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【テレビの裏側】(84) 5億円持ち逃げ…テレビ局スポンサーに紛れ込む“反社会的勢力”

様々な方面に波及した『吉本興業』所属芸人の闇営業問題。MCの降板や、代役の手配、番組タイトルの変更等、テレビ局は対応に追われたが、わけても深刻なのがスポンサーの問題だ。「スポンサーは番組の制作費を提供する、所謂資金源ですからね。そのスポンサーが最も敬遠するのが出演者のスキャンダル。宮迫博之が反社会勢力と接触したことがわかった途端、“アメトーーク!”(テレビ朝日系)のCMから大手企業が消え、ACだらけになったのは周知の通りです」(キー局プロデューサー)。では、出演者の反社チェックを徹底すればいいのかと言えば、「また別の次元の問題が持ち上がっているのです」と、このプロデューサーは首を振る。「流石に大手広告代理店経由でスポンサーを紹介されるキー局や準キー局等ではあり得ませんが、地方等の弱小局の場合、スポンサーに反社が紛れ込んでいることがあるのです」。最近の例を挙げよう。今年5月、『ロンドンブーツ1号2号』の田村淳(45)が司会を務める仮想通貨の情報番組『超ビットミュージアム』(TOKYO MX)が放送中止になっていたことが発覚した。「内々にお蔵入りになった筈が、この番組のスポンサーだった会社代表が3億円超の申告漏れを指摘されたことで明るみに出た。この代表、自分が運営する会員制有料サイトで、この幻の番組を無断公開していたのです」。

「後に淳は『交換した名刺は一枚残らず吉本興業に反社チェックしてもらっている』と告白していますが、吉本の反社チェックが機能していないのは、今回の闇営業問題を見ても明らか。カラテカの入江慎也が2014年に主催したイベントは、吉本を通したイベントだったにも拘わらず、反社のフロント企業がスポンサーについていましたからね。淳は仮想通貨等新しいビジネスに興味を持っているから、胡散臭い人物と接触するリスクがある。意図的でないにせよ、反社と繋がっている可能性があるだけで敬遠されます」(広告代理店関係者)。同じく吉本芸人である『野性爆弾』のくっきー!(43)が出演し、2015年に『テレビ埼玉』で放送されていた人気バラエティー『俺達バカ社長』は、スポンサーを巻き込んだ横領疑惑で突如、打ち切られた。同番組のエグゼクティブプロデューサーが、“番組制作費”なる名目でスポンサーら数十人から集めた5億円もの大金を持って逃亡したというから驚きだ。「エグゼクティブプロデューサーといっても、同局の社員ではありません。番組に出ていたバッドボーイズ・佐田正樹の知人で、ウェブ制作会社の社長ですよ。この社長がスポンサーを集めてきたことがきっかけで番組が始まり、社長はエグゼクティブプロデューサーに就任したんだそうです。この社長、怪しい情報商材販売やまとめサイトの運営もしており、現場では危惧する声が挙がっていたのです」(制作会社ディレクター)。どうしてこんな人物が紛れ込むのか? 「テレビ離れで経費削減が進み、どこも制作費の捻出に苦労している。少々のリスクには目を瞑ってでも、スポンサーを獲得したい。故に反社が紛れ込んでしまうのです。この傾向は弱小局ほど顕著です」(放送作家)。まさに貧すれば鈍す――。


キャプチャ  2019年9月6日号掲載
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テーマ : テレビ・マスコミ・報道の問題
ジャンル : ニュース

【宇垣美里の漫画党宣言!】(06) 受験には敗れたけれど

今でも覚えている。ストーブも無い空き教室でひたすら過去問を解いていた時の息の白さ。帰りの電車で単語帳と睨めっこしていると、あっという間に最寄り駅についたこと。自分の受験番号が見つからなかった時の足元が崩れていくような絶望――。あれから私は、「何をどんなに頑張ったって、やればできる筈の勉強ですら結果を残せない人間なのだ」という強烈なコンプレックスがこびりついて離れない。あぁ、私にもこんな先生がいたらなぁ。『初めて恋をした日に読む話』の主人公、予備校講師の春見順子(31)は、東大受験に失敗してからは母親に疎まれ、ぱっとしない毎日を送っていた。ある日、厳しい父親にろくでなしの烙印を押されたピンク頭のヤンキー高校生・由利匡平と出会い、2人で東大受験を目指すことになる。匡平の「父親を見返したい」という思いから始まったこの戦いは、受験で自信を、度胸を、素直さを失った順子のリベンジでもある。やっと自分の運命を切り開く方法を見つけた匡平がどんどん勉強にのめり込んでいく姿に、過去の自分を見た順子。ずっと受験の失敗を引きずっている自分のようにはならないようにと、誰よりも匡平を信じ、詰られれば本気で怒り、合格したら父親に殴り込みに行こうと約束する。それはきっと順子が、あの頃一番してほしかったことだから。

