【不養生のススメ】(02) 医療麻薬は悪ではない

20170531 18
読者から悲痛な声が届いた。「わたしは慢性疼痛で医療用麻薬を2年程飲んでいました。一般に言われる悪い副作用は殆ど出ず、それにより痛みは改善していましたが、医者の話によると審査が厳しくなって突然処方が打ち切られました。何とか他の小さな病院や緩和ケアのところを探して薬を出してもらっていたのですが、そこでも“がんの患者にしか出せない”と遂に貰えなくなりました。役所も病院も保険団体も、どこで治療を続けられるか、教えてくれません。薬を貰えず、また医者が適切な説明をしてくれず、行き場を失い苦しんでいる患者が沢山いることを知ってください」。海外から見ると、この状況はとても理解し難い。日本では、世界に誇る国民皆保険制度の下で、必要な医療が平等に受けられる筈だ。それに、日本の医薬品市場は、アメリカに続き世界第2位である。高齢化社会に伴い、慢性疾患や癌患者の増加の為、医療用麻薬の消費量が多くても全く不思議ではない。ところが実際、日本の医療用麻薬の消費量は極端に少ない。『世界保健機関(WHO)』の協力センターであるウィスコンシン大学の『痛みと政策研究グループ(PPSG)』は、医療用麻薬によって、世界中の痛みで苦しむ人々の生活の質を向上させる為の研究施設だ。PPSGは、『国際麻薬統制委員会(INCB)』の情報を元に、世界の医療用麻薬の消費量を調査している。PPSGのデータによると、伝統的な医療用麻薬であるモルヒネの2014年の1人当たりの年間平均消費量は、日本は世界133か国の内、47位のヨルダン、48位のスロバキア、49位のバーレーン王国に続き50位である(※右表)。世界の平均消費量は6.24㎎で、日本は平均1.68㎎。しかも、日本のモルヒネの消費量は、2001年をピークに減っている。

一方、モルヒネの消費量の上位には、欧米の先進諸国が名を連ねている。勿論、それには理由がある。先ず、原因が何であろうと、堪え難い痛みは睡眠障害・抑鬱・不安・体の動きの制限等を齎し、自立性を失い、生活の質が悪化することは、これまで散々医学研究で報告されている。今では、“痛み”はそれ自体が病気として認識されている。同時に、痛みの管理は、医学界の議論に留まらず、WHO・『国際連合』やその他の国際機関を通じて、“基本的な人権”という概念にまで発展した。2010年にモントリオールで開催された『国際疼痛学会(IASP)』では、痛みの管理を求める権利として、次の3つの要素を含む声明が発表された。「誰もが差別なく、痛みに対する治療を受ける権利」「痛みのある人は、痛みを認めてもらう。そして、痛みの評価と管理の方法について知る権利」「痛みのある誰もが、訓練された医療従事者の適切な評価と治療を受ける権利」。冒頭の読者は、「慢性疼痛という理由で差別を受け、痛みを認めてもらえず、評価も治療も受けられなかった」。つまり、人権が全く無視されたことになる。それにしても何故、慢性疼痛の医療用麻薬の処方が打ち切られてしまったのだろう? 関西の緩和ケア専門医に聞くと、「学会や厚生労働省は、慢性疼痛の啓発や緩和ケアの推進をしている。この観点からは矛盾していると常々考えるが、処方の打ち切りは、慢性疼痛への医療用麻薬の保険査定(※治療や薬を認めない等診療内容を否定するもの)のせいだ。責任の所在は怠慢な学会と厚労省」と批判する。東京都内の緩和ケア専門医は、「厚労省が差別している。癌の痛みと比べて、慢性疼痛への医療用麻薬の適応は限られていて、処方したくても処方できない。緩和ケア病棟も、癌やAIDS患者しか入院できない。何故かという合理的な理由は無いと思う。非癌の緩和は、漸く心不全が加わりつつあるくらいだ」と嘆く。このように、専門医ですら慢性疼痛への医療用麻薬の処方に苦労している現状。況してや、一般の医師は更に処方が難しい。日本では、医療用麻薬を処方する医師は“麻薬施用者免許”の取得が必要だ。更に、使用量を逐一記録・管理するのは麻薬管理者の仕事で、これも免許が必要である。一般的なクリニックでも、都道府県知事に申請すれば麻薬施用者免許の取得は可能であるが、手続きが大変過ぎて、クリニックで働く多くの医師は医療用麻薬を処方していない。一方のアメリカでは、医師ならば一般的なクリニックでも医療用麻薬は処方できる。都内の内科医は、「クリニックでは、少なくとも僕は処方していないし、処方している他の医師を見たことがない。厚労省が非協力的なのは、使われない場合は彼らに責任は無いが、使って問題が起こった場合に責任を取る必要があるからだ」と言う。INCBは、医療用麻薬の疼痛ケアの障壁の1つに、過度に厳しい規制を挙げている。

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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

