂点に立つ者、そして階級が上の者の意思を、自らの意思として事に当たらなければならない。たとえ自らの主義や信条とは異なる命令であっても、粛々と従わなければならず、求められるのはただ只管に上からの指示を的確に熟すことに尽きる。何故なら警察は、一刻の猶予も許されない犯罪や災害といった事態に対処しなければならず、トップダウン型の組織でなければ対応できないからだ。現場で活躍する警察官たちは、各都道府県で採用された地方公務員だ。高校や大学を卒業後、警察学校へ入校すると同時に、最も下の階級である巡査に任命される。警察学校卒業後は交番勤務を皮切りに、警察署と本部(東京の場合は警視庁の為に本庁と呼ばれる)との間で異動を繰り返し、実務経験を積んでいく。尤も、警察組織のピラミッドを上っていくのは容易いことではない。警察には下は巡査、上は警視庁のトップである警視総監まで、9つの階級がある。長年、巡査として勤めたベテランに与えられる“階級的呼称”である巡査長も含めると、10階級になる。都道府県警の警察官は、巡査から現場の纏め役である巡査部長、責任者として現場を指揮する警部補、そして最前線の管理職となる警部まで、その階段を上るには昇任試験を突破しなければならない。昇任試験は、現場での実績や経験に関わらず、筆記試験の成績のみで合否が決まる公正無私なものだ。高い点数を取った者だけが昇任するという公平性こそ、警察官の階級に対する絶対的な信頼感を生む。たとえ警察学校の同期生であっても、成績順で序列が付けられるという徹底ぶりだ。若し上司受けが良かったり、過去に著名な事件の捜査に加わっていた等という人物本位の選考となれば、上司に阿ったり、地味な任務を拒んだりする者が出てきてしまい、組織の統制などとても取ることができない。つまり、階級制度に加え、客観的且つ中立的な昇任制度があるからこそ、警察組織の基盤は盤石で揺るぎない鉄壁の組織となっているのだ。

20161031 05

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テーマ : 警察
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【創価学会vs日本共産党】(19) 古今東西のスターで振り返る日本共産党94年の“茨の道”

20161031 04
俗に、「右翼には勉強しなくてもなれるが、左翼には勉強しなくてはなれない」と言われる。例えば、大正6(1917)年の『ロシア革命』において背骨となった“マルクス=レーニン主義”は、その典型だ。ロシア革命の動きを受け、日本共産党が結成されたのは、旧ソビエト連邦が国家として成立した大正11(1922)年だった。当初は、ウラジーミル・レーニンが設立した『コミンテルン(国際共産主義者のネットワーク機関)の支部であった。当時の日本政府は、国際共産主義を“危険思想”と判断し、特別高等警察等の思想警察を使って弾圧した。コミンテルンは“君主制の廃止”を唱える機関で、日本では“天皇制の廃止”となった。何故、弾圧される存在だったのかといえば、国家の転覆を本気で考える革命政党だったからだ。不穏分子の集団として、昭和3(1928)年には治安維持法違反により、日本共産党に対する一斉検挙が行われた。その後も検挙は続き、一時は壊滅状態に追い込まれる。党の再建を目指した田中清玄は、コミンテルンから武器を輸入し、官憲と銃撃戦を行う。検挙を逃れたその他の幹部は、査問によるリンチ事件で死者を出す(後年、日本共産党は「リンチではなかった」と否定する)。当時は、一旦検挙されれば獄中で転向を迫られた。そんな中で、最後まで非転向を貫いた代表的な人物が、戦後に合法化された日本共産党の骨格を作った宮本顕治である。1961年の“綱領”と“規約”は、彼が主導したものだ。そこに至る過程では、暴力革命を志向していた徳田球一等の幹部は離脱せざるを得なくなる。というのも、前衛政党(大衆を一段高いところから教え導く)を自任していた日本共産党は、脱落した仲間には厳しく、分派活動も認めず、反党分子に対しては容赦無く反撃した。いつしか、異端審問官のような“絶対的存在”となる。現在の日本共産党は武力闘争を否定するが、本質はマルクス=レーニン主義に基づいた革命政党である。革命の本質とは、内乱を起こすことも辞さず、権力闘争で勝って政権を奪取することにこそある。そういうルーツを持つ政党だからこそ、60年安保や70年安保では若者の支持を集めたのだ。元参議院議員の筆坂秀世氏は、こう指摘する。「今日、共産主義にロマンを抱くことは難しい。消費増税に反対だからといって、それだけで日本共産党に入る人はいない」。日本共産党は、中々激しい道程を歩んできたのである。


