【2017・問う】(02) トランポノミクスと世界、格差無き成長へ転換――クリスティーヌ・ラガルド氏(IMF専務理事)

20170113 02
グローバル化について第一に言いたいのは、「30年来の貿易の自由化や、人と資本の移動の自由化は、一連の恩恵を齎した」ということ。中国やベトナム等の新興・開発途上国で、数億人を貧困から脱却させ、中間層を生み出した。生産活動を世界規模でより良く配分し、競争力を向上させた。先進諸国の消費者――特にアメリカの中間・最貧層は、消費の面で恩恵を受けてきた。第二に、繊維や製鉄、或いは自動車産業が盛んだった地域が、他の国々で同じ産業が発展した結果、失業や工場閉鎖を被ってきた。安い労働コストを利用する為に、世界規模で生産ラインの編成が一変したからだ。第三に、この20年の間に貧富の格差が拡大した。先進国に限ったことではなく、多くの国で起きている。私たちが、力強く、持続可能で、長続きする成長を求めるのであれば、グローバル化が一部の人だけではなく、全ての人に恩恵を齎すように、私たちは熟慮を重ね、その在り方を改善すべきだ。成長は皆を取り込む必要がある。グローバル化に伴う生産様式の変化で犠牲になっている人々に対する職業教育や職業訓練を改善する必要がある。グローバル化を修正し、是正措置を講じる必要がある。行き過ぎた貧富の格差は解消されるべきだ。各国は、①格差が削減されるような税制を導入する②女性を労働市場に取り込む③女性への差別を無くす――等の対策を講じるべきだろう。ドナルド・トランプ次期大統領の選挙中の主張には、戦略や戦術の側面がある。政権運営や経済情勢という現実に直面するのはこれからだ。アメリカ企業は市場を求めて、諸外国に根を下ろしている。トランプ氏が何をするのかは、経済の全体的な取り組みを見てから判断すべきだ。ただ、今日、あらゆる国々・全てのビジネスが強く結び付いている。この流れは逆戻りできない。イギリスが『ヨーロッパ連合(EU)』を離脱すれば損失だが、イギリスはグローバル化そのものを拒否している訳ではない。テリーザ・メイ首相は、「イギリスは、自分たちに好ましい条件、2国間交渉の枠組みで、国際貿易の王者になりたい」と明言している。トランプ氏の選挙公約も同様だった。“No man is an island(人は独りでは生きていけない)”ということだ。アメリカは経済大国であるだけでなく、軍事大国だ。ドルは基軸通貨であり、主要な準備通貨だ。今日、アメリカに取って代われる国は無い。

今年の世界経済については、楽観的に見ている。好影響を齎す要因は、『主要20ヵ国・地域(G20)』による構造改革や(経済の)強靭化の為の政策だ。具体的には、中国経済の牽引役が、輸出・投資・産業から消費・サービスに引き続き移っていくことや、アジア・南米の若い活力、トランプ次期政権による税制改革や社会資本への投資等が挙げられる。新興国経済は緩やかな上昇が見込まれる。だが、(天然資源等)商品価格の低下・厳しい財政事情・貿易の保護主義等、課題も残っている。中期的には、生産と労働市場の歪みを減らし、教育・医療・福祉に投資していくことで、所得の上昇という目標が達成できるだろう。中国は、持続的な成長への移行と、(それによって生じる失業者の増加や格差拡大との)バランスを取る取り組みが続いている。この移行作業が、中国の成長率の低下を引き起こすことは避けられない。その結果は、これまで世界経済に波及したし、今後も影響を及ぼすだろう。しかし、忘れないでほしいのは、「世界経済が低成長であったとしても、中国は成長の柱の1つになり続ける」ということだ。中国経済が(消費とサービス主導に)移行することは、世界経済の成長に寄与し、改革が行われない場合のリスクを減らすことに繋がる。(新興国経済に影響を与える)原油価格は、昨年11月に『石油輸出国機構(OPEC)』が減産に合意したことで上昇した。減産は供給過剰を和らげることになるだろう。しかし、今後の価格は需要によって再び変わる。大事なのは、アメリカのシェールオイル生産等、OPEC以外の状況だ。価格を更に注視していくべきだ。日本経済は、成長が弱い状態が長期間続いている。物価と賃金は、何十年も殆ど上昇していない。景気を刺激しようという安倍首相の試みは、短期的には成功したが、急速に高齢化が進む中で、デフレの心理を払拭するのは手強いこともはっきりした。人々は消費や投資を躊躇っている。特に心配なのは、雇用市場が逼迫し、民間企業が巨額の内部留保を積み上げているのに、賃金の上昇が緩やかなことだ。幸いなことに、『日本銀行』の(金利の水準を目標とする)新たな金融政策の枠組みは、金融緩和の姿勢をより効果的で持続的にしており、(政府の)財政出動も需要を下支えしている。欠けているのは、所得政策と構造改革を強く進めることだ。民間・公共の画部門で、少なくとも年3%の賃金上昇を目指す政策を採ることを勧めたい。優先すべきは雇用の確保と賃金の上昇で、非正規社員の労働環境は改善する必要がある。同一労働同一賃金の実現や安倍首相の労働改革は、これまで生かされてこなかった女性の潜在的な労動力を引き出すことに繋がるだろう。 (聞き手/編集委員 鶴原徹也・アメリカ総局 山本貴徳)