寺の貸地に反社会勢力が闖入した挙げ句の裁判…東京の仏具店・寺院・マンション業者による不穏紛争

20170531 13
「建物を売却した覚えはないが、暴力団に拳銃や刃物を突き付けられ、毎日のように脅迫され、家族を守る為に退居せざるを得なかった。退居後、間髪入れずに建物は解体されてしまった」――。聞くにつけ恐ろしい話だが、何とお寺も巻き込まれた事件である。話の主は、東京都内にある老舗仏具店『K』の代表・Y氏。Kは、都内の曹洞宗系単立のX寺から借りた土地に、鉄筋コンクリート造5階建ての店舗兼居宅のビルを建て、長らく経営してきた。しかし、その借地権付建物が反社会勢力の介入により奪われ、取り壊され、更には今、まさにその土地にマンションが建設されているのだ。一方、地主のX寺としてもとんでもない事態だ。勿論、反社会勢力なんかにお寺の土地を貸したい訳ではない筈だ。それならX寺は被害者の筈だが、奇妙なことに、原告がKで、X寺が被告の訴訟になっている。一体、どういうことか? 問題となった土地は元々、X寺があった場所だが、関東大震災によりX寺が焼失。同寺は昭和3年、同地から約10㎞北に離れた場所に再建された。Y氏は、都内に明治20年創立のKの5代目。KはX寺所有地を、X寺の先々代の頃から代々賃借して店を構えていた。Y氏が借地権確認等を求めて東京地裁に提訴したのは、平成27年9月。被告はX寺と、当該地のマンション建設の為にX寺と地上権設定された定期借地契約を結んだ不動産大手の『M』。先ずは訴状等から、経緯を簡単に振り返ろう。平成11年5月、Y氏とX寺の間で賃貸借契約を更新。内容は土地約196㎡、期間は30年で、平成11年6月1日から平成41年5月31日、賃料は月37万5000円というもの。更に、Y氏は平成19年、隣接するX寺所有地に建つ木造居宅等借地権付建物4軒を購入。その土地約339㎡について、平成19年3月31日から平成49年3月30日の期間30年、賃料月額38万5000円の新たな賞貸借契約を締結。この契約に際し、X寺とY氏は契約内容を一本化し、Y氏は最初の契約の期間更新料として、X寺に1500万円と条件変更承諾料435万円の計1935万円を支払った。

この時点で、Y氏は何れ同地に同社の新社屋を建設するつもりだった。新たな契約地には、平成21年初頭に軽量鉄骨造り平屋建ての倉庫が建てられた。良好な関係だった筈の両者だが、事態は思わぬ方向に進む。俄かにKの経営が思わしくなくなったのだ。この為、Y氏は不動産業や電気通信業を行うA社から2000万円を借り入れた。その担保として、A社は平成23年8月、本件各借地権付建物に、極度額2600万円の根抵当権を設定した。しかし、返済に窮したY氏は同年12月、建築設計事務所の『S』から「借地権付建物を更に担保にして返済資金を用立てるか、建物自体を高く売却して返済資金を用立てるか」と提案され、同日、Sと売買予約を原因とする本件建物の所有権移転仮登記を行ったのだ。前後して、Aは同借地権付建物の競売の申し立てをしており、同時にY氏はAから債権譲渡を受けた暴力団構成員から、返済を執拗に迫られていたという。翌平成24年5月、Y氏は同借地権付建物を約2億8300万円でSに売却。同年9月に所有権移転本登記がなされた。借金苦にあったY氏が本件建物を手放しただけに思える。が、当のY氏が異を唱えるのだ。後述するように、Y氏は「所有権移転の意思は無く、これらの契約は競売にかかる話し合いの中で、委任状や実印を冒用して交わされたものだ」と主張。また、ここまでの担保契約も売買も一切、地主のX寺を介さずに無断で行われていたのだ。話を戻そう。同借地権付建物の所有権を得たSは、平成25年2月にG社に同所有権を転売した。すると、Gは直後の3月、Y氏と家族、そしてKを被告に、東京地裁に建物明渡請求訴訟を起こす。Y氏らが退居しなかったからだが、Y氏によれば、その明け渡しは冒頭の話にあるように、暴力団から脅迫された結果、追い出されたのだという。しかしこうして、同25年6月末には、同土地上の全ての建物は解体、更地にされた。本当にそんな暴力的建物解体なら、この時点でY氏には警察に届ける等する方法があったように思えるが、Y氏は何故か警察に助けを求めた様子はない。一方、X寺としては、ここまでくれば新たな借地人を認めざるを得なかった。X寺はGを経て、同年9月、Mとマンション建設の為の定期借地契約を結んだ。敷地は、Y氏が賃借していた新旧土地を含むX寺所有地約1022㎡。地代は極めて安く、月45万円・期間62年の契約で地上権設定された(※契約金は不明)。斯くして現在、14階建てマンションが、今年6月末の完成予定で工事中だ。お寺が訴えられる筋合いはないように考える。だが、Y氏は次のことを訴えているのだ。①原告とX寺との借地契約は継続して存在していることを確認する②賃料不払いによる借地契約解除の無幼③被告のMに対して地上権設定登記の抹消手続き、及びマンション建設の差し止め――だ。全てを失ったY氏は、根本原因となったSとの契約の不実を立証したい。その為、先ず「X寺との借地契約が継続していることを確認する」と提訴しているのだ。以下、寺院との答弁に絞り、①②の主張を見よう。

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テーマ : 暴力団
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池田大作名誉会長を頂に網の目の如く全国に管理職を乱立させる『創価学会』――複雑多岐な役職網、水も漏らさぬ会員の管理方法とは?

20170531 14
宗教団体が組織を維持し、尚も拡大させるには、信者を途切れなく増やし続ける布教が要である。更に大事なことは、入信してきた信者を教化育成して、教団に定着させ、如何にして一級の活動会員に育てるかだ。地下鉄サリン事件を起こし、日本はおろか世界中を震撼させたあの『オウム真理教』(※現在は『アレフ』と『ひかりの輪』に分裂)でさえ、「平成28年(2016年)中、約130人の新規信徒を獲得し、さらに新たな活動拠点を確保」(※『平成29年1月 内外情勢の回顧と展望』・公安調査庁)と、布教に怠りなく執拗な生き残りをかけている。国からも社会からも危険視されているこのような教団でさえも、布教に努力し、拠点施設を新たに築き上げていく根性は、並大抵のものではない。それというのも、教団の運営資金を確保する為には、信者の“浄財”が全てだからだ。言うまでもなく、折角会員にした信者たちを脱会させる失態は、教団にとっては痛手である。その為、信者勧誘の布教と同時進行で、如何に会員を教団に定着させるかが、教団幹部たちの重要な責務になる。公称会員数827万世帯のマンモス教団『創価学会』も、例外ではない。ホームページや機関紙の『聖教新聞』等によると、会員数が順調に伸張している。だが、減少する会員数について公表することはない。教団の信者数は教勢を誇るバロメーターで、世間に対する人気度を示すようなもの。宗教の“正しさ”をアピールする上でも、信者数の加増が教団の欠かせない必類条件の1つである。だから教団は、信者数の減少を殊の外嫌うし、組織の運営にもダイレクトに響く。では、創価学会は日々、どんな対策を駆使して会員の離脱を抑えているのか?

