貯金1000万円から生活保護へ転落、下流の人たちを狙う貧困ビジネスの闇――1億総下流社会ニッポン、格差の現場を歩く

現在、日本人の16%が貧困状態にあるとされ、安倍政権下で益々格差が広がっている。普通に暮らしていた人が貧困化していく“下流老人”・“下流中年”は、決して対岸の火事ではない。“1億総下流”に向かって広がる格差と、貧困に喘ぐ現場をルポする。 (取材・文・写真/本誌編集部)

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病気で高額な医療費がかかることで、“下流”に転落するパターンは多い。下流化することで更に健康が悪化し、悪循環に陥る。東京都内在住の派遣社員・Aさん(女性・66)は昨年初夏、胸のシコリが赤く腫れ、爛れてきた為、病院を受診したところ、ステージ3Bの乳癌と診断された。胸のシコリには以前から気付いていたが、それまで受診していなかった。人間ドックも30年近く受けていない。診断された時には、手術をするには癌が大きくなり過ぎていた。そこで先ず、抗癌剤で癌を小さくする治療を開始。副作用の為、髪は全て抜け落ち、免疫力が低下して風邪を引き易くなった。派遣の仕事が入っても、行けないことが続いた。Aさんは大学卒業後、出版社に勤務していたが、数年で退職。その後、服飾関係のメーカーの派遣社員を続けてきた。収入が減り、30歳代から国民年金は払っていない。自炊はしないで、朝夕は外食。偏食家で、野菜は嫌いだ。自分でサプリメントを調合し、体調を崩したらマッテージに通う等として、なるべく医療機関にかからないようにしてきた。派遣の仕事だけでは生活が立ち行かず、数年前に親から相続した遺産500万円を切り崩して生活してきた。貯金残高は、既に百数万円まで減った。昨年2月に乳癌の切除手術を受けた。漸く働けるかと思ったら、今度は「放射線治療を行う」と主治医から告げられた。「貯金も少なくなっているので、仕事をしないと毎月6万5000円の家賃を払えず、食べていけなくなります。派遣仲間に癌と打ち明けると、仕事の声がかからなくなりました。それ以降は、周りの人に病気のことを言わないようにしています」(Aさん)。放射線治療を受けながら仕事を再開したが、体力が落ちている為、1日仕事をすると2~3日休む。2ヵ月間の放射線治療期間中に仕事ができたのは、たったの5日間だった。「このまま仕事が入らず、貯金が底をついたら、生活保護を受けるしかありません。立ち仕事は体力的に辛いけれど、家で閉じこもっていると孤立するので、仕事をしたいです。でも、体力が落ち、働き続ける自信は正直無い」(Aさん)。

