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【不養生のススメ】(10) 酒の種類で変わる酔い方

20180131 12
「ワインは最も健康的で、最も衛生的な飲み物」――。フランスの化学者で細菌学者のルイ・パスツール博士(1822-1895)の名言だ。狂犬病ワクチンの発明等、医学の発展に様々な功績を残したパスツール博士は、アルコールの発酵が酵母という微生物の活動によることも発見した。更に当時、時間が経つとワインが酸っぱくなることに頭を抱えていたワイン業者の悩みを受け、パスツール博士は、その原因は雑菌の増殖であることを科学的に実証し、低温殺菌法を開発した。この方法は、ワインを沸騰しない温度で温めることで、風味を損なわずに細菌を死滅させて、ワインの腐敗を防ぐ。パスツール博士は、「科学には国境は無いが、科学者には祖国がある」という名言も残している。博士のワインの研究は、祖国・フランスへの愛国心を感じる。パスツール博士無しでは、熟成ワインは存在しなかったかもしれない。実は、パスツール博士が誕生する少し前の1819年、アイルランドの心臓専門医の先駆者であるサミュエル・ブラック医師は、狭心症による胸痛がアイルランド人よりもフランス人に遥かに少ないこと、その違いはフランス人の食習慣や生活様式にあることを指摘している。その後、1992年の医学雑誌『ランセット』に、フランスのセルジュ・ルノー博士らは、フランス人はバターとチーズ等飽和脂肪酸をたっぷり含んだ食事をしていても、心臓病になるリスクが比較的低いことを指摘し、これを“フレンチパラドックス”と名付けた。ルノー博士らは、その理由として、フランス人は赤ワインを飲むことを示唆し、アメリカでも一時期、赤ワインが爆発的に売れた。

ところが、「フランス人の心疾患を過小評価している」「フランス南部では、他の地中海沿岸地域と同じく、伝統的且つ健康的な生活スタイルであり、アメリカ人より食事の摂取量が少ない」等、赤ワインの効能に疑問が投じられた。現在は、「酒の種類ではなく、酒に含まれる純粋なアルコールの量が心臓病の予防効果に関与する」と考えられている。厚生労働省のガイドラインも、適切な飲酒は、酒の種類ではなく、1日平均純アルコールで約20g程度としている。ところが、そんな風潮に一石を投じる論文が、昨年11月にイギリス医師会雑誌のオープンアクセスジャーナル『BMJ Open』で、ウェールズ公衆衛生局のキャスリン・アシュトン博士らによって報告された。論文によると、「酒の種類によって気分や感情の刺激が違う」というのだ。この研究は、アルコールや薬物の使用に関する国際調査の一環で、世界21ヵ国約3万人(※18~34歳)のアンケートに基づいている。研究者らは、赤ワイン、白ワイン、ビール、蒸留酒(※ウォッカ、ジン、ラム等)を飲んだ時の、ポジティブな感情の変化(※エネルギッシュ、自信、リラックス、挑発的)とネガティブな感情の変化(※疲れる、攻撃的、気分が悪い、落ち着きがない、悲しい)を調べた。結果(※左上グラフ)、赤ワインが最も癒やし効果があり、参加者の約53%が「リラックスする」と答えた。続いてビールも同じように、50%の参加者が「リラックスする」と報告した。また、赤ワインを飲んで攻撃性を感じた参加者は僅か2.5%だったが、60%が疲れを感じた。パスツール博士は、1日の終わりに赤ワインを飲んで寛いだのかもしれない。一方、蒸留酒は癒やし効果は低く、60%の参加者は自信を持ち、エネルギッシュになったが、30%に攻撃的、43%に挑発的な気分を感じさせた。何故、アルコールの種類によって感情の反応が違うのだろうか? この研究ではメカニズムまでは解析していないが、アルコール度数が高い蒸留酒は短時間で飲む人が多く、一気に血中のアルコール濃度が上がり、脳への刺激が高まる可能性がある。また、抑々酒の源は植物であり、様々な天然化合物を含んでいる。つまり、それらアルコール以外の化合物が感情を刺激している可能性もある。以前、イタリアのミラノ大学の研究者らが、赤ワインには睡眠効果や抗酸化作用のあるメラトニンが含まれることを示した。葡萄の産地や品種によってもメラトニンの量は異なるが、メラトニンは葡萄の皮に含まれていて、発酵後、赤ワインに保持される可能性が高い。

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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

【太陽光発電・バブルの爪痕】(03) 負担は重いがメリットもある…再エネ賦課金の仕組みとは?

