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【テレビの裏側】(139) 芸人ブレイクの裏に名プロデューサーあり

地上波とインターネットを合わせ、10本以上のレギュラーを持つ『千鳥』。その中から『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)と『千鳥のクセがスゴいネタGP』(フジテレビ系)がプライムタイムに昇格した。「千鳥は大阪では早くから売れていて、実は2012年に東京に進出しています。“ピカルの定理”(フジテレビ系)のレギュラーとなったのですが、加入から1年半で番組は終了。その後は鳴かず飛ばずだった。2014年には“アメトーーク!”(テレビ朝日系)で“帰ろか…千鳥”という企画が放送され、大阪に帰るのも時間の問題だという見方もありました」(バラエティー番組スタッフ)。だが、辣腕プロデューサーの目に留まったことで人生が一変する。「“帰ろか…千鳥”は東野幸治の持ち込み企画だったのですが、同番組の担当である加地倫三プロデューサーに刺さったのです。以後、加地さんは自身の番組で千鳥を重用。“加地さんにハマる=ブレイク間近”というのが業界の定説で、他局のプロデューサーも千鳥を使い始めた。結果、露出が激増して、ブレイクを果たしたのです」(同)。勿論、当人に実力があるのが絶対条件だが、露出がないことには売れようがない。加地氏のようなチャンスを与えてくれるプロデューサーは貴重だ。然る放送作家によれば、「加地氏のような辣腕プロデューサーは業界にあと2人いる」という。芸人間の視聴率の高さで知られる『ゴッドタン』を手がけ、尚且つ『テレビ東京』の社員ながら『オールナイトニッポン0』(ニッポン放送系)でパーソナリティーを務める佐久間宣行氏がその一人だ。

「加地さんが実力派芸人のブレイクを後押ししているのに対し、佐久間さんはEXITや宮下草薙ら“第七世代”から、朝日奈央のような下ネタOKの美女、実力派ヒップホップユニットの“Creepy Nuts”まで、ジャンルに拘わらず若い才能を積極的に起用する。ゴッドタンの名物企画“この若手知ってんのか!?”では、無名の芸人を集めてネタをやらせる等、お笑い愛が深い」(同)。バラエティー3大プロデューサーの最後の一人が、『水曜日のダウンタウン』(TBSテレビ系)を手がける藤井健太郎氏だ。「群れるのを嫌うが、作る番組は玄人受けするという“バラエティー界の大門未知子”みたいな人です(笑)。クロちゃんを徹底的にイジる企画を見てもわかるように、ドSな性格。なので、リアクション芸人はハマると仕事が増えますが、メンタルが弱いタレントはフィットし難いですね」(制作会社ディレクター)。YouTuber芸人のフワちゃんは「狙いは賞レースより日テレ」とブレイクの秘訣を語って、話題になった。「“行列のできる法律相談所”の髙橋利之プロデューサーがキーマンだという意味でしょう。髙橋さんはゲスト枠が多い番組を多数担当しているから、新人を売り込みたい芸能事務所が最重要マークする一人。日テレは横の繋がりが強く、一つの番組でウケたら、他の番組も追随して局内でバズる傾向がある。りんごちゃんのように日テレ発のニュースターが生まれ易い」(芸能プロダクション幹部)。スターの陰には仕掛人がいるのだ。


キャプチャ  2020年10月30日・11月6日号掲載
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テーマ : 芸能ニュース
ジャンル : ニュース

【百年の森・明治神宮物語】第10部・継承(05) 未来へ歩む“木を植える人々”

https://www.sankei.com/life/news/201030/lif2010300009-n1.html


キャプチャ  2020年10月30日付掲載

テーマ : 神社
ジャンル : 学問・文化・芸術

【宇垣美里の漫画党宣言!】(35) 触りたいけど触れない

「自己犠牲は美しい」と人は言う。多くの人命を救う為に爆弾ごと北極海に沈むヒーローや、家族の為に色々なものを犠牲にして生きる母親。誰かの為に自分の願いや身そのものを差し出す姿は、大きな愛そのものだと。確かに一つの愛の形だろう。相手を思う強い意志と覚悟がないとできないことだ。でも、それって本当に美しいんだろうか。推奨していいものなんだろうか。『青野くんに触りたいから死にたい』を読んで、相手を思うからこそ自分を傷付け、そのことで相手も傷付けてしまう終わりなき地獄の描写に、そんなことを思った。高校2年生の優里は、つきあって2週間の同級生・青野君を交通事故で失う。衝動的に自殺を試みる優里を、すんでのところで青野君の幽霊が制止するが、幽霊となった彼には触れられないことを知り、また死のうとする優里は叫ぶ。「青野くんは幽霊で わたしは生きてるから 君に触れないんでしょう!? だったらわたしが死ぬしかないじゃない 君は生き返れないんだから!!」。触りたい。でも触れない。だから、死ぬしかない。このタイトルは比喩でも何でもない。彼女の魂の咆哮、唯一無二の願望そのものだ。何とか人と幽霊との交際を試行錯誤する2人。枕や電柱、互いの指をなぞるようにして、何とか抱きしめ合おう、触れ合おうとする彼らの姿は微笑ましく可愛らしいのに、どこか滑稽で痛々しい。そんなある日、優里が誰かに憑依することはできないのかと問うたことから事態は急展開。突如、瞳は真っ黒に変わり、まるで違うどす黒い雰囲気を纏った別人格となった青野君は、執拗に優里に“入って”いくことを求めるようになり、優里に憑依する。

