【トランプのアメリカ・身構える世界】(01) 我流の変革、高まる緊張

20170124 03
ドナルド・トランプ氏は昨年末、フロリダ州の別荘『マール・ア・ラーゴ』で大統領就任演説を練り始めた。ロナルド・レーガン、リチャード・ニクソン、ジョン・F・ケネディ――。その際に挙げたのが、3人の先人の名前だったという。中でも、レーガン元大統領への思いは強かった。深刻な不況とソビエト連邦の脅威で自信を喪失した国民を鼓舞し、経済・軍事の両面で“強いアメリカ”を目指した革命児に共感しているのは確かだ。“偉大なアメリカの復活”。トランプ氏はレーガン氏の看板に倣い、内憂外患に喘ぐ超大国の再生を公約した。だが、あまりに過激で内向きの変革を志向する異端児を前に、世界の緊張は否応なしに高まる。トランプ氏の経済政策を過小評価することはできない。大胆な減税・インフラ投資・規制緩和を好感した株式市場。アメリカの著名投資家であるジョージ・ソロス氏は、その風向きを読み違え、10億ドル近い損失を出したそうだ。

「トランプ氏がアメリカ経済のムードを劇的に変え、長期停滞からの脱却を可能にするかもしれない」。イギリスの歴史家であるニーアル・ファーガソン氏は言う。それは、2億人近くの失業者を抱え込む世界にとっても朗報だろう。しかし、トランプ氏が“アメリカ第一主義”を貫徹し、本気でグローバル化に背を向けるのなら、その打撃は計り知れない。中国との貿易・通貨戦争やメキシコ移民の排斥等は、アメリカ経済の成長を妨げるだけでなく、世界経済全体を縮小均衡に追い込む恐れもある。年間2億人以上の移民が国境を越えるのが、今の世界だ。1日当たりの製品の貿易額は1000億ドル弱で、外国為替の取引額はその50倍以上に達する。そんな時代に国を閉じ、ヒト・モノ・カネの流れを制御できるのか。自身の裁量で企業の活動や為替相場を誘導するトランプ氏が、市場に代わって資源の最適配分を実現できるとも思えない。“理念”よりも“実利”、そして“国際協調主義”よりも“単独行動主義”――。トランプ氏の特質は、アメリカの外交・安全保障政策にもパラダイムシフトを齎す。日本やヨーロッパには、アメリカ軍の防衛コストをもっと負担するよう求める。中国から貿易・通貨問題の譲歩を引き出す為には、中国大陸と台湾が1つの国に属するという“1つの中国”政策も取引材料に使う。『ブルッキングス研究所』のトーマス・ライト氏は、「全てを経済のレンズで見ようとするのは問題だ」と話す。戦後のアメリカは孤立主義と決別し、自由経済や民主主義の守護者として、世界の繁栄と安定に貢献してきた。たった1人の指導者の出方次第で、超大国と国際秩序の変質が深刻になりかねない。国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、「戦後で最も不安定な政治環境に世界は投げ込まれる」とみる。我流の変革は、それほどの危険を孕む。 (ワシントン支局長 小竹洋之)

■財政政策、早期実行が焦点  安井明彦氏(『みずほ総合研究所』欧米調査部長)
トランプ大統領に問われるのは、減税やインフラ投資等、財政政策の実行力だ。財政赤字を抑えたい立場の議会側からどこまで譲歩を引き出せるか、規模を巡って不透明感がある。政策の順番も焦点だ。先ずは医療保険制度(オバマケア)の撤廃から取りかかる雰囲気だが、財政への着手が遅れると、“実弾”を待つ市場を失望させかねない。大統領選がアメリカ社会に残した分断の傷は深く、経済政策運営を上手く滑り出せるかは極めて重要だ。もう1つのリスクは、政権のマネジメントが混乱する可能性だ。これまで、閣僚候補を始め、新政権幹部の意見が十分に調整されてこなかった印象も受ける。政権のメッセージを誰がどう打ち出していくか、情報発信体制の構築も課題と言える。

■通商・外交、見えぬ方向性  久保文明氏(東京大学教授)
トランプ政権の特徴は、未曽有の不確実性の高さだ。通常の政権交代では、新大統領の政策は、長い選挙戦の中で徐々に見えてくる。しかし、今回は通商・外交等の重要分野で、トランプ氏と閣僚候補者の発言が大きく食い違って、方向性が見えない他、自身と国務長官のどちらが外交で大きな比重を占めるのかといった政権内の決定プロセスも、よくわからない。昨年11月の会談に続き、早期の日米首脳会談が実現すれば良い。先日の記者会見で、日本の名前をロシア・中国・メキシコと共に挙げる等、日米同盟の位置付けは未だよく理解していないとみられる。「長いブリーフィングが嫌いで、本もあまり読まない」という話もある為、首脳同士が一定時間、膝を突き合わせて話す機会は重要だ。

■“全ての人の大統領”なるか  前嶋和弘氏(上智大学教授)
トランプ氏は、自らにすり寄るものは報い、反対者は叩く。その姿勢は、選挙中から今までずっと変わっていない。製造業の雇用重視を前面に押し出して、自らのツイッターで発信する一方、自身のコアな支持者が嫌う『CNN』等の主要メディアに激しく噛み付くのが一例だ。今後、“全ての人の為の大統領”になれるかに注目したい。就任直前の支持率が4割と低い中でも、共和党支持者に限れば8割を固めている。共和党の議会主流派とは貿易や財政で考えが異なるが、「支持者を喜ばせ、世論を喚起することで、議会も動かす戦略を取る」とみられる。一方、民主党支持層等、反対者を包摂する姿勢は、今のところみられない。安定した国政運営の為には、もっと広い公益を考えなければいけない。


⦿日本経済新聞 2017年1月21日付掲載⦿

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