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【本当は怖い戦国時代】(14) 恐怖!戦国合戦での応急処置法

20200702 08
戦場で負傷はつきものだ。この為、軍隊には常に衛生兵がおり、最低でも一命は取り止める為、その場で負傷兵に応急処置を施す。合戦が日常的であった戦国時代にも、衛生兵に相当する金創医なる兵が、負傷者に応急処置を施した。金は“金属”の意。太刀、槍、矢、弾丸等金属を指す。創は“創傷”の意。金属による創傷を処置するから金創医というわけである。尤も、この金創医、“医”という字がついているが、医学の知識は皆無である。合戦に出るのが怖いが、領主に逆らうのも怖いので、応急処置専門で従軍してきた輩ばかり。早い話がヤブ医者揃いなのである。こんなだから、応急処置法も首を傾げたくなるような方法が殆どだ。例えば、戦場で必ずある出血。刀創で出血した場合には、“自分の小便を温めて飲む”が治療法だった。自分の尿を飲むことに関しては、現代でも飲尿が民間療法として行なわれているから然して驚かないとして、“葦毛の馬の血を飲ませる”は首を捻らざるを得ない。しかも、態々“葦毛”と指定しているあたり、何か特別な効果を期待したのだろうか。これよりも信じられないのが、“馬糞を溶かした汁を飲ませる”という処置法だ。傷と動物の糞。考え得る限り最悪の取り合わせだが、この馬糞汁処置法については確かな記録が残っている。時は永禄5(1562)年3月、北条氏康・武田信玄の連合軍が、上杉謙信の支配下にある武州松山城(※現在の埼玉県比企郡吉見町)を攻めた。この攻防戦の最中、武田方の米倉種継なる武士が腹部に銃創を負ってしまう。出血によって見る間に膨れ上がる腹部。誰もが「最早助からぬ」と思った時、「馬の糞を水に溶かして飲めば助かる」と、馬糞を椀に入れ、水に溶かして差し出した者があった。

「武田武士ともあろうものが、畜生の糞汁を飲んでまで助かろうと思わぬ!」と気色ばむ米倉。すると、事の一部始終を見ていた甘利三郎四郎がやってきた。甘利は種継の上役に当たる。この三郎四郎、「そなたは道理がわからぬの。死ねばそれまでだが、生きながらえれば再び、武田家のお役に立つではないか。小物はいざ知らず、誠の武士なれば生き延びて功名をなすものぞ」と諄々と諭すや、馬糞汁の入った椀を手にし、「一段と味が良いわ」と美味そうに飲んで見せた。上役が飲んだものを配下が拒むわけにはいかない。意を決して馬糞汁を飲み干すと、不思議にも腹部に溜まっていた血が下り、銃創が治ってしまった。以上は武田流軍学の書『甲陽軍艦』中に記されているものだ。古記録にある点、現実に行なわれた治療法と断じて良かろう。だが、細菌感染等は大丈夫だったのだろうか? 考えると身の毛がよだつ。矢が目に刺さった時の処置法等は、更に身の毛がよだつものである。江戸時代に記された『雑兵物語』には、この場合の対処法として、次のように記されている。

一、先ず、いきなり矢を抜かないこと。目の玉も一緒に飛び出してしまうぞ。
二、木の根元に胡坐をかかせ、頭を木に押し付けよ。
三、矢を抜く時には手で抜いてはならぬ。毛立て箸か釘抜きを使って抜け。

同書の挿絵には、矢が刺さって目から血を吹き出している武士に対し、雑兵が先に記した方法で応急処置を施している様子が描かれている。この時代、麻酔といえば、金創医の唱える怪しげな呪文しかない。当然、麻酔効果などなかろう。麻酔なしで、目に刺さった矢を抜かれる痛み。想像すら躊躇われる。この他にも、“蝮に噛まれたら傷口の肉を抉る”等、様々な応急処置法があった。ヤブ医者だらけの衛生兵に、怪し過ぎる応急処置法の数々――。戦場で負傷することは、討ち死にすることより怖かったのではなかろうか。


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