その後、元の様子に戻った青野君は、その間の記憶がないという。曲がりなりにも平穏だった筈の生活に、徐々に別人格の影が現れるようになり、怪奇現象が多発する。愛のまま、多くのものを青野君に捧げてしまった優里の目は赤く、髪は白いまま。でも、優里は幸せなのだ。だって、青野君と一緒にいられるんだから。可愛らしい絵だからこそ余計に、日常に潜むぬめっとした恐怖が生々しい。ほっこりほのぼのなラブコメかと思った次の瞬間には、背筋がぞっと凍り付くようなホラー展開が待ち構えていて、触れられない切なさに涙を流したかと思えばギャグに笑わされ、もう情緒が追い付かない。ただ相手を何もかもから守りたかっただけなのに、どんどん自らを差し出し、そのことで相手も傷付ける優里の姿に、「他人に心を配らず踏み躙る人と、他人を思うあまり自分を犠牲にする人って根っこが同じなのかもしれないな」と感じた。人が人を大事にするって、こんなにも難しい。読み進める程に、悲しくて寂しくてやりきれない。夢の中で2人が穏やかな結婚生活を送っている描写に、涙が止まらなかった。彼らにその未来はあり得ない。どんなに互いが大事でも、人は他人とひとつになんてなれやしない。心の中全部はわからない。人と幽霊なら尚のこと。でも、純愛を狂気で鋭く磨いた彼女は、青野君の正体が何であれ、絶対に救うと決めた。たとえ、その結末が別れに繋がっていたとしても。2人の行く先を見届けなきゃいけない。でも少し、怖い。


宇垣美里(うがき・みさと) フリーアナウンサー。1991年、兵庫県生まれ。同志社大学政策学部卒業後、『TBS』に入社。『スーパーサッカーJ+』や『あさチャン!』等を担当。2019年4月からフリーに。著書に『風をたべる』(集英社)。


キャプチャ  2020年10月29日号掲載

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

【東畑開人の週刊臨床心理学】(24) 純愛少女漫画はヨガである



20201030 23
今書いている本が泥沼化していて、もう1年以上取り組んでいるのに、どうしても書けない。何か突破口はないものかと探していて、辿り着いたのが純愛少女漫画。特に咲坂伊緒の作品にすっかりハマってしまった。『ストロボエッジ』から始め、『アオハライド』へ進み、“思い、思われ、ふり、ふられ”で青春三部作をフィニッシュしたのがつい先程。はっきり言っておく。37歳の中年心理士にとって、純愛少女漫画は決して心地良いものではない。ヒロインがイケメンの後頭部を見て「あっ、襟足の形、可愛い」とキュンとすると「何じゃそりゃ!?」と思うし、三枚目キャラが突然真面目な顔になって「俺、奪うから」と言い出すと「みっともない!」と叫んでしまう。イケメンが敢えて嫌われる為にヒロインに強引なキスをしたりなんかすると、「ヒーッ!」と悶絶。要は、年甲斐もなくキュンキュンしていたのである。老廃物に満ちた中年の心がキュンとすると、大胸筋が肉離れを起こしたか、心筋梗塞の予兆ではないかと不安になる。それ でも読むのを止められない。純愛少女漫画はヨガである。普段は絶対に使わない心の筋肉を思い切り捩じって、引き伸ばしてくれる。痛いから「ヒーッ!」と叫ばずにはいられないのだけど、終わった時には老廃物が流れて、心がキュンと引き締まっている。だから、連載1回分をキュンキュンしている時の心理学に充てようと思ったものの、いざ書こうとしてみると本当に難しい。何度書き直しても上手くいかず、本と同様、この連載まで泥沼化しかけている。ここには何か厄介なものがある。そこで考えてみると、キュンキュンの心理学の為には“傷付き”の良い面を書かなくてはならないのが問題ではないかと思い当たる。

