【2017年の日本はこうなる】(07) テロの世界的拡散…その先には何があるのか

20170104 07
2016年を通じて、“ジハード主義”に触発されたテロが世界各地で生じた。嘗て、聞きなれない言葉だった“グローバルジハード”の存在は広く認知され、それに対する恐怖は、国際社会の日常に定着した。欧米、特に西欧諸国で、中東や北アフリカの出自を持つ人物が、個人或いは少人数で、平穏な日常生活を送る一般市民に向けて、銃撃や自爆を行う事例が相次いでいる。それらの事件の一部を、ここに列挙してみよう。先ず、グローバルジハード時代の到来を世界に印象付けたのは、2015年11月13日にパリで起きた連続爆破銃撃事件だった。移民も多く、活気に溢れたエリアのカフェ・劇場・国立競技場等を襲い、日没後の娯楽に興じる一般市民を無慈悲に殺戮した同事件は、先進国の平穏な日常の中に突如、シリアやイラクの内戦の場面を現出させるグローバル化の負の側面を明らかにした。この年の1月には、既にシャルリーエブド襲撃事件が起きていた。しかしその際は、フランスの風刺新聞『シャルリーエブド』に掲載された風刺画のどぎつさこそが恰も問題の“原因”であり、“責任”の一端でもあるかのように論じられ、「表現の自由に制限はあるか?」「イスラム教への侮辱は許されるか?」といったところに論点がずれてしまっていた。また、フランスの移民統合の不全という政策の失敗や、フランス社会の側の問題として論じられがちだった。しかし、あらゆる対象に辛辣で攻撃的な風刺を向けるシャルリーエブドに対して、風刺された他の主体は暴力によって対抗している訳ではない。イスラム教の規範に反する存在を実力で制圧するジハードの理念が、グローバル社会の各地で様々な主体によって実践されてしまうことで、秩序が脅かされるという事態の実相を見据える議論が、必ずしも広がらなかった。「容易に解決策の見い出せない根本的な問題から目を背けた」と言えよう。前述のパリ連続爆破銃撃事件により、事態は、何らかの非がある主体への半ば止むを得ない懲罰等ではなく、西欧社会の移民を含むグローバルなイスラム教徒のコミュニティーの中に、西欧の社会と人間への攻撃を正当化する思想が広まり、一定数を実際の犯行へと動機付けていることが明らかになった。同事件の関係者が追跡を逃れ、2016年3月22日にブリュッセルの国際空港と地下鉄駅で自爆し、グローバルジハードを支える親族・友人のネットワークの根深さとしぶとさを印象付けた。

2016年のラマダン月に、テロ事件は目に見えて増加した。毎年の断食は、太陰暦のヒジュラ暦ラマダン月に行われる。この年のラマダン月は6月6日に始まり、7月5日の日没に終わった。この間、次のようなテロが相次いだ。6月12日、フロリダ州オーランドのナイトクラブでオマル・マティーン容疑者が銃撃、49名を殺害した。6月13日、パリ近郊のマニャンビルで『IS(イスラミックステート)』に忠誠を誓う人物が、警察官とその妻を殺害した。6月21日、ヨルダンとシリアの国境にあるルクバーンのシリア難民キャンプの付近で、ヨルダン治安当局の施設に対して自動車爆弾による自爆テロが発生。6月27日、レバノン北部・べカー高原のシリア国境に近いキリスト教徒のカーア村で計8回の自爆テロが発生。同日、イエメンのハドラマウト県ムカッラーで、軍・警察施設への連続自爆テロが行われ、43名以上が殺害された。6月28日、イスタンブールにあるアタチュルク空港で、3名の実行犯が銃撃を行った上で自爆。同日、クアラルンプールのナイトクラブで、シリアのIS戦闘員から指令を受けた2名の犯人が手榴弾を投擲し、8名が負傷した。7月1日、ダッカでカフェ『ホーリーアーティザンべーカリー』を5人の犯行グループが襲撃し、銃撃によって20名を殺害した。7月3日、バグダッドのシーア派地区で、自動車爆弾による自爆テロが発生。290名以上が死亡した。続いて、バグダッド各地で少なくとも3回の爆破。17名以上が死亡した。7月4日、サウジアラビアのジェッダにあるアメリカ総領事館付近のモスク周辺で自爆テロが発生。同日、メディナの預言者モスクで治安部隊の司令部に対する自爆テロが発生。東部州のカティーフでは、シーア派のモスクで自爆テロが発生。これに先立ち、ISのアブー・モハメド・アル・アドナーニー広報官は、ラマダン月のテロの呼びかけを行っていた。個々の事件に、ISによる直接の支援があったかどうかは定かでない。インターネット上でのジハードへの参加の呼びかけに、各地で不特定の個人や小集団が呼応し、置かれた状況に応じて、異なるやり方で異なる対象にテロが実行されていった。これらの事件の中には、元来、内戦・紛争・宗派エスニシティー間の緊張が絶えないイラクやシリアやレバノン等の事例も混じっている。しかし、西欧諸国や、ダッカの外国人が多く集まるカフェでの事件は、ジハードによる異教徒や不信仰者への懲罰・制圧という観念を、個人や小集団で実施したと見られるものである。それをIS等がメディアで称揚することで、点としての個々の事件が、グローバルジハードの現象の一部として認識されていく。ラマダン月が明けた後にも、事件は続いた。特に7月の後半は、フランスとドイツで連日のように事件が発生し、バカンスの季節は緊張に包まれた。それらの一部にはISとの関連が定かでないものも含まれるが、相次ぐテロ事件に刺激され、触発されたものと考えられる。

フランスではニースとルーアン近郊で、一方では歩行者の大量殺害、他方ではカトリック神父の喉を切る殺害という、何れも社会の動揺を誘う事件が起きた。7月14日、ニースの海岸通りの歩道でトラックが暴走し、84人が死亡した。7月26日、ルーアンの南郊にあるサンテティエンヌデュルブレでカトリック教会への襲撃・立て籠もり事件が発生し、神父は刃物で喉を切られて死亡した。他の人質1人も重体となった。ドイツでは、1週間の間に移民系や難民による暴力事件が4件も発生した。7月18日、ドイツ南部・バイエルン州のヴュルツブルクの近距離電車の中で、アフガニスタン難民の17歳の青年が斧とナイフで香港からの旅行者家族を襲撃。7月22日、同州ミュンへンのショッピングモールでイラン系の青年が銃を乱射し、9名を殺害した。その内の8名がトルコ系であった。7月24日、同州アンスバッハで、移民申請を却下されたシリア移民が自爆して死亡した。同日には、ドイツ南部・バーデン=ヴュルテンベルク州のロイトリンゲンで、シリア難民の男が鉈で女性1名を殺害する事件も起こった。ここには、ミュンへンの銃乱射事件のように、宗教的なジハードの理念よりも、西洋近代の人種主義に影響を受けて、特定のエスニシティーに攻撃を向けたと疑われる事例も含まれている。しかし、移民・難民に門戸を開いてきた『ヨーロッパ連合(EU)』の政策や、近年、難民の受け入れを積極的に主導してきたドイツのアンゲラ・メルケル政権に大きな打撃となった。ドイツでは、2015年12月31日から2016年1月1日にかけて、多数の北アフリカ系移民によって行われたとみられる『ケルン大晦日集団性暴行事件』が起きていた。アラブ諸国でしばしば見られるのは、イスラム教の教義に基づき、男女を隔離して女性の尊厳を守る義務が親族男性に強く規範化され、実施されている反面、隔離されずに「“慎しみ深い”態度を取っていない」と見做された女性の尊厳は「既に失われたものである」と捉えられ、不特定多数の男性から性的な対象として扱うことが“許容された”と受け止められる事象である。この現象が移民によって西欧へ移動し、異なる社会規範の下で“肌も露わに”街を歩く女性と接することになり、SNSによって結集する手段も得たことで発生したものと考えられる。このことは、人権の理念を掲げて難民の受け入れを主張し、移民を自由で平等な社会に統合することが普遍的に可能と考えるドイツの市民社会をぐらつかせた。このように、各地で事件として生じ、各国の政治と社会を揺るがしているグローバルジハードとは何だろうか? イスラム教は、その成立の段階から、軍事的なジハードによる異教徒の制圧や、政治権力の掌握による異教徒の支配という要素を不可分に有しており、そのことを教義上、全く忌避していない。“神の言葉”と信じられるコーランと、預言者の言行を記録したハディースによって、イスラム教の根本の部分に軍事的な規範が組み込まれている。異教徒に対するイスラム教の側の優位性と支配の確立は、信者への義務として規定されているものと理解される。

