【変見自在】 日本人は寛容

朝日新聞のコラムに、欧米から嫌われるイスラムびとが「日本人はまったく嫌わない」と、その寛容さに感激する声を載せていた。書いたのは、前論説主幹の大野博人。日本人の寛容さに今頃気付いたことに、こっちがびっくりする。欧米の白人たちがイスラムの前に蛇蝎のように嫌ったユダヤ人のことを思い出してみるがいい。あの時、アドルフ・ヒトラーはユダヤ人に「俺の国から出ていけ」と脅した。ホロコーストを十分予想させる雰囲気だった。偉そうに人道を説いてきた白人たちは、流石にそれを見過ごせなかった。1938年夏、フランスのエビアンでユダヤ人救済の国際会議が開かれた。大いに人道を語り合ったが、扨て、肝心の追放ユダヤ人の引き受け話になると皆、黙ってしまった。朝起きては先ず人道を説き、昼には日本を非人道と非難してきたフランクリン・ルーズベルトは、この会議に民間人を送って恍け通した。会議は結局、引き受け国ゼロで終わった。彼らはその半年前、厳寒のシベリア国境で立ち往生していたユダヤ人が、日本の軍人・樋口季一郎によって救われたのを知っていた。その年だけで245人が助けられ、翌年は551人、大戦が始まった翌年には3574人が自由世界に逃げ出せた。多くは上海の日本人租界に渡った。その間、西に逃げたユダヤ人たちもいた。セントルイス号でアメリカの傀儡政権下にあったキューバに向かった900人は、ルーズベルトの指示で上陸を拒否され、ヨーロッパに追い返された。その3割は開戦後、ナチの強制収容所で殺された。タイガーヒル号でイギリス領パレスチナに向かったユダヤ人は、イギリスの巡視艇に銃撃され、多くが殺された。最悪なのは、家畜運搬船のストルマ号でルーマニアから中東に向かった781人で、トルコ沖で漂流中、ソビエト連邦潜水艦の魚雷で沈められた。「撃沈はイギリスの依頼だった」という説もあるほど、英米はユダヤ人を嫌った。

分け隔て無くユダヤ人を受け入れたのは、寛容な日本と満州国だけだった。だからと言って、日本はオールカマーという訳ではなかった。いい例がキリスト教だ。日本は大いなる寛容で受け入れてやったが、この宗教は“不寛容”を持ち込もうとした。特に『イエズス会』は商売っ気を丸出しにし、ライバルの神社・仏閣をぶち壊し、僧侶を殺し回った。秀吉は伴天連に、その不寛容を改めるよう言った。彼らは「切支丹以外は人に非ず」と信じ、奴隷に叩き売っても良心の呵責は無かった。秀吉はそれも憎んだ。「外国に売った者までとは言わぬ。金を払うから、お前たちの手許にいる奴隷たちを解き放ってくれ」と懇請した。しかし、彼らは改めなかった。為に、日本は彼らに去るように言った。明治新政府も、この思いを継いで、五榜の高札に「切支丹邪宗門ノ儀ハ堅ク御制禁ニ有之候」と認めている。今は、切支丹も寺社の打ち壊しを止めた。異教徒との結婚も認めたので、日本での布教を許されている。その意味で実は問題なのは、大野が然も良さげに書いたイスラムのほうなのだ。彼は、「アラブの春を見るがいい」と書いている。「独裁政権下の民主化運動もイスラムが後押ししていたではないか」と。でも、あれって国務長官時代のヒラリー・クリントンの手の者が、“中東の民主化”とか言って、有能な指導者を片っ端から潰していったものだろう。その汚い外交工作がバレて、白人もイスラム系市民も皆、怒った。で、ドナルド・トランプが勝ったという順番ではなかったか。今更、『アラブの春』を美談で語るジャーナリストがいたことに驚く。それに、イスラムはキリスト教以上に不寛容の宗教だ。異教徒との結婚は認めないし、改宗は認められない。その禁を破れば、死を以て贖うことになる。トランプを腐す為にイスラム教徒を俄か善人に仕立てたのだろうが、そんな身勝手を不寛容なアッラーが許すものだろうか。


高山正之(たかやま・まさゆき) ジャーナリスト・コラムニスト・元産経新聞記者・元帝京大学教授。1942年、東京都生まれ。東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に入社。警視庁クラブ・羽田クラブ詰・夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会部次長(デスク)。1985~1987年までテヘラン支局長。1992~1996年までロサンゼルス支局長。産経新聞社を定年退職後、2001~2007年3月まで帝京大学教授を務める。『高山正之が米国・支那・韓国・朝日を斬る 日本人をますます元気にする本』(テーミス)・『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった!』(ワック)等著書多数。


キャプチャ  2017年1月12日号掲載
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