【宇垣美里の漫画党宣言!】(81) 万人に開かれた図書館に救われる
子供の頃、日曜日に家族で図書館へ行くのが毎週の楽しみだった。制限ぎりぎりまで借りた本達を大きなトートバッグに傷まないよう、崩れないよう丁寧に詰めて、どれから読もうかとワクワクしながら帰路に就く。家に着く頃には本の重みで肩が持ち手の形に真っ赤になっていたけれど、その跡すら誇らしかった。人生に必要なことは大体、本から学んできたし、その本達の多くは図書館で借りた物だった。『税金で買った本』は、そんな私の大好きな図書館を舞台にしたお仕事漫画である。小学生の時ぶりに図書館を訪れたヤンキー高校生の石平君は、図書館カードを作ろうとしたところ、司書の早瀬丸さんに10年前に借りた本を返却していないことを指摘された。図書館での弁償は現品を購入して返す形。『わくわく☆しりたい どうぶつのなぞ』という如何にも子供用の本を購入することに一度は躊躇ったものの、購入して返却。そのことをきっかけに図書館に通うようになり、更にアルバイトをも始めるようになる。本の貸出業務や修繕、レファレンスサービス、購入する図書の選定等の仕事内容や、「破れてしまった本にセロテープを貼らないで!」といった図書館あるあるがリアリティをもって描かれているのは勿論のこと、図書館で働く人達を悩ます嫌な利用者の解像度が矢鱈と高いのは、原作者が図書館勤務経験者だからこそ。『ぬいぐるみお泊まり会』といった、最近、日本の図書館でも流行っているという子供向けイベントも作中に登場し、「友達の子を誘って参加したい!」とワクワクした。
本に興味を持ってもらうきっかけ作りや本を公平に届ける為の司書さん達の弛まぬ努力の描写に頭が下がる。アルバイトのない日まで図書館に来るようになった石平君は、本や人との出会いを通して知らないことを知る楽しさを学び、知らぬ間に 植え付けられた“バカのくせに本を読んでいたら格好悪い”という価値観から解放され、成長していく。巻数が進む毎に表紙の石平君がどんどん優しく柔らかい表情になっているのが印象的だ。読書など娯楽のひとつに過ぎない。知りたいという気持ちに偏差値もキャラクターもない。誰でも無料で情報を得られる図書館という“弱者”に開かれた施設が、一見そうとは見えない石平君を救っていく過程に、図書館の福祉としての大きな役割を感じた。同僚や利用者等のキャラクターの豊かさも魅力のひとつだ。落ち着いた大人の女性ながらレファレンスの際は目を妖しく輝かせる早瀬丸さんも素敵だが、特にお気に入りなのが、悪質な利用者から愛する図書館の本と人々を守る為に体を鍛えた筋肉隆々の白井君。「最終的に“力”がすべてを解決しますのでね!!」と公言して憚らないその姿勢が、いっそ気持ちいい。単行本の巻末には、中学時代の石平君と学校司書である桜木さんとのエピソードが描き下ろされている。ここでもまた本が、図書館が、石平君にとってどんな存在なのかが伝わってきて、毎度、胸が熱くなる。誰かにとっての桜木さんのような存在に、私はなりたい。作中に出てくる本はどれも魅力的で、思わず手に取って読みたくなる本ばかり! これって若しかして早瀬丸さんの思う壷…? ああ、久しぶりに図書館に行きたくなってきた。
宇垣美里(うがき・みさと) フリーアナウンサー。1991年、兵庫県生まれ。同志社大学政策学部卒業後、『TBS』に入社。『スーパーサッカーJ+』や『あさチャン!』等を担当。2019年4月からフリーに。著書に『風をたべる』(集英社)・『宇垣美里のコスメ愛』(小学館)・『愛しのショコラ』(KADOKAWA)。
2022年9月29日号掲載
本に興味を持ってもらうきっかけ作りや本を公平に届ける為の司書さん達の弛まぬ努力の描写に頭が下がる。アルバイトのない日まで図書館に来るようになった石平君は、本や人との出会いを通して知らないことを知る楽しさを学び、知らぬ間に 植え付けられた“バカのくせに本を読んでいたら格好悪い”という価値観から解放され、成長していく。巻数が進む毎に表紙の石平君がどんどん優しく柔らかい表情になっているのが印象的だ。読書など娯楽のひとつに過ぎない。知りたいという気持ちに偏差値もキャラクターもない。誰でも無料で情報を得られる図書館という“弱者”に開かれた施設が、一見そうとは見えない石平君を救っていく過程に、図書館の福祉としての大きな役割を感じた。同僚や利用者等のキャラクターの豊かさも魅力のひとつだ。落ち着いた大人の女性ながらレファレンスの際は目を妖しく輝かせる早瀬丸さんも素敵だが、特にお気に入りなのが、悪質な利用者から愛する図書館の本と人々を守る為に体を鍛えた筋肉隆々の白井君。「最終的に“力”がすべてを解決しますのでね!!」と公言して憚らないその姿勢が、いっそ気持ちいい。単行本の巻末には、中学時代の石平君と学校司書である桜木さんとのエピソードが描き下ろされている。ここでもまた本が、図書館が、石平君にとってどんな存在なのかが伝わってきて、毎度、胸が熱くなる。誰かにとっての桜木さんのような存在に、私はなりたい。作中に出てくる本はどれも魅力的で、思わず手に取って読みたくなる本ばかり! これって若しかして早瀬丸さんの思う壷…? ああ、久しぶりに図書館に行きたくなってきた。
宇垣美里(うがき・みさと) フリーアナウンサー。1991年、兵庫県生まれ。同志社大学政策学部卒業後、『TBS』に入社。『スーパーサッカーJ+』や『あさチャン!』等を担当。2019年4月からフリーに。著書に『風をたべる』(集英社)・『宇垣美里のコスメ愛』(小学館)・『愛しのショコラ』(KADOKAWA)。