電気料金に付加される再生可能エネルギー発電促進賦課金。「国民負担が増した」という批判もあるが、再エネは気候変動リスクを軽減するメリットもある。その仕組みをしっかり理解しよう。

20180131 11
「再生可能エネルギーの導入により、電気料金が上がったせいで、消費者から批判されて我々も大変だ」――。ある再エネ業者の会合で、太陽光発電事業者の1人がそう訴えた。毎月送られてくる電気料金の明細書。その詳細に至るまで、じっくり確認している人はどれほどいるだろうか? よく見てみると、幾つか項目が並んでいる。2012年のFIT開始以降、新たに加わったのが再エネ発電促進賦課金だ。これは、電力会社が再エネ電気を買い取る際の費用を、事業者や個人も含めて全ての電気利用者が全国一律の金額で負担するものだ。つまり、FITの財源と言える。昔の再エネは日照時間等の自然状況に左右され、発電コストが火力等に比べて高いといった理由で、電力業界から邪魔者扱いされていた。一方で、日本の資源は海外から輸入される石油、石炭、天然ガス等の化石燃料に大きく依存しており、エネルギー自給率は7%(※2015年度推計)しかない。隣国の韓国でも18%(※2014年時点)あり、世界でも後れを取っている。更に、2011年の東日本大震災で、再エネと同様に環境負荷が低く、クリーンとされていた原子力発電のリスクが顕在化したことで、国も本格的に再エネ普及に乗り出した。そして、2017年に初めて「再エネを主力電源にする」と明文化した。こうした経緯で、再エネは重要性が再認識されて日の目を見たが、同時に再エネ賦課金で電気料金が年々上がり、冒頭のような批判が起こる事態になっている。但し、批判の中には仕組みとメリットをきちんと理解せず、目先の電気料金とぼんやりしたイメージだけで論じられるケースもある。再エネ賦課金の仕組みについて、右図で整理していこう。ここでは、『東京電力エナジーパートナー』と従量電灯B、30アンペアの契約をし、毎月300kW時の電力を使う家庭を想定している。

この場合、電気料金は7672円で、内訳は図のようになるが、再エネ賦課金だけで月792円の負担が発生する。実に電気料金の約10%で、消費税よりも高く、年間9500円に上る。賦課金単価は、2012年度は0.22円/kW時だったが、2017年度には2.64円/kW時と10倍以上になった。その算出方法は次の通り。その年のFIT費用総額から、電力会社が再エネを買い取ることで他の電気への支出を免れることができる回避可能費用を引き、費用負担調整機関事務費を加える。その合計を、前年の実績から想定したその年度の見込み販売電力量で割る。『電力中央研究所』の試算によれば、再エネ賦課金総額は毎年増え続け、2030年度には3.6兆円となる。その為、累積の再エネ賦課金総額は44兆円まで膨れ上がるというのだ。この試算を手掛けた同研究所上席研究員の朝野賢司氏は、「このまま発電コストが下がり難いのであれば、高い賦課金を国民が負担してまで再エネを推進する意味があるのか?」と疑問を呈する。FIT価格をゼロにすれば再エネ賦課金もゼロにできそうだが、事はそう単純ではない。FIT導入当初にプレミア価格での買い取りを保証された多数の案件が、今後、徐々に完成する為、今直ぐFIT価格をゼロにしても、再エネ賦課金がゼロになるのは数年先になる。また、朝野氏が言うように、世界に比べて日本のFIT価格(※21円/kW時)は未だ高く、再エネ比率は5.3%と低い(※右上図の左参照)。再エネ比率が近いフランスでも、FIT価格は10.6円/kW時だ。更に、世界では入札制度も発達しており、発電コストは年々低減している。特にサウジアラビアでは、2017年10月に発表された落札価格が約2円/kW時だった。世界でも比較的高いとされるドイツですら8円/kW時だ。世界的に見て、FIT価格はもっと下げる余地が十分ある。再エネ賦課金の負担増で、その負の側面ばかり強調されがちだが、世界中で投資が進められるだけの便益(※リターン)も大きい。『太陽光発電協会(JPEA)』によれば、日本の化石燃料費を2030年度には年間1.2兆円削減でき、温暖化防止の価値も出る。世界的に見ると、『国際再生可能エネルギー機関(IRENA)』の試算では、地球温暖化を防ぐ為に世界全体で毎年33兆円の再エネ投資をすれば、気候変動リスクによって生じる損失を防ぎ、140兆~480兆円の便益を得られる。再エネが未来への重要な投資なのは間違いない。同時に、国民が感じている痛みを緩和し、納得してもらう努力を、国も事業者も続けなければならない。その為の課題はまだまだ山積している。


キャプチャ  2018年1月13日号掲載

テーマ : 経済ニュース
ジャンル : ニュース

【日本の聖域】(06) パチンコ――暴力団排除の為に“3店方式”導入も、換金ビジネスは警察の利権に

20180131 10
日本の刑法では賭博を禁じている。パチンコ店が客の出玉を換金すれば賭博にあたり、警察の摘発を免れない。そこで客は、パチンコ店内で出玉を特殊な景品(※ボールペン、ライターの石、地金等)と交換して、それを古物商である景品交換所に持ち込んで換金している。これが“3店方式”である。客の視点からは賭博と何ら変わるところはないが、パチンコ店と景品交換所は全くの別人(※別会社)の経営とすることが徹底されている為、「それならば直ちに違法とは言えない」として警察も黙認している――。メディアがパチンコ業界を取り上げる際には、このように解説されることが多い。実際には、警察はこれを“黙認”しているどころではなく、換金ビジネスに“一枚噛んでいる”と言ったほうが正確な表現である。2014年2月、この仕組みを大きく変えようと目論んだ勢力が国会に現れた。元法務大臣の保岡興治氏、自民党の高村正彦副総裁、野田聖子総務会長(※当時)、同党税制調査会の野田毅会長(※当時)ら錚々たる顔ぶれからなる、自民党の『時代に適した風営法を求める議員連盟(風営法議連)』である。同議連が目指したのは、パチンコやパチスロの換金時に課税する“パチンコ税”の創設だった。これを実現させるには、“3店方式”というグレーゾーンでの運用を続けるのではなく、課税に必要な法的根拠を確立する為、パチンコの換金行為を合法化することが必要になる。そこで、警察庁の担当官に意見を求めたところ、以下のやり取りになったと、『朝日新聞』2014年8月26日付朝刊が報じている。「パチンコで換金が行われているなど、まったく存じあげないことでございまして」と警察庁の担当官。「建前論はやめましょう」。うんざり顔の議員ら――。この時、警察当局は、“3店方式”を黙認している事実すら認めようとしなかった訳だ。その理由は幾つかある。1つは建前の部分だ。“3店方式”は1960年代に大阪で始まったと言われており、今改めて合法化した場合、「警察は全国に1万店以上もある民間賭博場を50年間も黙認してきたのか?」と不作為の責任を問われかねないのだ。

もう1つは実利の部分である。警察の“お目こぼし”の下で営業しているパチンコ業界は、当然ながら警察にめっぽう弱い。警察が首を縦に振らなければ、パチンコ・パチスロの新機種を世に出すことも叶わず、ホールがシャッターを開けることもできないのだ。その為、パチンコ機メーカーや業界団体には数多くの警察OBが天下っている。その中の1つに『東京商業流通組合』なるものがある。東京在住のパチンコファンなら、この団体名は知らずとも、“TUCショップ”という名前はうんざりするほど知っている筈だ。東京商業流通組合は、東京都内のパチンコ店向けに、換金性の高い金地金景品の卸売等を行なっている企業で構成される任意組合だ。その仕組みは、①同組合に加盟する卸売業者がパチンコ店に金景品を卸す→②パチンコ店は客に出玉と引き換えに金景品を渡す→③客がその景品を買取窓口であるTUCショップで換金する→④TUCショップに買い取られた景品が組合を通じて卸売業者に売却される――という循環システムになっている。因みに“TUC”とは、組合の事業部門である『東京ユニオンサーキュレーション株式会社』の略である。そして、同社と組合の上層部に警察OBが少なからず天下っていることが指摘されてきたのだ。仮に、風営法議連の目論見通り、パチンコの換金が合法化されて“パチンコ税”が創設されていたら、この仕組みは大打撃を受けずにはいられなかった筈だ。同組合の循環システムも、大阪で始まった“3店方式”も、抑々は景品交換を収入源としていた暴力団の排除が目的だったとも言われる。しかし、その取り組みが“グレーゾーン賭博”の固定化に繋がっているとしたら、本末転倒と言わざるを得ない。そのような歪さは、いずれ別の形での災いを呼ぶ。1990年代、警察庁が“脱税の多い業界の健全化”の為として、鳴り物入りで進めたパチンコのプリペイドカード事業は、システム価格が高過ぎて、当初はホールへの導入が殆ど進まなかった。そこで警察庁は、カードシステムに対する需要を喚起しようと、パチンコ機とカード玉貸機を一体化させたCR機の連チャン基準を緩め、“花満開”等ギャンブル性の高い機種が空前のヒットとなった。そして、これが伏線となってパチンコ中毒が社会問題化。主婦が炎天下の駐車場に幼い子供を乗せた車を放置し、死に至らしめる等の事件が続発した。その上、1995年頃から出回った変造カード被害の総額は1000億円近くに達し、闇の勢力を潤す結果となったのだ。因みに、ここでも警察が“ヒト”と“カネ”の両面でプリペイドカード事業に深くコミットしていたことは、今更言うまでもないだろう。 (フリージャーナリスト 李策)


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テーマ : パチンコ・パチスロ
ジャンル : ギャンブル

【2018はたらく】(04) 学び直しで新たな私

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仕事に必要な知識を学び直す“リカレント教育”。自らを磨き直し、ステップアップしようという人が少しずつ増え始めている。『キリングループ』各社の給与計算事務等を行なう『キリンビジネスエキスパート』(東京都)で働く久保敦子さん(48)もその1人。学び直しを経て、昨年10月に正社員になった。仕事に家事に忙しい日々だが、「仕事を通して世界が広がりました」と目を輝かせる。大学卒業後に入社した大手メーカーは、27歳で結婚退社。33歳で長男を出産した後は子育てに専念した。長男の成長を見守る毎日は楽しかった。一方で、色々なことができるようになる長男の姿を見て、「自分も成長したい」という気持ちが芽生えた。非正規のアルバイトとして働き始めたが、単調な仕事に物足りなさを感じる自分がいた。しかし、正社員の就職活動をしたのは大学時代。四半世紀も前だ。時代は変わり、今はこれといった手持ちの武器が無い。そんな時、日本女子大学に離職した女性の再就職を支援する“リカレント教育課程”があることを知り、長男が中学1年生になったのを機に1年間受講した。パソコンの表計算、簿記、英語等、学んだことは幅広い。刺激し合う同級生も得られた。そして何よりも、少し成長した自分自身に満足している。