遂に東大C判定まで昇ってきた匡平の努力を尊敬し、合格する時は絶対傍にいたいと思うからこそ、順子は自覚してしまった恋心に蓋をする。一方の匡平は余裕すらあって、ちょっと笑ってしまう。「必ず合格して幸せにするよ」と言う姿は、まるでプロポーズだ。恋のライバルには「取られたりしない自信あるから」としれっと言い放ち、「いつか必要とされなくなるのが塾講師だ」と話す順子に、「先生がいくら手離しても俺何回でもつかみに行くんで」とひたと見つめる。ひー。若いって凄い。キュンの大渋滞で動悸が止まりません。更に、従兄弟の雅志、匡平の担任の山下も其々、順子に思いを寄せる。何というよりどりみどり空間! 見ているこっちがくらっとするくらい思いの詰まった言葉のオンパレードだというのに、当の順子は受験に集中し過ぎて等閑になっているのはご愛敬だ。受験本番まで愈々あと1年をきった。ここまで頑張ってきたんだもの、2人には報われてほしい。別にその先で結ばれなくったっていい。ただ、あれから諦め癖がついてしまった順子が、非行でしか意思を示せなかった匡平が、互いに親に肯定されず、寄る辺なく生きてきた2人が少しでも自由になってくれたら、どれだけ私が救われるだろう。そう、きっと私も彼らを応援しながら、自分を重ねている。順子、「こんな自信のない自分が誰かに好かれるわけない」なんて思わないでよ。私たちは確かに一度負けてしまったけれど、だからこそわかることもある筈だ。全てを糧として立ち上がる、その姿を見たら、私もあの日から解放される気がするんだ。


宇垣美里(うがき・みさと) フリーアナウンサー。1991年、兵庫県生まれ。同志社大学政策学部卒業後、『TBS』に入社。『スーパーサッカーJ+』や『あさチャン!』等を担当。2019年4月からフリーに。近著に『風をたべる』(集英社)。


キャプチャ  2019年8月29日号掲載

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

米英諜報網が台湾の情報漏洩を警告…中国側に流出した公務員データ



20190830 16
アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドの5ヵ国で構成する諜報協定『ファイブアイズ(FE)』が、台湾からの情報流出を確認。台湾政府に警告していることが明らかになった。台湾の『中央通信社』が伝えたところによると、FEが伝えてきたのは、台湾の国家安全局、国防部軍事情報局、法務部調査局等情報機関系8つの部署を含む59万人分の公務員の名前や略歴データが、2012年6月に大陸側に流出していたという内容。台湾行政院(※内閣)の担当部署が精査したところ、大陸に渡ったデータは2005年から2012年にかけての公務員の個人データだったという。行政院のスポークスマンによると、「国家安全局や情報機関の(諜報に絡む人の)データは入っていない」と語った。FEは5ヵ国の情報共有の枠組みで、全世界網羅の通信傍受情報を共有している。日本等の西側同盟国にも部分的な情報を提供することがあるが、台湾への情報伝達が公にされたのは初めて。中国側を刺激する内容でもあり、中台間の火種になりかねない。

                    ◇

北朝鮮の兵士の飢餓状態が悪化している可能性が浮上している。先月初旬、北朝鮮の兵士2人が軍服を着たまま中朝国境を越え、遼寧省丹東市の民家に押し入り、食べ物を奪う事件があった。軍人と分かる形での侵入は極めて異例。消息筋によれば、北朝鮮では昨年と今年、干ばつで農作物生産が減少している為、軍隊に十分な食物供給のないことが原因ではないかとしている。私服での越境は度々あるが、軍服姿では珍しい。中国当局は当初、神経を尖らせたが、北朝鮮の飢餓状態に鑑みて、大きな問題にはしないことを決めたという。米朝関係が膠着状態にある中で、兵士でさえ窮状を訴えており、一般市民は危機的状況とみられる。

                    ◇

アフリカ南部のザンビアとジンバブエが先月2日、両国国境を流れるザンベジ川に来年から巨大な『バコタ渓谷ダム』を建設する合意文書に調印した。エジプトの『アスワンハイダム』を凌ぐ出力の水力発電所建設を目指しており、総事業費は40億ドルに上る為、両国だけの負担では不可能だ。その為、投資企業に一定の収益を得るまで操業を任せる方式で建設資金を捻出するというが、両国の念頭には中国がある。元々、ジンバブエは中国との関係が密接。ザンビアは、中国を毛嫌いしていたマイケル・サタ大統領が死去した2014年以降、関係を修復中だ。中国におんぶに抱っこでダムを手に入れる目論見が透けて見える。

