【科学捜査フロントライン】(07) 精度向上の裏返し? DNA型鑑定と冤罪事件

DNA型鑑定の技術や制度が向上するにつれ、過去に起こった事件の再鑑定が行われるようになった。中には、冤罪として無実が証明されるケースも。その背景には、「DNA型鑑定の実績を早く作りたい」という警察サイドの焦りがあったようだ。 (取材・文/フリーライター 青木康洋)

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DNA型鑑定では、微量の試料からでも確度の高い成果を得られる為、過去の事件の再検証も可能になってきている。DNA型鑑定の精度が現在ほど高くなかった事件の証拠試料を再鑑定し、冤罪を晴らした例も少なくない。実際、アメリカでは2008年までに200件ほどの事件で再鑑定が行われ、その多くで冤罪が明るみに出たという。日本におけるDNA型鑑定の冤罪事件と言えば、『足利事件』が記憶に新しい。1990年5月、栃木県足利市で当時4歳だった女児がパチンコ店で姿を消し、翌日、その遺体が発見された事件である。同年12月に、幼稚園バスの運転手をしていた菅家利和さんが逮捕された。遺体の発見現場から見つかった女児の下着に付着していた精液のDNA型と、菅家さんのDNA型が一致したことが逮捕の決め手となった。その後の裁判では、DNA型鑑定の信頼性と自白強要の有無が争点になったが、2000年に無期懲役が確定した。しかし、逮捕から18年を経た2009年になって行われた再鑑定により、「菅家さんのDNA型と女児下着に付着したDNA型とは一致しない」という結果が判明。一転して、菅家さんは釈放された。つまり、足利事件は、導入されたばかりのDNA型鑑定によって有罪とされ、その後、最新のDNA型鑑定によって冤罪を晴らした事件ということになる。

足利事件の時に用いられたDNA型鑑定法は、『MCT118型検査法』だった。これは、DNA型鑑定の歴史上、最初期に導入された方法で、第一染色体上の16塩基を繰り返し単位とする部位(=MCT118)の繰り返し回数を調べるものだった。現在の『STR法』が複数の部位を調べるのに対し、検査する部位が1ヵ所だけの為、個人識別能力は明らかに劣る。「精度は94人に1人程度だった」と言われている。この事件を取材したフリージャーナリストの田村建雄氏は、2011年9月29日号の『SAPIO』誌上で、「当時の識別では、他人でもDNA型と血液型が一致する可能性があった」と書いている。また、MCT118型検査法は、菅家さん逮捕の僅か1年後には、検査方法に欠陥があることが『日本DNA多型研究会』(当時)の学術集会で指摘されている。欠陥を指摘したのは、後に足利事件の再鑑定に尽力することになる信州大学法医学教室の助手(当時)だった本田克也氏。だが、その指摘は裁判で完全に黙殺されたという。実は、足利事件の発生当時、菅家さんとは異なる人物・風体の男性が被害者と思しき女児と並んで歩く複数の目撃証言が、警察に寄せられていた。ところが警察は、この目撃証言に基づく捜査を早々に打ち切った節がある。その理由は不明だが、「(事件発生当時に導入されたばかりの)DNA型鑑定の実績作りを焦ったのではないか」との指摘がある。当時の警察内部には、「『DNA型鑑定の結果さえ取れば確実に逮捕に持ち込める』と公言する刑事がいた」という証言もある。足利事件は、当時導入されたばかりのDNA型鑑定の個人識別能力の高さを信奉するあまり、捜査が迷走。結果として、真犯人を取り逃がした可能性が高いのである。