文部科学省によると、2015年に4年制大学に入学した人の内、25歳以上の割合は2.5%と、『経済協力開発機構(OECD)』加盟国平均の16.6%を大幅に下回る。日本では、大人の学び直しは一般的とは言えない。しかし、少子高齢化や人手不足が深刻になる中、働く意欲があり、自分の持ち札を増やそうとする人材は益々重要になる。『武田薬品工業』の谷口香織さん(30)は、昨年10月から3ヵ月間、毎週土曜日に管理職を目指す女性を対象とした昭和女子大学の講座を受講した。きっかけは同4月の人事異動だった。入社以来約5年間、医薬品の情報を提供する医療情報担当者(MR)として駆け回った。しかし、配属先の本社の営業戦略部は勝手が違った。医薬品の知識だけではまるで歯が立たない。金融等業務に関わる幅広い知識を持つ先輩社員に憧れた。谷口さんは言う。「現状維持でいいのであれば学び直す必要はない。でも、『今の自分のままでいい』と思っても面白くないでしょう」。学び直しを経て、新興企業(※ベンチャー)に身を投じた人もいる。尾立維博さん(57)は、54歳で大手エネルギー関連企業の社長を退いた後、あちこちに旅行に行く等悠々自適の生活をしていた。数ヵ月後、また働こうと思ったが、就職先が中々見つからない。人材コンサルティング会社の『社会人材コミュニケーションズ』(東京都)の講座を受講し、大企業から中小企業への人材の移動を促すことで日本経済を活性化させるとの考えに「100%同感」した。今は、藻の一種であるミドリムシを培養する新興企業『ユーグレナ』のバイオ燃料事業部長を務めている。2020年までにバイオ燃料でジェット機を飛ばすのが目標だ。「大企業にいたらできる訳ないと思うようなチャレンジングなこと。実現できた暁には皆で肩を叩いて泣いて喜びたい」と話す。自分の力を見つめ直す大人の学び直し。生き方を変えるチャンスになる。


⦿読売新聞 2018年1月10日付掲載⦿

テーマ : 経済ニュース
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【2018はたらく】(03) 生涯現役、意欲の限り

20180131 08
香川県さぬき市の山間にある『天体望遠鏡博物館』。閉校した小学校の校舎に、使わなくなって寄贈された望遠鏡がずらりと並ぶ。その数、約300点。個人所有の小型望遠鏡から、天文台にあった大型望遠鏡まで幅広い。天文仲間と9年かけて2016年にオープンさせた代表理事の村山昇作さん(68)は、「子供たちに科学との出会いを提供したい」と笑顔で話す。中学生の時、初めて京都の天文台を訪れた。遥か遠い惑星が暗闇に浮かぶ情景に心を奪われた。天体観測は生涯の趣味となった。30年勤めた『日本銀行』を退職した後、香川の製薬会社で社長を9年務めた。その時に「自分用の観測所を作ろう」と、古い望遠鏡を探しているうちに、天文台の閉鎖等で行き場を失った望遠鏡が多いことを知った。何もしなければ廃棄されてしまう。「博物館にして後世に残そう」。珍しい博物館は、こうして誕生した。今は京都の別の会社で社長をしながら、香川の博物館に月2回通う。忙しい日々だが、「働く意欲と体力がある限り、役割がある。人生二毛作です」と笑う。日本人の平均寿命が女性87.14歳、男性80.98歳となる中、働くシニアが増えている。高齢社会白書によると、労働力人口における65歳以上の割合は、2008年の7.8%から2016年には11.8%まで上昇した。

何歳まで仕事をしたいか聞いたところ、仕事をしているシニアの4割が「働けるうちはいつまでも」と回答した。「経済的に必要」「健康に良い」といった理由が目立つ。仕事そのものに魅力を感じるシニアが増えれば、日本経済は更に活気づく。「冬は意外と日に焼け易いので、しっかりと手入れしましょう」。京都府宇治市のアパートの一室で、中村菊江さん(71)は肌のキメやハリを調べる機器を女性の頬にあてながら、こうアドバイスした。中村さんは、委託契約を結んで『ポーラ』の化粧品を販売するビューティーディレクター。贔屓の客は82歳から19歳と幅広い。2016年には、高い販売力を持つトップビューティーディレクターに最年長で選ばれた。すご腕に見えるが、職歴は未だ3年あまりと短い。京都府庁生活協同組合の旅行部に長く勤務し、ツアーを企画しては添乗員として海外を飛び回った。最後の職場の京都府職員労働組合を退職した後、偶々振り込みに訪れた郵便局でポーラの出張サービスを受けた。化粧には殆ど興味が無かったが、「誰かにやってあげたい」と思うようになった。68歳だった。現在は、地域の人が気安く集まれるような場所を作ろうと、自身の店を開店準備中だ。中村さんは言う。「社会と繋がっていたい。変な言い方ですけど、仕事がライフワークですね」。自動車等に使われる半導体メモリーの設計図作りを手がける『フローディア』(東京都小平市)は、2011年に設立された新興企業だ。創業メンバー7人の当時の平均年齢は52歳。社長の奥山幸祐さん(63)は、大手半導体メーカー『ルネサスエレクトロニクス』出身の技術者だ。起業のきっかけは、56歳の時に役職定年の対象となり、開発の現場から離れることになったことだった。「開発を続けたい」と早期退職の道を選んだ。サラリーマン時代、起業は頭を掠めたこともなかった。社長業は甘くないが、「面白い技術を作って社会に役立っていきたい」と話す。フローディアに定年は無い。生涯、半導体技術者として走り続けるつもりだ。