【エリザベス女王死去】(下) 首相の相談役、どう継承

今月6日、イギリスの与党・保守党の党首選に勝ったリズ・トラス党首は、北部スコットランドのバルモラル城で静養中のエリザベス女王に会い、首相の任命を受けた。女王にとって15人目の首相だった。その2日後に女王が息を引き取った為、トラス氏ができなかったことがある。女王への定例の情勢報告だ。イギリスの歴代の首相は毎週、バッキンガム宮殿に出向いて女王に謁見し、女王に国内外の政治情勢を報告してきた。会話の中身は外には明かされない。1952年に即位した女王に最初に情勢を報告したのは、名宰相と呼ばれるウィンストン・チャーチル首相(※故人)だ。イギリス政府の資料によると、80歳近かったチャーチル氏は最初の謁見で、20代の女王に「私は生涯の経験から女王に助言ができる」と語りかけた。更に、彼女も重ねた年齢や経験を生かし、首相に助言する時が来ると説いた。チャーチル氏は情勢報告で家庭教師のように法律や議会の慣習等を説明し、謁見は2時間に及ぶこともあった。女王は政治的中立が原則だが、内政・外交と無縁ではない。チャーチル氏の言葉通り、その後は政権の陰の相談役を担った。1990年まで11年の長期政権を築いたマーガレット・サッチャー首相(※故人)は後に、「女王との面会を形式的とか儀礼だと想像するのは間違いだ」と述懐した。
1956年のスエズ動乱の際には、女王は当時のアンソニー・イーデン政権から機密文書を含む全ての文書を受け取り、目を通した。スエズ動乱自体はイギリスの影響力低下の引き金となったが、この時の知見がイギリスが勝利した1982年のフォークランド紛争に臨むサッチャー氏との意見交換に生きたとされる。保守党に党首選挙の制度がなかった1960年代までは、保守党重鎮に助言を受けながら新党首選出に関与することもあったという。女王は世界に向けてさりげなくイギリス外交の方針を示すこともあった。2003年11月、女王はアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領(※当時)と晩餐会を共にした。女王はその場で、「米英の“特別の関係”という用語は、時に批判を浴びることもある。しかし、それが欧州を専制政治から解放した」と強調。米英は意見の相違も「乗り越えられる」と語った。イラク戦争を巡り批判を受けていたブッシュ氏を緩やかに擁護したとみられている。最近では3月、カナダのジャスティン・トルドー首相との面会の場に、ウクライナの国旗の色である青と黄色の花が飾られていたことが話題になった。ウクライナ支持のように見えるこの写真について、イギリスの公共放送『BBC』は「王室筋が『偶然ではない』との見解を示した」と報じていた。チャールズ3世は、これまで母よりも単刀直入な発言をしてきた。中国やロシアの指導者を批判して物議を醸したこともある。6月には不法移民をルワンダに強制移送するイギリス政府の方針に「ぞっとする」と語ったとイギリスメディアが伝えた。本人は4年前のテレビ番組で、「王位を継承すれば、同じやり方はしない」と語っていた。一方で、チャールズ国王の環境保護への深い関心は、女王を凌駕する。若い世代を中心に強まる気候変動への危機感を共有する姿勢には、新しい君主像が垣間見える。女王が控えめに果たしてきた首相の相談役や外交官の役割を、どう引き継ぐのか。政治と王室の新しい距離感を定めるのも、新王室の課題となる。
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中島裕介・清水孝輔・松本史が担当しました。

