【2017年の世界はこうなる】(11) トランプ新政権を待つシリアの墓場

20170110 18
シリア北部にあるアレッポの空にビラが舞った。記されていたのは、市民に向けた警告だ。「直ちにここを去らなければ抹殺される。命を大切にしろ」。アレッポ東部地区へのシリア政府軍の進軍が進んでいた。この町で反政府勢力の最後の拠点になっていた地区に撒かれたビラは、2011年以来続いてきた『シリア内戦』で、バシャル・アサド大統領の勝利が近付いていることを告げていた。1年前は、反政府勢力がアレッポを完全に手中に収める寸前に見えた時期もあった。ところが、ロシア軍による大規模な空爆の支援を受けたアサドは踏み止まり、アレッポに攻勢をかけ、この歴史ある町を瓦礫の山に変えた。そして今、町は政府軍によりほぼ制圧されている。アレッポが政府軍の手に落ちても、シリア情勢が安定する訳ではない。アメリカのドナルド・トランプ次期大統領は、バラク・オバマ現大統領同様、この問題に脳まされるだろう。アサドの勝利は、アメリカ政府が望んでいた結末とは違う。穏健な反政府勢力が政権を握り、民主的なシリアを築く――。これが、アメリカ政府の理想の筋書きだった。現実には、イスラム教スンニ派主導の反政府勢力は、概ね過激派集団に変貌している。アメリカ政府には、アサド政権を倒す手だてが残されていない。実際、アレッポ攻撃を激しく非難してきたが、それを阻止する為の行動は何も取っていない。「アメリカは、アサドが再びシリアを支配することを容認する方針に転じた」と、オクラホマ大学中東研究所のジョシュア・ランディス所長は言う。「明らかに、『アサドを追放することのリスクは負えない』と考えている。反政府勢力はあまりに過激で、イスラム主義的だからだ」。

また、あるヨーロッパの高官レベルの外交官は、「この1年ほど、アメリカと同盟国は、2つのことを重んじてきた。それは、テロ組織“IS(イスラミックステート)”と戦うことと、偶発的にロシアとの戦争を始めないことだ」と言う(※「公式にコメントする権限が無い」との理由で匿名を希望)。アサド政権を温存し、ISと戦い、必要に応じてロシアと連携する――。これは、アメリカ大統領選でトランプが主張していた方針と同じだ。「トランプは、アメリカ政府が(少なくともこの1年半に亘り)現実に採用してきた政策を述べていたに過ぎない」とランディスは言う。シリア情勢においては、オバマとトランプの意見が珍しく一致している。2人とも、レジームチェンジ(体制転換)による民主国家の樹立という新保守主義者(ネオコン)の発想には懐疑的だ。そして、アサドよりISを危険視している。「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と連携してISと戦う」というトランプのアイデアも、オバマと一致している。オバマ政権のジョン・ケリー国務長官は、対IS共同作戦について、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣と協議してきた。「(2011年の)“アラブの春”を受けて、体制転換と民主主義の推進を目指したのは、オバマ政権1期目に国務長官を務めたヒラリー・クリントンだった」と、前出のヨーロッパの外交官は言う。しかし、リビアとシリアにおいて民主的で非宗教的な連携相手を見つけられず、2011年の時点でアメリカ政府は体制転換を断念した。アサドの勝利によっても、トランプ政権を待つ状況の難しさは変わらない。政府軍が反政府勢力と協力して、実効性のある新政権を樹立することは考え難いし、アサドの勝利はイランの立場を強化することになる。トランプの側近たちの大半は、「イランこそ、中東でアメリカと同盟国の利害を最も脅かす存在だ」と思っている。今後、シリア問題に関わるトランプ新政権の外交チームは、ロビイストと右派の奇妙な寄せ集め集団だ。「トランプの顧問の1人である前共和党下院議員のジャック・キングストン氏は、シリアの反体制勢力に雇われたロビイストだ」と、『カーネギー国際平和財団』に所属するシリア専門家のアロン・ランドは指摘する。一方、テロ対策のアドバイザーに名が挙がる保守系『FOXニュース』のコメンテーターであるワリド・ファレスは、レバノンのキリスト教系民兵組織の一員だった人物だ。シリアでは、「早い段階でアサドを“始末”しなかった」として、オバマを激しく批判している。尤も、ランドによれば、トランプはこうした面々の主張を評しくは知らないようだ。

