史上初めて連邦議会下院議長が解任される等、ドナルド・トランプ前大統領登場以降のアメリカ政界の混迷は、政党再編成が起きてもおかしくない程だ。状況は“保守vsリベラル”という単純な左右分断のロジックだけでは読み解けない。イデオロギーの変化が、政界に奇妙なねじれを齎している。下院議長解任を引き起こした共和党の8人の造反議員は纏めて“トランプ派”と片付けられた。だが、うち1人の女性議員は議長が女性の権利拡大に消極的なことに反発し、造反した。単にトランプ派で片付けられない面が覗く。もっと顕著なねじれも起きている。上院では、代表的な民主党左派のエリザベス・ウォーレン議員と、昨年の中間選挙でトランプ氏の肝煎りで当選したJ・D・ヴァンス議員(※共和党)が、破綻した銀行の幹部が巨額の退職金を得るのを禁じたりする金融機関の規制強化で共闘する。クレジットカード利用料を抑え込み、巨大銀行の中小銀行買収による更なる巨大化の阻止も狙う規制強化案だ。明らかに中間層や中小企業の側に立つ。従来の共和党保守派はヴァンス議員の進歩派ぶりに戸惑う一方、メディアには「ウォール街に挑む新たな強力カップル」(※ニュースサイト『ポリティコ』より)と歓迎の声も出ている。ヴァンス議員はラストベルト(※錆び付いた工業地帯)の白人貧困層出身。自身の半生を描いた『ヒルビリーエレジー』(※原著は2016年)がベストセラーとなり、投資家から政界に転じた。トランプ現象以降の新しい政治思想を探るニューライト(※新右派)運動にも関わってきた。
ヴァンス議員だけでない。2016年大統領選で共和党候補選びに出馬したマルコ・ルビオ上院議員は、労働環境・条件で批判されているインターネット通販大手『Amazon.com』の労働組合結成を支援。強硬なトランプ派として知られるジョシュ・ホーリー同党上院議員も、金融機関規制強化や鉄道の安全強化を巡る新法案で民主党左派と共闘する。これら3上院議員は共和党右派の有力者と見做されているだけに、注目される。少数ながらもこうした右派有力者が出てきた一因は、白人だけでなく、黒人や中南米系労働者層のトランプ氏支持者が増加傾向を見せていることにある。加えて、トランプ現象以降のイデオロギー状況が旧来の左右の図式とは違う様相を示していることも見逃せない。特に波紋を広げているのは、新右派の論客であるソーラブ・アーマリ氏(38)とその新著『ティラニーインコーポレイテッド(専政株式会社)』だ。イラン生まれのアーマリ氏は『ウォールストリートジャーナル』の論説委員等を務めたネオコン派だったが、トランプ現象を受けた新たな保守思想運動に加わり、労働者側の視点でアメリカ型資本主義を厳しく批判する立場に転換した。新著は巨大IT企業の欺瞞等を断罪する一方、労働組合運動の再興を訴えている。アメリカ型自由主義が大企業の専横と個人主義・能力主義で格差社会を招いたとする立場は、
本連載7月22日号で紹介したポストリベラルのパトリック・デニーン氏に近い。アーマリ氏や3上院議員は、中絶等社会問題では保守的立場を維持する。アーマリ、 ヴァンス両氏は最近カトリックに改宗、中南米系でカトリックのルビオ氏を含め、カトリック回帰もポストリベラルの特徴だ。社会の奥底で変化が始まった気配がある。
会田弘継(あいだ・ひろつぐ) 『共同通信』客員論説委員・関西大学客員教授。1951年、埼玉県生まれ。東京外国語大学英米語科卒業後、共同通信社に入社。神戸支局・大阪社会部・外信部・ワシントン特派員・ジュネーブ支局長・ワシントン支局長を歴任。同志社大学一神教学際研究センター共同研究員・上智大学非常勤講師等を経て現職。著書に『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮社)・『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)等。

2023年10月28日号掲載
テーマ : アメリカお家事情
ジャンル : 政治・経済