【2017・問う】(01) グローバルvsナショナル、試されるトランプ流――マイケル・サンデル氏(政治哲学者)

ドナルド・トランプ新政権誕生で始まる2017年。世界は大きな岐路に立つように見える。世の中はどう変わり、日本はどう対処すべきか。内外の有識者らに問い掛け、今年を考えてみる。

20170106 05
ドナルド・トランプ氏は、アメリカ大統領選で無礼な発言を重ね、数多の集団を侮辱し、外交や統治について無知を晒した。にも関わらず、当選した。アメリカの中流層と労働者層で高じている、変化を求める強い渇望に結び付いたからだ。一夜で生じた渇望ではない。1980年代以来の新自由主義的なグローバル化の果実が、1%・5%・10%の最上層の手に渡る一方、中流・労働者層は取り残され、「排除された」と感じてきた。大概の労働者の暮らしは良くならず、一部は悪くなった。中流・労働者層は社会で尊重されず、「エリート連中に見下されている」との思いを募らせてきた。怒りと恨みを溜め込み、変化に飢えてきたのだ。トランプ氏は大富豪だが、庶民の怒りと恨みを理解し、それに同調して、はっきりと訴えた。現行のグローバル化は、強烈な個人主義をその哲学としている。アメリカは極端な個人主義に走るようになった。日本はそうでもないが、イギリスやヨーロッパ諸国はアメリカの後を追っている。この間に、人々の生活のあらゆる面がカネで勘定されるようになった。この現象を、私は“市場社会”と呼ぶ。売り買いの対象は、車やテレビだけでない。健康・教育・人間関係にも値が付けられる。市場の値踏みが、人々の暮らしを支配するようになった。市場社会の最中で、カネの無い人々は不幸を痛感している。グローバル化の在り方への怒りや、支配層への恨みを、トランプ氏は理解した。イギリスで『ヨーロッパ連合(EU)』離脱を説いた人々も、ヨーロッパ各地のポピュリスト(大衆迎合主義の)政治家らもそれを理解し、支持を広げている。その処方箋として、トランプ氏は“アメリカ第一主義”という極端なナショナリズムを掲げている。移民を敵視し、国内の不法移民1100万人の追放を視野に置き、対メキシコ国境には「壁を築く」と発言している。アメリカは、セオドア・ルーズベルト大統領(在任1901-1909年)以米、1世紀余り、国際社会で主要な役割を演じてきた。世界に十分に関わってきた。トランプ氏の下で、アメリカは内向きになるのか? 同氏は、選挙戦の物言いでは、世界からの撤退を望んでいた。大統領としてはどうか? 新政権の外交は予測し辛い。それだけに不安だ。アメリカは「正解がわかっているのは自分だ」と主張して、他国の政治や民主主義の在り方に口出しすべきではない。しかし、世界から手を引くべきではない。同盟国を尊重し、世界に関与し続けることが重要だ。

民主主義の力強い実例を世界に示すことが、アメリカにとって大切なのだ。“アメリカ第一主義”はショック療法かもしれないが、成功するとは思えない。新自由主義的なグローバル化の行き過ぎに対して、正しい解答ではないからだ。「新自由主義的なグローバル化こそが、未来に通じる道だ。なすべきは、資本・モノ・人の自由な流れを阻むものを取り払うこと。そうすれば、資本主義と民主主義が進歩する」。そう、我々は想定していた。それは、1989年の冷戦終結と1991年のソビエト連邦解体で確信に変わった。――間違いだった。行き過ぎた市場社会に対し、米欧で怒り・恨み・抗議が広がる。アメリカやヨーロッパのポピュリスト(大衆迎合主義者)らは其々、極端なナショナリズムに訴え、移民を敵視し、自由貿易に反対する。昨年、イギリスの国民投票でEU離脱派が勝ち、アメリカの大統領選でトランプ氏が勝利した。ポピュリズムには勢いがある。反移民・反EUの極右ポピュリスト政党は、今春のオランダ総選挙・フランス大統領選挙で勝利する可能性さえある。「民主主義に未来はあるのか?」。これが、今日の大きな問いだ。勿論、未来はある。民主主義は終わらない。しかし、「米欧流の民主主義は更に進歩し、世界に広がっていくのが当然だ」と呑気に信じてきた第2次世界大戦後からの時代は、終わりを迎えている。不平等が極端に広がる中で、市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を難持するのが難しくなる。このことを我々は学んだ。この市場社会は、市場経済と区別して考えるべきだ。市場経済は生産活動を系統立てる有効な手段で、世界の国々に豊かさを齎した。民主主義を力強いものにする為には、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。「正義に適った公平な社会に住んでいる」と、人々が実感することが必要なのだ。民主主義には正義が大切なのだ。どうすれば良いか? 1つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう1つは、国家が公共財を充実させて、「地域・国家に帰属している」という安心感を国民に与えること。家族から出発し、地域社会の結び付きを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民の為に機能させる方法を見い出すことが重要だ。トランプ氏は人々の怒りと恨みを理解したが、人々の連帯感を生み出し、資本主義の果実が皆に行き渡るような社会が今、必要なことは理解していない。社会の繋がりとは何か、正しい社会とは何か、社会はどうすれば纏まるのか、ニューテクノロジーの時代に労働の尊厳をどうやって回復するのか。そして、こうした問題に際し、国家の役割は何か――。民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で議論することが一層重要になっている。 (聞き手/編集委員 鶴原徹也)

