日本最強の選挙工作力を誇る『創価学会』婦人部の正体――女性の競争心を煽る巧妙な仕掛け、裏選対本部は学会系の“仏具店”

猛暑の中の参院選、日本列島遍く与野党が舌戦を繰り広げるその最前線で、汗塗れになり、地を這う女たちがいる。公営団地の片隅・下町の路地・商店街の軒先…。そして、海外在住の日本人コミュニティーにも網の目を張り巡らす先鋭部隊。それが、公明党の支持母体にして、日本最大の宗教組織である『創価学会』の婦人部だ。消費税率引き上げの際の食料品等への軽減税率適用に、安全保障関連法での自衛隊海外派遣への歯止め…。公明党が安倍政権の独走を時に抑制してきたその背後には、常に婦人部の影が見え隠れする。創価学会の選挙協力がモルヒネの如く末端神経にまで浸透しきった自民党も、創価学会婦人部の協力抜きには戦えない。安倍内閣の構造を紐解くと、その政策決定に、婦人部は底知れぬ影響力を及ぼしている実態が浮かび上がる。“信心”という衣の裏で策動する“日本最大の選挙マシーン”の虚実に迫る。

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創価学会の定めた『婦人部の日』に当たる先月10日。全国各地の文化会館で、この前後にイベントが一斉に開かれた。その主眼は勿論、1ヵ月後に迫った参院選に他ならない。「さぁ、これから票集めをしなきゃ」。小さな木造住宅が密集する東京の下町から程近い文化会館。創価学会員の両親の下で生まれ育った40代の新井薫(仮名)は、目を輝かせ、声を弾ませた。創価学会では「選挙戦に注力するほど功徳を積む」とされ、宗教活動の重要な柱と位置付けられている。彼女たちにとって、選挙戦は生き様であり、その熱意が選挙活動での疲れを遥かに凌駕するのだ。「朝5時起床、聖教(新聞)配達」――。新井さんの手帳には、余白の無いほど予定がびっしりと書き込まれている。婦人部グループ会合の日時・場所・学会員だが会合への出席を怠っている“未活動家”への家庭訪問・高校時代の友人やパートで知り合った主婦への電話作戦等々。選挙期間中は、学会員以外の一般票(※通称“F票”)の獲得に向けた日程で埋め尽くされる。「スマホで管理したいけど、変更や加筆が多くて、紙の手帳を重宝している」。こう語る新井さんが使っているのは、学会婦人部御用達の『ビクトリー文化手帖』。創価学会創立記念日に合わせ、11月スタートの様式で、選挙の年の手帳は書き込みで真っ黒になってしまう。

婦人部は、1950年代から選挙でのF票の獲得活動を逸早く始めた。その伝統は脈々と引き継がれているが、近年はF票のカウント方法にも変化が表れてきた。関西地方の婦人部幹部は、「精度を上げる為に、2年前の衆院選からF票が細分化された」と明かす。これまでは、「投票をお願いした」というレベルから、「一緒に期日前の投票所に行って、確実に公明党に入れてもらった」というものまで、一括してF票として数えてきた。それ故、選挙期間中に夜な夜な開かれる報告会で「今日は10票」と数字が上がり、日々の数字を全て足した数字が実際の得票数に及ばない選挙区も少なくなかった。この為、投票の確実性で3段階に分ける方式に変えたのだ。創価学会の婦人部は近年、メンバーの会合場所の選定も慎重になっている。“政教分離”批判を意識しているのは明らかで、文化会館での選挙活動を自粛し、聖教新聞販売店や、そこで働く仲間の自宅等に集まる。地域毎の拠点は、全国にチェーン展開する仏具店『金剛堂』だ。創価学会の関連企業で、公明党や支援する候補者の裏の選対本部としての機能を果たすという。「婦人部メンバーがかき集めたF票を集計するのも金剛堂だ」と学会関係者は語る。婦人部は、40歳以上・60歳未満の女性学会員で構成する。これより若くても、結婚すれば女子部から婦人部へ所属が変わる。婦人部の内部は、更に細かく分かれている。若年既婚者は『ヤング・ミセス』なる組織で活動する。既婚の看護師は『白樺グループ』なる職能組織に所属する。他にも、創価学会のグループは数多ある。子供のPTA活動をする『学光会』、同じ集合住宅に住む『団地会』、書道教室で折伏(入信勧誘)をして学会内のサークル活動に導く『筆光会』、その料理教室版の『味光会』といった趣味から導入する一群も存在する。更に、創価学会の関連施設で開く会合の事務方を担う『香城会』、会館の管理や警備に当たる『宝城会』、日蓮の御書を学ぶ『白ゆり会』…。つまり、創価学会の末端組織は、職域・趣味・個人の属性に応じて細分化されているのだ。そして、婦人部の会員は、縦横に交差する網の目の如く、これらの複数のサークルやグループの活動を掛け持ちして、創価学会の屋台骨として機能している訳だ。