【エリザベス女王死去】(中) 地方で燻る独立機運

「帝国主義、君主制は廃止!」――。今月11日、北部スコットランドのエディンバラで行なわれたチャールズ3世の即位を告げる式典で、一部の市民はこう書かれたプラカードを掲げて抗議の声を上げた。地元メディアは1人が逮捕されたと伝えた。スコットランドの住民は、イングランドと合併した18世紀以来、ロンドンによる支配に反発してきた。主な不満の矛先は保守党が率いる政府であり、王室廃止論は主流ではないものの、今も4割超の市民がイギリスからの独立を望む。イギリス領北アイルランドでも、イギリスからの分離と隣国アイルランドとの統合が取り沙汰される。イギリスはロンドンのあるイングランドが、別の国や地域だったスコットランド、ウェールズ、北アイルランドを統合・再編してできた連合王国だ。女王は歴史的な成り立ちを重んじ、常に4地域の団結や市民の結束を強調してきた。彼女の死去で、連合王国は統合の支柱を失った。1977年の議会演説で女王は、イギリスの歴史に触れた上で、「(スコットランドの)独立の願いは容易に理解できる。しかし私は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の女王として即位した。それを忘れることはできない」と4地域の団結を訴えた。80歳を超えてなお、女王は4地域の統合に心を砕いた。
2012年には女王即位60周年の記念行事の一環として北アイルランドを訪れ、アイルランド共和軍(※IRA)のマーティン・マクギネス元司令官と握手した。IRAといえば、1998年の和平まで約30年間続いた北アイルランド紛争でイギリス軍と戦火を交わした、謂わば“敵軍”だ。いとこのルイス・マウントバッテン卿はIRAに暗殺された。だが、女王は握手の後には「とても良い会談だった」と語り、北アイルランドの安定を印象づけた。2014年にスコットランドで実施された独立を問う住民投票の際には、女王は「スコットランドの人々が将来について慎重に考えるよう望んでいる」と語った。王室関係者は「中立のコメントだ」と説明したが、イギリスメディアや市民の多くが「独立反対の立場を示唆した」と受け止めた。住民投票では55%の反対で独立が否決された。女王は2018年の恒例のクリスマスのテレビ演説では、「どれほど深刻な違いがあっても、相手を尊重し、同じ人間として接することは常に、より良い理解への有効な一歩だ」と国民に語った。EU離脱と残留を巡って国民が深く分断され、政界も大混乱に陥っていた状況を憂慮した発言だとみられている。イギリスの調査会社『ユーガブ』の今月13日発表の調査では、イギリス国民の85%が「女王は我が国にとって良かった」と答えた。チャールズ国王も就任後に支持率が急上昇したが、「良い国王になる」との回答は63%で女王の人気には及ばない。抑も、5月の段階で17%の国民は「女王が退位したら君主制は止めるべきだ」と答えている。チャールズ新国王は今月12日、スコットランド議会での演説で「スコットランドが私に与えてくれた全てのものに感謝し、人々の福祉を常に追求する決意を持って新しい任務を引き受ける」と語った。仮にイギリスが分裂すれば、世界の王室の模範となってきた王室の影響力にも傷が付く。連合王国の団結を維持するという女王の重たい宿題を、チャールズ国王率いる新王室は引き継ぐことになる。

【エリザベス女王死去】(上) 英連邦、“母”を失う
イギリスの女王、エリザベス2世による70年余りの治世が終わった。女王は英連邦の長として国内外の民主主義の発展に尽くし、直接統治はせずとも“世界で最も有名な女性”と呼ばれるほど存在感を示してきた。女王なきイギリスは、世界でどのような役割を担うのか――。

「真の主権国家になる為の最後のステップだ」。カリブ海の島嶼国で英連邦の一員であるアンティグアバーブーダのガストン・ブラウン首相は、女王の死去後、3年以内を目処に君主制の是非を問う国民投票を実施すると明らかにした。ブラウン氏がイギリスの放送局『ITV』にこう話したのは、イギリスの新国王についたチャールズ3世を新たな君主と認める式典を開いた直後だ。近隣のバルバドスは昨年11月、英連邦に加わったまま、イギリスの君主を元首とする君主制から共和制に移行した。イギリスによる植民地支配の過去との決別を進める一方、一定の繋がりは残した。『ロイター通信』によると、ジャマイカでは野党議員が「(チャールズ国王が即位したら)共和制への移行を急ぐべきだ」と訴えてきた。英連邦には旧植民地を中心に56ヵ国が加盟する。その歴史はエリザベス女王の治世とほぼ重なる。女王は連邦のトップとして、加盟国との関係構築に腐心してきた。イギリスの国力低下で連邦の結束は揺らいでいたが、“英連邦の母”と呼ばれた女王の死去は、その傾向に拍車をかけかねない。加盟国の多くはアフリカや中南米にある。ロシアや中国の進出が目立つ地域だ。
「今は女王の生涯に敬意を表し、オーストラリア、英連邦、世界への貢献に感謝を示す時だ」。女王の死去から3日後の11日、オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相はイギリスメディアに対し、下院議員として3年間の任期中に英君主を戴く立憲君主制から共和制への移行の是非を問う国民投票を実施しない意向を示した。こう明言したアルバニージー氏だが、自身は共和制支持で、5月の総選挙で約9年ぶりの政権交代を実現すると、共和制担当の副大臣を新設した。調査会社『イプソス』が昨年1月に公表したオーストラリアの調査では、34%の人が共和制を支持していた。加盟国が守るべき原則を纏めた『英連邦憲章』は、民主主義や人権、表現の自由といった価値観の共有を求める。女王は英連邦を通じ、憲章が謳う価値を広め、差別のない平和で安定した社会を追求した。アパルトヘイト政策を非難され、1961年に英連邦を抜けた南アフリカへの経済制裁の発動では、女王が水面下で尽力した。1980年代半ば、南アとの貿易を重視したイギリスのマーガレット・サッチャー政権(※当時)は、経済制裁に後ろ向きだった。だが、女王は英連邦会議等の機会で各国首脳と非公式に対話し、アパルトヘイト根絶への理解を求めたとされる。英連邦のカナダのブライアン・マルルーニー元首相は6月、エリザベス女王の在位70周年を祝うイベントで、「女王の控えめで穏やかで説得力のあるリーダーシップがなければ(アパルトヘイト廃止は)成功しなかった」と明かした。1968年にハロルド・ウィルソン政権(※当時)が東南アジアの英連邦諸国に駐留するイギリス軍の撤収を決めた後も、女王は信頼関係の維持に尽くした。1972年には撤収後の国々を訪問。シンガポールでは初代首相のリー・クアンユーや国防大臣と会い、同国の防衛政策を聞いた。チャールズ国王は、女王の死で生じた巨大な“空白”を埋められるのか。シドニー大学のシンディ・マクリーリ上級講師は「国王は環境保護や人権、民主主義を擁護している」と述べ、英連邦のトップを務める素地を備えていると解説する。
2022年9月14日付掲載