20170106 06
■日本は今こそ国際主義を取るべきだ  山崎正和氏(劇作家・評論家)
日本は国際主義を叫び続けるべきだ。それ以外に、日本が生きる道は無い。仮にアメリカ軍駐留経費の増額を求められた場合、厳しい交渉はすべきだが、安保体制を壊してはならないし、壊れることはないだろう。トランプ氏が言ったように、日本は核を持って自立できるだろうか。今の世論が許さないだろう。核を持たない以上、アメリカの核の傘が不可欠なのは自明だし、他方、日本がアメリカの防波堤になっていることは、誰でも知っている。日本だけがそれを叫んでも駄目だが、アジアには、アメリカを軸にしたスポーク外交や同盟で国を守ろうとしている国は多い。『北大西洋条約機構(NATO)』諸国も同じだ。だとすれば、今後もアメリカの関与を求める声が、世界の世論になっていく可能性がある。安倍首相が『環太平洋経済連携協定(TPP)』の批准を選択したのは正しい。締約国の中で2番目の大国である日本が、「アメリカの離脱はおかしい」と主張する必要がある。アメリカの離脱によってTPPが発効できなくなったとしても、日本が批准した事実が残ることが大事だ。

今後、中国・インド・韓国等と共に、『東アジア地域包括的経済連携(RCEP)』を結ぶにせよ、嘗てのTPP仲間がいれば、発言権は強い。日本は、しばらく辛抱の時期だ。トランプ氏が大統領として実際に権力を行使する立場に立てば、経験と知識のあるスタッフの補佐を受ける。それにより、トランプ氏が除々に変化する可能性はあろう。日本は諦めないことが大切だ。他方、現在のグローバリゼーションに本質的な問題があることは確かだ。富の分配はグローバルで行われても、再分配はナショナル(国内)で行われている。このズレが、EUの動揺にも繋がっている。国民国家は未だ強いから、その力でグローバル市場に対抗することはできる。グローバル化と格差問題が並行して起きているが、格差は国家の手で縮められる。仮に、世界の36人が36億人分のお金を持っていたとして も、その富を福祉と先端技術開発投資に誘導すればよい。アメリカには“良心的億万長者”というグループが生まれ、「アメリカを少し平等にしよう」という運動がある。日本の場合、累進課税を少し強めるのは、消費税見直しよりも抵抗は少ないと思う。ただ、日本はアメリカや中国に比べれば平等な国だから、そんなに劇的なことは起こらないだろう。極論を言えば、富裕な個人の預金と、企業の内部留保に課税する方法もある。各国が法人税の引き下げ競争を進めたら、どん底まで行く。世界中の政治家がどんなに愚かでも、それを無限にやってはいけないことぐらいは理解できよう。タックスへイブン(相税回避地)で行われていることは犯罪に等しい。国際社会が結束して、制裁を加えるべきだと思う。何れにせよ、「一国主義に未来は無い」ということだ。 (聞き手/編集委員 笹森春樹)

20170106 07
■ポピュリズムは勢いを増すのか?
ヨーロッパは今年、民主主義の分水嶺になる。カギを握るのは3人の女性だ。『フランス国民戦線(FN)』のマリーヌ・ル・ペン党首(48)、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(62)、そしてイギリスのテリーザ・メイ首相(60)。 ルペン氏は今春、フランス大統領選を戦う。国民戦線は、反移民・反自由貿易・反ユーロを主張する右翼ポピュリスト政党。イギリスのEU離脱とアメリカのトランプ現象が追い風だ。与党の社会党は、勢いを全く失っている。有力候補はルペン氏と、野党で中道右派である共和党候補のフランソワ・フィヨン元首相に絞られる。国民戦線は、自由・平等・博愛というフランス革命以来の国是に反する人種差別的な政党として、政界主流には忌み嫌われてきたが、ルペン氏は近年、穏健路線で党の装いを変えた。フィヨン氏優位が常識だが、英米同様の異変が起きないとは限らない。その場合、ルペン氏はEU離脱を問う国民投票を実施する。ヨーロッパ統合の中枢であるフランスが離脱すれば、EUは崩壊する。メルケル首相は今秋、4選に挑む。「最も難しい選挙になる」と認めつつ、「私たちの価値観・私たちの生き方を守る為」に出馬を決めた。英米の右翼ポピュリズムの勝利に危機感を抱き、ドイツを民主主義の防波堤にする為の決断と受け止められている。