キャプチャ  2016年6月25日号掲載

テーマ : 日本共産党
ジャンル : 政治・経済

『LINE』は災害時の緊急連絡や布教にも有用なのか――檀信徒に寺報を送付、スタンプで仏の御心を伝えることも

地震や水害等、緊急時の通信ツールをお寺は備えているだろうか。既にSNSの有用性は多く語られているが、中でも実際に熊本地震で役立ったという『LINE』の機能に注目。布教にも利用する住職の声も合わせ、その活用法と注意点を取材した。

20161031 01
「○○上人の避難所がわかる方 教えて下さい」「○○さん、西原村の河原小学校にいます」「ありがとうございます」「南阿蘇郡立野地区の避難所、立野小学校に物資を配送しました。当初は阿蘇市役所に配送予定でしたが、物資が足りないとの事でそちらに伺いました」――。これは、熊本地震の際の『熊本県日蓮宗青年会』、及び『九州日蓮宗青年会』のLINEのやり取りである(左画像)。地震直後に、どの避難所に住職が避難しているか等の安否情報と共に、救援物資配送の情報も共有した。熊本市中央区の日蓮宗正立寺の塩田義照副住職(37)は、「地震直後は、本当にLINEのおかげで助かった。お坊さん同士で情報共有できたので、混乱した中でもデマ情報が少なかった」と話す。また、人吉市にある曹洞宗永国寺の紫安敬道住職(40)は、「はっきり言って、地震の最中はLINE様々でしたよ」という。本誌6月号でも報じたが、『熊本県曹洞宗青年会』は、青年会メンバーでLINEの機能を駆使して、被災状況や救援物資の過不足等の情報を迅速に共有し、円滑に救援物資を配布したのだ。災害時に注目されるLINEだが、実は災害を想定して作られた新たなツールなのだ。では実際、どんな機能があるのか。LINE株式会社(東京都渋谷区)からサービスが提供開始されたのは、平成23年6月。東日本大震災直後のことだ。スマホ向けの無料通信アプリで、アプリをダウンロードしているスマホを持つ人同士で利用できる。メールと通話の両方が無料で使えることもあり、若者の間で一気に広まった。同社によると、今年4月時点で国内登録ユーザーは何と6800万人にのぼるという。実に、日本の人口の半分以上が利用しているのだ。海外利用者を合わせると2億1100万人以上にもなる。災害時の安否確認に役立つツールは、『NTT』が提供する“災害用伝言ダイヤル171”や、各携帯電話会社提供の“災害用伝言版”等幾つもある。『フェイスブック』や『ツイッター』等も、緊急情報の発信や情報共有に役立つとされるが、LINEは災害時や緊急時にどう使えるのか。

①既読機能
地震発生。修業中の息子が被災した。何度も電話を繰り返すが、繋がらない。携帯電話でメールを何通も送ったのに、返事は無い。そこで、LINEを使って「大丈夫か?」と一言、メッセージを送った。数分後、“既読”のマークが出た。返信は未だ無いが、一先ず生きて、メッセージを確認できたのだと胸を撫で下ろした――。LINEには、携帯電話のメール機能に似た“トーク機能”がある。これでメッセージを送ると、メッセージを受信者が読んだ時点で、送信者に“既読”の通知がされる。受信者がメッセージに目を通したことが、送信者側も直ぐに確認できる仕組みだ。同社は、「既読機能は、『メッセージの受信者が返信困難な場合にも安否確認できるように』との考えで提供している」という。抑々、災害時や緊急時の利用を想定しているのだ。

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【中外時評】 国連活性化への道は――新総長、大国に物申せるか

