元プロ野球選手は何故、人を殺めてしまったのか?…獄に下ったヒーロー・小川博の真相

華やかなスポットライトを浴びて、大観衆の前で拍手喝采を浴びるプロ野球選手たち。しかし、近年は引退後の厳しい現実を映し出すテレビ番組が好評を博しているが、そこにすら登場できない元選手や、身を持ち崩してしまった者も少なくない。ここで取り上げる小川博もそんな1人。彼は何故、如何にして転落していったのか――。 (取材・文/ノンフィクションライター 八木澤高明)

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「ロッテに入って直ぐ、取材に行ったことがあったけど、ぶっきらぼうな上に生意気な口の利き方で、『人との話し方をわかっていないな』という雰囲気だったよね。ずっと“お山の大将”で野球をやってきて、怖いもの知らずだったんじゃないかな」――。大手スポーツ紙記者がそう証言するのは、プロ野球『ロッテオリオンズ』(現在の『千葉ロッテマリーンズ』)の元投手で、2004年に殺人事件を起こし、現在は服役中の小川博(現在54)のことである。“群馬の玉三郎”と呼ばれるほど精悍なマスクで、前橋工業高校時代には3度、甲子園に出場。その後は青山学院大学を経由して、1984年にドラフト2位でロッテから指名された。青山学院大学は、今でこそ野球部から何人ものプロ野球選手を輩出しているが、小川が在籍していた当時はそれほど実力があった訳でもない。逆に、その環境が小川の活躍だけを目立たせ、プロ入り後の態度に繋がったのかもしれない。しかし、ドラフト2位で指名されるほど、その実力は折り紙つきだった。「サイドから繰り出されるストレートはキレがあって、いいピッチャーだったな。入団した翌年には1軍に上がって、活躍し始めてね。ただ、当時のパリーグは今ほど注目される場所ではなかったので、いくら活躍してもあまり目立たない存在だった。そんな彼の一世一代の見せ場は、近鉄を相手にした“10.19”だっただろうね」(同)。入団翌年、1軍に上がった小川は、プロでも稀ながら、4年目の1988年には初めて2桁勝利を上げ(10勝9敗)、奪三振王のタイトルも獲得する。日本中が注目した『近鉄バファローズ』とのダブルへッダー、伝説の“10.19”を迎えたのは、その年の秋のことだ。

1980年代から1990年代にかけてパリーグに君臨していたのは『西武ライオンズ』であった。そのシーズン、近鉄は唯一、西武に対抗していたが、勝率で上回る為には、川崎球場で行われるロッテとのダブルへッダーで2連勝する必要があった。秋晴れの川崎球場。15時の第1試合プレイボー ル前に、普段は閑古鳥が泣く同球場が超満員の観客で膨れ上がった。あの時、筆者はテレビで“10.19”を観ていたが、人で溢れた川崎球場の様子に驚いたものだった。近鉄だけでなく、ホームのロッテすらも初めて見る光景だったに違いない。秋の斜光に、はっきりとした陰影が浮かぶ先発のマウンドを託された小川。実況を担当したアナウンサーは、開口一番に言った。「今日は近鉄の優勝の前祝いといった感じで、上空は雲一つ無い青空が広がっている川崎球場であります」。アナウンサーの言葉からも、近鉄の優勝を望み、「ロッテはグッドルーザーであれ」という願いが込められていた。それはアナウンサーだけではなく、日本全国の人間の殆どがそう思っていたことだろう。斯く言う筆者も近鉄を応援していた。謂わば、日本全国を敵に回したマウンドに立っていたのが、背番号26番を背負った小川だった。近鉄1回表の攻撃、バッターボックスに入ったのは大石第二朗(当時)。対する小川は、初球インコースにストレートを投げ込み、向こう気の強さを見せる。1回裏、ロッテは愛甲猛の2ランホームランで先制すると、勢いを得た小川は、近鉄打線を4回までパーフェクトに抑えた。当時の映像を見ると、ブライアントを内野フライに打ち取り、意気揚々と引き上げる小川の誇らし気な表情が流れていた。試合は近鉄が驚異的な粘りで、9回に小川をマウンドから引き摺り下ろし、変わった牛島和彦から梨田昌孝が勝ち越しのヒットを放って、辛くも勝利する。この試合の引き立て役に回ってしまったものの、近鉄に一時的に冷や水を浴びせたのが小川であった。ところが、この年を境に、小川の成績は急降下していく。前年から既に右肩は悲鳴を上げていて、以前のような勢いのある投球ができなくなっていたのだった。近鉄にとってスポットライトの当った“10.19”は、小川のプロ野球人生においても、最後の晴れ舞台と言ってもよかった。“10.19”から4年後の1992年に、小川は現役を引退。球団は、ドラフト2位で指名し、タイトルまで獲得した小川を見捨てることなく、引き続きコーチとして、引退後の生活も面倒を見ることとなった。一方で小川は、現役時代に味わった豪勢な生活が忘れられなくなっていた。現役時代の最高年棒は2200万円。外車を乗り回し、夜は銀座に出て豪遊をした。しかし、華やかなプロ野球選手としての生活は、小川の金銭感覚を間違いなく狂わせていた。