宗教規範の軍事的な部分は、歴史上、多くの場合は、イスラム諸国の権力者の主導の下で実践されてきた。イスラム教徒が世界各地で多数を占めるだけでなく、政治権力を有して異教徒を支配下に置き、外部の異教徒に対して軍事的に優位に対峙し得ていた時代は、イスラム教の理念と現実にそれほど食い違いは無かった。しかし近代には、西洋起源の国際システムが地球を覆い、イスラム世界の諸国民は、掲げる価値規範においても、軍事力や経済力や科学技術といった物理的な力においても、劣勢に立たされることになった。この屈辱への反発は、一方で反植民地主義や民族主義の運動に繋がり、他方で「西洋化を通じた思想や社会の改革により、自由と尊厳を回復しよう」とする動きにも繋がった。20世紀の前半から半ばまでは、西洋化改革が各国でかなりの力を持ち、改革を先導するエリートの指導力が、国単位でそれなりに発揮されていた。反植民地主義や民族主義の闘争においても、一定の思想改革や社会改革は不可欠とされ、近代的規範がある程度受容された。ジハード主義は、近代的な改革がある程度進み、またその限界が明らかになった時に台頭した。当初は、自国の統治者がイスラム教徒を名乗っていながら、「実は異教徒の支配に服している」と社会で広く見做されている時に、反体制勢力が自国の統治者に刃を向ける根拠となっていた。ジハード主義とグローバル化が結び付いたのがグローバルジハードである。移民により、イスラム教徒の共同体は中東・南アジア・東南アジアに止まらず、キリスト教や無宗教が主体の西欧社会に広がった。以前であれば、移民はホスト社会の規範を教育やメディアから受容して、速やかに統合されただろう。しかし現在は、メディアがグローバル化し、ヨーロッパの移民は、出自であるイスラム諸国からの宗教規範の伝播に曝される。一定数がジハードの規範を深刻に受け止めて、異教徒の地で実践することを完全に阻止するのは困難である。『アラブの春』による政権の動揺と社会の分裂が齎したシリアとイラクでのISの台頭と領域支配の確立は、グローバルなジハードを活性化させた。欧米出身の戦闘員を帰還させ、内戦の現場で鍛えた戦闘能力を無防備の市民に対して用いれば、小規模の集団による攻撃で容易に多数の犠牲者を出すことになる。グローバルジハードには、明確に敵と味方を画す境界線や領土が無い。グローバル化は、ジハードの“前線”を、移民を受け入れた西欧社会の内側に引き入れた。ジハードの主体は国ではなく、多くの場合は明確な組織ですらない。斑状にジハードを志す小集団や個人が社会に広がり、突如として行動に出る。このことが広める恐怖心と、それによる過剰反応こそが、問題の核心だろう。個人や小組織が自発的に行うテロは、社会インフラを崩壊させたり、政権を打倒したりするような規模ではない。しかし、「平穏な市民生活の中で、隣人が突如として攻撃の刃を向けてくる」という事態の齎す心理的効果は大きい。 (『東京大学先端科学技術研究センター』准教授 池内恵)


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