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婦人部が産声を上げたのは、1940年に遡る。創価学会の前身である『創価教育学会』の時代で、初代会長は牧口常三郎、理事長は戦後2代目会長となる戸田城外(※後に城聖と改名)である。この年、本部に企画部・教育研究部・青年部・少年部と共に、婦人部が設置された。当初は、女性会員500人ほどの教育サークルに過ぎなかった。後に初代婦人部部長となる柏原ヤス(※学会の女性国会議員第1号)も、戦前加入組の1人。現在の婦人部が実質的にスタートを切ったのは戦後、1951年に52人の婦人代表を集めて『第1回本部婦人部委員会』が開かれた時である。1959年の参院選で、学会員候補6人が当選を果たす。この立役者こそ婦人部だった。東京の下町に在住する古参活動家は、「東京都内では選挙対策の為に、折伏で系列化していた組織を地域割(ブロック制)に変えて、後にこれが全国に広がりました。婦人部は算盤片手に信者数と得票数を弾き、今でいうF票獲得の基盤を築き上げたのです」と往時を振り返る。だが、その光が眩いほど暗い影が付き纏うのは世の常で、この婦人部とて例外ではない。「一旦、会員になって婦人部の活動を始めると、抜けることができない」と、60代の婦人部学会員は漏らす。外で仕事を持つ男性会員と異なり、婦人部の活動範囲は距離的にも人間関係の面からも極めて狭く、そして濃い。しかも、役職を与えて責任を負わせることで、「抜けたい」等と到底言い出せない状況が作られる。それは「クモの巣に捕らえられたようだった」と、元婦人部学会員は回顧する。関東地方のある地域で座談会を開いた時のこと。約30人の出席者の内、無役だったのは3人だけだった。役職のランクアップに比例して責任が重くなり、益々学会から足抜けできなくなるシステムだ。

女性会員の信仰への情熱は、時として他者への攻撃に反転する。典型は、1991年に『日蓮正宗』から池田大作以下幹部が破門されたケースだ。大阪では当時、日蓮正宗寺院・僧侶・信者への攻撃が続いた。「脱会者の経営する美容院に客を装って訪れて、待合席を長時間占拠した。“愛のパトリオット作戦”と呼ばれ、脱会した婦人部員にターゲットを絞り、尾行したり、ポストの中を覗いたりした」と、当時の関係者は振り返る。最近では嫌がらせが表面化するのを避ける為、あまり露骨な言動には出ない。しかし、主婦の狭いコミュニティーだった学会を抜けると、「無視されたり、インターネット上の掲示板で誹謗中傷されたりする」(学会ウオッチャー)。この為、主婦にとって脱会は心理的ハードルが高い。一方、脇目も振らず信心に邁進する専業主婦の婦人部員にとって、男性のように“出世”を自覚できるのが役職であり、責任者を引き受けることは大きな栄誉と受け止められている。彼女たちにとって、先に出世の階段を上っていく人間はライバル。日蓮の教えを学ぶ“教学試験”や財務(献金)等、女性会員同士の競争心を煽る巧妙な仕組みがあるのも創価学会の特徴だ。選挙活動でのF票獲得がこれに加わるのは、言うまでもない。学会の布教方法である“折伏”は、相手の信仰を捻じ伏せ、自身の陣営に引き入れるやり方で、「これで鍛えられた」と称する活動家も年長者には多い。「正しい信仰には必ず抵抗が現れる」という学会の思想が底流にある。要するに、「相手に否定されればされるほど、自己の正当性が証明される」――。この倒錯した理屈が、女性学会員を突き動かす力の源泉だ。「公明党に1票を!」「○○候補を支援して下さい!」「聖教新聞を購読してくれませんか?」。見ず知らずの他人にいきなり、こんなことを求めるのは、社会経験の少ない主婦にとって難業だ。しかし、たとえ1人でも選挙協力者・新聞購読者が得られたとすれば、それは「正義の証明を勝ち取ったことになる」(婦人部幹部)。信仰の為であれば、どんなに拒絶されても面罵されても構わない。いや、寧ろ、その反応こそが、より意欲をかき立てるのだ。