「真の主権国家になる為の最後のステップだ」。カリブ海の島嶼国で英連邦の一員であるアンティグアバーブーダのガストン・ブラウン首相は、女王の死去後、3年以内を目処に君主制の是非を問う国民投票を実施すると明らかにした。ブラウン氏がイギリスの放送局『ITV』にこう話したのは、イギリスの新国王についたチャールズ3世を新たな君主と認める式典を開いた直後だ。近隣のバルバドスは昨年11月、英連邦に加わったまま、イギリスの君主を元首とする君主制から共和制に移行した。イギリスによる植民地支配の過去との決別を進める一方、一定の繋がりは残した。『ロイター通信』によると、ジャマイカでは野党議員が「(チャールズ国王が即位したら)共和制への移行を急ぐべきだ」と訴えてきた。英連邦には旧植民地を中心に56ヵ国が加盟する。その歴史はエリザベス女王の治世とほぼ重なる。女王は連邦のトップとして、加盟国との関係構築に腐心してきた。イギリスの国力低下で連邦の結束は揺らいでいたが、“英連邦の母”と呼ばれた女王の死去は、その傾向に拍車をかけかねない。加盟国の多くはアフリカや中南米にある。ロシアや中国の進出が目立つ地域だ。
「今は女王の生涯に敬意を表し、オーストラリア、英連邦、世界への貢献に感謝を示す時だ」。女王の死去から3日後の11日、オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相はイギリスメディアに対し、下院議員として3年間の任期中に英君主を戴く立憲君主制から共和制への移行の是非を問う国民投票を実施しない意向を示した。こう明言したアルバニージー氏だが、自身は共和制支持で、5月の総選挙で約9年ぶりの政権交代を実現すると、共和制担当の副大臣を新設した。調査会社『イプソス』が昨年1月に公表したオーストラリアの調査では、34%の人が共和制を支持していた。加盟国が守るべき原則を纏めた『英連邦憲章』は、民主主義や人権、表現の自由といった価値観の共有を求める。女王は英連邦を通じ、憲章が謳う価値を広め、差別のない平和で安定した社会を追求した。アパルトヘイト政策を非難され、1961年に英連邦を抜けた南アフリカへの経済制裁の発動では、女王が水面下で尽力した。1980年代半ば、南アとの貿易を重視したイギリスのマーガレット・サッチャー政権(※当時)は、経済制裁に後ろ向きだった。だが、女王は英連邦会議等の機会で各国首脳と非公式に対話し、アパルトヘイト根絶への理解を求めたとされる。英連邦のカナダのブライアン・マルルーニー元首相は6月、エリザベス女王の在位70周年を祝うイベントで、「女王の控えめで穏やかで説得力のあるリーダーシップがなければ(アパルトヘイト廃止は)成功しなかった」と明かした。1968年にハロルド・ウィルソン政権(※当時)が東南アジアの英連邦諸国に駐留するイギリス軍の撤収を決めた後も、女王は信頼関係の維持に尽くした。1972年には撤収後の国々を訪問。シンガポールでは初代首相のリー・クアンユーや国防大臣と会い、同国の防衛政策を聞いた。チャールズ国王は、女王の死で生じた巨大な“空白”を埋められるのか。シドニー大学のシンディ・マクリーリ上級講師は「国王は環境保護や人権、民主主義を擁護している」と述べ、英連邦のトップを務める素地を備えていると解説する。

