【宮崎哲弥の時々砲弾】 朝日はどこから来て、どこへ向かうのか

日本の名目経済成長率は、1990年代初頭までは6%程度だった。ところが、バブル崩壊によって急落し、本格的なデフレに突入した1998年度にはマイナス2%に下落。その後はマイナス基調が続く。だが、2003年度から2007年度に掛けては、2001年から2006年まで『日本銀行』が実施した量的緩和の効果もあって、実質成長率が年率2%弱で推移した為、デフレ下ながら名目もプラスで連動する。しかし、2008年度、リーマンショックによって日本経済は空前の打撃を被り、名目成長率はマイナス4.6%まで暴落。その後もゼロ近辺を低迷し続けた。やっとプラスに転じたのは2013年度からで、同年度1.7%、2014年度1.5%、そして2015年度は実に19年ぶりの2.3%と成長を持続している。以上を踏まえて、成長と財政の関係を見てみよう。年度毎の国の公債発行額と比較すれば瞭然だ。1997年度までの10年間の平均額は12兆強である。ところが、デフレに暗転し、マイナス成長が基調となった1998年度以後は発行額が激増し、2015年度までの平均額が約37兆円にも上っている。就中、旧民主党政権時代は、毎年度40兆円を優に上回る額の公債を発行した。その額は、当該年度の一般会計税収以上に達しており、新聞等で多用される誤った表現を敢えて使うならば、“国の借金が国の収入を超える”事態に陥った。唯一、国債発行額が30兆円を下回ったのは2006・2007年度であり、先にも触れたように、成長率がプラスを維持できた5年間の後半に当たる。両年度の税収は50兆円前後に上り、他方、歳出総額は80兆強と、1998年以降では最も低い水準に抑えられた。近年では最良の財政状況だったのだ。その後、リーマンショック後の成長率の激しい落ち込みに対処する為、2009年度の歳出総額は100兆円を突破し、国債発行額も50兆円を超えてしまう。

GDP成長率と財政の関係は、火を見るよりも明らか。“適度な経済成長無くして財政再建無し”だ。日本の累積債務の状況だと、名目で年率3%前後の、先進国としては極普通の成長が見込めなければ、財政健全化に困難を来す。逆に言えば、適度の実質成長率とインフレ率、即ち適度の名目成長率を実現できて初めて、公的債務は管理可能となる。この必要条件を満たせないままでは、増税も歳出抑制も財政再建の有効策にはならないのだ。抑々、今、データを見た通り、「デフレとマイナス成長こそが“国の借金”の急激な累増を招いた」と言っても過言ではない。成長と雇用の関係はもっと明白で、1995年以降は生産年齢人口が減少しているのに、近年まで失業率が高止まりし、就職氷河期が2度も起こった原因は、超長期に及んだデフレ不況と成長率の低迷以外に無い。朝日新聞1月3日付朝刊の『資本主義の未来 不信をぬぐうためには』と題された社説は見事だった。昨年、世界各地で噴出したグローバル化への反動の行方を見通す為に、先ず、この100年の経済史を点検。そして、近年のグローバルエコノミーのアナーキーな進展こそが問題の核であり、それを制御するグローバルガヴァナンスの構築を喫緊の課題としている。そうした上で、「先進国での成長がまだ必要なのかという疑問もあるだろう。余暇や健康などGDPに計上されない豊かさや安定が大事なのも確かだ。/それでも、全体のパイが増えなければ分配の調整も難しくなる。日本の“失われた20年”は、その事実を突きつけた。経済成長を自己目的化するのは誤りだが、敵視したり不要視したりしても展望は開けない」と論断している。クオリティーペーパーの新年を飾るに相応しい、素晴らしい社論だった。これを台なしにしたのが、翌日の朝刊に掲載された原真人編集委員による“経済成長を不要視する”愚論だ。長大だが、無知と詭弁の羅列でしかない代物。朝日における知性と反知性の鬩ぎ合いを垣間みた。

※GDP関連の数値は、過去分との比較の便の為、2005年基準で統一した。


宮崎哲弥(みやざき・てつや) 研究開発コンサルティング会社『アルターブレイン』副代表・京都産業大学客員教授。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒。総務省『通信・放送の在り方に関する懇談会』構成員や共同通信の論壇時評等を歴任。『憂国の方程式』(PHP研究所)・『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』(新潮社)等著書多数。


キャプチャ  2017年1月19日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR