【オトナの形を語ろう】(09) 簡単に選択できることは、大半が同じ結果となる

先週の続きを話そう。「『今の自分とは違う、もっとマシな人間になりたい』と、世の中の大半がそう望んでいる」と言った。ところが、「何をどうしていいのかわからない」というのがその人たちである。そのことについて、先週号で「『他人がどう動くか』『他人が上手くやっている』とか、『あれなら自分でもできそうだ』という考えだと、何一つ始められない」と話した。誰かが上手くやったり、成功したのを見て、その後から同じような行動をしても、そこには君と同様に、他人の行動を見て、後から「俺もやろう」とした輩が溢れているからだ。人間という生きものは、安全にできること・安心してやれることを行動の規範に置く生きものである。それは誰だって、己の身に危険が及ぶこと等したくないし、それが危険な状況で、必ず「大きなリスクやダメージを受けそうだ」と思ったら行動しないものだ。世の中の約7割近い人間が、この“安全”・“安堵”を行動の大前提に置いて動く。そうやって、「自分は最後まで“安全”でやって行く」という者がいれば、それはそれで構わんだろう。しかし、何も無い(例えば、裕福な家に生まれていない、学歴が無い、あっても三流である、支援してくれる先輩・友人もたかが知れている)人間が「今よりマシな者になりたい」と望めば、現状のまま、他人の行動を指を銜えて見ていても何一つ変わりはしない。

私たちは毎日、「ああでもない、こうでもない、いやこっちのほうがマシだろう」等と口にしていても、その日々の暮らしは間違いなく、何かの力に押し流されている。そう、例えて言うなら、「私たちは大きな河の中に我が身を置き、否応なしに押し流されている」とも言える。何もしないということは、岸辺に座って、その河の流れを見ていることとは違うんだ。そうじゃなくて、私たちは皆、誰もが大河の真ん中に浮かんでいるんだ。何もしないということは、岸辺にいるのではなく、ただ河の真ん中に浮かんでいるだけなんだ。「流れに身を任せていれば、いつかどこかへ着くんじゃないですかね?」。それは違う。どこにも辿り着くことはない。若い時は未だ、体力や、「何とか浮かんでいよう」という気力が少しでもあるから浮いているが、軈て時間が経てば、そいつは沈んでいくんだ。それが“河の中に身を置いている”ということなんだ。えっ、それでもいい? じゃあ、これ以上読まなくてもいい。何とかしたい輩に話を続ける。先週、マラソン競技に例えて、「先頭の集団に、少々無理をしても食らい付いておけ」と話した。そこでわかることが幾つかあって、1つはその集団について行くのはきついこと。もう1つは、食らい付いていれば、隣にいる奴・前にいる奴の気配が感じられて、皆が苦しんでおり、きつい顔をしている。同じなんだよ、きついのは。さぁ、問題は、その“きつい”が「限界に来た」と感じられた時だ。

“簡単なほうを選ばない”ということを決めておくんだ。そこで走るのを止めれば、苦しい・辛いの“きつい”とは離れることができる。そりゃ簡単だ。だからと言って、走るのを止めればそれでいい訳ないんだ。人が簡単に選択できることは、大半が同じ結果となるように、世の中はできている。何故、大半の者がそちらを選択するかというと、一時、楽になりたいからだ。「一時、楽になってどうするんだ?」と言いたいが、言ったり書いたりするのは簡単だ。扨て、そこでだ。その一時について言わしてもらえば、走るのを止めずに食らい付いている間には、そこまで走り続けているという“時間の実績”というカードが、走っている奴の手の中には未だあるんだ。走るのを止めたら、カードもクソもない。その“実績”が、昨日までよりマシなお前さんなんだ。わかるかね? “実績のカードを手の中に持つ”という意味が。直ぐにはわからんだろう。何故なら、その“実績のカード”は当人が一番見え難いからだ。1年、2年…いや3年、5年でも食らい付いて必死に走っている間は見えないんだ。ただ以前、人間国宝のある彫金師が「3年休み無しで1つのことができたら、その仕事で上手く成功しなくとも、他で十分やっていける」と言ったことを書いた。実は、一番肝心なことは、先頭集団から抜け出すことではなく、そこに居続けられる精神――スピリッツが全てということだ。できるかね? できなきゃ河へ沈むだけだ。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。


キャプチャ  2017年1月30日号掲載

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