【ニッポン未解決事件ファイル】(03) 『免田事件』(1948)――無実の男性の34年半を奪った警察の大罪

祈祷師一家が襲われ、夫婦が殺害、娘2人が重症を員った殺人事件である『免田事件』。容疑者として逮捕された免田栄氏は、事件発生から実に34年6ヵ月後、死刑囚に対しては初となる再審無罪判決を勝ち取った。警察の暗部が浮き彫りとなった冤罪事件の真相。 (取材・文/ノンフィクションライター 八木澤高明)

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終戦から3年が経った1948年12月29日23時半頃のこと。熊本県人吉市北泉田町で、日本軍の軍服を着た男に、祈祷師の夫婦が頭や首を鉈でメッタ打ちにされ死亡。14歳の長女と12歳の次女も頭を斬りつけられ、重傷を負った。日を跨いで翌30日午前3時20分頃、歳末警戒に出ていた次男が自宅前で長女の叫び声を聞き、事件が明るみに出た。事件で逮捕されたのは、植林の仕事に携わっていた免田栄さん(当時23)だった。警察は、免田さんが山仕事で鉈を使っていたことからマークしたのだった。ただ、証拠は何も無く、警察は玄米と籾を盗んだとして逮捕し、警察署に連行した。半世紀以上に亘って冤罪の温床となっている別件逮捕であった。証拠が無いばかりでなく、事件が起きた日の夜にはアリバイもあった。免田さんは、人吉市内にある特殊飲食店に行き、その店で娼婦と一晩を過ごしていた。弁護側は、店に宿泊していたことを裏付ける台帳等を証拠として提出したが、これらの証拠は裁判では一切無視された。裁判で有罪判決が下された理由は、警察が強引な取り調べから引き出した免田さんの自白だけだった。免田さんは、1949年1月13日に窃盗容疑で逮捕された後、同16日まで強盗殺人の自白を迫られたのだった。その間、横になって眠ることは許されず、怒鳴られ、殴られ、睡眠不足で意識が朦朧とする中で、免田さんは容疑を認めてしまったのだ。その後の裁判で免田さんは無実を訴えたが、1951年12月25日、最高裁判所で死刑判決が確定。それから6次に及ぶ再審請求をして無実を訴え、1983年7月、日本の裁判史上初、死刑囚が無罪判決を勝ち取ることになった。果たして、祈祷師夫婦を殺害した犯人は誰なのか――。その当時、人吉市内は鹿児島と熊本を結ぶ交通の要衝として、闇市も立ち、物資を求めて多くの人が行き交ったという。犯人は、雑多な人波に紛れて消えたのだった。


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