【財務省大解剖】(06) 『論談同友会』幹部が語った“ノーパンしゃぶしゃぶ”顧客リストの実名スクープ

どんなに時が過ぎ去ったとしても、忘れられない言葉がある。1998年、大蔵省(現在の財務省)の過剰接待問題で浮上した新宿区歌舞伎町の『楼蘭』。“ノーパンしゃぶしゃぶ”が名物だった同店に、誰が出入りしていたのか――。メディアに先駆けてその“実名”をスクープしたのは、日本最大級の総会屋グループとして名を馳せた『論談同友会』だった。 (取材・文/フリーライター 千葉哲也)

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旧大蔵省が過剰接待問題で大量の処分者を出したのは、1998年のことである。一連の事件では、現役の大蔵キャリアを含む7人の官僚が逮捕・起訴され、自殺者も出た。そして、次官レースを走っていた多くの幹部が、スキャンダルの責任を取る形で大蔵省を追われることとなった。あれから15年以上の時が流れ、事件は風化した。だが、今でも人々の脳裏に残るキーワードがある。それが“ノーパンしゃぶしゃぶ”だ。当時、取材に当たった全国紙記者が語る。「過剰接待の問題は、大蔵省に限ったことではなく、また利益供与の形も実に様々だった。1996年には厚生省(現在の厚生労働省)の岡光序治事務次官(当時・懲役2年の実刑判決が確定)の汚職事件があって、事件そのもののスケールはそっちのほうが大きかったが、何より“ノーパンしゃぶしゃぶ”の語感が強烈過ぎて、関連の報道が他の疑惑を全てかき消してしまった」。東京大学法学部をトップで卒業したエリートたちが、夜な夜な通う怪しい風俗店――。その構図は庶民の好奇心を煽り、メディアによる報道合戦が展開された。結果として、大蔵省の著しいイメージダウンには繋がったものの、接待問題の本質がかき消されてしまったという側面も否めない。「その風俗店は“楼蘭”という名前でした」と先の記者が語る。「店自体は以前から歌舞伎町にあって、一部の好事家には“パンシャブ”と呼ばれ、よく知られていました。楼蘭のオーナーは近野信之氏で、近野氏は楼蘭が入ったビルのオーナーでもありました」。一体、どんなシステムなのか。

「店は会員制です。店内は地下2階と3階の2つのフロアに分かれていて、地下2階の場合ですと、4人掛けの掘り炬燵の席があります。着席すると、直ぐに若くて美人の女の子が客と同じ人数登場し、其々隣に座ります。そこで5000円から1万円のチップを渡すと、パンティーを脱いでお客さんの頭に被せる訳です」。だが、これは淫靡な宴のスタートに過ぎない。「この店のウィスキーのボトルは、テーブル真上の天井から逆さに吊るされています。既にノーパン状態の嬢は、ヒラヒラとしたミニスカートを着用しています。そのノーパン嬢が水割りを作ろうとすると、立ち上がってテーブルに足を乗せ、天井に手を伸ばさなくてはなりません。そこでタイミングよくセンサーが反応し、テーブル角部の送風装置が発動します。スカートがめくれ上がり、客は『オオッ』となる訳です」。そして、極めつけは“ペンライト”だ。「何故か、店内で1本3000円くらいのペンライトが販売されています。掘り炬燵の下にペンライトを持った好き者の客が潜ると、ノーパン嬢が阿吽の呼吸で“ご開帳”という仕組みです。しかも、テーブルの下にはズーム機能まで付いたテレビカメラが設置してあり、客は座席横のモニターに映し出される映像を見ながら、しゃぶしゃぶを食するという凝った仕掛けになっていました。何より、女の子が若く、可愛かったことで人気がありましたね」。コース自体は1万9980円だが、その他、チップ・ペンライト代・肉の追加注文、その他諸々のサービス料が加算され、1人当たりの平均予算は5万円だったという。「楼蘭は、その現金チップの分も領収書に入れてくれる為、金融機関としては安心して接待に利用できた訳です。地下2階は未だソフトですが、その下の地下3階はより高額・過激で、女の子も全てモデル級。チップの金額次第で全裸になったり、それ以上の展開もあったと言われます。大蔵省の間では、『地下3階に連れて行ってもらえるのはキャリアのみ』等という噂も流れました」(同)。「そんな魅惑の店にタダで行けるものなら行ってみたい」と思うのは、庶民もエリートも同じだろう。しかし、天下の大蔵官僚が接待でノーパン遊びに興していたことがバレた時の波紋は、想像以上に大きかった。

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大蔵省に最初の衝撃が走ったのは、1998年1月26日のこと。大蔵省金融証券監査室長だった宮川宏一容疑者が、収賄容疑で逮捕された。そしてその翌日、宮川容疑者が接待先として“指名”していた楼蘭に、東京地検特捜部の家宅捜索が入ったのである。更に同日、19歳と23歳の同店コンパニオンも、公然わいせつ容疑で警視庁に逮捕された。楼蘭の摘発は、当時の多くの大蔵省幹部を震え上がらせた。「彼らが恐れたのは顧客名簿の流出です」と前出の記者が語る。「会員制の楼蘭には、1万3000人分の顧客リストと名刺があった。これが若し外部に漏れて報道されれば、自分の破廉恥な風俗通いがバレてしまう。体面を気にするエリート官僚にとっては耐え難い屈辱で、同期の検察・警察官僚に頼み、『何とかならないか?』と火消しに走った幹部もいたと聞きました」。ところが、そんな幹部を益々不安にさせる報道が流れる。警視庁は、楼蘭のオーナーであった近野信之会長の自宅・事務所・従業員の自宅等、8ヵ所を虱潰しに捜索したが、お目当ての“名刺ファイル”を発見することができなかったというのである。「楼蘭には、警視庁や警察庁幹部も出入りしていた。当局とすれば、大蔵官僚よりも自己防衛の為に、真っ先に『そのリストを回収したい』と考えていたと思われますが、事前に自身の逮捕を察知した近野氏は、『若し自分を逮捕するならリストが流出する』と対抗し、徹底抗戦に打って出たのです」(前出の記者)。しかし、警視庁保安課は同年2月27日、近野氏やその息子ら楼蘭経営者3人の逮捕状を取る。ありとあらゆるメディアが、近野オーナーの持つ“顧客リスト”の入手に走ったが、それを最初に報じたのは意外な組織だった。

「そのリストにあった官僚の実名をホームページに掲載したのは、私たちが最初であったと思います」。そう語るのは、嘗て日本最大級の総会屋グループとして鳴らした『論談同友会』(正木龍樹会長)の幹部・政田幸一氏である。1998年3月上旬、逮捕状の出ていた近野オーナーの行方がわからない時点で、『ウェブ論談』上に突如、次のような告知が登場した。「話題のノーバンしゃぶしゃぶ“楼蘭”の顧客名簿を入手しましたので掲載いたします。楼蘭では昭和62年から昨年末までの12年間、政界、財界、官界、等々、多方面の顧客1万人以上の名簿をFDに保存してあります。その顧客名簿の中から官界の一部をプリントアウトしたものが当方に送られてきましたので、そのまま掲載いたします」。掲載された実名は208名。内訳は日本銀行4人・大蔵省6人・厚生省37人・農水省38人・通産省55人・運輸省19人・郵政省13人・建設省26人等。「最終的に、掲載した官僚や省庁から、私たちのところへ『私は行っていない!』と抗議してきた人は、誰一人としていませんでした。そのことが、このリストの信憑性を証明していると思います」。当時は未だインターネットの世帯普及率が10%台という黎明期ではあったが、一般メディアに“リストがインターネット上に流出”が報じられる経緯を経て、“パンしゃぶ官僚”の名は瞬く間に拡散した。中でも波紋を広げたのは、“日銀のプリンス”こと福井俊彦氏(元日銀総裁)や、大蔵事務次官経験者の長岡實・保田博・西垣昭・尾崎護といった面々。当時、60代から70代といった高齢にも関わらず、ノーパンしゃぶしゃぶ店に出入りしていた大物OBたちの行状に、ある程度、接待の内情を知悉していた大蔵省職員の間にも、驚きの声が上がった。リストを掲載した論談同友会は、1997年3月に公式ホームページ『ウェブ論談』を開設。逸早く、インターネットの速報性に注目した情報発信を開始していた。政田氏が語る。「論談同友会は、それまで3ヵ月に1回、無料の機関紙を刊行していましたが、時代に合わせ、『速報性のあるインターネットを活用しよう』という考えで、ウェブ論談を開設したのです。このウェブ論談では、メールやFAX、そして郵送にて内部告発情報を受け付けていました。寄せられる情報の多くは私憤や個人的な誹謗中傷でしたが、時には公益性のある内容が含まれていました。この楼蘭リストも、私たちの線引きでは表に出すべき情報と考えた訳です」。政田氏によれば、リストは郵送にて送られてきたもので、差出人の名は無かったが、金融機関・一般企業・公務員等、楼蘭の顧客何千人分の氏名と肩書きが、既にリスト化されている状態のものだったという。

