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【石井ふく子の「世間の渡り方」】(17) 向田邦子さんのラブレター

汗ばむ季節になってきました。この時期になると思い出す方がいます。脚本家の向田邦子さんです。1981年8月、台湾での取材旅行中に飛行機事故に遭い、帰らぬ人になってしまった。私より3歳年下で、未だ51歳の若さでした。残念でなりません。向田さんとの初めての仕事は、1976年の日曜劇場『母上様・赤澤良雄』(TBSテレビ系)でしたが、それ以前から向田さんが書いたドラマはしっかり見ていました。例えば、森繁久彌さんが主演した『だいこんの花』(テレビ朝日系)です。ユーモラスな物語なんですが、人間の機微が描き込まれていて、見終えるとほろっとする。「この方は人間の捉え方が違う」と感心しました。軈て一緒に仕事をするようになると、やっぱり書いて下さるものは素晴らしかった。でも、一つだけ困ったことがありました。書くのがとても遅いのです。締め切りの日に青山にあった向田さんの御自宅に行くと、決まって笑顔で迎えて下さいました。そして何故だか、「ねぇ、ご飯食べた?」と尋ねられるんです。そこで「その前に脚本を」と聞いたら失礼ですから、「未だ食べていません」と正直に答えると、向田さんは台所で料理を始めるのです。「鮭が好きだったわよね。今日は良い鮭があるのよ」なんて言いながら。勿論、料理中も脚本の話なんて出来ません。これがプロ顔負けの味で、いつも絶賛しました。そんな方との食事中に、仕事の話なんて出来ません。いざ食事が終わり、やっと脚本について切り出そうとすると、機先を制するように違う話をされました。「ねぇ、下町の話を聞かせてよ」。脚本の材料にするつもりかもしれないので、断れず、下町の説明を始めると、次々と質問されるので、話が終わりません。いつの間にか真夜中に。気がつくと、向田さんに見送られているのです。「しまった!」。そう思った時には、もう遅いのです。脚本が出来上がるのは決まって収録ギリギリ。才能の塊のような方でしたが、締め切りを延ばす技術も天才的でした。こらちはハラハラして脚本を待つのですが、やっと届いたものを読むと、これが絶品で、素敵なラブレターを貰ったような気分になりました。だから、性懲りもなく、また待たされちゃうのです。

『母上様・赤澤良雄』の主演は杉村春子先生でした。杉村先生演じる年老いた母が、息子家族の家に引っ越して来るのですが、お嫁さんや娘さんに冷たくされます。内藤武敏さん演じる息子は見て見ぬふり。ここまではいつの時代になろうが、よくある話です。そんな時、31年前に特攻隊員だった息子が、死を覚悟して母親に認めた遺書が出てきます。「一つ、母上を一泊旅行にて、熱海にお連れしたかった。二つ、木の香の匂う新築の家を建て、南向きの縁側で母上の肩を叩きたかった。三つ、――」。息子は母親に感謝する気持ちを思い出します。物語は途中までユーモラスに進むものの、最後は見る側を考えこませた筈です。向田さんらしい含蓄ある脚本でした。1977年に書いて頂いた日曜劇場『花嫁』(TBSテレビ系)の脚本も出色でした。前夫に先立たれた初老女性と会社社長の縁談を描いた物語で、主演は草笛光子さんです。草笛さんの娘役の倍賞千恵子さんは、「今更結婚なんて」と猛反対します。ここまでは珍しい話ではないでしょう。お相手の人柄に草笛さんは引かれたものの、縁談を断ります。社長が裕福だったからです。「苦労のない結婚は死にに行くようなもの」と、草笛さんは言い切る。ところが、お相手の会社が倒産し、こちらも「迷惑が掛かるから結婚できない」と言い始めます。最後はどうなるかというと、草笛さんは「一緒に苦労したい」と結婚を申し出ます。向田さんらしい物語でした。訃報はスタジオのサブにある電話で受けました。スタジオの上部にある機材だらけの部屋です。「向田さんがお亡くなりになりました」。その言葉がどうしても信じられず、暫く茫然自失状態に。軈て現実に直面し、もう向田さんの手料理が食べられず、ラブレターも戴けないことに気付き、途方もない悲しみに襲われました。「向田作品の魅力は何だったのでしょう」と、よく聞かれます。一言では言い表せませんが、私は根っからの悪人が出てこないところが好きでした。優しくて純粋な方でしたから、悪人なんて書きたくもなかったのかもしれません。


石井ふく子(いしい・ふくこ) テレビプロデューサー・舞台演出家。1926年、東京都生まれ。東京女子経済専門学校(現在の新渡戸文化中学校・高等学校)を卒業後、『新東宝』の女優等を経て、1950年に『日本電建』へ入社して宣伝部で務める。1961年に『東京放送(TBS)』へ入社。プロデューサーとして『肝っ玉かあさん』『ありがとう』『渡る世間は鬼ばかり』等、数々のホームドラマをヒットさせる。1985年に「テレビ番組最多プロデュース」(1007本)、2014年に「世界最高齢の現役テレビプロデューサー」(87歳342日)、2015年に「舞台初演作演出本数」(183作品)でギネス世界記録に認定。2014年4月より淑徳大学人文学部表現学科客員教授に就任。


キャプチャ  2020年6月13日・20日号掲載
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