先に言いたいことを書いておきたい。純愛少女漫画とは何か。それは、子供たちが互いに傷付けたり、傷付けられたりすることによって、成熟した大人になっていく物語である。例えば、王道少女漫画(※私の独断と偏見だが)の冒頭シーンでは、 ヒロインは「遅刻しちゃうー!」と叫びながら、パンを銜えて激走している。彼女は天真爛漫であけっぴろげだ。つまり、傷付きを知らない無垢な少女である。逆に、相手役のイケメンは、激走しているヒロインに衝突されて「ドジだな、おチビちゃん」と言っちゃうみたいに(※ああ、キュンとしてきた)、ニヒルでクールだ。過去に負った傷によって心を閉ざしているからだ。無垢なヒロインと闇のイケメン。正反対に見えるのだが、ヒロインは傷付いたことがない故に、そしてイケメンは傷付いてきたからこそ、傷付きを恐れている点では共通している。にも拘わらず、恋をした2人は未熟さの故に互いに傷付け合うことになる。イケメンが親友のことを好きなのではないかと誤解してヒロインは傷付き(※キュン!)、傷付いた彼女が不自然な視線の外し方をすることでイケメンは傷付く(※キュンキュン!)。だけど、最終的に2人は傷付くことを覚悟して、それでも相手に思いを伝える。そうやって漸く結び付くと、彼らは少し大人になっている。ユング心理学では恋愛は“正反対のものの結合”を齎すといわれるが、少女漫画で起きるのはまさにそれだ。無垢なヒロインは傷付きを知る女性になり、不信感に満ちたイケメンは他者が傷付けるだけの存在ではないことを知る(※別に反対でもいい)。お互いの傷付き易い部分にお互いの傷付け易い部分を接触させることで、2人は交じりあっていく。他者と深く関わるとはそういうことだと思うのだ。以上、「傷付きも大事だよね」で話は尽きているように思われるかもしれないが、実はそうもいかない。というのも、傷付きが単なる暴力とトラウマしか生まないこともままあるからだ。恋愛はデートDVを引き起こし、親子には虐待が起こる。師弟や上司部下の関係は一歩踏み込むと、容易にセクハラやパワハラになる。“傷付き”は人と人とを深く結び付けるものでもあるけど、心を深く損なうものでもある。だから今、世間ではコンプライアンスとかガイドラインがとても大切で、傷付きが暴走しないように厳重に管理されている。とはいえ、傷付きを完全に排除してしまうと、深い関係も生まれなくなってしまうから難しい。このジレンマに挟まれて、今回の原稿を上手く書けずにいたのだと思う。

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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

【創価学会は今】(19) アメリカの有力シンクタンクが名指しで指摘! 創価学会が唱える“日中友好”のお笑い



20201030 21
前回は、アメリカの有力シンクタンク『戦略国際問題研究所(CSIS)』が公表した『日本における中国の影響力』と題するレポートについて紹介した。中国共産党にすり寄る政治家や外交官をパンダハガー(※パンダをハグする=親中派)と呼ぶが、その中で名指しされたのが、自民党の二階俊博幹事長や今井尚哉前首相補佐官、秋元司氏(※『500.com』から賄賂)、森まさこ前法務大臣(※ジャック・マー氏と親しい)らだった。しかし、この他に大新聞等が一切報じていなかったのが、巨大宗教団体とその支援を受けるある政党の名前だった。それは、レポート内の“中国への自然な同調者たち”という章に書かれていた。創価学会と公明党が一貫した親中路線を歩んできたことを詳述したものだった。同レポートは、中国との結び付きや思想的背景から、「日本の仏教団体である創価学会と、その関連政党である公明党が、彼らの提唱する平和主義的な思想と絡んで、中国に同調的である」と指摘する。中でも、公明党の竹入義勝氏が1971年6月に訪中した時のことを取り上げ、日中関係の回復と改善に向けて動き、周恩来首相(※当時)との会談で中国共産党側の意向を汲み取り、日中国交正常化の共同声明に反映させたと指摘した。会談では、1970年代は日中共に尖閣諸島領有権を巡る話題は重視されず、中国は日本に戦争賠償を求めていないし、戦後対応に満足していたという報告だ。同レポートは、公明党が1964年の創立以来、“日中関係の正常化の推進”を掲げていたことに注目する。CSISが関係者にインタビューした結果、「中国共産党は、創価学会を日本の憲法9条維持の為、政権与党に影響を与える為の“味方”として見ているが、一方で宗教団体であることから距離を置いている」というのだ。

