【管見妄語】 三頭立て馬車

2016年の世界を振り返った時、最も大きな事件と言えば、6月のイギリスEU難脱決定、及び11月のアメリカ大統領選でのドナルド・トランプ勝利であろう。世界に激震を与えた。番狂わせに大慌てとなったメディアや評論家は、本音を吐き始めた。と言っても、各国の各メディアから多様な視点が出された訳ではない。少なくとも、先進各国ではほぼ1つの視点しか出なかった。先進国のエスタブリッシュメント(支配階級)が共有する視点である。彼らを産み育て、彼らに最も好都合で、彼らがまき散らしてきたグローバリズムの視点であった。イギリスの国民投票でも、アメリカの大統領選でも、先進国のメディアは挙って残留派やヒラリー・クリントン候補の有利を報じたどころか、アメリカのトップ100の新聞の内の99紙が、中立をかなぐり捨ててヒラリー支持を表明した。「高学歴で理性のある人々が残留派でありヒラリー支持派で、移民により職場を奪われそうな低学歴低所得労働者や差別主義者、それに大英帝国や嘗てのアメリカの夢に縋る頑迷固陋な老人たちが離脱派でありトランプ支持派である」と喧伝した。離脱決定やトランプ勝利の直後のメディアの狼狽ぶりは見物だった。「感情が理性に勝った」「ポピュリズム(大衆迎合主義)の怖さ」「国中に溢れる後悔」等と、両国の選択に失望し、愚弄した。この20年余りの間、世界を牽引してきたのはグローバリズム(※ヒト・カネ・モノが自由に国境を超える。その為の小さな政府・規制撤廃・自由競争等)だった。これを推進してきたのはエスタブリッシュメント――即ち、利得者とも言える政官財、そしてそこに寄り添うことで恩顧を得ようとしたメディア・御用学者・評論家等であった。彼らは、グローバリズムの為の“改革”を次々に煽り、実行し、国富を1%の富裕層と大資本に集中させた。

福祉切り捨てや、競争社会による弱者の量産に対する人々の不平不満を散らす為の手段として用いたのが、“ポリティカリーコレクト(PC)”だった。これに抵触する言葉・人間・組織等は、徹底的に糾弾された。政治家の取るに足らない失言に騒ぎ立て、言葉狩りまでが行われた。グローバリズムを中心に、エスタブリッシュメントとPCが“三頭立て馬車”となって、世界を引っ張ってきた。EU離脱決定とトランプ勝利は、三頭立て馬車に対する初めての大がかりな反乱だったから、先進国のエスタブリッシュメントは斯くも動揺したのである。その中で、メディア・御用学者・評論家・政官財の密着ぶりも咋になった。彼らは国民にとって殆ど唯一の情報源だから、人々はいつも色のかかった情報に浸っているということだ。小泉構造改革・消費税増税・TPP等、彼らが一斉に支持したから、国民は内容をよく理解しないまま承諾した。国民が常に体制に好都合な方向に導されているというのは、民主主義を根底から揺るがすものである。これでは、グローバリズムの欺瞞に気付き難い訳だ。グローバリズム信奉の学者たちが国民を説得する際に用いたトリクルダウン理論(※「富裕層や大企業等に富を集中させれば、そこから富が滴のように零れ落ち、国民にまで及ぶ」という主張)は、完全に否定された。世界各国で、国民が一部の富裕層と大多数の貧しい人々に分断され、格差は尚も拡大しているからだ。競争社会によるストレスや移民の急増等で、欧米を中心に社会は混沌となった。グローバリズムとは、創始者であるミルトン・フリードマンが言ったように、「国家も民族も力を持たず、1つのメカニズムが世界を結び付ける」というものである。「自国のことは国民の意志で決める」という民主主義とは、元々相容れない。人は祖国で生まれ、その自然で成長し、その文化・伝統・情緒で育った涙を滲ませた存在だ。2つの歴史的事件とは、彼らの「経済メカニズムに支配されてたまるものか」との叫びであった。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2016年12月29日・2017年1月5日号掲載
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