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【一国二制度の死・香港大規模デモから1年】(03) “勝利”の陰に若者らの犠牲

20200701 05
昨年11月18日深夜、香港・九竜地区にある香港理工大学付近のビル屋上。東京五輪を目指す高校生アスリートの李信栄(※仮名、18)は、身を屈めながら、恐怖と絶望に打ちひしがれていた。街中は学生らを捜索する警官でいっぱいだった。自分も見つかるかもしれない。しかし、スポンジ弾で足を撃たれ、階段から転落して腰を強く打っていた。もう逃げられないだろう。李は13歳の時に、母親と一緒に中国広東省の広州市近郊から移住してきた。香港のアパートは本当に狭く、中国の自宅のトイレぐらいの広さしかなかった。学校では、「言葉のアクセントがおかしい」とよくからかわれた。それでも陸上競技に打ち込み、漸く五輪の切符が手の届くところまで来た。しかし――。仲間に救出されたのは、次の日の朝だった。医師によると、やはり重傷だった。足と腰の骨が一部砕けていた。選手生命は絶たれた。落ち込む間もなく、信じられないことが起きる。母親の通報によって、警察に捕まったのだ。李も、中国を愛する気持ちは母親と同じだ。しかし、中国共産党を愛する気にはなれなかった。愛国と愛党は違う。だからデモに参加するのだ。それが母親にはわかってもらえなかった。「これで自分は全てを失った」。李は釈放された後、そう思った。理工大の構内から下水道を通って脱出を試みた10代の中学生・葉継一(※仮名)は、1時間余りの逃避行の末、大学の外に出ることができた。しかし、葉もまた、警察から逃れることはできなかった。マークされていたのだろう。今年に入り、別件で逮捕された。

民主派の女性候補として区議会選に出馬した梁凱晴(25、右上画像、撮影/共同通信社)も悪戦苦闘していた。立候補を表明した当日の夜、選挙区でチラシを配っていた時、後ろから何者かに硬いもので頭を殴られ、病院へ運ばれた。大事には至らなかったが、その後もポスターやチラシを破られる妨害工作は続いた。兎に角、地道に駅前に立つ他なかった。「デモを続けるだけではだめ。区議会からも政府に圧力をかけましょう!」。11月24日の投開票の結果、僅差で親中派候補との一騎打ちを制した。素人候補のまさかの勝利に、内外のメディアに取り上げられた。日本でも、容姿が似ているとして、「“香港の綾瀬はるか”が区議に!」と評判になった。しかし、本人に高揚感はなかった。「今回の選挙戦は反政府運動の一環であり、デモで戦っている若者たちの犠牲の上に私の勝利がある。私個人の力では決してない」。民主派は区議会選で8割以上の議席を獲得して圧勝した。その数日後、今度はアメリカから朗報が届いた。11月27日、ドナルド・トランプ大統領の署名を経て、中国に香港の一国二制度を守らせるよう圧力をかけるアメリカの香港人権民主法が成立したのだ。アメリカ議会公聴会で証言する等、早期成立を訴えてきた民主派の政治家・黄之鋒(23)は、記者会見でこう述べた。「(デモが本格化した昨年の)6月9日からこれまでの間に、様々な犠牲を払った香港人に感謝しなければならない。彼らの犠牲がアメリカを動かしたのだ」。丁度その頃、もう一つの流れが反政府デモから生まれようとしていた。昨年6月9日に起きた大規模デモに、元看護師の余慧明(33)も参加していた。以降、殆どのデモに加わったが、「デモの後、皆が普通の生活に戻っていく。この繰り返しでは政府を動かすことはできない」と考えていた。そこへ、10月1日の銃撃事件が起きる。デモに参加していた高校生が、警官に至近距離から実弾を撃たれて重傷を負ったのだ。衝撃を受けた余は行動を起こす。インターネット上で呼びかけられていた、業界別の労働組合を新たに作る動きに応じ、医療関係者が参加する新労組『病院管理局職員戦線』を結成した。香港の病院管理局で働く彼女が代表に選ばれたのは12月である。その時、あの新型コロナウイルスが香港を襲い、自分の人生を大きく変えることになろうとは、夢にも思っていない。 《敬称略》 (藤本欣也)


キャプチャ  2020年6月8日付掲載
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