創価学会の場合、組織から離脱する会員のことを、古くは“退転者”・“休眠会員”・“退会者”、或いは“造反者”・“脱会者”等と呼称する。組織から落ちこぼれる信者も、末端の会員から活動家・中堅幹部、それに副会長といった最高幹部まで様々いる。草創からこれまでの90年近い歴史の中で、離脱した会員数も半端ではない。100万・200万世帯にまで上ろうか。会員が自主的に離脱していく理由は千差万別で、勿論、自然に退会していく会員も少なくない。東京都下に住む元古参幹部のF氏が言う。「現在もそうだと思いますが、信者の離脱を防ぐ為に、毎月の活動日程には“部員増加の日”、近年では“家庭訪問の日”があります。月々の座談会等、組織行事が無い日に、各組織を所轄する幹部クラスの人が、会合(集会)に出て来ない等組織活動を止めている会員の自宅を直接訪問して、指導する訳です。どうして会合に出て来ないのか、その理由等を尋ねて激励する訳ですね。嘗ては、そうした信者に対して“再折伏”という言葉も用いられました。似たようなことですが、座談会等行事が開催される当日、“連れ出し”といって、家庭訪問して会場まで同伴するということもあります。このようなきめ細かな幹部たちの組織活動によって、会員の離脱を抑えてきました」。また、会員が転居すると、転居先の住所に地元の創価学会員が訪ねていく。最初にコンピューターを導入した新宗教団体は『PL教団』だと言われるが、創価学会の場合も会員名簿の管理にそつがない。会員の離脱を防ぐ為にも、転居先の住所等が直ぐわかるような仕組みを構築しているのだ。会員名簿の管理がどれほど盤石か。一例を示すと選挙である。市区町選挙等で公明党議員が当選している各候補者の票数を見ると、当落差が僅か10票ほどということも少なくなく、当選順位が団子状態で見事に当選圏内に入っている。つまり、当選の投票数ラインを読んで会員の票を候補者に配分し、1票も無駄にしないという、まさに会員名簿を駆使した、他党には逆立ちしても真似のできない選挙戦である。未だある。長いこと都心部に1人で住んでいた年老いた母親が、千葉県下に住居を持つ息子夫婦に引き取られた。その母が引っ越して来て1週間もしないうちに、突然、地元の創価学会員たちが訪ねてきた。息子夫婦は伝統仏教の寺院にお墓を所有しており、学会員ではない。いつの間にか母親が創価学会に入会していたのも驚きだったが、息子夫婦は、水も漏らさぬ学会の会員管理に寧ろ目を見張ったという。東京の下町に住む70代のAさんは元創価学会員で、こんな体験を持つ。1960年代に入信し、熱心な学会の活動会員になった。会員数80人前後を束ねる男子部の隊長(※現在、この役職名は無い)という幹部職まで昇進する。しかし、1970年代後半に入ると自営業の仕事が多忙になり、毎日の学会活動が面倒になった。組織活動の時間を少しずつ減らし、所属が青年部から壮年部に替わった時期に、自然退会するような形で学会組織から遠ざかった。軈て各種行事の参加も完全に止め、聖教新聞の購読も断ってしまう。

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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

【霞が関2017春】(13) 浮かんでは消える『こども保険』…はたして今回は?

子育てにかかる費用を大幅に軽くする為の『こども保険』構想が、俄かに注目を集めている。発信力のある自民党の小泉進次郎氏ら若手議員が提唱したことがきっかけだ。政府も実現可能性を探るという。ところが、こども保険と似たような政策は、過去にも何度か政府内で議論されていた。その度に、「やっぱりだめ」と萎んでいたのだ。扨て、今回の結末や如何に――。こども保険は、子供が生まれた時にかかる様々な費用を、公的な保険制度で賄おうというもの。子供を持つ親に支給する児童手当の金額を増やし、それを幼児教育や保育の費用に回すことが想定されている。会社員ならば給料に対して十数%ほど、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料を払っている。ほぼ同じ額を雇う側の事業主も払う。小泉氏らによると、こども保険では、この社会保険料を社員・事業主とも0.1%払ってもらえば、3400億円を調達できて、児童手当を1人あたり月5000円増額できるという。0.5%払えるなら1兆7000億円の財源が生まれ、児童手当を月2万5000円増やせる。現在、3歳未満の子供の場合は、月1万5000円の児童手当が支給されている。2万5000円を足せば4万円。中低所得世帯には役立つ額になりそうだ。ここで時間の針を戻そう。2002年から2003年頃だ。この時、厚生労働省で同じような議論があった。少し違っていたのは、「公的年金の積立金を活用できないか?」と考えていた点だ。年金積立金も私たちの払った保険料が積み上がったものだから、今の議論と実質的には違いはない。年金制度に拘ったのは、「子供が増えれば、年金保険料を負担する成人も増え、巡り巡っては年金制度の安定にも貢献する」という理屈からだ。同省の幹部も実現に熱意を見せ、同省の審議会でも議論された。ところが、事態は急変する。年金積立金を使って全国に建設した保養施設『グリーンピア』等の杜撰な運営実態が明らかになったのだ。施設は閑古鳥が鳴き、赤字を垂れ流していた。積立金の無駄遣いだった。「年金のカネは年金以外に使うべきでない」。時の首相はこんな考えを示し、年金を活用した構想は潰えた。この時の首相は、小泉進次郎氏の父・小泉純一郎氏だ。