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2016年1月、福岡高等裁判所宮崎支部で開かれた控訴審において、ある強姦事件の判決が覆った。第1審で懲役4年の実刑判決を受けていた元飲食店従業員の男性に、無罪判決が下されたのだ。事件は、鹿児島市の歓楽街で深夜に起きた。2012年10月7日午前2時過ぎ、当時17歳の女性が路地裏で強姦されたのである。この事件は当初から、被害女性の膣内に残留していた精液のDNA型鑑定が最大の焦点だった。被害女性のショートパンツからは、容疑者男性のものとは違うDNA型の精液が検出されていた。ショートパンツから検出されたこの精液と、女性の体内の精液のDMA型が合致すれば、別に真犯人がいた可能性が高くなる。しかし、第1審の時に検察側は、「女性の体内から検出された精子が微量だった為、DNA型鑑定ができなった」と主張したのである。裁判所もこの主張を支持し、被害者女性の供述(※この供述にも矛盾点が多数指摘されている)を根拠に有罪判決を下した。ところが、後の控訴審で法医学者が再鑑定を行ったところ、女性の体内から検出された試料から簡単にDNA型が判明したのだ。そして、それは女性のショートパンツに付着していた精子と同じ型だった。つまり、検察が「女性の体内から検出された精液のDNA型鑑定は不能」としていた主張には、根拠が無かったことになる。更に、公判の最中、警察のDNA型鑑定におけるアンフェアな対応も明らかになっている。鹿児島県警は、女性の体内の精液について鑑定中のメモを残していなかった上、重要な場面での写真撮影もしていなかった。それでいて、“鑑定不能”の結論を出していたのである。STAP細胞騒動の際、研究者の実験ノートが問題にされたことがあったが、それと同じように、「鹿児島県警での鑑定作業が適切に行われた」と信頼することは難しいと言わざるを得まい。この事件では抑々、被告人と事件を結び付ける客観的な証拠は存在しなかった。後に覆されたとはいえ、一度は有罪判決が下されたのは、警察や検察の捜査をチェックすべき裁判所までが被害者の証言を鵜呑みにし、それと矛盾する証拠に目を向けなかった可能性が指摘されている。「捜査段階で怪しいとされた人物を犯人に仕立てるシナリオに、裁判所までもが乗っかった」と言われても仕方のない部分があったのだ。

DNA捜査の歴史を辿る時、忘れてはいけない事件がある。2007年、ドイツのハイルブロンで、道端に停車していたパトカーの中で、2人の警察官が頭部を撃たれて倒れているのが見つかった。ところが、妙なことが起こる。現場で見つかった犯人のものと思しきDNA型が、それまでヨーロッパ全域で未解決になっていた殺人・強姦・麻薬取引・強盗等、実に40件もの犯罪現場で採取されたDNA型と完全に一致したのである。これが、『ハイルブロンの怪人事件』の幕開けだった。同一人物と思われる犯人が、ヨーロッパ全域を股にかけて凶悪犯罪を繰り返し、しかも、その姿を見た者は誰もいない。加えて、犯罪そのものにも統一性が皆無で、全く脈絡が無かった。あまりの奇っ怪さに、マスコミは“ハイルブロンの怪人”と騒ぎ立て、世上では様々な憶測が流れた。当時のドイツ警察の発表によれば、犯人は女性である可能性が高く、東ヨーロッパやロシア等の出身者に多い特徴を持つ人物とされた。2009年にドイツ警察は、この“顔の無い女”に30万ユーロもの懸賞金をかけて、犯人逮捕に躍起となった。しかし、ドイツ警察が高額な懸賞金を発表した僅か2ヵ月後、この事件はおかしな展開を見せる。2009年、同国ザーケルブリュッケンで少年が窃盗目的で学校に侵入した事件から、“怪人”のDNA型が検出されたのだ。更に同年、フランスでも、ある男性の焼死体から同じDNA型が出たのである。そこで、改めて捜査当局が調べ直すと、意外な事実がわかった。問題のDNAは、DNA採取に用いる綿棒を納入した業者の女性従業員のものだったのだ。この工場では当時、東ヨーロッパ出身の女性が多数働いていたのである。綿棒を梱包する工程が素手で行われていた為、仕分け作業中に女性従業員の汗等が混入したのが原因だった。勿論、この女性従業員は一連の事件とは全くの無関係である。当時、“ハイルブロンの怪人”を捜査していた各国の捜査機関は全て、ドイツのバイエルン州にある同じ工場から出荷された綿棒を使っていた。警察が使用する綿棒には、汚染を防ぐ目的で、最初に付着したDNAを固着させる特殊な薬剤が含まれていた為、全ての事件現場から女性従業員のDNA型が検出され、それが“ハイルブロンの怪人”のものだとされてしまったのだ。この一連の出来事に対して、ドイツの新聞『フランクフルターアルゲマイネ』は、「戦後ドイツ警察の歴史上、最もお粗末な事件」と痛烈に批判している。警察は、最も基本的なヒューマンエラーによって長年、見当違いの人物を追いかけていたのである。どれだけ優れた科学技術であろうと、その技術を運用するのは飽く迄も人間だ。DNA型鑑定の精度がいくら高くなったとしても、採取ミスや試料の取り違えといったヒューマンエラーは起こり得る。絶対的な個人識別能力を持つDNA型鑑定であるからこそ、その運用には細心の注意が必要になる。DNA型鑑定は、背中合わせのように冤罪の危険を常に孕んでいるのである。


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