⦿読売新聞 2018年1月9日付掲載⦿

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【2018はたらく】(02) 後継ぎ、家業を“革新”

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東京都千代田区のオフィス街に、着るだけで健康状態がわかるSFの世界を現実にしたシャツが並ぶショールームがある。開発したのは『ミツフジ』(京都府)社長の三寺歩さん(40)。シャツには電気を通し易い銀メッキを施した糸が編み込まれていて、身に着けた人の心拍数や心電等の様々な生体情報を計測できる。シャツ型のウェアラブル(※身に着ける)端末だ。ミツフジは、三寺さんの祖父が1956年に創業した西陣織の帯製造会社が前身。2代目の父が銀メッキ繊維を開発し、消臭靴下向け等に販売していた。しかし、3代目の三寺さんは家業から距離を置いた。大学卒業後は『パナソニック』や外資系IT企業でバリバリと働いた。転機は2012年。東京の自宅に父から電話がかかった。「金、貸してくれんか?」。業績が悪化し、資金繰りに行き詰まっていた。いつも強気で、夢ばかり語っていた父の弱音。「自分が後を継ぎ、家業を立て直そう」と決意した。ヒントは販売先にあった。銀メッキ繊維の引き合いは、何故か衣料メーカーではなく、家電メーカーが多い。何に使っているのか聞いて回ると、「(電気を通す)導電性が高い」と言われた。「先代から受け継いだ職人技に最新のITを掛け合わせれば、銀メッキ繊維は体のデータを取るセンサーに変わる」。突破口が開けた。三寺さんは、「斜陽産業のように思える繊維でも、工夫次第で戦える」と話す。

中小企業は全国に約380万社あり、日本の雇用の7割を支える。日本経済の活力の源だ。しかし、現状は厳しい。中小企業白書によると、2016年の休廃業・解散数は約3万件と過去最多となった。経済産業省の試算では、2025年に70歳以上の中小企業経営者は245万人となり、うち半数は後継者が未定だ。廃業を上回る起業があればカバーできるが、特に地方では簡単なことではない。神戸大学の忽那憲治教授は、「新規事業にチャレンジするベンチャー(※新興企業)型の事業承継が重要になる」と指摘する。「移植医療に使う心臓弁等の凍結保存用バッグを作れないか?」。2012年、『上田製袋』(大阪府)2代目社長の上田克彦さん(48)は、東大病院の外科医の言葉を聞き、3年前の展示会で見たレーザー加工技術を思い浮かべた。上田製袋は注射器等医療機器向けの滅菌バッグメーカー。だが、移植する生体組織は液体窒素で-196℃に凍結保存する。同じ医療用でも全く別物と言っていい。超低温に耐えられる弗素樹脂という特殊な素材はあるが、今の設備では袋に加工できない。「あのレーザーなら…」。東大病院との共同研究が始まるきっかけだった。家業を継ぐのは、決まったレールを走るようで嫌だった。でも今は、父が残した袋を別の形で膨らませようとしている。「レールではなく滑走路だったかな」。上田さんはそう思っている。昨年7月、飲食店のユニホーム等業務用制服販売会社の『ユニフォームネクスト』(福井県)が『東証マザーズ』に上場した。横井康孝さん(45)が社長に就任した翌年の2008年に始めたインターネット通販が、飛躍のきっかけだ。ポイントはインターネットの世界だけではなかった。欠品や納品の遅れがないように物流センターを作り、商品説明を丁寧にしようとコールセンターを設けた。顧客目線で考えれば、どれも「当たり前のこと」。だが、これを徹底したライバルはいなかった。横井さんは言う。「地方にいても、『俺もやれるんじゃないか?』と思わせられるように成長したい」。嫌々ながら親の後を継ぐ――。こんなイメージを吹き飛ばす“アトツギベンチャー”が、家業を革新している。


⦿読売新聞 2018年1月6日付掲載⦿

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【2018はたらく】(01) 異端児、企業に新風

終身雇用や年功序列賃金に代表される日本人の働き方が大きく変わろうとしている。これまでと一線を画す様々な仕事の形は、日本経済が活力を取り戻すきっかけになるのか? 現場に新風を吹き込む人々を追う。