来週決まる次のアメリカ大統領がホワイトハウス入りする来年1月。ニューヨークのイーストリバーに面した国連本部ビルでは、新しい国連事務総長として元ポルトガル首相のアントニオ・グテレス氏が着任する。国連と言えば、気候変動や貧困問題への対応等で成果をあげているが、紛争や安全保障問題の解決の場としては、このところ影が薄い印象だ。米中露3大国等の立場や思惑を調整できず、シリア内戦や北朝鮮の核問題等喫緊の課題で有効な手を打てていない。グテレス氏は、国連の難民高等弁務官事務所もトップとして10年間率いたベテラン政治家だ。安全保障理事会で圧倒的支持を得て選ばれ、加盟国からの信任は厚いとされる。存在感が弱いと言われる潘基文事務総長を引き継いで発足する新体制の下、国連を活性化し、世界の懸案解決に今より役立つように強化できるだろうか。国連事務次長を長く務めた『国際文化会館』の明石康理事長は、「国連無力論はいつの時代もあった」としたうえで、事務総長をトップとする事務局が危機脱出に向け、“信頼できるアドバイザー”として果たす役割は大きいとみる。歴代の事務総長で明石氏が「一番優れたリーダーシップを発揮した」と評価するのは、2代目のダグ・ハマーショルド氏だ。スウェーデン出身の同氏は、イギリス、フランス、イスラエルがエジプトに軍事侵攻した1956年の『スエズ危機(第2次中東戦争)』に際しての機敏な行動で知られる。カナダ外務省のレスター・ボールズ・ピアソン大臣と共に練った国連初の平和維持軍案を総会に提示し、これに基づいた部隊派遣が紛争の収拾に貢献した。俳句も詠む教養人だったハマーショルド氏は、国連事務総長の役割に対する評価を高めた。1961年に出張先のアフリカで飛行機事故で亡くなり、死後にノーベル平和賞を授与されている。冷戦終結後の1992年に就任したブトロス・ブトロス=ガーリ氏(エジプト出身)も、強いリーダーだった。『国連平和維持活動(PKO)』の改革等を推進したが、アメリカとの関係が悪化して再任を阻まれた。

事務総長が如何に信念を貫こうとしても、飽く迄も「国連の主人公は加盟国」(明石氏)だ。とりわけ、米中露英仏5ヵ国の権限は強い。安保理の常任理事国として拒否権が与えられ、この内の1ヵ国でも反対すれば話は進まない。70年余りの国連の歴史で、拒否権行使の回数はロシア(前身のソビエト連邦を含む)とアメリカが圧倒的に多い。この10年でみると、殆どがロシアと中国だ。最近はシリア情勢等を巡り、ロシアが拒否権を行使するケースが目立つ。これからは、中国が国益を盾に立ちはだかる場面が増えるかもしれない。では、拒否権を廃止したほうが紛争は解決しやすいかとなると、そうとは言えない。大国が紛争の当事者だったり、特定の関係国を強く支持したりする場合、安保理の決定を不服として国連を脱退してしまえば、国連の問題解決能力は一気に低下する。拒否権は、大国を国連に繋ぎ留めておく手段になってきた面がある。国連を舞台にした国際協調でカギを握るのは、やはり第一にアメリカだ。アメリカと国連の距離は、時の政権によって揺れ動く。バラク・オバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントン氏は、国連の重要性に一定の理解があるだろうが、ドナルド・トランプ氏が次の大統領になったら予測は困難だ。国連がスエズ危機の収拾に成功した1956年は、市民の蜂起をソ連が軍事介入で鎮圧した『ハンガリー動乱』が起きた年でもある。丁度60年前の今頃だ。この時、国連は総会で非難決議を採択したが、ソ連を相手にそれ以上の行動は取れなかった。歴史の教訓を踏まえつつ、国連は、この60年の間に平和維持活動を拡充し、更に環境問題・途上国の開発・人権問題等、広範な分野で取り組みを進めてきた。制約を冷静に受け止め、乗り越えながら可能性をどう広げていくか。グテレス氏には、狭い国益を押し付けようとする大国に物申す役回りも求められる。スエズ危機と同じ年である1956年12月18日、日本は終戦から11年を経て国連加盟を果たした。外務省の重光葵大臣がこの日、国連総会で憲法の前文を引きながら、「国際社会において、名誉ある地位を占めんことを念願」すると演説している。国連とどう関わり、活性化に貢献していくか。日本の責任も重い。 (論説委員 刀祢館久雄)


⦿日本経済新聞 2016年10月30日付掲載⦿

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

『ポケモンGO』に各寺院はどう対処すべきか、問題はあるか――ユーザーの来山を歓迎するか立入禁止にするか、どちらがお寺によいか心積もりを

この夏、列島を騒がせた『ポケモンGO』。交通事故や歩きスマホの問題からネガティブな印象を持つ住職も多いだろうが、観光振興に利用する案も出ている。で、このゲームはお寺にとっていいものなのか、悪いものなのか。宗門の対応と各寺院の取った対応からわかる問題点とは何か。

20161028 11
7月22日の本邦配信から連日報道が絶えない『ポケモンGO』。当初の熱狂ぶりは一段落したが、スマートフォン片手に夜な夜な出歩くポケモントレーナー(ユーザー)は少なくない。配信直後は、「交通事故を誘発する」として問題視された。警視庁は先月3日、配信開始からの12日間だけで、“ポケモンGOに夢中になっていたことが原因”の交通違反等の摘発件数が727件に上ったと発表。大半は脇見運転で、摘発とは別に人身事故が15件発生。同23日には遂に死亡事故が起きた。一方で、ポジティブな報道もある。鳥取砂丘をポケモンGOが自由に遊べる“解放区”に指定し、観光資源化を見込んだ鳥取県を始め、地震で被災した岩手県・宮城県・福島県・熊本県が、ポケモンGOを配信するアメリカの『ナイアンティック』と連携し、観光振興にこれを利用しようと動き出しているのだ。宗教界で逸早く、ポケモンGO“禁止”の声明を出した出雲大社も、耳目を集めた。参拝者の多い奈良県生駒郡斑鳩町の聖徳宗総本山法隆寺も、禁止の張り紙を掲示。同寺担当者は、「信仰の場なので、ゲームの対象としてほしくない」と話す。また、愛媛県松山市の日蓮正宗妙源寺の安沢淳栄住職も、「配信日に10名ほどの婦人が境内でゲームをしていたので、その日のうちに門前に禁止の掲示を出しました」という。しかし、両寺とも「特に問題は起きていない」とも話す。それで一体、『ポケモンGO』って何なのか。お寺にとっていいものなのか、悪いものなのか。

20161028 08
『ポケモンGO』はスマホ向けのアプリゲームだ。ゲームをスタートすると、スマホの位置情報(GPS)を元に、現在地を中心とした周辺地図が表示される。街を歩くと、ピカチュウ等のポケットモンスター(ポケモン)がスマホ画面上に出現する。このポケモンを探し出し、捕まえて集め、闘わせるゲームなのだ。このゲームのどこが問題なのか。その1つが、このゲームの特徴である“仮想現実(AR)”と呼ばれる機能にある。ARとは、スマホの画面に映した周囲の風景に、デジタル情報を重ねて表示することで、字義通り、現実世界を拡張して楽しめる機能だ。左写真は岐阜県関市にある曹洞宗千手院だが、本堂の中にポケモンが出現。現実の本堂を背景に、バーチャルなポケモンが映し出されているのがわかるだろう。結果、この画面に見入って歩いてしまう“歩きスマホ”が交通事故を誘発するという。お寺や公共施設で問題になっているのは、ゲーム内の“ポケストップ”や“ジム”と呼ばれるゲームアイテムを得たりポケモンを闘わせる場所だ。ゲーム上では、現実の私有地や寺院境内の史跡等がその場所に指定され、場所の写真も使われる。ポケストップ周辺ではポケモンが出現し易く、アイテムも集められることから、ゲーム利用者が時間を問わず訪れてしまうのだ。こうした問題もある中、財務省の麻生太郎大臣は「オタクが引きこもりから外に出るようになった。精神科医より漫画のほうが効果がある」と発言。内閣サイバーセキュリティーセンターも『ポケモントレーナーのみんなへおねがい♪』と題し、「熱中症を警戒しよう」「歩きスマホは×ですよ」等9つの注意書きを記した資料を自治体に配布した。

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