【中外時評】 “強い国”めざすドイツ――テロ対策に潜むジレンマ

ドイツが“強い国”を目指し始めた。首都・ベルリンでの歳末テロを機に、法改正等治安対策の強化を一気に進めようとしている。難民の大量流入やイスラム過激派によるテロが多発し、恐れや不満が広がる。社会不安を和らげるには、国家の強さを見せる必要がある。だが、治安対策に頼るだけでは、国民の間に生じた溝は埋まらない。ほぼ1ヵ月前、首都中心部で起きたテロは、ドイツ社会に衝撃を与えた。買い物客で賑わうクリスマス市にトラックが突っ込み、12人が死亡、多数の負傷者を出した。アンゲラ・メルケル首相が「残酷で理解し難い行為」と非難した無差別攻撃だった。犯人は難民申請を拒否され、送還中だった。イスラム過激派組織が関わった犯行とみられている。昨年、ドイツでは移民や難民によるテロや殺傷事件が相次いだ。地方の野外音楽祭での自爆テロや、列車の乗客がナイフ等で襲われた事件、ショッピングモールでの銃乱射等が起きていた。だが、今回の事件の衝撃は桁違いに大きい。首都中心部での大胆なテロであり、ドイツの宗教文化を象徴するクリスマスの催事を標的にしていた。この為、脅威のレベルは格段に上がった。「この攻撃は、我が国にとっての“9.11(2001年9月11日のアメリカ同時テロ)”に当たる」「『無差別攻撃は受けない筈だ』といった幻想は、最早捨てなければならない」等、深刻な受け止め方が広がっている。危機感は強く、メルケル首相も「ドイツは強さを示さなければならない」と発言。治安対策を担当するトーマス・デメジエール内務大臣は、新しい治安関連法を提案して、テロと断固戦う“強いドイツ”への転換を呼びかけている。ドイツの治安当局は、犯人を要注意人物として監視していたが、テロを防げなかった。法案は、浮上した警備上の問題点等も含めて、対策を強化する内容。危険と思える難民申請者等は早急に送還できるようにし、拘留した場合、釈放後は足に衛星による追跡装置を付ける等の措置まで検討している。国内で極左・極右・イスラム過激派等の活動を調査している情報機関『連邦憲法擁護庁』の改革も提案している。各州が持つ同様の組織を廃止し、中央に機能を集中して、監視活動の正確さ・信頼性を高めるという。

こうした動きは、危機への対応は勿論だが、秋の連邦議会選挙に向けた対策でもある。難民対策とテロへの備えが最大の争点になるからだ。メルケル首相は昨年11月、4期目を目指して出馬を表明したが、苦戦が予想されている。難民問題への対応が後手に回り、辞任を求める声が上がる等、政権の弱体化が目立つ。公共放送『ARD』の調査によると、嘗て70%を超えていた支持率は一時、40%台に低下した。しかし、治安対策等を打ち出したことで、国民の満足度は急上昇している。年明けの調査では、支持率は56%にまで回復した。一先ず安心のようにもみえる。だが、“強い国”政策には落とし穴がある。強力な対策が必要な“非常事態”を強調するほど、これまでの治安・警備体制の不備が明らかになる。その結果、反難民を訴える政党の主張を裏付け、勢力拡大を助けることにも繋がりかねない。政策効果がある間はいいが、行き過ぎは逆風を招くというジレンマだ。メルケル政権の打倒を目指す民族主義政党『ドイツのための選択肢(AfD)』は、「難民受け入れがテロを招いた」として支持を拡大している。昨年、州議会選で第2党に躍進。秋の議会選では、国政への初進出が確実視される。政党支持率は徐々に高まっている。『緑の党』(9%)や『左派党(9%)』を上回り、15%に達している。今や、メルケル政権を支える『キリスト教民主・社会同盟』(37%)と『社会民主党』(20%)に次ぐ第3の勢力に成長した。AfDは排外主義・保護主義を掲げ、『ヨーロッパ連合(EU)』にも批判的だ。イギリスのEU離脱やドナルド・トランプ政権の誕生も歓迎しており、勢力拡大が社会の亀裂を更に広げる恐れがある。「テロと難民問題は分けて考えるべきだ」。メルケル首相は、難民への対応をトランプ大統領から批判され、こう反論した。だが、新たなテロが起きる度に、難民への対応が問われるのも確かだ。“強い国”を訴えるだけでは、国民の不安は消えない。難民問題で確実な成果を示せなければ、議会選では厳しい戦いを強いられるだろう。 (論説委員 玉利伸吾)


⦿日本経済新聞 2017年1月22日付掲載⦿
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