【倍速至上主義】(下) “時は金なり”が生む価値

「自分の為に時間を使うことが最高の贅沢」――。奄美大島の最南端にあるホテル『ザ・シーン』。心身を癒やす時間に重きを置く旅行“リトリート”を打ち出し、昨年度の宿泊客数は最多を更新した。首都圏から5時間以上かけて訪れた30代女性は、ホテルの敷地で、ゆったりとリゾート時間を満喫した。愛着のある対象に、ここぞとばかりに時間もお金も惜しみなく投入する。謂わば“一点豪華主義”の消費スタイルが広がっている。東京都内の20代女性は、「会食等の出費は極力抑え、好きなアイドルのコンサート鑑賞資金を貯金している」。食事の時間を削った分だけ、自分の為の時間を充実させている。『日本フードサービス協会』によると、居酒屋市場は13年連続で縮小した一方で、ファストフード市場は堅調だ。買い物時間を短くするオンラインショッピング市場も、5年で約4割拡大した。今年夏、若者に人気の音楽フェス『ロックインジャパンフェスティバル』は3年ぶりに開催し、入場券の抽選販売に申し込みが殺到して完売した。
1日券は1万4000円で、グッズ購入等を含めれば出費は数万円に膨らむ。それでも若者は、趣味が同じ仲間との時間と場所の共有に価値を見いだしている(※左上画像)。“時は金なり”の格言通り、時間が利益の根源となろうとしている。事業再生等を手掛ける『フロンティアマネジメント』の松岡真宏代表取締役は、「纏まった時間を有意義に使える創造的な時間価値が製品やサービスの競争力になる」と語り、“時間資本主義”の到来を説く。国内の販売台数が昨年、ピークの1990年から4割減った自動車。若者の自動車離れも指摘されて久しい。隙間時間を楽しむ若者にとって、自動車はタイムパフォーマンス(※タイパ)が良くないからだ。リモートワークが定着し、メタバースで時間に縛られない観光も広がる。移動時間の新たな価値創造は待ったなしだ。「移動空間を新しいエンターテインメント空間に変えていく」。『ホンダ』と電気自動車(※EV)の共同開発を進める『ソニーグループ』。1979年発売の『ウォークマン』は、いつでも音楽を楽しめるライフスタイルを創造した。吉田憲一郎会長兼社長が新たに見据えるのは、運転時間から解放され、移動中に映画やゲームを楽しむ未来だ。『製品評価技術基盤機構』によると、日本人が1日にクルマを運転する時間は平均96分。自動運転の実現で、1年間にハンドルを握る600時間に新しい価値が生まれる。20世紀後半のIT革命やスマホ等社会のデジタル化は、ファストな時間消費を加速させた。だが、行き過ぎた時間の効率化は、短絡的な思考や行動に繋がりかねない。ファストな時間だけに囚われず、スローな時間を充実させるバランスが求められる。
◇
中村直文・砂山絵理子・新田祐司・荒木玲・黒沢亜美・宮嶋梓帆が担当しました。

【倍速至上主義】(中) Z世代、最速で学びたい

「長時間授業を聞いているのは苦痛。倍速のほうが集中できる」。東京大学4年の吉川和志さん(23)は、新型コロナウイルスの感染拡大でオンライン授業になると、録画された講義を全て1.5倍速で見るようになった。同大4年の大喜航太郎さん(23)も、教授が一方的に話す講義は「情報量が薄く、眠くなる」。『セイコーホールディングス』の昨年調査では、オンライン講義を倍速視聴する学生は半数を超える。「内容を短時間で理解して、もっと先のことを学びたい」(東京都内の大学院生)。捻出した時間は他の学習に充てたい。アルバイトや趣味の時間も足りない。明治大学1年の尾崎陽菜さん(19)は、「オンデマンドの授業はアルバイト前や空き時間に倍速で見る」。タスクを無駄なく詰めるタイムパフォーマンス(※タイパ)意識が透ける。じれる学生の気持ちを汲み、工夫するのは兵庫教育大学の小川修史准教授。動画投稿サイト『YouTube』を参考に、オンライン講義は従来の1.3倍速で話す(※右画像)。「えー」「そのー」等間延びするワードは編集でカット。学生から「頭に入り易い」と評判だ。
少しでも早く結果を掴みたいのは、1日の生活も人生も同じ。若い世代が前のめりなのは、未来に確信が持てないからだ。「新卒入社後3年を我慢したところで、成長できる確証はない」。都内の25歳女性は前職のエンジニアを5ヵ月で辞め、待遇も良い大手コンサルタント会社に転職した。必要なお金は早めに稼ぎ、できるだけ早くリタイアするという。「60%の力で60歳まで働くより、100%で40歳まで仕事するほうを選ぶ」。“脱・年功序列”に舵を切った『NTT』。社員11万5000人の人事制度を見直し、基準を満たせば年次や年齢を問わず昇格・昇給できるようにする。ある管理職は、「(若手社員は昇進待ちの)長い行列に並ぶことを“コスパが悪い”と考えている」とみる。「社長を含め、抜擢人事を一度も見たことがない」(40代社員)という環境では、タイパやコスパを追う彼らを繋ぎ留められない。半導体製造装置の『ディスコ』は、総合職新入社員が技術を学びつつ、興味ある部門で働ける制度『アプリケーション大学』を設けている。1~2年後の“卒業”の際は、希望部署とマッチングして配属先を選べる。「配属のミスマッチが減った。自己責任でやりたいことに挑戦できると好評」。キャリアは自ら選びたい。漫然と“待つ”のは不安だ――。そんな気持ちに応える仕組みが欠かせない。平成不況や災害の痛手に絡め取られ、グローバル競争にもまれる日本。Z世代が抱える将来への不安は切実だ。明治大学の藤田結子教授は、「少しでも早く成長して安心したいとの意識が強い」と指摘する。“最小の労力で最大の成果を取る”スキルを重視するZ世代。人生100年の曲折を最短距離で急ぐだけでは見えない景色、得られない経験もあるが、“最速世代”の登場は日本の企業、社会の停滞を打ち破る原動力にもなる。