                    ◇

中国当局が党職員らに株式投資を呼びかけ、話題になっている。党中央規律検査委員会と国家監察委員会は6月下旬、ホームページ上で「国家の建設事業を推進する為、党・政府の職員は自ら所有する資金を証券市場に投入せよ」と呼びかけた。米中貿易戦争等の影響で、国内の株式市場は低迷しており、遂に身内の金まで投入することになったのだ。党の中堅幹部の株式投資は2001年に規制が緩和されたが、今回はそれよりも踏み込んだ形で積極的に推奨している。しかし、幹部らの資金の行き先といえば海外が定番であり、素直に国内投資に応じるかは不透明だ。

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テーマ : 中朝韓ニュース
ジャンル : ニュース

【令和時代の人生百年計画】(15) “萌える”ロマンスの条件



20190830 09
私たちは人類史上、これまで誰も体験したことのない“とてつもなく豊かな時代”に生きている。先進国では生存への不安(※食ベるものが無くて餓死するかもしれない)は無くなり、性愛への肥大化した欲望だけが残った。こうして、男はポルノトピア(※ポルノのユートピア)を、女はロマントピア(※ロマンスのユートピア)を夢見るようになった――というのが前回までの話だった。ロマンスとは、ヒロインを巡って(ヒエラルキーの頂点に立つ)アルファや(第二順位の)ベータの男が争う物語だ。そして、ヒロインとアルファの男が結ばれ(情熱的なセックスをし)、ハッピーエンドに至る。ところが日本においては、ロマンスは特徴的な発展を遂げた。それが『やおい』と『宝塚歌劇団』だ。文化社会学者である東園子氏の『宝塚・やおい、愛の読み替え』(新曜社)によれば、やおいとは“女性を主な対象に男同士の恋愛的な関係を描いた創作物”で、オリジナルの要素が強く商業作品として流通するものをボーイズラブ(※BL)と分類することもある。やおいは“(物語の)ヤマなし、オチなし、イミなし”の頭文字をとった日本独自の用語で、漫画同人誌の二次創作として始まった。やおいやBLを好むのが腐女子(※婦女子の捩り)で、女性オタク文化の主流とされる。やおい愛好者が作品を評する時の基準が“萌える”だ。やおい・BLの登場は、1970年代の少年愛漫画にまで遡る。竹宮惠子の『風と木の詩』や萩尾望都の『ポーの一族』等が代表作で、本誌の読者も懐かしく思い出すだろう。

ここで興味深いのは、アメリカでも1970年代末に『スラッシュ小説』というサブカルチャーが誕生したことだ。『スタートレック』シリーズのファンの女性たちが書き始めたものとされ、“K/S”のように2つの頭文字でスラッシュを挟んだ。これは、宇宙船『U・S・Sエンタープライズ号』のカーク船長(※Kirk)と、副長でヴァルカン人と地球人の間に産まれたスポック(※Spock)のことだ。スポックは常に論理的&理性的で、感情を殆ど表に出さないが、だからこそ熱血漢のカーク船長との“男同士の友情”がシリーズの大きな魅力になった。K/Sのスラッシュ小説では、2人の友情がセックスを伴う愛情(=同性愛)へと発展していく。スラッシュ小説とやおいの構造は全く同じだ。やおいの典型のひとつが新撰組の土方歳三と沖田総司で、自らの理想が破れつつあることを覚悟した歳三と、結核で死につつある総司の友情が性愛へと発展していくことに、読者は“萌える”。日本とアメリカで独立に、それもほぼ同じ時期にやおいとスラッシュ小説が成立したのは何故だろう? それは“女の本性”に訴えるからだと私は考えている。スラッシュ小説が英語圏で、やおい(=BL)がアジア圏で急速に広がったのは、どちらもそこにロマンスを読み取ることができるからだろう(※“Yaoi”は今では英語にもなっている)。現代的なロマントピアの物語の金字塔である『風と共に去りぬ』が映画化されたのが1939年で、それ以降、小説、映画、テレビ、漫画等で大量のロマンスが制作された。1970年代になると消費社会は更に成熟し、ベタなロマンスに飽食する女性たちが現われた。文化的な感度の高い彼女たちは、ロマンスの原型を維持しつつも、より抽象度を上げた物語を求めるようになった。これが、やおいやスラッシュ小説だ。この仮説によって、宝塚というやはり日本が産んだ洗練されたサブカルチャーも説明できる。宝塚は女性のみによって構成された歌劇団で、男役と娘役に分かれて(『風と共に去りぬ』のような)ロマンスを演じる。ヒーロー(=男役)も女優であることで、ロマンスの抽象度が一段階上がっている。だが東園子氏によれば、最近の宝塚ファンは公演に疑似恋愛を求めているわけではないという。例えば、2000年に雪組で上演された『凱旋門』という演目は、ドイツから亡命した青年医師のラヴィックと失意の女優志願の娘の悲恋物語として制作されたが、ファンが熱狂したのは(男役のトップスターが演じる)ラヴィックと(男役の二番手が演じる)亡命者仲間のボリスの“男の友情”だった。物語の終盤にラヴィックが強制収容所に送られ、見送りに来たボリスと「戦争が終わったらまた会おう」と固い約束を交わして別れる場面がある。実は、この公演の直前、ボリス役の二番手の男役は組替えによって(特定の組に所属しない)専科に移ることが決まっていた。宝塚ファンは、ラヴィックとボリスの友情を、これまで2人で雪組を支えてきた男役同士の友情と重ね合わせて観ていたのだという。ここでは、男役を演じる女優同士の関係を、舞台の上の“男同士の友情”を通して読み取るという、極めて難易度の高い鑑賞態度が要求されている。そして、この抽象度の高さに“萌える”のだ。

