【中外時評】 米資本主義の強み消すな――管理貿易では雇用救えず

「トランプさん、よくぞやってくれた」――。これが、多くのアメリカ国民の声のようだ。メキシコへの工場移転を予定していたインディアナ州の大手空調メーカー『キヤリア』の親会社トップに直談判して、決定を撤回させた件である。アメリカメディアの『ポリティコ』等が実施した世論調査によれば、この行動で同氏への好感度が「高まった」と答えた人は60%に達した。「現地の工場は完成間近」と渋るトップに、ドナルド・トランプ次期大統領は「それは知ったことではない」と一喝したという。印籠を翳し、相手をひれ伏させる水戸黄門さながらのドラマが、アメリカ国民を魅了した形だ。トランプ氏を“今年の人”に選んだ『タイム』との会見では、「他の3社にも電話し、海外移転を止めさせた」と言明。会見に同席したラインス・プリーバス首席補佐官に「移転を公表した会社のリストを作れ」と指示した上で、「自分が電話する。1社5分だ。(そうすれば)彼らは海外に出ないだろう」と力を誇示した。これまでの政治家と違う型破りなトランプ流。「従業員が救われたのだからいいではないか」。そうみる人も多いかもしれない。だが、こうした言動は、2つの意味でトランプ時代への懸念を抱かせる。1つは、「政治と企業との関係を歪める恐れがないか?」だ。大統領が、気に入らない企業の経営判断に恣意的に介入することもあり得るとなれば、企業が萎縮してもおかしくない。と同時に、「大統領の意向に従えば見返りがある」という印象を生んだ可能性もある。キヤリアは、トランプ氏の要請に従う代わりに、マイク・ペンス次期副大統領が知事を務めるインディアナ州から税制優遇を受けることも決まった。「“ビジネスマン大統領”との取引や距離の近さが意味を持つ」となれば、公正な市場競争を基軸とするアメリカの資本主義の根幹に罅が入りかねない。トランプ氏は選挙戦で、政治と企業との癒着を問題視し、「連邦政府の官職を辞めてから5年はロビイストになれないルールを作る」と明言した。方向は正しいが、トップ自身が「企業との個別取引を厭わない」となれば、事態は寧ろ悪くなる心配がある。

もう1つは、もっと大きな経済観だ。トランプ氏は既存のイデオロギーに囚われない現実主義者だが、こと貿易や投資に関しては頑なな見方を持ち続けている。それは、「自由な貿易や投資を是とするグローバリズムこそ、アメリカ経済悪化の元凶」という信念だ。アメリカ企業の工場移転を執拗に批判するのは、その表れだ。だが、無理に移転を阻止しても効果は一時的に止まる。10月に会ったインディアナ州の経済政策責任者は、「製造業は自動化で劇的に変わった。アメリカには、高付加価値の事業やそれを支える高技能の雇用しか残らない」と語った。アメリカ企業の移転阻止と合わせて重視するのが、2国間交渉による貿易不均衡の是正だ。次期政権の国家通商会議のトップに就くカリフォルニア大学のピーター・ナバロ教授とウィルバー・ロス商務長官候補が今秋纏めた経済プランは、「輸出を増やし、輸入を減らして、貿易不均衡を正すことが成長に繋がる」と強調。「最大の消費国という強みと、トランプ流のタフな交渉力を背に対米黒字国と向き合えば、赤字は減らせる」と説く。具体的には、「相手国がアメリカから何の輸入を増やすか?」等の目標を決め、厳しく達成を迫る“外科手術的”な手法を取るという。対象国として、中国・メキシコ・日本・ドイツ・韓国等を例示。輸入拡大を促す製品例としては、天然ガス・産業機械・プラスチック等を挙げている。世界が恐れるように、いきなり高関税という斧を振り下ろす訳ではないが、個別製品の輸出入の調整で不均衡を是正する見取り図を描く。問題は、「こうした管理貿易主義的な手法で、本当にアメリカの産業競争力は強まり、雇用が救われるのか?」ということだ。抑々、貿易赤字削減を成長戦略の柱の1つにする考えに、殆どのエコノミストが否定的だ。アメリカ経済は金融危機を乗り切り、自律的な上昇過程にある。重要なのは、アメリカの民間部門が本来的に持つ活力を解き放つことだ。法人税改革や規制改革はそれに貢献するだろうが、輸入や移民を抑えるような内向きの政策を取れば、強みは打ち消される。トランプ氏を選んだ“取り残された人々”の願いに本気で答えようとするなら、「技術進歩が急速に進む時代の効果的な安全網をどう創るか?」に集中すべきではないか。海外に投資する経営者や、黒字国を敵役にしたトランプ劇場を続けるだけでは軈て飽きられ、失望に繋がっていくだろう。 (論説副委員長 実哲也)


⦿日本経済新聞 2016年12月25日付掲載⦿
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テーマ : 国際政治
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