【倍速至上主義】(上) “タイパ”重視、楽曲イントロ半減
コンテンツは早見やスキップ、家事や買い物も時短と、日本は嘗てない高速化社会に突き進む。個人の生活や人生設計はどう変わり、企業はどんな選択を迫られるか。“倍速社会”の最前線を報告する。

日本のポップソングの導入部分(※イントロ)が最近、矢鱈と短くなっている――。東京都内でマーケティングサービスを手掛けるフリーランスのwild orange(※ハンドルネーム)さんは、音楽ファンの間で広がっている噂が本当かどうか気になっていた。そこで、『およげ!たいやきくん』や『ラブ・ストーリーは突然に』等昭和・平成のヒットチャート上位20曲と、2011年の同20曲を比べてみたところ、共に平均17秒台で変化は殆どない。ところが、更に10年後の2021年で調べてみると、半分以下の6.3秒と一気に短くなっていた。理由は音楽配信の普及だ。サブスクリプションで聴き放題の為、利用者は好みの曲を探して次々と再生していく。歌い出しやサビまで時間がかかる曲は、待ち切れずにスキップされることも多い。音楽ジャーナリストの柴那典氏は、「イントロが短くなっている現象の主役は、直ぐ歌が聴けるゼロ秒イントロだ」と指摘する。特に、インターネットを主な活動の舞台にデビューしたアーティストに多いという。更に、「海外のヒットチャートには2~3分の曲が多くなっている。短くすることで、再生回数を伸ばしている」とみる。最近はイントロ短縮にも少し揺り戻しがあるが、時間効率を重視するタイムパフォーマンス(※タイパ)志向の消費者を捉えようと、制作者の模索が続く。都内で働く久保帆奈美さん(26)は、配信ドラマを見る時は1.25倍速が標準だ。「ドラマの間とか情景描写が嫌。兎に角、先を知りたいし、無駄な時間を過ごしたくない」。倍速視聴されるのは未だ良いほうで、前評判が低ければ見向きもされない。
青山学院大学の久保田進彦教授は、「デジタル化でコンテンツ入手のコストや手間が急減し、その瞬間の興味でスイッチしている」と話す。特に若い世代は不安定な低成長期で育ち、少しでも時間という資源を有効に使いたい意識が強い。資本主義経済とは、何かを手に入れたいという欲望の創出と消費のプロセスだ。最近はデジタル化を追い風に、動画や音楽配信、SNS、ショッピングと人々を新たな行動に追い立てる。『博報堂生活総合研究所』の消費者調査では、生活行動の高速化を求める比率は1999年の37.4%から、2019年に57.4%へ上昇した。そして、企業は消費者が持つ時間の奪い合いに奔走する。動画配信大手の誕生を追った書籍『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』に、創業者の象徴的な言葉がある。「競争相手は睡眠。ここでも我々は勝ちつつあります!」。コンテンツだけでなく、リアルなビジネスも逃げられない。全国に5万店余り展開しているコンビニエンスストア。便利さを武器に成長を遂げてきたが、近年は停滞感が漂う。出かける時間を節約する人等に、『ウーバーイーツ』のような宅配サービスが急速に広がった影響もある。「来店が当たり前の時代は終わった。将来はインターネットでの購入量が過半数を占める可能性がある」。コンビニ最大手の『セブンイレブンジャパン』は、インターネット注文から30分以内に届ける新たな配送網の構築を急ぐ。2024年度には約2万店で対応可能する計画だ。食品メーカーも倍速志向への対応を急いでいる。『キッコーマン』は調理時間を減らし、調味料の計量や洗い物の必要がない簡便調味料を年々増やしている。例えば、ソースの入った袋状の容器に切った肉を入れて揉み込み、電子レンジ調理でおかずが1品できあがる。『日清食品』は必要とされる33種類の栄養素を全て含むカップ麺等を開発し、短時間で食事を終えられる“完全メシ”として攻勢をかける。家事で時間を費やすことの代表は洗濯だ。家電や洗剤のメーカーは様々な機能で時短を提案してきたが、最近では適量の洗剤を自動投入する洗濯機が手間を省きたい消費者の人気を呼び始めている。『花王』はそうした動きを見逃さず、今月中に専用柔軟剤を売り出し、新たなタイパ市場を狙う。倍速消費が消費者の利便と満足を本当に高めるのかは、議論の余地もある。それでも、1日24時間という限られた資源をどう有効活用するか。企業にとって、その解を示せるかどうかが消費の行方を左右する時代になりつつある。
2022年9月13日付掲載