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テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

【不養生のススメ】(29) 終末期患者に死期を知らせる必要



20190830 13
「また先生と話ができるって約束してね」――。20年程前の研修医時代に担当したSさんの最後の言葉だ。Sさんは急性白血病の為、幾つかの抗癌剤を組み合わせて治療を始めたが、たちの悪いタイプの白血病で効果がなかった。抗癌剤を投与したことで正常の血液細胞もダメージを受け、みるみる免疫力が下がり、重症の肺炎を合併した。抗生物質は全く効かず、次第にSさんは体に酸素が上手く取り込めなくなり、酸素マスクを付けることに。それでも呼吸苦は悪化し、挿管して人工呼吸器を付ける以外、生きる手段がなくなった。人工呼吸器は一旦付け始めると、鎮静をかける為、会話はできなくなる。白血病や肺炎が良くなる見込みは低く、人工呼吸器に繋がったまま亡くなる可能性が高い。私は指導医と共に、Sさんの両親に状況を説明した。それでも両親からは、「できることは全てやって下さい」と懇願された。闘病生活によって娘が壮絶な苦難を味わっていることを知りつつも、娘を失う恐怖のほうが勝った決断だったと思う。Sさんと私は丁度同じくらいの年齢だったので、入院中、毎日色々な話をして友情が芽生えた。そんなSさんは鎮静をかける直前に、私の目をじっと見つめて、冒頭の最後の言葉を交わした。私は約束を叶えられないと思いながらも、Sさんに「うん」と頷き、人工呼吸器を取り付けた。Sさんの肺炎は改善せず、人工呼吸器をつけてから約1週間後に亡くなった。