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色鮮やかなストライプのシャツに、右腕にはアップルウォッチが光る。一見、IT企業の社員のように見える藤井達人さん(42)は、『三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)』の上席調査役。スーツに白シャツ、ネクタイが一般的な銀行では、その身なりだけでも“異端児”そのものだが、新卒一括採用を行なうメガバンクの中にあって、経歴も一味違う。商学部の出身。就職活動では大手銀行の内定を得たものの、「これからはITの時代だ」と考え、『日本IBM』に入社した。2007年に『マイクロソフト』に転職し、外資系企業で揉まれてきた。転機は2011年、マイクロソフトのアメリカ本社に派遣されていた時だった。新興企業(※ベンチャー)がスマートフォンを使った金融サービスを次々と生み出す姿を目の当たりにした。そんな時、MUFGが「銀行にない新しいビジネスをするには、銀行員だけのアイデアでは限界がある」(幹部)と、ITを使った新部署で人材を募集していると知り、2013年に再び転職した。転職当初は、社内の根回しに多くの時間を割く日本式に戸惑った。「違う惑星に来た感じで、変な汗が止まらなかった」と苦笑いする。それでも、金融界に押し寄せる大変革の荒波を一足先に肌で感じていただけに、怯まなかった。2015年には、日本では馴染みが薄かったITと金融を融合した新サービス“フィンテック”を、ベンチャーと生み出すプロジェクトを開始。AIが為替の変動を予想し、投資のタイミングを知らせてくれる一般向けのスマホアプリ等、尖ったサービスを幾つか世に送り出した。当初は“お遊び”と冷ややかに見られていたが、風向きは変わった。今では行内でノーネクタイで通しても、誰も問題視しない。「人と同じことをしていたら、自分が生きている間に新しいものなんて生み出せないよ」。

世界で戦うグローバル企業は、生活を一変させるイノベーションを次々と生み出している。『Google』や『Amazon.com』等のアメリカのIT企業はその代表格で、世界から有能な人材を集め、創造性に溢れるベンチャーを次々と呑み込む。日本企業はどうか? 人材や技術を自社で囲い込む高度経済成長時代の成功体験から中々抜けられない。これでは勝てないと、危機感を抱く型破りな社員たちが、企業を内部から変えようとしている。猫の髭が空気の流れを感じるように、髪の毛で音を感じる全く新しい装置――。『富士通』で、こんなユニークな聴覚障害者向けのヘアピン型の小型端末『Ontenna(オンテナ)』の製品化に向けた準備が進んでいる。開発者は本多達也さん(27)。きっかけは、大学時代の聴覚障害者との出会いにある。手話サークルの活動を通じ、「聴覚障害者に“音”を届けたい」と思うようになった。大学院でも研究を続け、卓越したIT人材を認定する経済産業省の“スーパークリエータ”に選ばれた。しかし、そんな研究実績や“肩書”は、社会では中々通用しない。最初に就職した大手メーカーは、「入社していきなり自分のプロジェクトを始める人はいない」とつれなかった。悶々としていたところ、ユニークな研究が富士通の目に留まり、2016年に転職した。今は数年以内の発売を目指して、約20人の開発チームを率いている。上司の徳永奈緒美さん(52)は、「世界では、自社だけでイノベーションを起こせないということは共通認識。組織の中の“異分子”を社内ベンチャーに見立てて、新機軸を開きたい」と語る。『リコー』生え抜きの生方秀直さん(52)は、シャッターを切ると周囲360度全ての景色を撮影できる異色のカメラ『シータ』の生みの親。従来の延長線上にない商品やサービスを生み出す、謂わば“社内起業家”だ。2011年の東日本大震災後の復興支援では、津波で流され、汚れた写真を洗い、複合機でデジタル化して持ち主に返す活動に取り組んだ。今月から、社外の人材や技術を積極的に活用して、斬新な製品や技術の開発に挑む新部署で働く。リコーには無かった組織で、自ら設置を提案した。「世の中に無い新しい価値を生み出したい」。その信念が生方さんを突き動かす。過去の常識に囚われない異端児たちが、企業を、日本を変える原動力になろうとしている。


⦿読売新聞 2018年1月5日付掲載⦿

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みかじめ訴訟で壊滅的大打撃!? 警察と検察が目論む『弘道会』竹内照明会長の起訴・立件

20180131 04
本誌先月12月号の末尾に、『3代目弘道会』の竹内照明会長がみかじめ料を不当に受けとっていたとして、愛知県暴力団排除条例違反で逮捕されていたことを書いた。逮捕されたのは、竹内会長、若頭の中野寿城組長、本部長の間宮誠治組長、幹部の室橋宏司組長、若中の小川明広会長の他、山口組直系若中の『名神会』の田堀寛会長等10名で、その逮捕の様相はまるで“弘道会壊滅作戦”を思わせるくらいに大袈裟な逮捕模様だった。先月号までの注目の1つは、この件での3回目の逮捕の行方だった。11月10日、結果的には『2代目谷誠会』の小川明広会長だけが3回目の条例違反容疑で逮捕され、3名が起訴。竹内会長を含む6名が不起訴処分となり、即日保釈されている。この逮捕の実態は、みかじめ料と暴排条例のこれからの法的関係を知る上で、重要で参考になる事件となった。『任侠山口組』の織田絆誠代表を狙った事件があった前日の9月11日、愛知県警は突如として竹内会長ら数人を暴排条例で逮捕した。竹内逮捕のニュースは、速報で全国に広がったほどのニュースバリューを持ち、13日には事件の関係先として弘道会本部、更に翌14日には神戸の山口組総本部に家宅捜索、また更に翌15日には同じ容疑で名神会の田堀会長を逮捕と、事態は立て続けに拡大した。抑々は、名古屋錦のゲイバーからみかじめ料を取っていたのが名神会の組員だと言われていたのだが、どうしたことか、このバーから、みかじめ料の授受をしたこともない竹内会長ら幹部らが同じ容疑で逮捕されるという、問題含みの逮捕となった。抑々、逮捕の法的根拠とは一体何だったのかが焦点である。

