【2017年の日本はこうなる】(04) 尖閣問題で日本がやってはならないこと

20170104 04
日本は、非常に奇妙な問題に直面している。それは、隣国である中国が、強大で外交的に狡猾だから危険なのではなく、寧ろ不安定で、外の世界を理解する能力が低いからこそ、危険な存在であるという問題だ。中国は莫大な人口と広大な領土を抱え、その経済の成長は鈍化したものの、拡大し続けている。しかし、その対外政策は、アフリカの独裁国家の小国のように不安定だ。抑々彼らは、この15年間に“平和的台頭”という協調路線から、力による拡大、そして相手を選んでの威嚇路線と、3度も対外政策を変えている。普通の国ならば20年・30年に1度行うような対外政策の大転換を、驚くべき頻度で行っているのだ。そうした外交政策の不安定さに加え、今、進行しているのは、中国の政治・社会自体の不安定化だ。経済の急速な変化は、当然、社会の変化を伴う。しかし、中国の独裁体制はそれほど変わっていない。ここに大きなギャップが生じていた。現在は、そのギャップが益々拡大している。その原因は、逆説的に響くかもしれないが、経済成長の鈍化である。何故なら、鈍化した経済は混乱を巻き起こし、それが構造変革へと繋がるからだ。経済の鈍化は、多くの失業者を生む。失業は、人々の生活に変化を強制することになる。それは当然、「今の経済社会のシステムを変えよ」という要求となって、北京政府に対応を迫るのだ。習近平の仕事は日々、難しくなっている。独裁体制を支えてきた共産主義というイデオロギーの力が、長期的な減退に直面している。それを補ってきたのは、言うまでもなく経済成長であり、国民の賃金や収入の上昇だったのだが、それも止まってしまっている。また、権力を最大限に集中化させる為に、習近平は江沢民や胡錦濤といった嘗ての権力者を信奉してきた人々を粛清してきた。それが汚職撲滅だった。そして、代わりに自分の信奉者をリクルートし、権力基盤を固めようとしてきたのである。ところが、2016年の現在、このプロセスは危機に直面している。それは、中国政府の高官たちが、習近平の信奉者として名乗りを上げるのを躊躇するようになったからだ。習近平の残りの任期は、もう6年を切っている。すると、高官たちが考えるのは“その後”のことだ。

若し今、習近平に従えば、6年後、習の後継者による“粛清リスト”に名を連ねることになる。すると、その後に仕事を失うだけでなく、犯罪者として収容されたり、家族や一族まで被害に遭うかもしれない。習近平は汚職撲滅を掲げているが、中国の政治システムが汚職で成り立っていることは変わらない。習一族が極めてリッチであることは周知の事実である。粛清の種は幾らでもあるのだ。その為、中国共産党の幹部や政府高官たちは取り敢えず、党の仕事等は続けるが、目立たないように活動し、余計な発言をして注目を集めるようなことは避けている。だからこそ、習近平の改革プロセスは突然止まったのである。つまり、習は後継者を育成し、彼らを自らの統治に効果的に動員することができなくなっているのである。勿論、習近平もそれをよくわかっている。そこで、彼は“核心的リーダー”になろうとしている。核心的リーダーとはつまるところ、毛沢東や鄧小平のような存在だ。政治的な任期を終えた後でも引退はせず、終身、政治的な影響力を保ち続けるのである。江沢民が政権を引き継いだ時、鄧小平が何をやったのかを思い出してはしい。鄧小平は1989年に引退したが、その後、死ぬまでの8年間に亘ってボスとして君臨し続けた。当然、彼の信奉者たちも粛清を免れた。2016年、習近平の支持者たちが挙って習を“核心”と呼び出したは、その為である。恐らく、その次に来るのは抵抗と混乱だろう。習近平が核心的リーダーとなることは、彼の信奉者以外には耐え難いことだ。その抵抗を察知して、習近平自身も“核心”という言葉を使ってはいるが、自分ではそれを明確に定義していない。こうして、習近平の統治能力は減少しつつある。勿論、中国専門家は、この事実に気付き始めている。中国外交の顕著な特徴は、隣国を完全に見誤る伝統を持っていることだ。実は、大国にとって“外国のことを知らない”のは、決して珍しいことではない。何故なら、大国は自国から遠い地域でも活動しなければならないからだ。例えば、アメリカはアフガニスタンやイラクを完全に見誤ったりする。それは、自国からあまりに遠い為でもある。しかし、中国は直ぐ隣の国を読み間違えるのだ。その典型がべトナムであり、日本である。2014年、べトナム沖に中国が石油プラットフォームを確保しようとして、ベトナムと対立した時、中国は「船の数で圧倒すればべトナムは引き下がる」と思っていた。ところが、べトナムで中国人旅行者や商店に対する暴動や焼き討ちが起こり、中国は撤退せざるを得なかった。同年、中国は日本に対し、「尖閣諸島が係争地であることを認めよ」と主張し、安倍首相に対して「靖国に参拝しないことを公式に発表せよ」と迫ったが、殆ど成果を挙げることはできなかった。日本を完全に見誤ったのだ。習近平を始めとする中国の政治指導層は、無数の国内問題に対処するのに追われ、外の世界に目を向けられていない。