アメリカでは、末期の癌患者が、自らの死期が近いことに気付かないでいることが問題になっている。2012年のハーバード大学医学部、ジェーン・ウィークス教授らのチームによる『ニューイングランドジャーナルオブメディシン(NEJM)』の報告では、約1200人の調査で、転移性肺癌患者の69%、進行性大腸癌患者の81%が「抗癌剤で未だ癌が治る」と考えていた。特に、医師のコミュニケーションを高く評価した患者は、抗癌剤の治療について過度に楽観的に考えた。また、医師が抗癌剤を治療の中心におくと、患者は予後について誤解しがちだった。医師でさえ、患者がどれくらい生きられるかを予測できないことがある。シカゴ大学医療センターの調査では、343人の医師が、468人の終末期の患者をホスピスに紹介する時に、患者の余命を推定した。実際、正確に予測できたのは20%で、63%は過度に楽観的に考え、全体の平均では、医師は生存率を5.3倍も過大評価していた。医師が患者を知る時間が長ければ長いほど誤解する可能性が高まり、感情的な結び付きが医師の考えを曇らせた。研究者らは、終末期の患者とのこうした関係性は、ケアの質に悪影響を及ぼすことを指摘する。ところで、「症状を緩和する為の薬物療法が、ホスピス患者の死期を早める」という誤解がある。『全米ホスピス緩和ケア協会』は、5種類の癌と心不全の患者約4500人で、ホスピスを利用している末期患者と利用していない末期患者で生存期間の違いを調べた。結果、ホスピス患者の方が29日長生きした。また、ハーバード大学医学部のジェニファー・テメル教授らは、転移性の非小細胞肺癌患者151人の患者を、標準的な治療のみのグループと、緩和ケアを組み入れたグループに無作為に割り振った。すると、緩和ケアのグループはよりQOL(※生活の質)が高まり、抑鬱症状が減った。標準的な治療のみのグループは、より積極的な治療を受けたにも拘わらず、患者の余命は短く(※標準的治療は8.9ヵ月、緩和ケアは11.6ヵ月)なった。現在、アメリカ最大の癌専門医による組織である『全米臨床腫瘍学会』は、進行癌の患者は診断から8週間以内に緩和ケアを受けることを推奨している。扨てウィークス教授は、NEJMの報告の翌2013年に、転移性乳癌の為、61歳で死去した。『ボストングローブ』によると、教授は癌と診断された時、「私は未だ死ぬ準備ができていない。やることが多過ぎる」と言いつつも、癌が治るという幻想は抱かなかった。ウィークス教授の研究により、癌治療の意思決定は、患者や家族の視点を含む多くの要素を考慮するべきという革新的なアプローチが始まった。日本の末期癌患者はどうだろう? 2018年に『国立がん研究センター』は、厚生労働省の委託事業として、日本初の癌患者の遺族調査を実地した。結果、遺族の医療介護サービスへの満足度は高いものの、癌患者の3割が死亡前の1ヵ月を痛みに苦しみ、3割が気持ちの辛さを抱いていたという。この調査について、「抑々、癌患者はどれだけ自分の病状を知っていたのだろうか?」という疑問を感じる。

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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

【地方銀行のリアル】(29) 北洋銀行(北海道)――拓銀亡き後の北海道を背負う辛苦



20190830 11
資金を寝かせておくよりは自治体に貸したほうがマシとでもいったところか。メガバンクや地銀大手の間で低採算の地方自治体向け融資を圧縮する動きが目立つ中、逆にそれを大きく膨らませている金融機関がある。札幌市に本店を置く北海道内最大の銀行で、第二地銀首位の『北洋銀行』だ。2019年3月期末の自治体向け融資残高は2兆627億円。前期末から7.2%伸びて初めて2兆円の大台を超え、貸出金残高全体(※6兆5772億円)に占める比率は5年連続増加して31%超に達した。全国平均は約7%とされているから、実にその4倍以上ということになる。自治体向け融資は限りなくリスクフリーに近い代わりに、貸出金利回りも「悲しいほどに低い」(首都圏地銀幹部)。2兆円超の融資残高の「半分以上を占める」(関係者)とされる北洋銀行の北海道庁向け貸出金利回りは、凡そ0.3%。全店ベースの利回り0.94%と比較すると、3分の1にも満たない水準だ。だが、それでも敢えて自治体が実施する入札に参加し、融資に縋りつかざるを得ないところに、北洋銀行の置かれた収益環境の厳しさがある。コア業務純益は2014年3月期をピークに4期連続ダウン。30億円近い経費削減が奏功し、2019年3月期こそ152億円と前期比2.6%の微増益に踏み止まったものの、2020年3月期は133億円と再び減益に沈む。今年5月には、2017年春からスタートさせた中期経営計画も大幅に下方修正。これまで2020年3月期で230億円としてきた経常利益目標は150億円に、160億円だった純利益目標は105億円に引き下げた。