創価学会元幹部が付け加える。「池田大作氏は1968年に日中国交正常化提言を発表したが、当時は佐藤栄作政権で中国に厳しい論調が多かった。その中で池田氏は、①日中両国の首相・最高責任者が話し合うべき②日本は中国を承認して中国の国連参加を推進せよ③日本は米中の橋渡しに努力すべき――と述べている。この提案で外交関係者を驚かせたのは、従来の出来るところから実行するという“積み上げ方式”ではなく、先ず日中両国のトップが話し合えというものだった」。実際、田中角栄首相(※当時)と周首相が『日中共同声明』を発表したが、池田氏自身も1974年12月に北京に飛び、周首相との会談を果たしている。更に同レポートは、2018年9月、公明党の山口那津男代表が周氏の母校である天津の南開大学を訪問したこと、同月、中国共産党が後援する『中国人民対外友好協会』が池田氏の日中関係への貢献を評価し、表彰したこと等を伝えている。また2016年8月、南シナ海を巡って日中関係が悪化した際には、『中国中央テレビ(CCTV)』関連のケーブルテレビ番組で、周氏と池田氏の友好関係についてドキュメンタリーを放映したことについても触れていた。アメリカの情報機関関係者は、「安倍政権はあくまで親米路線でやってきたことは理解できるが、実は創価学会と公明党が日本の防衛や日米同盟の強化に反対する“消極的平和主義”を取っていることで、足を引っ張っているのではないか。少なくともそれは中国側の期待と一致する。創価学会とパイプの太い菅政権では、更にこの傾向が強まるだろう」と警戒する。そんな中、創価学会の機関紙『聖教新聞』には、池田氏と中国との関係を礼賛する記事が溢れている。9月8日付紙面では、池田氏の日中国交正常化提言発表から52周年を迎えるとのことで、“日中友好”への動きをいつになく強めている。池田氏は周氏を始め、歴代の中国のリーダーと対話を重ね、両国の友好の道を開いてきたと喧伝する。9月4日付紙面では、中国の東北師範大学と創価大学の友好交流特別記念行事が、吉林省と日本をオンラインで結んで開催されたと報じた。「日本の軍国主義が深い爪痕を残した長春の地に立つ同大学が、日中友好とアジアの教育の発展に対する貢献をたたえて第1号の“名誉博士号”を池田先生に授与したのは、2000年3月。東京の駐日中国大使館で授与式が行われた」。記事にはこう書かれ、未だ元気だった池田氏が東北師範大学学長から学位証を手渡された写真を掲載。その際、国交正常化後初の国費留学生6人を創価大学に迎えたことにも触れている。日中外交関係者は、「後に駐日中国大使を務めた程水華氏は創価大学に留学したが、その際、池田氏が彼の身元保証人になったことは、今も日中関係者の語り草だ。程氏は今年、中日友好協会常務副会長に就任したが、水面下で習近平訪日の為に動くだろう」と見る。

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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

【地方銀行のリアル】(43) 十八親和銀行(長崎県)――合併で進む“顧客軽視”の経営



20201030 20
域内で圧倒的なシェアを持つ地方銀行同士の経営統合や合併に道を開く独禁法特例法。10年間の時限立法で、金融庁が事前に当事者から提出された再編計画(※基盤的サービス維持計画)を審査。統合・合併が収益力向上や域内でのサービス維持に繋がること等を条件に、公正取引委員会ともすり合わせの上、認可する。その施行日が来月27日に迫るのを前に、同法の“生みの親”とも言える新銀行が今月1日に船出した。『十八親和銀行』だ。2007年から『ふくおかフィナンシャルグループ』の傘下にある『親和銀行』と、昨年4月に新たにグループに合流した『十八銀行』が持株会社の下で合併したもので、共に長崎県が絶対的地盤。県内における貸出金シェアは7割近くに上るとされる。当初の計画では、2017年4月を目処にふくおかFGと十八銀行が経営統合した上、2018年4月の合併を目指していた。しかし、「競争政策上、問題がある」として公取委が猛反対。約1000億円の債権を他の域内金融機関に譲渡すること等を条件に、“難産”の末、2年半遅れで合併にこぎつけた。発足した新銀行は総資産6兆1066億円、貸出金残高4兆95億円(※何れも6月末時点の2行単純合算)。合併前までは両行とも地銀中堅クラスにとどまっていたが、一体化に伴って「上位行の末席」(メガバンク関係者)に名を連ねる規模に浮上する。本店は長崎市にある旧十八銀行本店に置き、佐世保市の旧親和銀行本店は佐世保本部・佐世保営業部に衣替え。初代頭取には旧十八銀行の森拓二郎頭取が就任し、旧親和銀行の吉澤俊介頭取は会長に。来年1月4日には旧親和銀行のシステムに片寄せする形で、勘定系等の基幹システムも統合する方針だ。