日本のポップソングの導入部分(※イントロ)が最近、矢鱈と短くなっている――。東京都内でマーケティングサービスを手掛けるフリーランスのwild orange(※ハンドルネーム)さんは、音楽ファンの間で広がっている噂が本当かどうか気になっていた。そこで、『およげ!たいやきくん』や『ラブ・ストーリーは突然に』等昭和・平成のヒットチャート上位20曲と、2011年の同20曲を比べてみたところ、共に平均17秒台で変化は殆どない。ところが、更に10年後の2021年で調べてみると、半分以下の6.3秒と一気に短くなっていた。理由は音楽配信の普及だ。サブスクリプションで聴き放題の為、利用者は好みの曲を探して次々と再生していく。歌い出しやサビまで時間がかかる曲は、待ち切れずにスキップされることも多い。音楽ジャーナリストの柴那典氏は、「イントロが短くなっている現象の主役は、直ぐ歌が聴けるゼロ秒イントロだ」と指摘する。特に、インターネットを主な活動の舞台にデビューしたアーティストに多いという。更に、「海外のヒットチャートには2~3分の曲が多くなっている。短くすることで、再生回数を伸ばしている」とみる。最近はイントロ短縮にも少し揺り戻しがあるが、時間効率を重視するタイムパフォーマンス(※タイパ)志向の消費者を捉えようと、制作者の模索が続く。都内で働く久保帆奈美さん(26)は、配信ドラマを見る時は1.25倍速が標準だ。「ドラマの間とか情景描写が嫌。兎に角、先を知りたいし、無駄な時間を過ごしたくない」。倍速視聴されるのは未だ良いほうで、前評判が低ければ見向きもされない。
青山学院大学の久保田進彦教授は、「デジタル化でコンテンツ入手のコストや手間が急減し、その瞬間の興味でスイッチしている」と話す。特に若い世代は不安定な低成長期で育ち、少しでも時間という資源を有効に使いたい意識が強い。資本主義経済とは、何かを手に入れたいという欲望の創出と消費のプロセスだ。最近はデジタル化を追い風に、動画や音楽配信、SNS、ショッピングと人々を新たな行動に追い立てる。『博報堂生活総合研究所』の消費者調査では、生活行動の高速化を求める比率は1999年の37.4%から、2019年に57.4%へ上昇した。そして、企業は消費者が持つ時間の奪い合いに奔走する。動画配信大手の誕生を追った書籍『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』に、創業者の象徴的な言葉がある。「競争相手は睡眠。ここでも我々は勝ちつつあります!」。コンテンツだけでなく、リアルなビジネスも逃げられない。全国に5万店余り展開しているコンビニエンスストア。便利さを武器に成長を遂げてきたが、近年は停滞感が漂う。出かける時間を節約する人等に、『ウーバーイーツ』のような宅配サービスが急速に広がった影響もある。「来店が当たり前の時代は終わった。将来はインターネットでの購入量が過半数を占める可能性がある」。コンビニ最大手の『セブンイレブンジャパン』は、インターネット注文から30分以内に届ける新たな配送網の構築を急ぐ。2024年度には約2万店で対応可能する計画だ。食品メーカーも倍速志向への対応を急いでいる。『キッコーマン』は調理時間を減らし、調味料の計量や洗い物の必要がない簡便調味料を年々増やしている。例えば、ソースの入った袋状の容器に切った肉を入れて揉み込み、電子レンジ調理でおかずが1品できあがる。『日清食品』は必要とされる33種類の栄養素を全て含むカップ麺等を開発し、短時間で食事を終えられる“完全メシ”として攻勢をかける。家事で時間を費やすことの代表は洗濯だ。家電や洗剤のメーカーは様々な機能で時短を提案してきたが、最近では適量の洗剤を自動投入する洗濯機が手間を省きたい消費者の人気を呼び始めている。『花王』はそうした動きを見逃さず、今月中に専用柔軟剤を売り出し、新たなタイパ市場を狙う。倍速消費が消費者の利便と満足を本当に高めるのかは、議論の余地もある。それでも、1日24時間という限られた資源をどう有効活用するか。企業にとって、その解を示せるかどうかが消費の行方を左右する時代になりつつある。

