【オトナの形を語ろう】(08) マシな人間になりたいなら余計な状況判断は捨てろ

それは誰だって、「今の自分とは違う、もっとマシな人間になりたい」と思うものだ。そのくらい、「人間ってヤツは、自分の思う風に生きていけない」ってことなんだ。恐らく、こんな作家の勝手な話を態々「読んでみるか」という輩の9割方の者が、「今の自分じゃ、この先、上手くはいかない」と思っている筈だ。私は今でも「このままじゃいかんぞ」と思うことがあるんだから、そりゃ当たり前だ。最初は“もっとマシなもの”と書いたが、このマシな程度にもよるが、今が最悪と思っている者は、これから先のことは読んでもしょうがないかもしれんな。何故そう言うかというと、最悪・最低というのは、他人や周囲の評価も勿論あるが、当人がそれを既に自覚しちまっているのが問題で、そこから這い上がろうとしたら、人の言うことを聞いて、何か状況が変わるってことはあり得ないんだ。人の生き方を競馬・競輪・マラソンなんぞに例えるのはどうかと思うが、出世・名誉・富といった目に見える成功は先ず置いておいて、小さな目の前で起こる1つひとつのことへの対応の仕方を先ず話すと…。競馬の競走で言うと、最後方から豪快に前団の馬をゴボウ抜きにして勝利すれば、それは大向うも驚きの声を上げ、「スゲェー強い馬じゃないか」と大絶賛されるのだろうが、競馬でそんな競走は100レースに1レースあればいいほうで、先ずそんな勝ち方はあり得ない。

その証拠に、昔、馬券師なる者がいた時代、彼らは決して、追い込みタイプの競走馬で勝負をすることはなかった。何故か? それは、リスクが大き過ぎるからだ。追い抜こうにも、前を走る馬が邪魔に入ったり、酷い場合は目の前で落馬があったりする。更に言えば、先行馬に自らのペースで先行されたら、いくら脚力があっても自分のレースにはならなくなり、惨敗してしまう。これは競輪も一緒で、車券師たちは先行選手しか、客に車券を薦めなかった。競輪は馬と違って、人間が走るから、余計に人間の思惑によるリスクが増える。接触や落車は日常茶飯事に起こる。マラソンだってそうだ。今はマラソンは近代的な走法になったから、余計にその傾向が目立つ。テレビでマラソンを見ていればわかるが、先頭集団に入ってなかった選手で勝者はいないだろう。扨て、今週は何を言いたいかというと、途中で書いた、最悪・最低と当人が思っていること自体が、先頭集団どころか、スタートラインにも立とうとしないことと同じ状態ということだ。だから、「読む必要はない」と言ったんだ。話を元に戻して、人間には様々なタイプの性格がある。その中で一番多いのが、何事をするのにも、先ず様子を見て行動するタイプ。当人にとって、それができるという確信(そこまでいかなくとも、「できそうだ」という感覚)が無いと動き出さないタイプだ。何故、このタイプが多いかと言うと、それは不安・恐れが、人間には常に身体の中にあるからだ。

これは本能だから仕方ない。向こうの崖に飛び移るのに、こっちの崖と向こうの崖の間が何百mの谷になっていたら、それは中々飛べるもんじゃないのは当たり前だ。しかし、周囲の皆が飛んでいれば、その状況を見てそいつも飛ぶ訳だ。これが人間の本能だ。それを、幅10mもあり、「飛び越えなきゃ死ぬ」とわかって飛び移ろうとするバカはいない。問題は、「状況を確認して行動ばかりをしていたら、それはどんどん後ろのポジションに自分がいることになる」ってことだ。それに気付いて、後方から急にスピードを上げても、トップにはなれない。「そんな能力は元々、人間には無い」と考えたほうがいい。なら、どうするか? 私の提案は、「今から少しマシな者・マシな生き方をしようとするんなら、いらぬ状況判断は捨てて、目の前にあるレースの先頭、若しくは最後で勝ち負けになる位置まで、先ずは食らい付いておく」ということだ。それをやればわかることが2つある。1つは、その位置にいることが、自分が考えていたよりかなりきついということ。「これは俺には無理だ」と思うことが、当然ある。2つ目は、そこにいれば、並走している相手、背後から聞こえる相手の気配がわかることだ。「若しかして皆、同じように苦しがっているぞ」というのがわかり、「同じ苦しさだったら、ここを踏ん張れば勝ち負けになるかもしれない」と思い始める。実は、この感覚――顔や胸元に当たる風の感覚を経験することが大事なんだ。どうやって抜け出すかは、次回語ろう。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。


キャプチャ  2017年1月23日号掲載

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