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「誰から送られてきたのかは、今以てわかりません。しかし、資料を精査すると、それが限りなく本物に近い情報であることはわかりました。問題の本質は、『高級官僚が民間から過剰な接待を受けている』という部分にあった訳ですから、民間企業の社員の名前は省いて、各省庁の幹部や天下りした元幹部に絞ったものを掲載したのです」。その後、近野オーナーは3月19日に逮捕される(その後、懲役4ヵ月・執行猶予3年の有罪判決が確定)。最後まで“名刺ファイル”の所在が確認できなかったことを考えると、資料を郵送した人物は近野オーナー本人か、その側近だったとしか考えられないが、ウェブ論談は掲載に当たり、独自のルールを設定していた。「こうした告発情報の場合は殆どが匿名ですから、内容を検証できないケースも多い。大手のメディアであれば、入手しても掲載できないところが多いかもしれません。うちの場合は、『掲載内容に異議がある場合には、それを文書の形で受け付けて公開し、それに対して何も反論が無ければ、2週間後に削除する』という形を取っていました。何も言わずに削除すると、『何か裏取引をしたのか?』と思われますからね」(政田氏)。完全に裏を取らなくても情報を掲載するという手法は、通常のジャーナリズムと異なると雖も、昭和の時代は日本最大級の総会屋グループとして畏怖され、企業情報に精通する“組織の論談”の真骨頂である。このリスト掲載は、想像以上の破壊力だった。リストを基に様々なメディアが官僚個人への取材を開始したが、標的になったのは、“官庁の中の官庁”と言われた大蔵省だけだった。ある週刊誌記者が語る。「こう言っては身も蓋も無いが、農水省や建設省等を突いても、読者の興味を引くことはできない。霞が関の富士山である大蔵省を叩くことだけが目的化していた」。

