【2017年の日本はこうなる】(03) 情報公開こそ最大の武器…“群れない女”がこの国を変える

20170104 03
私は自民党で総務会長を経験しましたが、一番なりたかったポストは選挙対策委員長でした。女性候補を沢山擁立したかったからです。国会は国を代表する意思決定の場ですが、男性ばかり。そこに女性がいるかいないかで、国の姿は決定的に違ってくると思います。何故、日本では女性リーダーが生まれ難いのか? 一言で言ってしまえば、重要な意思決定の場に女性がいないからです。更には、その場で大多数を占める男性たちが、女性の真のエネルギーを信じていないからです。日本でも女性議員が増えてはいます。各党は、党勢を伸ばす為に女性候補者を好み、2世議員も娘が立つ比率が高まっています。とはいえ、スカートだけ穿いていればいいのではなく、実力が問われるべきです。諸外国を見れば、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、イギリスのテリーザ・メイ首相、韓国の朴槿恵大統領、そしてアメリカ大統領選ではヒラリー・クリントンさんが有力と、女性のリーダーは当たり前。男性か女性かで区別されたり、逆に注目される時代は、最早去ったのだと思います。女性議員は、以前は知名度を買われて比例代表候補に担がれるか、労働組合等の組織にバックアップされて出馬する人が多かった。私も大政党から議員になっていたら、元キャスターとしてパーティーの司会に駆り出されていたでしょう。しかし1992年、私が参議院議員としてスタートを切ったのは、日本新党という“べンチャー”でした。次の候補者を発掘し、選挙区を割り振る等のマネジメントを、新米議員自らがやるしかない。最初からプレイヤーであると共に、マネージャーでもあったのです。「小池は政党をコロコロ変える」と言われますが、所属する政党が政党再編で消えて無くなってしまうので仕方ありません(笑)。おかげで、新しい政党を作る際には、党名に綱領・政策からロゴ作りまで、ほぼ3日で熟せるようになりました。そんな繰り返しに疲れ果てて、2002年に自民党に入り、小泉内閣と第1次安倍内閣で大臣に就きました。任命して頂いたことは有難いの一言です。但し、与えられたチャンスをどう活かすかは本人次第。私は、環境大臣としては最長の3年を務め、クールビズの推進や過剰包装を減らす風呂敷文化を普及させる等、幾つかの成果を残したつもりです。防衛大臣の時は、日米同盟関係の修復と、守屋武昌事務次官の更迭という難しいマネジメントを手がけました。いつもオンリーワンの精神で臨みました。