20170113 03
■トランプ氏は庶民の不満を解消できるか?
「メディアは『トランプが不利だ』と言い続けたが、『絶対に違う』と思った。会社の仲間の殆どがトランプ支持だった」――。製造業が衰退した“ラストべルト(錆び付いた工業地帯)”にあるニューヨーク州ローム市。銅加工会社で働くマイク・ラーンドさん(44)は、昨年11月のアメリカ大統領選でトランプ氏に投票した。ラーンドさんは、この会社で働いて13年になるが、この間に社員は4割減り、約300人になった。納入先の企業が中国やメキシコに生産拠点を移し、現地企業と取引するようになって仕事が減ったからだ。ラーンドさんは、トランプ次期大統領に「雇用が海外に流出する問題を何とかしてほしい。経営者の経験が生きる筈だ」と、縋るような思いでいる。アメリカ大統領選におけるトランプ氏の勝利は、中・低所得のアメリカ人の多くが現状に強い不満を抱いていることを世に知らしめた。

格差の拡大は、ITの発展も一因だ。アメリカでは、インターネットで単発の仕事を受注する“ギグエコノミー”と呼ばれる働き方が増えている。正社員と違って好きな時に働けるが、最低賃金の保障は無く、失業給付も適用されない。「週7日、朝早くから深夜までハンドルを握っても、最低限の生活費を稼ぐのがやっとだった」。ニューヨーク在住のレボン・アレクサニアンさん(31)。アメリカの配車サービス大手『ウーバーテクノロジーズ』の運転手として働いた1年間を、そう振り返る。インターネットで受注し、顧客を自家用車で迎えに行き、目的地まで送る。勤務時間を自分で決められることに惹かれ、リムジン会社から転職した。だが、激しい乗客の争奪戦の日々で、収入も僅かだった。アレクサニアンさんは、ウーバーの仕事を辞めた後、1年近く職に就けなかったが、その間、失業給付は出なかった。漸く、先月初めから保険会社で働き始めたが、「恋人が仕事をしていなかったら、恐らく破産していた」と語る。格差の広がりは、先進国に共通する現象だ。アメリカのエコノミストであるブランコ・ミラノビッチ氏が作ったグラフ(左画像)が、それを裏打ちする。1988年から2008年に、世界の人々の所得がどれだけ伸びたかを示すものだ。中国等新興国の人々の所得は大きく増え、アメリカ等先進国の中・低所得者は殆ど伸びていない。一方、先進国の一握りの超富裕層は収入を増やした。金融・ITの起業家や、株式の配当取入の多い人々とみられる。折れ線グラフにすると、象が鼻先を持ち上げているようなカーブになる。今年の世界経済は、今月20日に就任するトランプ大統領が、どのような政策を実行し、各国経済にどんな影響を及ぼすかが焦点だ。そして、トランプ大統領誕生の要因となった格差の拡大に対し、各国が是正に向けて動き出せるかどうかが、大きな課題となる。 (ニューヨーク支局 有光裕)

20170113 04
■イギリスのEU離脱、ヨーロッパ社会への影響は?
イギリスの国民投票でEU離脱派が勝利したのも、有権者の怒りが爆発した結果だ。ロンドン西部の大型スーパー『テスコ』。通路に、貧しい人への食品の寄付を募る箱が置かれている。クリスマス休暇を前にした先月中旬、箱の中には豆の缶詰・パスタ・ジュース等がぎっしり詰まっていた。慈善団体『トラッセルトラスト』によると、昨年度に食料の緊急援助を受けた人は、イギリスの人口の約2%に当たる110万人と、2012年度の約3倍に膨らんだ。政府が社会保障給付を抑えたことで急増したという。『日産自動車』が工場を構える同国中部のサンダーランド。ポール・ワトソン市長(62)は、「(日産という)外国企業に支えられているにも関わらず、昨年6月の国民投票で市内の6割の有権者がEU“離脱”に票を投じた。『(イギリス全体の)成長から取り残されている』と感じている人はかなり多い」と指摘する。格差問題はヨーロッパ各国に広がる。「19歳の時から職業安定所に登録しているが、連絡を受けたことは無いよ」。