逮捕の法的カラクリは、「錦三地区では名神会がみかじめ料を徴収し、その一部が弘道会に上納する仕組みが取られている」からだという。この逮捕理由を見て、その強引さには改めて驚かされたが、9月11日に竹内会長らを逮捕した際に、愛知県警は「これは国策だから…」という言葉を残している。たとえみかじめ料の授受関係がなくても、上納関係があれば逮捕でき、しかも逮捕拘留期間の恣意的延長が可能になるという現実をまざまざと見せつけた訳だ。この一連の逮捕を取材している日刊紙社会部の記者は、「サツは最初から起訴を狙っていた。カネを直接受け取っていなくても、上納関係で起訴できれば満点だし、仮に起訴できなくても、竹内をここまで逮捕・拘留できたことは大きいと察庁はみている」と言う。つまり、「別に起訴できなくても構わない。ヤクザはパクることに意味がある」ということなのだろうか? 今回逮捕された組長の下部組織の組員に聞いてみると、「もうヤクザにはメシも食わせないということなのか…」と途方に暮れた様子だった。人権派の弁護士から言わせれば、「起訴もできない同じ容疑で3回も逮捕することは絶対に許されない」となるが、今回はその不当性を認め、保釈にはなった可能性もあるが、しかし、長い慣習に基づいていたみかじめ・用心棒代というヤクザのシノギの基本とも言える収益を得るということは、最早ヤクザ個人の問題ではなく、所属する組の存続に直結する問題にまで拡大することになった。その影響は大き過ぎる。次は、任侠山口組の織田代表に関係する情報である。9月12日、『神戸山口組』の元組員と言っていいのかどうかは釈然としないが、神戸山口組の元組員で、井上組長の運転手もしていたという黒木こと菱川龍己組員に、任侠配下の幹部が殺されるという抗争事件が起きた。この襲撃事件は、前述の黒木が未だ逃亡中ということで未解決のままだ。しかも今以て、織田側の“返し”が無いままで、どう決着がつくのかは今も不明だが、事件発生から既に2ヵ月半、不気味なくらいに何事も起きていない。そんな中、今度はマスコミが重要なニュースを発信してきた。11日朝、『産経新聞』電子版は『消費者金融社長、4年前から行方不明に 京都府警が逮捕監禁容疑で暴力団事務所など捜索』と報じた。記事は、「京都市内で消費者金融会社を経営していた70代男性が平成25年3月末から行方不明になり、京都府警が10日、逮捕監禁容疑で大阪市内に拠点を置く暴力団の事務所などを家宅捜索したことがわかった。

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『NTTドコモ』も参入、QRコード決済が戦場に

20180130 07
「当社の大規模な顧客基盤を武器に、新たな決済サービスを迅速に立ち上げる」――。こう意気込むのは、『NTTドコモ』の前田義晃執行役員だ。同社は、スマートフォンを使う新たな決済サービス『d払い』を今年4月に始める。2019年3月までに『ローソン』や『高島屋』等計10社、1万9000店で利用可能にし、早期に10万店へ広げる計画だ。ドコモが始めるのは、QRコードと呼ばれる2次元バーコードを使うモバイル決済。利用者は店頭でスマホアプリに個人を特定するQRコードを表示し、それを店員がPOS(※販売時点情報管理)レジのバーコード読み取り機やタブレットで読み込んで決済する。QRコードは、他人に盗まれ無断で使われないよう、買い物の度に生成する。ドコモが店舗向けのスマホ決済サービスを立ち上げるのは初めてではない。2004年、非接触型ICチップを使う『おサイフケータイ』を競合他社に先駆けて商用化した。携帯電話事業の成熟に備え、新たな柱の1つとして育てるのが狙いだった。