昨夏の20時。東京都台東区の泪橋の交差点を渡り、路地に入った。簡易宿泊施設が並ぶこの一帯は、“ドヤ街”と呼ばれる。暗い道を行くと焼き鳥屋があり、何人かの男性が集まっていた。路上に椅子を並べ、話しながらお酒を飲んでいる。と、そこにジーンズを穿いた中年女性がやって来た。「こんばんは」。女性が挨拶すると、「早いな今日」「お袋さん大丈夫か?」と周囲から声が飛んだ。「下のお世話が大変よ」。女性は、55歳のさっちゃん(通称)。70代後半の母親の介護の為、荒川区から浅草のほうまで自転車で通う。3年前の6月から生活保護を受け始めたという。「自分の鬱病と親の介護で、仕事ができなくなってね」。さっちゃんは、20代から30代にかけて病院の受付をしていた。貯金も以前は千万円単位あったが、それを全て無くしたという。「男性に貢いでしまって」。借金ができて、それを返す為に水商売等で必死に働いたが、ストレスから鬱になった。自分を責めて落ち込む中、父が癌で他界し、母も脊髄の病に…。「母の提案で、福祉事務所に生活保護の相談に行ったの。今は13万円の生活保護費(住宅扶助と生活扶助)を貰って、5万5000円のアパートに住んでいる。食費がかかるのよ」。へルパーは「生保を貰っているし、頼み辛くて」、母の摘便(肛門から便を指で掻き出すこと)も自分でする。「この先が不安。でも、ヤマ(山谷)に来ると仲間がいて、ほっとするんだ。だから明日も来るわ」。『経済協力開発機構(OECD)』の調べ(2012年)によれば、日本の全世帯の内、約16.1%が相対的貧困(所得の中央値の半分に満たない状態)にある。特に、高齢者の相対的貧困率は一般世帯よりも高い。内閣府の『男女共同参画白書』(2010年版)をみても、65歳以上の相対的貧困率は22%と高め。男女別にみると、高齢単身男性のみの世帯では38.3%、高齢単身女性のみの世帯では52.3%にも及ぶ。高齢者の単身女性の半分以上が、貧困下で暮らしていることになる。同じく、内閣府調査の『世帯の高齢期への経済的備え』(左上画像)でも、60~64歳で貯蓄が「十分だと思う」と答えた人は3.6%。「かなり足りないと思う」と答えた人はその10倍、35.5%だった。「老後の貧困は他人事ではないのです」。そう警鐘を鳴らすのは、生活困窮者支援のNPO法人『ほっとプラス』の代表理事で、社会福祉士の藤田孝典さんだ。昨年出版した『下流老人』(朝日新書)で、「このままだと高齢者の9割が貧困化し、貧困に苦しむ若者も増える」と書く。「年収が400万円の人でも、将来、生活保護レベルの生活になる恐れがあります」(藤田さん)。生活保護の受給者は増加中で、今年3月時点で162万6919世帯。この内、65歳以上の高齢者世帯は82万6656世帯で、全体の50.8%と、初めて半数を超えた。昔なら、子供夫婦に扶助してもらうことが当たり前だったが、今は核家族が多い。頼りの子供は派遣切りやニート。高齢で大病して、貯蓄も尽きたら…。

藤田さんは『下流老人』の中で、高齢者が貧困に陥るパターンを5つに大別した。

①本人の病気や事故により、高額な医療費がかかる。
②高齢者介護施設に入居できない。
③子供がワーキングプアや引きこもりで親に寄りかかる。
④熟年離婚した。
⑤認知症でも、周りに頼れる家族がいない。

前出のさっちゃんのように、本人の病気と家族の介護をダブルで抱える人もいれば、60歳を過ぎて妻と別れ、途方にくれる男性もいる。「1部上場企業で働いてきた男性が、離婚してから食事や趣味にかけるお金を節約できず、貧困になる人もいます」(同)。こんな例もある。藤田さんが警察で保護した60代の男性は、元不動産会社社長で、バブル期は資産が2億円あった。だが、土地が転売できず破綻。それでも社長っ気が抜けなかったらしい。「7年前に彼がお弁当とお茶をスーパーマーケットで盗んで捕まった時、所持金が100円なのにスーツを着込んでいました」(同)。この元不動産会社社長は、「食いっぱぐれる筈がない」「老後の心配無用」と年金も払っていなかったという。行く場が無く、街を彷徨う人の中には、一時的な宿泊所である『無料低額宿泊所』を持つ支援団体に助け出されるケースもある。東北出身のかとちゃん(通称・62)は、11年前の夏、2日間飲まず食わずで東京都大田区の河川敷にあるゴルフ練習場に座っていた時、「どうした?」と男性に声をかけられた。その男性は、高齢者・生活困窮者支援団体の宿泊施設で寝泊まりする“同じような境遇”の人だった。日焼けしてやつれたかとちゃんを見て、ピンときたらしい。かとちゃんは男性と共に、神奈川県川崎市川崎区にあるNPO法人『ふれんでぃ』の事務所へ行き、施設長に身の上を話した。「福島で測量会社を経営していたんだけど、潰してね。弟が運送会社を経営していて、互いに保証人になっていたから、一緒に転げてしまった」。運送業も競争が激しく、生き残りは至難だ。弟は地元に残ったが、かとちゃんは夜逃げ同然に上京した。かとちゃんの父親は市役所勤めで、勤勉な人。その父の持つ土地を担保に借金したので、「合わせる顔が無くなって」自ら縁を切った。「一旦は千葉の建設現場の仕事を見つけて自立したんだけど、腰を悪くして、今は同じ施設の高齢者の病院で付き添いをしながら、生活保護を受けて暮らしています」。