ただ、4選は盤石ではない。難民100万人受け入れ問題を巡り、陣営内に不満が燻る。長期政権への飽きもある。“経済と治安の守護者”との評価は、昨年末にベルリンで発生したテロ事件で揺らいだ。一方、反移民・反イスラム・反EUを唱えて台頭する右翼ポピュリスト政党『ドイツのための選択肢』は、“メルケル降ろし”に躍起だ。同党は、ナチスの罪を猛省し、ヨーロッパの枠内で行動することを是としてきた戦後ドイツの政治潮流から逸脱している。イギリスのメイ首相は今春、EUに離脱を通告し、2年間とされる離脱交渉の道を歩む。離脱か残留かで国は二分し、与党の保守党も割れた。メイ氏は、離脱の旗を振った右翼ポピュリストらを鎮め、イギリスが内向きにならないよう、“混乱の無い離脱”を導く重責を負う。一方、EUはイギリスの離脱をEU解体の始まりにしない為に、イギリスに容赦なく当たる。加盟国内の右翼ポビュリズムの動静を睨みつつ、離脱気配のあるイタリアへの警告とする為でもある。必然的に交渉は厳しくなる。イギリスの離脱派が大反発すれば、混乱は必至。右翼ポピュリズムは更に勢いを増し、それに連動して、スコットランド独立の機運が改めて高まることになる。今年は、EUの母体である『ヨーロッパ経済共同体』を設立した『ローマ条約』調印60周年に当たる。20世紀の2つの世界大戦の原因となった過度のナショナリズムを、曲がりなりにも封印してきた60年であり、民主化の流れが少なくともヨーロッパでは自明だった60年でもある。だが、仏独英というヨーロッパの3大国で、程度の差こそあれ、右翼ポピュリズムが新たな潮流として定着しそうな年になりそうだ。 (編集委員 鶴原徹也)

20170106 08
■習近平国家主席は何を目指しているのか?
荒ぶる中国の動きは、アジア地政学における最大の関心事である。唯一、それを鎮める力を持つアメリカのトランプ次期大統領は、個人的な変数があまりに大きく、当面は不確実性に満ちた状況が続くだろう。米中間で突発的な事件が起こるかもしれないし、過渡期の平穏が訪れるかもしれない。ただ、そうした表の事象とは別に、米中関係の深層で進行している歴史的な変動にも、目を向けておく必要がある。震源はトランプ氏ではない。中国の習近平国家主席のほうだ。米中は伝統的に、人権・民主化・法の支配等の価値観を巡って対立する一方、「死活的な分野で利益を交換」(外交専門家)してきた。例えば、中国は1980年代に対ソビエト連邦、2000年代に“テロとの戦い”でアメリカの手を握り、見返りにアメリカ主導の国際市場で大いに稼ぎ、世界第2の経済大国に駆け上がった。“片手で殴り、片手で握手”という微温湯的な“大人”の関係こそ、米中関係の常態だったのであり、過去の両国指導者もそれを自然に受け入れてきた。北京の知識人は、「アメリカ主導の秩序の最大の受益者は、実は中国」と断言する。

ところが、習氏は違う。中国主導の国際秩序構築への野望を隠さない。習氏が2012年11月に中国共産党トップの総書記に就任してから4年余。この間、習政権は、従来通りの態度で中国に接し続けたバラク・オバマ大統領を「弱い指導者」(党関係者)と甘く見、一方的且つ力ずくの手段によって、東・南シナ海で既成事実を一気に積み上げた。習氏は、米中による太平洋の勢力圏分割を誘うかのような発言さえした。今秋に開かれる第19回党大会で、現行秩序を壊してきた習氏の“1強”体制は更に強まるだろう。そんな習氏が最も気にしているのは民衆だ。元々、政治基盤が強くはなかった習氏は、民衆の歓心を買い、これを味方につけ、自身の権力奪取に利用した。長く、暗い経済減速下、労働者の賃上げを断行。柏手喝采を浴びながら、反腐敗闘争で政敵を次々に打倒してきた。“民族の復興”・“大国”といった騒々しい言葉をまき散らし、ナショナリズムを煽った。何のことはない。トランプ氏を大統領に押し上げ、ヨーロッパでも猛威を振るう低成長下のポピュリズムは、習氏の政治手法でもあるということだ。習氏が影響を受ける毛沢東にも、同じ傾向があった。「経済状況がもっと悪くなれば、習氏は民衆の目を外に逸らし、国内の団結を守る為に外に強く出る。そんなものだ」。毛時代を知る古参党員が言う。習氏が内向きの論理で動いている以上、オバマ氏がトランプ氏に代わっても、粗暴な“大国外交”の本質は変わるまい。ワシントンの旧秩序の破壊を宣言するトランプ氏は、既に北京の秩序や米中関係を壊してきた習氏に、どう相対するのか。これまでの常識は通用しない時代が始まる。 (中国駐在編集委員 杉山祐之)


⦿読売新聞 2017年1月3日付掲載⦿

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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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