「道経済は観光業、インバウンド消費、公共事業に支えられて、全体的には足元緩やかに持ち直しているとされているが、鉱工業生産は弱含んだままだ。それに、道内は構造的に製造業の底が浅く、民間企業の資金需要は一向に盛り上がってこない」。北洋銀行関係者は溜め息を漏らす。足元ばかりではない。先行きに対する閉塞感と危機感の強さは殊の外だ。背景にあるのは、1997年をピークに全国平均より10年早く始まったとされる人口減少だ。国の推計によると、2040年の道内人口は419万人と、2010年対比で約24%縮小。全国平均の減少率約16%を大きく上回る。しかも、札幌圏を除いた地域の減少率は32%超。全道179自治体の半数以上で人口が5000人未満になるとされている。「これでは、金融機関の営業店のオペレーションなど到底成り立つ筈もない」。前出の北洋銀行関係者はこう呻いて天を仰ぐ。北洋銀行は今年に入って利用客数が落ち込んでいる支店を閉鎖し、近隣の支店内に移転させるといった形での店舗再編を本格化させている。3月には千歳富丘支店を千歳中央支店に集約。7月には旭川北支店を春光支店に一体化させた。年度内に更に3~4店の集約化を進めたい考えだ。とはいえ、広い北海道。都市部ではある程度集約できても、支店と支店の距離が隔絶している道北や道東等の地方圏では、こうした手法にも自ずと限界がある。今後、人口減少のスピードが益々加速していく中、顧客の利便性と個々の店舗の採算性にどう折り合いをつけてネットワークを再構築していくのか。最適解は「未だ見出せていない」(幹部)。自治体向け融資が膨らんでいる裏には、自治体側の懐事情もある。道内経済の地盤沈下等で財政状態が苦しく、「資金繰りを市中銀行からの借り入れに依存せざるを得ない」(帯広市役所関係者)というわけだ。一般会計での借入金残高が2018年度末で1兆8184億円と最大の借り手でもある道庁の同年度の財政規模は2兆7498億円(※当初予算ベース)。ピークだった1999年度から7000億円近く圧縮し、2017年度より0.1%減ったとはいえ、大阪府を上回り、東京都に次ぐ。面積が広いだけでなく、雪国でもある北海道では、公共工事の発注費や人件費を始めとした固定費が嵩む。この為、緊縮に緊縮を重ねても予算規模がどうしても膨張してしまうのだ。2019年度は、高橋はるみ前知事(※現在は参議院議員)時代に纏めた骨格予算に、鈴木直道新知事の下で編成された補正予算を合わせて2兆8609億円。新知事が掲げる“攻めの道政”を反映させる形で3年ぶりに増加に転じ、歳入(※一般財源ベース)から歳出を差し引いた財政収支のマイナス幅は440億円と、前年度より30億円増大する。不足分は、道の貯金にあたる財政調整基金の取り崩し等で補うしかない。しかも歳入の内、7156億円は地方債(※道債)だ。歳入全体に占める割合は25%(※前年度24%)に高まり、2019年度末の残高は過去最高の5兆8900億円に膨らむ。全国の都道府県で断トツだ。その上、収入に対する借金返済の割合を示す実質公債費比率は20.9%と、全国最悪の水準になる見通し。地方自治体財政健全化法で一般単独事業の許可が制限される早期健全化基準25%超えも視野に入る。「ここまで財政が厳しいと、たとえ利益を生まなくても、地域経済を下支えする為に必要なコストと割り切って、自治体にミルク補給(=融資)を続けていくしかない」。北洋銀行幹部の一人は言い切る。

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テーマ : 地域のニュース
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<画像6枚> 『カラテカ』入江慎也が本誌に語った反省の言葉…吉本興業闇営業問題のキーマンは激太り



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中目黒を歩く入江。毎日1時間、清掃活動をしているとも報じられたが、運動不足なのか体型が変わっていた。


キャプチャ  2019年9月13日号掲載

テーマ : 芸能ニュース
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【WATCHERS・専門家の経済講座】(43) 地方の足、地域で守る――石田東生氏(筑波大学名誉教授)

20190830 07
「人々が安全で快適、そして幸せに暮らす為、日々の移動手段の確保はとても大切です。今、こうしたモビリティーの在り方をゼロから考え直すべき段階を迎えています」。全国各地で高齢者による交通事故が相次ぐ。一方で、地方を中心に「自動車がないと生活できない」といった声は根強い。「高齢者に免許返納を促す動きが強まっています。ただ、高齢者の運転だけを問題視するのは安易な議論ではないでしょうか。交通事故は、ドライバー自身の問題以外にも、車の性能や街作りの在り方、人々の暮らし方等、様々な要因が複合的に重なって起きています。特に高齢者の運転を巡っては、社会全体で安全を確保する仕組みやシステムを考えてこなければいけなかった。しかし、その努力が不足していたと言わざるを得ません。この皺寄せが、各地での事故に繋がっているのです。事故を防ぐ道路の在り方について、よく考える必要があります。国内の道路の内、歩道が整備されている場所は、実はごく僅か。歩道の整備にはお金がかかる上、住宅地が狭まる等、街作り全体の問題でもあるからです。地方では、車を持たない高齢者は、持っている人に比べて外出する頻度が大きく減る傾向があります。車がない高齢者の外出先は、病院や買い物等に止まります。友人との交流やボランティア、サークル等、自分の好きな活動をする為に出かけることで、人はより幸せな気持ちになれる筈です」。