今回の合併の成否を占う上で「最大の鍵を握る」(地元金融筋)と目されているのが、店舗の統廃合だ。何しろ、同一県を地盤とする嘗てのライバル同士。互いを凌駕しようとして県内に張り巡らせた店舗網は稠密で、殆どのエリアで拠点が重複する。これらを整理して効率的に配置を見直さなければ、収益力向上は画餅に終わる。とはいえ、あまりに大鉈を振るい過ぎれば顧客の利便性が損なわれ、地元の反発を招くのは必至だ。合併前の店舗数は、旧十八銀行が98拠点(※うち長崎県内87)、旧親和銀行が87拠点(※同75)の計185拠点(※同162)。新銀行では、これを店舗内店舗方式でどちらかの店舗に集約するといった形で、一先ず114拠点(※同99)にまで、約4割削減する。今年1月に旧十八銀行の福岡県内3拠点で既に先行実施。来年5月以降、本格的に統廃合作業に取り掛かる計画だ。自行の効率性と顧客の利便性を天秤にかけた上で、新銀行が打ち出した統廃合に際しての基準が、“車で10分圏内”だ。削減対象とする店舗は、受け皿となる残存店舗から車で10分程度の距離に位置する物件に限定する。要するに、車で10分くらいまでなら顧客の利便性を大きく損なうことはないと踏んだわけだ。とはいえ、リアルの店舗を訪れる来店客の多くは、デジタルネイティブとは程遠い高齢者。加齢が進んで車の運転が覚束ない人もいれば、運転免許証を返上した人もいる。こうした顧客にとっては、自分の取引店舗が現状より500m遠くなるのだって苦痛だろう。にも拘わらず、削減計画によると、顧客に1㎞以上の超過移動を強いることになりかねない案件が10件近くに上る。中でも最も長距離移動を余儀なくされるのが、旧十八銀行の北有馬出張所(南島原市)を、同じく旧十八銀行の有馬支店(同)に集約させる事案だ。両店舗間の距離は実に4.1㎞。400mトラック10周分を超える。また、旧親和銀行の国見支店(雲仙市)は、3.51㎞も離れた旧十八銀行の国見支店(同)に統合。旧十八銀行の波佐見支店(波佐見町)は1.78㎞先の旧親和銀行波佐見支店(同)に、旧親和銀行の日宇支店(佐世保市)は1.55㎞先の旧十八銀行大塔支店(同)に其々窓口が一本化される。「とてもじゃないが、歩いて行ける距離じゃない。当然、車を使うことになるが、ガソリン代も余分にかかる。それに、雨の日や所謂“五十日”等、来店客で混雑する時でも十分な駐車スペースが確保されているのか。何やら銀行の都合だけを優先させている感じがしないでもない」。切り捨てられる旧親和銀行国見支店の利用者の一人は、こう不満をぶつける。

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テーマ : 地域のニュース
ジャンル : ニュース

【地方大学のリアル】(10) 東京理科大学(東京都)――結果が出ない多角化と拡張戦略



20201030 19
JR総武線の飯田橋駅近くに広がる神楽坂キャンパスは、電車の窓から望める好位置だけに、多くの人は東京理科大学の存在を認知している。だが、全国的な知名度は、1万5000人を超える学生を抱える大学としては決して高くはない。偏差値は東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学等、東京都内のトップクラスの大学とは大きな格差があるものの、全般に真面目な学生が多く、予備校業界の評価は“二流の秀才”が集まる学校。1881年に東京物理学講習所として創設され、自然科学の研究・教育で実績を上げてきた。他の私立大学の理工系学部が明治時代の新国家建設に必要だった建築、機械、電気等工学部先行だったのとは、一線を画している。ただ、理学系の研究者を輩出するというよりも、全国の高等教育機関で教鞭を執る教師の育成が中心で、今なお中学や高校の理数系教員では理科大出身者が大きな存在感を持っている。戦後、ベビーブームと大学進学率の上昇の波に乗って、学部の多角化に乗り出し、1960年に薬学部、1962年に工学部、1967年に理工学部、1987年に基礎工学部を創設した。ただ、理工学部は千葉県野田市、基礎工学部は北海道長万部町と、神楽坂の本部キャンパスから離れた場所にあるというだけで、学部間の違いや特色は外部からは全く理解できない。数学科や物理学科等は理学部と理工学部に重複して存在し、建築学科や機械工学科も工学部と理工学部に共に設置されており、受験生は勿論、卒業生を採用する企業側も困惑しているのが実態だ。端的に言えば、マネジメントや戦略の統一性や一貫性のない大学経営であり、野放図な拡張主義と学部長や学科長のポストを欲しがる内輪の権力争いによって、意義や展望のない学部新設が続いてきた大学と言っていい。

更に大きな問題を引き起こしたのは地方進出である。1995年に山口県小野田市(※現在の山陽小野田市)、2002年に長野県茅野市に4年制大学(※短期大学からの転換)を其々開設。地方への分校進出という新たな拡張戦略をとった。だが、地方では東京理科大学のブランドは殆ど通用せず、志願者を集めきれないまま募集定員割れが続いた。結局、累積赤字で経営を続行できなくなり、其々地元自治体に経営を引き継いでもらい、山陽小野田市立山口東京理科大学、公立諏訪東京理科大学という一般の人には違和感のある名称の大学として、今も存続している。公立諏訪東京理科大学は公立化によって、学費が凡そ半分に下がった為か、受験生が倍増するという思わぬ効果も出ている。事実上、経営破綻した地方私立大学を公立化し、地元自治体の負担によって救済してもらうスキームを全国に先駆けて作った点で、実は大学業界内では評価する声もある。多角化の動きは更に文科系学部にも広がり、1993年に経営学部を埼玉県の久喜キャンパス(※現在は閉鎖、神楽坂に移転)に新設した。企業経営において、技術の方向性の理解やイノベーションマネジメントの重要性が高まってきているという潮流に沿った動きであり、経済界からも期待する声が上がっていた。経営学部はその後、経営学科に加え、ビジネスエコノミクス学科、国際デザイン経営学科(※来年4月開設予定)の3学科体制に発展し、東京理科大学の新たな顔になりつつある。依然として、東京理科大学の中では違和感を感じる教員も少なくないが、「上智大学に理工学部があるのと同じ」という割り切りを口にする関係者もいる。東京理科大学の経営学部も上智大学の理工学部も「実績や知名度は低いが、ユニーク」という意味だ。現実には、日本の製造業の文科系学部出身の経営者は技術に疎く、理工系出身の経営者はマネジメントに弱いという傾向を踏まえれば、東京理科大学の経営学部は技術とマネジメントの双方に目配せができる人材を生む可能性がある。特に重要なのは、経営幹部候補のビジネスパーソンが一定期間休職するか、時間的余裕を与えられ、実践的な経営学を科学的に学ぶ経営学修士(※MBA)だろう。

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テーマ : 教育問題
ジャンル : ニュース

中国が原発政策でも“脱アメリカ”…自国産原子炉のシェアが急拡大



20201030 18
中国国内の原発技術のベースが、嘗てのアメリカ製から、国産に本格的に切り替わりつつある。香港紙『サウスチャイナモーニングポスト(SCMP)』によると、中国国内の原発で現在建設中、若しくは承認待ちの12基が全て、フランス製等を改良した中国独自技術の『華龍』1号がベースとなっていることがわかった。中国の第三世代原発建設は、アメリカの技術を使った原子炉をベースにすることが当初計画されていたが、2018年に稼働を始めたものを最後に“脱アメリカ”が進んでいる。発端は現在の米中対立ではなく、アメリカの技術に問題が見つかったこと。重要なポンプの設計に不備があったことで、計画が大幅に遅延。その後、フランスの技術をベースにした国産原子炉の実用化の目処が立ったことで、形勢が逆転した。ただ、今後の海外での原発の許認可等については、どうしても現行の米中対立の影響は受けざるを得ない。その為、華龍1号は国内だけでなく、外国への輸出も視野に入れてシェア拡大を目指すものとみられている。

                    ◇

9月にインドのラージナート・シン国防大臣とスブラマニヤム・ジャイシャンカル外務大臣が相次いでテヘランを訪れ、イラン側と会談した。テーマは、イラン南東部チャバハル港の開発問題とみられている。イランは北部でトルクメニスタンと国境を接する。同国が持つ莫大な天然ガスをパイプラインでチャバハル港へ運び、インドに輸出したいのだ。チャバハル港は、国境を挟んで隣国のパキスタン南部のグワダル港と向き合う位置にある。グワダル港への影響力を持つ中国との対抗上でも、インドのチャバハル港への関心は強い。2015年のイラン核合意を受け、“雪解け”を確信したインドは、素早くチャバハル港への投資を決めた。しかし、ドナルド・トランプ政権になって停滞していたという。ジャイシャンカル外相は昨年末時点で、早くもイラン入りして活動再開の段取りを詰めていたが、その後は新型コロナウイルス問題でストップしていた。

                    ◇

韓国の首都機能移転に、公的企業等の抵抗で暗雲が漂っている。韓国ではソウルへの一極集中を改善する為、行政都市の世宗市に多数の行政機関を移転させ、公的企業108社も地方に分散させた。現在は第2次移転の準備中で、新たに112社を選定したが、そこに『韓国産業銀行』・『韓国投資公社』・『中小企業銀行』・『大韓貿易投資振興公社』・『統一研究院』・『地域暖房公社』・『韓国科学技術研究院』等が含まれる。しかし、その約8割が効率悪化等の理由で移転に反対し、同意したのは22社に留まっている。第1次移転で分散した108社も、その内の38社がソウル市内に事務所を構える等しており、抵抗する意識は根強い。

                    ◇

中国が全香港市民を対象に計画した大規模PCR検査は、最終的に住民の4分の1しか受けなかったことが判明した。中国側は本土から約600人のスタッフを送り込み、9月1日から2週間の日程で、全香港市民を対象としてPCR検査を実施。当初計画では全人口745万人の内、500万人が検査を受けることが想定されていたという。しかし、実際には178万人にとどまったとされる。背景には、香港市民の中国政府への信頼の低さがあるとみられる。医療情報をどのように使われるかが不透明で、中国側が推奨する新型コロナウイルス対策アプリの普及も、思うように進んでいないようだ。

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テーマ : 中朝韓ニュース
ジャンル : ニュース

もはや恥も外聞もない“両天秤サバイバル作戦”…『山健組』分裂と『絆會』解散の二股真意

『神戸山口組』発足5周年の今夏、中田浩司率いる『山健組』は真っ二つに分裂を遂げた。『絆會』では、旗揚げから織田絆誠を支え続けたナンバー2の池田幸治とナンバー3の山﨑博司が引退。嘗てのライバルだった中田と織田は、この奇手の先に何を見ているのか――。 (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)



