【オトナの形を語ろう】(06) “毎日”を3年間続けることで見えてくるものがある

私たちが生きる時間について、もう少し話そう。先週、「時間は残酷で、容赦がないものだ」と話したが、同時に、時間ほど、私たちに可能性を与えるものはないんだ。何故、可能性があるか? それは、時間は、どんな境遇で生まれようが、どんな時代に生まれようが、与えられた時間が、万人に平等で、同じ性質のものだということだ。更に言えば、時間だけが誰にも同じ条件・同じ量・同じ質で流れていることを、どこでわかるかが大事なんだ。王の子、つまり皇子として生まれた者へ与えられる時間と、親が誰かもわからぬ貧しい窟に生まれ落ちた者へも、時間は平等に与えられるんだ。ところが大半の人は、「皇子のほうが、名も無き子より、より良い、より価値のある時間を授かっている」と思ってしまうんだ。そう誤解した瞬間から、時間というものは恐ろしく変容してしまう。時間の変容の仕方ほど驚くものはないんだ。少し難しいか? 観念的な話はこのくらいにして、二十数年前に聞いた面白い時間の話をしよう。その人は、当時、既に人間国宝になっていた彫金師だったが、こういう話をしていた。

「『どんな人でも、その人が未だ若ければ、何でもできる可能性がある筈だ』と私は考えています。1人の若い人が『何者かになりたい』と発起したとしますね。それが例えば、私の仕事である彫金だとします。それなら私は、『先ず3年、教えられたことを体得する為に、毎日、人の倍、踏ん張りなさい』と言います。ここで大切なのは、“毎日”ということです。1年は365日と限られています。『その365日の“毎日”を踏ん張れるか?』ということなんです。盆も、正月も、勿論ありません。土、日曜日、祝日もありません。『24時間フルに修行せよ』とは言いません。そうですね。私はこの仕事だと、朝の仕事の準備の仕方が、その人の仕事を半分決めることになりますから、朝は夜明けと同時に起きて修業を始めます。飯は勿論、3食摂るのは当然です。夜鍋までする必要はありません。唯1日とて欠けてはならないんです。ですから、丈夫な身体が必要です。唯“毎日”やるのです。周りの人が休みを取ってゆっくりしたり、遊んだりしているかもしれませんが、唯“毎日”やっていればそれで十分なんです」「それで一人前になれるんでしょうか?」「一人前? どういうことですか?」「ですから、彫金師としてです」「それはわかりません。才能の問題もありますから、彫金師としての将来はわかりません。しかし、その“毎日”を3年間続けた人は、たとえ彫金師として駄目であっても、次に他のどの仕事を目指しても、先ずやって行けるものです。これは間違いありません。1日として欠かさず1つのことをやり続けることができたら、その人にしか見えないものが見えてくるんです。しかし、世間をよくよく見てみると、若い時でも、歳を取ってからでも、3年の歳月の“毎日”をやり遂げている人は僅かにしかいません。『身体が痛い』とか、『家に不幸があった』とか、色んな理由で3年間が続かないんです。その3年で1つの仕事が体得できなくとも、必ず次の仕事に巡り逢った時、その人は素晴らしい成長をします」。

私はこの話を聞いた時、「どうして皆にはできないのだろう?」と最初、不思議に思いましたが、よくよく考え、3年という時間を想像してみると、「やはり、3年を“毎日”は中々できるものではないのだろうナ…」と思えてきた。私が3年、それをやったことがあるかって? 正直、3年はありませんが、それに似たことをした経験はあります。そして私の周囲で、それに似た時間の過ごし方を、若い時にした人は何人か見ています。例えば、日本人で初めてメジャーのワールドシリーズのMVPを獲得した松井秀喜さんは、これに似た時間を、ことバットスイングに関してやり遂げています。彼が言うには、「自分は他の人より不器用ですし、『人の何倍も練習をするしかない』とわかって、それから『どんな環境にいようが、バットスイングだけは欠かすまい』と決めました。才能はありませんでしたが、“毎日”練習を続けられる持続力があったのかもしれません」。私は松井さんから、この話を直接聞いていて、“毎日”の想像が直ぐにつかなかった。何故、想像がつかなかったかと言うと、それが多分、今週語りたかった全てなんだ。“3年、毎日”は、直ぐに想像がつくような、生易しい時間ではないということなんだ。“3年、毎日”――たったそれだけのことをやってみるかどうかで、君たちは何かの岐路に立つことになるかもしれんということだ。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。


キャプチャ  2016年12月26日号掲載

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