20170110 19
ロシア政策では、外交チーム内の足並みの乱れも見える。CIA長官への指名が決まった共和党のマイク・ポンペオ議員(下院)は常々、シリア情勢に関してロシア政府に懐疑的な姿勢を示してきた。「ロシアの真の狙いは、中東に足掛かりを確保することだ」とポンペオは述べている。それに対し、安全保障担当の大統領補佐官を務めるマイケル・フリンは、ロシア政府が資金を拠出するニュース専門局『RT』に度々出演してきた。「ロシアにはロシアの安全保障政策がある。それは尊重すべきだ」と2016年春に述べたこともある。「両国の安全保障政策をどのように擦り合わせるかを考えなくてはならない」。尤も、トランプがアサドとプーチンと取引するとなれば、それはイデオロギー上の理由というより、“現実を追認する”という形になる可能性が強いだろう。ロシア政府とアサド政権が、トランプ政権発足前にアレッポを奪取しようと急いだのは、それが理由だ。「内戦下で生きるシリア国民と、故郷を離れた難民・避難民を救うには、アサド政権を温存する以外に手だてがない」と多くの専門家は言う。とはいえ、政府軍は、これまで膨大な数の一般市民を無差別に殺戮してきた。「(町の状況は)終わりの始まりだ」と、空爆と政府軍の攻勢が続くアレッポでアブドゥラという男性は語った(※制裁を恐れて、姓は明かさないことを希望)。彼は、子供時代を過ごし、大学生活を送った故郷の町を去ることも考え始めていた。「何も残っていない。私たちが知っていた町はもう無い」。シリア第2の都市だったアレッポは、着実に、そして無残に破壊された。先ず市街戦で、その後は樽爆弾で…。政府軍が樽爆弾を使用するのは、できるだけ多くの民間人を殺傷する為とみられている。連日の空爆で、アレッポは巨大な墓場と化した。生き残った人々は医療施設を探し回り、爆撃で学校を破壊された子供たちは、仮設の教室に通う。

2015年9月にロシアが空爆を開始すると、人々は更に困窮した。ロシアは、チェチェン共和国の首都・グロズヌイを陥落させた時と同じ戦略を採用。膠着状態を打破してシリア政府軍を優位に導いたが、民間人の犠牲者は空前の数に上った。空爆を免れた市民が瓦礫の下に埋もれた生存者を助け出そうとすると、ロシア軍機が“止めを刺しに”戻って来て、救助隊を狙い撃ちにするという。更に人々を苦しめたのは、アサド政権による“兵糧攻め”だ。政府軍が包囲したアレッポの東部には支援食料も運び込めなくなり、住民は“服従するか飢えるか”の二者択一を突き付けられた。しかも、医療施設を標的にした空爆が続き、アレッポ市内全域には医師が30人ほどしか残っていない状況になった。人権擁護団体『ヒューマンライツウォッチ』のオル・ソルバンは記者発表で、「こうした攻撃を命令し、遂行した人間は、戦争犯罪に問われるべきだ」と訴えた。トランプは大統領就任後、必然的にシリア問題への対処を迫られる。レバント(地中海東部沿岸)地方に破綻国家が存在すれば、あらゆる関係国が頭を抱えることになる。ISに加わる新兵は増加中だ。加えて、イラク政府軍による北部・モスルの奪還作戦で、ISの戦闘員が多数脱出している。「彼らの一部はヨーロッパや北米に戻り、大規模なテロを計画する」と各国の治安当局は見る。オバマのシリア政策はIS掃討に焦点を置いたものだったが、人道危機がこれほど深刻化した今、次期大統領は最早、この悲惨な状況を無視する訳にはいかない。過激派の根絶と並んで、シリアの人々に緊急人道支援を提供することが、国際社会の最優先課題となる。だが、誰が支援するのか。アサド政権の味方であるロシアとイランは、人道危機を招くことに加担した張本人だ。「アサドは、国家再建を支援してほしいなら、国際社会に頭を下げて頼む必要がある」と、シリア問題を担当する国連高官は本誌記者に語った。トランプにとってそれよりも大きな問題は、アサドの勝利がイランを利することだ。それが面白くないのは、長年に亘ってアメリカと同盟関係を結んできたトルコ、サウジアラビア、カタール等、シリアの反体制派を支援してきたスンニ派国家だろう。オバマは、イランとの核合意にこぎ着けた際、イランと敵対するこれらの国々の説得に最も手古摺った。トランプが核合意を破棄すれば、イランとこれらスンニ派国家の危うい休戦状態が崩れかねない。トランプの公約には、大きな矛盾がある。イランの盟友であるアサド政権を温存する一方で、核合意の見直しではイランを再び孤立させることになるからだ。この矛盾をどう解決するのか。それによって、緊張が高まる中東の2大国に対するアメリカの立ち位置が決まる。そう、これはイランとサウジアラビアの代理戦争なのだ。そこでは、シリアもイラクもISも、只の端役に過ぎない。 (オーエン・マシューズ、ソフィー・スレーター)


キャプチャ  2017年1月3日・10日号掲載

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