激しい世間からの批判に、大蔵省は独自に内部調査を開始。1000人以上の職員に接待に関する聞き取りが行われ、連休前の4月27日、112人にも上る処分者が発表された。そして、その多くは楼蘭に出入りしていたのである。この処分で、証券局の長野厖士局長や杉井孝大臣官房審議官は辞職に追い込まれた。また、後に財務次官となる主計局の勝栄二郎主計官や、“ミスター円”こと榊原英資財務官、現在の金融庁長官である財務局の森信親次長も、其々戒告処分を受けている。戦後、日本の官僚社会をリードし続けた大蔵省に致命傷を与えたのがノーパンしゃぶしゃぶだったとすれば言葉も無いが、その後、大蔵省は財金分離によって権力を削がれ、実際にそのステータスを弱めていくことになるのである。それにしても何故、論談同友会に楼蘭のリストが送られてきたのか。それを考える上でヒントとなる出来事が、直前にあった。前出の政田氏が語る。「楼蘭リストの前に、ウェブ論談はソフトバンクの経営問題を追及する告発を掲載しており、それが政財界で大きな注目を集めていたのです。内容は具体的、且つ証拠もあった。開設から8ヵ月ほどで10万アクセスほどだったホームページが、ソフトバンクの告発メールを掲載した途端、一気に100万アクセスに到達しました。あまりに反響が大きかったので、当時最大の検索サイトだった『ヤフー』(※ソフトバンク傘下)が、論談のホームページを検索結果に表示されないようにしたくらいですからね。これは、ウェブ論談の知名度を大きく上げた最初の情報だったと思います。その次がノーパンしゃぶしゃぶですね。まぁ、掲載する前はあんなに反響があるとは思いませんでしたが…」。当時は未だ手軽なブログも無く、個人がインターネット上で自由に情報発信ができるとは言えない時代だったが、告発者が一般メディアよりも情報封殺リスクの低いウェブ論談を告発先に選んだのは、ある程度の合理性があったと言える。論談同友会は、何の為にこうした告発を掲載していたのか。「それは、何か企業から見返りを受け取る為ではなく、純粋に株主の立場から、企業経営の在り方について意見するという1つの手段でした。嘗ては、企業のスキャンダルをネタにして、利益供与を受ける総会屋が存在した。そのことは否定できない事実です。しかし、1981年(※施行は翌1982年)の商法改正によって、企業が総会屋に利益供与することは一切禁じられました。元々、論談同友会を創設した正木龍樹は、『株主の立場を向上させる為には、古い総会屋のスタイルから脱却する必要がある』と考えていた。ですから、発行していた機関紙にも謹呈の印を押して、企業・警察・検察に送付していた。ただ、送ると企業は『何か金品を要求されるのではないか?』と不安になりますからね。勿論、企業広告もありません」(政田氏)。

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1981年の商法改正以前は、企業が総会屋に“賛助金”を拠出しても、法的な問題は無かった。しかし、それが違法とされてから、論談同友会は企業との付き合いを“ビジネス”とする方針に転換したという。1982年に世間を揺るがせた『三越事件』。社長の岡田茂が愛人だった竹久みちに入れ上げ、不透明な経営を続けていた際には、論談メンバーが其々三越株を購入。『三越を守る会』を設立し、株主の立場から企業改革を促す活動を展開した。また、長期に亘って海外企業の株主総会にも出席し、今で言う“もの言う株主”のあるべき姿について検証を重ねたという。「あまり知られていないことですが、論談同友会はそれまでの人脈を活かし、1994年から南米のサッカーチームを日本に呼ぶビジネス(『JALカップ・レコパ・サウスアメリカ』)を手がけていました。その時、『南米サッカー連盟』の実力者だったニコラス・レオス会長と、論談同友会の正木龍樹に親交が生まれ、あの日韓共催となった2002年のFIFAワールドカップでは、レオス会長が南米票を取り纏めて日本に入れてくれたおかげで、韓国に奪われそうになっていた開催権を引き戻すことができたのです。これは、知る人ぞ知る事実です」(政田氏)。尚、論談同友会は2001年に解散しているが、創設者の正木龍樹氏は今も健在である。大蔵省にとって呪わしい店となった楼蘭は、そのままひっそりと閉店した。財務省の若手課長補佐が語る。「あの一連の事件は、私が入省して直ぐの頃でしたが、兎に角、名刺を出すと『ノーパンしゃぶしゃぶに行ったか?』と聞かれた覚えがあります。その後は金融機関からの接待は無いし、聞きもしませんね。自殺者まで出した事件でしたから、当然だと思います。接待だけではなく、当時は課長以下でもハイヤーで出勤していた人がいましたけれども、今ではあるとしても局長クラス以上。ほんの数人といった具合です」。多くのエリートたちの人生を大きく変えてしまった楼蘭。尤も、同店が入っていた『フィルドニアビル』(※近野オーナーの英語読み・右画像)は今も歌舞伎町にあり、過剰接待の舞台となった店は、“女子”に大人気のスペイン料理店に変貌している。


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