【不養生のススメ】(02) 医療麻薬は悪ではない

読者から悲痛な声が届いた。「わたしは慢性疼痛で医療用麻薬を2年程飲んでいました。一般に言われる悪い副作用は殆ど出ず、それにより痛みは改善していましたが、医者の話によると審査が厳しくなって突然処方が打ち切られました。何とか他の小さな病院や緩和ケアのところを探して薬を出してもらっていたのですが、そこでも“がんの患者にしか出せない”と遂に貰えなくなりました。役所も病院も保険団体も、どこで治療を続けられるか、教えてくれません。薬を貰えず、また医者が適切な説明をしてくれず、行き場を失い苦しんでいる患者が沢山いることを知ってください」。海外から見ると、この状況はとても理解し難い。日本では、世界に誇る国民皆保険制度の下で、必要な医療が平等に受けられる筈だ。それに、日本の医薬品市場は、アメリカに続き世界第2位である。高齢化社会に伴い、慢性疾患や癌患者の増加の為、医療用麻薬の消費量が多くても全く不思議ではない。ところが実際、日本の医療用麻薬の消費量は極端に少ない。『世界保健機関(WHO)』の協力センターであるウィスコンシン大学の『痛みと政策研究グループ(PPSG)』は、医療用麻薬によって、世界中の痛みで苦しむ人々の生活の質を向上させる為の研究施設だ。PPSGは、『国際麻薬統制委員会(INCB)』の情報を元に、世界の医療用麻薬の消費量を調査している。PPSGのデータによると、伝統的な医療用麻薬であるモルヒネの2014年の1人当たりの年間平均消費量は、日本は世界133か国の内、47位のヨルダン、48位のスロバキア、49位のバーレーン王国に続き50位である(※右表)。世界の平均消費量は6.24㎎で、日本は平均1.68㎎。しかも、日本のモルヒネの消費量は、2001年をピークに減っている。
一方、モルヒネの消費量の上位には、欧米の先進諸国が名を連ねている。勿論、それには理由がある。先ず、原因が何であろうと、堪え難い痛みは睡眠障害・抑鬱・不安・体の動きの制限等を齎し、自立性を失い、生活の質が悪化することは、これまで散々医学研究で報告されている。今では、“痛み”はそれ自体が病気として認識されている。同時に、痛みの管理は、医学界の議論に留まらず、WHO・『国際連合』やその他の国際機関を通じて、“基本的な人権”という概念にまで発展した。2010年にモントリオールで開催された『国際疼痛学会(IASP)』では、痛みの管理を求める権利として、次の3つの要素を含む声明が発表された。「誰もが差別なく、痛みに対する治療を受ける権利」「痛みのある人は、痛みを認めてもらう。そして、痛みの評価と管理の方法について知る権利」「痛みのある誰もが、訓練された医療従事者の適切な評価と治療を受ける権利」。冒頭の読者は、「慢性疼痛という理由で差別を受け、痛みを認めてもらえず、評価も治療も受けられなかった」。つまり、人権が全く無視されたことになる。それにしても何故、慢性疼痛の医療用麻薬の処方が打ち切られてしまったのだろう? 関西の緩和ケア専門医に聞くと、「学会や厚生労働省は、慢性疼痛の啓発や緩和ケアの推進をしている。この観点からは矛盾していると常々考えるが、処方の打ち切りは、慢性疼痛への医療用麻薬の保険査定(※治療や薬を認めない等診療内容を否定するもの)のせいだ。責任の所在は怠慢な学会と厚労省」と批判する。東京都内の緩和ケア専門医は、「厚労省が差別している。癌の痛みと比べて、慢性疼痛への医療用麻薬の適応は限られていて、処方したくても処方できない。緩和ケア病棟も、癌やAIDS患者しか入院できない。何故かという合理的な理由は無いと思う。非癌の緩和は、漸く心不全が加わりつつあるくらいだ」と嘆く。このように、専門医ですら慢性疼痛への医療用麻薬の処方に苦労している現状。況してや、一般の医師は更に処方が難しい。日本では、医療用麻薬を処方する医師は“麻薬施用者免許”の取得が必要だ。更に、使用量を逐一記録・管理するのは麻薬管理者の仕事で、これも免許が必要である。一般的なクリニックでも、都道府県知事に申請すれば麻薬施用者免許の取得は可能であるが、手続きが大変過ぎて、クリニックで働く多くの医師は医療用麻薬を処方していない。一方のアメリカでは、医師ならば一般的なクリニックでも医療用麻薬は処方できる。都内の内科医は、「クリニックでは、少なくとも僕は処方していないし、処方している他の医師を見たことがない。厚労省が非協力的なのは、使われない場合は彼らに責任は無いが、使って問題が起こった場合に責任を取る必要があるからだ」と言う。INCBは、医療用麻薬の疼痛ケアの障壁の1つに、過度に厳しい規制を挙げている。
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