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一億総下流化が進む日本。更には、下流化した人々を狙う“貧困ビジネス”まで蔓延っている。その温床となっているのが、生活保護受給者向けの無料低額宿泊施設だ。無料低額宿泊施設を巡っては、利用者から生活保護費を騙し取ったとして、2008年頃に事件化。厚生労働省が対策に乗り出していたが、生活保護受給者の増加に伴い、再びその在り方が問題となりつつある。「無料低額宿泊所ビジネスの実態は、あまりにも酷いです」。生活困窮者の支援をする吉田涼さん(23)は、そう訴える。吉田さんは、都内にある無料低額宿泊施設で、2014年12月まで1年半の間、アルバイトの非常勤指導員として勤務していて、その実態を目の当たりにした。個人のスペースは2段べッドの1段のみで、1ヵ月の利用料は10万2500円。宿泊料(3万800円)・安否確認と生活相談料(1万6500円)・光熱水料(7200円)・食費(4万5900円)・日用品代(2100円)が含まれる。お弁当を朝・昼・夕、全て購入すると約1500円。揚げ物が多く、野菜は少ない。出来立てではないので、冷えて硬くなっている。「『硬くて食べられない』という高齢者の為に、揚げ物を切り分けてあげようとしたら、『ここには60人以上の利用者がいる。全員にやれないことは、1人に頼まれてもやるな』と施設長から怒られました。高齢者に配慮しようとしてもできませんでした。木曜日の夜は毎週、カレーと決まっていた。肉はほぼ脂身。僕らの世代でも『ちょっと…』という感じで、『カロリーってどのくらい取るんだろう』と思った。『高齢者が大多数なのに、こんな食事を出すのか』と思いました」。生活保護費から利用料を引くと、手元に残るのは1万5000円から2万円ほどだ。「入居者は、他に受け入れてくれる施設がありません。行き場が無いことを逆手に取り、利用料を多く取っていました」(吉田さん)。

パートナーが亡くなったことをきっかけに生活が困窮し、4年半前から生活保護を受けている女性・ロコちゃん(通称・77)は、最近まで無料宿泊施設に入居していた。「区役所で紹介された施設に入っていましたが、これまでに5回以上逃げ出しました。荷物をほっぽって、そのまま出ちゃうの」。施設を出ると生活保護は打ち切られるが、耐えられず今回も逃げ出した。ロコちゃんは埼玉県で生まれ、24歳で結婚した。4人の子供を儲けたが、その後離婚。子供たちとは20年近く会っていない。十数年前から同居していたパートナーの出資でスナックを経営。気立てのいいママとして評判もよく、お店も2店舗に増えた。ところが、不景気で経営が厳しくなった上、5年前にパートナーが亡くなり、困窮するようになったという。「この4~5日、池袋の駅前で寝ていて、今回ばかりは『こんな生活をしているなら、もう死にたい』って思った。我慢も限界になって」(ロコちゃん)。前出の藤田さんは憤る。「本来なら介護保険を利用でき、老人ホームに入るべき人たちを、劣悪なところに押し込んで寝かせ切りにしている施設もある」。“貧困ビジネス”のターゲットは、生活保護受給者ばかりではない。国民年金を受給しながら働き続ける自営業者・派遣社員たちも、労働擁取としての“貧困ビジネス”の犠牲になっているという。その最たる例が、比較的高給な“除染ビジネス”だ。低所得者層が多く暮らす横浜市中区寿町に貼られていた、とある求人広告。福島県での除染作業へ行く労働者を募るものだ。「除染作業をやっている人に、60歳以上は多いです。除染作業の元請けは大手ゼネコンですから、あんまり年寄りは雇ってもらえません。でも、人が欲しいから65歳までは雇っていますね。私の知り合いで、65歳直前で『これが俺の最後の仕事だ』と言って、福島へ除染の仕事へ行った男もいましたね」と、『被ばく労働を考えるネットワーク』事務局委員の中村光男氏は話す。インターネット上等でブローカーが会社を名乗って人を集め、除染作業員を現地へ送り込むこともあるという。「除染の仕事は日当がいいんですよ。普通の原発作業員は日当8000円から9000円が相場ですが、除染作業は国の事業なので、1日1万円の日当が付く。6000円の作業料と合わせて計1万6000円くらい貰えるんです。派遣業者に3000円ピンハネされたりもします」(中村氏)。日雇い労働者が多いとされる大阪市西成区の釜ヶ崎では、ゼネコンの3~5次下請け業者が除楽作業員の求人を彼方此方で募り、「年齢を誤魔化した65歳以上の労働者も、実際は派遣されている」(関係者)という。嘗て、“新しい時代の働き方”として持ち上げられた派遣労働者だが、今や派遣は格差社会の代名詞。満足な収入を得られない人が増え、“下流”への転落の第一歩となっているのだ。その哀切と痛切――。