2008年に自民党の総裁選に挑戦したのも、「最高の意思決定の場に臨むことができる」と考えたからでした。東京都知事も同様です。知事の仕事は、国防以外の森羅万象を決めることです。首都の東京には、人・物・お金・情報の全てが揃っています。職員も、警察まで含めれば17万人います。都知事の仕事は究極のマネジメント。責任とやり甲斐があります。これまで山ほど考えてきた政策を実行できるチャンスです。今回は、前任の舛添要一さんが思いがけない形でお辞めになった為、立候補した訳ですが、知事という地位に就くことが目的だったのではありません。「私の政策を実現することで、東京がより輝く」と信じたからです。自民党の公認が貰えても貰えなくても、出馬は決めていました。公認があればあったでいいし、無ければ無いで柵も無い分、やり易いではないですか。兎角、日本人は群れたがります。居心地はいいかもしれませんが、それがリスクに繋がる場合もある。1人でいることを私は誇りに思うので、政治の世界では変わり者なのでしょうね。大臣と知事の仕事は全然違います。都知事は、縦割りの組織に“横串が刺せる”ことが一番大きい。中央官庁は、環境省設置法や防衛省設置法といった法律の枠の中で仕事をする。しかも、縦割りで融通が利かず、問題解決にエネルギーと時間がかかります。対して、知事は横断的に幾つもの組織を動かせます。例えば、早速補正予算で進めている、増え続ける空き家を小規模保育所に改造する計画です。「既に82万戸もある空き家対策と、保育園の待機児童問題を、一石二鳥で解決しよう」というアイディアです。こういう合わせ技は私の得意技。クールビズを提唱した時も、地球温暖化への意識変革という“大義”と、皆が「暑苦しさから解放されて楽だ」という“共感”を合致させました。その結果、繊維産業は機能性繊維の素材開発に懸命になり、一気に広まったのです。しかも、新たな市場が生まれます。女性初の自民党三役・女性初の防衛大臣、そして女性初の東京都知事と私は呼ばれてきました。常に、群れの中から先頭を切って海に飛び込む“ファーストペンギン”ですから、仕方ありません。しかし、「女性だから…」と特別扱いされているうちは、未だダメなのでしょう。参議院議員になったばかりの頃、オーストリア大使館のお茶会に招かれたことがあります。オーストリアの3つの政党の幹事長が来日していたのですが、3人が3人とも女性でした。驚きました。その後、色々な国の議会を訪れる機会がありましたが、どの国も議場がカラフル。女性が半分くらいいるからです。翻って、我が国の議場と言えば、テレビの国会中継でご覧の通りです。昨今は「大学入試でも企業の入社試験でも、成績優秀者は女性が多い」と聞きますが、大人になると逆転して男性社会になってしまいます。理由を辿ると、やはり結婚・出産・子育てが壁になっている。更に言えば働き方、延いては日本社会全体の意識に繋がっているのです。育児休暇を例に挙げると、厚生労働省の調査(2015年度)では、女性の育休取得率は81.5%です。と聞けば、殆どの女性が育休を取り、元の職場に復帰して、幸せに働いているように思えます。

けれども、この調査だと、出産時に会社に在籍している女性しかカウントされません。出産を機に退職してしまう女性が含まれていないのです。8割という高い数字には、まやかしがある訳です。「実際の取得率は4割に過ぎない」という民間研究機関の調査も出ています。一方、男性の育休取得率について、厚労省は「過去最高になった」と胸を張りました。ところが、その率は僅か2.65%。折角制度ができても、利用すれば会社の中で「あいつ、子育てで休むんだってよ」と蔑まれたり、「自ら出世街道を外れた変なヤツ」と扱われてしまうからでしょう。制度を整えることは大切。しかし、社会の意識を変革しなければ、現実は何も変わりません。日本の女性の年齢別就業状況をグラフにすると、M字型のカーブを描きます。子育て世代に当たる30歳から34歳が谷底です。この人たちは、「子供がある程度大きくなったから再就職しよう」と思っても、正社員の働き口を見つけるのは至難の業でしょう。仕事に復帰しようとすれば非正規雇用しかなく、折角高い教育を受けた人でも、簡単な仕事のパート従業員で終わることになります。「生涯給与は、大卒後に正社員のまま働き続けた人に比べて約2割まで減ってしまう」という試算もあります。主婦の所得に対して、所得税がかかって配偶者控除が適用されなくなる“103万円の壁”や、健康保険と厚生年金の支弘いが必要になる“106万円の壁”を作っているのも問題です。収入が増えないから、専業主婦がこれだけ沢山いるのに少子化が止まらない。制度設計が古いのです。政府も税制改正に挑んだものの、また先送りするそうで、本気度に疑問符が付きます。各種調査を見ると、誰もが「子供は2人か3人欲しい」と言っているのに、実際は1人。預ける場所が無いから働きに行けず、経済的に1人しか育てられないせいです。女性の先輩たちが家庭を持ち、子供を育てながら生き生きと働く姿を見れば、後に続く若い女性も希望を抱けるでしょう。しかし現実は、結婚や出産を機に仕事を諦めて退社していく先輩や、子育てとの両立に追われてヘトヘトになっている先輩ばかり。仕事か子育てか、片方しか選べないのなら、子供を諦める女性たちが出てくるのは当然です。リーダーの資質がありながら将来を諦める女性たちも、当然いる筈なのです。日本では、企業における女性管理職の比率も低く、12.5%です。上場企業の女性役員は僅か2.8%です(『男女共同参画白書』平成28年版)。国会における女性議員の比率も、参議院で5.7%、衆議院は9.5%です。嘗ては欧米諸国でも、女性の年齢別就業状況はM字型カーブでした。その後、労働環境の改善や子育てを支援する制度の充実によって、今では逆U字へと変化しています。変えられない日本は、明らかにフォーミュラ(形式)を間違えています。女性たちは、自己実現ができないことに閉塞感を抱いています。資源に乏しい日本では、人材こそ資源、知恵こそ財産です。その半分が女性なのに、活かされないのは実にもったいない。こんな歪さこそ、ディスイズ日本社会。古い価値観やフォーミュラを、私は変えていきたい。