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現役を終えてコーチとなれば、年棒は選手時代に及ぶべくもなかったが、選手時代に覚えた浪費癖は治らなかった。引退後、7年間はトレーニングコーチを務めたが、然したる実績を上げることもなかった為、2000年からは編成担当の球団職員になった。その職を2年間務めたが、軈て解雇されている。その理由は借金問題だった。「離婚による慰謝料や、携帯電話を使ってアダルトサイトにアクセスしたことによる通信費等で、借金は2000万円近くにまで膨らんでいたそうです。軈て、真面な金融機関からはお金を借りられなくなり、同僚等にもお金を無心していました。それも断られると、今度は闇金にも手を出し、その催促が球団事務所にまで来るようになったのです」(同)。借金塗れとなった元エースの面倒を見続けてきた球団も、流石にそれ以上守ることはできなくなり、小川は球界を去ることになったのだ。その翌2003年から、小川は埼玉県内の産廃処理会社に勤めて再出発を図った。会社では、元プロ野球選手としての知名度から営業部長として採用された。また、同年4月には自己破産もし、身辺整理もした筈だった。しかし、それでもプロ野球時代の浪費癖は治らなかった。直ぐに借金を重ねるようになり、闇金からの借金は100万円近くになった。この頃から、ロッテの2軍が本拠とする浦和球場にも顔を出すようになる。嘗ての旧友を尋ねる素振りで小川が現れると、ロッカールームにある財布の中身が抜かれたり、高級腕時計が無くなる等の事件が起きるようになった。そこは、嘗て自分自身が汗水を垂らして切磋琢磨し、スポットライトを浴びた球場であった筈だ。しかし、“金の亡者”となった小川には最早、元プロ野球選手としてのプライドは無く、只の盗人に成り下がっていたのかもしれない。

「産廃処理会社に勤務後、小川は月に40万円の給料を得ていたそうですが、会社の飲み会で使う予定だったお金をギャンブルに注ぎ込んでしまい、そのことが再び闇金に手を出すきっかけとなったようです。再就職後、小川は再婚した妻と会社近くのアパートに暮らし、近所の住民からは『いつも笑顔で温厚だった』という印象を持たれていたのですが…」(同)。心の中の闇は、全く変わっていなかったのだった。あの“10.19”から16年が過ぎた2004年11月18日の夜、小川はお金の無心をする為、埼玉県上尾市にある当時の勤務先の会長宅を訪ねた。ところが、会長一家は外出していて、家には住み込みで働いていた西内和子さん(当時67)が1人いるだけだった。会長宅には同年8月にも空き巣が入って、現金を奪われる事件が発生しいたこともあり、西内さんは会長宅で働くようになっていた。この日は、闇金に借りていた借金の内、3万円の返済日になっていた。小川には、どうしても現金が必要だった。応対した西内さんにお金を無心した小川。プライドもかなぐり捨てて、頭を下げたことだろう。しかし、あっさりと借金を断られたことから、小川は逆上。彼女を殴り倒して気絶させ、会長宅にあった現金175万円を奪った。「小川は、気を失っていた西内さんを車に乗せると、走って10分ほどの距離にある桶川市内を流れる元荒川に向かいました。そこで、気絶した西内さんを川に遺棄したのです。西内さんは溺死し、2日後に釣り人によって水死体となって発見されました」(地元紙記者)。小川は奪った現金の内、3万円を返済に回し、残りの金はギャンブル等で使い果たした。事件発生当初から、背の高い男の姿が会長宅周辺で目撃されていたこともあり、小川は直ぐに警察にマークされた。そして、事件発生から約1ヵ月後の12月22日に逮捕された。元プロ野球選手が引退後の生活に困り、窃盗等の小さな犯罪に手を染めるケースは、実は少なくない。とはいえ、日本のプロ野球史上、殺人犯となったのは、小川博、唯一人である。それ故、事件は世間に衝撃を持って迎えられた。筆者は、この事件の取材をする中で、彼が盗みに入ったことが疑われているロッテの浦和球場を訪ねた。その日はロッテと西武の2軍戦が行われていて、昨年のドラフトで1位指名された平沢大河選手等が出場していた。小雨が降り続く平日のグラウンドではあったが、100人以上の観衆が声援を送っていた。小川は、これ以上の舞台に身を置き、野球エリートの中でも一握りしか味わうことができない世界を経験したプロ野球選手だ。そこから落ちるべくして転落した。小川には無期懲役という判決が下され、刑務所に服役している彼に、人生における再登板の機会はもうやって来ないかもしれない。彼は毎年、“10.19”がやって来る度に、どんな思いを浮かべるのだろうか――。


キャプチャ  第4号掲載

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