【誰の味方でもありません】(86) 平成最後の芥川賞候補者になって
芥川賞を貰えなかった。勿論、残念ではある。その時の心境を忘れないように、『ツイッター』には直ぐに「がーーーーーん」と呟いた。まがりなりにも“芥川賞候補作家”としては、信じられないほど貧弱な語彙だが、それが率直な想いだったのだから仕方ない。尤も、見事芥川賞を受賞した上田岳弘さんも、受賞がわかった時の気持ちを尋ねられて、「受賞したな」と率直な言葉を漏らしていた。作家性と、咄嗟に出てくる言葉に、あまり関連性はないのだろう。僕の場合、選考会当日は友人と焼き肉を食べた後、帰宅途中に報告の電話をもらった。実は、電話の第一声で受賞か落選かはわかる。若しも賞を獲れていた場合、主催の『日本文学振興会』から直接連絡をもらう。一方、選外だった場合は『文藝春秋』の編集者からの電話となる(※今後、芥川賞や直木賞にノミネートされた時は是非参考にしてほしい)。だから、電話を取って文藝春秋のぶの声が聞こえた瞬間に、今回は賞がだめだったことがわかった。確かに残念だった。ただ、冷静になって考えてみると、悲しいのは『平成くん、さようなら』という作品が評価されなかったことではない。僕にとっては非常に大切な小説だ。誰が何と言おうと、作品世界や登場人物に対する愛情が揺らぐことはない。
“平成くん”も“愛ちゃん”も、平成が続くこの世界のどこかにいるような気がするし、きっと平成が終わっても彼らのことを思い出すのだと思う。では、何がショックだったかというと、周囲の期待に応えられなかったことかもしれない。芥川賞にノミネートされて、沢山の人からお祝いの連絡を貰った。感想を聞くと、ほぼ誰も答えられなかったので、小説を読んでくれたわけではない。中には「頑張ってね」と言ってくれる人もいた。小説自体は既に発表されたものであり、賞の選考にあたって僕が頑張れることは何もない。だけど、応援の言葉を貰う度に「皆さんの期待に応えたい」と思ってしまう。そう、まるでアイドルのようなのだ。というわけで、芥川賞にノミネートされてから選考会までの1ヵ月は、まるでアイドルのような気分だったと思う。しかし、応援はありがたいが、時に煩わしくもある。特に、自分ではどうしようもないことに対する応援なら尚更だ。だから、賞の結果が出て、少しほっとしている。応援がぱたっと止んだからだ。だけど、元々仲のいい友人は、変わらずに一緒にいてくれる。例えば選考会前、俳優の佐藤健から「若し賞を獲れなかったら、何でも願いを1つ叶えてあげるよ」という格好いいことを言われた。何人もの友人からは「残念会をしよう」という誘いがあった。そんな友だちの優しさを再確認できただけでも、今回の一件は悪くなかったのかなと思う。…と、無難にこの文章を纏めようとしているのは、アイドル期間の後遺症かもしれない。
古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)・『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)等。
2019年1月31日号掲載
“平成くん”も“愛ちゃん”も、平成が続くこの世界のどこかにいるような気がするし、きっと平成が終わっても彼らのことを思い出すのだと思う。では、何がショックだったかというと、周囲の期待に応えられなかったことかもしれない。芥川賞にノミネートされて、沢山の人からお祝いの連絡を貰った。感想を聞くと、ほぼ誰も答えられなかったので、小説を読んでくれたわけではない。中には「頑張ってね」と言ってくれる人もいた。小説自体は既に発表されたものであり、賞の選考にあたって僕が頑張れることは何もない。だけど、応援の言葉を貰う度に「皆さんの期待に応えたい」と思ってしまう。そう、まるでアイドルのようなのだ。というわけで、芥川賞にノミネートされてから選考会までの1ヵ月は、まるでアイドルのような気分だったと思う。しかし、応援はありがたいが、時に煩わしくもある。特に、自分ではどうしようもないことに対する応援なら尚更だ。だから、賞の結果が出て、少しほっとしている。応援がぱたっと止んだからだ。だけど、元々仲のいい友人は、変わらずに一緒にいてくれる。例えば選考会前、俳優の佐藤健から「若し賞を獲れなかったら、何でも願いを1つ叶えてあげるよ」という格好いいことを言われた。何人もの友人からは「残念会をしよう」という誘いがあった。そんな友だちの優しさを再確認できただけでも、今回の一件は悪くなかったのかなと思う。…と、無難にこの文章を纏めようとしているのは、アイドル期間の後遺症かもしれない。
古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)・『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)等。

スポンサーサイト