例えば外交部は、中国での真の決定機関である常務委員会には繋がっていない。従って、国外の情勢や、自国が置かれている情勢認識に欠けているので ある。中国政治は、外の世界から孤立したところで運営されているのであり、結果として、対外政策において不安定と無能さが表れてしまうのだ。日本にとって、これは明確な意味を持つ。中国は巨大な国ではあるが、外国を理解する能力が極めて低いということだ。例えば、領土を巡って日本とロシアが深刻な緊張関係に陥ったとする。それでも、ロシアの場合は日本の立場を正しく理解するであろうし、例えば現場の兵士が冒険的なことを試みれば、その部隊は「中央政府の方針に従わなかった」という理由で処分が下される可能性が高い。つまり、ルールの共有が可能だ。ところが、中国は違う。彼らは外の世界を知らないのだ。この特殊性が、中国の決定的なリスクなのである。では、日本がなすべきことは何か? それは、中国に対する“曖昧な態度”を極力排除することだ。中国に対して“曖昧さ”を残しておくと、それは大きな勘違いに繋がる。例えば、先に述べた石油プラットフォームを巡るべトナムとの衝突で、中国の勘違いを引き起こした一因は、べトナムの“曖昧な態度”にあったと言えるだろう。というのも、事態が衝突に至る少し前、べトナムは中国共産党の外交担当の要人たちの訪問を受け入れていたのである。中国は、党が独自に外交部局を持って外交をしている。嘗て、海外の共産党政権――つまりポーランド・東ドイツ・チェコスロバキア等との外交を仕切っていたのは、党の外交担当者たちだったのだ。今、残された共産党政権はキューバとべトナム、それに北朝鮮だけだが、北朝鮮とは共産党間の付き合いは無い。しかし、べトナムとは党同士の付き合いが深い。そこでは“同胞”という言葉が使われ、中国が“兄”でべトナムが“弟”とでもいうべき関係が離持されており、この時の訪問でも、べトナム側が中国からの支援に感謝を表明したのである。こうした態度こそ、北京側が勘違いする“曖昧さ”に繋がっている。北京側は、べトナム側が所謂“冊封体制”的な関係を「受け入れた」と考えてしまったのだ。つまり、「べトナムは“ミックスシグナル”を発した」と言っていい。私は何も、日本に対して「中国を挑発せよ」と言いたい訳ではない。「中国に対する“曖昧な態度”は禁物だ」と言いたいのだ。ここで最も注目すべき例は、やはり尖閣だろう。現在の尖閣の状況は極めて危険であり、大きな事故や事案に繋がる可能性を高めてしまっている。その理由は以下のようなものだ。これまで日本政府は、中国側の漁船が尖閣周辺の接続水域の中で操業するのを許してきた。同時に、日本の漁船もこの接続水域の中で操業してきたが、操業数では中国側に圧倒されている。これが私の言う、危険な“曖昧さ”なのである。この事態を、習近平の立場から考えてみよう。

彼の党内での立場は、それほど強固ではない。その不安定さが更に嵩じた場合、国内の求心力を高める為、いざとなったら対外政策で大胆な賭けに出ることも考えられる。軍事的な冒険に出ることもあり得るのだ。日本政府の現在の方針は、「尖閣の接続水域内で中国漁船の操業を許す」というものだ。そして、これは日本の当局側の許可を必要としない。これが意味するのは、「習近平が決意さえすれば、いつでも漁民を尖閣に上陸させることができる」ということだ。習からすれば、これを実現させる為に日本と交戦する必要もなく、軍事計画やインテリジェンスも不要な、極めてローコストな作戦である。何人かの漁民に対して、「上陸しろ」と命じればいいだけの話だ。中国の漁民が尖閣に上陸し、中国の国旗を上げ、「再占領した」と宣言しさえすればいいのである。これこそ、日本側が避けなければならない事態であるが、中国の政治的な状況を考えれば、起こり得ないことではない。危険なのは、この日本の“曖昧な態度”が、「日本は尖閣を放置している」と中国側に勘違いさせるメッセージになってしまうことなのだ。日本がこの“曖昧さ”を排除する為に中国漁船の取締りを始めれば、中国は「日本が“現状維持”の状態を破壊した」と批判してくるだろう。それでも、日本はこの“曖昧さ”のリスクを十分に認識しておく必要がある。勿論、日本側にも不測の事態に備えた計画はある。警察官を漁民の逮捕に向かわせることもできるし、九州にある水陸両用作戦用の上陸部隊が尖閣を取り戻すことも可能だろう。しかし、そうした非常作戦には、天候や相手の抵抗等の複雑な状況、更には本格的な戦闘等へのエスカレーションといったリスク拡大の可能性が付き纏う。日本は、このようなどう転ぶかわからない軍事、及び準軍事的な活動――つまり、“戦術面での不確実性”を含む計画に頼るべきではないだろう。繰り返すが、中国には“曖昧な態度”を、互いの状況を見極めて正確に理解する能力を期待することはできない。武力衝突等の“不測の事態”にも、同様のことが言える。彼らは“勘違いする能力”を持っているのであり、隣国でさえも勘違いしてしまう極めて特殊な存在なのだ。では、尖閣において日本が取るべき“曖昧ではない態度”とは何か? 私は、「最良の策は、日本側が尖閣に武装した人員を常駐させることだ」と考える。名目としては、“環境保護”等でも構わない。海洋保護調査員でもいいし、サンゴ礁・漁業保護調査員でもいいだろう。しかし、必ず武装させるべきだ。最も重要なのは、“曖昧さ”を排除することなのである。こうしたやり方は、中国以外の国、とりわけ普通の“大国”に対処する場合に不適切なものかもしれない。しかし、中国は“普通の大国”ではない。常に“勘違い”や“冒険”に陥る不安定な国なのだ。尖閣に日本側が“調査員”等を置くことによって、彼らの勘違いに基づく“冒険”を阻止することができるのである。 (『戦略国際問題研究所』上席顧問 エドワード・ルトワック)


キャプチャ  キャプチャ

スポンサーサイト

テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR