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【火曜特集】(197) 現在は第1次世界大戦前に並ぶ難局――パワーバランスが崩れた第1次世界大戦前、今は核抑止力だけでは不十分かも



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「歴史は繰り返さないが、しばしば韻を踏む」――。この言葉は誤ってマーク・トウェインの言葉だとされることが多い。だが、優れた格言だ。歴史は現在を知る為に最も役立つ手引書だ。歴史は人間性において不変であるもの、とりわけ人を争いへと突き動かす力が何であるかを物語っているからだ。現在、地政学において最も重要な課題で一層激化する米中摩擦も、過去の似たような出来事を振り返ることが参考になる筈だ。ハーバード大学のグレアム・アリソン教授は示唆に富んだ著書『米中戦争前夜』で、紀元前5世紀の古代ギリシャの偉大な歴史家であるトゥキディデスが記したペロポネソス戦争からの事例を紹介している。しかし、筆者は過去120年間の3つの対立の時代に焦点を絞りたい。これらの時代から学ぶべきことは、実に多い筈だ。一番最近の対立は、アメリカを筆頭とする自由民主主義の西側諸国と、第1次世界大戦前の帝政ロシアから変容した共産主義のソ連との冷戦(※1948~1989年)だ。冷戦は、第2次世界大戦の勝者同士による大国間の紛争だった。だが、現代の方向性を巡るイデオロギーの衝突でもあった。最終的に西側が勝利を収めた。西側が勝ったのは、西側諸国の経済の規模と技術革新のスピードが、ソ連のそれを圧倒的に上回った為だ。また、ソ連という帝国の臣民も腐敗した独裁的支配者に幻滅するようになり、指導部自体が「ソ連の体制は失敗した」との結論を出した。1962年のキューバ危機を始め、危うい場面が何度かあったが、冷戦は平和的に終結した。

冷戦から過去を遡ると、2度の世界大戦の間の戦間期に行き着く。戦間期は大きな対立はなかったものの、第1次世界大戦前の秩序を取り戻そうとする試みが失敗し、アメリカが欧州への関与から後退し、アメリカに端を発した巨大な金融・経済危機が世界経済を荒廃させた。内乱、ポピュリズム(※大衆迎合主義)、ナショナリズム、共産主義、ファシズム、国家社会主義の時代だった。1930年代は、エリートが失敗した時、民主主義の崩壊で何が起き得るかを示した不変の教訓だ。また、偉大な国が権力欲に駆られた狂気の手に落ちた時、どうなるかも教えてくれた。更に過去を遡ると、1870~1914年の重要な時代に辿り着く。歴史学者のポール・ケネディ氏が名著『大国の興亡』で指摘したように、1880年にはイギリスは世界の工業生産高の23%を生み出していたが、1913年になるとそれが14%に低下していた。同じ期間に、ドイツの割合は9%から15%に上昇した。この欧州のバランスの変化が、「覇権を争う国同士が避けられない戦争の道に至る」とトゥキディデスが警鐘を鳴らした破滅的な戦争に発展した。現状維持を望む覇権国で、とりわけドイツが海軍を大幅に拡張させていることに不安を募らせていったイギリスと、好戦的な新興大国であるドイツとの戦争だ。一方で、アメリカの工業生産は世界の生産高の15%から32%へと上昇し、中国は存在感を失っていった。そしてアメリカは、大きく関与した2度の大戦、うちにこもった戦間期と、どの時期においても世界の行方を決定付けた。現在は、これら3つが全て入り交じっている時代だ。冷戦時と同じく超大国同士の政治制度とイデオロギーが対立していて、1930年代と同じく金融危機後の民主政治と市場経済に対する信頼感が低下しており、ポピュリズム、ナショナリズム、権威主義が台頭している。第1次世界大戦勃発前に台頭したアメリカと同様、中国の経済力が大幅に増したことも重要な特徴だ。アメリカは第1次世界大戦以来初めて、自国より経済力が勝る可能性がある大国と向き合っている。19世紀末から20世紀初頭にかけての対立の時代は、破滅的な第1次世界大戦で終わった。1945年以降の戦後は比較的成功したものの、戦間期もやはり破滅的な第2次世界大戦で終わっている。冷戦は平和的な勝利で終わった。そして今、世界はこれらの時代に匹敵する難題に直面している。では、我々は歴史からどんな教訓を学ぶべきなのだろうか。恐らく、最も明白な教訓は、リーダーシップの質が重要だということだろう。中国の習近平国家主席の能力と意図ははっきりしている。復活した中国に対する共産党支配の維持に全力を尽くそうとしている。

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しかし、西側諸国、特に1930年代から世界を引っ張ってきた米英両国の政治制度は崩れつつある。行動が予測できないアメリカのドナルド・トランプ大統領は、第1次世界大戦前のドイツを率いていた皇帝ウィルヘルム2世(※失言や独断で英仏との対立を深めた)を彷彿とさせる。より真面な指導者がいなければ、西側、延いては世界が深刻なトラブルに陥るのは必至だ。もう一つの教訓は、戦争を避けることの圧倒的な重要性だ。アリソン教授は、相互不信が第1次世界大戦の勃発への道程を煽った様子を上手く描写している。アメリカと中国が今、正面衝突を避けることは、それ以上に重要だ。冷戦の最大の成果は、直接的な戦争が回避できたことだ。だが、それを齎した核抑止力だけでは今は不十分かもしれない。最も重要な結論は恐らく、新たな破滅的戦争を避けるだけでは不十分だということだ。どれほど避けられないようにみえたとしても、現在の我々には、昔のように大国同士が張り合うゲームに興じる余裕はない。そんなことをするには、互いの利害が密接に絡み合い過ぎている。世界が直面する経済、安全保障、環境面の課題に対処していくには、西側と中国とその他諸国の関係について、全員が得をするポジティブサムのビジョンを共有して、人類は過去より遥かに上手くやらなければならない。西側のリーダーシップの質が低下し、中国の権威主義が今後も続くとみられ、更に相互不信が次第に高まっていることを考えると、現時点ではビジョンの共有は戯言のように思えるかもしれない。だが、我々はこうした難題に果敢に挑み、困難な新時代に戦略的に対処していかなければならない。それをできるかどうかに、我々の未来全てがかかっている。 (Martin Wolf)


⦿フィナンシャルタイムズ 2019年11月27日付掲載⦿
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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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