『KDDI』や『ソフトバンク』も追随したが、利用が広がっているとは言えない。利用者がIC対応端末を購入し、店側も読み取り端末を設置する必要があるのがネックだった。こうした壁を打ち破ったのがQRコード決済だ。スマホアプリで画面にQRコードを表示すればいいので、端末の対応機種を問わず利用でき、店側も新たな読み取り装置がいらない。だが、携帯大手は非接触ICを使うタイプを推進したこともあり、QRコードでは出遅れた。中国の『アリババ集団』の『支付宝(アリペイ)』や『騰訊控股(テンセント)』の『微信支付(ウィーチャットペイ)』は、本国で巨大なQRコード市場を作り上げ、日本でも対応店舗を増やしている。国内勢では、『楽天』が『楽天ペイ』、『LINE』が『LINE Pay』でQRコードを使った決済を広げている。急拡大するQRコード決済で、ドコモは巻き返せるのか? 頼みにするのが、携帯料金と合算して支払えるサービスの利用者だ。ドコモ回線の契約者が、インターネット通販等の料金を月額の携帯料金と合わせて支払える。月間1500万人が使うこのサービスにd払いを紐付けて利便性をアピールするが、利用者獲得の決め手になるかどうかは不透明だ。日本は、「来店客の8割が依然として現金払いを選ぶ」(ローソンの野辺一也執行役員)という“現金大国”。キャッシュレス決済の比率は2015年時点で18%と、中国の55%や韓国の54%、アメリカの41%に比べて低水準だが、それだけに伸びしろが大きい。ドコモに続き、KDDIやソフトバンクも追随してQRコードを採用する可能性もある。モバイル決済という潜在市場を巡る戦いが激化しそうだ。 (取材・文/本誌 高槻芳)


キャプチャ  2018年1月29日号掲載

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【教科書に載らない経済と犯罪の危ない話】(70) 北海道でケシ畑を発見したヤクザのアヘン生成物語

「麻薬王になろう思うてんねん」――。大阪の山口組系組織に所属していた男は、突然、電話でそう言った。サブプライムショックの起きる数ヵ月前、2007年当時の話である。男は20年ほど前、「覚醒剤王になる」と宣言して神戸から大阪へ拠点を移したのだが、1年も経たずに覚醒剤取締法違反で逮捕された実績がある。8年の懲役を務め終わってからは、マリファナやコカインといった所謂“洋モノ”を扱い、そこそこの資産を残した筈だった。取扱商品を覚醒剤からマリファナやコカインに変えたのは、男曰く、「覚醒剤は客筋が悪い」からだそうだ。電話の向こうで一方的に喋る男は、どうやらその時、北海道にいるらしかった。事情を聴くと、北海道の知人が所有する山林にケシが自生しており、その収穫に来ているという。男の知人は、2年前から斜面に群生する花を見つけ、植物図鑑でケシであると確認したのだった。相談を受けた男は、花が落ちるこの時期、満を持して北海道へやって来た。そして、数人の若い衆と共に、群生するケシを半日がかりで収穫したという。そう、男はケシからアヘンを精製して販売しようと企てていたのだ。そこで、アヘンの精製方法を聞こうと、筆者に電話してきた訳である。だが、男は最初から間違いを犯していた。アヘンを精製するのにケシを刈り取ってはならない。土に植わった状態、つまり生きたまま果実から分泌物を集めるのだ。ケシの花が散ったら、その下の部分にある朔果(※果実)に浅く傷を付ける。アフガニスタンのケシ畑では、刃が3本の専用ナイフが使われていた。刃渡りは約1㎝。深く傷付かないように、柄から2㎜程度しか刃先が出ていない。

このナイフでケシの果実を撫でると3本の浅い傷ができる。するとその傷口から、白い乳状の液体が滲み出てくるのだ。畑一面のケシに傷を付けて1日放置しておくと、白い液体は茶色に変色して半固形化する。脂のようなものである。今度は木のヘラを使い、果実にへばりついたそのヤニをこそぎ落とす作業だ。これを何度も繰り返し、脂状の物質を集めていく。ケシが傷付いた果実を修復する為の生体防衛機能を利用する訳だが、刈り取ってしまうとそれができない。筆者がそう説明すると、男は大きな溜め息を吐いた。電話の向こうでは、男の怒声と鈍い殴打の音が聞こえる。恐らく、自分の落ち度を棚に上げ、同行している若い衆を殴っているのだろう。筆者は若い衆が気の毒になり、気休めとは知りながら、ミキサーを使った生成方法を教えてやった。通常の生成方法なら、集めた脂状の分泌物を煮る作業になる。ここまでは12~13歳くらいの子供たちの作業だが、煮る工程からは大人たちが行なう。筆者が過去に見たケシ畑は、武装したアフガニスタン兵が監視する中、近隣から売られてきた子供たちが働かされていた。少し先には、アメリカ軍がその様子を監視しながら警備活動を行なっていた。子供たちは学習する機会さえ与えられず、1日中ケシ畑で働かされるのだ。そして、ある程度の年齢になると、男子は戦場に、女子は性産業へと送られていく。そして、ここで作られたアヘンはヨーロッパやロシアに売られ、その収益は戦費として投入される。北海道で発見したケシの花は真っ白だという。筆者は男にその画像を送らせた。それはケシ科の植物に間違いはないが、アヘン成分を含まないヒナゲシであった。筆者は努めて、冷静にその事実を男に伝えた。電話の向こうで、悲鳴とも怒声とも聞こえる叫び声が聞こえた。 (http://twitter.com/nekokumicho


キャプチャ  2018年1月30日号掲載

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