20201030 16
2015年8月27日、『六代目山口組』で分裂騒動が勃発し、六代目側から離脱した最高幹部を含む直参13人によって神戸山口組が発足した。つまり、神戸側にとっての今夏は、丸5年を迎える節目。本来なら記念日を大いに祝うべきタイミングだった。だが、神戸側の内情はそれどころではなく、旗揚げ以来の重大危機に瀕している。今年の7月上旬に急浮上した、神戸側の最大勢力である五代目山健組の離脱問題を発端として、大混乱が続いているからだ。全国紙社会部記者が語る。「離脱の理由は、第一に金銭問題でしょう。暴排条例により、ヤクザを取り巻く状況は年々悪化していますからね。そこへきて神戸側は特定抗争指定を受けて活動を制限され、コロナショックにも見舞われました。いくら山健組の直参でも、カネ回りは数年前と比べて格段に落ちた者も少なくないようです」。直参らがそうした苦境に置かれていることを、2018年5月まで山健組トップを兼任していた井上組長は当然知っている。にも拘わらず、井上組長が山健組に突きつけた要求は過酷だった。関西地方で活動する他組織組員が語る。「井上組長は山健組に集まる会費から、相当な額を受け取っていたと聞く。何十年も井上組長の為に誠心誠意に尽くしてきた中田組長でも、子分の苦しむ姿を思えば耐えられない筈。何度も手当ての減額を頼んだが、聞き入れてもらえず、強硬手段に出るしかなかったんだろう」。斯くして、すっかり井上組長に嫌気が差した中田組長は、神戸側からの離脱を決めたが、直参たちの反応は二分された。山健組では7月中に数度に亘り全体会合が開かれているが、中田組長に従う離脱派と、神戸側に残る残留派との溝が埋まることはなかった。

同22日に兵庫県内で開かれた会合では、途中で残留派が退席。残った離脱派のみで話し合いが続行されており、業界ではこれが離脱派による事実上の旗揚げと見做されている。以降、山健組は離脱と残留の2つのグループに分かれることとなった。離脱派は新しい組織名として、これまで同様に五代目山健組を使い、神戸側と敵対しない姿勢を表明している。対する残留派も変わらず五代目山健組を名乗るとされ、2つの山健組が業界に並存することになりそうだ。尤も、山健組が割れるのは今回が初めてではない。2017年4月に神戸側で再分裂が起きた際には、山健組の3分の1にあたる直参が離脱。現在の絆會の前身組織に加入している。当時との違いは、割れた両陣営のバランスだ。東京都内に本拠を構える他組織幹部が語る。「有名なヤクザ評論家も、山健組の離脱騒動に関する記事で数字を挙げていたが、騒動が起きた直後に色分けされた離脱と残留の直参数が其々24人でぴったり同じだった。普通、どちらかに偏りが出るもんだ。今回の騒動を機に引退する直参を考慮すると、厳密には同数ではないが、何か妙だ」。両派を分裂前の役職で比較すると、離脱派には、序列3位にあたる物部浩久本部長(※『三代目妹尾組』組長)を筆頭に、若頭補佐3人、幹部6人が名を連ねた。一方の残留派には、序列2位の與則和若頭(※『與組』組長)以下、若頭補佐6人、幹部3人が続いている。「若中は少々離脱派に偏っているが、最高顧問、顧問、若中相談役、舎弟ではほぼ半々に分かれた。ここまでバランスよく割れると、どうしても何かの意図があったのではないかと勘繰ってしまうところだ」(同)。この勢力の割り振りに意図があった場合、これは中田組長が山健組の名跡を残す為に打った秘策と見るべきだろう。山健組の傘下組織元組員は、戦国時代の名将・真田昌幸が、真田家の家門を守り抜いた作戦そのものだと指摘する。「徳川勢(=東軍)と反徳川勢(=西軍)が戦った関ヶ原の合戦に際して、昌幸の嫡男である信之は父や弟の幸村らと別れて徳川勢についた。あれは『徳川に勝っても負けても真田家は残る』との考えからだ。神戸側は 最高幹部や直参の離脱が相次いでいて、今後どうなるかわからない。それなら、半分は独立させ、半分は神戸側に残しておけば、事態がどう展開しても山健組は生き残る。名跡を残す為の保険として、中田組長は考えたのではないか」。

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『神戸山口組』と井上邦雄に引導を渡した男、『五代目山健組』組長・中田浩司の素顔

山口組が分裂してから丸5年が過ぎた今夏、『神戸山口組』から中核組織である『山健組』が離脱し、2つの山口組の戦いは、誰も想像していなかった形で終わりに向かっている。若き日から慕い続けてきた井上邦雄に見切りをつけた中田浩司の胸中に去来する思いとは――。 (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)