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創価学会は、婦人部が強い影響力を発揮する一方、ポストで見ると、男性が圧倒的に優位に立つ男社会だ。会長も、約300人いる副会長も、全員が男性だ。専従職員4000人の内、女性は1割に過ぎない。幹部として出世していくのは男性が殆どで、ブロック・地区・支部等とピラミッド型に組織された其々の最高責任者にも男性が就く。最小単位のブロックには“白ゆり長”と呼ばれる女性責任者が置かれ、地区・支部・本部・分県と呼ばれる上位組織に其々婦人部長がいる。しかし、それより上の県・方面では女性ポストは存在しない。だが、女性たちは婦人部内で結果を残そうと、日々熱心な活動に邁進している。それでも、「婦人部からはカリスマが生まれない」と学会ウオッチャーは語る。出世の道を限定することで“婦人部のカリスマ”が生まれることを防いできた背景には、これだけのエネルギーを持つ集団が組織を牛耳るような事態を封じる狙いがあるとされる。実際、池田大作が婦人部を監視する為に使っていた組織が存在する。通称『香陽会』――。全国から池田によって一本釣りされた女性「約50人」(同)により組織され、婦人部から自我を持つカリスマが出ぬよう監視するお目付け役だ。その情報は定期的に学会上層部へ報告され、不穏な動きを注視しているという。とはいえ、全てを擲つ婦人部の奔走の賜物で、現在の創価学会は成り立っている。だから、婦人部を掌握できない男性会員に出世の道は無い。1960年に会長へ就任した池田は、狭い婦人部で渦巻く嫉妬を操りながら、求心力を高めていった。婦人部による集票活動の帰趨は、男性会員の出世レースにも大きく響く。池田は、誰よりもその点を熟知していたのだ。

1965年、創価学会は350億円余の浄財をかき集め、日蓮正宗総本山大石寺に『正本堂』という巨大建築物を寄進した。想定の10倍以上のカネが集まったが、“貧乏人の宗教”と揶揄されてきた創価学会にこれほどの財力の源泉があるとは、池田自身考えていなかったようだ。それまで他宗教の金漁りを批判してきた学会は、財力に余裕のある者だけが組織に寄附する“財務部員”制度を敷いてきた。しかし、これ以降、“財務”という名の献金は一般会員にも求められるようになり、ここでの主役も、各家庭の財布の紐を握る婦人部だった。創価学会の会員数は827万世帯という公称だけが明らかにされているものの、実数は600万人との見方が支配的だ。都市部での婦人部の規模は1990年代、最大で東京都10万人・大阪府6万人・神奈川県5万人・埼玉県4万人のデータが残っている。元学会幹部によれば、「現在は当時より1割程度減少している」。其々の都府県の有権者数と比較すると、1%前後だ。一見、少なく感じるかもしれない。しかし、投票率を50%とすると、「100人の内、選挙に行く50人に1人の割合で、死に物狂いの選挙運動をする人がいる」と考えれば、そのパワーが想像できるだろう。この婦人部の深部で、微妙な変化が起きている。直接的な原因は、池田大作の長期不在だ。「信者に降りてくる池田の指導は、本当に肉声なのか?」「過去の池田語録を孫引きして指導する現在の幹部の取り組みが、果たして正しいのか?」――。末端で疑念が生じている。実は、昨年11月に起きた前理事長・正木正明の更迭クーデターにも、婦人部が関係している。直前の9月、婦人部長に永石貴美子が就いた。この人事も、正木を更迭する「布石だった」(同)。正木は近年、「集票等の婦人部の負担を減らそうと動いてきた」(同)。つまり、婦人部の味方であり、実際に支持も受けていた。正木の放逐に成功した事務総長の谷川佳樹は、事前に正木の基盤だった婦人部のトップを挿げ替えた。婦人部には今、上層部への猜疑心が募っているのだ。池田の著作『女性に贈ることば365日』は、婦人部のメンバーに愛読されてきた。その中で池田は、こう鼓舞している。「貴女よ! 貴女らしい美しい地図と幸福の設計図を愉快につくりたまえ! 日々に幸福の命運を積み重ねながら勇敢に生き抜くことだ」。この神通力がいつまで通用するのか。女性パワーを巧みに利用してきた池田教団の戦略は今、重大な転機を迎えている。 《敬称略》


キャプチャ  2016年7月号掲載

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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

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