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埼玉県に住む大沢俊樹さん(仮名・52)は、大手印刷会社子会社のA社で、プリント基板や内蔵部品板を作る工場で仕事をしていた。昼夜2交代制で、1日の労働時間は12時間。約10年前に働き始めたが、2008年のリーマンショックを機に仕事が激減。2009年に解雇された。「時給は1060円で、月収は20万~25万円ぐらい。交通費の支給は月6000円が上限で、毎月4000円ぐらいが持ち出しでした」。大沢さんは、収入が少ない為に年金を滞納しがちで、老後にどの程度の額の年金が受け取れるかわからない。老後の生活について尋ねると、こう言った。「老後の不安よりも今の不安が強くて。1年先のことも考えられない」。フルタイムで仕事をしていたのに給料が少なかったのは、雇用契約に問題があったからだ。大沢さんはA社との雇用契約は無く、A社の子会社であるB社に雇われていた。ただ、B社に行くのはタイムカードを押す時だけ。B社から仕事の指示を受けることは無く、実態はB社からA社に派遣されている派遣労働者だった。これは違法な“偽装請負”に当たる。「更に、B社とA社の間にC社が入っていて、ここがA社と業務請負契約をしていました。A社がC社に払っていた時給は2100円。それがB社を経由して私の手元に入る時には、時給が1060円になっていた。B社とC社が違法なピンハネをしていたのです」(大沢さん)。明らかな違法行為に憤りを感じた大沢さんは、2009年にA社を提訴。2015年3月に出た判決では、「労働基準法第6条と職業安定法第44条に違反する偽装請負に当たる」と認められたものの、損害賠償請求は棄却された。「違法に賃金がピンハネされても罰則無し。これが派遣労働者の実態です」(同)。厚生労働省の調査によると、派遣労働者数は減少傾向だが、2015年(6月1日現在)には7年ぶりに増加し、約134万人となった。労働問題に詳しい三浦直子弁護士は言う。「派遣法は、1999年に大幅に自由化されました。その頃に派遣労働者になった人たちが40~50代になっています。ただ、若い頃は派遣先が決まり易くても、40代で働ける職種が狭まり、50代になると更に厳しくなる。家庭を持ち、子供がいれば最も支出が増える年代に、収入がどんどん減っていくのです」。アべノミクスの果ての1億総下流社会の惨状――。生き抜く為には、思考停止から脱し、知恵をふり絞る必要がある。


キャプチャ  2016年7月7日増刊号掲載

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