【地方大学のリアル】(07) 東京医科歯科大学(東京都)――コロナ禍で大赤字でも評価の声

東京都内の新型コロナウイルスへの新規感染者数の動向は、未だに予断を許さない。入院患者は5月中旬以降、順調に減少していたが、6月に入って200人程度を底に横這いを続けている。1月から中国国内での感染が拡大し、日本人帰国の為のチャーター機乗客の感染者等が問題になっていたにも拘わらず、「東京都が都内の病院に感染者受け入れを要請し始めたのは3月になってから」(全国紙社会部記者)だった。首都・東京には国立、公立、私立問わず多くの医療機関が集結しており、医学部のある大学だけでも13を数える。しかしその時点で、都の要請に前向きに応えられる医療機関は少なかった。国や都だけでなく、医療機関や大学も、未知の感染症への備えが十分とは言えなかったのだ。そんな中、東京医科歯科大学では様相が違った。同大学で新型コロナウイルス対策本部が設置されたのは1月28日。これは「国内の大学としてはトップレベルの早さで、かなり早い段階で今回の新型コロナウイルスの危険性について備えを行っていた」(医療担当記者)のである。続けて、附属病院での対応に関する会議も設置され、2月中旬以降は毎日、ミーティングが行なわれるようになった。流石に6月に入ってその頻度は減ったが、週3回のオンライン会議には、各診療科長や医局長等多くが参加して、情報共有と今後の方針に向けた話し合いが続けられている。1月に当初の対応を決定したのは吉澤靖之学長である。しかし、吉澤氏は3月末での任期満了に伴う退任が決定していた。後任には4月から内科出身の田中雄二郎氏が就いている。田中氏はこれまで副学長のポストにあったとはいえ、6年間に亘った吉澤執行部からバトンを引きついだばかりの4月上旬には、新型コロナウイルス患者の全面受け入れを決定したのだ。
これについては学内からも評価する声が上がっている。ある中堅医師は、「単科大学ならではのコンパクトさが素早い決定プロセスにプラスになった」と分析する。同大は歯学部とその附属病院もある為、厳密な意味での単科大ではないが、学部学生数で比較して東京大学の約10分の1という身軽さが強みとなった。通常、医学部やその附属病院には、教育機関や研究機関以外に、地域医療を担うプレイヤーとしての役割がついて回る。そして大学附属病院は、看護師を含めたスタッフの人数という面で、市中病院等と比較して恵まれている。前述した通り、東京都内には13の医学部があるが、国立の医学部、大学病院は東大と医科歯科大の2校のみ。「その中で、医科歯科大が新型コロナウイルス対応をやるしかないという学内の空気を逸早く作れた」(前出の中堅医師)のが、評価を得た理由のひとつと言えるだろう。これは、地域医療を支える役割を担う側面は勿論のこと、研修医等も含め、未知の感染症対応に関する貴重な教育の機会にもなる。最終的に、医科歯科大は入院患者数を通常時の3分の1以下となる200人程度に絞り込み、集中治療室(ICU)を新型コロナウイルスの重症患者用に振り向ける等して、万全の体制を構築した。その為に三次救急患者の受け入れを停止し、予定されていた手術を停止する等、副作用もあった。こうした決定に、現場からも少なからぬ反発があったという。例えば今回、医科歯科大の附属病院で注目されるのは、最前線に立ったICUや感染症科、呼吸器内科の面々だけでなく、彼らを支えたバックヤードチームだ。入院患者等が減ったことで通常業務の手が空いた整形外科等の医師が、院内の清掃や患者の運搬といった下働きを担ったのである。このチームを実質的に仕切っていたのが、手術等が減った整形外科の医局長を中心としたチームだった。「何故手術を減らすのか、何で自分たちが掃除なんかしなければならないのか」という反発の空気はあったというが、それでも応援の仕事を推進したのが整形外科出身の前病院長で、4月からは医療担当理事に就いている大川淳副学長だ。「新型コロナウイルス対応が決まった瞬間から強いリーダーシップで手術を縮小させて、バックヤードチーム編成に尽力した」(前出の中堅医師)。
医科歯科大といえば、東大医学部出身の教授ばかりが目立っていた過去がある。しかし最近は、生え抜きの教授を多く輩出できるようになっており、「小さいながらもファミリーのような纏まりがある」(前出の医療担当記者)。その一方で、外部出身者を排斥するようなこともなく、各科に入局する医師には毎年、学外出身者が多いという。東大、京大に次ぐ入試偏差値を持つ学校でありながら、所謂『白い巨塔』というイメージとは縁遠いのが大学のカラーと言えるだろう。医科歯科大には歯学部もあり、歯学部附属病院は医学部附属病院とは別の組織になっている。しかし、吉澤前学長らの下で、コロナ禍以前から“医科歯科一体化改革”が進められ、両病院が以前よりも強く連携する体制が作られてきた。それが結果として奏功し、歯科診療の停止や、歯科病棟を利用する形でのPCR検査拡充等がスムーズに実施された理由だ。医科歯科大は、研究面での評価が国内外で高いことで知られている。各種研究分野で大学ランキングが上昇傾向にある。しかし今回は、臨床面、医療機関として果たした役割にスポットライトが当たったと言える。同大の新型コロナウイルス対応は、良い効果だけだったわけではない。既に日本中の病院で問題になっているが、感染者向けに病床を空け、マンパワーを割いた為に通常の入院患者の手術件数が激減し、収入が落ち込んでいる。既に今年度の当初予算と比較して、医学部附属病院だけで年間70億円以上の赤字を見込み、歯学部附属病院を含めると100億円もの大赤字となる。都心部の地域医療を守る為に真っ先に手を挙げた医科歯科大が、「感染者を受け入れたから経営が傾いた」という状況は避けなければならないが、これは大学単体の経営努力では如何ともし難い。また、某診療科の医師は「新型コロナウイルス対応は良かったが、一辺倒になり過ぎて通常診療に戻すシミュレーションや検討が少なかった」と問題点を指摘する。他にも、最前線の新型コロナウイルス対応に研修医を従事させたことについて、一部から問題視する声が出る等、第二波に向けて課題も浮き彫りになった。御茶ノ水駅至近のキャンパスには校舎や附属病院が犇めいており、ここが東京の新型コロナウイルス対策で果たした役割は思いの外、大きい。東京のど真ん中に位置する、小回りの利く医学部への期待が高まっている。

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