ナポリ郊外に住む無職のジュゼッペ・ジャッチョさん(49)は、政府への失望感を露わにした。息子と娘がミラノに働きに出てしまったというアッドロラータ・ルッソさん(57)も、「ドイツのような豊かな国は政府が面倒を見てくれるのかもしれないが、イタリア南部は社会保障すら満足に受けられない」と憤った。イタリアは、南北の経済格差が社会問題を引き起こすほど大きい。南部は農業以外に主だった産業が無く、道路や鉄道等の整備も遅れている。イタリアで先月行われた憲法改正の是非を問う国民投票では、南部の人々の圧倒的多数が“反対”に1票を投じた。既成勢力に反発する新興ポピュリズム(大衆迎合主義)政党が躍進を続けている。ルイス大学のアントニオ・ラ・スピナ教授は、「貧困・都市の荒廃・若者の疎外等の問題が南部に集中し、社会への不満が鬱積している」と分析する。イギリスのEU離脱問題では、メイ首相は3月末までにEU側に離脱通知を行う方針だ。各国の金融機関は、世界最大級の金融センターであるシティにヨーロッパの拠点を置き、ヨーロッパ各国にビジネスを展開してきた。しかし、離脱交渉の内容次第では、イギリスとEUとの距離が開き、双方にとってマイナスの影響が出る恐れがある。アメリカ大統領選におけるトランプ氏の勝利は、ヨーロッパで今年相次ぐ選挙で、現状に不満を持つ人々を勢いづかせるだろう。今年のヨーロッパ経済は、混迷が続く可能性がある。 (欧州総局 五十棲忠史・エルサレム支局 上地洋実)

20170113 05
■中国の貧困層は減るのか?
江西省にある人口約2000人の厳輝村。昨年11月、この寒村に住む1人の少年が一躍、時の人になった。9歳の范小勤君(左画像)。中国のインターネット通販最大手『アリババ集団』の創始者である馬雲氏にそっくりだとインターネット上で話題になり、“小馬雲”というあだ名が付いた。ただ、范君の生活は厳しい。両親は体に障害があり、満足に働けない。毎月720元(約1万2000円)の国の最低保障が貴重な現金収入だ。村は等しく貧しい。隣家に住む出稼ぎ帰りの女性(20)は、「若者は皆、大都市へ行き、年に5万元(約85万円)ほど稼いでくる」と話す。中国で、所得分配の不平等さを計るジニ係数は0.462(2015年)と、「社会騒乱が多発する」とされる0.4を超える。李克強首相は、「中国には未だ2億人近い貧困層がいる」と語る。中国政府は2020年までに、5000万人の貧困層を“脱貧”させる目標を掲げる。だが中国では、裕福な人から貧しい人へ所得を再分配する課税制度が十分でない。『富士通総研』の柯隆氏は、「中国の格差拡大は制度の欠陥が招いた」と指摘する。アメリカのトランプ政権は、中国経済に打撃を与え、格差を更に広げかねない。トランプ氏は「人民元が安過ぎる」と非難し、アメリカが輸入する中国製品に「高い関税をかける」と繰り返す。こうした保護主義政策が実現すれば、中国に工場を置く企業が国外へ移転する可能性がある。『中国社会科学院貧困問題研究センター』の呉国宝氏は、「豊かな沿海部へ出稼ぎに行って、貧困から脱した農民工たちの生活が、逆戻りする恐れもある」とみる。 (中国総局 鎌田秀男)

20170113 06
■保護主義、低所得者に影響も
アメリカのトランプ次期大統領は、中・低所得者の期待に応えられるだろうか? アメリカ等の先進国で格差が拡大した背景には、工場の新興国への移転や、産業の自動化の進展がある。企業が、従業員の賃金よりも株主への配当を重視したり、“課税逃れ”で儲けを少なく見せかけたりする風潮も、労働者の収入の落ち込みに繋がった。特に、1980年代にロナルド・レーガン大統領らが新自由主義の経済政策を進めて以降、格差は広がった。トランプ氏は大規模な減税やインフラ(社会資本)投資を掲げるが、レーガン政権の政策に近く、有力な格差是正策は示していない。トランプ氏が訴える関税引き上げ等の保護主義政策は、輸入品の値上がりを通じてアメリカ国内の物価上昇を齎し、低所得者の生活を直撃しかねない。アメリカの貿易相手国が対抗して関税を引き上げれば、企業が構築した国際的な分業体制が崩れ、世界経済を混乱に陥れる。どうすれば格差を是正できるか。『国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事がインタビューで語ったように、自由主義経済を維持して経済成長への努力を継続しつつ、“グローバル化の改善”に取り組む必要があるとみられる。その際、政府が低所得者の支援に向け、市場経済にどの程度関与するかが焦点になる。人々の連帯感を醸成できるかもカギとなる。先ずは、世界中で多くの人々が不満や怒りを抱く現実をしっかりと受け止めることが大切になりそうだ。 (編集委員 山崎貴史)


⦿読売新聞 2017年1月4日付掲載⦿

スポンサーサイト

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR