【不養生のススメ】(10) 酒の種類で変わる酔い方

「ワインは最も健康的で、最も衛生的な飲み物」――。フランスの化学者で細菌学者のルイ・パスツール博士(1822-1895)の名言だ。狂犬病ワクチンの発明等、医学の発展に様々な功績を残したパスツール博士は、アルコールの発酵が酵母という微生物の活動によることも発見した。更に当時、時間が経つとワインが酸っぱくなることに頭を抱えていたワイン業者の悩みを受け、パスツール博士は、その原因は雑菌の増殖であることを科学的に実証し、低温殺菌法を開発した。この方法は、ワインを沸騰しない温度で温めることで、風味を損なわずに細菌を死滅させて、ワインの腐敗を防ぐ。パスツール博士は、「科学には国境は無いが、科学者には祖国がある」という名言も残している。博士のワインの研究は、祖国・フランスへの愛国心を感じる。パスツール博士無しでは、熟成ワインは存在しなかったかもしれない。実は、パスツール博士が誕生する少し前の1819年、アイルランドの心臓専門医の先駆者であるサミュエル・ブラック医師は、狭心症による胸痛がアイルランド人よりもフランス人に遥かに少ないこと、その違いはフランス人の食習慣や生活様式にあることを指摘している。その後、1992年の医学雑誌『ランセット』に、フランスのセルジュ・ルノー博士らは、フランス人はバターとチーズ等飽和脂肪酸をたっぷり含んだ食事をしていても、心臓病になるリスクが比較的低いことを指摘し、これを“フレンチパラドックス”と名付けた。ルノー博士らは、その理由として、フランス人は赤ワインを飲むことを示唆し、アメリカでも一時期、赤ワインが爆発的に売れた。
ところが、「フランス人の心疾患を過小評価している」「フランス南部では、他の地中海沿岸地域と同じく、伝統的且つ健康的な生活スタイルであり、アメリカ人より食事の摂取量が少ない」等、赤ワインの効能に疑問が投じられた。現在は、「酒の種類ではなく、酒に含まれる純粋なアルコールの量が心臓病の予防効果に関与する」と考えられている。厚生労働省のガイドラインも、適切な飲酒は、酒の種類ではなく、1日平均純アルコールで約20g程度としている。ところが、そんな風潮に一石を投じる論文が、昨年11月にイギリス医師会雑誌のオープンアクセスジャーナル『BMJ Open』で、ウェールズ公衆衛生局のキャスリン・アシュトン博士らによって報告された。論文によると、「酒の種類によって気分や感情の刺激が違う」というのだ。この研究は、アルコールや薬物の使用に関する国際調査の一環で、世界21ヵ国約3万人(※18~34歳)のアンケートに基づいている。研究者らは、赤ワイン、白ワイン、ビール、蒸留酒(※ウォッカ、ジン、ラム等)を飲んだ時の、ポジティブな感情の変化(※エネルギッシュ、自信、リラックス、挑発的)とネガティブな感情の変化(※疲れる、攻撃的、気分が悪い、落ち着きがない、悲しい)を調べた。結果(※左上グラフ)、赤ワインが最も癒やし効果があり、参加者の約53%が「リラックスする」と答えた。続いてビールも同じように、50%の参加者が「リラックスする」と報告した。また、赤ワインを飲んで攻撃性を感じた参加者は僅か2.5%だったが、60%が疲れを感じた。パスツール博士は、1日の終わりに赤ワインを飲んで寛いだのかもしれない。一方、蒸留酒は癒やし効果は低く、60%の参加者は自信を持ち、エネルギッシュになったが、30%に攻撃的、43%に挑発的な気分を感じさせた。何故、アルコールの種類によって感情の反応が違うのだろうか? この研究ではメカニズムまでは解析していないが、アルコール度数が高い蒸留酒は短時間で飲む人が多く、一気に血中のアルコール濃度が上がり、脳への刺激が高まる可能性がある。また、抑々酒の源は植物であり、様々な天然化合物を含んでいる。つまり、それらアルコール以外の化合物が感情を刺激している可能性もある。以前、イタリアのミラノ大学の研究者らが、赤ワインには睡眠効果や抗酸化作用のあるメラトニンが含まれることを示した。葡萄の産地や品種によってもメラトニンの量は異なるが、メラトニンは葡萄の皮に含まれていて、発酵後、赤ワインに保持される可能性が高い。
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