「交通と都市計画、人々の暮らし方等を同時に議論する“交通街作り”という考え方があります。どういった街を目指し、誰が費用を負担していくのか。地域を挙げて考えることが重要なのです。地方でのモビリティーの確保を考える時、バスや鉄道といった公共交通の維持は避けて通れない問題です。公共交通機関は一般の車に比べて安全な上、移動の速さや定時運行等でも大きな魅力や価値を持っているからです」。地方では人口減少に伴い、鉄道やバスの路線が廃止されるケースが出ている。バスは運転手の人手不足も追い打ちをかける。「国は、これまで交通機関に対して様々な補助制度を設けてきましたが、基本は独立採算です。交通機関が他の事業者と連携するのは難しかったのが実情です。こうした実態を踏まえ、近年、MaaS(※モビリティー・アズ・ア・サービス)という取り組みが出てきました。タクシー、バス、鉄道等を一体的なサービスにして使い易くする試みです。乗客は利便性が高まり、交通事業者は効率化を図れます。勿論、マースを導入すれば、これまで赤字だった地方公共交通が直ぐに黒字転換できるわけではありません。それでも、より良いサービスで乗客が増え、事業者の赤字負担が減る可能性は高まるのです。公共交通を維持するには、国の役割が非常に大事です。MaaSの実現には、運行ダイヤや運賃等のデータを交通事業者間で連携させることが重要です。だが、中小の交通事業者にはシステム開発費の負担が重い。国が基本的なシステムを提供し、地域毎に適応させる仕組み等も検討すべきでしょう。思い切った規制緩和も必要です。地方等では、バスや列車に貨物を載せる“貨客混載”が広がっています。逆に、貨物自動車に客を乗せる取り組み等も考えてはどうかと思います。大手宅配会社や郵便等の配送事業者にとり、人口密度が少ない地域でビジネスを成り立たせるのは容易ではありません。貨物と乗客を柔軟に運ぶ取り組みは、収入の底上げに繋がる筈です。但し、実現には、貨物事業者への規制や、旅客を乗せるのに必要な運転免許の種類といった法令面が大きな壁になる。現在は過疎地等を除いて原則禁止されている自家用自動車による有償運送についても、安全性を検証しつつ、緩和を考える必要があるでしょう。自動車メーカーの役割にも期待がかかります。日本の車メーカーには、優れたモビリティーサービスを提供できる資本力、技術力、影響力があります。今後、地方で自動運転の導入が進むのは、予めルートが決まっており、地域住民の合意も得易い公共交通が中心になるでしょう。各メーカーには、地方の公共交通の分野でも自動運転の実現に向けた取り組みを加速してもらいたい。最後に、地方に暮らす住民の役割です。互いに送り迎えをする等、住民自らがモビリティーの確保を担うこともある。街作りや地域での暮らし方、車の使い方等についても、行政任せではなく、住民側から積極的に提案する姿勢が欠かせません」。 (聞き手/経済部 山村英隆)


キャプチャ  2019年8月28日付掲載

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

【終戦その時】(下) “最強”大和、生存僅か

20190830 06
巨大戦艦の腹に、兵士が鈴生りになってしがみついていた。一人、また一人と力尽きて落下し、飛沫を上げる渦に呑み込まれていく。「もうここで終わりか」。春の暗い海を覗き込み、死を覚悟した。昭和20(1945)年4月7日、小学校の教員から徴兵されて海軍の下士官となった西田耕吾さん(97、和歌山県紀の川市、左画像)は、戦艦『大和』の乗組員として鹿児島県坊ノ岬沖を航行していた。この前日、山口県の徳山港を出港し、作戦の説明を受けた。「これから大和は沖縄へ特攻に向かう。其々、古里の方角を向いて家族と最期の別れをせよ」。戦争だから仕方ない。腹を括った。大和は最強にして不沈と謳われていた。しかし、昭和19(1944)年10月、フィリピンのレイテ沖海戦では姉妹艦『武蔵』が撃沈され、大和も損傷した。「あかんかもしれん」と不安が頭を過った。西田さんは、右舷の高角砲発令所に配置されていた。角度や方角を計算し、敵機に照準を合わせる役割だ。鹿児島県の大隅半島を過ぎ、おにぎり2個の昼食を食べ終わった頃、「敵編隊200機!」という艦内放送が響いた。

「撃ち方始め!」。合図と同時に、「ダン、ダン、グァーン」と轟音が響いた。戦闘が始まって直ぐに、魚雷が命中した。全長263mの巨体は、魚雷による水柱が立つ度に震えた。「総員、最上甲板へ」という声を聞き、慌てて向かった時は、既に左舷は傾き始めていた。先に海に落ちた兵士は、沈みゆく艦が生み出す渦に巻かれて二度と上がってこない。しかし、もう甲板にしがみつく体力は無い。勇気を振り絞って飛び込んだ。渦に巻かれてもがくうち、息が苦しくなった。その時、爆発の振動でふいに体が浮き、海面に出た。辺りを見渡すと、重油で真っ黒になった顔が幾つも浮いていた。木片にしがみついて約2時間漂流した後、通りかかった駆逐艦『冬月』に救助された。『呉市海事歴史科学館』(広島県呉市)によると、大和の乗員3332人の内、生存者は僅か276人だった。徳山港に戻り、燃料所の設営隊で働いていた時に玉音放送を聞いた。海中での爆発が無ければ、そして駆逐艦が近くを通らなければ、ここに自分はいなかったと思った。「大和と共に一度は死んだ身。これからは人の為に生きたい。再び教壇に立ちたい」との気持ちが湧き上がってきた。戦後、教室で子供たちに戦場での体験を語った。「大和が沈んだ時、『人の命とはこんなに軽いものなのか』と思った」。60歳で定年を迎えた後も、地域の小中学校で講演を続け、子供たちは真剣な表情で聞いてくれた。その最後には、必ずこう言った。「死が当たり前になる戦争は、もう誰にも体験してほしくない」。終戦のその時、心の底から願ったことだ。「平和への願いは次世代に託した」と信じている。

                    ◇

坂田元司・後田ひろえが担当しました。


※本文由李的博多居民提供。谢谢。
キャプチャ  西部本社版2019年8月14日付掲載

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【終戦その時】(中) 無謀な作戦、軽い命

20190830 05
暗い海に犇めく艦影を月が浮かび上がらせた。昭和20(1945)年5月、高橋淳さん(96、東京都町田市、右画像)が操縦する一式陸上攻撃機は、鹿児島県の出水基地を離陸し、沖縄近海のアメリカ軍艦に迫っていた。操縦かんを押し込み、海面から僅か3~5mまで高度を下げる。無数の機関砲の弾が向かってきて、5人の搭乗員を乗せた機体を掠める。「無駄死にしてたまるか」。約1000mまで肉薄し、魚雷を投下。安全圏に離脱した時は、全身が汗でぐっしょり濡れ、声も出せなかった。出水基地には約20機が配備されていた。しかし、沖縄戦が終結した6月23日、残っていたのは自機だけだった。一式陸攻は装甲が薄く、被弾すると直ぐ火だるまになる。アメリカ軍は“ワンショットライター”と揶揄していた。「一度出撃すると、半分は帰って来られない。皆、いなくなっちまった」。東京都出身。小学生の頃、遊覧飛行で乗った飛行機から見た景色に魅了された。パイロットを目指し、18歳で海軍の練習生になった。その2ヵ月後に太平洋戦争が始まり、戦場に駆り出された。

中部太平洋のトラック諸島や、フィリピン南部のダバオ基地から魚雷を抱いて出撃を繰り返した。「魚雷が命中しなければ体当たりをしてこい」と叫ぶ上官を尻目に、「必ず生きて帰る」と決意していた。搭乗員には「遺書なんて書くなよ」と言い続けた。終戦は突然訪れた。出水基地を離陸し、本土決戦に備えて北海道に向かう途中の青森県で8月15日を迎えた。玉音放送は音質が悪く、その時は激励の放送だと思った。敗戦を知ったのは宿泊先だった。「これで助かった」。安堵の気持ちがこみ上げてきた。「本土決戦で再び出撃すれば、もう終わりだと覚悟していたから」。戦後は平和な空で腕を生かした。元戦闘機の搭乗員らが設立した社団法人『日本飛行連盟』に参加し、多くのパイロットを育てた。1963年には『日本赤十字社』と連携して、災害救助を支援する『赤十字飛行隊』を発足させ、1964年の新潟地震では道路が寸断された被災地に物資を空輸した。現在も隊長を務め、後輩に経験を伝えている。91歳になった2014年には“世界最高齢のパイロット”としてギネス世界記録に認定された。今も週に1度は軽飛行機で空を飛ぶ。一式陸攻で飛んでいた時も、空から見る光景は美しかった。南太平洋では海の青さに、夜間飛行中には星の輝きに心を奪われた。だが、戦闘中の夢は一度もみたことがない。“異常な体験”として、心の奥底に閉じ込めているからだと思う。戦争について語る時、口調には怒りが滲む。「人生で一番嬉しかったのは、終戦を知った時だ。どう考えても勝てっこない戦いで、無謀な作戦が繰り返された。本当に命が軽い時代だった」。


※本文由李的博多居民提供。谢谢。
キャプチャ  西部本社版2019年8月12日付掲載

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