東京都が抱えている問題は、簡単に解決できない複雑なものばかりです。築地市場の豊洲への移転問題も同じです。延期を決めた時には、「開場がもう3ヵ月後に迫っているのに、何てことをするんだ!」とお叱りも受けました。しかし、その後になって、盛り土がなされていない事実が発覚しました。地下水の問題を含め、どのみち後でわかるのですから、進めていたら大変な事態になっていたでしょう。私は約10年前、環境大臣時代に嘗て『東京ガス』の工場だったあの場所を、足を運んでこの目で見ました。著書にも、「この場所は食に適さない」と記しています。しかも、30年以上かけて移転の議論をしている間に、築地市場を通る水産や青物の生鮮食品は大きく減ってしまいました。野菜等を自社や提携農家で生産する大手スーパーや食品会社が増えてきたからです。この30年間にビジネスモデルが変わっている現実を横に置いて、建設・移転が進められていたのです。知事に就任して間もなく、職員の残業を減らす為に「何か標語を考えて来て」と頼んだら、持って来られた案が「夜の10時までに帰りましょう」でした。「それでは改革にならない。いっそ6時はどうか?」と言ったのですが、流石に無理そうなので「8時に帰る」としました。長時間働いても、効果は決して上がりません。霞が関はかなり改革が進みましたが、都庁はどうやら公務員のラストリゾートのようです。何がしかのショック感を伴わないと、働き方や長年の体質は変わらないものです。都知事の任期は4年です。先ず、1年間は都政を自分なりに理解する時期だと思っています。そうは言いながらも何もせずにいれば、前の都政を認めたことになります。ですから、都政改革本部を作り、変えなければならないことから手をつけました。私の最大の武器は情報公開。これまで不透明だった部分や問題点を明らかにしたい。そして、私自身の仕事ぶりや政策もオープンにします。都民の皆様から厳しい目が向けられるかもしれません。しかし、「その目こそ私を支えてくれる最大の力になる」と思っています。振り返ってみると、私は1971年のアラブ留学を手始めに、10年に1度くらい崖から飛び降りるような人生を送ってきました。何か一歩踏み出す時にはリスクを伴うものですが、私は「えいや」と飛び込む。失うものが無いからです。「若しも今回、都知事選に落選していたら?』とよく問われますが、「今、親戚の家族と一緒に住んでいて、1歳と3歳の子がいるので、“保育ばば”をするか、またアラブへでも行くか、べンチャーで起業でもするか」と考えていました。勿論、選挙には全力で臨みましたが、“まさか”の覚悟があれば、意外と恐れるものはありません。今後、どんな崖から飛び降りることになるのか、それは未だわかりません。政治活動を続ける中で色々な思いが次第に溜まっていき、その時々で最善の判断をしてきたつもりです。先ずはこの先の4年間、東京オリンピック・パラリンピックの2020年に向けてべストを尽くします。皆が心配するくらい働きます。職員は帰しますけどね(笑)。 (東京都知事 小池百合子)


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