【貧困女子のリアル】(01) 母子4人とヒモ2人の異常生活…中卒美人モデルの極貧子供時代

20170118 01
現在、サロンモデルとして活躍中のめありさん(年齢非公開)。彼女が壮絶な貧困生活を送っていたのは、幼少時代のことだ。きっかけは、4歳の時の両親の離婚。母方についていっためありさんは、兄と姉の4人で新しい生活をスタートさせる…と思いきや、母の彼氏と、何故かその後輩も家に転がり込み、6人での共同生活が始まる。普通に考えて、3人も大人がいれば何とかなりそうなものだが、彼氏とその後輩は働かず、新聞配達・洋服屋・カラオケ店と仕事を掛け持ちする母の僅かな収入に全員が頼るという、普通ではない状況だった。ただでさえ家計が苦しい母子家庭なのに、無職の大人2人も養わなければいけなかったのだ。「尤も、母親のアルバイトの稼ぎだけでは、育ちの子供3人と大人3人が普通に暮らせる訳はありませんでした。家での食事は専ら、ご飯に水と梅干しを入れて食べる“水茶漬け”がメイン。それも、おかわり等は以ての外で、1杯しか食べることができず、昼間の給食で何とか腹を満たすことばかり考えていました。一度、どうしてもお腹が空いてしまい、理科の植物観察で育てていたミニトマトを全て食べてしまったことがありました。学校中で問題になりましたが、その犯人は私なんです…」。食だけではでなく、家もまた貧困そのもの。6畳の部屋2つに6人が寝食を共にしていたというのだから、かなりの狭さだ。その環境に耐えかね、母の彼氏が小さな庭に子供部屋を造ったというが…。「“離れ”と言えば聞こえはいいですが、素人がたった1日で造った“掘っ建て小屋”ですからね。床から雑草が生えるわ、虫もいるわで。朝、雑草を抜いて登校するのが日課になっていました。それに、本当に嫌だったのがお風呂場です。家の外にあり、コンクリートで囲まれていた為、湿気が籠もり易く、いつも5~6匹は蛞蝓が這っていました」。

一方、年頃の女の子に欠かせない身だしなみだが、当然ながらお洒落とは縁遠い生活。洋服は全て姉のお下がりか、近所で貰ったものを着用。時には、何日も同じ服を着ていたという。「服はまだしも、きつかったのは下着です。C力ップに無理矢理Aカップのブラを付けていたのですが、とうとう入り切らなくなってしまい、隣の家のお姉さんが捨てたブラジャーを拾って付けていましたね」。そんな貧困生活を送る一家に、更なる不幸が襲う。心身共に疲れ切っていた母が、スキルス性胃癌を患い、亡くなってしまったのだ。この時、めありさんは中学1年生。「収入面・生活面で柱だった母がいなくなり、一気に家が荒みました。その上、別れた筈の無職の父が家に転がり込んで、母の彼氏と後輩を追い出すと、母が死後の生活費として考えていた保険金を全部遣ってしまったんです」。めありさんは家計を支える為、高校進学を諦め、日中はローション工場で勤務し、夜は繁華街のファミレスでアルバイトをする生活に明け暮れる。めありさんら子供たちのおかげで何とか収入は安定したが、「このままでは父親がダメになる」と兄姉たちと会議を重ね、家族が別々に生活することを決めたという。だが、めありさんを更なる不幸が襲う。未成年だっためありさんは母方の祖母と生活を始めるが、ある日、その住まいが差し押さえられてしまう。「母方の叔父が不動産業の失敗で負債を抱え、逃げ回っていた為、保証人である祖母宅へ取り立てがやって来て、追い出されてしまいました」。一家離散の上、住む家さえ無くしてしまっためありさんは、着の身着のままで東京へ出ることになる。そして、直ぐに同居人募集のインターネット掲示板を発見して、女性とワンルームで同居を始めた。「東京での生活も、決してお金に余裕があった訳ではありませんが、物凄く新鮮でした。今までは何をするにも選択肢がありませんでしたが、今は自分で考え、行動することができるので、とても幸せです」。一家を苦しめた貧困生活を明るく振り返ることができるのは、「尊敬する亡き母や地元の友だちの優しさがあってこそ」と言うめありさん。現在、モデルの活動で月20万円の収入があり、貧困は脱した。これからの人生に幸があることを祈りたい。 (取材・文/フリーライター 酒井亮允)


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