20201030 13
7月22日の午後、兵庫県内で神戸山口組の最大派閥である五代目山健組が緊急の会合を開催した。中田組長(※右画像)は昨年8月、神戸市内にある『六代目山口組』の『三代目弘道会』の関係先をバイクで襲い、同会の傘下組織組員1人を銃撃。同12月に殺人未遂容疑で逮捕・起訴されている身だが、ヤクザ業界内では「山健組が神戸側から離脱する」との噂が流れており、中田組長の意向は注目の的だ。全国紙社会部記者はこう語る。「山健組がこの問題について最初に会合を開いたのは7月11日のこと。既に離脱が囁かれていた物部浩久本部長(※『三代目妹尾組』組長)や西川良男若頭補佐(※『六代目健竜会』会長)らの姿はありませんでした。しかし、大半の直参は社会不在中の中田組長が離脱を決めたとする話が、あまりにも突飛過ぎた為に納得できていなかったそうです」。そこで、改めて弁護士を通して中田組長に真意を尋ねて返事を貰い、14日に離脱派も残留派も揃った場を設けて、親分の意思を確認しようと決まったそうだ。「14日は出席可能な直参全員が揃い、中田組長の『絶対に離脱する』との言葉が伝えられた。これで神戸側から山健組が出ることが決まったかと思われたが、そう簡単ではない。中田組長に従う離脱派は勢いづいたが、逆に先代の井上組長と共に神戸側に残るつもりの残留派は、態度を硬化させたと聞いた」(関西で活動する他組織幹部)。山健組内部には離脱派と残留派の他、展開次第で今後を決めるという中立派も存在。其々の思惑が渦巻き、それは会合でもぶつかり合ったという。「大方の予想通り、話し合いは纏まらなかった。結局、各直参が中田組長宛てに手紙を書いて、疑問や思いをぶつけてみるという話で終わったそうだ。会議自体は2時間程だったが、残留派の一部が会場に残り、長時間に亘って対応策を練っていた」(同)。

そして、それらの手紙に対する中田組長からの返事を元に、冒頭の22日、3回目の会合が開かれた。與則和若頭(※『與組』組長)等、残留派と目される直参らの多くが欠席。前回に比べると会合場所に集まる人数はかなり少なかったが、それでも過半数を超える直参が集結した。九州に本拠を構える他組織組員は語る。「本来なら離脱派のみが集まる会合だったらしいが、『山健組が割れてはいけない』『中田組長を井上組長の下から出してはダメだ』とする残留派の一部も出席して抵抗。しかし、中田組長の意思は“神戸側から脱退”で変わらず、それが最大の決め手となった」。会合が始まってから1時間程経過したところで、山之内健三若頭補佐(※『誠竜会』会長)、橋本憲一若頭補佐(※『橋本会』会長)ら最高幹部を含む直参数名が会場を後にした。彼ら残留派が退席した会場には約20人の離脱派だけが残され、そこから更に1時間程で会合は終了した。「残留派が帰ったタイミングで、中田組長を中心とした離脱派による“新・山健組”が旗揚げしたと認識する業界人は多い。事実、会場に残ったメンバーの間では、神戸側からの離脱が再確認され、独立団体となった後の方向性について話し合われている」(同)。神戸山口組のトップである井上組長は、長らく四代目山健組組長も兼任していた。中田組長の五代目としての権威は、先代の井上組長から座布団を譲られた一点に由来する。それを誰よりも知りながら、神戸側の傘下から山健組を脱退させる決断を下すのは、並大抵ではない。しかも、社会と隔絶されて誰とも相談ができない現在の状態では、余程の信念がなければ不可能だ。ここでは、そんな中田組長の横顔にスポットを当ててみたい。現在61歳の中田組長が渡世入りしたのは1981年頃。後の二代目山健組組長であり、更には五代目山口組のトップに上り詰める渡辺芳則組長が興した初代健竜会の傘下組織に入門した。翌年には早くも頭角を現し、山健組の二代目を継承したばかりの渡辺組長の専属運転手に抜擢された。当時を知る山健組の傘下組織元組員は語る。「20歳程で中田組長は山健組トップの運転手に選ばれるんだから、器が違い過ぎる。渡辺組長は中田組長の優れた才覚に気付いていたんじゃないか」。1984年に山一抗争が勃発すると、山健組は最前線で死闘を繰り返し、中田組長も参戦することになる。「そこで若き日の中田組長は、相手組織の最高幹部を射殺する戦勲を挙げたが、代償として1986年に懲役16年の刑に処された。長期受刑者ばかりの徳島刑務所に送られた中田組長は、運命の出会いをする。それが井上組長だった」(同)。遡る1975年には、山口組と大阪の博徒組織が争う大阪戦争が勃発し、その最中の1978年に健竜会組員が敵対組織の組員2人を射殺する事件が発生。井上組長はその首謀者として懲役17年の刑に服していた。

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