【民主主義はどこへ】(番外編) 強権政治が司法を支配…ポーランド国会、裁判官人事を左右

「司法が政治に支配されてしまった」――。ポーランドの古都・クラクフのカフェで、地元地裁のバルデマル・ジュレク判事(52、右画像)が天を仰いだ。判事の身ながら政権から“最大の敵”と目されているジュレク氏に対して、現在、16件の懲戒手続きが進められている。「政権が進める司法改革に公然と反対した」「自国の司法改革の在り方について欧州司法裁判所に意見を求めた」等が懲戒理由に当たる――というのが政権の言い分だ。ジュレク氏を窮地に追い込んだポーランドの“司法改革”は2015年に始まった。単独政権を樹立した右派政党『法と正義(PiS)』が、「エリート裁判官が牛耳り、政権の新政策を潰す等、時に国家の利益に反する判断を示す裁判所を変える」との方針を打ち出した為だ。PiSは、この7年間で徐々に司法の形を変えてきた。国会の過半数の承認で選出される憲法裁判所の判事を、“数の力”で“政権寄り”ばかりにした。また、裁判官を指名する機関『全国裁判所評議会(KRS)』の仕組みを変更し、最高裁判事の選出に政権が強い影響力を行使できるようにした。更に、裁判官の懲戒手続きを強化する為、懲戒院も設置。判決内容や反政権的な行動も懲戒対象とした。ジュレク氏は2017年までKRSの幹部を務めていた。「政権は民主国家に必要な司法の独立を侵害している」。そう唱えて、2016年に首都のワルシャワで大規模な抗議集会を開くと、政権はジュレク氏を敵と見做した。その年から汚職容疑で捜査を受け、当局に呼び出された。だが、1年4ヵ月に及ぶ捜査でも違反は見つからなかった。
その後、インターネット上ではジュレク氏に関する偽情報が飛び交った。「元共産党員でアルコール依存症だ」「離婚した妻に子供の養育費を払っていない」。2019年、地元メディアは中傷を投稿していた女性が「法務副大臣に依頼された」と明かしたと報道。法務副大臣は辞任に追い込まれた。共産主義国だったポーランドが民主化したのは1989年。ジュレク氏は19歳だった。それから33年。ジュレク氏は嘆息する。「民主化したポーランドは“第二の日本”を目指していた筈だった。だが、今はロシアやベラルーシのような強権国家になりつつある」。裁判官約1万人のうち、3割以上が所属する団体『ユスティチア』のクリスチャン・マルキェビチ代表は、「ポーランドには今、2つの司法が並立しているのです」と苦々しい顔で語った。裁判官の選出方法を巡り、政権寄りの憲法裁判所と、ポーランドが加盟するEUの欧州司法裁判所の「見解が完全に食い違っている」からだ。PiSが進める司法改革で最も議論を呼んだのは、全土の裁判官候補を選出してきたKRSの制度変更だ。25人の委員は、裁判官が15人で残りは上下院議員等。司法の独立を守る為、多数派の裁判官が人事を主導する仕組みが憲法で定められている。だが、PiSは2017年、裁判官が選んでいた15人の裁判官委員を、国会が選べるように法改正した。この結果、政権に近い裁判官が委員に登用され、これらの委員たちが主導する形で、PiSに献金した弁護士等を地方に裁判官として送り込み、地方裁判所の幹部は100人以上が交代させられた。更に、裁判官らの懲戒手続きに特化した懲戒院を設置。KRSは懲戒院の判事にも、政権に従う検事らを据えた。何故、PiSはここまで司法弱体化を進めるのか。反共右派のPiSは、最初に政権を担った2005~2007年、共産主義時代の公安警察への協力者をあぶり出し、その責任を問う為の法律を国会で通した。しかし、憲法裁判所が法律を違憲と判断し、計画は頓挫した。裁判官の一部に民主化以前からの“共産主義エリート”が残っていたこともあり、PiSは司法への姿勢を硬化させた。公安協力者を追及する法律以外にも、進めようとする施策を最高裁に幾つか止められ、司法が「独善的になっている」と不満を募らせた。共産党独裁から民主主義に転換した中東欧では、選挙を通じた民意実現に強い思いがあることも、PiSの“改革”の背景にある。最高裁のアレクサンデル・ステンプコフスキ広報官は、「これまで裁判官人事は幹部裁判官が密室で決めていた。政治家や市民社会は殆ど関与できず、司法は誰の統制も利かない状態になっていた。我々は権力のバランスを取り戻しただけだ」とPiSの意向を“代弁”し、「懲戒院の設置で、外部から見て“おかしな”裁判官を排除する仕組みも整った。改革で有能な裁判官を登用することで、長期化が指摘される訴訟審理の効率化も図ろうとしている」と主張する。東京大学の小森田秋夫名誉教授(※ポーランド法)は、PiSの論理の核心部分について、「国民が選んだ政権が実施しようとする政策に、国民に選ばれていない裁判官がブレーキをかけるのはおかしい、というもの」と説明する。
【WEEKEND PLUS】(264) 全国郵便局長会元会長が総務副大臣に…“露骨な利益誘導”を期待する声

総務副大臣に自民党の柘植芳文議員が就いたことが波紋を広げている。柘植氏は郵便局長出身。2009年に『全国郵便局長会(全特)』の会長になった人物だ。全特は自民党の重要な支持母体で、2013年の参院選に比例区から出馬して当選している。二度目の2019年参院選を巡り、疑惑が浮上した。全特の会員である郵便局長が顧客の個人情報を無断で流用。政治活動の支援者名簿の作成や、戸別訪問等に使っていたことが判明したのだ。また、会社の経費で購入したカレンダーを柘植氏の後援者等に配布していたことも明るみに出て、100人以上の郵便局長が処分された。こうした不祥事を受け、今年6月には総務省による『日本郵政グループ』の監督が強化されている。その為、「このタイミングで所管官庁の副大臣に据えるか」と呆れる声が上がる。日本郵政は、保有する『ゆうちょ銀行』と『かんぽ生命保険』の全株を順次売却する予定。全特はこれに「一定量は日本郵政が持つべき」と反対している。全特としては、副大臣になった柘植氏の活躍に期待を寄せるだろうが、あからさまな利益誘導ができるかは不透明だ。