この後も、こども保険の提言は続く。“育児保険”と呼ばれることが多かったが、基本は今の構想と同じだ。2000年に介護保険が始まり、嘗ては家庭の中の問題とされていた介護を、社会全体で支える仕組みができた。「それならば、育児だって社会化できるのではないか?」。そんな風に考える人が珍しくはなかった。2006年には、佐賀県知事が政府に対して育児保険の創設を要望した。同年末には、政府の『規制改革・民間開放推進会議』が答申の中に“育児保険の創設検討”と盛り込んだ。しかし、何れも実現へ向け動くことはなかった。「子供を作らない人は保険料を払い損になるのではないか?」等、幾多の課題に明確な答えが無かったからだ。「本来、子育て支援は税で実施すべきである」との考えが根強いことも、実現の壁になった。「消費税増税の可能性がある時に新たな保険制度等が議論されると、増税がだめになる」と考える官僚も多くいた。今回の議論に話を戻そう。今も霞が関は、こども保険構想に懐疑的。これまで指摘されていた疑問に明確に答える術は無く、10%への消費税率引き上げも日程に上がっていることが背景にある。厚労省には、介護保険を作った時のような気力も無い。「今回も環境は厳しい」と言わざるを得ない。しかし、10%への引き上げは三度の延期も囁かれる。抑々、消費税率10%では大した子育て支援はできない。10%以上を視野に入れる必要があるが、「それは一体いつ実現するのか?」という状況だ。政府は、「2020年を目途に少子化のトレンドを変える」と謳っている。本当に実現したいのなら、いつかわからない消費税増税を待つだけでなく、あと1~2年のうちに大がかりな対策が必要だ。嘗て、育児保険を最初に提唱したとされる神奈川県立保健福祉大学の山崎泰彦名誉教授は、その実現を「小泉氏に懸けたい」という。同氏への期待は大きい。実際、小泉氏の提言を契機に、公的医療保険・介護保険・年金保険等、既存の保険制度を総動員して子育て支援の財源を生み出す“修正版こども保険”のアイデアも浮上してきた。あとは、本当に「社会を変えたい」という熱意を持った政治家や官僚の輪が広がるかどうかにかかっている。 (山口聡) =おわり


⦿日本経済新聞電子版 2017年5月30日付掲載⦿

テーマ : 政治のニュース
ジャンル : ニュース

【Deep Insight】(20) デジタルキッズ育む国へ

『ソニー』は先月末、2018年3月期の営業利益が5000億円になるとの見通しを発表した。過去最高に迫る水準だ。事業の売却や分社によるリストラで、赤字続きだったエレクトロニクス分野を立て直したことが効く。看板事業のゲームと金融で稼ぎ、株価も上向く。吉田憲一郎副社長は記者会見で、「重要なマイルストーン」と説明した。日本を代表する企業の復活と喜びたいところだが、先週、1~3月期決算が出揃ったアメリカのIT大手と比べると、未だ相当な開きがある。『Google』の持ち株会社『アルファベット』は、3ヵ月だけで7000億円以上の営業利益を叩き出した。高収益の『Apple』が蓄えた手元資金は29兆円。ソニーを5つ買ってもお釣りがくる。この差はどこでついたのか? “デジタルドリームキッズ”――。インターネット時代の入り口に立った1995年、ソニー社長に就任した出井伸之氏が掲げた経営ビジョンだ。「デジタル技術に胸を躍らせる若い世代に支持される会社になる」。そんな思いを込めた。目のつけどころは良かったが、世界を魅了したのはアメリカ企業だった。インターネット検索や通販で先行し、スマートフォン(スマホ)市場を席巻した。ソニーを含む日本勢はデジタル化の波に乗れず、呑み込まれた印象が強い。数字にも表れている。『電子情報技術産業協会(JEITA)』が纏めたIT機器やサービスの世界市場統計を見ると、2010年まで2割超あった日本企業のシェアは、直近で1割強まで下がった。成長分野で日本の影は薄れた。足元でも、前向きとは言い難いニュースが続く。経営が混乱する『東芝』は半導体メモリー事業の売却を迫られ、『富士通』はパソコン事業を実質的に中国の『レノボグループ』に委ねる検討を進める。インターネットに続く次の大波は、もう来ている。人工知能(AI)・ロボット・3Dプリンター。産業構造や、私たちの働き方を一変させる技術が目白押しだ。ITを使いこなし、イノベーションを起こす人材を如何に育てるか。今、“デジタルドリームキッズの育成競争”とも呼ぶべき現象が世界に広がる。キーワードは“STEM”。科学・技術・工学・数学の英語の頭文字を繋いだ言葉だ。単に理系の優等生を増やす教育ではない。論理的な思考や創造性を養うことに力点を置く。目を引くのは、やはりアメリカだ。4月に国を挙げた“ロボット週間”がある。企業と大学が議会に働きかけ、2010年に始まった。子供たちが対象のロボット製作コンテスト等が毎年、全米で開かれる。

「アメリカは起業家精神ではナンバーワンだが、サイエンス教育は見劣りする。STEMで世界の仕組みをもっと理解できれば、より良い判断力が身に付く」。ロボット掃除機で知られる『アイロボット』のコリン・アングル会長は言う。同社はロボット週間の牽引役であるだけでなく、プログラミングを学べる教育用ロボットを販売する。社員が学校に出向き技術を教えるボランティア制度もあり、年5万人の子供と接する。文部科学省によれば、イギリス、ハンガリー、ロシアは小中学校でプログラミングを必修とし、韓国やシンガポール等も力を注ぐ。日本はどうか。3月告示の学習指導要領で小学校でのプログラミングの必修化が決まったが、開始は2020年度からと未だ先だ。抑々、国や学校任せではいけない。アイロボットが示すように、企業が担える役割は大きい。Appleも、プログラミングの教材アプリの提供に本腰を入れ出した。日本にも、プログラミング教育のベンチャー企業やNPO法人はある。だが、1990年代以降の“デジタル敗戦”を繰り返さない為には、産業界は危機感を持ち、何ができるか知恵を絞ったほうがいい。注目したい動きはある。出版・IT大手の『カドカワ』は昨年、通信制の『N高等学校』を設立した。在校生は約3800人。スマホやパソコンを使う授業から、リポート提出・部活までインターネットで熟す。デジタル世代の潜在力を引き出し、社会の即戦力にすることを目指している。目玉はプログラミングの授業だ。カドカワ傘下で、人気サイト『ニコニコ動画』を運営する『ドワンゴ』の技術者が講師を務める。その1人、吉村総一郎氏は語る。「ソフトを使うだけの消費者ではなく、生産者になってほしい」。コンサルティング大手の『アクセンチュア』は、大学生向けのデータサイエンス勉強会等を手がける。社会貢献の一環だが、優秀な人材の採用等、実利も追う。同社の工藤卓哉氏は、「ITによる業務の自動化は、全ての産業に関わる。企業はもっとSTEM教育に投資すべきだ」と訴える。デジタルキッズを育てる活動を通じ、企業自身もデジタル感度を高められる筈だ。その上でビジネスの現場を見渡せば、事業モデルの刷新や生産性向上のヒントを掴めるのではないか? 牛丼の『吉野家』は、一部店舗の食器洗い作業に国内ベンチャー『ライフロボティクス』(東京都江東区)のロボットを導入した。従業員の負荷を減らし、人手不足に対応する。“ロボットは工場で使うもの”という20世紀的な固定観念を捨てたからこそできた試みと言える。デジタルを理解し、受け入れる柔軟な発想は、働く大人にだって必要だ。まだまだ子供たちに負けてはいられない。 (本社コメンテーター 村山恵一)


