【ブラック企業をブッ潰せ!】(07) やっぱり仕事が大切な男の人生…組織依存よりも“働く意義”を見い出せ

『男性漂流 男たちは何におびえているか』(講談社+α新書)等の執筆に当たり、十数年に亘って20代前半から60代後半の男性300人以上を継続的に取材してきた。辿り着いた答えは、「働き方改革を成し遂げるのは国でも上司でもない。自分の意思で達成するもの」ということである。 (取材・文/フリージャーナリスト 奥田祥子)

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仮に、政府の“働き方改革”によって長時間労働の是正が実現し、“ワークライフバランス(仕事と生活の調和)”が改善したとしても、現状のままでは労働者・企業双方が幸せを手にするのは困難と言わざるを得ない。働き盛りの中年男性の生き辛さをテーマに長年取材し、男の人生にとって仕事が如何に重要な存在であるかを痛感している。彼らの心を拘束するのは、「男は職場のパワーゲームに勝利し、周りから評価されなければならない」といった旧来の規範である。この規範を実現できずに、己のアイデンティティーを喪失し、絶望の淵に沈む男性は益々増えている。そんな中、意識の転換によって新たな道を切り開いた男たちがいる。現在、IT企業で部長職に就いている54歳のAさんと出会ったのは、今から10年前。当時、メーカーの部次長だった彼に、部下の人事考課を行う中間管理職の悩みを聞いたのがきっかけだった。「弱肉強食の時代を生き抜くしかない。成果主義は管理職ポスト削減どころか、何れ人減らしに悪用されると思う」。そう苦笑を交えながら言い放った彼が、実は自らに迫り来る危機を予感し、苦しんでいたということを、筆者は後に知ることになる。数年後、再び取材を申し込むと、Aさんは既に転職していた。前の会社で、同期や入社時期の近い社員が次々と子会社への出向や閑職に追いやられ、自身の人事考課が下がっていく現状に、「会社はどうして自分の能力を認めてくれないのか?」と怒りが募り、仕事へのやる気が失せていったという。苦悩の末、彼は転職を決意する。当初は、自身が様々な部署を転々としてきた“ゼネラリスト”であったことから、転職活動は難航した。だが、過去のキャリアを顧みるうちに、「女性社員も含め、部下とのコミュニケーションが得意で、特に若手をやる気にさせる自信があることをアピールポイントにしよう」と思い至った。管理職専門の転職支援会社に登録し、精力的に採用面接を受けて回った結果、マネジメント能力を買われて、異業種への転職が実現した。それが現在のIT企業だ。Aさんは今、改めてこう語る。「会社への拘りを断腸の思いで捨て、転職活動に動いたことが良かった。会社を恨んでいる訳ではなく、様々な経験を積ませてくれたことに感謝しているが、敢えて別れを選んだことで、後の仕事にも積極的に向き合えた」。

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先行き不安等から、人的投資に踏み切れず、マンパワーを有効活用できていない経営者は少なくない。それが“アブセンティズム”(欠勤を繰り返す等、業務に就けない状態)、更には“プレゼンティズム”(出勤しても生産性が低い状態)という企業の損失にも繋がる深刻な問題の根底にある――。筆者はそう考えている。Bさんは、人材活用よりも人件費削減を重視する会社の経営方針に思い煩い、心を病んで辞職した後、起業で再起を図ったケースだ。現在47歳のBさんには5年近く前、アブセンティズム等にも直結する職場の鬱問題の取材で出会った。当時、彼は鬱病での休職を経て、勤めていたメーカーを辞め、雇用保険の失業給付と預貯金を取り崩して食い繋いでいた。人事部副部長に昇進し、出世競争の“勝者”とも言える人生を歩んでいた筈だった。辞職した理由について、「当初は、人事部副部長になれたことを勝ち誇っていた。でも、社員を希望退職に誘導したり、閑職に左遷して人事考課を下げて自主退職に追い込んだりする職務の罪悪感に、段々と耐え切れなくなった」と、彼は目を充血させながら打ち明けてくれた。辞職から2年後、Bさんは通信教育で中小企業診断士の資格を取得し、自宅を事務所に経営コンサルティング業を興した。今では、中小企業経営者の顧客が少しずつ増えてきているという。「会社員時代よりも収入は減り、労働時間は増えたが、働く価値を見つけられたことがとても大きかった。マンパワーで、利潤を追求する経営者の手助けをしたい」。Bさんは、そう引き締まった表情で言い切った。出世競争に敗れた心痛から、心身共に疲弊しながらも、会社との向き合い方や、仕事の意義に新たな視点を見い出すことで、人生を好転させたケースもある。全国展開するサービス業の地方支社でエリアマネジャーを務める44歳のCさんは、激変する労働環境に翻弄されたこの数年間を、こう振り返る。「『職場のパワーゲームで勝たなければならない』というプライドを捨てたら、気持ちが楽になった。漸く、仕事で自分のやるべきことが見えてきた気がしている」。Cさんは東京本社の販売促進部で実績を積み、30歳代半ばで同期中で逸早く課長職に就いた。人事考課でも常に5段階評価で最高の評価を得て、部次長昇進が目の前に迫っていた、まさにその時だった。部下がメンタル面の不調を訴え、1ヵ月休職した。一度は職場に復帰したものの、職場との接触を拒んで、1ヵ月弱無断欠勤をした後、退職届を郵送してきた。管理・監督責任を問われたCさんの評価は、下から2番目に急落する。

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結局、部次長ポストは他部署の課長に奪われた。その半年後、最低評価に落ちた考課結果を突き付けられると同時に、地方支社への転勤を命じられた。「勝負に負けた悔しさと情けなさから、生きる望みさえ持てなくなった」という。そんなCさんを奮い立たせたのは、大学時代の親友の過労自殺だった。営業職に就いていた親友は、過剰なノルマを課せられて不眠不休の日々が続き、自宅の物置で首を吊って息絶えた。そのことを親友の妻からの手紙で知り、地方支社への転勤直前、2人で最後に会った日の親友の言葉が甦った。Cさんはあの日、誰にも明かせなかった仕事の辛さを初めて親友に打ち明けた。親友は静かに頷きながら、ただ只管に耳を傾けてくれた。そして別れ際、誰ともなしに呟いた。「会社に振り回されていたらいけないな」――。逝ったのは、その数ヵ月後だった。「彼の遺言のようでもあり、会社からの評価に翻弄されて自分を見失っている私への励ましの言葉のようにも思えた」という。「無念の死を遂げた親友の分も懸命に生きなくては」と己に言い聞かせ、店舗を頻繁に回って顧客の反応を入念に観察し、販売戦略を立てるよう努めた。次第に、自身の仕事で喜んでくれる人がいることが、働くモチベーションに繋がっていった。「貴男にとって、“仕事”とは何ですか?」。Cさんに尋ねてみた。「会社は自分の思い通りにはならないけれど、仕事は100%会社に支配されるものではない。少しでもいいから、誰か人の役に立ったと実感できる働き方ができればいいなと思う」。男は、仕事という闘いの場から去ることはできない。だが、“勝つこと”だけが闘いの意義ではない。ここで紹介した事例で、男たちは“折り合いをつける”ことで再起を果たしていた。“折り合いをつける”とは、社会が、組織が、他者が決めたルールではなく、己が決めた物差しで正々堂々と闘いに挑んだ証しなのである。“働き方改革”に期待する前に、先ずは労働者自身が己を見つめ直し、組織に依存することなく、自分なりの働く意義を見い出すことが重要なのではないだろうか。


キャプチャ  2016年12月13日号掲載

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