⦿日本経済新聞 2017年5月12日付掲載⦿

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【南鳥島に注目せよ!】(09) 地層から発見! 高濃度のレアアース泥

20170531 11
1998年から2008年にかけて、海上保安庁は南鳥島周辺海域の詳細な海底地形を調べる為、マルチビーム音響測深を行っている。これは、簡単に言えば海底に音響ビームを発信し、その反射強度を調べることで、海底を“面”で捉えた測量を可能とするものだ。そして、海底火山に見られるような硬い岩石は、音波を強く反射する。調査に携わった研究者たちも、「強い反射強度を示したある地点に存在するのは、海底火山の一種である“プチスポット火山”だ」と予測した。しかし、有人深海探査船『しんかい6500』で潜水調査を行ったところ、思いもよらぬ光景が待ち受けていた。そこにあったのは海底火山ではなく、地底を埋め尽くすほどのマンガン団塊だったのである。このマンガン団塊、実はレアアース泥と密接な関係にあると考えられている。例えば、ハワイの周辺海域。ここでは、レアアース泥の分布海域とマンガン団塊の密集分布域が見事なまでに重なっている。

また、その化学組成――つまり物質を構成する元素や化合物等の比率も、レアアース泥と非常によく似ている。マンガン団塊が生成される過程については第4回で解説しているが、レアアース泥がそこに大きく関わってくるパターンもあるのだ。レアアース泥が海底深くに埋没すると、そこに含まれていたマンガンや鉄は次第に海水へと溶け出していく。海水に含まれている酸素と混じり合って、マンガンや鉄は酸化。それらがコア(核)に吸着し、長い時間をかけて少しずつ大きくなり、軈て“塊”となる。こうして、レアアース泥からマンガン団塊が生み出されるのである。それ故に、海底にマンガン団塊が密集分布している海域では、レアアース泥も発見されることが多い。南鳥島の周辺海域等は、まさにそのケースと言える。では、ここで左上図をご覧頂こう。やや専門的になるが、これは南鳥島の周辺海域で採取された“コア試料”のデータだ。コア試料とは、ピストンコアラーを用いて採取した海底堆積物の試料のこと。長さ15mの管を、レアアース泥が存在しそうな海底に突き刺して、そこに含まれている物質や、その地層が作られた年代を調べる訳である(※第5回参照)。3つのコア試料データを掲載しているが、レアアースの含有量が多かったのは、やはり白亜紀である1億2000万年前~9000万年前に形成された“古くて深い”地層。火山活動が活発だった時期の層なのだから、当然といえば当然だ。ところが、海底面から10m前後の深さ、年代にして凡そ1500万年前~1000万年前という比較的“新しくて浅い”地層からも、1000ppmを超える高濃度のレアアース泥が採取されたのである。その理由は未だ解明されていないが、これが朗報であるのは間違いない。浅い地層であればあるほど、開発コストや難易度はグンと下げられるからだ。


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中国を悩ます余剰穀物の膨張――在庫放出なら世界市場は大荒れ必至、商品市場は総崩れへ

20170531 09
史上空前の規模に膨れ上がった中国の余剰農産物が、世界の食糧市場に深刻な脅威を与えている。トウモロコシで世界の年間貿易量の2倍にあたる約2億5000万トン、コメもほぼ同水準の約6800万トンに達している。中国政府が農家保護の為、農産物を高値で買い入れる一方、農業自由化で穀物輸入が急増した結果だ。中国国内の貯蔵能力は限界を超え、政府が安値で在庫処分に打って出るか、アフリカ・中東諸国向けの無償食糧援助に振り向ける可能性が高まっている。現実化すれば、世界の穀物市場の暴落は不可避だ。黒竜江省の中央部に広がる三江平原。黒竜江・松花江・ウスリー江の三大河が作る肥沃な黒土の平原で、中国最大の穀倉地帯となっている。その中核都市で、農作物の集荷拠点である佳木斯(ジャムス)市の郊外では、春を迎えて異常な光景が市民の目にも露わになり始めた。穀物保管用の巨大サイロの周辺に、青いビニールシートに覆われた高さ数mの山が広がっているからだ。その周りを、肥大化した野鼠が走り回っている。サイロに収容できなくなったトウモロコシを、屋外で保管せざるを得なくなったのだ。厳重に袋詰めされているとはいえ、野生動物の餌食になるがままなのだ。黒竜江省の年間のトウモロコシ生産量は約4000万トン。これだけでも世界の生産量の4.5%にあたるが、省内にはその2倍近い量のトウモロコシが各地の政府倉庫に眠っている。更に、吉林省・遼寧省・河北省等、中国の主要な食糧産地のサイロはトウモロコシで溢れ返っている。小麦と並ぶ中国人の主食であるコメ。日本と同じ短粒種の主要産地でもある黒竜江省は、日本の3倍以上の年間2500万トンを生産するが、消費し切れないコメの在庫が、やはり省内だけで4000万トンも貯蔵されている。

「中国は世界の穀物倉庫と化した」――。中国農業部の高官の1人は、こう指摘する。世界の穀物在庫と比較すれば、中国はトウモロコシで世界の70%、コメで75%の在庫を抱える状況に陥っているからだ。1970年代まで食糧の絶対的不足に苦しみ、国民の腹を満たすことが共産党にとって最重要課題だった中国に、これほどの余剰食糧が発生した背景には、国内・国際の2つの原因がある。国内問題は、農民の経済水準の向上策だ。中国は言うまでもなく、改革開放政策が始まって以降、沿海都市部が急激に発展した。外資の直接投資を牽引車に、輸出を主目的とする工場が沿海部に林立し、都市部の住民の所得は急上昇した。一方、農村部は低価格の食糧を供給する役割を担わされ、所得は低いまま据え置かれた。21世紀に入って、都市と農村の所得格差は深刻な社会問題となり、胡錦濤前政権は“三農(農業・農村・農民)問題”の解決として、農産物の政府買い入れ価格の引き上げを進めた。日本で1950年以降に進められた米価引き上げに近い、農家への所得補填政策だ。その結果、農家の収入は緩やかながらも増加した。当然ながら農民の生産意欲は高まり、中国の穀物生産は2004年以降、12年連続で前年比増となった。中国は1990年代半ば以降、国産では不足する大豆の輸入を開始し、大豆の輸入は持続的に増加したが、その他の穀物に関しては21世紀に入ってからは寧ろ余剰が目立ち始めた。穀物を食肉用の家畜飼料に回したり、工業用のエタノール生産原料等で消化せざるを得なくなった。だが、国内余剰に国際的な問題が加わった。アメリカやブラジルからのトウモロコシや小麦の輸入増加だ。中国は2001年に『世界貿易機関(WTO)』に加盟した際、農産物の輸入関税で大きく譲歩した。一定量の低関税輸入枠(ミニマムアクセス)を超える輸入関税を、40%前後に置いたのだ。日本ではコメに77万トンのミニマムアクセスを設定しているが、それを超える分の関税は778%と、完全にブロックできる体制を勝ち取っている。「中国の政治家は完全に読み間違えた」――。今、中国の農業政策の当局者が悔やむのは、40%という関税率の低さだ。当初は、大規模農業で競争力のあるアメリカに比べても、中国のほうが生産コストが低く、「40%の関税率で十分にブロックできる」と予想していた。だが、中国の人件費高騰や肥料・農薬等のコスト上昇に加え、政府の農産物買い入れ価格の引き上げで、中国国産と輸入穀物の価格逆転が起きてしまったのだ。

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またぞろきな臭い慶應義塾大学の塾長選挙――医学部の内ゲバと新たな醜聞、岡野陣営に手痛い不祥事

20170531 07
慶應義塾大学の塾長選挙を巡り、医学部と病院で異例の事態が続いている。塾長は、一般の私立大学でいう理事長と学長を兼ねる役職。経営と学務を束ねる最高権力者だ。慶應の最高意思決定機関『評議員会』で選出される。現職の清家篤塾長は、規約にある任期4年・通算2期を今年度末で満了。今月16日に開かれる臨時評議員会で、後任が決まる運びだ。当初は、「無風状態の中、衆目の一致する後継者へと禅譲が行われる」との読みが専らだった。ところが、昨年暮れに状況は一変する。“本命”前病院長vs“対抗馬”現医学部長――。医学部と病院は、完全に股裂き状態に陥った。陰で糸を引く人物の思惑も見え隠れする。旧帝大の医学部・病院や、国立高度専門医療研究センター6法人に対抗し得る総合力を持つ唯一の私学。名門中の名門である慶應の医学部と病院で何が起きているのか。清家氏が後事を託そうとしたのは、戸山芳昭常任理事。整形外科教授や病院長を歴任している。一昨年の医局忘年会では、「次の塾長は俺だ」と高らかに宣言した。慶應医学部は来年、創設から100周年。「『病院は慶應にとって大きな課題になる。病院のことがわかっている人物に後を継いでもらわないと、困ったことになる』と清家さんが言っているんだ」と、戸山氏は周囲に吹聴してきた。戸山氏をよく知る慶應関係者が言う。「良くも悪くも気のいい人物。口癖は、『皆仲良く頑張ろう』です。慶應医学部では、ここ10年ほど様々な問題が噴出してきた。どの局面でも、戸山氏が指導力を発揮することはありませんでした」。清家氏や戸山氏にしてみれば、ポスト清家は戸山が既定路線。実現すれば、医学部出身者としては初の塾長就任となる。だが昨年末、事態は急変。現医学部長の岡野栄之氏が反旗を翻したのだ。

「戸山氏は塾長選に備え、岡野氏に研究担当常任理事への就任を打診。同意を得ていた。岡野氏の出馬表明は想定外。戸山陣営には困惑が広がっています」(慶應OB)。岡野氏は生理学教室の教授。再生医学の旗振り役として、一般的な知名度も高い。前任の医学部長で『日本医療研究開発機構(AMED)』初代理事長に転じた末松誠氏や、医学部長補佐を務める循環器内科の福田恵一教授とは同級生の間柄。末松氏が医学部長に就任した2007年以降、この“お友だちトリオ”が慶應医学部を恐怖政治で支配してきた。「学部内には、“物言えば唇寒し”の空気が蔓延しています。執行部の意向に逆らえば、機器の購入ひとつにも支障を来す」(医学部教員)。岡野氏擁立の黒幕は末松氏だ。選対本部長役は福田氏が務める。選挙戦でもトリオは健在。だが、年明け早々、岡野陣営の前に大きな障害が立ちはだかった。「慶應が開発したスマートフォンアプリケーションの提供で、研究計画違反が発覚しました。開発に当たったのは、福田氏の部下である循環器内科・木村雄弘特任助教らのグループ。福田氏は監督責任者の立場にあります」(医学部関係者)。計画では、アプリの公開前に慶應病院の患者が利用。事前検討を行い、その後で一般ユーザーが利用する流れ。だが、実際には院内での事前検討前にアプリは一般に公開され、利用が開始されていた。厚生労働省は態度を硬化。“特定機能病院”承認解除も検討された。岡野医学部長は、今年1月17日付で研究実施の許可を取り消す。同20日には、小児科の高橋孝雄教授を委員長とする調査委員会設置を決定。先月末までに3回の会合を持った。委員には、岡野氏らと同級である元厚労省老健局長で臨床研究推進センターの三浦公嗣教授も選ばれている。「不祥事が公表されたのは2月28日。提供中止から1ヵ月半後では遅きに失する。塾内では、『塾長選の票集めに影響する為、執行部が発表を遅らせたのではないか?』との観測が、早くから飛び交っています」(三田会関係者)。同級生トリオによる専横は、何も今に始まったことではない。「末松君はAMEDへ行くに当たり、慣例を破って医化学教室の教授職に留まった。今でも、毎週土曜日には研究室に来る。“教授不在”の医化学教室で、研究や教育はどうなるのか? 将来、塾長になる為なら何でもする。戸山塾長が実現すれば、同じ医学部出身の末松君の出る幕はありません。そこで、岡野を当て馬にした。末松君の狙いは、あくまで“戸山潰し”。岡野が塾長になれるとも、その器だとも思っていない」(私大医学部教授)。末松氏の“実力”は、岡野・福田両氏より一枚も二枚も上。学部長となった選挙戦は、今も語り草だ。「後に8人も教授を出した同期を中心に、票固めに奔走。准教授連中には、『俺が学部長になったら、お前らは皆、教授だ』と手形を乱発しています。関与したベンチャーを計画倒産させ、浮いた金をばらまいた」(当時を知る元教授)。

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新疆ウイグル自治区で漢民族が大量流出――習近平“強権支配”の新たな難題、人民解放軍も雲散霧消

20170531 05
中国の新疆ウイグル自治区では、イスラム教徒のウイグル族を中心とする分離独立運動が続いているが、習近平政権の徹底した情報遮断で、実態は海外に伝わり難くなっている。だが、習政権の意図とは裏腹に、新疆では今、漢族の大脱出が加速しており、中国支配が根底から揺らぎ始めている。戸籍上は漢族人口は変わらないが、「実数は過去10年で半減した」とも言われる。漢族を狙う連続テロで治安が悪化する一方、成長を支えたエネルギー産業が落ち込み、新疆に留まる理由が薄れているからだ。漢族の少子高齢化も、人口減少に拍車をかける。新疆の“非中国化”は、台湾独立の機運と共に、習政権の危機に繋がりかねない。毎年3月5日に開会する中国の国会にあたる『全国人民代表大会(全人代)』。約3000人の代表が集まる全体会議以外に、省・市・自治区に分かれた分科会が開かれ、重要度に応じて習主席や李克強首相ら最高指導部が顔を出す。今年は、10日に開かれた新疆ウイグル自治区の分科会に習主席が出席し、「断固として社会の調和・安定を守り、不断に民族の団結を強固にしなければならない」と檄を飛ばした。通り一遍の発言に聞こえるが、「この発言にはあるメッセージが隠されていた」と中国の然る政治学者は指摘する。ポイントは“民族の団結”。一見、ウイグル族等少数民族の独立を牽制する言葉に聞こえるが、実は「新疆在住の漢族に対し、『国家と漢族の為に新疆に踏み止まれ』と呼びかけたものだ」と、その政治学者は解説する。

1944年に東トルキスタン共和国として独立を図った新疆は、新中国発足後は軍事制圧され、1955年に現在の新疆ウイグル自治区が置かれた。以後、中国共産党はウイグル族による新疆の分離独立を阻止する為、人民解放軍による入植・国有企業の進出・石油や石炭開発等で現地の雇用を拡大。多数の漢族を移り住ませ、中国化を強引に進めた。新疆の人口の過半を漢族にすることが目標となった。1980年、新疆の人口は1283万人に上り、その内、漢族は531万人と、41%強を占めるまでになった。1990年代にはタリム盆地の石油・天然ガス開発が本格化し、漢族の移住は更に増え、ウイグル族は限られた居住地に押し込まれ、対立は激しくなっていった。当時は現地の政府機関や国有企業に勤め、新疆に定住すれば、北京・上海並みの給与で高品質の住宅等も与えられた。物価水準からみれば大変な厚遇だ。しかも、新疆戸籍の子弟は清華大学・復旦大学等、中国のトップクラスの大学に優遇枠で入学できる為、子弟の教育も考え、新疆勤務を希望する漢族が多かった。新疆は、叩き上げの漢族庶民にとって、一旗揚げる夢のパラダイスだったのだ。だが、そうしたストーリーは続かなかった。2014年、新疆の人口は2322万人に増加。漢族人口も表面的には859万人に増えたものの、人口比では37%に低下した。少数民族は『一人っ子政策』を免除され、元々イスラム教は産児制限をしない子沢山ということもあり、ウイグル族人口が急増した為だ。表面上の人口統計を取っても、漢族人口の比率は今後、低下の一途を辿り、2030年には30%を割る見通しだ。ただ、今、それ以上に深刻なのは、戸籍を残したまま沿海部に流出する漢族が急増していることだ。沿海部には内陸からの出稼ぎ農民が2億5000万人以上おり、戸籍が無くても都会で就業できる機会は多い。新疆に入植した漢族は元々、大卒の管理職層やエンジニア等が多い為、都市部で仕事を見つけられるチャンスも多い。そうした新疆からの移住者は、当初は若者中心だったが、両親が引退し、高齢化するにつれ、沿海部に呼び寄せるようになった。1978年末に始まった改革開放政策後、新疆に移住した第1世代の漢族が引退し、新疆を去る時代になった。新疆を車で走ると、頻繁にみかける地名に“○○生産建設兵団”というものがある。“○○”には、軍隊の師団や旅団の名前のように数字が入る。1950年代、新疆の支配を固める為、中国共産党は人民解放軍を現地に送り、各地に定住させた。『屯墾戍辺』事業である。「軍人が土地を開墾し、自給自足すると共に、国境を外敵から守る」という制度だ。各兵団は農業だけでなく、製造業やサービス業にも進出。新疆の漢族支配の経済的基盤となった。だが、中国の経済発展と共に、沿海都市部で雇用機会が増え、人民解放軍の入隊希望は激減。新疆の屯墾戍辺は、若者にそっぽを向かれた。今世紀に入ってからは、各兵団で高齢化が進行。軍ビジネスも勢いを失い、兵団は解散や雲散霧消するものが増えている。

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北海道鉄道網の維持は航空とのコラボに活路――業界の垣根を越えた協力で道内・国外からの乗客を増やせ

20170531 03
北海道の鉄道網の危機が叫ばれる中、昨年11月18日に『JR北海道』が大規模な廃線案を提示し、衝撃が走っている。対象は13線区で合計1237㎞にも上り、JR北海道の営業路線合計距離2568.7㎞(※2016年度初め現在)の48.2%に相当する規模だからだ。理由は、乗客が採算ラインに達していないことに加え、設備の老朽化が進み、安全が維持できない為、「当社単独では維持が困難な線区」として、1日の輸送数200人未満の路線のバスへの置き換えや、200~2000人未満の路線は地元自治体等による助成を呼び掛けている。具体的には、道北の宗谷本線では名寄-稚内、道東の石北本線の新旭川-網走、釧網本線の網走-東釧路、根室本線の釧路-限室、中央部でも、富良野は旭川・滝川・新得の3方面の路線が全て対象になり、北海道の鉄道は東側3分の1で幹線ネットワークを失うことになる。通勤通学の足が奪われるだけでなく、ジャガイモ・玉ねぎ・ニンジン等の農産品や水産品の大量輸送に支障が生じ、産業経済への影響も必至だ。しかし、北海道の自治体はどこも税収減で、JRの期待に簡単に応えられる状況にはなく、殆どの線区は廃線に追い込まれる可能性が高い。背景には、北海道が直面している急速な人口減少問題がある。『国立社会保障・人口問題研究所』の推計(※2012年)では、2010年の人口を100とすると、2040年の日本の平均が83.7なのに対し、北海道は全体で76.1と下回り、更に札幌圏を除くと67.7と、全国でトップレベルの減少率だ。その結果、札幌圏の占める比重は、2010年の34.8%から2040年の40.9%に高まり、周辺地域の過疎化は大幅に進むことになる。一方、JR北海道は1987年の国鉄分割民営化による発足以来、縮小路線に陥っている上、2011年には石勝線列車脱線火災事故、2013年に特急列車のエンジントラブルや軌道検査データの改竄等が発覚し、翌2014年には国土交通省から事業改善命令・監督命令を受けた。しかも、北海道新幹線の投資も加わって経営の逼迫度は増す一方で、2015年度は国から600億円の設備投資支援を受けたが、営業損益は過去最悪の352億円の赤字を記録した。2016年度は600億円の設備投資支援に加えて、修繕費の支援を600億円受けるが、営業損失は460億円に拡大する見込みだ。

巷では、「最早、独立したままでの存続は難しいのではないか?」との声も聞かれる。他のJRとの合併の可能性を指摘する人もいるが、例えば『JR東日本』は既に株式を上場しており、赤字会社と経営統合するのは株主に対する説明が難しい。北海道の鉄道網を守るには、道内組織からの補助金では不十分で、道外からの現金収入を増やすことと、線路の通行量を増やす必要がある。それには、訪日観光客が拡大している今がチャンスであり、人材的にも余力のある航空業界と協調(コラボ)するのが早道ではないだろうか? 鉄道と航空とのコラボで直ぐに浮かぶのは、1980年代に『西ドイツ国鉄』(※当時)と『ルフトハンザ航空』が共同運行していた特急列車『エアポートエクスプレス』だ。ルフトハンザが用意した専用列車を西ドイツ国鉄が運行し、ルフトハンザの列車として営業する。航空のサービスレベルで提供される機内食やワインを片手に、ライン川沿いの景色を楽しむ鉄道の旅はとても快適だった。その後、ドイツやフランスでは、温暖化の原因とされる二酸化炭素の削減と、交通の過疎化回避を目的とした“総合交通政策”が導入され、高速鉄道の整備も相俟って、近中距離区間では航空便を削減し、鉄道の利用が推奨されるようになった。ドイツでは、主要空港に乗り入れるドイツ版新幹線『インターシティーエクスプレス(ICE)』の整備によって、ルフトハンザは近距離路線の便数を減らし、ICEの一部列車の一部車両を借り上げ、航空チケットでも利用できる『エアレイルサービス』を併用している。『全日本空輸(ANA)』は昨年12月、北海道のブランド力向上と地域の活性化の推進の為の包括連携協定を北海道と締結し、サポートに乗り出したが、列車の共同運行までは含まれていない。主な事項としては、①線光振興②食の振興③人材の育成④スポーツを基軸にする地域振興⑤道の海外事業との連携――等が挙げられている。同時に、道内地域への乗客拡大を図る為、道内のどの路線でも片道6300円(※55日前までに購入する『旅割55』)の均一料金の導入や、東京・名古屋・大阪から新千歳空港乗り継ぎで、道内各地まで最安料金1万円からの割安な乗継旅割等、特別運賃を設定した。ANAは「国内外のネットワークを活用し、訪日外国人の誘致や道産食材の輸出拡大に努力する」と説明しているが、“現状維持”で精一杯の道民にとって、未来志向のビジョンを持った人材面でのサポートが一番役立つのではないだろうか? 日本では観光業の社会貢献度があまり評価されていないが、宿泊を伴う観光客の経済効果は意外に高い。日本人の1人当たりの年間消費支出は約125万円(※総務省『家計調査』2015年を基に試算)だが、訪日外国人観光客の消費額は15.6万円(※観光庁2016年調査)なので、8人の外国人観光客を誘致できれば定住者1人の消費額とほぼ同じになる。また、外国人観光客も鉄道を利用しており、北海道の鉄道ネットワークの維持にも貢献できる。

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